【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
「やっちまったかい?」
穴の宙空に佇むランスロットの背後に、ふわりと舞い降りて、ゴローは話しかけた。
どこまで底があるのか見えぬ大穴。
その途中、見上げればまだ茜空が、その雲の形がはっきりと見える程度の距離。
ランスロットはくい、と首だけを振り返り、言った。
「殺してはいないよ」
そして、視線を戻す。
その先に、穴の壁面に体をめり込ませた、村正の姿があった。
「結構、強かったでしょ?」
まさか、とランスロット。
「楽勝だったよ」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。
だが、その態度に反して、彼女の鎧にはいくつかの刀傷が見てとれた。
その傷自体は大したモノではない。
どれも、せいぜいが外装一枚を削った程度である。
しかし、かの妖精騎士ランスロットの……と前置くならば。
彼女の鎧にこれだけの傷をつけられることが、信じられぬ強さの証明である。
「やっちまわなくて、いいの?」
疑問系で、いやらしい口調であった。
なんだか、煽るような言葉であった。
あるいは、試すような言葉であった。
事実、そうなのだろう。
それを汲み取って、くっ、と憎々しく可愛らしい微笑みを携えて、ランスロットは答えた。
「まさか、こいつが何者なのか、わからない内から殺すわけにはいかないだろう? 件の、汎人類史の、カルデアとか言う奴らかもしれないし」
背中越しに、ゴローのふふ、という笑みが聞こえる。
いつもの、あの太い笑みを浮かべているのだろう。
……いや、少し違う。
ごめんなさいね、と言葉を紡いだ。
苦笑いのようだった。
「どうすんだい、そいつ?」
「さぁ、女王陛下の機嫌しだいさ」
「フツウ、処刑とか、しないのかねぇ?」
「さぁ? モルガン陛下なら、この程度、殺すまでもないんじゃない?」
堂々とした物言いは、自らの力への自負がうかがえた。
モルガンの、と銘打っているが、その実言葉の力の多くを占めるものは、自身の力への信仰である。
この程度の敵、生きていようが死んでようが、僕がいるからなにも問題ないよ。
ランスロットはそう言っているのだ。
そして、それは事実であろう。
とにかく、とゴロー。
「この穴ン中に留まってンのは、よくないねぇ」
「そうだね」
穴の底。
どこまで続くかわからないほど、深い。
そして、暗い。
その底から、何者かが背筋を突っつく感触があった。
ランスロットも、ゴローも感じている。
ひやりとしたものだ。
それでいて、ねばつく何か。
こちらを引きずり込もうと言うのか、それとも、こちらを足がかりに、穴の底から這い上がろうとしているのか。
わからない。
わかることは、それは良くないものであると言うことだ。
村正の体をぼこりと壁面から剥ぎ取ると、ゴローは彼を肩に担ぎ上げた。
「とりあえず、キャメロットに戻るかねぇ」
「わかった」
ところで──
と、ランスロット。
「おそいよ、ってのは、僕に言ったのかい?」
「ン? ……いやぁ、まっさかァ」
「視線を逸らすのは、ウソっぽく聞こえるよ。やっぱりあれ、僕に向けて言ったんだろ?」
「いやいやいやいや。俺ァ、この子の踏み込みと判断の遅さを……」
「やっぱり、僕に向けて言ってたんだな!」
「ちょっ! は、話を聞きなさいな! 待って、叩かないで! 彼、落ちちゃう! 落としちゃうから!!」
ランスロットに脇腹をげしげしとツツかれながら、二人はゆっくりと空に昇った。
2.
「ガウェイン」
「は、はいっ!? 陛下……これは、その……」
二人が、もといゴローが、大穴へと飛び立った。
残されたキャメロットの玉座の間。
ガウェインは荘厳とした声で、モルガンにその名を呼ばれた。
それだけで、この広い空間がきゅっと引き締まる。
今、この瞬間、紛れもなくこの世界はモルガンのものとなっていた。
ゴローの武技、ランスロットと村正の音速での戦闘に、あっけに取られていた官司の妖精たち。
武器をぶら下げているだけとなっていた騎士の妖精たちが、たちまちその膝を折る。
その心はそうでなくとも、その身体は否応なく屈服してしまった。
ランスロットや村正のそれとは違う、モルガンの支配的な力である。
ガウェインもまた、はっ! となって膝を折って、頭を垂れた。
そしてまた、はっ! と気づき、帽子を投げ……捨てられずに、そっと地面に置いた。
結っていない部分の長い髪が、まとまりから解放されて、重力に従ってぶわりとばらついた。
今のガウェインの姿。
彼女は我ながらに、王の御前にしてはふざけた格好がすぎると思ったのだ。
グロスターにいながらキャメロットに異変を感じたゴローに頼んで、玉座に向かうことを提案したのはガウェインであったが、まさか転移魔術……? で、ひと息に到達可能だとは誰が思うだろうか。
彼の異常な能力──すなわち全能性についてはよくわかっていたつもりであったが、彼は普段、それを使うことを良しとしない。
だからか、いざ、思わぬところでそれを発揮されると、出てくるのは戸惑いであった。
落ち着いた状況になり、妖精たちの奇異の視線が、自分に集まっているのを感じた。
かあっと、顔が赤くなる。
恥ずかしい。
自分で望んでこの場に参じたとはいえ、もう少し考えるべきだったか。
視線が一層重たく感じる。
なにか、変なことを思われてはいないだろうか。
モルガン陛下に、呆れられてしまっただろうか。
「キャメロットに危機を感じ、参じたものと見る」
粛々とした声であった。
ガウェインはとても、その顔を見ることができない。
はっきり言って、怖かった。
だが、彼女は不安を胸に押し込めて、はい、と答えた。
震える声であった。
モルガンは間を空ける。
この間が、とてつもなく恐怖を煽る。
「ご苦労だった」
しかし、発せられたものは労いの言葉であった。
思わず、ガウェインは顔を上げた。
おそらく、視線がかち合った。
だから、慌てて、ガウェインは再び顔を伏せた。
「此度のおまえの行動、その忠誠はしかと受け取った……感謝しよう」
楽にするが良い。
そう続けた。
心が震えている。
ガウェインは、今、感動している。
口調は冷徹そのものであるが、その言葉は間違いなくモルガンらしくなかった。
上から目線なのは、まぁ当たり前であるが、その言葉には自分への心配があった。
一抹ではあるが、優しさすら感じる。
「はい……!」
顔を伏せたまま、ガウェインは言った。
先ほどとは違い、ハキハキとした声で。
頬の赤み、熱は相変わらずであるが、その意味が変わっていた。
そこに、
「かしこまった空気、壊してワルいンだけどねぇ……」
大穴の方──つまり、モルガンの背後から、ゴローが降りてきた。
肩に、気絶した村正を担いでいる。
上から失礼するよ、ごめんなさいね。
そう言いながら、モルガンの頭上に被らないように、玉座の斜め上を通ってガウェインの前に立った。
また、空気が変わる。
モルガンの支配する空気と、ゴローの存在感が醸し出す空気が、ぶつかり合っている。
「この子、どうするのかねぇ?」
そして、ドサリと。
無造作に床に下ろした。
何の縛りもしていない。
つまり、縛る意味はないと言うことか。
つまり、それは──
「なぜ、おまえがその男を止めた」
モルガンがその意味を、さまざまな事象を混み込みで訪ねた。
ゴローは、妖精國の未来に興味はない。
そう言っている。
妖精國では、実質自分からは戦いの類を行わないことも、最初の謁見で明言している。
ならば、なぜ自ら壁となり
ここにいることは、ガウェインの頼みゆえだろう。
だから、そこまではいい。
だが、先述する理由から、ゴローが自らモルガンを護った振る舞いは、モルガンにもガウェインにも解せないものだった。
うん、と頭をひねるゴロー。
それに対して、ガウェインは、
俺が止めた? 俺ァただ突っ立ってただけだし、握手しただけだぜ?
と、そのようなごまかしを言うと思っていた。
あるいは、モルガンもそうだっただろう。
だが、ゴローははっきりと、モルガンに視線を固定して、言った。
「ガウェインが悲しむ顔を、見たかないンだよ、俺ァ」
──何?
ヴェールの下の、モルガンの表情が、誰の目にも揺らいだのかわかった。
ガウェインにとっても──
いや、彼女にとって、彼女だからこそ、それはあまりに予想外すぎる答えであった。
「ン? なんか……俺、おかしいコト言ったかねぇ?」
凍りつくような空気で、ゴローは飄々としている。
周りを見渡して、誰ひとり自分の言葉を飲み込めていないことを察する。
なので、ははぁ、と薄く笑い、言葉を続けた。
「俺がいようがいまいが、このじいさまの暗殺はランスロットが防いでたよねぇ。たぶん」
それは、おそらく間違いない。
初手こそ音速突撃の不意打ちではあるものの、大穴に落ちてからはランスロットは真っ向から村正を潰している。
ゴローの見立てであっても、村正とランスロットであれば、圧倒的にランスロットの方が強い。
彼女ひとりいれば、どのみち村正のそれは完遂できなかったであろう。
「でも……でもねぇ。それじゃあ、ガウェインはその場にいなかった自分を、責めちゃうよねぇ」
この子、生真面目じゃないの。
とゴローは言う。
顎をくい、とガウェインにむけていた。
「陛下の危機に、私は遊んでいた……ってね。そんな暗い顔、俺ァ見たくねえのさ」
だって、と続ける。
「俺ァ、彼女の騎士然とした振る舞い、スキだよ。真面目で、真っ直ぐであろうとしてる。眩しいもの、とってもねぇ。悲しむ顔も、キュートだと思うよねぇ」
だけど、とひと間。
流し目でガウェインを一瞥し、モルガンに向き直る。
きっ、とその目に力が宿る。
しかし、次に吐き出される言葉は、いつも通りの抑揚で、さらりとした口調であった。
「やっぱり、俺ァ。ガウェインは笑ってる方がスキさね。だから、せめて、悲しい顔はして欲しくねンだ」
大胆な告白であった。
それを、ゴローは、言葉に多少力をいれてはいるものの、当たり前のように言い切った。
ガウェインは頭が爆発しそうであった。
言いようのない熱が、頭どころか身体中を満たしていた。
心臓がバクバク音を立てている。
外に溢れ出してしまいそうなほどである。
ガウェインの動揺が浸透するまでもなく、官司の妖精たちも、騎士の妖精たちも、ざわついていた。
まぁ、とゴロー。
「そのじいさまは、妖精國の存在じゃねぇみたいだし、戦ってもいっかな? って、思ったンだよねぇ」
くくくっ、と溜めるような笑いであった。
自分の言葉に笑い、それを堪えているようである。
「わかった、感謝しよう」
下がっていい。
ご苦労であった。
モルガンはそう言って、ガウェインたちに退出を促した。
心なしか、ガウェインには、モルガンの言葉が柔らかく感じた。
その声は、今までのように厳粛に空間を取り締まるのではなく、ゆっくりと染み渡るように、空間を満たしたからである。
3.
「ご、ゴロー……」
キャメロットの門を出る時に、ガウェインはゴローの名を呼んだ。
ゴローはン? といつも通りの訛り声と共に振り返った。
「その……おまえは、妖精國には興味が……」
「さっき、したぜ? その話はさ」
あう、とガウェインの心は縮こまった。
困っていた。
なんで、私のためにここまでしてくれるのか。
たしかに、自分は一年間、ゴローと同じ屋根の下である。
たしかに、妖精國では自分がいちばん、ゴローと接する時間が長いだろう。
たしかに、ゴローはいつも、不思議な優しさで接してくれている。
だが、それはいつでも、何をしていても、ある種の超然性と共にあった。
彼は、自らが心許したものには、常にああいう対応をするのだと思っていた。
事実、ランスロットやトリスタン。
スプリガンやウッドワスには同じような対応をしている。
誰に対しても愛を持って、誰であろうと受け入れる。
ペペロンチーノに相対したゴローはそう言っていたハズで、だから、彼にとって『特別』なものは、少なくともこの妖精國にはないものだと思っていた。
おまえさんなんだよね。
とゴローは言った。
ガウェインの心を、その不安を見透かし、貫く言葉であった。
「俺が、この世界に楔を持ってるとしたら、それァおまえさんなのさね」
なぜ──
ガウェインの脳裏に、疑問とほぼ同時に、蘇る記憶があった。
──ありがとう。
──この恩は忘れない。
──いつか、必ず返すよ。
最初の夜に、言われた言葉。
訛りもなく、間延びもない、爽やかでしっとりと重い声だった。
おそらく、モルガンですら知り得ない、ガウェインとゴローの二人だけが知っているやりとり。
自分だけが知っている声で、自分だけが知っているゴローの姿。
「あン時、俺を見つけたのが、ガウェインじゃなかったら。俺が落ちていたのが……トリスタンやランスロット、スプリガンたちの前なら、たぶん、俺、あのまま死んでたろうさ」
ゴローの言葉には、少し、照れがあった。
淡々と予想することは、まぁその通りだろうと思える。
彼らとゴローの現在の関係は、ゴローがその人間力を発揮した結果だ。
死にかけで、何もできない人間など、容赦なく見捨てられるだろう。
あの時、ガウェインは自らの騎士道に後押しされたから、ゴローに剣を渡したのだ。
そのおかげで、彼は自身を蝕む『神の毒』を摘出し、蘇生したのだから。
今ここにゴローが生きているのは、百パーセント、ガウェインのおかげである。
太い指で、頬をかきながら、言う。
「
だから、これは贈りモンなんだ。
ガウェインが、俺にくれた贈りモン。
だから、だからよ……
二回言った。
繰り返す言葉に別の言葉が続かない。
ゴローにしては、珍しく、何を紡げば良いのか迷っているようだった。
「だから、ガウェイン。おまえさんが悲しい顔をするのに、俺ァ耐えられねンだよ」
やっと吐き出したそれは、微笑みと共にあった。
太くもない、重くもない。
その表情は、いっそ儚さを帯びていた。
モルガンを守れない。
結果はどうあれ、その場にいなければ、ガウェインは自分を責める。
そうなれば、ガウェインは落ち込む。ずっと引きずるだろう。
それを、俺ァ見たくねンだ。
そう言っているのだ。
おまえさんを、言い訳に使ってるってことァ、否定しない。
だけど、俺のその気持ちと考えは、ただの真実だよ。
俺の世界の、俺の真実だよ。
最後の方は、ゴローは振り向きながら言った。
だが、照れているのがわかる。
耳が、少し赤い。
ガウェインから見ても、はっきりわかるほどに、赤かった。
ふふ、とガウェインは笑った。
嬉しさと、ええと、あと、なんだろう?
わからない。
言葉にできない。
口に出てこない。
形容できない暖かさが、身体中を満たしている。
──ああ
それに、気づいた。
これは、幸せなんだ。
幸せで、私は今、満たされているんだ。
ゴローの隣に駆け寄った。
彼の顔を覗き込む。
自分が、下から覗き込める大きさ。
静かな微笑みを浮かべる顔。
大きな傷を刻んでいる顔。
ああ、私は──
空の色は茜色。
いつもと変わらぬ茜色。
しかし、今日、今この瞬間。
ガウェインの目から見えるそれは、とても優しい色に見えた。
第五章、チェインキャング終わり
第六章、TOO MUCH PAINへ続く