【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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少し短めです


第二話:役立たずと罵られて

1.

 

 

 昼。

 マンチェスターの庭。

 花壇がある。

 区切りがひとつ、ふたつ……全部でよっつある。

 どれも、よく手入れされている花壇だ。

 節々から、ガウェインの几帳面さがよく現れている。

 例えば、よっつの仕切りはできる限り直角で均等な大きさの作りだ。

 例えば、仕切りのレンガの色は、全ておとなしめのオレンジ。

 自己主張控えめで、花の色を邪魔しないように配慮されている。

 実際、ぱっと見で、風に揺れる花々の彩りはいい。

 鮮やかだが、どこか剛直な並びである。

 大袈裟に表現するなら、このブリテン島の綺麗な部分の縮図でもありそうである。

 

 気持ちいい風、気持ちいい景色。

 ゴローは、くわぁ、とあくびをしながら手を動かす。

 その手元から、しゃっ、しゃっと音がする。

 鋭い刃が、軽快に物を削る音だった。

 自身の体重に耐えれるように、太い木で組み立てた小さな椅子に座っていた。

 椅子の方は軋みながらも耐えられているが、地面にずぶずぶと脚が沈んでいるのはご愛嬌である。

 

「何をしているんですの?」

 

 ガウェインが肩越しに覗き込んだ。

 鎧を着ていた。

 帰ってきたばかりだ。

 人間牧場を見てきたのと、モース退治の帰りだった。

 ゴローは右手に五十センチメートルほどの木の枝を持っていた。

 左手には鉱石を磨いてナイフ状にしたものを、指先で器用に握っている。

 鉱石のナイフはノリッジ製だろう。

 いつのまに手に入れていたのか。

 いや、まぁ。

 ゴローがスプリガンに頼めば、そんなものはいくらでも都合がつくか。

 

 木の枝の表面に滑らせるように、少しずつ少しずつ削っていた。

 失礼失礼と、あくびをしながら、ゴローは答えた。

 

「箸、つくってンのよ」

「ハシですか……?」

 

 そ。

 ふっ、と枝先に息を吹きかける。

 

「ナイフとフォークもワルくないンだけどねぇ。やっぱ、俺ァ箸使わねンと、なぁんかね、気持ち悪いンだわ」

 

 普段は、マイ箸をもち歩いてんだ。

 ゴローは言う。

 だけど、この世界に落ちて、無くしちまったか、砕けちまったか、どっかいっちまった。

 とちょっと悲しげに言う。

 こないだの釣りのついでに、適当に良さそうな木の枝を見繕っていたのだとも言った。

 ガウェインは、はぁ、と言った。

 失礼ですけど、と前置いた。

 

「あなた、ご自分の全能で、その……箸ぐらいは、作れるのではないのですか? こう、ぱっ、と……」

「ぷッ!」

 

 ゴローは吹き出した。

 手を止めて、ガウェインから顔を隠すように背けた。

 ガウェインはムッとするより、訳がわからず疑問符を浮かべた。

 何か、変なことを言ってしまっただろうか?

 ゴローはほほ肉をひいひいと引き攣りながら、言った

 

「全能者が、さ」

 

 口がうまく回っていない。

 本当に腹の底からの笑いを堪えているようだった。

 

「全能者が、ち、力を使わないと、箸のひと組、ロクに作れないってのは……チョット、じ、字面がオモシロすぎるねぇ……」

 

 滑稽だねぇ、それ。

 そんなやつ、いるのかねぇ。

 とそこまで言うと、とうとう堪えきれなくなって、ゲラゲラ笑い始めた。

 ガウェインは、怒りや恥ずかしさは感じなかった。

 むしろ、言われてみれば……と感心してしまった。

 

「なるほど、確かに言われてみれば、そうですわね」

「いやぁ、そこ、怒ったりするトコなンじゃないの? ホンっト、真面目なんだなぁ、おまえさんは……」

「…………」

 

 むしろ、そっちに恥ずかしそうだった。

 かすかに頬が朱に染まる。

 まぁ見ないことにしよう。

 とでも言うように、ゴローは空を見た。

 

「ン?」

 

 そして、気づきの声。

 ガウェインが視線を追う。

 雲を蹴散らして、何かがこちらに落ちてきている。

 ともすれば目を疑う光景だが、二人は落ち着いている。

 一瞬で、二人は察していた。

 それが、誰であるのかは。

 

「ゴロー!」

「やぁ、小さなライバルさん。どうかしたかい?」

 

 ランスロットだった。

 ゴローが軽口を叩く。

 ガウェインには目もくれていない。

 だが、それを怒る気には、ちょっとなれそうもなかった。

 普段なら声のひとつも上げている。

 つまり、普段の様子ではなかった。

 ランスロットの様子がおかしい。

 明らかに焦っていた。

 普段、人形のようにと喩えられるほどに、無機的ですらある表情が、どこにもなかった。

 バタバタと歩いてくる。

 見た目の歳相応の、女の子のようであった。

 

「助けてくれ!」

 

 ランスロットの言葉は、やはり強い焦りを孕んでいた。

 ガウェインはあっけに取られていた。

 それは、正面からその顔を捉えているゴローですら、ちょっと気圧される迫力があった。

 

 

2.

 

 

「ロンディニウムの討伐だと……!?」

「ああ、そうなんだ。オーロラが……」

「……ふぅん。また思い切ったコト、言うねぇ」

 

 円卓軍。

 打ち捨てられた土地、ロンディニウムを拠点にする、反モルガン派の軍勢。

 筆頭にはパーシヴァルという騎士が立ち、他の氏族長たちも、女王軍すら手を焼いている相手。

 コーンウォールとは別の、行き場を失った人間の受け皿でもあった。

 そのためか、その規模は日を追うごとに大きくなり、今ではちょっとした一国、いち氏族軍にすら比肩するのだという。

 

「それを、オーロラちゃんが、おまえさんにぶっ潰してこいってかい……かぁ〜ッ。彼女、思い切りがスゴいねぇ、やっぱ」

「そうなんだ。彼女、そうしたら目立つだろうって……」

「目立つだろうって、そんなことのために、ウソだろう……」

 

 でも、とゴロー。

 

「側からみれば、言ってることは間違ってないよねぇ」

 

 確かに。

 とガウェインが相槌を打つ。

 

 側からみればと前おいたのには、深い理由があった。

 円卓軍の、反モルガンという主張は解せない。

 しかも、それを堂々と掲げている。

 拠点の場所もバレている。

 それを、女王陛下管轄の妖精騎士が攻め込んで壊滅させることは、表向き、なんらおかしいことではない。

 

 だが、人間たちの受け皿として、円卓軍の存在は、妖精國側としても実は助かっていた。

 人間など、牧場でまた作ればいい。

 逃げ出した人間、牧場から逃げきれた人間ひとりふたりに、軍総出で殺すまで追っかけ回すのは、どう考えても割に合わない。

 ましてやそのためにわざわざ妖精騎士や氏族軍を派遣するなど、女王陛下の格好がつかない。

 逃げ出した人間をいちいち皆殺しにしている暇も金もないのだ。

 おまけに、円卓軍は妖精國で虐げられる人間たちには、一縷の望みである。

 もしかしたら助かるかも……

 妖精の奴隷たる彼らである。

 牧場の人間はおろか、各地方の人間でも、そう願うものは少なくないだろう。

 彼らが追い詰められた最後の逃げ場が、ロンディニウムであり、円卓軍なのだ。

 

 もし、円卓軍を完膚なきまでに叩き潰してしまえば、今いる人間たちは途端に絶望してしまう。

 いっそ殺せと言い出すであろう。

 絶望に包まれた日々。

 絶望から抜け出せないと知ることは、生きる気力を削ぎ、生産性も創造性もガタッと落としてしまう。

 天から伸びる、蜘蛛の糸は決して掴めない。

 だが、天国から地獄に伸びるか細いそれは、罪科に苦しむ者たちには、ただ存在することに意味があるのだ。

 

 最初は結果的にそうなっただけであろうが、モルガンにも、そう言う思惑が少なからずあるのだろう。

 でなければ、ウッドワスを差し向けるか、水鏡の魔術で適当な大規模魔術を飛ばすなりで、ロンディニウムごととっくに吹き飛ばしているはずだ。

 

 円卓軍もまた、今のブリテンを形成する大事なピースなのだ。

 モルガンにとってはありがたい存在には違いない。

 

 だが、先述したように、円卓軍は反女王派である。  

 表向きはその討伐である。

 そこに、なんらおかしな部分はない。

 あくまで、表向きは。

 むしろ、ランスロットなら、適当に暴れて半殺しにして半分を逃し、第二の円卓軍を作れるように上手く誘導もできるだろう。

 ゴローが資料室で読んだ限り、円卓軍は『聖槍』を持つという、パーシヴァルを拠り所にしている節がある。

 パーシヴァルさえ生きていれば、何度でも立ち上がれるのではないか?

 

 それをランスロットに尋ねると、予想だにしない答えが返ってきた。

 

「パーシヴァルは……僕の弟なんだ」

 

 

3.

 

 

「ガウェインは、今回はお留守番だねぇ」

「うぐぐ……ま、まぁ理解はしますわ……ちょっと、ズルいですけど」

「? 何がよ」

「な、なんでもないですわっ」

 

 ロンディニウムに行こっか。

 

 ランスロットの告白から、ゴローの言葉は大胆で、そしてまっすぐだった。

 ランスロットは驚いた。

 ガウェインは、まぁそう言いますよね、あなたなら。とため息。

 

「ちょ……ちょっと待ってくれ!」

「なンで?」

「色々と……複雑なんだ……」

 

 その目が弱々しく歪んでいた。

 泳いで、視線を外し、明後日を見ている。

 ずい、とゴローはランスロットに顔を近づけた。

 デカい顔が目の前にきた。

 その、目を、じっと見ている。

 おまえの視線は逃さないぜ。

 そう言う目だ。

 ランスロットは視線が外せない。

 力強い。

 太い。

 黒目が大きい。

 星のような引力を感じさせる黒目だ。

 ずんと重い、岩のような視線であった。

 少し、怖かった。

 

「いいかい」

 

 勿体ぶった口ぶりだった。

 

「いいかい、ランスロット。おまえさんの事情は、しらン。だが、おまえさんは事情をしらン俺を、頼るンだ。俺は、何がなんだかわからんけど、協力しようとしてるンだ。俺の、勝手な善意? ……でなァ」

 

 にい、とその目が細くなる。

 意地悪な色を浮かべていた。

 

「だったらよォ、おまえさんが、ほんの少し、嫌なコトをガンバるのは……当然のスジじゃねぇかなァ……?」

「…………」

 

 正論である。

 極論、円卓軍がどうなろうと、ゴローには関係がない。

 彼は、この世界に存在を依存しないからだ。

 モルガンが滅んでも、ブリテンが滅んでも、何もない無の世界で生きていける。

 それが、自分の頼みで、彼が骨を折るのだから、頼む側がせめて誠意を見せるのは当然であろう。

 

 俯くランスロットに、その距離感のまま、続けた。

 

「っってもよォ、俺ァこういうの、慣れてるからよ。まァ、ドロ……じゃねぇや。大船に乗った気でいなって、ねぇ」

「僕、空飛べるから船、乗らないけど」

「そういうこっちゃねぇなぁ。おまえさん、たまにトンデモなくボケるよねぇ」

「そ、そうかな……」

「やっぱり、私も同行するべきでは?」

 

 ガウェインの問いに、のんのん。と指を振る。

 

「『話し合いに来ました。こっちは妖精騎士二人います』で、まともに話し合い、できると思う?」

「……無理だな。殺しに来たと思われるだろう」

「そういうこと。そらァ外交は強気に限るが、チラつかせる戦力は、見極めなきゃあねぇ」

 

 ぶすりとするガウェインを後にして、二人は空に飛んだ。

 

 

4.

 

 

 ロンディニウムの全景が空から見えたあたりで、ゴローは地に降りた。

 ランスロットも後を追う。

 地面に立つと、歩き出した。

 

「こっからは、徒歩だねぇ」

「なぜだい? 僕らなら、あの城壁を無視して中に入れるのに」

「それじゃあ、やっぱり敵意あるなって思われちゃうよ」

「……難しいんだね、話し合いって」

「そらァね。話し合いってのは、まず席に着くまでが駆け引きだからねぇ。合戦とかと同じさね。そこに行くまでの下準備が、なにより大事なんだねぇ」

 

 ………。

 

 沈黙。

 静かに歩く。

 ロンディニウムまでは二時間もかからない。

 もう既に、向こう側もこっちに気づいてるかもしれない距離だ。

 遠くはない。

 しかし、沈黙と不安は時間を引き伸ばすものだ。

 ランスロットの表情は未来への不安でいっぱいだ。

 ゴローはすっと振り向いた。

 

「ひとつ、おまえさんだけに内緒の話、してやろうかねぇ」

「内緒の、話?」

「ウン。おまえさんが、実は円卓軍の旗印と兄妹ってのは、結構ヤバいネタでしょ? その対価だねぇ」

 

 それは、実はあんまり。

 モルガンはもちろん。

 ウッドワスや……ボガード、あと、まぁ書類上はオーロラも知っているコトだ。

 彼女より、副官のコーラルの方が詳しいだろうけども。

 だが、それは黙っていた。

 黙って、ゴローの言葉を待った。

 

「俺がよ、この世界に来たばっかの時、モルガンたちに謁見したのは知ってるねぇ?」

 

 それは、妖精國では誰もが知るところ。

 妖精國の、外からきた男。

 モルガン陛下と氏族長たちをビビらせた男。

 凄まじい強さらしい。

 トレンドになっていたもの。

 自分を忘れるほど夢中になって、輝いていたオーロラの姿は忘れられない。

 

「あンときァ、イケイケで脅しちゃったケドね。実は、あン時モルガンたちに殺す気でこられたら、たぶん、俺ァ死んでたんだわ」

「えっ……」

 

 ゴローは続けた。

 

「あン時、俺ァボロッカスの絞りカスの状態で、そっからさらに『神の毒』に蝕まれて、死にかけも死にかけでさァ。落ちた先にガウェインがいなかったら、そもそもそのまま死んでたンだよねぇ」

 

 しみじみと言う。

 顎に手を当てて、思い出しながら、自分の言葉に頷いている。

 

「外見だけナントカ整えて、中身ボロボロのまま、『ナメられたら死ぬわ』って思ってハッタリかましてよ。いやァ、心臓ばっくばくだったワ。あん時、ウッドワスに飛び掛かられて、モルガンに後方支援に回られてたら、相当キツかったんじゃねぇかなぁ」

 

 まぁ、俺も隠し球は、あるンだけどね。

 

 悪戯っぽく笑う。

 本当に楽しそうだ。

 恥ずかしい現在も、過去に過ぎれば笑い話。

 未来に進んでる証拠だわな。

 そう言った。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ。

 気が、楽になった。

 なんだ、ゴローも、死ぬんだ。

 

 物騒だが、そう言う事実があることに、少し笑ってしまう。

 未来では、そんな大変なことでも、笑ってしまえるんだ。

 そう思う。

 

「さて、肩の力ァ抜いたところで、顔は引き締めないとねぇ」

 

 ああ。

 

 そう言ったランスロットの顔は、とても凛々しかった。

 

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