【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
その男は、突然キャメロットに現れた。
官司の妖精を斬り捨て、驚愕に腰を抜かす上級妖精たちに目もくれず。
誰の静止も聞かず、誰の声も届かず。
誰の剣も槍も、神秘も追いつかない。
その男は、真っ直ぐに玉座に走る。
風のようであった。
赤い風。
嵐のように轟々としたものではない。
一筋の光、光陰の如く。
キャメロットの長い廊下を吹き抜ける姿はは、さながら一陣の刃、一振りの剣であった。
赤い髪であった。
上半身はほぼ裸である。
左肩から左手首までは、甲冑のように分厚い布地で覆っている。
やはり、その色も赤である。
履き物をしていた。
草履である。
袴を履いて、その上に真鍮の脛当てをつけている。
全く白い腰布で結っていた。
リボン結びの尾の長さが几帳面に釣り合っている。
風に靡いていた。
どう見ても、和装であった。
およそ、妖精國に似つかわしくない格好である。
一目で、外からきた存在だとわかる。
その格好だけではない。
その目が、妖精たちとは違う。
妖精國に存在する、人間たちとも違う。
この目に近い目をしている存在は、今の妖精國では臨戦態勢に入ったウッドワスか、守るべきもののために槍を振るうと決意した、パーシヴァルぐらいのものであろう。
抜き身の刀のような目をしていた。
眼光が鋭い。
その目の光が強い。
そして、その肉体の持つ力も、桁外れで強かった。
官司の妖精たちは、いわゆる上級妖精たちである。
その中でも、一際強く、万能の神秘を振るうものたちが上級妖精なのだ。
キャメロットに勤めるものたちであれば、その中でも更に選りすぐりの集まりである。
汎人類史のサーヴァントと比べても──戦闘能力、その神秘性のみを取り上げるならば──その力は神話級の彼らと比べても、決して見劣りすることはないだろう。
その、官司の妖精たちが、赤い男の歩みを留めることさえできない。
前に立ちはだかれば、男は容赦なく手に持った刀で邪魔者を斬り伏せる。
官司たちが神秘を振るう暇もない。
すれ違い様のひと撫でで、バタバタと倒れていく。
騎士たちが武器を手に追い縋る。
先回りして剣を、槍を振るう。
そこに、技の繊細さはない。
しかし、力に任せて打ち下ろすにしては、それは見事な一撃である。
しかし、意味がない。
当たらない、当てられない。
返しに振るわれたひと撫で。
それは、見た目には雑に見えて、彼らと違って技巧の塊であった。
神秘そのものと言っていい鎧が、そのひと振りでバターのように切断されていく。
受けようとした刀や槍ごとその身体を斬り捨てる。
剣閃の軌道が美しい。
遅れて血飛沫が舞う様が、どこか煌びやかであった。
止めろ!
運良く風の進路上にいなかった官司が叫ぶ。
と叫んだ時には、赤い風はそこにはない。
と、止めろ!
しかし、追いつかない。
手に負えない。
この男は我々では手に負えない。
妖精騎士に連絡を!
女王軍の騎士に連絡を!
叫ぶ言葉のことごとくが遅い。
既に、赤い風は玉座の間に踏み込んでいた。
流石に、騎士たちが構えている。
女王モルガンが構えている。
赤い風は、モルガンしか見えていない。
真っ直ぐに。
ただ、まっすぐに。
踏み込んだ。
硬い床が踏み砕けるほどに。
速い。
刀を振り上げる。
──どん
赤い風は、ぶつかった。
壁に。
壁?
おいおい、まちな。
今、壁なんか、なかっただろ?
赤い風の脳裏に、当然に湧く疑問。
壁は、弾力があった。
不思議な柔らかさがある。
少し、身体が沈み込む。
しかし、その芯にあるのは鋼鉄の如く重く、硬い何かである。
熱を持っていた。
鉄を撃てる熱ではない。
生物的な熱の塊である。
躍動する、熱。
脈動する、熱だ。
まさか──
赤い風は飛び退いた。
それを、見た。
肉の壁。
それは、大きな、肉の壁であった。
大きな──男であった。
上背は、二メートルを悠に超える。
百六十七センチメートルしかない風が、堂々と見下ろされている。
太い──肉であった。
首が、胸が、肩が、拳が、足が、
太い。
大きくて、太い。
顔も相応にデカいが、首が太すぎて小さく見える。
羽織るジャケットを、その太い大胸筋が盛り上げている。
肩周りなど、ただ立っているだけで繊維を引き伸ばして窮屈そうである。
肩の筋肉と握りしめる手の大きさが変わらない。
骨が太い。皮膚も太い。
筋肉を固めれば、その腕のいっぽんで、赤い風の胴回りぐらいの太さがありそうである。
その男が浮かべる笑みすらも、太い。
見下ろす視線が太い。
おおよそ、妖精國にあるまじき──
というより、人の規格を遥かに超えた肉体であった。
なぜか、手に大きな買い物袋をいくつかぶら下げている。
それが、意味不明で却って不気味であった。
その肉の塊は、
「ウゥ……ッ! ウァ……ウ……」
赤い風──千子村正の前で、泣き始めた。
ぼろぼろと太い涙の粒を流して、顔の筋肉をしわくちゃに歪ませて、口を形をぐにゃぐにゃに曲げさせて。
「ウゥ……あ、あい……タ……カッ……」
背を丸めて、顔に手を当てて、ボロボロと涙をこぼしていた。
2.
「オラァッ!!」
目の前で泣き始めた肉の塊。
戸惑いに包まれかけた玉座の間。
しかし、千子村正は容赦なく刀を振るった。
大袈裟なほどに踏み込みが強く、荒い。
肉の塊が発する空間を破壊するためだ。
──呑まれちまう!
村正は危機を感じたのだ。
それまでは、勢いを持っていた。
モルガンの暗殺。
『異星の神』からの唐突な命令。
とっぴなそれを、しぶしぶ叶えるために、村正が選んだのは勢いのままにぶった斬る。
単純で真っ直ぐな暗殺であった。
勢いのままの暗殺。
一見すると、馬鹿馬鹿しく、どこが暗殺だと思うが、これは実は、案外効果的である。
日本──時代は幕末。
黒船の来航から開国か鎖国かで争っていた時代。
佐幕か、攘夷か。
徳川か、反徳川か。
共に根底は勤王でありながら、国の志士の意見は真っ二つであった。
まだ刀が武士の腰にある時代だ。
だからか、お互いに、政敵に思うことは単純であった。
邪魔者は、殺せ。
つまり、暗殺である。
それが、公正命題に流行った。
まさに、大暗殺時代。
道ゆく名のあるものが、天誅の名の下に斬り捨てられる時代。
現代倫理と比較するまでもなく、狂気である。
しかし、それがなんとなく、まかり通っていた時代でもある。
その中で、暗殺者はどうやったか。
まず、暗殺対象の出向く時間、道を調べて待ち伏せる。
物陰に、あるいは草葉の陰に。
既に、刀は抜いている。
ターゲットがぞろぞろと同志、護衛を引き連れて歩く。
その列が通り過ぎるのを、暗殺者は息を殺して待つ。
その列の、しんがりの背中が見えた時。
飛びかかる。
刀を振り下ろしながら。
そして、天誅!!
斬りながら言うのではない。
斬ってから、言うのだ。
大声で叫ぶのだ。
できれば、最初の一人は即死させない。
頭を割って、血をドロドロに流して、苦悶の声を上げさせ、助けを求めながら死にゆく表情をさせるのだ。
それを、振り返った護衛たちに見せるのだ。
戦意を削ぐ。
あるいは、混乱と同時に恐怖を刷り込む。
刀を挿していても、ほんとうの武士は少ない。
数を頼んでも、その多くは金で雇ったごろつきである。
そして、暗殺者は、その場において冷静に刀を抜こうとするものを見定めてから、そいつを次に斬るのだ。
そこまで行って、全ての意識が暗殺者に向く。
半分は、ぼちぼち刀を抜く。
半分は、ターゲットを逃がそうと走る。
すると、逃げる先に、暗殺者の仲間がゾロゾロと立ち塞がるのだ。
そして、天誅!!
やはり、叫ぶ。
時に、下手人がその名を叫びながら、斬るのだ。
ここまでを、暗殺する者はひと息、あるいはふた息で行う。
勢いだ。
決してターゲットに息をつかせない。
何が何だかわからないうちに斬り殺すのだ。
これは、何も暗殺だけに用いられたわけではない。
例えば、新撰組。
その死番においては、常に四人ほどで町内を練り歩く。
敵対者が現れたら、四人で囲み、刀を抜き、そして一斉に突くのだ。
前の剣は捌けるかもしれない。
だが、背後から、横から同時にかかられると、如何な達人でも同時には捌けない。
これも、勢いである。
屋敷に突入するときも、最初から抜刀して叫ぶ。
やぁやぁ! 御用あらためでござる!
前もってそう叫ぶのは、ターゲットに対し死神たる自らの存在を示し、恐怖と混乱を煽るためだ。
これは、非常に有効な作戦である。
新撰組の鬼副長、戦術の天才、土方歳三が考案し、推し進めただけはある。
圧倒的に剣の腕で劣る者でも、勢いと速さ、そして数で、格上の剣士を斬り殺せるからだ。
例えば、幕末の四大人斬りのひとり、岡田以蔵。
彼は、殺人者としては一流であったが、剣士としての腕は、はたして一流であったのか。
それを疑問視する声があったりする。
純粋な剣の腕では、
彼を使い潰した論客──小野派一刀流、鏡心明智流の皆伝を持つ武市半平太。
彼と同郷であり、北辰一刀流の皆伝を持つとも言われ(少なくとも中伝は持つとされる)、それでありながら短筒(鉄砲のこと)を好み、商いの場を戦地とし、
この両名にすら、目立った目伝、皆伝の類を持たない以蔵は及ばなかったのでは、とする説もあるほどだ。
千子村正の暗殺も、勢いが命である。
その勢いが、目の前の肉の塊に堰き止められた。
挙句、大声で、大袈裟に泣き出した。
空間が、男の異常性に吸い込まれていく。
意識が、男の奇行に向き、手が、足が、止まりかけた。
──これはダメだ
村正は、だからこそ強く踏み込み、刀を握りしめた。
振り払わなければならない。
滞る流れを、また引き寄せなければならない。
だから、遠くから、大きく踏み込んだ。
先に言うと、それがミスであった。
もちろん、ゴローはそれを誘ったのだ。
普通、真剣で斬る場合、膝を浮かせるまで脚を持ち上げることはしない。
すり足に近く、短い踏み込みを行う。
これは、刀の重さ、人の身体のバランスを考えた合理的な動きだ。
刀を思い切り振り上げて、大きく足を上げることは、重心が上へ上へ飛ぶことになる。
すると、軽く小突かれただけで、バランスを崩してしまう。
現代の剣道においても、その踏み込みは鋭く、そして動きは少ない。
つまり、村正の此度の動きは、完全に
それに、村正が気づいたのが、既に遅かった。
──ハメられた
剣の間合いに入った瞬間、
村正の足が床に着く一瞬。
肉の塊がふふ、と笑みを浮かべていた。
涙など、とうに引っ込んでいる。
案の定、嘘泣きであった。
空気を引き寄せ村正の間を潰し、余計な力みを引き出すためだけの、計算づくの奇行であった。
肉の塊が、飛び上がった村正の足を見る。
それが地面に着く前に、その下に自身の足を差し込んだ。
結果、村正の踏み込みは、予期せぬ場所で、予期せぬ瞬間に着地する。
上に踏み込まれる村正の重さなどまるで動じず、肉の塊はその足を乗せたまま、つい、と股関節を外に広げた。
つまり、肉の塊の足は自身の内側に。
村正の足は、自身の外側に広がって着地した。
必然、村正の重心──バランスが崩れる。
振り回され、崩れる重心を保とうと、村正の四肢が伸びる。
それは、二本足で立つ存在の、本能的な反射。
仕方のない振る舞いであった。
ぴんと伸びた右手。
刀を持たぬ手を、肉の塊が握った。
握手の形になった。
肉の塊が、言った。
それは、外見のまま、太く、重く、しかし、よく通る声だった。
「やばいなぁ、おまえさん」
言葉とは裏腹に、朗々とした声であった。
喜びさえあった。
「いきなり泣き出したワケのわかんねぇヤツに、躊躇なく刀ァ振り下ろすたァ……いいねぇ、やるねぇ。そういうの、好きだぜ、俺ァ」
手が離せない。
力で潰されているのではない。
吸い付いている。
まるで、吸盤?
いや、村正の方が、なぜだか手が開けないのである。
磁石だ。
肉の塊の手が、N極。
村正の手が、S極。
まるで、お互いの手が強い磁石となり、抗い難い磁力が発生して、くっついているようだった。
──ッ!?
村正の腰が落ちた。
手から、身体に重さが加わったからだ。
尋常な重さではない。
腰が砕けた。
尻餅をついた。
手を握る肉の塊の重さは、確かに相当なものだろう。
だが、この重さはそれどころではない。
ちがう重さだ。
これは……星の重さか?
自分が存在する、この惑星の重さが、手の中に詰まっている。
それが、男の身体を通して、村正の手に流し込まれているようだった。
立てない。
握る腕が伸びきっている。
関節が曲げられない。
無理に曲げたら、カンタンに折れてしまう。
背中が床に着いた。
硬い床を、さらにずぶずぶと沈みゆくように錯覚する。
沈む。
潰れるではなく、沈む重さだ。
村正の背中は床に着いた。
しかし、尻が浮いていた。
海老反りになるように膝を立て、尻を浮かせていた。
村正が、自分の意思でそのカタチをとっているわけではない。
その正体。
魔力はいっさい感じない。
魔術ではない、それの正体。
村正は心当たりがあった。
「
「ほぅ、知ってンのかい?」
しかし、二人の思うそれは、少し違っていた。
千子村正のそれは、古流柔術。
肉の塊──ゴローのそれは、合気柔術。
いっけん、なんの違いがあるかわからないが、実は結構、違う。
この千子村正の生きた時代。
それは、柳生宗矩が生きる江戸時代である。
宗矩は、柳生新陰流の地位を確立させた、稀代の剣客である。
しかし、柳生新陰流とは、単に剣術のみを指すのではない。
戦国時代から、武者の嗜みとして、柔術がある。
敵対者の関節を極め、組み技、崩し技として存在している。
甲冑を纏い、日本刀を持つ武者を相手に、突き、組み、崩し、倒し、そして、トドメをさすのである。
しかし、江戸時代ともなれば、合戦は消えている。
代わりに、室内で──それも、正座の状態で殺し合いが発生することがあったのだ。
そのため、柔術は戦国から江戸になるに従い、劇的な発展と変化を遂げる。
室内の正座の状態から、無手で刀を持つ相手を制圧する。
法と秩序が一般化し始めた江戸時代においては、襲いくるものは単に殺すのではなく、制圧しなければならなかった。
そのために発展したのが、現代にも通じる柔術の雛形である。
そして、柳生新陰流は、これに適応する門外不出の技を持っていた。
それは
時代を少し進めよう。
時は明治時代。
新撰組三番隊組長、斎藤一も排出した会津藩。陸奥国から、ひとりの天才柔術家が世に出る。
会津の小天狗と呼ばれた、武田惣角という男である。
身長、わずか百五十センチメートルあまり。
当時としても、相当の小男である。
しかし、彼は生粋の武人であった。
明治の時代、刀無き時代に、本当に命をかけられる
彼は、幼い頃から剣、槍、相撲。
そして、柔術を学んでいた。
そして、何時ごろかは不明だが、少なくとも会津藩に居る時期に、御式内をおさめているのであった。
小男ではあるが、怪力であったと言われる。
その武田惣角が、突如として世にもたらした技術が、大東流合気柔術という、いっぷう変わった柔術であった。
現代でよく勘違いされるのだが、合気は『合気道』という呼称で用いられる場合と、『合気柔術』で用いられる場合は、意味合いが違ったりする。
前者は純粋な護身術。
後者は純然たる武術なのである。
つまり、合気道は身を守る術だが、合気柔術は敵を倒すための術なのだ。
この武田惣角の弟子のひとりに、植芝盛平という男がいる。
合気柔術を、今日における合気道に変えた男である。
百五十五センチメートル程度の身長でありながら、体重は七十五キロもあったとされ、一説には八十キロ近かったという。
筋肉の塊のような男であった。
相撲取りを楽々投げ飛ばし、真剣勝負を多く行い、対銃の試合すら行っている。
モーゼル銃の弾を、自在に避けた逸話すらあるのだ。
その怪物、もはや異能者と呼んでいい男の弟子に、これまた怪物と呼んでいい男がいる。
塩田剛三という、達人である。
今日に伝わる合気道は、この植芝盛平と塩田剛三が、柔術としての要素を独自に解釈し、御式内という術理を一般人でもわかるように紐解いて、ひとつの護身術として完成せしめたものであると言える。
植芝が宗教や哲学にのめり込み、敵を殺す武術としての合気を嫌ったためとも言われるが、正確な詳細はわからない。
ちなみに、御式内を学んだとされるものに、武田惣角と同じく会津藩出身で、姿三四郎のモデルとなった西郷四郎がおり、この西郷四郎は現代の体育的柔道の父、講道館柔道を立ち上げた嘉納治五郎の愛弟子である。
その嘉納治五郎は、かつて警視庁の主催する柔術の交流試合において、坂本龍馬の師である勝海舟と出会い、親交を持っている。
嘉納治五郎の、下の世代の弟子に前田光世(コンデ・コマ)がおり、海外での他流試合において、二千勝無敗というマンガのような戦歴を打ち立て、グレイシー一族に柔術を教え、柔道を世界に知らしめている。
その下の世代に東條英機の暗殺を企んだ鬼の牛島辰熊がおり、その弟子として、史上最強の柔道家、木村政彦がいる。
この木村政彦は拓大において、上述の塩田剛三の同期である。
二百キロのバーベルを軽々と持ち上げるほど怪力の木村が、腕相撲で、身長百五十四センチメートル、体重四十キロそこそこの塩田剛三に負け越し、挙句手加減されてやっと勝利をもぎ取れたのは有名な話である。
木村政彦はのちに大相撲あがりのプロレス王、力道山とタッグを組み、そして、ある事件を境に歴史の表舞台から消えてしまう。
力道山の弟子が、かのジャイアント馬場であり、アントニオ猪木である。
そして、木村政彦を先輩と慕っていた者に、極真空手の創始者、大山倍達がいるのだ。
人に、歴史あり。
怪物たちに、系譜あり。
『強さ』という魔力に取り憑かれた男たちは、不思議な縁で結ばれているのだった。
……というわけで、ゴローの認識する柔と、村正の認識する柔ではだいぶ違うのであった。
3.
「スマンねぇ」
ゴローは言う。
村正は、既に呼吸すら苦しくなっていた。
手から、全身を沈める圧迫感が、肺まで達していた。
しかし、背中は底なし沼にずぶずぶと沈んでいく。
身体の支配権を、繋いだ手から全て奪われている。
唐突に──ゴローは手を離した。
村正がゲホゲホと咳き込みながら立ち上がり、その正面に立つ。
なぜ離したかは明白だった。
暗殺は、失敗である。
勢いが完全に殺された。
間が奪われた。
仕切り直さざるを得なくなった。
もう、手を離したところで、村正という存在は、この場における脅威では無くなったのだ。
もし、村正が、この仕事に武士のプライドを持っているならば、この場で割腹している場面である。
しかし、そんなつもりはさらさらなかった。
戸惑い。
どう動けばいいか。
なんと切り出そうか。
どうあがいても、自分は捕まり、そして処刑されるだろう。
切り抜ける方法を探す。
というか、
『異星の神』に内心でキレる。
こんな怪物がいるなんて、聞いてねーぞ!
どうなってんだ。
詐欺もいいところだ。
モルガンの首だけちゃちゃっと飛ばせば終わる話じゃなかったのか。
クソ!! 騙された!!
憤る村正を、まじまじとゴローは見つめる。
モルガンは何も言わない。
ゴローの背後、その十歩ほど後ろには、買い物袋をいくつも抱える、おめかししたガウェインが真っ青な顔でおろおろと立っていた。
「宝具とやら、つかいねぇ」
ゴローは言った。
「もう、それしかねぇでしょ?」
太い笑みだった。
太い口が、太く上下する。
なんの濁りもなく、裏表もない。
ゴローの言うことは、ある意味最もである。
『
対人宝具であるが、最大で十人ほどは巻き込める範囲を持つ。
この位置からなら、モルガンも十分巻き込めるだろう。
特殊な固有結界を発生させるため、仮にモルガンが後出しで空間を破壊する類の魔術を使っても、間に合わない。
時空を、そこに内在する因果を断ち切る防御不能のひと振り。
これがあるからこそである。
いざと言うときにはこれを発動できれば、ワンチャンでモルガンの首を落とせるだろうという自信も、村正に正面からの勢いの暗殺を決定させた要因でもある。
発動できれば、終わらせられる──
しかし、村正は、
「やめだ」
と言った。
剣こそ手放さなかったが、殺気は収めていた。
「あらら? なンでよ?」
残念そうに、ゴローは言う。
村正はどでかいため息をついた。
「宝具ってのは、撃つまでにどうしたって、一瞬のスキができちまう」
ふんふん、とゴロー。
その笑みが、子供のような無邪気さに変わっている。
村正の言葉に強い興味を示していた。
「その一瞬に、
一撃絶命。
ゴローの拳を、あるいは蹴りを、あるいはそれ以外の技を、村正は見切っていた。
もらえば、死ぬ。
かすめればとか、タイミングを外せばとか、そんな小手先で躱したとする。
イコール、死ぬ。
放たれたら、問答無用。
どう躱そうが、どう受けようが、死ぬ。
この男の力が、そう言った小賢しい術理で止まるとは、村正にはどうしても思えなかった。
「クッ……」
ゴローの顔が沈んだ。
太い指を唇に当てて、クックと肩を揺らす。
「そこまで、わかっちまうのかァ〜! やるなぁ、おい。すげぇやつだなぁ、おまえさんは」
感嘆。賞賛。
そして喜び。
やるじゃあないか!
この男。
ちゃんと、この状況において、やけっぱちにならず、彼我の実力差を理解して、落ち着ける。
それでいて、まだ刀を握ったまま。
素晴らしい。
もし、ここで村正がやけっぱちで剣を振るおうものなら、黄泉路に送るのも辞さない──ゴローはそう考えてもいた。
なんともつまらん男だと。
あっさりと殴り飛ばしていたところだ。
だが、違う。
なんとも、楽しい男であった。
なんとも、たまらない魅力がある。
けんかが、上手い。
けんかが上手いヤツは、ゴローは好きであった。
首を傾かせ、くいくいと顎を左右に振る。
たまらなさが、動きに出ていた。
「ふふ、おまえさ──」
だから、ついつい、間が外れてしまった。
そこを見逃さず、村正は駆けた。
最大の踏み込み。
一手で最大加速。
お返しだ!
既に音を置き去りにする速度。
しかし、嫌にスローモーションであった。
ゴローが、顔を上げて、その口を動かす様が、まじまじと見えた程に。
おそいよ。
そう言った。
誰に言ったのかは、わからない。
村正には、他人行儀に感じられた。
何故か、自分に向けられた言葉とは思えなかった。
音には出ていない。
なぜなら、音より速く動いているため、言葉が遅れている。
だが、確かに、口の形がそう言っていた。
──村正の刀がゴローに触れるコンマ一秒前に、村正の身体は乱入してきた青い閃光に吹き飛ばされた。
そのまま、キャメロットの玉座の裏のガラスを突き破って、大穴の方に飛んでいった。
一手一瞬で音速を超える青いひと筋。
その速度、発生する運動エネルギーを制御できるパワー。
そんなやつは、この妖精國ではひとりしかいない。
妖精騎士ランスロット。
青い筋と赤い筋は、揉み合うようにして穴の底に落ちていった。
3/6 村正の衣装を左右逆に書いていたのを修正しました
(メガネ周回中に気づいたよ……ごめんよ村正……)