【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:それぞれの痛みを抱いたまま、僕等必死でわかり合おうとしてた【挿絵追加】

0.

 

 

 寒い土地であった。

 

 ブリテン島の最北。

 茜空すら届かない銀世界。

 しんしんと積もった雪と雨が、溶けることなく春を迎える。

 ここはずっとそうだ。

 凍える冬の世界。

 誰かの涙の世界。

 

 滅びたせかい。

 

 おおよそ、生物が立ち入れる場所ではない。

 おおよそ、生命が営みを行える世界ではない。

 それでも、これが、ロシア異聞帯のように……全ての大地がこうであるのならば、人はそれでも、生きるために知恵と工夫を凝らして、生活圏へと変えていくだろう。

 だが、このブリテン島で、冬の気候をさんざんと見せつけるのは、ここだけだ。

 

 南部の世界は暖かくて、不便がない。

 北部の世界は賑やかで、彩りがある。

 

 だから、わざわざこんなところを住処にする妖精などいるはずもない。

 そもそもが、呪われた島であるブリテンの中でも、さらなる呪いに晒された土地である。

 だから、ここはブリテン島の住人たちから、忘れられたように人気(ひとけ)がなかった。

 

 ……ハズだった。

 

 そこに、青年が、ひとり。

 

 青いローブを羽織っていた。

 大きな杖を持っていた。

 ローブは生地が厚く、防寒性の高さを感じるが、インナーは肩が出ており、とてもじゃないがオークニーに住まうには不都合な格好である。

 だが、青年の指は寒さにかじかむこともなく、青年の息は相応の熱を持つが、白く吐き出されることもなかった。

 人ではない。

 人のカタチをしているが、人ではなかった。

 

 青年の周りに、狼が二頭、擦り寄った。

 大きな狼である。

 体毛が白く、柔らかく、ふさふさとしていた。

 あまりにも穢れのない成り立ちである。

 彼らもまた、普通の狼とは違う。

 しなやかな足運びである。

 決して他者に媚びることのない冷淡とした眼をしていた。

 その振る舞い、佇まいには、ある種の神聖さが感じられた。

 狼たちが、空を見上げる。

 それに、気づいたのた。

 

 空からやってくる、何か。

 凄まじい力を秘めた、何かだ。

 歯を唸らすことなどしないが、二頭共に、空の一点をきっと睨みつけている。

 

「よしよし。フレキ、ムニン。落ち着きな」

 

 青年が狼の頭を撫でた。

 片手に、杖を握っている。

 杖の先で、ゆらゆらと魔力光がゆらめいていた。

 警戒する二頭と違って、彼はわかっていた。

 これから、ここに来る存在について。

 いや、正確に言うと、何が来るのかはわかってはいない。

 だが、危険な人物ではないことはわかる。

 自分達に、有無を言わさぬ危機をもたらすものではない。

 なぜなら、彼に権能を託したオーディン(智慧の大神)が、降臨する何者かを知っているようであり、その『智慧の神(オーディン)』が、その者に敵意を抱いていないことが、代理人(よりしろ)たる青年には、よく分かっていた。

 

 それが、姿を現した。

 

 空から見下ろすそれは、大きな人間であった。

 ヒトの規格を超越した男であった。

 太い──肉の塊であった。

 身体が大きい。

 身にまとう肉が太い。

 服は真っ黒な上下。

 半袖の長ズボン。

 どちらも、服を、その内側から筋肉がぱんぱんに盛り上げている。

 とても寒そうな格好であったが、男は寒さを全く意に介していなかった。

 頭に純白の、尾の長いバンダナを巻いていた。

 長い二本の尾が、ゆらゆらと空を漕ぐように、横広がりにはためいている。

 シルエットだけを見れば、天使の羽のようにも見えた。

 青年には、ひとめで分かった。

 男は、その大きな身体に、この宇宙(せかい)の何倍もの大きなエネルギーを、内包している男であると。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ゆるり。

 そんな音がしそうな動きで、男は青年の前に降り立った。

 重さがない。

 圧倒的な重量を持つ見た目から、しかし、足音がなかった。

 

「なんだァ、やっぱり、じっさまじゃアないの」

 

 青年の前までさくさくと歩み寄り、おもむろに口にした言葉。 

 まるで警戒心がない。

 古い友に、出先でたまたま出くわしたような……

 だから、ついでに挨拶しとくか、とでもいうような……

 妙な馴れ馴れしさがあった。

 

「悪いが、オレはあんたの事は知らないね」

「ン? ああ。俺も、アンタのこたァ知らンよ」

 

 噛み合った、噛み合わない会話。

 

「ただ、にいちゃんの中にいンのは、オーディン(じっさま)でしょ? それともハールと呼ぶべきかい? まぁ、どのみち、例によって俺の知らンじっさまなンだろうけど」

 

 男の言葉に、青年──賢人グリムはああ、と頷いた。

 だけどよ、と男は言葉を続ける。

 

「かの主神クラスの絶対者(至高者)の中でも、こと、(ケン)に関しちゃあなたに並ぶものはほとんどおらんでしょうに。あなたが、そりゃあ……俺が知らンじっさまだとしても、じっさまの方は多角的未来視の一環で、俺ンこと、知ってるんじゃないかねぇ?」

「…………なるほどね、『智慧の神』サンは否定してねえな」

 

 でしょう?

 と男が微笑む。

 それで、なんのようだ?

 と賢人グリムは聞いた。

 

「いやァ。この一年、ずっと、こっからじっさまの気配を感じてたモンだから、じっさまがいンなら、俺がこの世界になンかする必要ねぇモンかと思ってたンたが……一向に動く気配がネンだもん。そンで、見に来たらよ、どうやらじっさまそのものは、この世界に降臨できてないみたいじゃアないの」

「まあな。()()()()()()()()はどうか知らんが、この世界じゃあ『智慧の神』サンぐらいの神格になると、降臨するだけでひとつの災害なもんでよ」

「強すぎるってなァ、ホント、どこの世界でも苦労するねぇ……」

 

 その、世界と強者を結ぶ気難しさが我が身の事であるように、たはぁ、と頭をぺしりと叩く。

 ハハハと小さく、声に出して笑う。

 男も、青年も、対峙してから口元に浮かべるのは、軽い笑みである。

 しかし、オークニーには、二人を中心になんとも言えぬ空間が形成されていた。

 濃い空気である。

 敵意ではない。

 殺気ではない。

 魔力ではない。

 しかし、二人が醸し出す何かが、空気の密度を濃く濃く塗り替えている。

 神通力。

 まさしく、神々(こうごう)とした神の力だろう。

 あるいは、神と神の対話とは、神話体系に置いて、人が聞くべきではない会話とは、こういう領域で行われるのだろうか。

 こういう領域において、ひとこと、あるいはふたこと。

 その言葉を理解できたものが、その他多くの人に、神の真言を伝えてきたのだろうか。

 汎人類史で言うところの、シャーマンと呼ばれる人間の精神がたどり着く境地とは、こんな場所なのだろう。

 

「『智慧の神』サンが、説明を求めてるぜ。なんでここにいるんだ、とな」

「そうだねぇ。じゃあ、情報交換といこうかねぇ。あっこの聖堂跡地の量子体とか、なんなのかねぇ、あれ」

 

 あ、そうそう。

 と男は言った。

 

「俺ァ、この世界ではゴローで通してるから、じっさまにはそう呼んでもらえれば嬉しいねぇ」

「オレはグリムだ、賢人グリム。じっさまはやめてもらえるかい? オレはまだ、お兄さんって感じなんでね。『智慧の神(オーディン)』サンの権能は預かってるが、一応本人じゃあないモンでね……まぁ、名前にヒネリはねえさ。まんまだわな」

 

 ふふふ、と男は笑う。

 

 ヒリヒリとした空気が、懐かしくも心地よかった。

 

 

1.

 

 

「良い椅子だねぇ」

 

 俺がなんなく座れるとはねぇ。

 

 ぐるりと椅子を円状に設置して、カルデアのメンバーと大きな男と女──ゴローとガウェインは、卓を囲んでいた。

 カルデアのメンバーは、ゴルドルフ・ムジーク、シャーロック・ホームズ、ムニエル、そしてネモ・シリーズの代表としてプロフェッサーとキャプテン。

 キャプテンの体調も先ほどよりはマシになったために、艦長の責任と強い希望により、本人が同席することとなった。

 プロフェッサーは全てに興味津々である。

 のほーっとした顔てはあるが、目が爛々と輝いていた。

 

 ゴローとガウェインが並んで座る。

 対面するようにホームズが、その両隣にネモたちが、そのやや後方にゴルドルフとムニエルが座っていた。

 ゴルドルフは当初、『自分が責任者だから』とゴローたちに先頭で対座することを主張したが、万が一を考えて、とそこはホームズが陣取ることになった。

 

 それにしても……

 ムニエルは、思う。

 なんてでかいんだ、こいつ……

 

 ゴローという男は、目の前に座っているだけだ。

 若干前屈みになり、両膝に両肘を乗せて、太い指を絡めている。

 ある意味敵陣のど真ん中であるのに、余裕の態度である。

 その顔には自信満々な微笑みを浮かべている。

 それには人懐っこさがあった。

 しかし、頬と鼻を左から右に貫通する、肉が抉れた太い傷は、仰々しく威圧感がある。

 椅子が沈み込んでいる。

 ぎしり、ぎしりと軋んでいる。

 

 なんという存在感であろうか。

 華があった。重さがあった。愛嬌があった。

 そこに在るだけで、否応なく人の目を集める力がある。

 例えば、綺麗に整えられた小部屋。

 パソコンがあり、テレビがあり、机があり……と言った、ごく普通のアパートの一室があるとする。

 そこに、なんの脈絡もなく、部屋の体積の大半を占める、ごろんとした大きな岩があったら、誰でも目を疑うだろう。

 こりゃ、一体なんなんだと、視線を集めてしまうだろう。

 ムニエルから見たゴローとは、そんな存在であった。

 規格外に大きい。見るからに、重い。

 ただ座っているだけで、常人とは桁違いの存在感がある。

 その場にいるものの意識を引き込む力とでも言うべきものだ。

 眼を瞑っても、目を逸らしても、意識の端に鎮座していて、気になってしまう類のものだ。

 隣のガウェインも、尋常ではない大きさである。

 計器で測定するまでもなく、尋常ならざる魔力を持っていることがわかる。

 それこそ、ハイ・サーヴァントの類と呼んで良いかもしれない。

 それは身長や魔力量だけでなく、見た目の筋量においてもそうだ。

 極めて大きい。

 極めて普通ではない。

 だが、二人がこうして並んでいると、ガウェインがまるで普通の女の子だと錯覚してしまう。

 ゴローの肉体、存在感、秘める力。

 それは、傍目で見ても、アトランティスでカルデアを支援してくれたギリシャ最高の狩人オリオンや、ギリシャ最大最強の英雄ヘラクレスのそれと並べても、全く見劣りしないだろう。

 

「お茶、すまないねぇ。飯にしても何にしても、節約中だろうに。ありがたいねェ」

 

 出されたお茶に、全く疑念を挟まず口にする。

 無論毒などは(ゴルドルフの言で)入れていないのだが。

 警戒心がまるで感じられない。

 ごほん、とゴルドルフが咳き込む。

 

「さて、話してもらおうか……と言っても、何から聞けば良いのかね? 経営顧問!」

「あなた方は何者なのか、ですかね。まずお互いの立場と、目的から話し合うのが手順かと」

 

 ホームズの言葉に、うんうん、とゴローは頷いた。

 

「本当にホームズなんだねぇ。俺の知ってるホームズは、もっとカワウソみたいな顔してたり、ハッパやりすぎて常日頃から目がギョロついたりしてたけど、うんうん」

「カワウソ……?」

 

 こっちの話さね、とゴロー。

 まぁ、何が混ざってるのか知らンけど、おまえさん、いかにもホームズって顔、してるもんねぇ。

 と続ける。

 

「俺ァいわゆる異聞帯の王の、客人さね」

「客人……ですか」

「うん。そもさんブリテン人じゃないねぇ。むしろ、分類的にゃあカルデアに近いかね?」

「つ、つまり、我々同様に汎人類史の人間……人間か、この身体で?」

「いや、そりゃァ違うんだよねぇ」

 

 ゴローはまず、そこから順に説明を始めた。

 自分が『この世界』とは別の宇宙から落ちてきたこと。 

 そこで数多の宇宙を創造する神々や超人たちと戦争をしていたこと。

 敗戦し追放され、死にかけた状態から救われて、現在この異聞帯の世話になっていること。

 カルデアが来ることはベリル・ガットやペペロンチーノに聞いて、あらかじめ知っていたこと。

 現在カルデアのマスターとマシュ・キリエライトが妖精國に突入していること。

 これに関しては、レオナルド・ダ・ヴィンチも同伴していることを、ホームズが追記した。

 ゴローの一言一句に、ネモ・プロフェッサーのメガネがキラキラと輝いていた。

 

「あなたの言う『別の宇宙』というのは、この宇宙の並行世界のことでしょうか? Mr.ゴロー?」

「いンや、たぶん()()()()別世界だと思うねぇ。よく似た別世界。枝葉で別れたンじゃなくて、根っこから違うと思うよ」

「なにをバカな! 多層世界論と、その領域を生み出す創造主。挙句その運営をする神々などと……完全に魔法の領域だ! ホラを吹くにしても大袈裟にも程がある……ホラだよね?」

「まぁ、おっさんの言いたいこともわかるわ。なんだっけ、ホラ。どっかの独裁者も『大きな嘘を民衆は信じる』、みたいなこと言ってたしな」

 

 まぁ、信じるかどうかは任せるさ。

 とゴロー。

 俺のプロフィールで、おまえさん方が知っとくべきなのは、大事なのは、俺が隔絶した力の持ち主で、物質領域では全能者だってコトだもの。

 

「Mr.ゴルドルフ。彼が全能者か否かはともかく、彼が魔法域に等しい、空間転移を使えることは確かです」

「し、しかしアレだよ? この男からは魔力の類はいっさい感じんのだぞ?」

「そりゃァ、俺の力が魔力原理じゃねェってだけの話だねぇ」

 

 ふふ、と笑うゴロー。

 こう言った詰問に手慣れている様子である。

 

「我々のことは、どの程度ご存知で? それとも、全能者であるゆえに、もう全てを把握しているのでしょうか」

「全部は知らンね。あくまでベリル・ガットとペペロンチーノに教えてもらった範囲だけさぁ」

「ホラ見たまえ! 自称全能者のくせに物知らずではないか! 大方、オリュンポスのゼウスと同じで、『全能』と形容できる程万能というだけなのだろう!?」

 

 それはそれでめちゃくちゃ脅威じゃねえかな……

 と隣のムニエルは思った。

 ゴローはそれに対して、怒るでもなく、諌めるように言った。

 

「能力としての全能と、在り方としての全知全能ってなァ、ゼンゼン違うモンだよ。まぁ、その辺もおいおい説明できたらするさね」

 

 

2.

 

 

 ホームズはゴローたちに、カルデアの話をかいつまんで説明した。

 五つの異聞帯のこと、クリプターのこと。

 『異星の神』のこと。

 ゴローはホームズの話を、自ら得た知識と噛み合わせながら聞いていた。

 所々でうん、うんと相槌を打ちながら。

 となりのガウェインは、要所でクエスチョンを浮かべながらも、口を挟むことなく一生懸命聞いていた。

 

 いったん、まとめていい?

 とゴローが言う。

 ホームズは頷いて賛意を示す。

 

「カルデアは別にブリテン……つまり妖精國を倒すとか思ってない。目的は汎人類史の時間で約二十四時間後に起こる『崩落』の調査と、聖槍ロンゴミニアドの確保……でいいかね?」

「それで間違っていませんね」

「良いのかよおっさん? こっちの目的全部話してよ?」

「ううむ……悩むべきところだが、我々はこの異聞帯には戦争しに来たわけではないのだ。争わず解決できる手があるなら、それに越したことはなかろう」

 

 つい、とゴローは視線をゴルドルフに移した。

 彼はひっ、と身を捩った。

 

「スゴいね。彼、底抜けに良い人だねぇ。ゴルドルフさんだっけ? 彼が、カルデアの責任者でいいのかねぇ?」

「ええ、Mr.ゴロー。現在のカルデアにおいて全責任を担う者こそ、Mr.ゴルドルフとなります」

「ふぅん……やっぱり、先にこっちに来といて良かったねぇ」

「そういえば、Mr.ゴローはマスターたちにはお会いになられていないようですが……」

 

 うん、とゴロー。

 

「その辺はね、今、ゴルドルフさんたちを見て確信したンだけどね。その、マスターくんって、ものスゴい良い子だよね?」

 

 ふん! とゴルドルフが強く鼻を鳴らす。

 そんなわけがあるか! と言っていた。

 

「命令は無視して無茶はするわ! 報告書の提出は遅いわ! 人のために命を簡単に捨てようとするわで……小僧は人理の再編者としては無茶苦茶もいいところだ! まったく、自分の行動が汎人類史の未来を担っている自覚があるんだがないんだか……!」

 

 ゴローはホームズに顔を近づけて、

 

 この人、いつもこんな感じなのかねぇ?

 

 と小声で聞いた。

 ホームズは、

 

 Mr.ゴルドルフは懐の広い方なのですよ。困ったことに、ある種の天才でしょうね。

 

 と小声で答えた。

 

「まぁ、だから、カルデアのマスターはものすごく良い子で、人のために涙を流せるタイプだと思ってンだよね、俺ァ」

 

 だから、

 

「妖精國で、本来の目的を隠して行動して、寄り道繰り返した挙句におっきな事件に巻き込まれちまう……とか、そんなコトやりがちだと思うンだよねぇ」

 

 そしたら、いざ会った時に、大事なところをはぐらかされるかもしれない。

 優しさと善意から、必要な嘘をつき、不必要に責任を背負い、傷ついてしまうお人好し。

 

 それは、ゴローが二人のクリプターから聞いて、予想していたカルデアのマスター像であった。

 ベリルからは、その飄々とした語り口の中に、いくつかの恨み節を感じていた。

 ペペロンチーノは言うまでもなく、嬉々として語る自身の視点からの彼らの冒険譚に、ある種の敬意と情愛を向けているコトを感じていたのだ。

 

「う、うむ。小僧ならそんなコト……やりそう。どうしようすごくやりそう」

「まぁ、あいつらなら、困ってる人がいたら助けるだろうな。マシュもいるんだし……」

「ダ・ヴィンチが付いている以上、引き際は弁えるとは思いますが……全面否定はできませんね」

「僕もそう思う。そんなマスターだから、こうして僕たちも手伝ってるんだしね」

 

 三者三様にマスターに想いを馳せるカルデアメンバーを見て、

 モテモテだねぇ。

 とゴローは言った。

 笑いを堪えるように、ふふと微笑むように。

 

「だから、カルデアの本来の目的を知るためにゃあ、先にこっちに来るべきだと思ったンだよねぇ」

「先ほどから気になっていたのですが、貴方は我々がここにいることを知っていたのですか?」

「いや、そりゃあね。モルガンだって気づいてるンじゃない?」

「……モルガン?」

 

 あ、言っちゃった。

 とゴローが口に手を当てる。

 ガウェインがきっ、とゴローを睨んだ。

 

「ブリテンで、モルガン……モルガン・ル・フェのことでしょうか? Mr.ゴロー?」

「ンー……ああ、もうメンドイからぶっちゃけると、異聞帯の王? はモルガンだねぇ。ル・フェの部分は名乗ってないケドね」

「ちょっと、ゴロー! 待て……」

「またない。ガウェイン、ちょっと、いったん最後まで話をさせてね」

「──ガウェイン!?」

「あ、やっべ……」

 

 まぁまぁ、とりあえず話を聞いてちょうだいよ。

 とゴローは言った。

 お茶を啜ってふぅと息を吐く。

 

「まず、モルガンはカルデアの侵入はとーっくに気づいてるよ、たぶんね」

「し……しかしだね、筋肉男くん。我々はブリテン到着時になんの攻撃も受けなかったのだよ」

「まぁまぁ、とりあえず話、させてもらっていい?」

 

 ゴローの話はこうだった。

 モルガンはその気になればブリテン全域の大まかな状態を知ることができる。

 ブリテンを覆う『光の壁』は南側が一番薄い。

 それを、モルガンが知らないはずはない。

 

「つまり、我々がブリテンに侵入するためには、南からくるしかないことは、わかっていた……と?」

 

 ああ、と頷く。

 

「おまけに、この世界は電子機器の類がほぼ使えンからねぇ。熱力学の恩恵に預かる近代人として、そらァ移動拠点そのままに島に乗り上げるのはムリなことぐらい、チョット考えたらワカるもの」

 

 城壁を一箇所だけ薄くして、敵の侵入ルートを誘導する。テルモピュライのスパルタみたいなモンだね……いや、ちょっと違うか?

 

「なぜ、モルガンは我々を攻撃しなかった……いや、敵意がなかったのか」

「自問自答の即決具合はさすがだねぇ。俺も、そうだと思うよ」

 

 ホームズが自己推理を進めてむふむと頷く。

 ゴルドルフはどういうこと? と聞いた。

 

「異聞帯の王……モルガンは、カルデアに強い敵対心は抱いていない可能性がある、ということです。Mr.ゴルドルフ」

「なにっ? じ、じゃあ今回は楽して話して終わりと言うことかね? 戦わずに済むと言うことかね!?」

 

 来る場所が、来るタイミングがわかっていたにも関わらず何もしない。

 まだ推論ではあるが、その可能性は高い。

 ならば、推理の段階を『それ(目的)』から『なぜ(理由)』まで上げる必要がある。

 ゴローはここで、新しい単語を切り出した。

 

「今ね、ブリテンじゃあ『予言の子』ってのが、流行ってんだよね」

 

 

3.

 

 

「なるほど……モルガンを倒し得る『予言の子』。妖精國の住民は、その者に期待を込めている、と」

「そうなんだよねぇ。んで、カルデアが来たタイミングが、『予言の子』の予言された日と、ほぼほぼブッキングしてンのさね」

 

 予言の内容にゃあ、『異邦人』のこともある。

 運命にしちゃあ、チョット作為的じゃない?

 

「そうですね……明らかに指向性を感じる」

「そりゃアね、モルガンだってバカじゃないもの。ひょっとすると『邪魔なやつを一網打尽にしちゃおう』って考えかも知れンけど……ちょっと、アンマリにもねぇ……」

「それが、あなたがここに来た一番の理由ですか、Mr.ゴロー」

 

 そうなのよ。

 とゴロー。

 

「世界最高の名探偵、シャーロック・ホームズがいるンなら、この俺のモヤモヤに、何かしらの光明を指してくれるモンかと期待したのさぁ」

 

 ホームズを正面に見据えて、ゴローはにんまりと笑う。

 それは期待を込めた笑みであり、目の前の人物が、自身の想定していた通りの有能さを発揮すると、確信した笑みであった。

 ホームズは顔の前で五本の指先を重ね、掌で三角形の空洞を作った。

 そこに少し顔を傾けて、集中した面持ちでふむ……と小さく言った。

 

「ところでよ、ゴローさん?」

「なんだい。えーっと、ムニエルくん……だっけ?」

「えっとさ、そっちの……ガウェインって女性は異聞帯のガウェインってことで、えっと……つまり……」

「モルガン陛下の部下だよ」

「ああー……やっぱりね」

 

 視線を集められて、ガウェインはう、うむ。と顔を上げた。少し戸惑いが見える動きであった。

 ゴローとホームズ(カルデア)の話は、大体は理解できているが、ガウェインには、そのニュアンスがまだ掴めていない部分も多かった。

 だが、とりあえず、カルデアそのものに反モルガン的な目的がないことだけは、十分に理解できている。

 

 そこだけワカってりゃ、十分さね。

 芯を掴んでる。流石だよ、ガウェイン。

 とゴローはガウェインに言った。

 

「彼女はブリテンで俺の面倒を見てくれててね。なに、いかに敵意がなくとも、ブリテンにとっての客人が、ブリテンにとっての敵陣に乗り込んで、好き勝手ごにょごにょするんだもの。流石に立ち合いのひとりでもいねぇと、不義理にも程があるでしょう?」

 

 今までの話だって、たぶん、ホームズは必要なことしか話してないでしょ?

 俺だってそうさ。

 彼女にとって、カルデアにとって、必要な話を自分なりに選んでるもの。

 

「この話はモルガンに通すのですか?」

 

 ゴローは頭を振った。

 

「いンや、言うつもりはねェ。モルガンのことだから、俺がカルデアに接触したこと自体は気づいてるだろうケド……たぶん、何も言ってこねェと思う。だから、こっちも何も言わン。聞かれたら、チョビっと話すかも知れンがね」

 

 そっちも、カルデアのマスターたちに、俺たちのことを言う必要はねぇさ。

 言いたいんなら、止めやしねぇケドさ。

 今、俺たちがカルデアに接触したことは、ひょっとすると早計かも知れンし。

 なにより……

 

「カルデアのマスターたちに、余計な混乱させたくはねぇンだ、俺ァね」

 

 ホームズなら()()()()、解ってくれるでしょう?

 

「……わかりました。こちらも、この話は内密に……」

「まちたまえ経営顧問! 小僧やキリエライトには何も話さないつもりか?」

「ダ・ヴィンチには教えます。返信文書に一筆、『これはワトソンのみに充てることである』と但し書きさえすれば、聡明な彼女のこと、意味は汲み取ってくれるでしょう」

「う、うむ。そうか……気は進まんが……」

 

 ありがとうねぇ。

 ゴローはそう言って、座ったまま、深々と頭を下げた。

 

「こっちはこれでお暇させてもらうケドよ、何か聞いておくことあるかい?」

「あ、あのーそれじゃあ多元宇宙のお話とか……」

「スマンねぇ。そいつを話すにゃァ時間が足りないねぇ、神学や哲学、宇宙物理学の講義になっちまうし。俺も、今日はガウェインには無理言って来てもらってンだ。そいつァまたの機会に……」

「あうー……」

「ま、楽しみが先に伸びたって話さね。落ち込みなさんな。何か持ってきてほしいモンとかあるなら遠慮なく言ってほしいねぇ。できる限りは、ね」

 

 眉を八の字に曲げて、困ったように顔を作って、ちら、とガウェインを見る。

 ガウェインはふぅと諦めの表情であった。

 スマンねぇ。

 合わせた視線に謝りを載せる。

 仕方ないですわ、とガウェインは視線で返した。

 

「あ、そうだ。ひとつ、頼みごと……いいかい?」

 

 なんでしょう?

 とホームズが聞くと、ゴローは言った。

 

「お醤油って、ある?」

 

 その後、ネモ・ベーカリーに頼んでお醤油を恵んでもらい、それを土産として二人はストーム・ボーダーを後にした。

 

 

4.

 

 

「敵じゃないってワカって、良かったねぇ」

 

 醤油ももらえたしなぁ。よかったよかった。

 キャメロットへの飛行中、ゴローは言った。  

 安堵の声色であった。

 

「確かに……陛下やベリル・ガットの口ぶりから、私は汎人類史とはブリテンの……陛下の敵になるものかと思っていましたわ」

 

 今まで、五つの世界を滅ぼした存在。

 ブリテンとは違う世界の者たち。

 アーサー王や円卓の騎士たちが存在した世界の者たち。

 相慣れぬものだと思っていた。

 その話に憧れを抱いた。

 円卓の騎士たちを、勝手に敬愛してはいた。

 だが、所詮は滅ぼすものと滅ぼされるもの。

 二律背反した存在同士は、反発しあい、決して馴れ合わぬと思っていた。

 

 だが、いざ目の前にした彼らは、普通だった。

 むしろ、妖精たちより遥かに弱い存在である。

 しかし、妖精國の人間たちの多くよりも、情緒に富んでいた。 

 あの彼らが、十全に信頼を置くマスターなるものが、今ブリテンにいるのだと言う。

 これなら、そのマスターたちとも、話し合いができるかも知れない……

 

 あ、とガウェイン。

 

 もしかして、ゴローはそれを(わたくし)に教えるために……?

 

 隣に並ぶ彼の顔を見る。

 視線に気づいたゴローは、にかっと笑った。

 さわやかな感じであった。

 どうだい、楽しかったでしょ?

 黒くて大きな目が、そんなことを言っていると思った。

 光が、見えたんじゃない?

 

 その光を、なんと呼べばいいのか。

 

「あなたは本当に……」

 

 ガウェインの言葉が茜空に染み入っていく。

 

 

 

 その約二週間後。

 西の人間牧場が円卓軍によって襲撃を受ける。

 手引きしたものは、『予言の子』と異界から来た『異邦の魔術師』であり、

 そして、彼らの対処にあたり、牧場を焼き尽くしたのが、ガウェインであった。

 

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