【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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ちと長めです


第三話:愛想笑いも作れない

0.

 

 

 止まり木になればいい。

 

 そういう想いが、あるいはあったかもしれない。

 パーシヴァルは、机の上に広げた資料に目を通していた。

 資料と言っても、文字だけの簡素なもの。

 新しく円卓軍に加わってくれた者たちの、名前と、年齢、技能などのプロフィールリストだ。

 要は履歴書である。

 ひとりひとりの名前を小声で呟いて、心に刻む。

 円卓も、だいぶ規模が大きくなった。

 最初は煤と埃と砂利で寂れていたロンディニウムも、すっかり手入れが行き届いて、清潔で賑やかになっている。

 

 円卓軍。

 女王モルガンに相反するというのは言い過ぎだとも思う。

 人間のための反乱者というのも、間違っている。

 掲げるものは、人間と妖精の共存……

 いや、それも、なんだか言葉として、格好つけすぎだとも……実は少し思っている。

 他にうまい言い方が思いつかないのだが、パーシヴァルはブリテンは、みんなが笑って肩を並べられる世界であればいいと思っている。

 それは、共存なんて、堅苦しいものではなく……

 心から言葉が抽出されない。

 こういう時、我が身の無教養さに苦心する。

 ふぅ、と資料から目を外して、椅子の背もたれに深く体を預けた。

 その時、すっ、と目の前に差し出される。

 紅茶。

 ベストなタイミングであった。

 

「お疲れ様です」

 

 そういう言葉と共に、

 ありがとう、とパーシヴァルは微笑みを返した。

 いい人たちだ。

 悪くいうと、無計画な自分の考えに心から賛同してくれて、ずっとついてきてくれる。

 姉がここにいたら、この周りを巻き込む無鉄砲さを、なんというだろうか?

 変わらないね……言いそうだ。

 呆れたよ……実に言いそうだ。

 

 雨の中の姉。 

 愛しき人。

 あの時、何もできなかった自分、

 苦しみと、絶望の中で暗く沈む姉、

 滅ぼされた鏡の氏族。

 あるいは、ひとつの氏族が滅んだことに、モルガンは苦悩したのだろうか……

 ブリテン中に降り注いだ雨。

 あの空は、果たして誰のために泣いてくれていたのか……

 

 目を閉じるだけで網膜に蘇る、神秘的だが破滅的な光景に胸を痛める。

 その度に、しっかりしなければと考えを新たにする。

 ロンディニウムの人々のためにも。

 自分のためにも。

 そして……姉のためにも。

 

「パーシヴァルさま! た、大変です!!」

 

 ひと息つけるパーシヴァルを、兵士の一声が目覚めさせる。

 どうしました? 

 パーシヴァルは聞いた。

 そして、すぐに気づく。

 兵士は息を荒げて、目が見開かれていた。

 尋常ならざる気配を察する。

 パーシヴァルの目が鋭く光った。

 何が……と聞く。

 重厚な声であった。

 

「ランスロットです……妖精騎士ランスロットが、こっちに……」

「なっ……すぐに避難を開始してください! 私が先陣に立ちます! その間に皆さんは避難を!」

 

 立て掛けていた『選定の槍』を握り、勢いよく立ち上がる。

 なぜ? 

 いきなりすぎる。

 女王陛下の気まぐれだろうか。

 いや、きっと違う。

 モルガンの人となりを全て知っているわけではない。

 しかし、彼女は思いつきで殺戮をするまで暗愚とは思えなかった。

 では、誰だ?

 ランスロットが自分から動いたか?

 それはあり得ないと頭を振る。

 となれば、オーロラか。

 いかにも、という感じではある。

 

 そこまで思考を巡らせて、はっとする。

 兵士の顔が心配に歪んでいる。

 戸惑いは止んでいない。

 ああ、申し訳ない。

 しかし、兵士の言葉はパーシヴァルの予想を覆した。

 ぼそりと、申し訳なさそうに、言った。

 

「いや、それが……変なんです」

「変……とは?」

「徒歩なんです」

「……えっ?」

 

 思わず地の声が出る。

 ランスロット。

 飛行能力を有しており、さらに速度は音速を超える。

 故に防壁は意味をなさない。

 突然の奇襲、そして破壊。

 その姿、さながら暴風のごとし。

 降り注ぐ『災厄』がごとし。

 それが、彼女のやり方……のハズだが。

 

「その……歩いてきてます、真っ直ぐに、こっちに」

 

 兵士の言葉は混乱していた。

 なんならパーシヴァルもちょっと混乱していた。

 だが、自分が動揺するわけにはいかない。

 自分が不安になれば、みんなが不安になってしまう。

 

「ど、どうしましょう……?」

「私が門の前に出ます。みんなはいつでも退避できる準備をして、場内に」

 

 パーシヴァルは意を決した。

 

 

1.

 

 

「見窄らしい場所で申し訳ありません」

「いやいや、趣きがあって、いいんじゃないでしょうか? 私、好きですよ、こういう場所」

 

 いかにも、レジスタンスって感じで。

 作戦室を見渡して、太い男──ゴローは笑った。

 太い笑みであった。

 吐き出す息がもわりと熱を放つ。

 それもまた、太い。

 しかし、それに悪感情はない。

 

 ランスロットはちょこんと席に付いている。

 ゴローの隣、机を挟んで、パーシヴァルの向かい側の正面である。

 双剣──アロンダイトは外していた。

 鎧は身につけているが、それもいつものものとは少しデザインが違った。

 パーシヴァルの見たことがないデザインであった。

 

 門の手前。

 槍を片手に威風堂々立つパーシヴァルを見て、二人は足を止めた。

 睨み合う。

 強い視線だ。

 ゴローはパーシヴァルの頭部から順番に、視線を足へと落としていく。

 パーシヴァルは気を張り巡らせる。

 一挙手一投足、なにも見逃さないと、網の目のように気配を細かく張り巡らせる。

 

 いいねぇ。

 しばらくして、ゴローが言った。

 艶やかな口調だった。

 その目から強さが抜けた。

 ふっ、と。微笑むように抜けた。

 彼は丁寧に頭を下げた。

 その振る舞いに殺気はなく、隙だらけであった。

 

「オーロラ様の使いで参上いたしました。私、ゴローと申します」

 

 ランスロット様の従者でもあります。

 と言った。

 

「オーロラ様と、ランスロット様の名を賜って、円卓軍の方々と話し合いたいことがございます」

 

 そうして、警戒はされながらも、ロンディニウムに二人は案内されたのだった。

 

「すみません、ロクなおもてなしも出来ず……」

「お構いなく。お茶を飲みにきたわけではありませんので」

 

 もちろん、お出しされたら頂きますが、と言う。

 それより、とゴロー。

 

「こちらこそ、時間をいただく立場であるのに、礼服でなくて申し訳ない。なにせ、即日即断で決まったことでして、着飾る暇がありませんでして……」

 

 服の襟をぴっと伸ばしながら、ゴローは言った。

 流し目である。

 茶目っ気があった。

 ランスロットは驚いていた。

 ゴローの喋り方が、その振る舞いが、普段とはまるで違う。

 飄々とした雰囲気はそのままであるが、言動が別人である。

 こういう振る舞いの器用さは、ほとほと感心させられる。

 こういうことには慣れている、と言っていたが、なるほどと納得した。

 

 では、結論から。

 

 とゴローは言った。

 

「オーロラ様は、円卓軍との休戦協定を望んでいます」

 

 !?

 

 自信満々とゴローの発した言葉は、その場にいるすべての者を驚愕させた。

 

 

2.

 

 

 紙と書くものありますか?

 驚愕冷めやらぬタイミングで、言った。

 ゴローがそう言って、円卓軍兵士から羽ペンとインク、そして机面積の半分もないぐらいの紙を受け取った。

 

 いい羽根ペンだね。

 太い指に不釣り合いなそれを握って、ゴローはふふ、と笑う。

 紙の上に大きな丸をいくつか。

 一番おおきな丸に、女王軍。

 その次に大きないくつかの丸に、領地の名前。

 氏族長たちの治める土地だ。

 そして、そこから少し離れた位置の丸に、円卓軍と書いた。

 

 いいですか、ゴローは言う。

 みんなが、覗き込んだ。

 ゴローは、ペンで丸を差しながら続けた。

 

「ここに書いたものは現在の妖精國の、武力を持つ領地です。つまり、妖精國のパワーバランスですね」

 

 各丸──キャメロットを除く領地から、グッと線を伸ばす。

 その先は、円卓軍の丸だ。

 

「各領地から逃れた人間の行先が、この円卓軍。人間による妖精支配からの脱却、ひいてはモルガン政権の失墜を目指すその思想に恭順してのこと……」

 

 パーシヴァルは、口を挟んだ。

 

「それは、厳密には違います」

 

 それだけだった。

 それだけだったが、ゴローは何も追及せず、ただ失敬、と首を傾げた。

 

「とにかく、大事なのは円卓軍が、その規模を日々増しているということです」

 

 ぐるぐると円卓軍の輪を大きくしていく。

 それは、他の氏族長の領地の丸と、同じくらいの大きさまでなんともなぞり描いた。

 

「これは、モルガン陛下はともかく、他の氏族長には、面白くないことです」

 

 その在り方からして中立派のグロスター。

 人と妖精の上に資本という価値を置くノリッジ。

 ノリッジとは異なる価値観だが、人と妖精が並び歩くことを許すソールズベリー。

 半女王派の筆頭。北の王の氏族──ノクナレア。

 ついでに、氏族長と変わらぬ武力を持ち、対女王を掲げるも、円卓とは決して沿わないシェフィールド。

 

 彼ら彼女たちはともかく、対女王攻略を考えるならば、最大の難関がある。

 この圧倒的な質と量が伴う力に、ただひとつの領地で並び立つもの。

 ひときわ太い線で丸を書かれた領地。

 

 ウッドワスの治めるオックスフォードである。

 

 そして、先に挙げた中立派閥は、決して円卓軍を自らどうしようというつもりはないだろう。

 良くも悪くも。

 味方でもない彼らは円卓が滅ぼうと我関せずを決め込む。

 ただ、その末路を見て「可哀想だったね」と感想を漏らすのがせいぜいだ。

 しかし……

 

「このまま円卓が膨れ上がれば、彼ら彼女たちが、いつ円卓と組むかわからなくなります」

 

 武力が整い、数が揃えばそれだけで戦争は有利である。

 中立派のどこかが円卓に傾けば、他も続々と円卓を支援するかもしれない。

 ありえない話ではなかった。

 ここ数ヶ月は、特に。

 『ある理由』から、円卓に志願するものが急増しているのは事実だ。

 

「そうなれば、ウッドワス公が潰しに来ますか……」

 

 あるいはモルガン直々に。

 

 是非もなく。

 とゴローは言った。

 しかし、とひとことの中に付け加える。

 

「オーロラ様は憂いています」

 

 いけしゃあしゃあと、嘘をつく。

 

「オーロラ様は……人間も妖精も分け隔てなく接するお方です。故に、そうなることを、誰よりも危惧しております。人が、妖精が傷つくことを、その未来を恐れているのです」

 

 半分本当で、半分は嘘。

 

「で、あるから、女王陛下直系のランスロット様を通して、オーロラ様は私たちをここに派遣され、和睦の道を詮索されているのですよ」

 

 これは、全部嘘。

 だが、前後関係を鑑みると、いかにも本当のことのように聞こえる。

 

 パーシヴァルの顔に困惑が浮かぶ。

 彼は、オーロラの本性をある程度理解している。

 そのうえで、オーロラの建前は十全に理解していた。

 だから、迷う。

 二枚舌のオーロラなら、

 いかにも言いそうなことで、

 いかにもやりそうなことだったからだ。

 

「仮に……」

 

 だから、真っ直ぐなパーシヴァルの言葉に、迷いが垣間見えるは仕方のないことである。

 

「仮に、円卓軍と、オーロラ様が、手を組んで……それで、どうなりますか」

「メリットは多いですよ」

 

 その言葉を、ゴローは待っていた。

 内心で、舌なめずりをしながら。

 にやり、と深い笑みを浮かべた。

 

「まず、何よりあなた方のバックにオーロラ様が着く。これが何よりのメリットです」

  

 ソールズベリーの美しい領主。

 博愛と平等に輝ける風の氏族長。

 人間と、妖精の多くから愛を注がれるオーロラ。

 

 ソールズベリーが休戦を切り出す。

 それは円卓軍への支援とも言える。

 物質的な支援ではなく、姿勢的な支援だ。

 円卓とソールズベリーは、深くはないか繋がりがある。

 そう認識されればいい。 

 オーロラは自身の庇護下にあるものは大事にする。

 で、あれば。

 円卓軍への悪感情に揺らぎが生まれるだろう。

 オーロラに表立って反抗する者は、妖精國全土を俯瞰しても、ほとんどいないのだから。

 

 それはすなわち、他の氏族長。

 ひいてはモルガンへの牽制にもなる。

 オーロラの所有物を、断りなく破壊する行為。

 それが、オーロラの、彼女を愛する者達の反感をどれほど産むだろうか?

 きっと、想像もできない程だ。

 彼女が大粒の涙を流すことに、ソールズベリーの人々は耐えられないのだから。

 

「しかし……」

 

 だが、パーシヴァルの歯切れは悪い。

 疑っている。

 当然である。

 どんなに策を労しても、最後に立ちはだかるのはモルガンなのだ。

 つまり、それは妖精國二千年の歴史そのものである。

 最後の最後、それに勝てなければ意味がない。

 それは、パーシヴァルは当然として、ランスロットも、ゴローも承知である。

 なので、もうひと押し。

 

「じゃあ、こういう未来はどうでしょう?」

 

 と。

 

「モルガンと女王軍vs氏族長全員」

 

 言い切った。

 恐るべきことを、ゴローは言い切った。

 パーシヴァルが目を見開いて聴いた。

 まゆがぐわりと吊り上げられる。

 その隣で控えている兵士も、兜の下では同じ表情である。

 ランスロットですら、唖然としていた。

 

「いや……モルガンvs全氏族長+女王軍+円卓軍かな?」

 

 さらに、恐ろしさを積み上げる。

 聴いている者の心臓が破裂しそうだった。

 

「これなら? モルガン陛下相手でも、勝率は十分にあるのでは?」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私には何がなんだか……」

 

 順を追って、説明します。

 とゴロー。

 

「まず、現モルガン政権は盤石ではない、ということです」

 

 それはわかる。

 円卓軍以外も、北のノクナレア。シェフィールドのボガード。

 それだけではない。

 ソールズベリーにも、ノリッジにも、グロスターにも、反モルガン思想は埋まっている。

 だが、そこからなぜ、モルガンが孤立し妖精國全てと戦う構図になるのかがわからない。

 話が飛躍しすぎではないか?

 

「もし、休戦協定が成って、モルガンがそれに怒り、ソールズベリーで見せしめを行い円卓を滅ぼすとしましょう」

 

 そうすれば、とゴロー。

 促す視線であった。  

 考察を、そして未来を。

 

 あっ、とパーシヴァルは言った。

 ゴローはにこりと笑った。

 太いが、柔和な笑みだった。

 

「そうです。そうなれば反モルガン思想は妖精國全土に、瞬く間に広がるでしょう。なにせ、オーロラの街に火を放つわけですからね」

 

 続ける。

 

「氏族長すら手にかける。その庇護下を焼き尽くす……そうなれば、他の氏族長はどう思うでしょう? 私には関係ないから。と顔を背けると思いますか? 自国にも背反思想者を抱えているのに?」

 

 パーシヴァルは恐怖に目を細めた。

 前例がある。

 今から約十六年前、モルガンは『予言の子』狩りを行い、各地は荒れに荒れてしまった。

 それに近いことが、

 いや……

 もし、ソールズベリーを焼き尽くし、オーロラに手を出せば、それを上回る混乱と惨劇は容易に想像がついた。

 

「ご理解、いただけたようですね」

 

 そうなれば、黙ってはいない。

 ボガードは、これが好機と見るだろう。

 ノクナレアなど、国境に押し寄せるでは済まないだろう。

 混乱と混沌は国奪りの絶好の機会なのだ。

 難民がでれば、グロスターやノリッジも無関係ではいられない。

 かと言って、難民を庇えば攻撃対象になる。

 ブリテン全土が戦場となるだろう。 

 怒りと絶望がそこかしこを漂うだろう。

 それがブリテン全てを満たした時、

 その時、誰かが言う。

 言ってしまう。

 

 ──誰のせいなんだ?

 

 声が続く。

 傷つき倒れるものの、無辜の声。

 しかし、怒りと絶望を飲み込んだ、呪いの言葉。

 

 ──モルガンのせいだ。

 

 そうなれば、もう終わりだ。

 すべての増悪がモルガンへと集中する。

 ブリテンは滅ぶだろう。

 

「…………!!」

 

 声が出なかった。

 パーシヴァルはその未来の悍ましさに、声を失っていた。

 

「つまり、ここで、オーロラ様と休戦協定を結ぶ……と円卓に一筆いただけると、それはひいてはブリテンの平和、モルガン陛下の武力への抑止力となるのですよ」

 

 ただ、文字の並んだ紙切れ一枚が。

 

 パーシヴァルは沈黙する。

 沈黙が場を支配する。 

 その中で、ゴローだけが、笑みを携えている。

 なんと現せばいいのか、わからないカタチの笑みであった。

 パーシヴァルの顔から、その頭の中にするりと入り込んで、脳に直接何かを囁く……そんな表情である。

 

「これを、ランスロット様が、提案されたのです」

 

 パーシヴァルの体が跳ねた。

 ランスロットがだらり、と大粒の汗を流した。

 粘り気の強い汗だった。

 実は、話が始まって以降、服の下はずっと汗だくであった。

 

「少し……お待ちいただけますか……」

 

 ふらり、とパーシヴァルは奥の部屋に入った。

 

 

 しかし、結局パーシヴァルは誓約書にサインした。

 よく話し合ったのだろう。 

 苦悩したのだろう。

 誓約書を渡した時、心なしか、やつれて見えた。

 

「確かに、受けとりました」

 

 ゴローはにこやかであった。

 

 立ち去る寸前、パーシヴァルとゴローが何かを話していたが、ランスロットはそれをあえて見逃した。

 

 パーシヴァルの姿が見れた。

 元気そうだったが、無理しているとも思った。

 とりあえず、それでいい。

 今は、とりあえず、余分なことはいいだろう。

 彼が、生きている。

 居場所を見つけている。

 なら、それでいい。

 

 優しく、自分に言い聞かせていた。

 

 

3.

 

 

 ソールズベリー。

 博愛と平和の街。

 花の色が鮮やかな街。

 オーロラの治める街である。

 

 そこに、ランスロットとゴロー。

 そして、スプリガンがいた。

 

「全く……いくらなんでも非常識ですよ!」

「ワルいねぇ、ナカムラくん。でも、来てくれたじゃないの」

「私は空を飛べませんからね! 抱え込まれて空を飛ばれたら逃げられないだけです!! あとスプリガンでお願いしますよ、ほんと、この人は……」

「あれぇ? そうだったっけ。いやぁ、スマンねぇスプリガン。でも、ありがとうさぁ」

 

 スプリガンの怒りはごもっともである。

 

 ロンディニウムから出た後、ゴローの提案で二人はノリッジに直行した。

 そして、迷わずスプリガンの元に足を運ぶと、言い訳の暇もなく抱き抱えてソールズベリーまで飛んできたのだ。

 

「オーロラちゃんに謁見するのに、流石に一見サマだと厳しいじゃない?」

「あなたがそんなことを気にするとは、思えないのですが……」

「言うねぇ。ハラァくくってもらったかい?」

「ええ、もうしょうがないです。そのかわり! 帰りもよろしくお願いしますよ!」

「たはぁ、さすがサムライの末裔。切り替えが早くて助かるねぇ」

「聞いてます!? 私の話!!」

 

 二人のやり取りを、二歩後からランスロットが眺めている。

 胸中は穏やかではなかった。

 ロンディニウムでのゴローの独断。

 これを、オーロラがなんと言うか……

 不安で、心配であった。

 

 俯くランスロットに、足を止めて、ゴローが語りかけた。

 膝を折って、目線を合わせる。

 

「大丈夫」

 

 短いが、力のこもった言葉だった。

 残念ながら、ランスロットの心のモヤは晴れない。

 

「しかし、円卓軍との休戦協定ですか……それをオーロラ名義で書いたなら、私の必要はないのでは?」

「いや、めちゃくちゃ必要だよねぇ。なんなら、一番、大事。俺じゃ、箔も格もないからねぇ」

「まさか……」

 

 まさかじゃないねぇ。

 ゴローは言う。

 割と、顔つきが神妙である。

 

「俺ァいくら強かろうが、妖精國の立場はモルガンの客人だもの。本来、こんなことに首突っ込める人間じゃなぃからねぇ。ランスロットは、どうやらオーロラちゃんとはただならぬ関係みたいだし、紙切れ一枚の契約なんて、向こうがどのタイミングでもビリビリッとやってきたら、言い訳できないもの。『そんなの、あったかしら?』で反故にされて終わりだものねぇ」

 

 妙にモノマネがうまくて、スプリガンはイラッとした。

 

「だから、スプリガンが立ち会ってくれると助かるんだよねぇ。その目で見て、聞いた。オーロラがビリッた時に、そう宣言してくれるだけで、俺たちの苦労はムダじゃなくなるからねぇ」

「いくら私でも、オーロラの発言を全て覆すことはできませんよ……おそらくですがね」

「いいのよ、それでも。それで少なくともノリッジと、ランスロット。それにガウェインはこっち側になるでしょ? 大助かりだよ」

「……ガウェイン卿を、随分信頼されてますね」

「まぁ、そこは無条件だよねぇ。あ、コレ、オフレコでね。本人に聞かれたら、恥ずかしいからねぇ」

「……ふふふ、わかりました」

「あ、その顔は言うタイミングを考えてるでしょ?」

「さぁ、どうでしょうね?」

「かああ〜っ。これだから君のこと、好きなンだよねぇ、俺ァ」

 

 だべっていると、大聖堂に着いた。

 衛兵を後陣に並べて、コーラルが立っていた。

 スプリガンが話をして、改めて謁見の許可をとり、上階に向かう。

 

 扉を開いた先に、オーロラはいた。

 

「あら、あらあらあら! ようやくお会いできましたね。『異邦人』さま」

「いやぁ、お久しぶりにして、お待たせしてごめんなさいねぇ」

「本当に、忘れられたのかと思いました」

「いんやいや。楽しみは最後にとっておくものでしょう? 俺にとって、オーロラちゃんはデザートのプリンみたいなモンでさぁ」

「甘くて美味しい甘味のことね! まぁまあま、なんて嬉しいことをおっしゃってくれるのかしら!」

 

 オーロラはランスロットに目もくれず、三人を部屋の奥へと促した。

 柔らかで上品なソファに、ランスロットとスプリガンが座る。

 ゴローは立っている。

 案の定、体重の問題だ。

 

「ごめんなさいねぇ。あなた用のソファを、用意しておくのでした」

「かまわねぇさぁ、慣れてるからねぇ。それより、その気遣いの心だけ、ありがたくいただくよねぇ」

「うふふ。お上手なひと」

「オーロラちゃんの輝きが、ついつい俺の口をあくせく働かせちゃうんだよなぁ」

 

 オーロラは上機嫌極まりなかった。

 スプリガンは冷や汗をかいていた。

 冷静に、第三者から見てみると、なんてわかりやすいんだ、この女……と思わず過去の自分を責めたくなる。

 

「それでそれで、なんのお話を聞かせていただけるのかしら?」

「そうだねぇ……とりあえず、コーラルちゃんも、同席して貰いたいねぇ」

「まあ、あの子にも聞かせちゃうの?」

「心優しいオーロラちゃんだもの。楽しみはみんなで……」

「コーラル、今すぐ私の部屋に来てくれるかしら?」

「ありがとうさぁ。さすがオーロラちゃん。慈悲深くてキラキラだねぇ」

 

 オーロラは、しばらくして訪れたコーラルをソファに座らせた。

 ゴローはそれを確認すると、当たり障りのない、しかし躍動感のある冒険と戦いの話をし始めた。

 ほとんどが、嘘が本当か、判断のつきにくい話であった。

 

 

4.

 

 

 昼と夜の境目。

 変わらぬ星々の瞬きが見え始める時間。

 

 ゴローは本題に入った。

 

「そうそう。オーロラちゃんに、耳寄りのお話があるんだよねぇ」

「まぁ! なにかしら、なにかしら?」

 

 穢れなき少女のように、その全身で無邪気を示すオーロラ。

 ゴローはすっ、と紙を出した。

 

「これは……?」

「ああ。実は円卓軍が、オーロラちゃんと休戦協定を結びたがってるンだ」

 

 ランスロットはえっ、という顔をした。

 ゴローはそれを予見していたのか、ニッ、と短くランスロットに笑みを届けた。

 

 オーロラに向き直る。

 

「実は、円卓の人間たち、全員オーロラちゃんのファンなんだ」

「まぁ! そうなの!?」

 

 スプリガンはずっこけそうになるのを堪えた。

 代わりに、

 そんなわけないだろ!!

 と、心では盛大につっこんでいた。

 

「オーロラちゃん。モルガン陛下のこと、あんまりよく思ってないでしょ?」

 

 好きか、嫌いか。

 そうは聞かない。

 

「そうねぇ。ソールズベリーの妖精たちも、そう思ってる子は多いわ」

 

 絶妙に主語をズラす。

 私だけが、ではなく。街のみんなが、と。

 だが、ゴローはあえて無視して続ける。

 想定していたことだからだ。

 

「円卓の人たちも、実はそうなンだよねぇ。だけど、彼ら、困ってる。なンせ堂々と反モルガンを掲げている。だから、どこにも行けない」

「なるほど。だから、私のところに来たいのね!」

「オーロラ様!」

 

 コーラルが慌てて口を挟む。

 良いタイミングだった。

 いいツッコミである。

 ゴローは内心でしめしめと笑っていた。

 

「チョット、違うなぁ。彼ら、オーロラちゃんに、心を支えてもらいたいんだよねぇ」

「どういうこと? もうみんな、私のファンなのでしょう?」

 

 あっけらかんと言い放つ。

 なんの疑いもない声色。

 スプリガンは頭痛がする思いだった。

 過去の自分、目ん玉曇りすぎだろ……と。

 

「そうなんだけど、ホラ、ソールズベリーの街の人とか、キャメロットの人とかは、その事実を知らないじゃないの? だから、オーロラちゃんが、彼らにちゃんと愛されてるって、オーロラちゃん口から宣言してほしいんだよねぇ」

 

 そして、こいつほんと口がうまいな、と感心していた。

 

「まあまあ! 確かに、円卓の人たちにも私が愛されてるって、みんな知らないものね!」

「向こうのね、確認はもうとってるンだよね。みんなオーロラちゃんとは戦いたくない! って、諸手を上げて賛成してくれてねぇ。スゴかったなあ、あの景色。みんなが、オーロラちゃんの名前を叫んでさ……」

「まぁまぁまぁまぁ! なんて可愛い人たちなのかしら!」

 

 コーラルの瞳が、哀れなものを見る眼になっている。

 しかし、そんな視線にすら気づかない。

 自らの輝きが負の視線など掻き消してしまっている。

 今のオーロラは、出会い頭の何倍も輝いていた。

 

 サインはあっさりともらえた。

 合計で、三枚。

 ひとつは、オーロラが。

 ひとつは、円卓に渡す分。

 もうひとつは、ゴローが──のちにスプリガンに渡す分で、いちまい預かった。

 

「円卓軍の子たちによろしくおねがいね!」

 

 見送るオーロラは、夜空のどんな星々より輝いていた。

 

 ノリッジにスプリガンを運んで、その帰り。

 夜空。

 誰もいない。

 ゴローとランスロットが並んで飛んでいる。

 

「いいの?」

 

 ランスロットが口を開いた。

 ゴローは、少し飛ぶスピードを落とした。

 

 なにが、と聞いた。

 

 君は……とランスロット。

 

「君は、汎人類史がこの世界と戦う時、何もしないんだろ?」

 

 それは、この間ベリルに話したことだった。

 あんにゃろうめ。

 とゴローは思った。

 ほんと、やる男だ。抜け目ないねぇ。

 と、内心ベタ誉めしていた。

 

「じゃあ、なんで、僕の頼みを聞いたんだ? かい?」

 

 うん。

 と頷く。

 ゴローは言った。

 

「汎人類史と、ブリテンの戦いは、世界と世界を賭けた戦争だ。それは、どちらの世界にも異物の俺が、介入するべきじゃあないねぇ」

「なら……」

「今回のことなら、俺ァなンもしてないよねぇ」

「えっ……?」

 

 疑念を向けるランスロットの顔を見る。  

 ゴローは後ろ向きに飛んだ。

 

「だって、円卓軍と協定を結びたかったのは、その提案はおまえさんのものじゃない」

 

 だけど、と言うが、

 それをゴローは捲し立ててかき消す。

 

「俺ァ、ランスロットについてって、話をしただけ。調印したのはパーシヴァルくんたちで、俺じゃァない」

 

 もっと言うと。

 

「あの契約は、オーロラとパーシヴァル。もっというと、円卓軍とソールズベリーの休戦協定であって、俺の名前はどこにもないよん」

「……………!」

 

 言われてみれば、そうである。

 

「こっちの紙を預かってるのもスプリガンだしねぇ。ランスロットが主体となって、オーロラ(ソールズベリー)パーシヴァル(円卓軍)を結びつけ、スプリガンがそれ見届けた。それ以上はないねぇ」

 

 うそだろう……

 

 ランスロットは本日何度目の驚きであろうか。

 だが、これが今日一番の驚きと言ってよかった。

 

「のちにブリテンの歴史が振り返られる時、まぁそれがあれば、だけどねぇ。俺の存在は『なんかデカいランスロットの従者』で終わりさね。だって、それ、それが、事実だものねぇ」

 

 息を、呑んでいた。

 

 カラコロとゴローは笑っている。

 信じられないものを見る気持ちだった。

 

 ランスロットは言いようのない感情が、胸に詰まっているのを実感した。

 

 

5.

 

 

 ロンディニウムから出る時、ゴローはパーシヴァルに呼び止められた。

 

「……あと、半年なんです」

「『予言の子』かい?」

 

 ゴローは、パーシヴァルの未来の言葉を、ズバリ言い当てた。

 

「はい……予言通りなら、今のブリテンの平和は、モルガンの支配は……あと半年で終わります」

 

 曇らせるパーシヴァルに、ゴローは、

 

「よかったじゃない」

 

 と言った。

 パーシヴァルが顔を上げた。

 

「あと、六ヶ月は平和ってことじゃないの。だったら、色々準備できるよねぇ。力も、心も、蓄えられるよねぇ」

 

 人は、進み続ける人は。

 目標が定まれば、とりあえずそこに向かって歩き出せる。

 とりあえず、そこまで。

 これは、大きい。

 そこまで辿り着いてから、考えれば良い。

 

 まだ、歩くのか。

 もう、止まるのか。

 いっそ、走り出すか。

 下を向いても良い。

 上を見上げても良い。

 

 だが、とりあえず、そこまでは行こう。

 辿り着いてから、考えよう。

 

 それで、いいんじゃないの?

 ゴローは、からころと笑って、そう言った。

 

 パーシヴァルは、ふっ、と笑みを浮かべた。

 肩肘をはらない、自然な笑みだった。

 

「あなたは、すごい人ですね」

 

 屈託なく、言った。

 いいやいいや、とゴローは手を振った。

 

「人々を奮い立たせる象徴。あなたこそ、ヒーローだよ」

 

 それは、ゴローらしくない。

 剛直な熱の篭った、よく通る声であった。

 敬意が込められていた。

 手を、差し出した。

 

 パーシヴァルは、手を握り返した。

 大きな手と、大きな手であった。

 

「ランスロットを、よろしくお願いします」

 

 ゴローは、無言だった。

 深く沈めた笑みで、返した。

 

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