【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
実質オリキャラの掘り下げ回なので(二次創作でやっちゃいけないやつー)、ご注意を。
1.
──オモシロイものを見せてやるよ。
マンチェスターの一室。
広く、長い部屋であった。
ひとつの部屋だと言うのに、出入りの扉がいくつもある。
ひとつの部屋だと言うのに、陽の光を通す窓が、いくつもある。
その部屋は、本来は来客用であった。
もっというと、多人数の来客用。
パーティや会議、あるいは秘密の相談──そう言うことを行う部屋である。
今、部屋の中心に座す長い机の上に、蝋燭が置いてあった。
全部で、八本。
全て火が灯っている。
同じ高さである。
等間隔に、一本につき六十センチメートル。
つまり、端から端までで、四百八十センチメートル。
約五メートルの長さであった。
片付けた椅子のひとつ。
蝋燭を俯瞰する形で、トリスタンが眺めていた。
そのテーブルの端に立つ、ゴローをである。
──オモシロイものを見せてやるよ。
マンチェスターに遊びに来たトリスタンに、ゴローはそう笑った。
服装は、いつもの黒いTシャツと黒ズボン。
靴も、何ひとつ変わりない。
尾の長い白のバンダナも、そのまま。
今からやることは、特別なことではないと伝わってくる。
これから行うと言う、オモシロイことは、ゴローにとっては日常のことなのだ。
何をするんだろう?
こいつは、いつも、面白い。
だから、今からやることも、きっと面白いことなのだ。
──力は、使わねェ。
ゴローは言う。
背を向けたまま。
──いわゆる、全能パワーだとか、敵を殴るために拳を固める的な力は、つかわねぇ。
どう言うことか、トリスタンにはそれ自体が謎かけであった。
謎だ。
答えを考える。
心なしか、既にワクワクしていた。
こっそりと目を輝かせていると、ゴローの体が少しづつ熱を持ち始めた。
熱気が届く。
身体が、大きくなっている。
少しづつ、少しづつではあるが、肉が盛り上がっている。
肩周り、胸、特にそこを中心として、うねる様にむり、むりっと太くなっていく。
バンダナから伸びる髪の毛が逆立っていく。
さながら、変身の様であった。
巌の様な身体が、山と育つ様な変化である。
ゴローは視線の先に、八本の蝋燭を重ねて並べた。
真っ直ぐに、突き刺す視線である。
口を細く、縦に開けた。
そこから、細く、長く、静かな息を吐く。
姿勢は肩幅よりやや広く足を広げている。
腰を落としている。
背筋は伸びていた。
顎は引かれている。
右拳も腰だめに引いている。
左腕を、掌を心なしが開いて前に突き出していた。
だから、正面にある蝋燭の並びを、真っ直ぐに睨みあげることになっていた。
──長い。
体内の酸素を、全て出し切る様であった。
やがて、呼吸の音が消えた。
時間が止まった。
「ふっ!」
最後のひと息は、短く発した。
同時に、拳が放たれる。
時間を突き動かすひと振りであった。
それが、パァン! と音を出す。
空気を打った音だった。
虚空を撃ち抜いた音である。
乾いた音だ。
だが、物理的な破壊力は、不思議と感じない。
拳は速かったが、それはトリスタンから見て、すっ、と出された様にも見えたからだ。
あまりに自然な動き。
実際に拳が見えたわけでない。
それほどの速度だった。
動作を予想した脳が、網膜に先の動きを焼き付けていたのである。
──!
トリスタンの目の前で、蝋燭の火が同時に消えた。
八本全て、拳が音を立てるより前に、同時に。
すごい!
どうやったのだろうか?
魔術だろうか?
でも、魔力の類は全く感じなかった。
すごい、すごい!
思わず手を叩きそうになった。
だが、ゴローは拳を自身に向けて、むぅ、と唸った。
不満気にである。
「ダメだなァ。まだ、ゼンゼン本調子じゃアねぇや」
なんと!
何が不満なのか。
見事に、全ての火が消えた。
よくわからないけど、たしかに面白い光景だ。
何が不満なのか。
ぱら、と音がした。
崩れる音だ。
トリスタンにはある意味懐かしく、そして恐ろしい音だ。
トリスタンが、ゴローから視線を外す。
蝋燭を見た。
蝋燭が、粉状に崩れている。
一本、一本と少しづつ。
七本目まで連鎖して崩れていった。
最後の一本だけ、無事であった。
「キングピンだねぇ。俺も、まだまだだワ」
キングピンとは、ボウリングでいう中心に立つ一本のことである。
周りに兵を侍らせて中心に居座る王サマのピンのことだ。
ボウリングは、実はストライクを出せる角度というものがある。
理論的に言うなら、それはイヤらしくも真っ直ぐに転がすだけでは到底入らない角度である。
先端のピンと、二本目のピンの間に、斜めから差し込む必要があるのだ。
プロボウラーが、ボウリングの球に必ずスピンをかけているのがこのためである。
ボウリングはある位置までは油が敷いてあり、油のエリアではどんなに回転をかけても球は真っ直ぐに進む。
転がらないで、滑るのである。
そして、油のエリアを越えてようやく、回転に従って曲がり始めるのだ。
キングピンとは、これを知らず──あるいはできずに、真っ直ぐに入ったボウリングの球が、中心の一本だけを倒せないことも指す。
真っ直ぐに転がせたとぬか喜びするプレイヤーに、やぁ、俺がいるぜ? と自己主張して、なかなかのムカつきを与えてくるイヤなやつなのだ。
ゴローの小さなムカつきは、この心情に近かった。
しかし、一体どういう原理なのだろうか。
全く触れずに、蝋燭の火どころか、その本体まで砂状に崩してしまうとは。
「武術だよ」
トリスタンの心を見透かして、ゴローは言った。
拳を顔の前に持ち上げて、手の甲をトリスタンに向けている。
ごろごろとした岩の様な拳であった。
「この丸っこいモンに、理合が詰まってンのさ」
学問だよ、とゴロー。
本質は、魔術とも変わらない、とも。
何が、どう変わらないのか?
トリスタンの当然の疑問に、ゴローは、
すっと、指を開いて、掌を向けた。
パンチ、打ってみ?
そう言った。
トリスタンはちょっとおっかなびっくり、ゴローの顔を見る。
ほら、いいぞ。
そう言っている。
思いっきりな!
そうとも言っている。
この際だもの、よっしゃあやってやるぜぇ!!
とトリスタンは思いっきりパンチを出した。
勢いが良すぎて、つんのめるような姿勢になった。
ぺちん、と音がする。
いいパンチだねぇ。ゴローが言った。
だけど、と続ける。
次に、ゴローは人差し指を立てた。
次は、そこに向かって。
相変わらずの笑顔で言った。
トリスタンは、よぉし! と力を込めた。
しかし、からぶった。
勢いそのままに倒れそうになるトリスタンの肩を、ゴローは支えた。
どうだ?
見上げる顔は、太い笑みがある。
パンチを相手に当てる──それどころか、真っ直ぐ飛ばすことって、結構、ムズかしいだろ?
だから、『術』なんだ。
ゴローはすっくと立ち上がった。
一緒に、やってみ。
そう言った。
トリスタンは、靴を脱いだ。
ヒールでは危なかろうと、ゴローが言ったからだ。
まず、肩幅より少し、足を広げる。
腰を落とす。
「背筋、曲がってるぞ」
ぐっ、と背中を伸ばされる。
「首、引いてな」
言われた通りに。
少し、呼吸がしにくい。
「手を前に。拳は相手と目線と、重なる高さまで」
脇を締める。
……やることが多い。
「最後は、引き手の拳を一度強く握ってから、指を開かない程度に力を抜く。肩からも、力を抜くンだ」
すると、全身からもすっ、と力が抜けた。
凝り固まった力が足に落ちていった。
すると、不思議なことに体が安定する。
足で地面を掴むような安定感。
たしかに、この瞬間、トリスタンは地面に立っていた。
──そして、
「突く」
えいっ!
ふっ! と風切り音。
さっきとはまるで違う。
拳がのびる。
真っ直ぐに飛ぶ。
「わ、わ、わ!」
いいぞ。ウマいじゃないの!
屈託ない言葉。
え、えへへ、と笑う。
そうかな、うまいかな?
相手に拳が当たった瞬間だけ、力を入れるともっといいねぇ。
パンチを突き出す思い切りは、言うまでもないねぇ。
これを、とゴロー。
「これを、戦いの中で組み立てると、より複雑になるンだ」
ゴローが軽く。
本当に軽く、拳を突き出す。
ボウッ!!
空気を裂くどころか、灼ける音がした。
「たったいっぱつのパンチだが、こいつで、距離を測るのか、間合いをとるのか、牽制するのか、それともダメージを累積させるか、反撃の足がかりにするのか……そいつを瞬時に組み立てる」
同じパンチでも、用途が多岐に渡るのだと言う。
そして、用途によって、力の入れ方、拳の握り方、重心の移し方、その割合──それは、それぞれ全く違うのだと。
相手の動きや心理も織り交ぜて、考えるのだと。
「たったひとつのパンチに、これだけの
魔術も一緒だよねぇ。
とゴローは言う。
「どっちも、要素を分解して、必要な力や動きを計算する。やがて、それは原理が噛み砕かれて、誰でも使える普遍性を帯びる。まぁ、それなりにゃァ、特訓も必要だがね」
カラコロ、笑う。
俺のさっきのパンチも、アレぁ俺だけの技じゃない。
みんな、できるンだ。
俺と同じぐらいパンチを打って、
その理を掴んで、
そんでまた、パンチを打っているやつなら、誰だって同じぐらい、デキるんだわ。
俺ァ、むしろどんくさくて、下手くそだからなぁ……。
ひっひ。
引き気味に笑う。
掛け値無しに自嘲混じりである。
みンな、このぐらいはできたよ。
だから、全能パワーより、こっちの方が大事なぐらいでさ。
俺たちレベルだと、睡眠とか、腹の減り具合とか、そういう細かいところが、かえって大事になる。
腹が減ってたり、寝不足だと、注意散漫になっちまう。
それだと、戦いの場……相手のことは愚か、自分のコトもワカん無くなっちまう。
自分を構成する全てに、ほんの少しの隙間ができる。
あいつらァ、そこを突いてくる。
モチロン、俺たちもそこを突く!
高い次元での戦い。
高い次元で力が釣り合うと、必要なのは
じゃあ。
とトリスタン。
「じゃあ、私にも、出来るかな?」
おや、とゴローは目を丸くする。
しかし、すぐにまた、太い笑みに戻る。
ずっと、やり続けりゃあ、出来るぜ。
俺にだって、できたんだからねぇ。
ぱあっと、明るくなった。
トリスタンの表情がだ。
いつも、斜に構えた表情からは、まるで真逆と言っていい。
一瞬だけど浮かべた、素直な感情の発露であった。
ゴローは、わざと、見えないふりをしていた。
「この上の段階もあるンだ」
武術ってェのは、殴ったり、蹴ったりじゃねぇ。
その本質はよ、自分の支配なンだ。
髪の毛先から、足の小指のつま先までを、完全に支配する。
こう動け!
そう思ったら、全身の、六十兆の細胞が余すことなく『そう』する。
そこまで鍛え上げる。
何ひとつ自分を裏切らず!
何ひとつ自分を疑わない!
そんな自分を作り上げることが、本来の目的なのさ。
だから、こいつを極めると、
着飾る必要も、
偽る必要もなくなる。
顔色を窺う必要も、
繕う必要も、
怖がる必要もなくなる。
ありのままの自分が、全てになる。
たったひとりの自分が、世界すべてとひとつになる。
相手も、包み込む。
それが、
果てしないのね。
とトリスタンが言うと、ゴローは、
「そこまで行って、やっとスタートラインさ」
だから、俺ァそこまでいけずに、死にかけて、ボロクズにされて、ここに落ちちまったンだよねぇ。
今言ったコトも、偉そうだったケド、全部、リーダーの受け売りさ。
肩を並べて、みンなと戦ってたケド、俺ァ、ついていけなかった。
最後まで、一緒に……戦いたかったケドな……俺ァ、よわっちくて、ザコだったからよ……
「うまく、いかねェモンだよ」
少し、悲しみが混じっていた。
口は笑っているが、流し目に哀しみが混じっていた。
俺が今、ここにいられるのは、全部。
俺をここまで強くしてくれたリーダーと、みんな。
おまえさんたち妖精國のみんなのおかげなンだよねぇ。
だから、それは素晴らしいことで、
おまえさんたちはみんな、すげぇやつなのさ。
そう言って、言葉を締めくくる。
トリスタンは──
「そっか、じゃあ……私って、すげぇんだ!」
おうさ!
ゴローはからころと笑う。
太陽の様な笑みであった。
おまえは特に、すげェんだぜ?
こう言うのはナンだが……おまえさんは妖精の中でも、考えて、よく在ろうとして、前を向いて、歩いてる。
星の意味を、ちゃんと、理解できたんだ。
それって、すげェことナンだぜ?
前に進ンでるんだもんなぁ。
俺ァ、今は進めなくなっちまってるけど、おまえさんは、しっかり、地に足つけて、歩いてンだモンよ。
これって、どっちもアタリマエだけど、それに気づけるンだから、すげぇコトなんだぜ?
俺なんかになら、すぐに追いつけるよ。
「そっかぁー! 私、すごいんだな!!」
ふふふ!
とくるくる踊る様に、トリスタンは回る。
全身から、嬉しさが……
それだけではない。
喜びが、溢れて溢れて止まらない様子だった。
──まぁ、あと、五百億年ぐらいしたら、追いつけるさ。
「って長ェよボケぇ!!!」
くるくる回りながら、その勢いのままゴローのケツを蹴った。
腰の入った、今日一番の、いい蹴りであった。