【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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地獄の後半戦、はじまりはじまり
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TOO MUCH PAIN
第一話:灰色の夜明けをただ黙って駆け抜けて、あなたに会いに行けたらなあ


0.

 

 

 なんだ──結局、私じゃないんだ。

 

 

 トリスタンはそう自答して、その場から去っていった。

 

 キャメロットの門前であった。

 茜色の空の下であった。

 

 侵入者があったと聞いて、トリスタンは合わせ鏡で飛んできた。

 慌てていたわけではない。

 トリスタンからすれば、お母様を狙った逆賊など、命知らずなクソザコだと思っていた。

 お母様に、勝てるわけないのに。

 玉座まで攻め込んだらしいのはヤバいけど、それだけ。

 この妖精國にいる存在で、お母様に勝てる者などいるわけがないと確信している。

 

 ……ただ、ひとりを除いて。

 

 まぁそんなわけで、逆賊はとっくに捕まっているか、縛り首にでもなっているか。

 要するに、トリスタンは堂々と後始末されているのを、暇つぶしと見に来ただけであった。

 案の定、トリスタンがキャメロットに着いた時には既に、侵入者は身柄を拘束されていたらしい。

 道ゆく妖精を捕まえて話を聞くと、どうやらその逆賊はグロスターのムリアンが買い取ったとのことだ。

 小賢しいことね。

 とトリスタンは思う。

 それより、トリスタンの興味を引いたのは、逆賊が捕まった経緯である。

 最終的にはランスロットともつれあって大穴に落ちて、そのままぶちのめされたらしい。

 そこは、まあ、どうでもいい。

 あのランスロットに襲われて、正面から撃退できる存在など、妖精國ではお母様か、アイツしかいないだろう。

 そして、そのアイツが、ランスロットが来るまで、その逆賊の相手をしていたらしい。

 くふふ、と笑みが溢れる。

 ああ、その場に、いたかったなぁ。

 きっと、摩訶不思議な術を使って、アイツは侵入者を手玉にしたんだろうな。

 ランスロットは、最後のトドメをさしただけ。

 アイツのことだもん。

 きっと、美味しいところを、ワザとランスロットに譲ったに決まってる。

 大きな身体。

 大きな笑顔。

 強い力。

 決して揺らがない心。

 それが、トリスタンの脳裏に浮かぶ。

 

 気分がいい。

 なにより気分がいい。

 ヒトの活躍だというのに、なんだか自分の手柄のように嬉しかった。

 アイツ、妖精國のことはどうでもいい、とか口では言うくせに、なんだ。

 なんだ、結局、お母様のこと、護ってくれたんじゃない。

 

 それが、その解釈が、トリスタンの歩みを軽くする。

 街ゆく景色が、その心と比べると、なんとくすんだ色であるか。

 弾む心は喜びである。

 

 キャメロットの城には、アイツ──ゴローはいなかった。

 飛び散ったガラスを片付けている官司に聞くと、『異邦人(ストレンジャー)』は、もう既に去った後だと聞いた。

 ああ、私としたことが、なんたるミスマッチ。

 アイツ、空、飛べるヤツだもの。

 もしかしたら、今頃雲の上かもしれない。

 でも、アイツ、妙に律儀だから。 

 毎回、城に来る時は、ちゃんとキャメロットの門を通って、出入りしてるから。

 合わせ鏡で直接玉座に飛ばずに、門前に飛んで、歩いたのだが、別の道を通ったのかすれ違ってしまった。

 だけど、今から門前に行けば、ばったりいるんじゃない?

 ばったり、会えるんじゃないかしら?

 

 そう思って、駆けていって──その声を聞いた。

 

 俺が、この世界に楔を持ってるとしたら、それァおまえさんなのさね。

 

 足が止まる。

 それは、アイツの声。

 まだ、遠くではあるが、はっきりとわかった。

 普段と同じ口調だ。

 声色は同じだ。

 だが、真っ直ぐな言葉であった。  

 飄々とはしているが、剛直さがあった。

 トリスタンはその声色に、聞き覚えがある。

 あの星空の下で、向けられたものであった。

 

 視線の先に、まだ、人差し指程度の大きさではあるが、ゴローと──

 

 彼に向き合う、色めかしたガウェインがいた。

 

 妖精の耳が、その声を拾う。

 

 ──おまえさんなんだよね。

 

 ゴローは、こちらに気付いてないようだった。

 たしかに距離はある。

 だが、遮蔽物はない。

 普段の彼なら、とっくに気づいている距離だ。

 だが、そのそぶりが全くない。

 こちらに気づかないほど、真剣なのだった。

 

 俺が、この世界に楔を持ってるとしたら、それァおまえさんなのさね。

 

 ……えっ?

 なによ、それ。

 アンタ、わたしの前で、泣いてたじゃない。

 アンタ、わたしの心を覗き込んで、泣いたじゃん。

 わたしに、星を……

 

 ──あン時、俺を見つけたのが、俺が落ちていたのが……トリスタンやランスロット、スプリガンたちの前なら、たぶん、俺死んでたろうさ。

 

 それは……そうかもしれない。

 だけど、そうじゃなかったよ。

 ううん、わたしだって、今は、オマエのこと、嫌いじゃないよ。

 わたしは、オマエの最初じゃなかったけど。

 でも、でもさ……

 

 ──ガウェインだから、俺ァ今、生きてンだ。おまえさんだったから、俺ァ、今、ここに立ってる。トリスタンやランスロットとも友達になれたし、スプリガンやウッドワスとも友人になれたンだよねぇ。

 

 ──……ッ!

 

 そんな、こと……

 

 ここで、はっきり書いておくが、トリスタンは決して『友達』と言われたことに、ハッとなったわけではない。

 彼女がゴローに抱いていたものは、色恋の類ではない。

 ましては、劣情の類では決してない。

 あくまで、純粋な情愛である。

 友愛と呼んでも差し支えはない。

 包容力、人間力に対する愛情である。

 トリスタン自身、ゴローのことは、ともだちだと思っている。

 それ以上は、まだ……

 

 だが、苦しかった。

 だが、切なかった。

 痛い。

 心に、何本も釘が刺さっているようだった。

 

 なんで、そんなことを言うの?

 わたし、オマエには酷いこと、してないじゃない。

 最初に出会ったのが、わたしであっても──

 

 そこまで、自分で自問して、トリスタンは、

 

『悪逆に振る舞え』

 

 自身にかけられた、自身の魂の楔に気づいた。

 

 わたし、ウソ……いや、違うの! 

 アイツを最初に見つけたのがわたしでも……ううん! わたしならっ!!

 

『残酷であれ』

 

 ()()()()()()

 

 そう、定められた。

 愛すべき、母に。

 愛している、母に。

 わたしは、わたし……

 

 悪逆非道のトリスタン。

 冷酷無情のトリスタン。 

 血の色で飾り立て、血で踊るトリスタン。

 

 それが、今の妖精國での、わたし。

 

 ──だから、ガウェイン。おまえさんが悲しい顔をするのに、俺ァ耐えられねンだよ。

 

 頬が、生暖かい。

 目尻が、あつい。

 気づいた時には、ボロボロと、涙がこぼれていた。

 だが、あの時と違うのは、それに吐き気が伴っていること。

 

「うっ……うぇっ……ぇっ……う、ぁぁっ……!?」

 

 どうしろと言うんだ。

 悪逆であれと、愛するモルガン(お母様)に定められた。

 そうあれかし。

 そう、在れ化し。

 

 だから、そうあった。

 だから、そう在った。

 だから、頑張って、

 だから、わからなくても頑張った。

 だから、そう、振る舞ってきたんじゃないか。

 だけど、それだったら。

 その時に、ゴローと出会ったのが自分だったら。

 わたしは、ゴローを見殺しにしていた……!!

 

「うっ……ぅぅぉえっ……が……あぁぁっ……」

 

 どうしろと言うんだ。 

 昔のわたし。

 無理ばかり積み上げられて、魂は押し潰されて、それでも、誰も、何も憎むことができなくて。

 無垢に愛されて、無邪気に壊されて。

 あのままじゃ、わたしそのものがすり潰されていたことぐらい、わかってる!

 だから、そうあれと着名(ギフト)をくれたお母様の言葉を信じてるんだ!

 お母様に愛されるためにも、その愛に応えるためにも、一生懸命悪逆に振る舞ってる!

 わたし、頑張ってる!

 わたし、頑張ってるじゃない……!!

 

 それを、アイツは理解してくれた!!

 あいつはお母様以外で、わたしのために涙を流してくれた!!

 

 ……それじゃ、ダメだったの?

 昔のわたしだったら、ゴローを生かそうとしたのかな……?

 でも、それだと、わたしは今、ここにいないじゃない。

 

 どうしろっていうのよ。

 どうしたら、良かったのよ!?

 

 頭の中で、矛盾が駆け巡る。

 思考が、ぐるぐると出口のない迷路を、駆け回っている。

 それがいっそう強い吐き気を催す。

 涙が止まらない。

 息ができない。

 くるしい。

 くるしい。

 

 トリスタンは走り出した。

 彼らとは逆方向に。

 きた道を、一心不乱に。

 走りにくいヒールで、懸命に。

 

 でも、城門にも辿り着けず、足を止めてしまった。

 

「どうすればよかったのよ……」

 

 思わず吐き出した。

 

「どうすればよかったのよ!!?」

 

 声は震えていた。

 涙は止まらない。

 涙が止まらない。

 

 そこに、影が、スッと現れた。

 トリスタンの正面に、見覚えのある男が立っていた。

 

 妖精國には不釣り合いな格好の男であった。

 その格好も、その笑みも。

 その頭の中も、その髪の毛も。

 その魔術も。

 あるいは、その趣向も。

 

 あるいは、その生き方すら──

 

 闇色の目が、メガネの向こうでぎらりと光っていた。

 ベリル・ガットであった。

 

「よーよー。どうしたレディ? 泣き腫らした顔してさ」

 

 ヘラヘラと笑う。

 それに、怒りすら感じないほどに、トリスタンは混乱していた。

 それに、不気味さを感じず、慈愛すら感じるほどに、混沌としていた。

 

 ベリル・ガットは優しげに微笑んだ。

 

「まるで、信じていた神サマにそっぽ向かれたみたいじゃねぇか!」

 

 その言葉、その単語(神サマ)の意味はよくわからない。

 だが、その言葉が、何の含みを持つのかは、嫌なほどはっきり分かった。

 

「イヤだよなぁ。せっかく、認めてくれるヤツが現れたのに……モルガンならいざ知らず……他の(オンナ)に取られちまうってのは」

 

 ベリルの言葉が、トリスタンの心の隙間に、ずるりずるりと染み込んでいく。

 這いずる泥のようなそれは、金縛りの力を持っていた。

 トリスタンは、ベリル・ガットから、目を離せなくなってしまった。

 だから、どうしようもなくなって、聞いてしまった。

 縋り付くように、手を伸ばしてしまった。

 悪魔(ベリル)に、願いを、囁いてしまった。

 

「……どうすればいいの?」

 

 ベリル・ガットは、静かに微笑んだ。 

 その時、その心中──獲物を見つけた蛇──が、如何な感情を渦巻かせているのか。

 決して、誰にも悟らせるまいとする微笑みであった。

 賢しい計算と卓越した自制心から繰り出される、渾身の笑みであった。

 

「なぁに。このベリルにお任せよ! レディ。オマエをステージで踊らせてやるよ。人生の、最高潮ってヤツを、オレが味合わせてやる……」

 

 ベリル・ガットは強い確信を持って、そう言った。

 トリスタンは、呆然としながら、その手を掴んだ。

 伸ばされたベリルの手を、掴んでしまった。

 冷たい手であった。

 ヒトのそれとは違う手だった。

 そこから伸びた、何か。

 それが、トリスタンの心に、ずぶずぶと重たく沈み込んでいく。

 それが、気持ち悪くて、でもひんやりと気持ちよくて、めちゃくちゃになった感情が嗚咽と共に吐き出された。

 

 ──ああ、わたしは……

 

 空の色は茜色。

 いつもと変わらぬ茜色。

 しかし、今日、今この瞬間。

 

 トリスタンの目に映るそれは、悍ましい死の色をしていた。

 

 

1.

 

 

「おかえり」

 

 キャメロットの城下町。

 朝と昼の間の時間。

 空は茜色。

 少し、雲が多い。

 

 上級妖精の専門ホテル。

 その一室。

 ガウェインが寝泊まりしている部屋であった。

 予約は一人。

 だが、ガウェインは息苦しさを嫌って、三人用の部屋を取っていた。

 最近の仕事は、モース退治のほか。

 牧場の見回りや人間、妖精の調教も込み込みである。

 あまりにあんまりな激務に、しかし文句一つこぼさず。

 しかし、だからマンチェスターは放置せざるを得ず、キャメロットのこの部屋を拠点としていた。

 

 夜通しでヘトヘトになって帰ってくると、そこに、ゴローがいた。

 手に、いい香りのする包みを持っている。

 

 ──なんで?

 

 ガウェインは呆気に取られた。

 ゴローはその顔がさぞ不思議なのか、首を傾げていた。

 いったん、手に持った包みをテーブルの上に置く。

 

 いや、なぜだ!?

 なんでいるんだ!?

 

 確かに、ゴローは瞬間移動(テレポート)を自由に使える。

 それはこの前ガウェインも味わった。

 確かに、ゴローは妖精や人間……というより物質や生命の持つ気配(力?)を自由に探れる力を持っている。

 そっちは、ランスロットやトリスタン、ウッドワスやスプリガンも知っていることだ。

 この二つの異能を組み合わせれば、ガウェインのいるところに、狙って瞬間移動はできるだろう。

 だが、ガウェインは彼に、キャメロットのどこに泊まるかなど伝えていない。

 ホテルはもちろん、部屋の番号も教えていない。

 おまけに、自分はさっき、やっとこのホテルに帰ってきたばかりだ。

 ピンポイントで部屋に先回りされていた。

 おまけに、今同時に瞬間移動した訳ではなさそうであった。

 

 それを尋ねると、ゴローは。

 

「ン──……おまえさん、匂いとか、色の残滓が強いから、どこに拠点作ってるのかぐらいは、まぁまぁわかるよねぇ」

 

 へっ!?

 わ、(わたくし)、そんなに臭います!?

 

 ガウェインが、ばばっと素早く腕や髪を鼻に持ち上げてクンクン嗅ぐと、ゴローはいやいや、そうじゃなくて。と言い直す。

 

「存在の色とか、魂の匂いってヤツさね。そもそも、妖精って人間ほど肉体の代謝をしないみたいだしねぇ。ガウェインの身体から、そんなキツい匂いはしないねぇ」

「……キツい臭い"は"? ……ですか」

 

 じろり、と睨みあげた。

 ゴローはマイったマイったと苦笑いする。

 

「甘くていい匂いする……って言やぁ、おまえさん、恥ずかしいだろうに」

「…………」

 

 ガウェインはその太い胸に、どすっ、と無言でパンチを打った。

 ほほ、いいパンチだねぇ。

 ゴローはうって変わって、いたずらな笑みを浮かべていた。

 それがなんだが悔しくて、ガウェインは無言のままどすどすと抗議のパンチを連打した。

 

 

2.

 

 

 ガウェインはタオルで身体を潤わせた水を拭き取っていく。

 大きなタオルを用意してもらっていた。

 

「……………」

 

 繰り返すが、部屋は一人用で取ったのだが、なぜかタオルが二組分存在している。

 出て行く時はなかったはずで、おまけにワイヤーで雑に結ばれた部分にかけてあり、水気を持っており、とどのつまり使用した形跡があった。

 ……ゴローは格好はラフだったが、身体には瑞々しさがあった。

 ……と、いうことは……

 

「…………」

 

 ゴローの気配はない。

 いや、気配がなくともいきなり現れたりするヤツだが、バスルームに押しかけたりはしないだろう。

 

 そろり、そろり、

 手を伸ばす。

 ひとりきりのバスルーム。

 ゴローは入ってこない。

 いい匂いがする。

 香ばしい匂いだ。

 狭い個室だ。

 だから充満している。

 彼は、あのタオルで身体を拭いたのだから、当然匂いが染み付いていた。

 彼の身体から必要なくなった老廃物が、少し付いている。

 

 ──ハァ……ハァァあぁぁ……!

 

 ぼたり、とよだれが落ちる。

 頬が熱を持つ。

 吐く息が短く、熱い。

 喉が鳴る。

 それに、手を伸ばす。 

 

「へぶしっ!!」

 

 と、外からでっかいくしゃみがひとつ。

 それで、ガウェインは我に帰った。

 

「おーい。なんか、エライ時間かかっとるケド……大丈夫かねぇ? 倒れたりしてないよねぇ?」

 

 心配の声。

 ガウェインは、なんでもありませんわ!

 と強く返す。

 手を引っ込める。

 よだれを拭き取る。

 

「な、なんでもありませんことよ……!」

 

 その目には、大粒の涙をひとつ、浮かべていた。

 

 

3.

 

 

 ベッドに寝転んだガウェイン。

 その足元、椅子……には座れないので、膝を折って目線の高さを合わせて、ゴローは聞いた。

 

「二時間、時間……くれるかい?」

 

 二時間、仮眠、取ってもらって。

 そのあと二時間だけ。

 とゴロー。

 

 仮眠時間の後、ですか?

 と聞き返すと、うん。と帰ってきた。

 

「ちょっと、二人きりで、寄りたいトコ、あンだよねぇ」

 

 首を折り曲げて彼を見る。

 少し首がキツい姿勢だ。

 ゴローはそれに気付いて、ベッドを回り込んで彼女の顔の隣に、自分の顔を近づけた。

 大きい顔が、傷のある顔が、ガウェインの目の前に現れた。

 その黒い目が、引力を持ってガウェインの眼を見つめている。

 

「ワルいけど、おまえさんの二時間。俺にくれ!」

 

 ああ、なんて真っ直ぐで、力強い目なんだろう。

 大きくて、黒くて、でも一筋、光があって……

 

(わたくし)でなければ、ならないのですわね」

 

 ゴローは深く頷いた。

 

「ああ。おまえさんじゃなきゃ、ダメさ」

 

 スプリガンや、ウッドワスじゃあダメさ。

 トリスタンや、ランスロットでもダメ。

 ガウェイン(おまえさん)じゃねぇと、これはできねぇ。

 だから、おまえさんの時間、二時間だけくれ。

 

「……わかりましたわ」

 

 ガウェインは、一旦目を閉じて、その言葉のもたらす気持ちの良さに浸った後、優しい口調で答えた。

 

「ただし……」

「ああ、仮眠は十分とってほしいねぇ……大丈夫よ、襲ったりしねぇからさ」

「…………」

 

 ケタケタと笑う。

 いたずらっぽく。

 ガウェインは、今度は恥ずかしくって、頬を赤くして、掛け布団で顔を隠した。

 

 ──と、

 

「いたっ!?」

 

 足から、激痛。

 反射で身体がぴん! と伸びた。

 

「あぁ──だいぶ、凝ってるねぇ」

 

 ゴローだった。

 彼が、片膝をついて、ガウェインの足の裏を指でぐっ、ぐっ、と押していた。

 揉みしだくように、指先から踵まで順番に。

 それが、めちゃくちゃ痛い。

 

「な、何を……ひゃん!?」

 

 足ツボ。

 と彼は短く答えた。

 妖精の中でも、おまえさんは特に、人間と身体、筋肉、関節、重心の構造が変わらんから、効くと思ってねぇ。

 その反応的に、案の定だねぇ。

 

 そうも言った。

 

「な、なんのこ……ひゃ! いやっ! いたたっ!! い、いや……」

「おお、かてェかてェ。こりゃあいくらナンでも歩きすぎだねぇ」

「ちょ! まって……あんっ!! け、蹴っちゃう! 蹴っちゃいます!!」

「別にいいよねぇ。対して効かないし」

「……」

 

 土踏まずがひどいねぇ。

 とゴリゴリ指でねじ込んでいく。

 涙目でゴローの顔を見ると、いたずらな笑みが浮かんでいた。

 なので、

 

「あいてッ!? ちょっと、こら! 意図的に蹴るのはダメよ? こら! 効かないケド痛いのは別問題だから……おうっ!?」

 

 わざとげしげしと蹴ってやる。

 んにゃろう、とゴローは指に力を入れる。

 

「ほーかねほーかね。そうくるかね! ……ほんとは整体ってのは指の力じゃなくて自重でツボを押すモンだが、ほーくるなら容赦せんよねぇ……」

「──いたっ!?」

 

 ちょ! いたっ!? ほんとうに痛いですわっ!!

 ちょ……ンっ! 

 あっ……イヤっ……あ、変なとこ入りました! 今ズブって変なとこ……ンっ!!

 あ、やめてっ! コリコリしないで!!

 指で押し広げてコリコリしないでっ……いたた……気持ちいい……!?

 

 げしげしと蹴られながら、むん、くん! 

 とゴローは足の裏を揉みほぐしていった。

 

 

4.

 

 

 ブリテン島上空。

 雲よりは下。

 ゴローは鎧姿のガウェインと手を繋いで、南下して行く。

 そろそろ、『名無しの森』の上空である。

 中心のキャメロットから、三十分とかかっていない。

 中々すごいスピードであった。

 

「ん──気持ちいいですわ」

 

 空の上だから、少し寒い。

 向かい風が強いが、火照っていた身体を二重の意味で程良く覚ましてくれる。

 

 スッキリした顔のガウェイン。

 あのまま、気づいたら一時間半ぐっすり眠れていた。

 身体が軽い。

 硬さが取れて、ほぐれている。

 

「そりゃア良かったねぇ。俺ァ、合計四十二回も顔、蹴られた甲斐があるよねぇ」

「す、すみませんでした……で、でも本当に痛かったんですよ!?」

「だけど、途中からスヤスヤだったじゃない。気持ちよかったようで、なによりさぁ」

「…………」

 

 言葉こそ棘があるが、声色に毒はなく、顔は屈託なく笑っていた。

 白い歯を見せて、きしし、と。

 笑顔、いくつもってるんでしょうか。

 まだ、こんなに、いろいろな笑い方をするのですね、彼は。

 

 ガウェインはゴローから視線を外す。

 下を見る。

 コーンウォールと、名無しの森。

 ティンタジェルも、一望できる。

 

 そして、妖精騎士としての五感が、そこの声を、表情を一方的に捉える。

 彼らは、名も役割も奪われて、隅に隅に追いやられた者たち。

 モルガン陛下の治世の、掃き溜めのひとつ。

 

「なんでもかんでも見るなァ、よくないねぇ」

 

 口を噛み締めるガウェインに、ゴローは言った。

 

「超人的五感のお陰で、なんでもかんでも見えちまう、聞こえちまうのはワカるけどねぇ。ガウェインはもっと、見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く能力を身に付けても、いいと思うよ、俺ァ」

「恥ずかしいですけど、十分そうしてるつもりですわ……」

 

 ガウェインが見ると、ゴローの眼は真摯だった。

 まだ、足りないぐらいだよ。

 と、その眼が言っている。

 ゴローはふぅ、と息を吐いて、

 

「あとで、教えたげるねぇ。その心構えからコツからね」

 

 と呟いた。

 同時に足元に遠ざかる『名無しの森』を一瞥して、

 ()()、そこか。

 いや、()()、そこなのか。

 とも言った。

 これは、ガウェインには聞こえない、心の声に等しいか細さで。

 

 ところで、とガウェイン。

 

「もっと南下するんですの?」

「ウン。この先なんだよねぇ」

「何があるんでしょう……この先はもう、光の壁ですわ」

 

 そこは、世界の果て。

 ブリテンの末端。

 外とブリテンを隔てる壁。

 そんなところに、何があるというのか。

 

「ン? あ、そういや言ってなかったか、ごめんねぇ」

 

 行き先が、という意味か。

 それとも、何に会うのか……何に向かっているのか、ということだろうか。

 

 ゴローはガウェインの顔を見た。

 笑顔であった。

 

「カルデアに会いに行くんだよねぇ」

 

 ──えっ?

 

 

5.

 

 

 ストーム・ボーダーの内部は暗い。

 主電源を全て落として、予備電源のみ使い、さらに節電しているからだ。

 ブリテンは電子機器を拒む。

 汎人類史にある科学、工学はこの世界にはないからだ。

 マスターとマシュ。そしてダ・ヴィンチは意気揚々と向かったが、作戦は予定より長丁場になることは、誰の目にも明らかだった。

 

「うっし、こっちの掃除は終わったぞ。キャプテン」

 

 ムニエルが雑巾を片手にキャプテン・ネモに話しかけた。

 雑巾は細かな埃を吸い上げて黒ずんでいた。

 ありがとう。

 とネモは言う。

 

「いいってことよ。ボーダーが広くて、むしろ感謝だぜ。マジでやることないから、掃除や整備してなきゃ、気がまいっちまうしな」

「すまない、僕ももっと手伝いたいが、流石に今、やたらめったらマリーンを出しっぱなしにするわけにもいかないからね……」

 

 ブリテンの風土は汎人類史を拒む。

 というより、この世界は、ここに本来ないものを拒む。

 汎人類史のサーヴァントであるキャプテン・ネモとシャーロック・ホームズは、食事こそ必要ないが、代わりにそこに存在するだけで魔力を消費する存在である。

 しかし、ブリテンの魔力は濃いが、その世界の性質と相まって、彼らには毒にもなっていた。

 ネモは、分身体のマリーンを最小限にしていた。

 普段は大人数。

 それこそ巨大なストーム・ボーダーをネモ・シリーズだけで維持することすらなんてことはないが、無駄な魔力消費を少しでも抑えるための、やむを得ない処置である。

 だが、そのおかげで、他のカルデアにスタッフにアナログな雑用が回ってきているのだった。

 

「へへ。ひと通り掃除もやったし、今日はここまでにしとくか。おっさんが今、厨房でベーカリーと『ムジーク流節約料理術』とかなんとか試しておやつ作ってるみたいだし、後でもらいに行こう」

「彼、本当にこういう状況に強いよね」

「ほんとな。おっさん、苦労してたんだなぁ」

 

 何気ない雑談が、今は気を紛らわせるには最適だ。

 ムニエルは雑巾、掃除道具一式をまとめた。

 それを持ち上げて──

 

「どうした、キャプテン? なんか、顔色悪くないか?」

「うん……すまない」

 

 暗がりでもわかるほど、ネモの具合が悪そうだった。

 

「おい、大丈夫かよ? ブリテンの空気にやられちまったのか!?」

「ちが、違う……こ、これは……」

 

 何かが、近づいてきてる。

 恐ろしい、何かが。

 

 ネモがそう言った時、

 

 どんどんどん。

 

 と、ボーダーを叩く、規則正しい音が響いた。

 ムニエルはネモを支えて、管制室に急いだ。

 

 管制室には、ゴルドルフ・ムジーク、シャーロック・ホームズ、ネモ・プロフェッサー、ネモ・マリーンたち。

 今のストーム・ボーダーのメインキャストが揃っていた。

 

「なななな、何かねこれは? 野鳥かね? 野鳥がこづいてるのかね!?」

「いえ、ミスターゴルドルフ。ここはブリテンの果ての(はて)、ブリテンの生物にとって行き止まりに近い果ての果て。野生動物の巡回する場所とは考えにくい」

「じ、じゃあ、やっぱ外に誰かいんのか!?」

 

 ムニエルとゴルドルフの不安。

 ブリテンの、異聞帯の王の刺客がきたのではないか。

 

「しかし、わざわざノックする意味がわからない。しかも、そのノックは入室の確認をとるスリーノック。叩くリズムも次のノックへの間も一定……意図的なものでしょう」

 

 ゴルドルフたちが青ざめる。

 不安はそれだけではない。

 ネモたちの体調が悪い。

 キャプテンは特に。

 

「経営顧問。なぜキャプテンらの体調が悪いのだね? 見たところキミは無事のようだし……ブリテンの、汎人類史を嫌う云々のせいではないだろう?」

「鋭い指摘です。彼らの不調はつまり、キャプテンたちにあって私や新所長にないものが理由でしょう」

「船……ってことか? くそっ! モニターで外部を見れりゃあ、こんなに悩まずに済むのに……!」

「とにかく、はっきりしている点を挙げましょう。まず、この何者かは我々に敵意はない」

 

 ホームズは語る。

 もし、ブリテンの──異聞帯の刺客なら、とっくに攻撃している。

 ボーダーに通じるかはともかくとして。

 しかし、行われたのはノックが二回。

 その後は何もなく、しかし、ネモたちの不調から、原因が遠ざかっているわけではない。

 

「じ、じゃあ……」

「その何者かは、今こうしている間も、ボーダーのすぐ近くで我々を眺めている……と言うことかね?」

「おそらくは……」

 

 狙いがわからない。

 恐怖心を煽っているのか。

 ストレスによる疲労を狙っているのか。

 

 頭を捻っていると、また、ノック。

 こんこんこん。

 今度は、すこし軽め。

 ゴルドルフとムニエルはどきりとした。

 

「あー……スマンけど、カルデアさん? で、間違いないかねぇ?」

 

 そして、ボーダー内部に響く声。

 ノックもそうだが、分厚く、超音速の余波ですら通さないボーダーの装甲を、まるで無視して、心に届く声。

 低く、静かな、男の声。

 

「な、何者かね!?」

 

 心を奮い立たせて拳を握り、ゴルドルフが尋ねた。

 声は、あっさりと答えた。

 答えになっていない、答えだった。

 

「シャーロック・ホームズと、レオナルド・ダ・ヴィンチいますかねぇ? そこに」

 

 ゴルドルフたちの視線がホームズに集まる。

 当の本人は、片眉を吊り上げて、彼らしい驚きを示していた。

 

「しししし、知り合いかね、経営顧問!?」

「いえ、聞いたことのない声です」

「あれぇ? ひどくない? ……ってこともないか。俺も、聞いたことない声だわ、()()()()

 

 ところで、と声は言う。

 

「ちょっと話がしたいンだけども、そっちから開けてくれなきゃ勝手に入らせてもらうケド……いいかい、それで?」

「入る……って、ボーダーに!?」

 

 ムニエルはキャプテンに目配せする。

 それは無理だ、とキャプテンは頷く。

 ハッチは全て閉じている。

 主電源を落としているためまず開かない。

 力づくで開けることもまず不可能だ。

 ボーダーの装甲を破るのだとしても、『神造兵装』並みの力がいる。

 

「失礼。アナタは話し合いと言ったが、それはなんに──」

 

 ホームズが言葉を止めたのは、その出現と同時であった。

 ゴルドルフも、ムニエルも、ネモたちも、言葉を失った。

 

 それ、は。

 それらは。

 本当になんの前触れもなく、ボーダーの中に現れた。

 

 大きい男と、大きい女。

 男は、身長二メートルよりもっと高い。

 上下黒い服に、黒い革靴。

 頭に、尾の長い白のバンダナ。

 黒髪が覗く。

 黒い眼で、太い唇。

 身体が太かった。

 よく鍛えられた、太い肉をまとっていた。

 顔に、痛ましい古傷があった。

 人間の規格は超えている身体だが、その顔の、その笑みの人懐っこさは間違いなく人間味溢れていた。

 

 女は、男ほど大きくなかった。

 だが、それでも女性にしては破格の上背。

 肉の着き具合、筋肉の発達具合もすごい。

 鎧を着ていた。

 金髪で長い髪であった。

 オッドアイ。

 その立ち姿に人ならぬ気品があった。

 カラフルな角があった。

 ヒトによく似ているが、人間ではなさそうだった。

 

 総じて、大きな二人。

 存在感のある、二人だった。

 

「扉を無視して、失礼」

 

 不法侵入だけど、許しねぇ。

 前置き、したもんね。

 男の方が言った。

 淀みなく、戸惑いもなく。

 こう言った反応に、慣れている様子だった。

 女の方は、戸惑いが見えた。

 慣れていない様子だった。

 

「な……」

 

 口を開こうとするホームズに先んじて、ゴルドルフが言った。

 

「なな、何者かね! キミらは!!?」

 

 ぺこり、と男は頭を下げた。

 堂に行った仕草であった。

 遅れて、女も頭を下げた。

 

「はじめまして。カルデア御一行様、でよろしいでしょうかねぇ?」

 

 丁寧なそれに、ゴルドルフたちの戸惑いは増している。

 ホームズが前に出た。

 尋ねる言葉は透き通る、彼らしい強い声色。

 難題に差し掛かった時、それを紐解かんとする名探偵の冷静な声。

 それは、揺らいでいるボーダーの空気をガチッと締め上げた。

 

「その通りですが……そちらは?」

「ブリテンの使い……かねぇ、一応」

 

 一応……?

 カルデア一行がその言葉に戸惑う中、

 ばたり、と音がした。

 キャプテン・ネモが倒れた。

 膝から崩れ落ちて、なんとか平静を保とうとしているが、見たことがないほど顔を歪めている。

 

「お、おい大丈夫かよ! おまえ、何したんだっ!?」

 

 その様子を見て、男はああ、と。

 

「ナルホド、その子、少なからず『神』が混じってンのね。だったら、スマンねぇ。俺の力、俺の存在自体がその……汎人類史ってトコだと、たぶん神殺しの超ベテランになっちゃうから、キツいわな、そりゃアね」

「何を……言って……」

「バカ! 喋んなくていいって! ナースのとこにいくぞ!」

 

 ムニエルの手を借りて、キャプテンは退場した。

 ゴルドルフは、プロフェッサーに大丈夫か聞く。

 

「私はーまだ……大丈夫です。はい。たぶん、キャプテンより、その、神的なものが少ないのでーたぶん」

 

 スマンねぇ。

 と男は言う。

 困ったように、眉を片方吊り上げて、目を八の字に垂らし、流し目で。

 

「飛ぶにしろ、瞬間移動にしろ、力をコンマ一秒は出すからねぇ。ワルいことを、しちまったや」

 

 太い、声であった。

 だが、本気でワルいと思っている声であった。

 

 ゴローです。

 と男は名乗った。

 

「先日、ブリテンに到着したばかりだろうけどねぇ。カルデアの方々に、お話したいことが、あるんだよねぇ」

 

 

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