【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
0.
止まり木になればいい。
そういう想いが、あるいはあったかもしれない。
パーシヴァルは、机の上に広げた資料に目を通していた。
資料と言っても、文字だけの簡素なもの。
新しく円卓軍に加わってくれた者たちの、名前と、年齢、技能などのプロフィールリストだ。
要は履歴書である。
ひとりひとりの名前を小声で呟いて、心に刻む。
円卓も、だいぶ規模が大きくなった。
最初は煤と埃と砂利で寂れていたロンディニウムも、すっかり手入れが行き届いて、清潔で賑やかになっている。
円卓軍。
女王モルガンに相反するというのは言い過ぎだとも思う。
人間のための反乱者というのも、間違っている。
掲げるものは、人間と妖精の共存……
いや、それも、なんだか言葉として、格好つけすぎだとも……実は少し思っている。
他にうまい言い方が思いつかないのだが、パーシヴァルはブリテンは、みんなが笑って肩を並べられる世界であればいいと思っている。
それは、共存なんて、堅苦しいものではなく……
心から言葉が抽出されない。
こういう時、我が身の無教養さに苦心する。
ふぅ、と資料から目を外して、椅子の背もたれに深く体を預けた。
その時、すっ、と目の前に差し出される。
紅茶。
ベストなタイミングであった。
「お疲れ様です」
そういう言葉と共に、
ありがとう、とパーシヴァルは微笑みを返した。
いい人たちだ。
悪くいうと、無計画な自分の考えに心から賛同してくれて、ずっとついてきてくれる。
姉がここにいたら、この周りを巻き込む無鉄砲さを、なんというだろうか?
変わらないね……言いそうだ。
呆れたよ……実に言いそうだ。
雨の中の姉。
愛しき人。
あの時、何もできなかった自分、
苦しみと、絶望の中で暗く沈む姉、
滅ぼされた鏡の氏族。
あるいは、ひとつの氏族が滅んだことに、モルガンは苦悩したのだろうか……
ブリテン中に降り注いだ雨。
あの空は、果たして誰のために泣いてくれていたのか……
目を閉じるだけで網膜に蘇る、神秘的だが破滅的な光景に胸を痛める。
その度に、しっかりしなければと考えを新たにする。
ロンディニウムの人々のためにも。
自分のためにも。
そして……姉のためにも。
「パーシヴァルさま! た、大変です!!」
ひと息つけるパーシヴァルを、兵士の一声が目覚めさせる。
どうしました?
パーシヴァルは聞いた。
そして、すぐに気づく。
兵士は息を荒げて、目が見開かれていた。
尋常ならざる気配を察する。
パーシヴァルの目が鋭く光った。
何が……と聞く。
重厚な声であった。
「ランスロットです……妖精騎士ランスロットが、こっちに……」
「なっ……すぐに避難を開始してください! 私が先陣に立ちます! その間に皆さんは避難を!」
立て掛けていた『選定の槍』を握り、勢いよく立ち上がる。
なぜ?
いきなりすぎる。
女王陛下の気まぐれだろうか。
いや、きっと違う。
モルガンの人となりを全て知っているわけではない。
しかし、彼女は思いつきで殺戮をするまで暗愚とは思えなかった。
では、誰だ?
ランスロットが自分から動いたか?
それはあり得ないと頭を振る。
となれば、オーロラか。
いかにも、という感じではある。
そこまで思考を巡らせて、はっとする。
兵士の顔が心配に歪んでいる。
戸惑いは止んでいない。
ああ、申し訳ない。
しかし、兵士の言葉はパーシヴァルの予想を覆した。
ぼそりと、申し訳なさそうに、言った。
「いや、それが……変なんです」
「変……とは?」
「徒歩なんです」
「……えっ?」
思わず地の声が出る。
ランスロット。
飛行能力を有しており、さらに速度は音速を超える。
故に防壁は意味をなさない。
突然の奇襲、そして破壊。
その姿、さながら暴風のごとし。
降り注ぐ『災厄』がごとし。
それが、彼女のやり方……のハズだが。
「その……歩いてきてます、真っ直ぐに、こっちに」
兵士の言葉は混乱していた。
なんならパーシヴァルもちょっと混乱していた。
だが、自分が動揺するわけにはいかない。
自分が不安になれば、みんなが不安になってしまう。
「ど、どうしましょう……?」
「私が門の前に出ます。みんなはいつでも退避できる準備をして、場内に」
パーシヴァルは意を決した。
1.
「見窄らしい場所で申し訳ありません」
「いやいや、趣きがあって、いいんじゃないでしょうか? 私、好きですよ、こういう場所」
いかにも、レジスタンスって感じで。
作戦室を見渡して、太い男──ゴローは笑った。
太い笑みであった。
吐き出す息がもわりと熱を放つ。
それもまた、太い。
しかし、それに悪感情はない。
ランスロットはちょこんと席に付いている。
ゴローの隣、机を挟んで、パーシヴァルの向かい側の正面である。
双剣──アロンダイトは外していた。
鎧は身につけているが、それもいつものものとは少しデザインが違った。
パーシヴァルの見たことがないデザインであった。
門の手前。
槍を片手に威風堂々立つパーシヴァルを見て、二人は足を止めた。
睨み合う。
強い視線だ。
ゴローはパーシヴァルの頭部から順番に、視線を足へと落としていく。
パーシヴァルは気を張り巡らせる。
一挙手一投足、なにも見逃さないと、網の目のように気配を細かく張り巡らせる。
いいねぇ。
しばらくして、ゴローが言った。
艶やかな口調だった。
その目から強さが抜けた。
ふっ、と。微笑むように抜けた。
彼は丁寧に頭を下げた。
その振る舞いに殺気はなく、隙だらけであった。
「オーロラ様の使いで参上いたしました。私、ゴローと申します」
ランスロット様の従者でもあります。
と言った。
「オーロラ様と、ランスロット様の名を賜って、円卓軍の方々と話し合いたいことがございます」
そうして、警戒はされながらも、ロンディニウムに二人は案内されたのだった。
「すみません、ロクなおもてなしも出来ず……」
「お構いなく。お茶を飲みにきたわけではありませんので」
もちろん、お出しされたら頂きますが、と言う。
それより、とゴロー。
「こちらこそ、時間をいただく立場であるのに、礼服でなくて申し訳ない。なにせ、即日即断で決まったことでして、着飾る暇がありませんでして……」
服の襟をぴっと伸ばしながら、ゴローは言った。
流し目である。
茶目っ気があった。
ランスロットは驚いていた。
ゴローの喋り方が、その振る舞いが、普段とはまるで違う。
飄々とした雰囲気はそのままであるが、言動が別人である。
こういう振る舞いの器用さは、ほとほと感心させられる。
こういうことには慣れている、と言っていたが、なるほどと納得した。
では、結論から。
とゴローは言った。
「オーロラ様は、円卓軍との休戦協定を望んでいます」
!?
自信満々とゴローの発した言葉は、その場にいるすべての者を驚愕させた。
2.
紙と書くものありますか?
驚愕冷めやらぬタイミングで、言った。
ゴローがそう言って、円卓軍兵士から羽ペンとインク、そして机面積の半分もないぐらいの紙を受け取った。
いい羽根ペンだね。
太い指に不釣り合いなそれを握って、ゴローはふふ、と笑う。
紙の上に大きな丸をいくつか。
一番おおきな丸に、女王軍。
その次に大きないくつかの丸に、領地の名前。
氏族長たちの治める土地だ。
そして、そこから少し離れた位置の丸に、円卓軍と書いた。
いいですか、ゴローは言う。
みんなが、覗き込んだ。
ゴローは、ペンで丸を差しながら続けた。
「ここに書いたものは現在の妖精國の、武力を持つ領地です。つまり、妖精國のパワーバランスですね」
各丸──キャメロットを除く領地から、グッと線を伸ばす。
その先は、円卓軍の丸だ。
「各領地から逃れた人間の行先が、この円卓軍。人間による妖精支配からの脱却、ひいてはモルガン政権の失墜を目指すその思想に恭順してのこと……」
パーシヴァルは、口を挟んだ。
「それは、厳密には違います」
それだけだった。
それだけだったが、ゴローは何も追及せず、ただ失敬、と首を傾げた。
「とにかく、大事なのは円卓軍が、その規模を日々増しているということです」
ぐるぐると円卓軍の輪を大きくしていく。
それは、他の氏族長の領地の丸と、同じくらいの大きさまでなんともなぞり描いた。
「これは、モルガン陛下はともかく、他の氏族長には、面白くないことです」
その在り方からして中立派のグロスター。
人と妖精の上に資本という価値を置くノリッジ。
ノリッジとは異なる価値観だが、人と妖精が並び歩くことを許すソールズベリー。
半女王派の筆頭。北の王の氏族──ノクナレア。
ついでに、氏族長と変わらぬ武力を持ち、対女王を掲げるも、円卓とは決して沿わないシェフィールド。
彼ら彼女たちはともかく、対女王攻略を考えるならば、最大の難関がある。
この圧倒的な質と量が伴う力に、ただひとつの領地で並び立つもの。
ひときわ太い線で丸を書かれた領地。
ウッドワスの治めるオックスフォードである。
そして、先に挙げた中立派閥は、決して円卓軍を自らどうしようというつもりはないだろう。
良くも悪くも。
味方でもない彼らは円卓が滅ぼうと我関せずを決め込む。
ただ、その末路を見て「可哀想だったね」と感想を漏らすのがせいぜいだ。
しかし……
「このまま円卓が膨れ上がれば、彼ら彼女たちが、いつ円卓と組むかわからなくなります」
武力が整い、数が揃えばそれだけで戦争は有利である。
中立派のどこかが円卓に傾けば、他も続々と円卓を支援するかもしれない。
ありえない話ではなかった。
ここ数ヶ月は、特に。
『ある理由』から、円卓に志願するものが急増しているのは事実だ。
「そうなれば、ウッドワス公が潰しに来ますか……」
あるいはモルガン直々に。
是非もなく。
とゴローは言った。
しかし、とひとことの中に付け加える。
「オーロラ様は憂いています」
いけしゃあしゃあと、嘘をつく。
「オーロラ様は……人間も妖精も分け隔てなく接するお方です。故に、そうなることを、誰よりも危惧しております。人が、妖精が傷つくことを、その未来を恐れているのです」
半分本当で、半分は嘘。
「で、あるから、女王陛下直系のランスロット様を通して、オーロラ様は私たちをここに派遣され、和睦の道を詮索されているのですよ」
これは、全部嘘。
だが、前後関係を鑑みると、いかにも本当のことのように聞こえる。
パーシヴァルの顔に困惑が浮かぶ。
彼は、オーロラの本性をある程度理解している。
そのうえで、オーロラの建前は十全に理解していた。
だから、迷う。
二枚舌のオーロラなら、
いかにも言いそうなことで、
いかにもやりそうなことだったからだ。
「仮に……」
だから、真っ直ぐなパーシヴァルの言葉に、迷いが垣間見えるは仕方のないことである。
「仮に、円卓軍と、オーロラ様が、手を組んで……それで、どうなりますか」
「メリットは多いですよ」
その言葉を、ゴローは待っていた。
内心で、舌なめずりをしながら。
にやり、と深い笑みを浮かべた。
「まず、何よりあなた方のバックにオーロラ様が着く。これが何よりのメリットです」
ソールズベリーの美しい領主。
博愛と平等に輝ける風の氏族長。
人間と、妖精の多くから愛を注がれるオーロラ。
ソールズベリーが休戦を切り出す。
それは円卓軍への支援とも言える。
物質的な支援ではなく、姿勢的な支援だ。
円卓とソールズベリーは、深くはないか繋がりがある。
そう認識されればいい。
オーロラは自身の庇護下にあるものは大事にする。
で、あれば。
円卓軍への悪感情に揺らぎが生まれるだろう。
オーロラに表立って反抗する者は、妖精國全土を俯瞰しても、ほとんどいないのだから。
それはすなわち、他の氏族長。
ひいてはモルガンへの牽制にもなる。
オーロラの所有物を、断りなく破壊する行為。
それが、オーロラの、彼女を愛する者達の反感をどれほど産むだろうか?
きっと、想像もできない程だ。
彼女が大粒の涙を流すことに、ソールズベリーの人々は耐えられないのだから。
「しかし……」
だが、パーシヴァルの歯切れは悪い。
疑っている。
当然である。
どんなに策を労しても、最後に立ちはだかるのはモルガンなのだ。
つまり、それは妖精國二千年の歴史そのものである。
最後の最後、それに勝てなければ意味がない。
それは、パーシヴァルは当然として、ランスロットも、ゴローも承知である。
なので、もうひと押し。
「じゃあ、こういう未来はどうでしょう?」
と。
「モルガンと女王軍vs氏族長全員」
言い切った。
恐るべきことを、ゴローは言い切った。
パーシヴァルが目を見開いて聴いた。
まゆがぐわりと吊り上げられる。
その隣で控えている兵士も、兜の下では同じ表情である。
ランスロットですら、唖然としていた。
「いや……モルガンvs全氏族長+女王軍+円卓軍かな?」
さらに、恐ろしさを積み上げる。
聴いている者の心臓が破裂しそうだった。
「これなら? モルガン陛下相手でも、勝率は十分にあるのでは?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私には何がなんだか……」
順を追って、説明します。
とゴロー。
「まず、現モルガン政権は盤石ではない、ということです」
それはわかる。
円卓軍以外も、北のノクナレア。シェフィールドのボガード。
それだけではない。
ソールズベリーにも、ノリッジにも、グロスターにも、反モルガン思想は埋まっている。
だが、そこからなぜ、モルガンが孤立し妖精國全てと戦う構図になるのかがわからない。
話が飛躍しすぎではないか?
「もし、休戦協定が成って、モルガンがそれに怒り、ソールズベリーで見せしめを行い円卓を滅ぼすとしましょう」
そうすれば、とゴロー。
促す視線であった。
考察を、そして未来を。
あっ、とパーシヴァルは言った。
ゴローはにこりと笑った。
太いが、柔和な笑みだった。
「そうです。そうなれば反モルガン思想は妖精國全土に、瞬く間に広がるでしょう。なにせ、オーロラの街に火を放つわけですからね」
続ける。
「氏族長すら手にかける。その庇護下を焼き尽くす……そうなれば、他の氏族長はどう思うでしょう? 私には関係ないから。と顔を背けると思いますか? 自国にも背反思想者を抱えているのに?」
パーシヴァルは恐怖に目を細めた。
前例がある。
今から約十六年前、モルガンは『予言の子』狩りを行い、各地は荒れに荒れてしまった。
それに近いことが、
いや……
もし、ソールズベリーを焼き尽くし、オーロラに手を出せば、それを上回る混乱と惨劇は容易に想像がついた。
「ご理解、いただけたようですね」
そうなれば、黙ってはいない。
ボガードは、これが好機と見るだろう。
ノクナレアなど、国境に押し寄せるでは済まないだろう。
混乱と混沌は国奪りの絶好の機会なのだ。
難民がでれば、グロスターやノリッジも無関係ではいられない。
かと言って、難民を庇えば攻撃対象になる。
ブリテン全土が戦場となるだろう。
怒りと絶望がそこかしこを漂うだろう。
それがブリテン全てを満たした時、
その時、誰かが言う。
言ってしまう。
──誰のせいなんだ?
声が続く。
傷つき倒れるものの、無辜の声。
しかし、怒りと絶望を飲み込んだ、呪いの言葉。
──モルガンのせいだ。
そうなれば、もう終わりだ。
すべての増悪がモルガンへと集中する。
ブリテンは滅ぶだろう。
「…………!!」
声が出なかった。
パーシヴァルはその未来の悍ましさに、声を失っていた。
「つまり、ここで、オーロラ様と休戦協定を結ぶ……と円卓に一筆いただけると、それはひいてはブリテンの平和、モルガン陛下の武力への抑止力となるのですよ」
ただ、文字の並んだ紙切れ一枚が。
パーシヴァルは沈黙する。
沈黙が場を支配する。
その中で、ゴローだけが、笑みを携えている。
なんと現せばいいのか、わからないカタチの笑みであった。
パーシヴァルの顔から、その頭の中にするりと入り込んで、脳に直接何かを囁く……そんな表情である。
「これを、ランスロット様が、提案されたのです」
パーシヴァルの体が跳ねた。
ランスロットがだらり、と大粒の汗を流した。
粘り気の強い汗だった。
実は、話が始まって以降、服の下はずっと汗だくであった。
「少し……お待ちいただけますか……」
ふらり、とパーシヴァルは奥の部屋に入った。
しかし、結局パーシヴァルは誓約書にサインした。
よく話し合ったのだろう。
苦悩したのだろう。
誓約書を渡した時、心なしか、やつれて見えた。
「確かに、受けとりました」
ゴローはにこやかであった。
立ち去る寸前、パーシヴァルとゴローが何かを話していたが、ランスロットはそれをあえて見逃した。
パーシヴァルの姿が見れた。
元気そうだったが、無理しているとも思った。
とりあえず、それでいい。
今は、とりあえず、余分なことはいいだろう。
彼が、生きている。
居場所を見つけている。
なら、それでいい。
優しく、自分に言い聞かせていた。
3.
ソールズベリー。
博愛と平和の街。
花の色が鮮やかな街。
オーロラの治める街である。
そこに、ランスロットとゴロー。
そして、スプリガンがいた。
「全く……いくらなんでも非常識ですよ!」
「ワルいねぇ、ナカムラくん。でも、来てくれたじゃないの」
「私は空を飛べませんからね! 抱え込まれて空を飛ばれたら逃げられないだけです!! あとスプリガンでお願いしますよ、ほんと、この人は……」
「あれぇ? そうだったっけ。いやぁ、スマンねぇスプリガン。でも、ありがとうさぁ」
スプリガンの怒りはごもっともである。
ロンディニウムから出た後、ゴローの提案で二人はノリッジに直行した。
そして、迷わずスプリガンの元に足を運ぶと、言い訳の暇もなく抱き抱えてソールズベリーまで飛んできたのだ。
「オーロラちゃんに謁見するのに、流石に一見サマだと厳しいじゃない?」
「あなたがそんなことを気にするとは、思えないのですが……」
「言うねぇ。ハラァくくってもらったかい?」
「ええ、もうしょうがないです。そのかわり! 帰りもよろしくお願いしますよ!」
「たはぁ、さすがサムライの末裔。切り替えが早くて助かるねぇ」
「聞いてます!? 私の話!!」
二人のやり取りを、二歩後からランスロットが眺めている。
胸中は穏やかではなかった。
ロンディニウムでのゴローの独断。
これを、オーロラがなんと言うか……
不安で、心配であった。
俯くランスロットに、足を止めて、ゴローが語りかけた。
膝を折って、目線を合わせる。
「大丈夫」
短いが、力のこもった言葉だった。
残念ながら、ランスロットの心のモヤは晴れない。
「しかし、円卓軍との休戦協定ですか……それをオーロラ名義で書いたなら、私の必要はないのでは?」
「いや、めちゃくちゃ必要だよねぇ。なんなら、一番、大事。俺じゃ、箔も格もないからねぇ」
「まさか……」
まさかじゃないねぇ。
ゴローは言う。
割と、顔つきが神妙である。
「俺ァいくら強かろうが、妖精國の立場はモルガンの客人だもの。本来、こんなことに首突っ込める人間じゃなぃからねぇ。ランスロットは、どうやらオーロラちゃんとはただならぬ関係みたいだし、紙切れ一枚の契約なんて、向こうがどのタイミングでもビリビリッとやってきたら、言い訳できないもの。『そんなの、あったかしら?』で反故にされて終わりだものねぇ」
妙にモノマネがうまくて、スプリガンはイラッとした。
「だから、スプリガンが立ち会ってくれると助かるんだよねぇ。その目で見て、聞いた。オーロラがビリッた時に、そう宣言してくれるだけで、俺たちの苦労はムダじゃなくなるからねぇ」
「いくら私でも、オーロラの発言を全て覆すことはできませんよ……おそらくですがね」
「いいのよ、それでも。それで少なくともノリッジと、ランスロット。それにガウェインはこっち側になるでしょ? 大助かりだよ」
「……ガウェイン卿を、随分信頼されてますね」
「まぁ、そこは無条件だよねぇ。あ、コレ、オフレコでね。本人に聞かれたら、恥ずかしいからねぇ」
「……ふふふ、わかりました」
「あ、その顔は言うタイミングを考えてるでしょ?」
「さぁ、どうでしょうね?」
「かああ〜っ。これだから君のこと、好きなンだよねぇ、俺ァ」
だべっていると、大聖堂に着いた。
衛兵を後陣に並べて、コーラルが立っていた。
スプリガンが話をして、改めて謁見の許可をとり、上階に向かう。
扉を開いた先に、オーロラはいた。
「あら、あらあらあら! ようやくお会いできましたね。『異邦人』さま」
「いやぁ、お久しぶりにして、お待たせしてごめんなさいねぇ」
「本当に、忘れられたのかと思いました」
「いんやいや。楽しみは最後にとっておくものでしょう? 俺にとって、オーロラちゃんはデザートのプリンみたいなモンでさぁ」
「甘くて美味しい甘味のことね! まぁまあま、なんて嬉しいことをおっしゃってくれるのかしら!」
オーロラはランスロットに目もくれず、三人を部屋の奥へと促した。
柔らかで上品なソファに、ランスロットとスプリガンが座る。
ゴローは立っている。
案の定、体重の問題だ。
「ごめんなさいねぇ。あなた用のソファを、用意しておくのでした」
「かまわねぇさぁ、慣れてるからねぇ。それより、その気遣いの心だけ、ありがたくいただくよねぇ」
「うふふ。お上手なひと」
「オーロラちゃんの輝きが、ついつい俺の口をあくせく働かせちゃうんだよなぁ」
オーロラは上機嫌極まりなかった。
スプリガンは冷や汗をかいていた。
冷静に、第三者から見てみると、なんてわかりやすいんだ、この女……と思わず過去の自分を責めたくなる。
「それでそれで、なんのお話を聞かせていただけるのかしら?」
「そうだねぇ……とりあえず、コーラルちゃんも、同席して貰いたいねぇ」
「まあ、あの子にも聞かせちゃうの?」
「心優しいオーロラちゃんだもの。楽しみはみんなで……」
「コーラル、今すぐ私の部屋に来てくれるかしら?」
「ありがとうさぁ。さすがオーロラちゃん。慈悲深くてキラキラだねぇ」
オーロラは、しばらくして訪れたコーラルをソファに座らせた。
ゴローはそれを確認すると、当たり障りのない、しかし躍動感のある冒険と戦いの話をし始めた。
ほとんどが、嘘が本当か、判断のつきにくい話であった。
4.
昼と夜の境目。
変わらぬ星々の瞬きが見え始める時間。
ゴローは本題に入った。
「そうそう。オーロラちゃんに、耳寄りのお話があるんだよねぇ」
「まぁ! なにかしら、なにかしら?」
穢れなき少女のように、その全身で無邪気を示すオーロラ。
ゴローはすっ、と紙を出した。
「これは……?」
「ああ。実は円卓軍が、オーロラちゃんと休戦協定を結びたがってるンだ」
ランスロットはえっ、という顔をした。
ゴローはそれを予見していたのか、ニッ、と短くランスロットに笑みを届けた。
オーロラに向き直る。
「実は、円卓の人間たち、全員オーロラちゃんのファンなんだ」
「まぁ! そうなの!?」
スプリガンはずっこけそうになるのを堪えた。
代わりに、
そんなわけないだろ!!
と、心では盛大につっこんでいた。
「オーロラちゃん。モルガン陛下のこと、あんまりよく思ってないでしょ?」
好きか、嫌いか。
そうは聞かない。
「そうねぇ。ソールズベリーの妖精たちも、そう思ってる子は多いわ」
絶妙に主語をズラす。
私だけが、ではなく。街のみんなが、と。
だが、ゴローはあえて無視して続ける。
想定していたことだからだ。
「円卓の人たちも、実はそうなンだよねぇ。だけど、彼ら、困ってる。なンせ堂々と反モルガンを掲げている。だから、どこにも行けない」
「なるほど。だから、私のところに来たいのね!」
「オーロラ様!」
コーラルが慌てて口を挟む。
良いタイミングだった。
いいツッコミである。
ゴローは内心でしめしめと笑っていた。
「チョット、違うなぁ。彼ら、オーロラちゃんに、心を支えてもらいたいんだよねぇ」
「どういうこと? もうみんな、私のファンなのでしょう?」
あっけらかんと言い放つ。
なんの疑いもない声色。
スプリガンは頭痛がする思いだった。
過去の自分、目ん玉曇りすぎだろ……と。
「そうなんだけど、ホラ、ソールズベリーの街の人とか、キャメロットの人とかは、その事実を知らないじゃないの? だから、オーロラちゃんが、彼らにちゃんと愛されてるって、オーロラちゃん口から宣言してほしいんだよねぇ」
そして、こいつほんと口がうまいな、と感心していた。
「まあまあ! 確かに、円卓の人たちにも私が愛されてるって、みんな知らないものね!」
「向こうのね、確認はもうとってるンだよね。みんなオーロラちゃんとは戦いたくない! って、諸手を上げて賛成してくれてねぇ。スゴかったなあ、あの景色。みんなが、オーロラちゃんの名前を叫んでさ……」
「まぁまぁまぁまぁ! なんて可愛い人たちなのかしら!」
コーラルの瞳が、哀れなものを見る眼になっている。
しかし、そんな視線にすら気づかない。
自らの輝きが負の視線など掻き消してしまっている。
今のオーロラは、出会い頭の何倍も輝いていた。
サインはあっさりともらえた。
合計で、三枚。
ひとつは、オーロラが。
ひとつは、円卓に渡す分。
もうひとつは、ゴローが──のちにスプリガンに渡す分で、いちまい預かった。
「円卓軍の子たちによろしくおねがいね!」
見送るオーロラは、夜空のどんな星々より輝いていた。
ノリッジにスプリガンを運んで、その帰り。
夜空。
誰もいない。
ゴローとランスロットが並んで飛んでいる。
「いいの?」
ランスロットが口を開いた。
ゴローは、少し飛ぶスピードを落とした。
なにが、と聞いた。
君は……とランスロット。
「君は、汎人類史がこの世界と戦う時、何もしないんだろ?」
それは、この間ベリルに話したことだった。
あんにゃろうめ。
とゴローは思った。
ほんと、やる男だ。抜け目ないねぇ。
と、内心ベタ誉めしていた。
「じゃあ、なんで、僕の頼みを聞いたんだ? かい?」
うん。
と頷く。
ゴローは言った。
「汎人類史と、ブリテンの戦いは、世界と世界を賭けた戦争だ。それは、どちらの世界にも異物の俺が、介入するべきじゃあないねぇ」
「なら……」
「今回のことなら、俺ァなンもしてないよねぇ」
「えっ……?」
疑念を向けるランスロットの顔を見る。
ゴローは後ろ向きに飛んだ。
「だって、円卓軍と協定を結びたかったのは、その提案はおまえさんのものじゃない」
だけど、と言うが、
それをゴローは捲し立ててかき消す。
「俺ァ、ランスロットについてって、話をしただけ。調印したのはパーシヴァルくんたちで、俺じゃァない」
もっと言うと。
「あの契約は、オーロラとパーシヴァル。もっというと、円卓軍とソールズベリーの休戦協定であって、俺の名前はどこにもないよん」
「……………!」
言われてみれば、そうである。
「こっちの紙を預かってるのもスプリガンだしねぇ。ランスロットが主体となって、
うそだろう……
ランスロットは本日何度目の驚きであろうか。
だが、これが今日一番の驚きと言ってよかった。
「のちにブリテンの歴史が振り返られる時、まぁそれがあれば、だけどねぇ。俺の存在は『なんかデカいランスロットの従者』で終わりさね。だって、それ、それが、事実だものねぇ」
息を、呑んでいた。
カラコロとゴローは笑っている。
信じられないものを見る気持ちだった。
ランスロットは言いようのない感情が、胸に詰まっているのを実感した。
5.
ロンディニウムから出る時、ゴローはパーシヴァルに呼び止められた。
「……あと、半年なんです」
「『予言の子』かい?」
ゴローは、パーシヴァルの未来の言葉を、ズバリ言い当てた。
「はい……予言通りなら、今のブリテンの平和は、モルガンの支配は……あと半年で終わります」
曇らせるパーシヴァルに、ゴローは、
「よかったじゃない」
と言った。
パーシヴァルが顔を上げた。
「あと、六ヶ月は平和ってことじゃないの。だったら、色々準備できるよねぇ。力も、心も、蓄えられるよねぇ」
人は、進み続ける人は。
目標が定まれば、とりあえずそこに向かって歩き出せる。
とりあえず、そこまで。
これは、大きい。
そこまで辿り着いてから、考えれば良い。
まだ、歩くのか。
もう、止まるのか。
いっそ、走り出すか。
下を向いても良い。
上を見上げても良い。
だが、とりあえず、そこまでは行こう。
辿り着いてから、考えよう。
それで、いいんじゃないの?
ゴローは、からころと笑って、そう言った。
パーシヴァルは、ふっ、と笑みを浮かべた。
肩肘をはらない、自然な笑みだった。
「あなたは、すごい人ですね」
屈託なく、言った。
いいやいいや、とゴローは手を振った。
「人々を奮い立たせる象徴。あなたこそ、ヒーローだよ」
それは、ゴローらしくない。
剛直な熱の篭った、よく通る声であった。
敬意が込められていた。
手を、差し出した。
パーシヴァルは、手を握り返した。
大きな手と、大きな手であった。
「ランスロットを、よろしくお願いします」
ゴローは、無言だった。
深く沈めた笑みで、返した。