【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第四章、はじまりはじまり


青空
第一話:神さまに賄賂を送り、天国へのパスポートをねだるなんて本気なのか


0.

 

 

 滅びゆく世界であった。

 

 神殿の、跡地。

 偉大なるものの、残滓。

 そこに、男はいた。

 半身がない。

 下半身は焼き砕かれた。

 心臓には刃を突き立てられた。

 だが、血が流れていない。

 流れる血がもうなかった。

 魔術刻印がゆっくりと、その機能を終えていく。

 

 刻一刻と実感する。

 死を。

 世界の崩壊を。

 

 積み上げた世界は崩れ去った。

 積み立てた神々は滅び去った。

 

 ならば、神々と肩を並べた自分が、ここで死ぬのも道理だろうか。

 自嘲する。

 笑みをこぼしたい。

 だが、頬肉がどうにも動いてくれない。

 

 感じるものは、ふたつ。

 ひとつは、滅びである。

 もうひとつは、男に寄り添うサーヴァント(パートナー)の存在。

 死にゆく男にとって、それだけは、今。 

 ここにある確かな吉兆であった。

 ひとりで、やってきた。

 ひとりで、歩いてきた。

 少なくとも、『異星の神』の名の下では。

 だから、ひとりで、死ぬものだと思っていた。

 しかし、その温もりを感じられて逝くとは、役得極まりない。

 

 全く、贅沢な最期だ……

 

 サーヴァントと、いくつか会話を交わす。  

 最後の会話だ。

 最期にして、最後。

 思えば、良く生きた。

 天才として生まれた。

 その才のせいで、一度死んだ。

 罪なき者の命と引き換えに生き返った。

 そして、研鑽絶やさず練磨忘れず。

 より良き世界へ。

 より良き未来へ。

 諦めを踏破して、死を覆して……

 

 ──他に、何を望もう?

 

 いままで、よく、やってきたなぁ。

 我ながらに思う。

 自分の人生は星と共にあった。

 悪い人生ではなかっただろう。

 波瀾万丈ではあったが。 

 見上げれば、常にそこに星があった。

 星を見ることができた。

 それどころか、星々に座す神々と盟友(とも)となれた。

 で、あるならば、

 

 ──他に、何を望もう?

 

 そうだなぁ。

 Aチームの最後のひとりと、後輩のことかなぁ。

 

 つまり、デイビット。

 そして、カルデアのマスター。

 

 頼れる後進の存在だ。

 彼らの強さを知っている。

 彼らの強さを知れて、逝ける。

 幸福だよ。

 それが、心なしか足を軽くする。

 死への旅路を歩む足をだ。

 ……いや、足はもう、ないんだけどね。

 物理的には。

 

 温かなものに包まれた。

 そんな気がするだけだ。

 とっくに、皮膚も肉も、骨も神経も死んでいる。

 だから、それがなんなのかを確認する術はない。

 ただ、ふわりと、浮き上がる感覚があった。

 時間の感覚がない。

 世界が全て、止まったようだ。

 

 ああ、これが、死か。

 あの時は、死を味わう暇もなかったからなぁ。

 感覚が無限に引き伸ばされているみたいだなぁ。

 ……この際だ。

 たった一度の、全ての命に許された、平等の瞬間だ。

 味わおう。

 思い切り。

 

 …………………………

 

 そのまま、

 そのまま、キリシュタリア・ヴォーダイムは──静かに息を引き取った。

 

 止まっていた時間が動き出す。

 ギリシャ異聞帯が音を立てて崩れていく。

 

 異聞帯にある全ての元素が、汎人類史へと、帰っていった。

 

 

1.

 

 

「モルガン!」

 

 ゴローが、トリスタンを連れてキャメロットの王室に入った。

 当たり前だが、玉座にはモルガンが座っていた。

 そのほぼ正面に、ウッドワスが立っている。

 流石に、トリスタンを気遣いながらゆっくりと飛んだのもあって、ウッドワスが先に到着していた。

 パリッとしていたジャケットが、見るもボロボロになっている。

 全速力で走ったに違いない。

 息もまだ、整っていなかった。

 

「何用か?」

 

 モルガンは頑とした声で言った。

 ヴェール越しにもわかる、強く鋭い視線を飛ばす。

 威圧感があった。 

 対面する者の心臓を貫かんとする破壊力がある。

 相対するものを視線で殺せそうだ。

 空間を、その存在が支配している。

 それは魔力の類でではない。

 純粋な、モルガンな存在感そのものによる支配である。

 ゴローが握っている手から、トリスタンの震えが伝わってきた。

 心の底から恐怖している。

 無理もない。

 有無を言わさぬ迫力である。

 今のモルガンには、ウッドワスですら呑まれていた。

 

「光の意味を、問いたいねぇ」

 

 だから、あえて、いつもの口調に戻す。

 にこりと太い笑みを浮かべる。

 堂々たる笑み。

 含みを込めた、深い笑み。

 二人の視線が絡みつく。

 ひとま、ふたま、時間が空く。

 睨み合う二人、お互いに微動だにしない。

 モルガンの表情は変わらない。

 ゴローの表情も、また、しかり。

 

「必要なことをしたまでだ」

 

 ぐわり。

 ようやくの発言。

 圧力が降り注ぐ。

 最初に謁見した時と同じ、部屋にいるものを片っ端から押しつぶさんとすふ迫力である。

 その迫力に音があるなら、ぐわり……そんな音がしただろう。

 ウッドワスは何も言えなかった。

 トリスタンは震えていた。

 ゴローは……

 

 ゴローは、頭を掻いた。

 

 わかったよ。

 誰にも聞こえない呟き。

 あるいは、モルガンは察したかも知れないが。

 

「お前たちに、特に話すべきことはない。控えるがいい」

 

 心に畏敬を抱いたまま、足取りもおぼつかず、ウッドワスは退場した。

 ゴローもまた、動けなくなっていたトリスタンを抱き抱えた。

 そのまま外に出る。

 向かう先はニュー・ダーリントン。

 とにかく、今はキャメロットから離れた方がいいと判断したのだった。

 

 三人の気配がキャメロットから消えた。

 官司の妖精の気配もない。

 

 その上で、モルガンは空虚に話しかけた。

 

 

2.

 

 

「いるのはわかっている」

 

 空間が、みしり、と軋む。

 そこから出てきた者は、ゴローであった。

 モルガンの探知感覚では、ゴローはまだダーリントンに向かって飛んでいる。

 空白は間違いなくキャメロットから遠ざかっている。

 だが、ここにいるゴローも、本物の空白であった。

 

「私と同じ分身法か?」

 

 随分器用なものだとモルガンは感心する。 

 驚きはない。

 予想できることである。

 自身と全く同じ力、同じ容姿の分身を生み出す。

 これは、モルガン自身得意とするところ。 

 妖精國の全てを敵にしても、なおモルガンが武力で上回らんとする一因である。

 そして、この男は全能者だ。

 無限力の体現者ならば、自身にできる程度の技をできぬ道理はなし。

 ゴローは頭を掻いた。

 コリコリと音が鳴るほどである。

 

「いンや。たぶん魔力原理のそっちたァ、原理がゼンゼン、違うンだけどねぇ」

 

 態度も、声も、ゴローそのもの。

 その存在感すら、本物である。

 

「ふたりきりなら、話をするとでも?」

 

 モルガンは言った。

 ゴローはかぶりを振った。

 そうは思わンねぇ。

 はっきり否定した。

 そして、体を半身にして、首を振り返った。

 出入り口の方を見る。

 

「三人だよねぇ、ベリルくん?」

「──!」

 

 ゴローの言葉の後、カツ、コッ。

 足音がする。

 鋭い足音だ。聞き覚えがある。

 ニヤニヤといつもの笑みを携えたベリル・ガットが、モルガンの正面に現れた。

 

「いやぁ、流石にダンナはダマせねぇな! 一体どこまで見渡してるんだい? 過去から未来なんてチンケなモンじゃねぇだろもう? 千里眼じゃあすまないだろ? それ!」

 

 宇宙の終焉から開闢の光までだよ。

 とゴロー。

 ニヒルな笑みを浮かべている。

 

「いやいやいや! じゃあ、あの光が俺を狙ったものだってことも、わかっちまってた感じかい? そりゃあねぇぜ、せっかくのネタバラシが泡沫に散る、ってなぁ」

 

 ベリルは揚々と喋りながら、ゴローの隣まで歩いてきた。

 二人並んで、モルガンを見る。

 モルガンの顔が、嫌悪に歪む。

 ヴェール越しにもわかるほど、はっきりとした増悪であった。

 

「カルデアって言ったっけ? 最初はね、そいつを狙ったモンかと思ったんだよねぇ」

 

 ゴローは語り出した。

 

「だけど、ならなンで、空想樹を同時に燃やしたのか、ワカンなくてねぇ」

 

 いや……と言葉を濁す。

 

「逆だねぇ。もし次元間狙撃──カルデアをあの光で狙撃できるンなら、なンで、ワザワザ今、やったのかと思ってねぇ」

 

 もし、カルデアの位置をいつでもブリテンから探知できるなら、だ。

 あの次元を貫く光──ロンゴミニアドで、いつでもカルデアを狙撃できるのではないか?

  

 しかし、それもおかしい。

 

 なぜなら、カルデアはブリテンを無視するだろうとベリルは話していた。

 異聞帯を超克して、事実上の特異点──異聞世界ブリテンとなった世界。

 モルガンは、異聞帯を発生させる根っこである空想樹のシステムを解析した。

 各異聞帯に根をめぐらせ、地球を限定的に改変する、空想樹のネットワークシステムをハッキングしたのだ。

 それを最大利用することで、モルガンはブリテンを汎人類史や他の他の異聞帯と同様の、重なり合うも単一の次元となるように書き換えた。

 故に、『異星の神』からは半ば見捨てられたのだと。

 故に、避けられぬ自滅が近いのだと。

 ベリルはゴローに語っていた。

 

 ゴローはこの全てが真実とは思っていない。

 全てにおいて虚々実々の姿勢。

 刹那主義で快楽主義。

 それがベリルの本質であろうことは見抜いている。

 だが、わざわざベリルの魂に探りを入れることもしていなかった。

 

 興味がないからである。

 

 世界が、そうあるが故に自滅に向かうのならば、止める義理はない。 

 神の視点で言えば、

 全能者の視点で言えば、

 世界の終末など、放っておいてもいずれは訪れる。

 万物必滅は世の基本理念。

 生まれたからには、死ぬのだ。 

 それが人であれ、世界であれ。

 神であれ。

 全能者であれ。

 数多無限に存在する『自称』不死者、『自称』永遠不変の世界が、内外さまざまな要因からあっさりと滅ぶ様などは、ゴローは飽きるほど見てきていた。

 

 だから、興味はない。

 この世界があろうがなかろうが、ゴローの生死には微塵も関係がない。

 

 と、そこまで言って、話を戻す。

 

「つまり、カルデアをワザワザ狙撃する必要はねぇと思ったンだよねぇ。だったら、その……かと言って、ギリシア異聞帯? だっけ?」

 

 ゴローはベリルに耳打ちする、

 ──ほんとに、マジで、あのギリシア?

 ベリルはメガネを光らせて答えた。

 ──ああ、ダンナの知るギリシャの神々とは違うかも知れないけど、ガチのマジでギリシャ神話の世界だよ。

 ゴローがありがと。と短くいう。

 指でオッケーマークを作って目配せした。

 

「俺の知る限りだけど、ゼウスやらケイオスやらガイアだのテュポーンだのを……彼らが地球に降りてる状態だとしても、あの程度の熱量で吹き飛ばすのは土台無理だねぇ。全然パワーが足りンねぇ」

「…………ッ」

「ってことは、ギリシアを破壊するワケでもあるまいて。ギリシャ異聞帯とやらが、例えカルデアのせいで滅びかけてたとしても……いや、()()()()()()()。ワザワザこっちからダメ押しするとは思えンのよねぇ」

 

 そンなことしたら、カルデアに敵意を持たれてしまう。

 外敵を招くマネである。

 ロンゴミニアドの破壊力を、果たして目の当たりにしたカルデアが放っておくだろうか?

 世界を救おうとしている連中が、

 世界を焼き滅ぼす光を放っておくだろうか?

 そんなハズはない。

 

「ましてや、その通りなら、こっちァ今『予言の子』の降臨まで、あと二ヶ月ってところだ。敵に存在表明するにゃア……いくらナンでも危ない橋すぎるもの。いくらひとつひとつが羽虫の煩わしさでも、噛み合えば城を崩しちまう。気づけば手におえねェ公害さね。全てが聡明なモルガンが、そンなことをわかってないたァ……言わせねぇよ」

  

 ってことは、だ。

 

「カルデアに関わり、ギリシャ異聞帯に関わり、ブリテンに関わり、空想樹に関わるやつを狙ったのだとして……そンなやつは、ひとりしか知らんモンよ」

 

 ──つまり、オレってことだよね。

 

 ベリルは笑っていた。

 心の底から、笑っていた。

 

「いやさ、ダンナの推理、ビビるぜ。どこまで全能パワーでインチキしてるかしらねぇけどさ!」

「ひっでぇコト言うねぇ。これでも一生懸命、ないアタマ搾ったンだよ、俺ァさぁ?」

「謙遜謙遜! 過ぎた自虐は嫌われちまうぜ?」

 

 このこの、と肘でゴローの脇をつつく。

 モルガンには、目の前の光景が煩わしいことこの上なかった。

 

「さぁて、ワザワザ危険を承知でここに出向いたワケ、話してもいいかい?」

「だいたい予想はついてるケドねぇ」

「ダンナはそうでも、モルガンはそうでもねぇさ」

 

 ──あいつは、()()()()とは違うからな。

 

 底冷えするような声であった。

 場の空気を、たった一言で変えてしまった。

 モルガンですら、その言葉の持つ力に、ベリルの並々ならぬ魂を感じざるを得ない。

 

「オレのサーヴァントとしてのモルガンと、全能の神としてのダンナに、それぞれ頼みがあるんだよ」

 

 ──!?

 

 ふふふ、三人だけの秘密だねぇ。

 モルガンとゴローの態度は対照的であった。

 

 ベリルは淡々と語り出した。

 

 己の計画を。

 己の未来を、である。

 

 全ての話が終わるのに、一時間はかかった。

 

「──ってことだ。なに、無理強いはしねぇさ! オレ如きが、異聞帯の王と全能の神に、約束を強制なんてできねぇしな!」

「オモシロイ話だねぇ、俺ァ乗ったよ」

 

 ニッコリと笑って同意を示すゴロー。

 そのままの顔で、玉座のモルガンへ返答を促す。

 

 モルガンは戸惑っていた。

 

「わ、私は────」

 

 

3.

 

 

 そのしばらく後、モルガンは『予言の子』狩りを命じた。 

 時が来たのだ。

 いくつもの街が荒れた。

 いくつもの悲鳴が上がった。

 

 ティンタジェルもそのひとつである。

 ティンタジェルには()()()()ウッドワスが赴いて『予言の子』狩りを行ったが、着いた時点で街は火の海であり、住民は互いに殺し合っていた。

 

 だから、そこからひとり。

 妖精の少女が逃げ延びたことを知らない。

 

 その少女、杖を持っていた。

 その少女、金髪碧眼であった。

 その少女、妖精でありながら、神秘ではなく魔術が得意であった。

 

 名を──アルトリア・キャスターと言った。

 

 星の内海から派遣された、ブリテンを救う『予言の子』。

 

 その人であった。

 

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