【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第五章最終話です、よろしくお願いします


第三話:ひとりぼっちが怖いから、半端に成長してきた【挿絵追加】

 

1.

 

 

「やっちまったかい?」

 

 穴の宙空に佇むランスロットの背後に、ふわりと舞い降りて、ゴローは話しかけた。

 どこまで底があるのか見えぬ大穴。

 その途中、見上げればまだ茜空が、その雲の形がはっきりと見える程度の距離。

 ランスロットはくい、と首だけを振り返り、言った。

 

「殺してはいないよ」

 

 そして、視線を戻す。

 その先に、穴の壁面に体をめり込ませた、村正の姿があった。

 

「結構、強かったでしょ?」

 

 まさか、とランスロット。

 

「楽勝だったよ」

 

 ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。

 だが、その態度に反して、彼女の鎧にはいくつかの刀傷が見てとれた。

 その傷自体は大したモノではない。

 どれも、せいぜいが外装一枚を削った程度である。

 しかし、かの妖精騎士ランスロットの……と前置くならば。

 彼女の鎧にこれだけの傷をつけられることが、信じられぬ強さの証明である。

 

「やっちまわなくて、いいの?」

 

 疑問系で、いやらしい口調であった。

 なんだか、煽るような言葉であった。

 あるいは、試すような言葉であった。

 事実、そうなのだろう。

 それを汲み取って、くっ、と憎々しく可愛らしい微笑みを携えて、ランスロットは答えた。

 

「まさか、こいつが何者なのか、わからない内から殺すわけにはいかないだろう? 件の、汎人類史の、カルデアとか言う奴らかもしれないし」

 

 背中越しに、ゴローのふふ、という笑みが聞こえる。

 いつもの、あの太い笑みを浮かべているのだろう。

 ……いや、少し違う。

 ごめんなさいね、と言葉を紡いだ。

 苦笑いのようだった。

 

「どうすんだい、そいつ?」

「さぁ、女王陛下の機嫌しだいさ」

「フツウ、処刑とか、しないのかねぇ?」

「さぁ? モルガン陛下なら、この程度、殺すまでもないんじゃない?」

 

 堂々とした物言いは、自らの力への自負がうかがえた。

 モルガンの、と銘打っているが、その実言葉の力の多くを占めるものは、自身の力への信仰である。

 この程度の敵、生きていようが死んでようが、僕がいるからなにも問題ないよ。

 ランスロットはそう言っているのだ。

 そして、それは事実であろう。

 

 とにかく、とゴロー。

 

「この穴ン中に留まってンのは、よくないねぇ」

「そうだね」

 

 穴の底。

 どこまで続くかわからないほど、深い。

 そして、暗い。

 その底から、何者かが背筋を突っつく感触があった。

 ランスロットも、ゴローも感じている。

 ひやりとしたものだ。

 それでいて、ねばつく何か。

 こちらを引きずり込もうと言うのか、それとも、こちらを足がかりに、穴の底から這い上がろうとしているのか。

 

 わからない。

 わかることは、それは良くないものであると言うことだ。

 

 村正の体をぼこりと壁面から剥ぎ取ると、ゴローは彼を肩に担ぎ上げた。

 

「とりあえず、キャメロットに戻るかねぇ」

「わかった」

 

 ところで──

 と、ランスロット。

 

「おそいよ、ってのは、僕に言ったのかい?」

「ン? ……いやぁ、まっさかァ」

「視線を逸らすのは、ウソっぽく聞こえるよ。やっぱりあれ、僕に向けて言ったんだろ?」

「いやいやいやいや。俺ァ、この子の踏み込みと判断の遅さを……」

「やっぱり、僕に向けて言ってたんだな!」

「ちょっ! は、話を聞きなさいな! 待って、叩かないで! 彼、落ちちゃう! 落としちゃうから!!」

 

 ランスロットに脇腹をげしげしとツツかれながら、二人はゆっくりと空に昇った。

 

 

2.

  

 

「ガウェイン」

「は、はいっ!? 陛下……これは、その……」

 

 二人が、もといゴローが、大穴へと飛び立った。

 残されたキャメロットの玉座の間。

 ガウェインは荘厳とした声で、モルガンにその名を呼ばれた。

 それだけで、この広い空間がきゅっと引き締まる。

 今、この瞬間、紛れもなくこの世界はモルガンのものとなっていた。

 ゴローの武技、ランスロットと村正の音速での戦闘に、あっけに取られていた官司の妖精たち。

 武器をぶら下げているだけとなっていた騎士の妖精たちが、たちまちその膝を折る。

 その心はそうでなくとも、その身体は否応なく屈服してしまった。

 ランスロットや村正のそれとは違う、モルガンの支配的な力である。

 

 ガウェインもまた、はっ! となって膝を折って、頭を垂れた。

 そしてまた、はっ! と気づき、帽子を投げ……捨てられずに、そっと地面に置いた。

 結っていない部分の長い髪が、まとまりから解放されて、重力に従ってぶわりとばらついた。

 

 今のガウェインの姿。

 彼女は我ながらに、王の御前にしてはふざけた格好がすぎると思ったのだ。

 グロスターにいながらキャメロットに異変を感じたゴローに頼んで、玉座に向かうことを提案したのはガウェインであったが、まさか転移魔術……? で、ひと息に到達可能だとは誰が思うだろうか。

 彼の異常な能力──すなわち全能性についてはよくわかっていたつもりであったが、彼は普段、それを使うことを良しとしない。

 だからか、いざ、思わぬところでそれを発揮されると、出てくるのは戸惑いであった。

 

 落ち着いた状況になり、妖精たちの奇異の視線が、自分に集まっているのを感じた。

 かあっと、顔が赤くなる。

 恥ずかしい。

 自分で望んでこの場に参じたとはいえ、もう少し考えるべきだったか。

 視線が一層重たく感じる。

 なにか、変なことを思われてはいないだろうか。

 モルガン陛下に、呆れられてしまっただろうか。

 

「キャメロットに危機を感じ、参じたものと見る」

 

 粛々とした声であった。

 ガウェインはとても、その顔を見ることができない。

 はっきり言って、怖かった。

 だが、彼女は不安を胸に押し込めて、はい、と答えた。

 震える声であった。

 モルガンは間を空ける。

 この間が、とてつもなく恐怖を煽る。

 

「ご苦労だった」

 

 しかし、発せられたものは労いの言葉であった。

 思わず、ガウェインは顔を上げた。

 おそらく、視線がかち合った。

 だから、慌てて、ガウェインは再び顔を伏せた。

 

「此度のおまえの行動、その忠誠はしかと受け取った……感謝しよう」

 

 楽にするが良い。

 そう続けた。

 

 心が震えている。

 ガウェインは、今、感動している。

 口調は冷徹そのものであるが、その言葉は間違いなくモルガンらしくなかった。

 上から目線なのは、まぁ当たり前であるが、その言葉には自分への心配があった。

 一抹ではあるが、優しさすら感じる。

 

「はい……!」

 

 顔を伏せたまま、ガウェインは言った。

 先ほどとは違い、ハキハキとした声で。

 頬の赤み、熱は相変わらずであるが、その意味が変わっていた。

 

 そこに、

 

「かしこまった空気、壊してワルいンだけどねぇ……」

 

 大穴の方──つまり、モルガンの背後から、ゴローが降りてきた。

 肩に、気絶した村正を担いでいる。

 上から失礼するよ、ごめんなさいね。

 そう言いながら、モルガンの頭上に被らないように、玉座の斜め上を通ってガウェインの前に立った。

 また、空気が変わる。

 モルガンの支配する空気と、ゴローの存在感が醸し出す空気が、ぶつかり合っている。

 

「この子、どうするのかねぇ?」

 

 そして、ドサリと。

 無造作に床に下ろした。

 何の縛りもしていない。

 つまり、縛る意味はないと言うことか。

 つまり、それは──

 

「なぜ、おまえがその男を止めた」

 

 モルガンがその意味を、さまざまな事象を混み込みで訪ねた。

 ゴローは、妖精國の未来に興味はない。

 そう言っている。

 妖精國では、実質自分からは戦いの類を行わないことも、最初の謁見で明言している。

 ならば、なぜ自ら壁となり暗殺者(村正)の勢いを削ぎ、村正に合気をかけて暗殺そのものをぶち壊したのか。

 ここにいることは、ガウェインの頼みゆえだろう。

 だから、そこまではいい。

 だが、先述する理由から、ゴローが自らモルガンを護った振る舞いは、モルガンにもガウェインにも解せないものだった。

 

 うん、と頭をひねるゴロー。

 それに対して、ガウェインは、

 

 俺が止めた? 俺ァただ突っ立ってただけだし、握手しただけだぜ?

 

 と、そのようなごまかしを言うと思っていた。

 あるいは、モルガンもそうだっただろう。

 だが、ゴローははっきりと、モルガンに視線を固定して、言った。

 

「ガウェインが悲しむ顔を、見たかないンだよ、俺ァ」

 

 ──何?

 

 ヴェールの下の、モルガンの表情が、誰の目にも揺らいだのかわかった。

 ガウェインにとっても──

 いや、彼女にとって、彼女だからこそ、それはあまりに予想外すぎる答えであった。

 

「ン? なんか……俺、おかしいコト言ったかねぇ?」

 

 凍りつくような空気で、ゴローは飄々としている。

 周りを見渡して、誰ひとり自分の言葉を飲み込めていないことを察する。

 なので、ははぁ、と薄く笑い、言葉を続けた。

 

「俺がいようがいまいが、このじいさまの暗殺はランスロットが防いでたよねぇ。たぶん」

 

 それは、おそらく間違いない。

 初手こそ音速突撃の不意打ちではあるものの、大穴に落ちてからはランスロットは真っ向から村正を潰している。

 ゴローの見立てであっても、村正とランスロットであれば、圧倒的にランスロットの方が強い。

 彼女ひとりいれば、どのみち村正のそれは完遂できなかったであろう。

 

「でも……でもねぇ。それじゃあ、ガウェインはその場にいなかった自分を、責めちゃうよねぇ」

 

 この子、生真面目じゃないの。

 とゴローは言う。

 顎をくい、とガウェインにむけていた。

 

「陛下の危機に、私は遊んでいた……ってね。そんな暗い顔、俺ァ見たくねえのさ」

 

 だって、と続ける。

 

「俺ァ、彼女の騎士然とした振る舞い、スキだよ。真面目で、真っ直ぐであろうとしてる。眩しいもの、とってもねぇ。悲しむ顔も、キュートだと思うよねぇ」

 

 だけど、とひと間。

 流し目でガウェインを一瞥し、モルガンに向き直る。

 きっ、とその目に力が宿る。

 しかし、次に吐き出される言葉は、いつも通りの抑揚で、さらりとした口調であった。

 

「やっぱり、俺ァ。ガウェインは笑ってる方がスキさね。だから、せめて、悲しい顔はして欲しくねンだ」

 

 大胆な告白であった。

 それを、ゴローは、言葉に多少力をいれてはいるものの、当たり前のように言い切った。

 

 ガウェインは頭が爆発しそうであった。

 言いようのない熱が、頭どころか身体中を満たしていた。

 心臓がバクバク音を立てている。

 外に溢れ出してしまいそうなほどである。

 ガウェインの動揺が浸透するまでもなく、官司の妖精たちも、騎士の妖精たちも、ざわついていた。

 

 まぁ、とゴロー。

 

「そのじいさまは、妖精國の存在じゃねぇみたいだし、戦ってもいっかな? って、思ったンだよねぇ」

 

 くくくっ、と溜めるような笑いであった。

 自分の言葉に笑い、それを堪えているようである。

 

「わかった、感謝しよう」

 

 下がっていい。

 ご苦労であった。

 モルガンはそう言って、ガウェインたちに退出を促した。

 

 心なしか、ガウェインには、モルガンの言葉が柔らかく感じた。

 その声は、今までのように厳粛に空間を取り締まるのではなく、ゆっくりと染み渡るように、空間を満たしたからである。

 

 

3.

 

 

「ご、ゴロー……」

 

 キャメロットの門を出る時に、ガウェインはゴローの名を呼んだ。

 ゴローはン? といつも通りの訛り声と共に振り返った。

 

「その……おまえは、妖精國には興味が……」

「さっき、したぜ? その話はさ」

 

 あう、とガウェインの心は縮こまった。

 困っていた。

 なんで、私のためにここまでしてくれるのか。

 たしかに、自分は一年間、ゴローと同じ屋根の下である。

 たしかに、妖精國では自分がいちばん、ゴローと接する時間が長いだろう。

 たしかに、ゴローはいつも、不思議な優しさで接してくれている。

 だが、それはいつでも、何をしていても、ある種の超然性と共にあった。

 彼は、自らが心許したものには、常にああいう対応をするのだと思っていた。

 事実、ランスロットやトリスタン。

 スプリガンやウッドワスには同じような対応をしている。

 誰に対しても愛を持って、誰であろうと受け入れる。

 ペペロンチーノに相対したゴローはそう言っていたハズで、だから、彼にとって『特別』なものは、少なくともこの妖精國にはないものだと思っていた。

 

 おまえさんなんだよね。

 

 とゴローは言った。

 ガウェインの心を、その不安を見透かし、貫く言葉であった。

 

「俺が、この世界に楔を持ってるとしたら、それァおまえさんなのさね」

 

 なぜ──

 

 ガウェインの脳裏に、疑問とほぼ同時に、蘇る記憶があった。

 

 ──ありがとう。

 ──この恩は忘れない。

 ──いつか、必ず返すよ。

 

 最初の夜に、言われた言葉。

 訛りもなく、間延びもない、爽やかでしっとりと重い声だった。

 おそらく、モルガンですら知り得ない、ガウェインとゴローの二人だけが知っているやりとり。

 自分だけが知っている声で、自分だけが知っているゴローの姿。

 

「あン時、俺を見つけたのが、ガウェインじゃなかったら。俺が落ちていたのが……トリスタンやランスロット、スプリガンたちの前なら、たぶん、俺、あのまま死んでたろうさ」

 

 ゴローの言葉には、少し、照れがあった。

 淡々と予想することは、まぁその通りだろうと思える。

 彼らとゴローの現在の関係は、ゴローがその人間力を発揮した結果だ。

 死にかけで、何もできない人間など、容赦なく見捨てられるだろう。

 あの時、ガウェインは自らの騎士道に後押しされたから、ゴローに剣を渡したのだ。

 そのおかげで、彼は自身を蝕む『神の毒』を摘出し、蘇生したのだから。

 今ここにゴローが生きているのは、百パーセント、ガウェインのおかげである。

 太い指で、頬をかきながら、言う。

 

ガウェイン(おまえさん)だったから、俺ァ今、生きてンだ。おまえさんだったから、俺ァ、今、ここに立ってる。トリスタンやランスロットとも友達になれたし、スプリガンやウッドワスとも友人になれたンだよねぇ」

 

 だから、これは贈りモンなんだ。

 ガウェインが、俺にくれた贈りモン。

 だから、だからよ……

 

 二回言った。

 繰り返す言葉に別の言葉が続かない。

 ゴローにしては、珍しく、何を紡げば良いのか迷っているようだった。

 

「だから、ガウェイン。おまえさんが悲しい顔をするのに、俺ァ耐えられねンだよ」

 

 やっと吐き出したそれは、微笑みと共にあった。

 太くもない、重くもない。

 その表情は、いっそ儚さを帯びていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 モルガンを守れない。

 結果はどうあれ、その場にいなければ、ガウェインは自分を責める。

 そうなれば、ガウェインは落ち込む。ずっと引きずるだろう。

 それを、俺ァ見たくねンだ。

 そう言っているのだ。

 

 おまえさんを、言い訳に使ってるってことァ、否定しない。

 だけど、俺のその気持ちと考えは、ただの真実だよ。

 俺の世界の、俺の真実だよ。

 

 最後の方は、ゴローは振り向きながら言った。

 だが、照れているのがわかる。

 耳が、少し赤い。

 ガウェインから見ても、はっきりわかるほどに、赤かった。

 

 ふふ、とガウェインは笑った。

 嬉しさと、ええと、あと、なんだろう?

 

 わからない。

 言葉にできない。

 口に出てこない。

 形容できない暖かさが、身体中を満たしている。

 

 ──ああ

 

 それに、気づいた。

 

 これは、幸せなんだ。

 幸せで、私は今、満たされているんだ。

 

 ゴローの隣に駆け寄った。

 彼の顔を覗き込む。

 自分が、下から覗き込める大きさ。

 静かな微笑みを浮かべる顔。

 大きな傷を刻んでいる顔。

 

 ああ、私は──

 

 空の色は茜色。

 いつもと変わらぬ茜色。

 しかし、今日、今この瞬間。

 

 ガウェインの目から見えるそれは、とても優しい色に見えた。

 

 




第五章、チェインキャング終わり
第六章、TOO MUCH PAINへ続く
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