【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
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1.
ガウェインがマンチェスターに帰還したのは、妖精たちの生活リズムからしても、朝食の時間をすぎた頃だった。
茜色の空は時間の間隔がわからない。
だから、腹の虫の感覚が時計がわりであった。
だが、まとわりつく疲労感がその感覚すらあやふやにしている。
ここ二ヶ月ほどで、急激に増加したモース被害。
その対処に奔走するガウェインに休みはなかった。
鎧はすっかり薄汚れている。
ドロが跳ね続けた軍靴は色褪せていた。
髪の毛も、ほうほうに散ってボロボロである。
頬にも、砂埃がくっついたままだ。
やすみたい。
妖精騎士として、牙の氏族として格別な肉体を持って生まれたとは言え、疲れは溜まる。
それは、肉体的にも、精神的にも。
ベッドで、やすみたい。
その一念が身体を支配しそうである。
腹も減っている。
目の下にくぼみができている実感があった。
背が猫の様に丸くなっているのは空腹も疲労のダブルパンチ、そのせいだった。
しかし、空腹と睡眠欲に負けそうになるたびに、彼女の憧れる騎士道精神が背中を叩く。
ガウェインなら、どうするか──
あの騎士たちなら、どうするか──
自らに問いかけ、奮い立たせる。
そうすると、ほんのすこしだけ、足に力が入るのだ。
彼女に、同じく疲労に負けかける部下の態度を改めさせる。
一喝。
強い言葉をあえて吐く。
不満、不平、反感。
それら負の感情が滲み立つ。
それが、上に立つものの視点からは、はっきりと見える。
そう言う時は、モルガン陛下を想う。
ああ、彼女は、いつも、こうなのだな。
こういう叛意をあじわって、それでも強くあるんだなぁ。
すごいなぁ、やっぱり、女王はすごい。
それが、ガウェインの足腰を前に進ませる。
一歩一歩、前に進む。
だから、ここまでは堪えられた。
ありがとうアーサー王。
ありがとう、本の中のガウェイン卿。
ありがとうございます、モルガン陛下。
しかし、もう限界だ。
でも、もういいですわよね?
大袈裟に問いかける。
さながらこの世の終わりに面するがごとく。
しかし心からの本音でもある。
ふらつきながら玄関をくぐる。
久しぶりの領主館。
これまでは、仮眠のために、あるいは装備を整えるために、野営とキャメロットの自室を行ったり来たりであった。
部下を休ませるために、自分が人一倍働く。
そういうことを、気づかせずにやろうとするのが妖精騎士ガウェインの在り方だった。
廊下を歩いてると、鋭い風切り音。
なんだ?
と発生源に顔を覗かせると、ゴローがいた。
上半身は、裸。
巌のような筋肉が剥き出しである。
汗をかいていた。
バンダナはしている。
彼は、肩幅より二歩分程度に広い桶の中にいた。
薄く、水を張っている。
その中に、紙切れをいちまい浸している。
大きさは桶に四隅の角が掛かる程度。
きっちりした大きさである。
その上に立ち、彼は腕を、脚を、自由自在に動かしていた。
──舞のようだ。
ガウェインは思った。
すごい。
すごい光景だ。
水音がしない。
激しく動いている。
大きな肉の塊が、矢継ぎ早に手を、脚を虚空に突き出し、蹴っている。
目まぐるしく、休まない。
だと言うのに、水音がない。
静かだ。
ガウェインが視線を下に移す。
桶の水は、わずかな波紋を浮かべているだけだ。
それは、波というにはなんとも頼りない。
ゴローの身体の動き、その大きさ、そして重さ。
更には、生じるパワーとスピード。
それらが、まるで水を傷つけない。
騒がしく動いている。
風を切る音は鋭い。
しかし、あるいは、今の自分なら彼の隣で熟睡ができそうだった。
ゴローがすっ、とパンチを止めた。
ふぅ、とひと息ついて、両手を重ねて臍下に添える。
一礼。
全ての舞いが、終わったのだろう。
思わず、ガウェインは手を叩いていた。
ゴローがこちらに顔を向けた。
汗が滲み、熱い息をこぼしている。
それでも、笑顔を向けてくれた。
爽やかな顔だった。
「おかえり」
その顔のまま、言った。
ガウェインは、なんだか疲れがするっと抜けていく気持ちであった。
「見事ですわ。それは……」
武技さね。
とゴローは言った。
短い一言である。
それ以上の説明は必要ないのだと言っている。
「そろそろ帰ってくるンじゃねぇかと思って、勝手に風呂と飯、用意させてもらったよ」
どっち、先?
はは、と笑いながら聞く。
ガウェインは、
ああ、いいなあ。
こういうの、いいなあと、微笑んだ。
「お風呂から頂きますわ」
「覗かねぇから、ごゆっくりな」
「…………」
その言葉に、一抹の寂しさを覚えるのは、自分が甘えん坊だからだろうか。
それとも、ゴローという人間の持つ、包容力の賜物であろうか。
ガウェインの顔はぶすりとむくれた。
それを見て、ゴローはケラケラと無邪気に笑っていた。
2.
風呂にゆっくり浸かった後、髪を撫でながら出てきたガウェインの前に、どんぶりが置かれた。
甘くて、あったかい。
熱気がもわもわと出ている。
どんぶりはノリッジ製。
黒く、わざとらしくヒビが入っており、そのヒビを捏ねた土でワザと埋め立ている。
焼き色が強く、大きく、重さがあるものだった。
その中には、ほかほかの鶏肉とぷるぷるの卵が絡み合ったものが見える。
その下にも何かあるのだろう。
肉と卵が迫り上がっていた。
熱気と相まって、どんぶりと相まって、美味しそうな見た目である。
こぼれそうになるよだれを飲み込んだ。
これは、なんでしょうか?
ガウェインが指して聞くと、ゴローは答えた。
ゴローの前にも、同じものがある。
サイズ感は同じだ。
二人ともに特盛りである。
「親子丼」
聞きなれない単語だった。
ゴローは申し訳なさそうに目を逸らす。
「海苔が、手に入らなかったから、完全なそれ以上じゃあねェンだけど、工夫したら、意外とできるモンだよねぇ。まぁ上等だよねぇ」
うんうんと自分の言葉に相槌をうつ。
ゴローが箸を手に持った。
それを持ちながら、器用にポッドから茶を注ぐ。
立ち上がって、ガウェインのカップにも注いだ。
二人分のカップも、ゴローが用意したものだ。
ガウェインは一緒に用意されていたスプーンを持って、ほわりとしたそれに差し込んだ。
抵抗がない。
するりとスプーンを飲み込んだ。
目の前にそれを持ってくる。
盛り上がるぷるぷるの下に、つぶつぶの何かがあった。
卵に絡んで、その汁を黄色く染み込ませたものだった。
これは?
とガウェイン。
「パンの元……の小麦をねぇ、ちびちびつねったンだ」
米の代わりにねぇ。
とゴロー。
米?
ゴローが常々食べたいと言っていた、アレか。
これが?
厳密にはチガうンだけどね、とゴロー。
代用品としては、まずまずさね。と続ける。
「いかンせん、時間あったからよ。身体ァ丸めて、朝からずっと、ちねちねしてたさぁ」
聞くに細かい作業である。
それをどんぶり二杯分は大したものだ。
ガウェインは、ふと、思った。
思ったことを、そのまま口に出す。
少し恥ずかしいが、ぜひ聞きたかった。
「私のために……ですか?」
「いンや。俺のためだねぇ。米、食いたかったからねぇ」
あっけらかんとした即答。
そうですか……と少し項垂れる。
だけどよ……と、まだ、言葉に続きがあった。
「ガウェインにも食わせてやりてェって思ったの、事実だぜェ?」
へっへっへっと笑う。
子供のようだった。
今まで見てきた悪戯な笑みよりも、もっともっと幼く見える。
彼なりの、照れ隠しだろうか。
笑い方も、少し違う。
「ありがたく、いただきますわ」
ガウェインは胸がいっぱいになった。
疲れが吹っ飛んでいく。
代わりに、あたたかいものが身体を満たしていく。
ああ、いいなあ。
こういうの、いいなあ。
ガウェインは束の間。
この瞬間の幸せを噛み締めていた。
3.
「グロスター行かねェかい?」
どんぶりを洗いながら、ゴローは言った。
ガウェインがやると言ったのだが、
「疲れてるでしょ? せっかくなンだから、休みなよぉ」
と断られた。
そのあとしばらく食い下がったが、
「おまえさんの真っ直ぐさは、本当に眩しいねぇ。でも、たくさん妖精や人を救ってきたんばっかりなンだろ? だからこそ、今は休みねェ。また、この國のために働くためにさ」
と口説かれて、大人しく椅子に座っていたのだった。
洗い物をするゴローの背に、ガウェインは聞き返す。
「グロスターですか?」
「ウン。あっこ、なンか、新しいお店、出たみたいじゃないの」
そうなのか、と自問する。
ここ最近、本当に心休まる暇がなかった。
モース退治に、牧場の見回り。
忙しなく動いていた。
部下に頼られるのも嬉しくて、モルガンの役に立っていることが嬉しくて、それ以外に目を向けていなかった。
「息抜きさね」
しかし……と言い淀む。
明日にはまた、キャメロットに移る。
モースは自然現象と言っていい。
発生する、自然現象。
妖精がそうある限り終わらない現象である。
それをにべもなく退治できるのは、妖精國では自分たち妖精騎士か、牙の氏族。
あるいは、モルガン女王陛下。
しかし、トリスタンは自由奔放。
ランスロットは実質制御不可能。
ウッドワスは陛下直々の御命令で前線には参じれない。
ならば、自分が最も働かねばなるまい。
まして、『大災厄』も近いとされる今、休むわけには……
「ダメだ。なンなら、明日は休みなさい」
強い口調だった。
思い耽るガウェインの眼前、鼻の先。
ゴローのでかい顔がぬっと出てきた。
「うひゃあ!? で……ですが……」
「明日のそれは、ウッドワスに俺から代理を頼んでおくよ。本人は出れなくても、牙の氏族部隊は出してくれるだろうよ」
え?
「いやさ、ホラ。俺、スプリガンとウッドワスとは、ちゃんと週二で文通してるからネ。最近のコトとか、色々教えてもらってンのよ」
い、いつのまに……
「だって、最近全然、おまえさんいないンだモンよ。暇つぶしも兼ねて、我ながらいいシュミだと思うねぇ」
……
「ああ、ゴメンよ。そういうワケで、明日は休み! 一緒に、グロスターに行こうな」
ガウェインはモルガン陛下は……と言おうとしたが、やめた。
この男のことだ。
どうせ、陛下へもなんらかの言い訳を考えて、やるだろう。
もしかしたら、もう既に、やっているのかもしれない。
観念して、ふぅ、と息を吐く。
「わかりました。せっかくです、楽しみましょう」
「おっけいおっけい!」
にかりと笑う。
さっきとは少し違う笑み。
ちょっと大人びている。
その使い分けも、自然のことなのか、計算のうちなのか。
「あ、鎧はナシだかンね?」
「うへぇい!? そ、それは……」
頭を悩ませる。
ゴローはカラコロ笑ってどんぶりの水を切って乾かして、すたこらと退出した。
ガウェインは頭を深く沈める。
今から服選びすることは、ある意味仕事以上に気が休めないじゃないか。
別の苦労がぐるぐると頭を巡る。
だが、心なしか、それに楽しみを感じてもいた。
4.
翌日。
昼。
グロスター。
人だかりがすごい。
新しく開店したデパートのせいであった。
ケバケバしいこの街に、それはずん、と根を下ろしている。
当たり前だが、巨躯の二人が並んでそれを見上げていた。
センスがいい。
第一印象はそれだった。
このデパートは、センスがいい。
ゴテゴテと飾り付けて、とにかく目立てばいいとでも言いたげな、グロスターの他の大型店とは違う。
見た目は簡素だ。
白い壁面をベースに、紫、赤をブロックごとにワンポイント落としている。
四方の柱が一本だけ、上から下まで蒼色で塗り上げられていた。
存在感がある。
決して他を邪魔せず。
しかし、自らの存在表明は忘れず。
玄関口に敷き詰められた、オープン祝いの花束の位置にさえ、さりげない気遣いが散見される。
「また、スゴいやつがいるモンだねぇ……」
ゴローがしみじみと言う。
吐き出す言葉に感嘆した深みがある。
ガウェインもまた、おお、とその存在感に気圧されていた。
よくはわからないが、いい見た目だ。
「オーナーの
仕事場には、その持ち主の色が出る。
几帳面な人であれば、仕事場も几帳面に。
ぐうたらな人であれば、仕事場もぐうたらに。
どんなに綺麗に着飾っても、持ち主の普段の仕事ぶり、その姿勢が出るものなのだ。
そういう意味では、このデパートは見た目からして妖精國にふさわしくない。
ということは、この店のオーナーは取り替えされた人間か。
あるいはそれでもあり、芸術に心を震わせるスプリガンが裏で絡んでいるか。
「にしても、ズイブン気合い入れたねぇ」
ゴローがちら、とガウェインを見る。
ガウェインは自然に気づいて顔を傾けた。
すこし、頬が赤い。
黒色のドレス。
髪は束ねて肩から胸の脇に流している。
髪留めのリボンは黒ふちの黄金色。
その生地も色も薄く、その向こうが見えそうな、髪の色の造花を添えた黒のサファリハット。
ドレスも、所々に花と炎の模様のオレンジと赤のグラデーションのついた上品な一品である。
同じ黒の、二の腕まで伸びるグローブを嵌めていた。
さながら本当に爵位を持つやり手の貴族である。
一方、ゴローは、スーツであった。
特に格別な仕立てではない。
言うなれば、普段の格好の上からジャケットを羽織っただけの、簡素な格好である。
もっとも、彼は身体全てが岩のように太いとはいえ、上背はガウェインの頭二つ高い。
足も相応に長いため、結構似合っているのだが。
「に、似合わない……でしょうか?」
「いンや、美人すぎるワ。むしろ、俺がゴメンなぁ。もっと気ィ入れてくるんだったねぇ」
至らぬのは自分とばかりに頭を下げる。
そっかぁ、よかったと胸を撫で下ろした。
ゴローは失敬、とオープン祝いの花束から、いっぽん、花を取った。
ガウェインの髪の色と同じ花びらのそれを、自身の胸ポケットに挿す。
「これで、ちったァ格好つくかな?」
「ええ、とても、お似合いですわ」
その思い切りの良さ。
そのニヒルな笑顔。
釣られて、ガウェインも笑っていた。
5.
その様子を、眺めているものがいた。
オーナー室。
というか、オーナーその人である。
開店祝いで大盛況、手が足りず足が回らない現場を見にきただけではない。
目的は、最初からあの二人。
他心通──テレパシー。
対峙したものの心を読む神通力である。
この男のそれに、
この世界に着いたばかりの男のそれに、
唐突に割り込んできた回線。
──おまえさん、カルデアかい?
投げかける疑念に首を振る。
違うわ。
私はカルデアじゃあない。
じゃあ──
声、はさらに聞く。
──ベリル・ガットのトモダチかい?
あなた、何者かしら?
と聞く。聞き返すそれは、口調に質問の答えも内包していた。
声のぬしは、それを、容易に汲み取っていた。
──会えるかい?
声だけで、その太い笑みが目に浮かぶ。
太い。
大きな男だと。
それが察せるこの男もまた、只者ではなかった。
ええ。
そう答えた。
だけど、と続けた。
少し、時間をくれないかしら?
私も、この國を、少しぐらい味わいたいの。
つまり、この國の情報を、独自に集める時間をくれ。
男は声に、そう言っているのだ。
帰ってきたのは、微笑みの声。
太い笑みを浮かべている。
そう確信させる、微笑みの声。
──わかった。じゃあ、一ヶ月後でいいかい?
会うのは、と言うことだ。
男はふふっと笑った。
おそらく、この声の主は超然とした存在。
その割に、やたらと物分かりがいい。
穏やかな性格が推し量れた。
──名前、聞いてもいいかい?
あら、それ、わかってて聞いてない?
──ふふ、なんのことだか。
いいわ。
と男はため息ひとつ。
スカンジナビア・ペペロンチーノよ。
いい名前だねぇ。
しみじみと褒めているが、含みのある言葉であった。
それを承知の上で、ペペロンチーノは笑みを返した。
ええ、お会いできるのが楽しみだわ。
神さま?
──やるねぇ。
その声は、それっきり。
そして、今、オーナールームでペペロンチーノは確信する。
神が、来たと。
6.
「あらやだ、思っていたよりステキじゃなーーい!!」
通算来店千人目の特別客!
入店するなりそう言って連れてこられたオーナールームにその男はいた。
二人を見て、歓喜に顔を歪める男。
爬虫類を思わせる蒼い唇。
細く切り取られたような鋭い目つき。
緑眼である。珍しい色だ。
口角の駆動限界が人と違うのか、拳を丸呑みできそうなほど大きな口である。
側面を刈り上げて整えたソフトモヒカンヘアー。
髪の色は薄いピンクであるが、そこに愛嬌があり、上品である。
顎に添える指が長い。
腕も、すらりとして長い。
肩幅はしっかりと男性のそれだが、指のしならせ方が女性的である。
露出している部分にムダ毛が一本もなかった。
おそらく、脛の毛なども丁寧に処理しているだろう。
煌びやかに花びらを敷き詰めたジャケットを羽織り、深海の色を抽出したようなネクタイをきちっと留めている。
それを着こなしているのが見事である。
並みの人間は愚か、風の氏族ですら着こなすのは難しいデザインと色合いである。
二人に負けじと背が高いが、その体は細く、「太い」のではなく「長い」という印象を受ける。
だが、引き締まった身体はアダルディな肉感に満ち満ちている。
二人とはまた、違った意味で人間離れした風貌である。
こういう芸術彫刻が、ギリシャとかを探せばありそうであった。
「よ、妖精亡主か!?」
腰を落として身構えるガウェインを他所に、ゴローは飄々と前に出た。
「ペペロンチーノさん?」
掌をふわりと向けながら、戯けた仕草を添えていた。
ええ、とその男は言った。
「アナタが、神さまってところかしら? 随分肉肉しいのねぇ! やだ私好きだわ! っていっても、私的には……もうちょっと絞られた太さが好みだけどね」
「ゴローって呼んでねぇ。いやァ、ワルいねぇ。最近、彼女のご飯が美味しくて美味しくてねぇ、つい……」
「あらぁ、惚気かしら? やだぁ妬けちゃうわー!!」
尋常ではない空気である。
ついていけない空気であった。
「ナルホド、素晴らしい
「あら? これでも結構苦労したのよ? 物珍しいデザインってだけじゃ、妖精たちってすぐ飽きちゃうものね」
「ふふ、それでも、グロスターにこんなデカい店を出せてるんだモン。たった一月……ぺぺさんの敏腕さが、うかがえるねぇ」
「あらやだー褒め上手!」
「どっから褒めたらいいかワカランぐらい、ぺぺさんが魅力的なだけさぁ」
まるでおもちゃ箱だね。
とゴローは言う。
なんのことだとガウェインは思った。
「さて、そっちの可愛い子は妖精騎士のガウェインね」
視線を向けられて名前を呼ばれ、ガウェインはどきりとした。
それは、ただ飄々とした物言い。
理解不能な振る舞いだったからではない。
──猛禽類の目であった。
鋭い目つきであった。
ガウェインの、その心までもを真っ直ぐに貫き、その殻を剥いで中身を暴いてしまう。
心の奥底まで真っ直ぐに差し込まれて、その中まで見通してしまう。
ゴローが時たま向ける視線とはまた違う。
だが、あの黒い瞳と同じで、底の見えない妖気を発していたからだ。
ぴりっと緊張感を高めた。
だが、あくまでペペロンチーノは穏やかであった。
「ダメよ、ここはグロスター。全てが平等の力で、全てが均等な規格になっちゃう場所」
ペペロンチーノの言葉の通りである。
だが、その言葉には争いはやめましょう以上の意味が含まれている。
──ここなら、あなた、私に負けちゃうかもね?
それは、そういう自信に満ちた言葉であった。
にっこりと笑みを投げかける。
しかし、隙がない。
何をしてくるかわからない不気味さがある。
こちらが手を動かせば、その次の瞬間にはその手を腐らせて落とす。
睨めつく妖気が口から入り込んで肺の中で毒になっている。
あるいは、そういうことをしてきそうだった。
純粋な実力では、自分が上だ。
圧倒的に上だ。それは間違いない。
だが、ここはグロスターである。
ムリアンの許しがなければ、武力は意味を成さない。
ましてや、この男の戦力は、おそらく単純な武力で比較できるものではない。
額に汗が滲む。
飲み込まれそうである。
そこに。
──やめ。
ゴローの手がすっ、と伸びてきた。
いつか、キャメロットの資料室で、トリスタンと口喧嘩した時と、同じものだった。
「ダメだよ。けんかしにきたんじゃ、ないんだモンよ」
「あ、ああ。すまないゴロー……」
ふぅ、と肩の力を抜く。
「助かったわー! 流石に妖精騎士に襲われたら、なすすべなく死んじゃうとこだったもの。ありがとねゴローちゃん」
いけしゃあしゃあと語る、その口は軽い。
この男も、ベリル・ガットと似ている。
鋼鉄の心理戦を行える人間だ。
空間の把握能力がずば抜けて高いのだ。
「こんなところで暴れたら、せっかくのドレスも台無しよ。ダメよ、せっかくおめかししてるんだもの。ドレス、大切にしなきゃ! 彼の顔も、立ててあげなきゃ」
おまけに、説教? まで軽くされる。
まぁ、そこは、でも、正論だ。
ドレスは気合を入れて選んだ。
なれぬ化粧も頑張って少しした。
台無しにするところであったのは事実だ。
「さて、あいさつも終わったことだし、座って話しましょう。とっておきのおやつも用意してるわよ」
ふふんと、鼻を鳴らす。
オーナールームの、さらに奥の扉を開けた。
ペペロンチーノはそこに入っていく。
ガウェインとゴローは顔を見合わせた。
これも、全部承知の上なんだろうとじとりと睨むと、ゴローはにこりと笑ってごまかした。
第四章おわり。話的には折り返し。話数的には三分の一消化しました。
第五章、チェインギャングに続きます
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