【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
昨日書き終えたはいいが、投稿した気になってそのまま爆睡していた俺の姿はお笑いだったぜ……
2/28 誤字報告ありがとうございます
3/10 この作品中で提示していた原作の設定情報に間違いがあったので、少し訂正しました
1.
朝と昼の境界。
ノリッジは金庫城の来賓室。
ゴローはスプリガンの侍女に用意されたパン切れを、せっせと口に運んでいた。
ゴローも座れるようにと、鉄骨を組み込んだ椅子を用意されていた。
テーブルには菓子パンとカップ、それに茶葉を浸してあるポッドがひとつ。
サクサクとした食感と共に、噛めば噛むほど甘い香りが口内に広がる。
ラスクのようなものであった。
油でさっと揚げ、砂糖を適度まぶしている。
そのためか、カップに注がれた茶葉が、普段飲むそれより濃かった。
酸味が強い。
喉を潤すには少々刺激が強い味である。
だが、これが口の中の甘さとよく馴染む。
お互いを引き立てつつ溶け合う、いい組み合わせであった。
思わず手が止まらない。
少々口周りがベタつくことを除けば、おやつとしては上等も上等。
こういう部分にも、スプリガンの趣向の良さが伺えた。
これも、彼の芸術心が選りすぐったものなのだろう。
ああ、甘くてウマい。
妖精國では甘味はそれだけで高級品である。
なんて贅沢なもてなしであろうか。
やっぱり、これ、ガウェインにも食べさせたかったなぁ。
などとゴローは想いを馳せる。
ほんわかとするゴローに対し、城主たるスプリガンの表情は暗かった。
相談したいことがある。
明日の午後にノリッジに来て欲しい。
昨夜に、マンチェスターに届いた文にはそう書いてあった。
ゴローは今朝方にガウェインも誘ったのだが、彼女は申し訳なくこれを断った。
歯を噛み締めて、すごく悔しそうな表情であった。
最近、各地でモースの被害が急増しており、これの対処に奔走していたのだ。
むしろそっちを手伝おうかと尋ねるゴローに、ありがたいが……と前置きして、ガウェインは自分の仕事だと頑として突っぱねた。
その騎士道精神に感服しながら、遠くなる背中を見送った。
そのあとすっかり暇になったので、ゴローは仕方なく、朝早くにひとりでノリッジに向かったのである。
「うん、これ、本当に美味しいね」
なぜか、空を移動中にランスロットと鉢合わせたので、そのまま彼女も連れて。
ランスロットは三人用のソファの真ん中に陣取って、もくもくとパンを口に運んでいた。
小さな口を懸命に動かして食べていた。
まるで小動物である。
口の周りに砂糖の粉がぽろぽろと付いているのが、天然なのかわざとなのか、実にチャーミングであった。
「まぁ、この際ですよ。ランスロット卿がいることは目を瞑りましょう……」
どうやら、スプリガンの顔にかかる影の根本的な理由は、彼女がいることではないらしい。
口の周りを拭いてやるだの自分でやるだのでもぞもぞとコミュニケートしている二人。
ゴローは手拭きを片手に尋ねた。
「そもそも、おまえさんなんで着いてきたんだい?」
ランスロットはゴローの手から逃れながら、口の中にほうばっていたパンをお茶で流し込むと、
「だって、君。ほっといたら全然、会いにきてくれないじゃないか」
だから、こっちから来たんだよ。
とランスロットは言う。
ぶすりとした表情である。
眉を八の字に顰めていた。
不機嫌というより、不満そうな顔である。
「いやァ、俺、おまえさんの住処しらねぇしなぁ……」
「君、僕の力を探れるだろ?」
「いやいや、用もないのに居場所特定されるの、嫌じゃねぇのかい?」
「? そうなの?」
「いや……そうじゃねェの? フツウは?」
「僕は普通じゃないからね」
「それはそれでよぉ、俺が、気が気じゃないからねぇ」
なんだか噛み合ってるのかそうじゃないのかわからない会話であった。
スプリガンがごほんと咳き込む。
二人が手も口も止めて、スプリガンを見る。
「あなた」
視線はゴローに向けられていた。
「あなた、あんまりあっちこっちふらついてたら、そのうち背中から刺されますよ?」
「天誅──!! ってか? いやぁ、この世界に俺の肉を貫ける刃物あンなら、そいつで天下、とれるよねぇ」
「そうだね。むしろ、僕が欲しいよ、それ」
「おうおうこわいねぇ。本人の前で言う、それ?」
「どうせないものねだりだもの。いいでしょ、このぐらい」
「俺なンかの強さを、随分信頼するねぇ。ふふ……信頼されてるたァ、それは単純に嬉しいよねぇ」
「……今、そういう流れじゃなかっただろ? そういうとこ、ほんと君は、ずるいな……」
ずるいよ。と念を押すランスロット。
ふふ、と笑って流すゴロー。
悪い、悪いねぇと口だけは謝っている。
ランスロット卿が、ぷんすかと怒っていた。
はぁ、とスプリガンはため息を吐いた。
こんな光景を見慣れてしまうなど、思っても見なかった。
でも、顔を上げると、自然と微笑みが溢れていた。
「なんだいスプリガン、なにかおかしいかい?」
「失礼。あなた、ランスロット卿。あなた、もっと人の世から外れた化け物かと思ってましたが……意外と可愛らしいんですね」
ランスロットは一瞬ぽかんと口を開いた。
しかし、すぐ、いつものように無期的な表情を作ると、
「僕も、君はもっと、いやらしい男だと思ってたよ」
と返した。
スプリガンは困ったように苦笑い。
そんなに、口、強かったんですねぇ。
と言った。
「それで、なンの用なのさ?」
最後のパンをランスロットに譲り、お茶を飲んで合掌を終えた。
ゴローは改めて聞き直す。
「いえ……『予言の子』に関する話です」
ほぅ、とゴローは言った。
いつもの調子である。
ランスロットも、特に興味はなさそうなそぶりだ。
構わず、スプリガンは続ける。
「私は今、正直……モルガン陛下の治世を倒そうとは……思えなくなりました」
大胆な告白である。
妖精騎士──モルガン直属の近衛兵を前に、話していいことなのか。
ゴローがランスロットに目配せすると、興味もなさそうだった。
まぁ、スプリガンならそう思ってたよね。
しゃっきりとした目がそんな感じに訴えてくる。
「ですが……だからこそ、見えてくるものがあるのですよ」
それは、モルガンの矛盾である。
スプリガンは要点を話す。
それは結論でもある。
「なぜ、陛下は鐘を破壊しないのでしょう?」
それは、このノリッジにもある大聖堂の鐘のことを指す。
予言の子。
六つの鐘を鳴らして、ブリテンに真の王を迎える者。
その道を作る者。
その鐘とは、各氏族長が治める領地にある大鐘楼であることは察している。
ノリッジ、ソールズベリー、グロスター、オックスフォード。
そして、あとふたつ。
ひとつは、オークニーとやらに。
今はすっかり伝説となったトネリコの棺があるところ。
ほんとうに存在しているのかさえ疑問視されるあやふやな場所。
残念ながら、あとひとつがどこにあるのかはわからない。
しかし……
「天衣無縫……オーロラのソールズベリーは、これは仕方ないとします」
ノリッジもね、とゴロー。
悪戯っぽい笑みを浮かべ、口角を結んでじとりと睨む。
スプリガンは言葉を紡ぐ。
「それに、グロスターのムリアンも……まあ、陛下の御命令であっても、なんだかんだと理由をつけて、あやふやにしてしまうかしれません」
だが、オックスフォードは違う。
あそこは女王の忠臣ウッドワスが治める土地。
鐘を破壊せよと命ぜられればその日のうちにバラバラだろう。
そうなれば、鳴らすべき鐘は四つになる。
そうなれば、予言が叶うことはまずなくなる。
大規模な『予言の子』狩りなどする必要もない。
こっちの方が、遥かに簡単で、被害も出ないはずだ。
「やらない……っていうより、やれない理由があるってことかい?」
ゴローの言葉は疑問系だが、どこか知った風な口である。
こちらを一瞥する視線と共に、考察を促する言葉。
スプリガンは、それにのる。
不思議と、ゴローの言葉は口と頭を滑らかに回してくれるのだ。
「はっきり言いましょう……陛下は『予言の子』の討伐に、本腰を入れていません。とても、そうとは思えない……」
僕がいるからじゃない?
とランスロット。
自負する力がそのまま口から出ていた。
たしかに、それも間違いではないだろう。
『異邦人』たるゴローはともかく、ブリテンから生まれ出た存在が、ランスロットに勝つことはおおよそ不可能だ。
それはランスロット本人のみならず、スプリガンも、おそらくモルガンも承知している。
て、ことは──だ。
「『予言の子』も、俺と同じ『異邦人』だったりしてねぇ」
────!!
ゴローはからころ、と笑う。
全く予想だにしなかった言葉に驚きを隠せぬ二人を前に。
ゴローは整理しようや、と笑う。
「予言についちゃア俺も、キャメロットの資料室で穴があくほど見たモンさ。削られてるとかいう部分含めて、ねぇ。あやふやな部分を除けば、要点は……」
・『予言の子』は世界を救う救世の子。
・煤の街で災いを退けて、巡礼を迎えられる。
・六つの鐘を鳴らして真の王の道を作る。
・異邦の旅人に見守られて玉座に届く。
・『予言の子』は役目を終えると元いた場所? に帰る。
「ってトコかな」
「予言の中でも、具体的な動き、言い切ってる部分ですね」
「オウよ」
ここから、分解していこう。
まず、煤の街で〜の件。
「……ノリッジですね」
「ノリッジだねぇ」
「鉄と煤の街だもんね。ノリッジだよ、これは」
全会一致である。
「巡礼は迎えられる……ですし、ここが最初ってことですかね?」
「たぶん、そうだねぇ」
「なんだ、結局君が最初に裏切るんだ」
「裏切りませんよ!? やめてください剣を構えるのは!?」
ランスロットが殺気もなくよいしょとアロンダイトを掲げる。
スプリガンが青ざめて尻もちをついた。
まぁ、まぁ、とゴロー。
「退ける災いってェのは、なんだろねぇ?」
「『大厄災』のことじゃないかな?」
「ノリッジでは、今モース被害が増えてますし、あり得ますね」
それより、とランスロット。
「『異邦の旅人』って、ゴローのことかな?」
「だとしたら絶望なんですけどね……たぶん違いますよ、これは」
「そうなのかな」
「そうさね、これァきっと、カルデア? だねぇ」
汎人類史の者たち。
ベリル・ガットの語った、世界の救い手たち。
「というより、予言の子、玉座に居着かないんですね」
「そうねぇ。これだと、予言の子が一旦座って、すぐ帰って、またモルガンが座ったとしても、予言の通りになっちゃうねぇ」
「トンチですね、それ……」
「でも、日本のお伽噺とかだと特に、いかにもありそうじゃないかねぇ?」
「ずるいな、それは」
「ランスロット、言ってないだけだモン! ってのは、この手の話の常套句さね」
というかですね、とスプリガン。
「これ、別にモルガン陛下が死ぬとか、ブリテンが滅ぶとか全く言ってなくないですか?」
あっ、とランスロットは驚く。
そうだねぇ、とゴローは深く同意する。
「『血染めの冠』ってのがチョット引っかかるけどよ、誰の血で染まるか明言してねぇモンなぁ。イヤらしいよねぇ、こういう文章」
しかし、予言を知る各地の妖精たちは、モルガンの支配が終わると口にする。
氏族長ですら、円卓軍のパーシヴァルですら、それは前提条件の様に語っているのである。
「普段の不満がダダ漏れてるねぇ」
「面目次第もないですね、ほんと……」
「全くだよね。陛下は、これ……」
わかっているだろうねぇ。
予言と噂の誤差、知った上で放置だろうねぇ。
とゴロー。
ランスロットは疑問に首を傾げる。
「なら、モルガン陛下自身、実はブリテンの支配をやめたがってるのかな?」
「そうとも取れるねぇ。実は、後継者、探してるんじゃないの?」
「隠居してのびのび老後……ってやつに、憧れてたりしていると? いや、ちょっと想像できませんけど、案外ありそうと言えば、そうですね……ええ、ありそうです」
うむむ、と各自頭をひねる。
モルガンの意図がわからない。
どっちなんだろうか。
少なくとも、現状だと『予言の子』を嫌っていないように思える。
ひとしりき頭をひねりおわると、スプリガンは手を叩いた。
仕切り直しの音頭であった。
とにかく、と強い口調。
「とにかく! 『予言の子』が、予言のとおりに巡礼をするなら、まずノリッジに来るだろうことはわかりました。私も、覚悟を決めましょう」
具体的にはどうするの?
とランスロット。
スプリガンはくるくると指を回して言う。
「まず、私は鐘を鳴らさせてみます」
「いいのかい? 陛下に殺されるかもよ?」
「いえ、私には、『イザ』という時に、心強い味方がいるので……大丈夫ですよ」
ゴローに目配せすると、ゴローは目を伏せてた。
ただ、その口の広がりから、深く深く笑っていることが窺える。
ランスロットはぶす、となった。
ずるい、と子供の様にむくれていた。
「とにかく、ある程度『予言の子』を流してみるつもりです。ある程度状態を整えなければ、この予言はおそらく全体像が掴めない仕組みになっているのでしょう」
「まるで曼荼羅だねぇ」
「全く、厄介なものですよ」
スプリガンはお茶を飲み込んだ。
喋りすぎて喉が乾いたためか、その強い酸味が心地よかった。
2.
嘘でできていた。
今、ようやく体を動かせた男。
その男の全ては、嘘であった。
その身体も、嘘。
その言葉も、嘘。
その感情も、嘘。
その羽根も、嘘。
その振る舞いも、嘘である。
自らが世界に発信する全ては嘘である。
で、あるならば、その男が見る世界もまた、嘘であった。
嘘と嘘と嘘と嘘。
たしかなものは、胸に秘めたものだけ。
つまり、どうしようもない嫌悪感。
吐き出せぬ増悪だけが、本物であった。
目覚めた時、虫に囲まれていた。
目覚めた時、使命をさとった。
目覚めた時、既に増悪と悪循環の渦中に落ちていた。
名を、オベロン・■■■■■■■■。
ブリテンに発生した必然。
世界を破滅に導かんとするもの。
全てが、嘘でできた男だった。