【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第三話:あなたの言葉がまるで旋律のように、頭の中で鳴っている【挿絵追加】

0.

 

 

 西の人間牧場。

 夜。

 普段なら、出荷を待つ人間たちは寝静まり、警備する妖精騎士たちも篝火を頼りに夜を越す箱庭の世界。

 

 その、小さな箱庭が、惨劇の舞台であった。

 

 城門になだれ込んだ円卓軍の兵たち。

 統率と数に押し負ける妖精騎士たち。

 手際よく解放される人間たち。

 

 その騒動の中心に、この世界とは似つかない成り立ちの、三人とひとり。

 

 『予言の子』、アルトリア・キャスターと、『異邦の魔術師』、カルデアのマスター。

 彼のサーヴァントであるレオナルド・ダ・ヴィンチと嘆きのトリスタン。

 

 にわかに活気立つ円卓軍。

 歓喜に包まれる箱庭の世界を、しかしガウェインは焼き尽くした。

 

 殿(しんがり)と残ったトリスタン。

 彼は右手五指を犠牲に、ガウェインを妖弦でがんじがらめにして動きを止めた。

 

 その上での攻防。

 勝ったのは、ガウェイン。

 

 キャメロットへ移動中、ガウェインはそれを思い返す。

 

 ──素晴らしい男だった。

 

 妖弦で拘束されたものの、こちらの動きに致命的な支障無し。

 対するトリスタンは、五指を失い事実上片腕。

 用いる武器も、明らかに近接戦闘には向かない、弓矢を改造した何か。

 で、あるにも関わらず、こと技量においては五分。

 いや、トリスタンの方が、片手を使えず、また、残った片腕でガウェインの拘束と同時に、武器による攻防を行なっていたと考えると、向こうのほうが純粋な剣技──技量では上だったかもしれない。

  

 結果としても、渾身のガラティーンを振るわずには決着出来ず、カルデアのマスターを取り逃した上で牧場を焼き尽くしてしまった。

 

 汎人類史のマスター。

 あのサーヴァントが、命をかけて逃した男。

 彼も、いい目をしていた。

 

 去り際に、こちらを振り返った。

 その目の中には、トリスタンの覚悟を受け止めた強さが眠っていた。

 もちろん、恐怖、唖然、困惑、悲しみ。

 それらの感情や状態が混ぜこぜでもあった。

 だが、いい目をしていた……と思う。

 

 本当は、話し合いたかった。

 先日のゴローとカルデアの話しに立ち合い、カルデアが、妖精國に対して根本的な悪意も敵意も持ち合わせていないことは十分に理解できていた。

 それが、いざ、当人たちを前にするとガウェインの中でカチリと音を立てて噛み合ったのだ。

 しかし、オーロラとの協定を破って人間牧場まで進軍した円卓軍は許せない。

 ましてや、結果的には彼らを手引きしたカルデアのマスターたちを、あの場で許すわけにはいかない。

 私は、モルガン陛下の騎士だからだ。

 妖精國の安寧を乱すものには、妖精騎士ガウェインとして、(けん)を振るわねばならない。

 あの場も、そう。

 (けん)を抜くしかなかった。

 あるいは、あの殿と残ったのサーヴァントは、その事情まで察したが故の、言動だったかもしれない。

 向こうが本当にその気になれば、こちらも腕の一本は斬り飛ばされていただろうと思う。

 ガウェインは、それほどの何かを、あの騎士然としてサーヴァントには感じていた。

 

 ゴローなら、どうしただろうか?

 

 私は、ゴローではない。

 もう、カルデアのマスターたちが逃げ切った今、こんな『たられば』に意味はない。

 だが、ゴローならば、どうしていただろうか?

 あの話し上手のことだ。

 牧場を焼くこともなく、カルデアのマスターを逃すでもなく、話し合いでペースに巻き込み、今頃キャメロットに連れ込む道中にいたかもしれない。

 

 ああ、逢いたいなぁ。

 

 彼の姿を思い出すと、胸がつん、と締まる。

 いよいよとなったカルデアとの戦い。

 なおも増え続けるモース被害。

 ノリッジに吹き溜まる『厄災』。

 その対処に追われて、この二週間、マンチェスターにはほとんど帰れていない。

 また、身体が硬くなっているのを感じる。

 また、足の裏のツボとやらを押してもらいたい気分だ。

 

 ふふ、とガウェインは微笑んだ。

 

 キャメロットまでは、まだ長い。

 夜道は星々に照らされていた。

 

 

1.

 

 

 キャメロットでの、氏族長の召集。

 モルガンの前に並んだのは、ウッドワスとスプリガンのみであった。

 

 北のノクナレアは当然の如く欠席。

 氏族の大量虐殺の後、行方知れずの鏡のエインセルも当然欠席。

 鏡越しにはグロスターのムリアン。

 そして、キャメロット入りを許されていないオーロラがいた。

 

 此度の会合の初陣は、スプリガンの意見。

 ノリッジの『厄災溜まり』についての話。

 次に、ウッドワスからの軍備増強の進言。

 最後に、遅れて到着したガウェインからの、牧場での出来事とカルデアのマスターの確認の報告。

 

 議会はつつがなく、とはいかない。

 しかし、ベリル・ガットとトリスタンの登場でいったんのまとまりを見せたのち、モルガンからの、『水鏡によるノリッジへの対処』という裁定が下されて、解散となった。

 

 召集が終わり、ウッドワスはキャメロットの廊下を歩く。

 お付きの牙の氏族を門前で先に待たせ、ひとりであった。

 

 向かう先は、キャメロットのテラス。

 

 大穴を眼下に構える、普段は妖精が立ち寄らない場所であった。

 

「ん……?」

 

 テラスを目視できる距離まで来て、ウッドワスは気づく。

 誰か、いる。

 

「おや? これはウッドワス殿。こんな辺鄙なところに何の御用で……?」

 

 スプリガンであった。

 テラスに設置された机、椅子に腰掛けて悠々と紅茶を飲んでいる。

 ウッドワスを見上げる顔は、打算抜きの驚きがあった。

 

「貴様こそ、なぜいる?」

「私はゴロー様に……」

 

 スプリガンは言い淀んだ。

 ウッドワスが舌打ちした。

 二人とも、今の短い会話で気づいた。

 

「あいつめ、謀ったな……」

「ええ、してやられましたね」

 

 肩をすくめるスプリガンに、この時ばかりは同意する。

 ウッドワスは、ゴローに召集の前に手紙で話をされていた。

 召集が終わった後、このテラスで落ち合いたい、と。

 話したいことがあるのだと。

 そして、それはスプリガンもそうなのだろう。

 肝心のゴローが姿を見せていないと言うことは、彼の目的は、ウッドワスとスプリガンの二人が、同じ場所で顔を突き合わせることが込みなのだろう。

 

「まぁ、座ってくださいよ。ウッドワス殿。こうしてあなたと二人きりというのも、珍しいワケですし……せっかくです、ゴローが来るまで、少しお話ししませんか?」

「……いいだろう。あの男のことだ。ただ我々を集めただけ、ではなかろうて」

 

 スプリガンの対面の椅子に、ウッドワスは腰掛けた。

 椅子も机も綺麗に磨かれたあとがあった。

 微量とはいえ、細かな灰がしんしんと吹き出して降り注ぐ大穴の前。

 おそらく、灰まみれであったこの椅子と机を、自分が座るから、とスプリガンが磨いたのだろう。

 意外と、几帳面なものだ。

 こう言ったことを、自分でやれる男なのかと、ウッドワスは少し感心した。

 

 対座する二人、ウッドワスが切り出した。

 先ほどの召集での、スプリガンの意見のことだった。

 

「スプリガン。貴様、あの男に絆されて、少しは変わったものだと思っていたが」

「ウッドワス殿、そうそう人は変わりませんよ。たしかに、私はゴローには多くの気づきを頂きましたが、私は私です。私の価値観の基本理念は、何においても変わらないのですよ」

 

 なにせ、私ときたら、特に。

 いかんせん、強情かつ年寄りなものでね。

 とスプリガン。

 そういう意味では、あなたもでしょう?

 と、言葉を上乗せして投げかける。

 

「そのことについては、むしろ、私より、あなたの方が詳しいはずでしょう。ウッドワス殿? 千年に一度の『大厄災』。それが、多少軍備を増強したところで、焼石に水でしかない、とね」

「………」

 

 モルガンには『大厄災』を止めるつもりがない。

 少なくとも、ウッドワスたちに、モルガンはそう言った。

 ノリッジを助けるとは言っても、ノリッジに降り注ぐであろうそれは、そもそも、『大厄災』の規模からすれば、微々たるものでしかないだろう。

 

「金庫城など、いくら増設しても『大厄災』は防げんぞ」

「そこは、まぁ。備えあれば憂なし、というやつですよ。無駄かも知れませんが、やれるべきことは、先んじてやっておくものかと思いましてね」

「ふん、何を持っても、己の利益が一番か」

「少し違いますが……まぁだいたいそうですね、私は」

 

 スプリガンは、くっくっ、と深い笑みを漏らす。

 今までならば、目の前でそんな表情をされたのならば、喉元を噛みちぎりたい衝動に駆られたことだろう。 

 事実、今、ウッドワスはムカつきを覚えている。

 しかし、今までと違うのは、それが暴力衝動に結びつくほどの熱を、持っているわけではなかったことだ。

 

「それよりも、オーロラの口のうまさにはまいりましたね」

 

 円卓軍と休戦協定を結んだソールズベリー(オーロラ)。 

 その上で、人間牧場を襲ったのは円卓軍である。

 どういうことかとモルガンが問い詰めると、オーロラは言った。

 

 彼らね、もう我慢ができなかったみたいなの。

 たしかにソールズベリーと円卓軍は休戦協定を結んでいますし、今のところソールズベリーにそれを破る気はありません。

 だけど、おそらく、円卓軍の子たちは正義感に駆られて勝手にやってしまったのよ。

 円卓軍への使者は、今朝方に私の方から、既に出しています。

 どういうつもりなのか私が責任を持って聞き出しますわ。

 その上で、どうか、モルガン陛下には恩情をいただきたいのです。

 幸い、西の牧場は取り壊す予定だったと陛下の言質もいただいたことですし、ガウェインの活躍もあって被害は最小限です。

 彼らに対する裁決を、私に一任させていただけませんか?

 

「──ですもんねぇ」

 

 あくまで、オーロラは知らぬ存ぜぬを貫き通した。

 そればかりか、モルガンの言葉を逆手にとってしまい、円卓軍を裁く一任を自分にするように誘導してしまった。

 結果的に、モルガンは円卓軍はオーロラにそのまま任せるといい、『予言の子』と『異邦の魔術師』については、氏族長全員に殺さず捕らえることを促すカタチとなった。

 

 恐ろしく頭が回る。

 西の人間牧場の警備が、手薄になる日を知っていたのは、何を隠そう、あの領地に最も近く存在する、オーロラだと言うのに。

 

「やはり、そうなのか……」

 

 あのオーロラの言動の不自然さ、違和感は、ウッドワスも感じ取っていた。

 スプリガンはええ、とひらりと手を回して頷いた。

 

「予想以上の曲者ですよ、アレは。私も、すっかり騙されていた。もっとも、本人には騙す気などないのでしょうが。だからこそ余計に厄介ですよ、アレは」

「……オーロラ」

 

 名残惜しそうに、ウッドワスはその名を呼んだ。

 ウッドワスもオーロラには、スプリガンでは測れないほど長い付き合いがあるのだ。

 二千年目の気づきであった。

 ため息のひとつ、出るのも仕方がない。

 

 静まったテラスを見計らうかのように、声が降ってくる。

 

「なんだ、ズイブン仲良さそうじゃないの?」

 

 二人が見上げると、ゴローがいた。

 彼は、音もなくふわりと降り立つと、スタスタと二人の間に立った。

 空気が変わる。

 神妙な空気から、飄々としたそれに入れ替わる。

 

「お待ちしておりましたよ、ゴロー様」

「おう、お待たせてスマンねぇ。ちと、野暮用あったンだよねぇ。あ、スプリガンには土産があるよん。前々から言ってたヤツ」

「そ、それは……もしや……」

「うん、お醤油さね」

 

 ゴローが、ガサガサと手に持った手包を開けると、そこには黒い水が半分ほど入った水飲みの容器があった。

 スプリガンがそれを、おおっ、と感嘆の表情で見つめている。

 ウッドワスには訳がわからない。

 あれが、なにか……スプリガンのお眼鏡に叶う芸術品とでもいうのだろうか?

 黒い水が?   

 毒のようにさえ見えるが……

 

「一体どこから? まさかご自分で作られたのですか?」

「おっとォ、出どころを聞くのはナシでしょ? 腐っても交渉品兼の、土産なンだからねぇ」

「おお、これは申し訳ない。私としたことが……」

 

 ありがたやありがたやと黒い水を受け取るスプリガンに、訝しむ視線を向けるウッドワス。

 思わず、聞いた。

 

「スプリガン……なんだ、それは……誰か毒殺するのか?」

「毒じゃありませんよ、ウッドワス殿。私をなんだと……いえ、まぁそう思われても仕方ありませんが……ふふ。まさかこのブリテンで、まさかこの歳になって、醤油にありつけるとは……長生きはするものですねぇ」

「ショウユ……だと……?」

 

 食いもんの付け合わせさね。

 とゴローが言った。

 

「菜食には、あうか?」

 

 ゴローはンー……と間を開けた後、

 

「あわンこともないねぇ」

 

 と言った。

 ちと、辛いケドね。好きなやつもいるさ。

 と付け加えた。

 

「召集、どうだった?」

 

 それで、と前おいて、ゴローが聞いた。

 スプリガンが、ほぼありのままの流れと、モルガンの裁定を話した。

 

「そっかァ……オーロラもやるねぇ。まさか、俺のお節介まで利用するたァ、てぇしたモンだ。自分の置かれた状態で、いかに自己を輝かせるかに特化してる。びっくりだよ。本当に、頭が回るねぇ」

「どうしますか? モルガン陛下にこちらの知ることを話して、オーロラを糾弾することもできるでしょうが……」

 

 ゴローはうんにゃ、と首を振った。

 

「『予言の子』とカルデアのマスターが妖精國に入ってる今、氏族長が欠けるようなこたァ余計な混乱を起こしちまうよ。ましてや、オーロラならなおさらね。ただでさえシェフィールドの件でパワーバランスややこしくなりかけてンだし」

「そうだな。これ以上陛下の負担を増やすわけにもいくまい」

「そういうウッドワスも、スプリガンも、シェフィールドの難民の受け入れ、ぼちぼちやってるでしょ? 特にウッドワスは、ボガードのライバルだったって聞いてるよ、俺ァ」

「……さすがに、耳聡いものだな」

 

 まァね、とゴローは笑う。

 すこし、哀れみ──同情が見えるそれだった。

 

 シェフィールドの陥落。

 妖精騎士三騎を出陣させてなお、その場でボガードを打ち取ることは叶わず、現れた『もうひとりの予言の子』の行方も知れず。

 シェフィールドの主力軍はボガードの元に集ったとはいえ牙の氏族で構成されていた。

 で、あるならば、亡命せんと助けを求める彼らを、ウッドワスは密かに、オックスフォードに受け入れていた。

 

「『もうひとりの予言の子』については、何か目処は?」

「スプリガン。おまえさん、わかってて聞いてるでしょ、それ」

 

 ジト目で睨みつつ、まぁ、ノリッジに来るだろうね。

 とゴロー。

 それは、スプリガンの予測していた通りの言葉だった。

 スプリガンはニヤリと口角を広げた。

 

「ええ。どちらが本物であれ、予言の通りならば、まずノリッジに……つまり、私の街に来るのは間違いない。それも、おそらくはあと十日前後に。私は堂々と待ち構えていますよ」

「それがいいねぇ。そこでスプリガン、おまえさんに頼みがあンのよねぇ」

「……なるほど、醤油をいただいた手前、断るわけにはいきませんね、これは」

 

 ゴローはごにょごにょとスプリガンに耳打ちする。

 それは、ウッドワスの耳ですら聞き取れぬほど小声であった。

 おそらく、声というより心に直接届けている類のものだろう。

 スプリガンはええっ、と目を見開いた。

 しかし、ごほん、と咳を吐いて、顔を振り向かせ、ゴローの目を見る。

 ウッドワスの目から見ても、ゴローの目は怪しく、黒々と輝いていた。

 子供が悪戯を考えついた。それも、とびきり楽しいやつだ。

 そんな目である。

 そんな目で、スプリガンを見返していた。

 

 スプリガンは、はぁ、とため息をついた。

 わざとらしくデカデカとしたものだった。

 

「わかりました、善処しましょう」

「ふふ、助かるねぇ」

 

 最終的にはスプリガンも苦笑いを浮かべていた。

 

 

2.

 

 

「入っていいかい?」

 

 キャメロットの上級ホテル。

 ガウェインが寝食を行なっているその一室にノックと共に、声。

 

 ガウェインは自分から扉を開けた。

 その先に、想像していた男が、想像通りの姿で立っていた。

 

「ゴロー……」

「おつかれ。頑張ったねぇ」

 

 労いの言葉を微笑みながら発するゴローを、ガウェインは部屋に招いた。

 ガウェインは椅子に座って、ゴローは正面に、膝を曲げて、目線がややガウェインの下にくる位置に顔を置いた。

 

「どうだったい? 汎人類史……カルデアのマスターとやらは」

 

 うん、とガウェインは頷きひとつ。

 

「いい目を、していたわ」

 

 自らの記憶を滲み出して、感情のままに言葉を出力する。

 重々しいガウェインのそれに対し、そっか、とゴローは軽く言った。

 

(わたくし)は、彼らのひとりを、討ってしまいましたわ」

 

 とても、素晴らしい騎士でした。

 と顔を俯かせながら、ガウェインは言った。

 それは、しょうがねぇさ。

 とゴローは言った。

 

「おまえさんは、モルガンの騎士として務めを果たしたンだ。そもそも牧場を襲ったのは円卓軍とカルデア側さね。だから、お互い、そこに恨みっこは無しさ」

「ああ、それは、わかっている……」

「でも、ボガードの件といい、わかってても、キツかったねぇ」

 

 大丈夫。

 俺ァ、おまえさんが頑張ってるの、知ってるからよ。

 とゴローは、俯きかけるガウェインの目を、下から覗き込んだ。

 笑顔だった。

 少し、困ったように眉を曲げていた。

 その笑顔が、その言葉が、なんだか、少しだけ、心を軽くしてくれる。

 優しい。 

 労わる言葉が、心に染みる優しさとなっている。

 

「わざわざ、()()しに、このためだけに、きてくれたのですか?」

「うん、そうだねぇ」

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 嬉しくて。

 

「マンチェスターの……」

 

 と、ようやく言葉に出たものは、領地のことであった。

 だが、言葉が詰まった。

 嬉しさからではない、喜びからでもない。

 

 ばちりと、

 ばちばちと、ガウェインの思考にノイズが走ったのだ。

 

 ──なんだ、今のは?

 

 しかし、すぐに止んだ。

 

「マンチェスターは、()()()()さね」

 

 ゴローはあっけらかんと言った。

 そ、そうか、とガウェインは歯切りの悪い答えを返した。

 

「これから、ゴローはどうするのだ?」

 

 さぁ……

 と珍しく、ゴローが頭を悩ませていた。

 

「ま、おまえさんが泣かなくて済むようには、したいねぇ」

 

 ──〜〜〜ッッ!!!

 

 ごまかしの言葉にしては、それはいささか破壊力がありすぎるのであった。

 

 

3.

 

 

 グロスターに向かう中で、カルデアのマスターは思い出す。

 

 妖精騎士ガウェイン。

 彼女を止めるために、トリスタンが覚悟を完了させた。

 

 ダ・ヴィンチに促され、背を向けた。

 トリスタンの覚悟を無駄にはしない。

 彼の望みは、自分が生き残ること。

 ならば、マスターとして、何がなんでも逃げ延びねばならない。

 

 そう、覚悟を決めたとき、

 

 ぞくり

 

 とした感覚が全身を包んだ。

 思わず、半身を振り返った。

 

 ──見られている。

 

 こちらを見ているものが、不思議と、見えた。

 

 はるか彼方である。

 牧場の壁のはるか先、はるか遠く。

 ()()は、こちらを見ていた。

 

 大きな男であった。

 組んでいる腕が丸太のように太い。

 足が長く、それ以上に太い。

 なめらかな岩の塊を、人間のカタチになるようにくっつけたような男であった。

 尾の長いバンダナを頭に巻いていた。

 顔には、微笑みを浮かべていた。

 しかし、目元は何を考えているかわからない、歪な黒さが見えた。

 

 何者かはわからない。

 だが、少なくとも妖精國の存在ではない。

 不思議と、それだけははっきりわかった。

 

 何十キロメートル……いや、百キロ以上離れた位置にいるだろうに、その姿はシワのひとつにいたるまで、克明に映った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何をしているんだ! はやく!」

 

 というダ・ヴィンチの声で我にかえり、そして、振り返って走り出した。

 そのまま、オベロンの助けで逃げることはできた。

 

 しかし、今だから思う。

 

 ダ・ヴィンチですら、アレには気づいていなかったのだ。

 あの瞬間、自身の意識というものが、牧場から、身体から引き抜かれて、あの男と二人だけの世界に、連れて行かれていたのだと。

 

 妖精國かぁ……

 

 はぁ、と息を吐く。

 今までの異聞帯も、驚愕と絶望はたくさんあった。

 

 だが、この世界で味わうそれは、

 おそらくもっともっと、とんでもないものなんじゃないかと感じていた。

 

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