【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:適当な嘘をついて、その場を切り抜けて、誰一人傷つけない

1.

 

 

 トリスタンは好奇心に胸を躍らせていた。

 

 キャメロットの城内、長い廊下。

 すれ違う妖精たちは、トリスタンの姿を見ると怯えて道を譲る。

 そんな妖精たちの姿は眼中になかった。

 

 外からきた男。

 空から落ちてきた男。

 話題になっていた。

 妖精國全土で、今最も流行り、トレンドの言葉であった。

 お母様とその男が謁見した際に、あのウッドワスがイキるだけイキって、何もできなかったのだと言う。

 あの性悪のオーロラの誘いを蹴って、デカブツのガウェインのケツについてったのだと言う。

 お母様に仲裁に入ってもらわなければ、ウッドワスは今頃一皮いくらの毛皮にのめされていたのだと言う。

 

 妖精たちの噂を聞くたびに、トリスタンの心は弾む。

 

 ザマァみろクソ犬。

 ザマァみろ性悪。

 お母様に媚びて、いいカッコしようとしたんだろ?

 珍しい男にチヤホヤされたかったんだろ?

 それが、お母様に守られて、ザマァねぇぜ!

 あっさり袖にされて、ザマァねぇぜ!

 まぁしょうがねぇけどな。

 あのクソ犬より、お母様の方が何万倍も強いんだから、当然だぜ!

 あんな性悪より、目の前にいたお母様の方が魅力的だから必然だぜ!!

 元気出せよ、クソ犬!

 いつもみたいに笑えよ、性悪!

 

 ついついそんなことを、イマジナリーウッドワスとイマジナリーオーロラに語りかけてしまう。

 とはいえ、ウッドワスは牙の氏族長。

 その強さは本物である。

 オーロラもその美貌だけは本物である。

 それはトリスタンも内心認めているところだ。

 謁見の際にはウッドワスやオーロラどころか、北の蛮族を除いた氏族長勢揃いだったという。

 

 ああ、もう。

 

 トリスタンは身を捩る。

 

 お母様も、なんでそんな面白そうなもの、見せてくださらなかったのかしら。

 

 あのブリテンの空の異様は、トリスタンも見ていた。

 しかし、モルガンがゴローの謁見を許した時、モルガンはトリスタンを召集しなかった。

 それどころか、命令は待機一択であった。

 仕方なく、ニュー・ダーリントンの領主館で、トリスタンは暇を持て余していたのだ。

 結果として、面白いものを見逃してしまった。 

 あのガウェインですら、顔面蒼白になったそうだ。

 さぞ面白い光景だっただろう。

 

 そこで、賢くて残虐なトリスタンは、いいことを思いついた。

 その男を、私が殺したらいいんじゃないか?

 ウッドワスやガウェインが手も足も出なかったヤツを、私が殺す。

 手足を糸で引きちぎって、首にも糸を通す。

 でも殺さない。

 まだ殺さない。

 イモムシになったそいつを糸でぶら下げて、そのままキャメロットの壁に叩きつける。

 泣き叫んでも、許を乞うても、壁に叩きつける。

 そのうち、真っ赤なシミとバラバラの手足が無造作に壁にへばりついて、美しいアートになるだろう。

 その芸術を、みんなに見せるんだ。

 ウッドワスとガウェインが呆然と見るだろう。

 お母様は、きっと褒めてくださる。

 

 すごいな、バーヴァン・シー!

 私の大切なバーヴァン・シー!

 愛する娘のバーヴァン・シー!

 

 そして、いっぱい撫でてくれるハズだ。

 ブリテンの、妖精國の、お母様の脅威を排除するんだもの。

 冴えてるぜ、私!

 イカしてるぜ! 私!!

 

 問題は、ウッドワスやガウェインが手も足も出ないってことは、力でこられたら流石に厳しいかもしれないことだ。

 

 だけど、関係ないぜ!

 私の魔術は糸。

 暗殺だってお手のもの!

 伸びる伸びる糸、断ち切れるけど、まとわりつく糸。

 所詮人間だもの。

 不意打ちで腕の一本でも飛ばせば、のたうち回って泣き叫ぶに決まってらぁ!

 一瞬でキメてやるぜぇ!!

 

 その男は今、マンチェスターから出てきてキャメロットの資料室にいるらしい。

 

 バカなヤツだぜ!

 あのガウェインに守られてりゃ、私だって手を出すのを躊躇ったのに。

 ノコノコ出てきて、しかも本を読むだぁ?

 聞いた話じゃ、そいつ、あの無駄にデカいガウェインより、もっとデカいそうじゃねぇか。

 それなのに、体を縮こめて、ペラリペラリと本なんか読んでんのか。

 考えるだけでおかしいぜ。

 なんて女々しいヤローだ。

 やっぱり、口ばっかりのヤツに違いない。

 みんな騙されてるんだ、お母様以外。

 私は騙されねぇぜ? お母様のように。

 

 考え事をしていると、道は短く時は早いもので、トリスタンはあっという間にキャメロットの資料室の前に来た。

 ふぅー、と深呼吸。

 

 暗殺の前に落ち着きを入れる私……

 勢いだけで動かねぇ。

 仕事の前に興奮を諌める私……

 やっぱりその辺のザコとは違うぜぇ!

 

 トリスタンは一旦落ち着いて、資料室の扉を勢い良く蹴り飛ばした。

 

「さぁ、ぶっ殺してや──なあああああああ!?!?!?」

 

 勇み足で踏み込み、そこに落ちていた紙に足を滑らせて、トリスタンは床に頭を打ち付けた。

 

 そりゃあ、もう。

 すごい勢いで。

 

 

2.

 

 

「お、気ィついたか」

 

 トリスタンが意識を取り戻す。

 聞こえた声は聞いたことがない低音。

 

「う……ん……?」

「ワルいねぇ。資料散策に夢中になって、ぐっちゃぐちゃに広げてたからよ。まさか、人が入ってくるなんて思ってもなかったもんでねぇ」

 

 トリスタンを覗き込むのは、悪い悪いと苦笑いしながら頭を掻く大きな男。

 半裸の。パンツ一丁の。

 

「なっ!? テメェ!? なにしやがんだ!!!! 私に何しやがった!! 何なんだよそれはその格好!!?」

「質問の多いお嬢ちゃんだな……ほれ、落ち着きなって。水、飲むかい?」

「服を着ろぉ! このクソボケがァ────!!!!」

 

 それはそれとして、

 水は、ありがたくいただいた。

 

 

3.

 

 

「いやワルい。ほんとにね。作業に集中してたら、体がほてっちまってねぇ。休憩がてらに筋トレしてたンだわ」

「なんで脱いだ!? 脱ぐ必要ねーだろ!!」

「そりゃあ……裸の方が解放感あるからねぇ? なんならパンツも脱ぎたかったンだか、我慢したんだぜ」

「脱ぐな! 死ね!! なにパンツ脱いでないこと褒めてほしいみてーな言い方してんだ!! 露出狂のヘンタイかよテメェは!!?」

「ン──間違ってる、とは言えねぇなぁ」

「いや否定しろよ!!?」

 

 トリスタンの暗殺は見事に失敗である。

 単純に、間が外されてしまった。

 無駄に空気に敏感なトリスタンは、この空気じゃもう暗殺なんて絶対無理だと一瞬で悟った。

 というより、トリスタンの個人心象的に、色々とナメくさっているゴローの態度が気に食わなくて、怒りを感じて、暗殺とか割とどうでもよくなっていた。

 

「ゼェ……ゼェ……」

「見た目に反して元気いいねぇ。好きだぜ、そう言うの」

「ゼェ、気持ちワリーこと言ってんじゃ、ねぇよ……」

「トリスタンだろ?」

「────!」

 

 いきなり名前を呼ばれて、トリスタンは驚いた。

 口がきゅっと締められた。

 ゴローはころころと笑っていた。

 

「なんで……」

「何でも何も、おまえさん有名人じゃないの? チョォ〜ット妖精たちにお話を聞きゃあ、『予言の子』、『妖精騎士』、『オーロラ』……この辺の名称はボロボロ出てきたモンなァ」

「…………」

「でっかくて騎士然とした、恋の多い妖精騎士ガウェイン。最も美しく最も強い、謎多き妖精騎士ランスロット。そして……」

「…………」

「悪逆非道、冷酷なる女王の娘、妖精騎士トリスタン。みんな、個性的だねぇ、そうこなくっちゃねぇ」

 

 ゴローはしみじみと語る。

 トリスタンは、なにかを言いそうになって、やっぱりやめた。

 代わりに、ニヤリと口角を吊り上げて、笑った。

 

「そうだぜ! 私がそのトリスタンさ! 冷酷無慈悲のトリスタン! お母様の寵愛を受ける妖精國の王女、どうよビビったか!?」

「そっちじゃん、ビビってたの」

「う、ウルセーっ!! 半裸の巨人が突然目の前に現れたら、誰だってビビるだろーがよぉー!!」

「そうかぁ? そういうモンかあ」

 

 で、なにしに来たの?

 ゴローにそう言われて、トリスタンは言葉に詰まった。

 

 ヤバい。

 まさか「暗殺しに来ちゃったぜ! てへぺろ」なんてこの空気で言えるわきゃあない。

 考えろ、

 考えろトリスタン。

 名案を考えろ。

 思い……ついた!

 

「外からきた人間が妖精國にお世話になるっつーからよ! 王女サマ自らアイサツにきてやったんだぜ!! ありがたく思えよ、人間!」

 

 完ッ璧!

 もうこれ以上ないぐらい、完璧なイイワケ。

 王女が自ら得体の知れない人間に、護衛も付けずに会いに行く。

 ああ、なんて悪逆非道なのかしら。

 ああ、私ってばなんて悪い子なんだろう。

 お母様には心配かけちゃう悪逆だけど、今私生きてるからオールオッケーよね!

 人間がポカンと口を開けてみてるわ。

 キャハハ。

 アホヅラでマヌケヅラ。

 この顔だけ切り取って額縁に入れて飾りてーぜ!!

 

「そっか、思ったより元気なんだな」

「はぁ、何よその物言い?」

「だってよ、おまえさん、だいぶ魂が擦り切れてるじゃないの」

「────!」

 

 空気が、変わった。

 トリスタンの思考が、変わった。

 

「いやさ。ここの世界でも妖精ってヤツぁ、基本死んでもまた生まれるモンだろ? そこはまぁ、俺の知識と符合するケドよ、俺の知る他と違う点は、この世界の妖精はいわゆる輪廻転生形式らしいじゃねぇの。しかも、見たトコ今生今世だけで行われてる」

 

 やめろ。

 

「つまり、死んだら、同じ形をした違う妖精として生まれるんじゃなくて、同じ魂が似たような妖精として生まれるンだなぁ。エントロピーの法則に則った、質量保存の法則に則った、ファンタジーに見えて実に合理的な輪廻転生じゃあ、ありませんの」

 

 やめろ。

 そんな話はやめろ。

 

「けどねぇ、いくら魂でも、あの世を通さずこの世で循環させて、使い続けりゃいつか擦り切れるよねぇ」

 

 やめろやめろやめろやめろ。

 

「見たとこ、お前さんの魂はあと──」

「やめろおおおおお!!!!!」

 

 トリスタンが糸を投げつけた。

 ゴローの体に、しかし糸は刺さらない。

 魔力の類は感じない。

 純粋に、筋力だけで止めている。

 ならばと眼球に糸を伸ばすが、黒目に刺さった瞬間に糸のほうが弾かれて砕けた。

 

「すぐ暴力ってのは、いけないねぇ……あるいは、ワザとそうしてるのかい?」

「ウザい……! ウザい!! ウザいよ! テメェは……!!」

「口は悪いけど、致命的に語彙が少ないのは、一生懸命悪口を考えているからかい? 健気だねぇ」

「──ッッ! このっ!!」

 

 動かない。

 体が動かない。

 髪の毛一本に至るまで、動けない。

 ゴローの体に止められた糸の先から、何かが這い上がっている。

 何か、よくわからない力が逆流して、それがトリスタンの全身を締め付けている。

 

「あ──ウソ……イヤっ……」

「…………」

 

 のそり、とゴローはトリスタンに近づいた。

 怖い。

 大きい。

 声が出せない。

 動けない。

 

 のそり、また一歩、距離が縮まる。

 

 ──バーヴァン・シー、おまえはどうしてそうなのだ

 ──バーヴァン・シー、街のみんなの人気者!

 ──バーヴァン・シー、なぜ自由に■■■■■■のだ

 ──バーヴァン・シー、笑顔の可愛い慰みもの!

 

 這い上がってきたものは、過去である。

 心を黒く染めいるのは、恐怖である。

 体を止めているものは、呪いである。

 

 いやだいやだいやだいやだ。

 助けて……

 助けてお母様……

 私は……

 

 手が伸びてきた。

 大きな手だ。

 バーヴァン・シーの首など、軽く捻ってへし折れそうだ。

 彼女は涙を目に溜めた。

 覚悟なんて、できない。

 いやだ。

 その想いが胸を満たしていた。

 目を閉じたのは、覚悟したからではない。

 恐怖に、閉じざるを得なかった。

 怖くて怖くて、閉じてしまっただけだ。

 バーヴァン・シー。

 所詮は、下級妖精。

 ガワだけ見繕った、見窄らしい命。

 星々を超越した異邦人には、小さな小さな存在でしかない。

 

「…………」

 

 その時、は来なかった。

 バーヴァン・シーは、試しに、恐る恐る、指を動かしてみた。

 動く。

 瞼を開いてみた。

 光が入ってくる。

 死んでいない。

 殺されていない。

 

 混乱。混沌。困惑。

 いかなる感情がその小さな体に渦巻いたことか。

 やっと、目に映るものを認識できた時、ここがキャメロットの資料室だとわかった。

 そして、再構成された視覚に、思慮が追いつく。

 

 せなかがあった。

 おとこの、せなか。

 おおきい、せなか。

 

 本を、よんでいた。

 ゴローだった。

 何も、しなかった。

 彼は、慰みに使えるバーヴァン・シーに、何もしなかった。

 

「…………」

「……スマンな」

 

 背中越しに、その声を聞いた。

 元から低い声が、さらに低くなっていて、どことなく澱んでいた。

 

「…………」

 

 ぱら、ぱらと本をめくる音がする。

 その合間に、ぽつ、ぽつと音がする。

 雨音のようだった。

 

「私の──」

 

 バーヴァン・シーは、言った。

 その背中に向かって、その魂に向かって。

 

「私の──」

「魂の記憶を、探らせてもらった。何が、あったのか……おまえさんの振る舞いから、なんとなく、予想はできてたけどよ」

 

 ひでぇもんだな、ありゃあ。

 よく、そう生きれるな、すげぇよ、おまえさんは。

 

 そう言った。 

 いずれも、霞んだ声だった。

 

「なんで、あんたが、泣いてるのよ……」

「ン? そりゃあ、泣くだろ」

 

 なにも、おまえさんの過去の悲惨さにだけ涙してるんじゃねェよ。

 

 と言った。

 ゴローは続けた。

 泣きながら。

 

「おまえさん、すげェヤツだよ。とんでもなく、健気だ。頑張り屋だ。俺が、おまえの立場だったら、どんな手を使ってでも、連中、皆殺しにしてる。連中の同族もな。残りの時間を、そのためだけの人生にしちまう」

「…………」

「でも、おまえはそれを、やらないんだなぁ。生き返った最後の命を、やり方はともかく、愛のために使おうとしてるんだもんなぁ。おまえは、俺が、俺たちができないことを、平然と、当然に、やっちまえるんだなぁ」

「…………」

「だから、すげェよ。おまえさんは……」

 

 涙を、こぼして。

 鼻水を、たらして。

 よだれも、出てて。

 それでも、表情は微笑んでいて。

 

 きたない顔だなぁ。

 ブサイク極まりない。

 でも、

 暖かいと、思った。

 

 暖かいと、思った。

 頬が、水っぽくて、暖かくなった。

 涙が、溢れていた。

 バーヴァン・シーの目から。

 言葉はない。

 その代わりに、涙が、溢れていた。

 

 

4.

 

 

「だらしねぇの……」

 

 ニュー・ダーリントンの領主館。

 お気に入りを敷き詰めた、自分の部屋。

 トリスタンは、ベッドに突っ伏していた。

 

 あんなに、泣きやがって。

 怖かったのはこっちだっつーの。

 思わず、もらい泣きしちまった。

 泣き腫れた顔を、誰にもみられたくなくて、しばらく資料室で、二人きり。

 

 ゴローはそれ以上、トリスタンに何もしなかった。

 真っ赤な目で、黙々と本を、資料を読んでいた。

 ねぇ、とトリスタンが声をかけると、ン? と返事をした。

 

 アンタ、外から来たんでしょ?

 この、妖精國の外から。

 

「チョット違うな。外じゃなくて、もっと外だ」

 

 なぁにそれ?

 イミわかんないし!

 

「仕方ねぇさ。他にうまい例えが思いつかねぇモンでよ。ただでさえ、誰かさんのせいで泣きまくった後だしよぉ。脳みそ回んねンだわ」

 

 はぁ!?

 テメェの語彙の貧弱さを、私のせいにしようってのか!?

 勝手に覗いて勝手に泣いたくせによ……

 

「そうだよ。俺が勝手に覗いて、勝手に泣いだんだよなぁ……」

 

 わっ、バカ! 

 このゴリラ! 

 泣くんじゃねぇよ!

 これ以上、テメェの無駄にデケェ涙が溢れちまうと掃除がタイヘンだろうが!!

 

「ゴリラいンのかよ、この世界……」

 

 あーあ、シラけちまったぜ。

 オマケに大損だわ。

 乙女の秘部に手を突っ込んでくるクソヤロウのせいで無駄に泣いちまったしよぉ!

 

「乙女はそんな言い方し……いや、結構してるヤツ、いるなぁ……」

 

 じゃーな。

 今日は帰るぜ。

 

「気をつけてな」

 

 …………。

 なぁ。

 

「ン?」

 

 テメェは、また明日も、ここにくんのか?

 

「さぁてね。明日の俺次第だねぇ」

 

 ……そっか、いるかもしれないのね。

 

 

 トリスタンはそう言って、出て行った。

 

 

5.

 

 

 夜。

 

「なぁ」

「うぎゃああああああ!!! なんだあっ! テメェ!!!」

 

 ニュー・ダーリントン。

 トリスタンの部屋。

 外にいるゴローが窓をよいしょと開いた。

 ゴローは当たり前のように空を飛んでいた。

 ちなみに、トリスタンは窓にはちゃんと鍵はかけていた。

 ベッドから飛び起きたトリスタンは、混乱収まらぬまま聞いた。

 

 なに!?

 なんだよぉ!?

 

「星を見たことあるか?」

 

 あん? 星ぃ?

 夜に空を見たら、あるじゃない。

 てか、こっからでも見えるし。

 

 ゴローは首をふった。

 

「ちゃうちゃう。星の輝きを見たことあるかって、聞いてンのさ」

 

 言ってる意味がワカんねぇ。

 星は、星だろ?

 見えるじゃん。

 

「そっか、じゃあ、連れてってやるよ」

 

 どこに───!?

 

 ゴローはトリスタンの手を取った。

 そしてトリスタンごと、窓から、空へ飛んだ。

 

 えっ?

 わ、私も飛んでる!?

 

「そりゃあ、飛ぶだろ。『超人』が引っ張ってんだもんよ」

 

 そのまま、あっという間に雲にたどり着き、雲を越えて、まだ昇る。

 トリスタンが下を見ると、ブリテン島の全域が視界に収まるほど小さいものに見えた。

 

「怖いか?」

 

 ……ちょっとね。

 

「手を握ってる限り、落ちねぇよ。落ちても、すぐ拾いに行ける」

 

 辿り着いたのは、雲のさらに上。

 成層圏の、少し上。

 宇宙(そら)と空の間。

 一部の上級妖精でもここまではまずこれない。

 普通の生き物はここまで飛べない。

 死んでしまうから。

 この領域の大気は生物にとって猛毒そのものだからだ。

 本来、この世界でここを行き来できる生物は、神か、龍だけだろう。

 

 宇宙(せかい)と、地球(せかい)のはざま。

 

「上を」

 

 ゴローに促されて、トリスタンは宇宙を見た。

 

 わぁ……!

 

 星が近い。

 煌めきが大きい。

 星の流れが、軌跡が、はっきりと見える。

 手を伸ばせば掴めそうだった。

 バーヴァン・シーは、思わず手を伸ばした。

 

「流石に掴めンよ」

 

 ゴローは、ここからはね、と言った。

 バーヴァン・シーは、なんで、と聞いた。

 

「星の光は、過去の写真だ。写真、ある? フォトグラフィね。何光年も離れた場所から、恒星の輝きを反射して、何光年も旅した光が、地球にいる俺たちの目に届いてるだけだ」

 

 あの星。

 とゴローは光を指差した。

 

「あの星は、もうないな。元は十二光年先の小惑星だが、光を反射した小惑星はもう消滅してる」

 

 儚いのね。

 と言うと、ゴローは頷いた。

 

「だが、あの光はずっと、一人きりで宇宙を旅して、俺たちがそれを見つけて、だから輝いてるンだ」

 

 ──ロマンがあるだろう?

 

 ゴローは続けた。

 トリスタンは、黙って聞いていた。

 

「一つの星の上の出来事なんて、あの輝きに比べたら小さいモンさ。この世界じゃあ、地球の奇跡がどうの、神秘がこうのと言うが、それは所詮、何百億光年もある宇宙の、二千億個ある銀河の一つの、三千兆個ある恒星系の、ほんの一つ」

 

 とはいえ──

 ゴローは続ける。

 

「そこに生きてる生物は、それで精一杯だ。だからこの事実を知ったところで、生活が変わるわけでもねぇさ。ちっぽけな自分だと卑下するだけかもしれん……まぁ事実なわけだがね」

 

 だけどよ、とゴロー。

 トリスタンは、黙って聞いている。

 

「これを人生全部じゃなくて、人生の前提に持ってくると、どうよ? 俺たちは、地球は、凄まじくちっちゃくて、実は宇宙的には超どうでもよくて、だから地球で起きる悲劇なんて、世界の本質的にはどうでも良くってさ」

 

 トリスタンは、ひとつだけ、頷いた。

 

「だから、逆に考えるとよ。そんなちっぽけな星で、人生を燃やし尽くせる愛に出会えることは、奇跡そのものだって、俺は思うンだよ、ねぇ」

 

 バーヴァン・シーは、星を見ている。

 

「だから、おまえは。おまえの愛は、おまえの生き方は、この星々の煌めきに匹敵する価値があると思うンだよねぇ、俺は。だってそれは、遠くで滅んだ星が届ける光が、地球に届くのと同じくらいの『ロマン』があるからねぇ」

 

 バーヴァン・シーは──

 

「さて、やたらおとなしいけどよ──」

 

 その太い腕に寄りかかって、寝息を立てていた。

 ゴローは、ポリポリと頬を掻いた。

 

「良い子は眠る時間だわな、そりゃあ」

 

 

6.

 

 

 ニュー・ダーリントンの領主館、星屑と共に降りてきたゴローが、ベッドの上にトリスタンを寝かせて布団をかけていた頃。

 

 それを、遠くから眺めているものが二人いた。

 一人は、妖精國の女王。

 トリスタンの義母モルガン。

 もう一人は、妖精國において二番目に美しく、最も強い存在だったもの。

 その存在は、二人が空に向かって昇り、そして降り立つまでの一部始終を見ていた。

 

 途中まで、

 途中までは空を飛んで追っていたのだが、成層圏にさしかかって羽を止めていた。

 これ以上の高度は、この状態だと死ぬ。

 

 その存在には、それがわかっていた。

 飛んだことがあるからだ。

 

 生物の生存可能圏などまるで無視して遠くなる背中を見ていた。

 

 その名を妖精騎士ランスロットと言った。

 

 真名をメリュジーヌ。

 最後の原始竜、アルビオンの力を継ぐものだった。

 

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