【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
−0.
モルガンの心臓に、その手がのびた。
朝と昼を挟む時間だった。
キャメロットの城下では、『予言の子』を旗印にした円卓軍と、カルデアのマスターたち、そしてノクナレアの混成部隊が女王軍を次々に撃破している。
城下の至る所で火の手が上がっていた。
鉄火の響きがキャメロット全土に轟いている。
玉座の間。
玉座の上。
血まみれのモルガンがいた。
その周りには、首をもぎ取られた騎士たちの死体が、ごろごろと転がっている。
「が……あ……っ……! ご、ゴロ……ォ……き、さ……まっ……!!」
吐瀉物を散らしながら、モルガンが下手人を睨んだ。
その憤怒と怨痕を意に介さず、その男はモルガンの首を左手で掴み上げ、ずるり、ずるりとその太い右手をモルガンの胸に沈めていく。
体内に潜り込んだ太い手。
太い指が、胸の中をまさぐっている。
それは、モルガンの肉の内や、内臓をまさぐっているのではない。
指先が触れているのは、モルガンの存在そのもの。
モルガンを構成する全ての元素を、男はくまなく探っているのだった。
我先にと、剣や鈍器を手にモルガンに詰め寄ろうとしていた官司の妖精たちが、突然現れたその異様に言葉を失い、逃げる気力をも失っていた。
彼らの目の前で、蒼い魔力光がバチバチと、雷の如くまたたいている。
モルガンの身体から、凄まじい魔力が奔流となって、火花となって弾けているのだ。
凄まじい熱量である。
質量すらあった。
近づくだけで、掠めるだけで、妖精など魂まで黒コゲになるだろう。
だから、たとえこれを止める意思が、妖精たちにあったとしても、それは不可能であった。
誰も近づけない。
だから、だれも、止められない。
しかし、その渦中にあって、その全てを向けられて、全身にそれを浴びてなお、男は平然としていた。
四肢が腐り果てて、頭を割られ、魂が朽ち果てる寸前となり、ねばついた血溜まりの中で、ボロクズのように横たわるバーヴァン・シーの目にも、その光景ははっきりとわかった。
やめて……
声が、出なかった。
喉が引き裂かれて、潰されているからだ。
おかあさまがしんじゃう……
やめて……
やがて、ゆるりと手が引き抜かれた。
ぶちぶちとモルガンの細胞、繊維が、引き抜かれる手に滴っている。
全てが引き抜かれた後、モルガンの『胸の穴』から鮮血が空に向かって駆け登ると、男は左手を首から離した。モルガンの身体が玉座に崩れ落ちて、びくり、びくりと跳ねて、やがて、止まった。
それでも、かろうじて意識があった。
光のない目が、男──ゴローを睨んでいた。
「計画通りだよ」
ゴローは言った。
冷たい声であった。
間延びもなく、訛りもない。
バーヴァン・シーには、それは血の通わない声に聞こえた。
モルガンの粘液や血でべろべろに汚れた手の中に、光の球が握られていた。
「すべて、計画通りだよ。おまえさんが死ぬことも、バーヴァン・シーが死ぬことも、ねぇ」
モルガンにその言葉が聞き届いて、それから死んだことを確認して、彼は踵を返した。
歩きながら、掌の光球は、彼の体内にするりと飲み込まれていった。
歩く先にはバーヴァン・シーがいる。
もはや、ゴローを認識できているのか、傍目からはその機微すらわからない、腐り果てたモノである。
バーヴァン・シーは顔を、既にぐちゃぐちゃの顔を、さらにぐちゃぐちゃに歪めて、ゴローを見上げた。
顔は見えない。
目が機能していないからだ。
だが、奇しくも、その圧倒的な存在感が、ゴローがそこにいることを、バーヴァン・シーに教えていた。
ははっ
そして、バーヴァン・シーは笑った。
口角が僅かに吊り上がっただけの、ひどい笑顔であった。
もう、彼女のどこにも、星の輝き──星の輝きに胸を震わせた、優しくて温かな心はなかった。
ははは
ははははははっ!
みんな、だいきらいだ。
みんな、しねばいい。
ようせいも、にんげんも、よげんのこも。
こいつ、も、うそつき、だった。
みんな、みんな、しねばいいい。
けるぬんのす、
けるぬんのす。
おかあさまが、ゆいいつおそれていたかみさま。
わたしは、ねがいます。
わたしは、ささげます。
だから──
ぜんぶ、こわしてください。
おかあさまを、ころしたせかい。
おかあさまを、ころしたこいつ。
おかあさまを、すくえなかった、じぶん。
ぜんぶ、ぜんぶ……
ぜん、ぶ──
最期に見えたものは、なんであったのか。
最期に聞いたものは、なんであったのか。
最期に感じたものは、なんであったのか。
ゴローは腐り落ちて千切れたバーヴァン・シーの体を、そのひとつまで丁寧に拾い上げて、その全てを大穴へと投げ込んだ。
それからしばらくして、『予言の子』の勝利。
そして、モルガンが倒れたことを告げる勝利の鐘が、キャメロット中に鳴り響いた。
カルデアがブリテンに上陸してから──およそ四十五日目の出来事である。
1.
「『予言の子』を、キャメロットに招くことになりましたわ」
朝食の席で、ガウェインはゴローにそう言った。
ゴローは食パンの上にバターを塗って、その上に塩をふりかけた目玉焼き(半熟)をのせたものをモリモリと食べている。
既に八枚目であった。
「先日の、ノリッジのアレの褒美かい?」
ガウェインはええ、と頷いた。
先日、とうとうノリッジで『厄災』が噴出した。
山のような大きさの、泥の塊のようなモノが海から湧き出て、その大きさと質量を持って、ノリッジの街を潰そうとしたのだ。
しかし、街に居合わせた『予言の子』。
ペペロン伯爵と、『異邦の魔術師』の協力を得た彼女が、その厄災を討ち払って、ノリッジを救ったのだ。
その光景は、ゴローの目にも近しい景色であった。
何を隠そう、ゴローはその当時、スプリガンにした頼み事を、ちゃんと彼がやってくれているか確認のために、金庫城を訪れていた。
『厄災』と、その
さらには、直後に降り注いだ『水鏡』の魔術が、もうひとりの予言の子を何処かに消しとばすまでを、その目で眺めていたのだった。
ふふ……
と溢れる笑み。
ゴローのそれには含みがあった。
企みと閃きを胸に押し込めている笑みである。
あの『水鏡』。
空間に波紋を広げ、時間の力場に干渉していた。
その推進、その力の向きが、どこに向かって伸びているのか、ゴローにはひと目で分かっていた。
そして、その瞬間、ゴローの中で予測していた点と点が、ひとつの線で結びついていったのだ。
全ては繋がっている。
人に、歴史あり。
国に、歴史あり。
ならば、二千年続くモルガンと、二千年続く妖精國、一万四千年のブリテン島にもまた、ただならぬ歴史あり。
そう確信した。
その段階まで思考、考察が至ったのだ。
反射的にこぼれだしたものは、まず、その気づきに対する解放感。
難解な謎解きを終えた、ある種の達成感に、ゴローは微笑んだのだった。
「嬉しそうですわね」
その様子を見て、ガウェインは素直な感想を漏らした。
すこし、疑問を投げかけている。
ゴローは、いんや、とかぶりを振った。
しかし、全てを否定してはいない。
否定したのは半分だけだ。
「俺より、モルガンが、嬉しいンじゃねぇかな、これァよ……」
?
ゴローの言っていることが、ガウェインにはよくわからない。
モルガンが『予言の子』に拝謁を許したのは、間違いなくその敵意の確認と、品定めであろう。
おまえはまだ、私の敵足り得ない。
平たく言うと、モルガンは今の『予言の子』を舐めきっているのだ。
そして、今のおまえは私に舐め切られて当たり前の存在だと、現実を突きつけるために呼ぶのだ。
少なくともガウェインはそう思っている。
だから、軟弱な敵に、『
「ご一緒しますか?」
期待のこもった声だった。
しかし、ゴローは無情にもNOと言った。
「ワルいね。俺ァ今日、ちと先客がいンだ」
「そう、ですか……」
しゅんとなるガウェインに、ゴローは言った。
「そう落ち込みなさんな。逢えぬ時間が、その熱をより、高めるものさね。こういうのは、在る時間より、無い時間に何を想うか、何をするかが大事なのさ」
「あなたの言葉は、ときどき難しいですわ」
「だが、俺の想いは真っ直ぐだよ。ただひとつさ。千の言葉は、しょせんその道を舗装するに過ぎン。ただの装飾さ。それは、ワカるよねぇ?」
くすり、とガウェインは笑った。
釣られて、遅れて、ゴローもはは、と笑った。
「ドンといってらっしゃいな。せっかくだし、カルデアの子たちと親睦、深めちゃいなよ」
「ええ、善処しますわ」
2.
「あらー! ゴローちゃんおひさー!!」
「お久しぶり、ぺぺさん。それとも、伯爵と呼ぶべきかねぇ?」
「ンもう! ぺぺさんでいいわよ」
場所はノリッジ。
ペペロンチーノもとい、ペペロンーナ伯爵の領主館。
ゴローとペペロンチーノがいるのは、その客間であった。
「ワルいケド、手土産はないンだ。まぁ、ぺぺさんなら、大抵のモンは手に入っちまうだろうし、だいたいのモンがつまらンものにしか、ならンだろうがねぇ」
「あら? こういうのはお気持ちよ。何持ってきてくれても、喜ぶわよー!?」
「カーテンの、S字のシャーってするやつとかでも?」
「……訂正。最低限、使えるモノであればね」
んもう、イジワルねぇ。
とぺぺが言う。
ゴローはワルいね、ぺぺさん言葉も心も強いから、却って色々イジリたくなっちゃうンだわ。
と悪びれずに言った。
「あらあら、私をイジられキャラにしようって人、初めて見たかも」
「そりゃあもったいないねぇ。ぺぺさん、こんなに魅力的なのに、そいつを百二十パーセント引き出せるスペックのヤツァ、今までいなかったんだねぇ」
「もーそーなのよねー! 私ってば好き放題生きてきたから、私の周りって同類しか集まらなくてね! おかげで凸凹な関係ってやつを築けなくて困っちゃう。まぁ自業自得なんだけどねー!!」
ゲラゲラと大口で笑うぺぺ。
自嘲の言葉はなんのその。
この笑いひとつにペペロンチーノという人間の屈強さが現れていた。
さて、とゴローが言う。
すると、ペペロンチーノも視線をゴローに戻した。
きりっとした目である。
流石の切り替えの早さ。
相見える度に実感する。
その人間力の高さに、思わず、ゴローは微笑んだ。
「『予言の子』たちはモルガンの元に行ったわ。それは……もうご存知ね」
まぁね、とゴロー。
その上で、と続ける。
「すンごかったよ。街ン中、『予言の子』フィーバーさね。『予言の子』饅頭、『予言の子』石鹸、『予言の子』手ぬぐい、『予言の子』ドックタグ……よくもまぁ、短期にこンだけつくれるモンだ」
「そこはまぁ、妖精の万能さよね。願えばポンっと作れちゃう」
「作る過程を楽しめないたァ、もったいないねぇ」
「一部にはそうじゃない妖精もいるわよ? 本当に、ごく一部だけどね。スプリガンはそう言う子を重宝してるわ」
「ああ、そりゃァワカるよ。金庫城の妖精たち、何かしらの、人間的な一芸を持ってるもの」
おとと、話がズレちゃったねぇ。
とゴローが言う。
「カルデアの子たちとは、もう会ったんだよねぇ」
「イヤだわ、ゴローちゃん。全部見てたくせに、それ言うの?」
「……さすがぺぺさん、お見通しかね」
「あの時ノリッジにいたでしょう? あなた、失礼な言い方しちゃうと……私みたいなやつからすれば、存在が『巨大な空白』だから、却って動きがわかっちゃうのよね」
「ンー……やっぱそうかねぇ」
首を傾げて目を伏せる。
悩んだ様子を見せて、ひと間。
ゴローは言った。
「オベロンってやつァ、ぺぺさんから見てどうだった?」
「『予言の子』じゃ、ないのね?」
ああ、とゴロー。
そっちァ、今は大したことたァないでしょ、と付け加える。
なんで、とあえてペペロンチーノは聞いた。
「だって、見るからに強そうで、見るからに魔力バリバリで、『わたし強いですー!』みたいな外見、魔力振り撒いてたら、即予言の子狩りの対象でしょう?」
俺みたいに、見るからにデカくて強い存在は、否応なく目立つ。
だから、予言の子は並み以下の存在として生まれ、『その時』まで、並み以下の存在で在る方が都合がいい。
その、『予言の子』を送り出した、何者かにとっては、だ。
「まぁ、そうよね。今年十六歳です! 私もう見るからに特別です! なんてアピールしてたら、とっくに殺されてるわね……」
ペペロンチーノは知るか知らぬか、ゴローはもちろん知らないが、かのキリシュタリア・ヴォーダイムがまさにそれであった。
特別な才能を持ち、それを育み、『私は優れている』という自負を内外に放出していたが故に、彼は恨みと妬みを買って、一度死んでしまったのだから。
「それで、オベロンってやつァ、ぺぺさんから見てどうだった?」
声色が、変わった。
かすかな変調。
ピリッと、静電気ほどの刺激がペペロンチーノの肌を撫でた。
「『変質』ね」
ペペロンチーノは言い切った。
「あなたが『空白』とするなら、オベロンは『変質』……ただの一度たりとも存在を何かに留めない、止まらない流動体……そう感じたわ」
「それは、いわゆる魂──霊基が、ってコト?」
「いいえ、存在そのものが、よ」
「…………」
ゴローが静かに目を閉じた。
自身の脳内で、情報を噛み砕いているのだ。
ぺぺはすっ、と紅茶を注いで差し出した。
砂糖をたんまり入れたやつをだ。
ゴローはゆっくり目を開けて、ありがとうと、それを受け取った。
「ノリッジにやァ、戻らねえよね」
まだ、『予言の子』は鐘を鳴らしていない。
いずれ鐘を鳴らしに戻って来るのは間違いないが、まだ鳴らしていない。
街中には女王軍の兵士が派遣されて陣取り、スプリガンもまた、建前上ではあるが、私設軍を動かしている。
今戻るのはリスクが大きい。
そのぐらい、百戦錬磨のカルデアのマスターたちが、わからないわけはないだろう。
そうね、とペペロンチーノは言った。
かと言って、ソールズベリーにもいかないだろう。
グロスターでのオークション騒動も、音に聞いたばかり。
オックスフォードには行くわけがない。
未だ廃墟廃城のシェフィールドにも、行く理由はないだろう。
北上するか?
だが、鐘を鳴らしもしない『予言の子』を、北の、王の氏族が欲しがるだろうか?
となれば、どこへゆくだろうか?
「円卓か?」
頭の中で消去法の末に残った単語。
浮かぶ姿はヒーロー然とした快男児、パーシヴァル。
先の人間牧場の咎は、オーロラに一任されていた。
しかし、結論から言うと、オーロラはこれを許している。
あくまで、円卓軍の一部が勝手に行ったこと。
あれは、円卓の総意ではなかった。
そういうことで、話は落ち着いていた。
ともあれ、オーロラの機転で女王軍からの殲滅は免れた円卓軍ではあるが、オーロラを裏切ったという一点は重く、各領地の妖精、人間たちからの信用は堕ちていた。
なればこそ、円卓軍は今、『予言の子』が欲しいハズだ。
ノリッジを救いし英雄。
モルガンを倒しうる旗印。
それが、円卓軍に加わることは、信用の回復。
ひいては円卓軍に、更なる士気の向上と、軍拡をもたらすだろう。
まさに、汎人類史でいう、ゴローの知るフランスでのジャンヌ・ダルクといったところ。
ゴローは、パーシヴァルがそういう下心を嫌うのはわかっているが、それはそれとて、である。
「私もそう思うわ」
かくいう、ペペロンチーノにも、伯爵として円卓への支援を頼まれているのだと言う。
他でも無い、オベロンから。
「ゴローちゃんも、円卓に……ロンディニウムに行くのかしら?」
「いンや。まだほかに、やる事があンだよねぇ」
顔合わせはまだだねぇ、いそがしいそがし、と呟くゴロー。
ふ、とペペロンチーノは短く息を吐いた。
笑みが溢れたのだった。
なンか、おかしいかい?
とゴローが言うと、ペペロンチーノは、
「あなた、本当に働き者なのね」
さまざまな意味が込められた言葉であった。
ペペロンチーノの知る限り、全能──つまり、根源的領域に近づけば近づくほど、その魔術師は能動的に世界に働きかけることはなくなる。
それは、全能故の無能ではなく、全能故の弊害である。
全能者が動けば動くほど、世界に否応なく歪みをもたらし、運命を悪い方へ悪い方へと転がしてしまうからだ。
この世界には、抑止力も、星の意志もある。
宇宙的根源と、
惑星的運命は、
得手して反り合わぬが通例だ。
あるいは、真逆。
人の倫理と境界を超えたものは、人のことなど気にもせず、世界を粘土のように捏ね回すのが常だ。
だというのに、ゴローは自らを超宇宙的な──全能者であると言って憚らず、おそらくそれは事実であろうとペペロンチーノは確信している。
だが、彼は勤勉である。
足を動かし、言葉を使って人に働きかける。
本の文字を、インクが滲んだ紙を、その単語ひとつひとつを優しく撫でてしまう。
人間の食物、それを食べる前に手を合わせて、その繊維のひとつひとつに感謝を捧げている。
小さな星の、小さな命に興味津々なのだ。
彼が、この星の行方自体に興味がないのは事実であろう。
だが、
ペペロンチーノの目から見ると、それはまことに異端であった。
だから、ちょっと、面白かった。
ゴローは、かあっと頬を染めた。
まぁ! とペペロンチーノが驚いた。
本当に、心の底から恥ずかしがっている。
言われて、自分の勤勉さに気づいた顔だった。
流石のペペロンチーノも、全能者のそんな表情を引き出せるとは、思っていなかったのだ。
「べ、ベッキャロウ! ハズかしいこと言ってンなよぅ!」
「ふふ、ごめんなさいねぇ。でも、さっきイジってくれたお返しよ」
ウインクを投げるペペロンチーノに、
このやろ……と苦笑いを浮かべる。
たまらんねぇ、ぺぺさんは。
と負け惜しみ気味に言った。
3.
「なるほど、それは……怪しいですね」
「でしょ? 名探偵ホームズ・センサーにバリサンでしょ?」
「なんだそりゃあ?」
ストーム・ボーダーの管制室。
ゴローは再びそこに赴いて、ホームズにこれまでの事情を伝えていた。
ホームズのところにも、ダ・ヴィンチからの報告書が届いたばかりであり、二面的に表現された状況を、脳内で噛み合わせていく。
特に気になる単語は、やはりオベロン。
自称、汎人類史のサーヴァント。
カルデアのマスターはもちろんのこと、『予言の子』の導き手。
「マシュは、どこに行っちまったんだろうな? ゴロー、あんた全能なんだろ? わかんねぇのか」
「それを紐解くのは、俺の役割じゃねェさね。もちろん、ムニエルくんでもねぇ」
「……生きてるのだね、キリエライトは」
「それは間違いないよ、ゴルドルフさん。全能者として、神としてのゴローが保証しましょう」
ほっ、とゴルドルフが胸を撫で下ろす。
「あ、あの〜、約束していた多元宇宙について……なんですが〜」
ネモ・プロフェッサーが、くいくいと細い指でゴローの服を引っ張った。
ゴローは、
「そうだねぇ。じゃあ、思考に耽る名探偵に噛み付かれないように、向こうで話そうかねぇ。ビッグバンと"神の鉄槌"についてはありきたりだし。まず、エヴェレット解釈の多層世界構造から言ってみようかねぇ? ワカる? エヴェレット解釈?」
「量子力学の、二重スリット実験のことですね〜! わーい! 聞きたいです〜」
「わーい! なんの話かわかんないけど、僕らも聞くー!!」
「今回は、エヴェレット解釈における平行世界の発生原理と、超宇宙的俯瞰視点からみた人間原理との符号性を比較していこうかねぇ。どうも、
「わーい〜! もう、ワクワクしてます〜」
「わーい! もう、何言ってるかわっかんなーい!! でもたのしそー!!」
いそいそとマリーンたちに囲まれて、ゴローはホームズから離れていく。
ついでに、内容が面白そうだとムニエルもついていった。
別に噛みつきませんよ、とひとこと思いつつ。
ホームズは、思考に耽る。
星を滅ぼす『崩落』。
モルガンと妖精の在り方。
なぜ、モルガンはル・フェを捨てているのか。
『予言の子』とはなんなのか。
なぜ、このタイミングでカルデアが来ることになったのか。
オベロンとは。
汎人類史とブリテン。
現実と空想が入れ替わった世界。
どこで袂を分かったのか。
一万四千年前に、何があったのか。
一万四千年……
それは、ギリシャ異聞帯で聞いた。
『白い巨人』の訪れた日だ。
地球が、神々が滅んだ日だ。
聖剣、エクスカリバーが生まれた日だ……
ホームズは目を見開いた。
まさか……
いや、だが、まだ仮定の話だ。
まだ、証拠が足りない。
物証も言葉も足りなさすぎる。
仮に、それが正しいとして、現状ではそれと、オベロンという存在を結びつけるものがない。
あるいは全能者たるゴローならば、その単語を埋めることが可能だろう。
だが、彼は知っていても答えまい。
だから、ひとつだけ、質問する。
決して、答えに直通しない質問を。
「Mr.ゴロー、ひとつ、よろしいかな?」
「なんだいホームズ? 靴でも磨いて欲しいのかい?」
ホームズは、聞いた。
背中越しに。
「ブリテンに、『神』は存在するのでしょうか?」
背中越しである。
にも関わらず、ホームズのその、探偵として卓越した五感が、ゴローが深く、太い笑みを浮かべたことを悟った。
第六章終了
第七章、TRAIN-TRAINに続く