【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第七章はじまりであり、話数的に折り返し(25/50)です。
最後まで、暇潰しとお付き合い、何卒よろしくお願いします


TRAIN-TRAIN
第一話:弱い者たちが夕暮れ、さらに弱いものを叩く


0.

 

 

 ノリッジでの『厄災』から数日後。

 ソールズベリー。

 朝の時間。

 空の色は茜空。

 

 ソールズベリー大聖堂の中。

 一階の大広間。

 誰にも見られていないことを確認してから、コーラルは目を閉じてふぅ、と息を吐く。

 心配、不安、そして、焦り。

 そう言った感情がまぜこぜになっていた。

 突然、オーロラが言い出したのだ。

 

 ──ウッドワスと、デートするわ

 

 と。

 それで、準備を任されていた。

 思わず、こんな時に!? と言いかけた。

 ノリッジが『予言の子』に救われて、今ノリッジでは軽くお祭りのようだと言う。

 その(たかぶ)りを鎮めるためにも、モルガン陛下は女王軍を派遣された。

 そして、同時に、陛下は『予言の子』の動きを予想された。

 彼女たちは、また、必ず鐘を鳴らしにノリッジに行くと。

 だから、先手を打ってウッドワスに出撃命令を出したはずなのだ。

 キャメロットに住まう風の氏族からの風の知らせで、オーロラとコーラルはそれを知っていた。

 だというのに、このタイミングでウッドワスの店でデートとは、オーロラの腹積りがコーラルにはわからなかった。

 

 いや、わかってしまうから。

 わかってしまうからこそ、負の感情が湧く。

 それを、堰き止めることができずに、こうして誰にも見られない場所で、吐き出しているのだった。

 

「ため息が似合うのは、良くないねぇ」

 

 しかし、誰もいないはずのここから、声がする。

 コーラルはばっ、と顔を上げて、それを見た。

 

 大きな男だった。

 空間を光で形成する大聖堂とは真逆で、黒でその身を固めた男だった。

 見覚えがある。

 というより、知っている。

 直接見たのはランスロットとスプリガンと、円卓軍の協定を結ぶ時に仲介していた男。

 

「なにか御用ですか、ゴロー様?」

 

 全能の『異邦人(ストレンジャー)』。

 コーラルにとっても、恐るべき異能者である。

 ゴローは、自分を前にして、理性的に、凛とした態度を崩さないコーラルに、感心していた。

 

「うんうん。そうやって、凛々しくしてる方が、似合ってるねぇ」

「からかわれにきたのですか? 私は今、忙しいのです」

「大聖堂で、ため息つくのにかい?」

「………」

 

 じろり、とコーラルが睨む。

 ゴローはワルいワルい、と手をひらひらさせた。

 

「ウッドワスの足止め、この状況で……なぁに考えてンだろうねぇ、オーロラは……」

「黙りなさい! オーロラ様への愚弄は許しませんよ」

「ふふ……別に許してもらおうたァ、思ってないよねぇ」

 

 コーラルの視線が刺すようなそれに変わる。

 ゴローは表向き、表情ではコワいコワいと慄くが、その心が戯けているのは誰の目にも明らかであった。

 

「なんの御用ですか」

 

 コーラルの問いは、より呼気を強めた。

 ゴローはへっへっ、と笑って、あっけらかんと言った。

 

「なぁに、コーラルちゃんの顔を見にきただけさね」

「……なんと?」

 

 怪訝に顔を歪めるコーラル。

 ゴローはまだ、へっへっと笑っている。

 ほんとにそれだけさね、と自身の言葉を補完した。

 

 ふっ、と音もなく、ゴローは消えた。

 

 本当に、なにもしなかった。

 本当に、自分の顔を見にきただけなのか?

 怪しい……

 ゴローも、自称では人間と言う。

 たしかに、彼の振る舞いは下等生物のそれと良く似ている。

 だが、彼らと違って、行動の底が見えない。

 真意が読み取れないのだ。

 なにを考えているのか……

 

「コーラル、馬車の準備はできましたか?」

 

 オーロラの声が降り注ぎ、コーラルはいけないいけないと目を閉じた。

 自分は、オーロラの従者。

 それが、目的だ。

 だから、生きている。

 余計なことは考えない。

 それは、自分が生きるためには必要ない。

 

 オーロラを迎えるために、コーラルは大聖堂を登った。

 

 しかし、あの妙に太い笑みが、いつまでも頭の片隅に残っていた。

 

 

1.

 

 

 ネクタイを締める。

 ジャケットから糸くずを取る。

 鏡の前で毛並みを確認する。

 

 ウッドワスは、神妙な面持ちであった。

 部屋には自分ひとり。

 普通、こういうめかしこみは、従者を伴って行うものだが、己の心の整理のためにも、ウッドワスはひとりであった。

 己の心に、何度も問いかけているのだった。

 ある疑念、ある疑問を。

 疑えば疑うほど、それは色濃くなっていく。

 それを払拭するために、また思考の渦に飛び込んでしまう。

 ウッドワスの理性は今、出口のない迷路にあった。

 

 ぴくり、と彼の鼻先が小刻みに震えた。

 ウッドワスは、ゆっくりと顔を振り向かせた。

 

「俺の到着に気づくたァ、さすがだね、ウッドワス」

 

 やるねぇ、と男は言う。

 ゴローか。

 とウッドワスはその名を呼んだ。

 低く、落ち着きのある声であった。

 ゴローは出入り口から入ったわけではない。

 瞬間移動(テレポート)

 氏族の長の住居に参じるには、いささか強気がすぎる。

 しかし、不躾なそれを、ウッドワスは、今は怒る気にはなれなかった。

 

「迷いがあるなら、行くのはやめときねぃ、ウッドワス」

 

 ウッドワスの心を見透かした言葉であった。

 しかし、ウッドワスは装飾を探す手を止めない。

 再び、ゴローに背を向けた。

 

「……オーロラとは、付き合いが長い」

 

 その言葉、簡単であるが重い。

 長い付き合いというもの。

 スプリガンのようにはいかない。

 やつは、オーロラとはせいぜい百年。

 短い付き合いしかない。

 やつのようには割り切れない。

 それは、ウッドワスの人間性からも来ている迷いである。

 だがそれ以上に、やはり亜鈴たる彼には、モルガンの剣たる彼にとって、女王歴の始まりからあるオーロラとの付き合いには、いわゆる人間の尺度(スケール)では計り知れぬものがあるのだろう。

 妖精の尺度を鑑みても、それはやはり、長い歴史なのだろう。

 その分だけ、重いのだろう。

 

 それを踏まえた上で、ゴローは言う。

 ゴローが、それを飲み込んだ上でしゃべることを、ウッドワスは察する。

 

「やめねい、ウッドワス」

「確かめねばならんのだ」

 

 言葉が、少し、強い。

 ウッドワスの苛立ちが感じられた。

 静かな声から滲むそれは、並みの妖精ならば、対面して腰を抜かす迫力があった。

 だが、ゴローは言う。

 

「やめンさい──」

 

 がしゃあん! 

 机をなぎ倒し、陶器品が落ちて割れる。

 ウッドワスはゴローに飛びかかり、その襟首を掴み上げた。

 ゴローの、人の枠に収まらぬ重さが軽々と持ち上がる。

 黙れ、とウッドワスは言った。

 

「私には、まだ信じられぬのだ! オーロラが、モルガン陛下と共にあった幾千年。まさかそれが、彼女には心にもないなどと……!!」

「……気持ちがワカるたァ、言わんよ」

 

 顔が近い。

 ウッドワスの怒りと戸惑いを孕んだ目を、ゴローは真正面から受け止める。

 真摯な態度であった。

 ウッドワスには……いや、おまえさんと対峙するには、俺もおまえさんも、真摯であらねばなるめェと、ゴローはその目で訴えている。

 

 ウッドワスは、手の力を抜いた。

 ずるり、とゴローが着地する。

 音もなく足をつけた。

 ウッドワスはふらついて、下がり、すまない、と言った。

 いンだよ。

 とゴローは微笑んだ。

 眉を八の字にした、少し困ったような笑みであった。

 

「ノリッジで鐘を鳴らすよ、あン子たちは」

 

 おまえさんがいなけりゃね。

 という含みがあった。

 

「予言では、鳴らすことは決まっているのだろう?」

「予言は、戯言じゃあなかったのかい?」

「いじわるを言うな……私とて、(はら)の底からエインセルを信じておらんわけではない」

 

 こちらからも聞きたい、とウッドワス。

 

「なぜ、おまえはこんなに俺を、気にかける?」

 

 ガウェインはわかる。

 おまえが、妖精國で最も世話になっている女だ。

 彼女がおまえに向ける気持ちも、見ていてわかる。

 あいつは、おまえと共に暮らし、明るくなった。

 表面的な話ではない。

 心に花が咲いたようなのだ。

 

 スプリガンも、わからんでもない。

 あの男は、おまえに近しい立場であろう。

 あの男の小賢しさは、俺にとっては癪だが、おまえにとっては面白かろう。

 

 それどころか、おまえはランスロットやトリスタンすら──話に聞いただけだが、ベリル・ガットにすら、ある種の親愛を向けていると聞く。

 

 おまえと、肉と肉でぶつかった俺にはわかる。

 おまえが彼らに敬愛を持って接していることぐらいは。

 それが、嘘偽りでないことぐらいは。

 おまえは自分で認めたものには、何かしらの畏敬を持っていることぐらいは。

 だが、なぜ俺に?

 俺の本質は戦士だ。

 そして、その資質を比べるなら、おまえはすぐれている。

 おまえは俺よりも強く、頭が良いだろう。

 俺だけではない。

 その点において、妖精國に、おまえに並ぶものは無いだろう。

 俺のなにを、おまえは見ているのだ?

 

「貴賎はねぇ」

 

 一刀両断。

 ゴローは迷いなく即答した。

 力強く、黒い目が、ウッドワスを睨んだ。

 あの引力を発生させていた。

 

「戦士の魂に、貴賎はねぇンだ。ウッドワス」

 

 ゴローは語る。

 

「少し、昔の話、するよ」

 

 淡々と、己の過去を。

 

「俺が、敵に殺されかけた時、助けてくれた男たちがいる」

 

 おまえが、殺されかけるだと?

 そんなことがありうるのか?

 

 あり得るんだよ、ウッドワス。

 とゴロー。

 俺も所詮は、より大きな視点から見ると、星々の瞬きに間借りする、小さな命にすぎねぇのさ。

 と続けた。

 んで、と、

 

「そいつらは、倒れ伏した俺が立ち上がるまで、自らの命を捨てて、俺を守った男たちだ」

 

 ──!

 

「戦士ではあるが、俺の、何倍も弱い男たちだ。けど、俺の……何万倍も勇気を持った男たちだった。俺より強い敵に、俺より弱い男たちが、手も足も震わせながら、命をかけて立ち向かい、俺を守ってくれたんだ」

 

 …………!

 

「だから、そのおかげで、今、俺はここにいる……俺は立ち上がれた。彼らの血の跡を踏み締めた瞬間に、俺は知った。『特別なもの』とは、強い力を持っているかどうかじゃない。『誇り高いか』どうかだってな。イザというときに、その背中を見せて、人を奮い立たせる力を持つヤツなんだってな」

 

 まぁ、とゴロー。

 

「だから、俺は、ウッドワス。戦士としてのおまえさんを、心から尊敬してるし、人としての俺は、おまえさんをともだちだと思ってる」

 

 ともだちだから、心配もするさ。

 なにも、おかしいこっちゃねぇさ。

 ま、妖精のおまえさんが、人とともだちってのは、イヤかもしンねぇケドね。

 ケドな、その思い上がりを、許してほしい。

 なんせ、

 

「この妖精國で、この俺と、俺の何倍も弱いくせに、肉と肉でぶつかったのは、おまえさんだけだかンな! ウッドワス」

 

 ひーっひっひっ

 

 と、無邪気に笑った。

 太い──笑みであった。

 だが、そこには後ろめたさや、邪な心はいっさいない。

 なんの色もない、心からの笑顔。 

 それは、あの時、リングの上で、ウッドワスだけが正面から見た顔と、同じものだった。

 

「ンまぁ。誇り高い、っていうンなら、オーロラも当てはまるかねぇ? 自己愛の究極だものね。あンだけ自分に傾倒した愛を向けてるやつァ、俺が知る限り……困ったゼ、結構いンなぁ……」

 

 ふ、

 ふはは!

 

 ウッドワスは、笑った。

 

 はーっはっはっ!!

 

 気分がよかった。

 暗い気持ちが、心の吹き溜まりから、すっ、と抜けていく。

 

 そうか、オーロラも、あの類も、結構いるのか!

 そうかそうか! 

 はーっはっはっ!!

 

 二人はゲラゲラと、腹の底から笑い合った。

 ウッドワスが部屋を出るのを見送って、ゴローはオックスフォードを後にした。

 

 

2.

 

 

 キャメロットにおける、『予言の子』への警告。

 

 スプリガンは、それを込みで、()()()()()、『予言の子』に鐘を差し出した。

 

 ブリテン全域に鐘の音が響く。

 懐かしくも、悲しい音。

 

 玉座のモルガンにも、その音は届いていた。

 

 そうか。

 

 とモルガンは己に、己の中の『楽園の妖精』に言った。

 とうとう、気持ちは決まったか。

 とうとう、(はら)は座ったか。

 哀れなものだ。

 という思いと、

 悲しいものだ。

 という思いがあった。

 

 いよいよ、雌雄を決せねばならない。

 真の敵は、『予言の子』ではない。

 私だけが、私と、『予言の子』だけが、それを知る。

 

 私の敵は、その裏にあるものだ。

 つまり、私やあの子を送り出したものだ。

 それは、星の内海。

 つまり、この惑星の意志、そのものとも言える。

 星の自衛手段が、私の敵なのだ。

 巨大すぎる敵。

 四十六億年蓄えられた──いや、一万四千年か、まぁ、どちらでも良い。

 とにかく、長大な星の歴史が、この戦争における、私の真の敵なのだ。

 

 だが、本格的にそれと戦う前に、羽虫を潰しておく必要があるだろう。

 賢しく飛び回る蝿。

 腐臭発する死骸に群がる蛆の王。

 いや、ともすれば、骸の上に偽りの繁栄を横たえるこの妖精國には、ふさわしき害虫かもしれない。 

 だが、たとえその資格があろうと、害虫に蝕まれ、それで滅ぶのは我慢ができない。

 モルガンはガウェインとランスロットを呼び立てて、命じた。

 

 ウェールズの森を焼け、と。

 

 鏡の氏族唯一の生き残り、騎士ポーチュンを補佐につけて、万全の態勢を整えた。

 

 誰もいなくなったハズの玉座に、しかし、参列者は並ぶ。

 

 『異星の神』の巫女。

 物言わぬ傍観者。

 それはどうでもいい。

 

 気にかけるべきは、次に訪れた『カルデアのもの』。

 私の作品を褒めに来た、とそれは言った。

 トリスタンというミス以外は、完璧だと。

 『異星の神』のそれよりも、私の行い──ブリテンの果てに星が滅ぶ方がマシだと。

 

 苦言でもなく、むしろ賞賛された。

 予想外の言葉に、私が疑念を抱いて頭をひねると、パチパチと拍手が降り注ぐ。

 大きな音だった。

 玉座の間に、雷鳴の如く轟々と響いた。

 

「いやァ、ワカるやつにぁア、ワカるんだねぇ、モルガンの偉業が」

 

 二人の視線が集まる先。

 ゴローがいた。

 

「『超越者(ビヨンダー)』か、私のことは──」

 

 『カルデアのもの』が言う。

 ゴローは手のひらをカルデアのものに向けて、いいよいいよ、と先を制して言った。

 

「俺ァ、お前さんにゃア興味がない。だから、名乗ンなくていい。半端な自己紹介は、アトに引きずっちまうからねぇ」

 

 あいつ、何だったんだ、とねぇ。

 けらけらと、ゴローは笑っていた。

 

「さて、俺の言葉も、全くもって、そのにいちゃんと同意さね」

 

 ただひとつ、違う点があるがね。

 

 ゴローは言った。 

 淀みのない言葉で続ける。

 

 逆さ。

 トリスタンが唯一のミスじゃなくて、トリスタンが、モルガンにとって、妖精國にとって、唯一の美点さね。

 もっとも、これァどの視点から見てるか、の問題(ハナシ)で、そのにいちゃんが間違ってるってハナシじゃないねぇ。

 物事は、多面性を秘めて元々。

 だけどもね、これァね。

 その複雑性はね、ミクロの視点からしか時間と空間を認識できない定命の存在にゃア、気づけなくとも無理ないことさね。

 

 ふふふ……

 

 トリスタンがいなけりゃ、モルガンの妖精國は、ここまで発展も繁栄もしてないさね。

 あの子がこの妖精國の、ひいてはトネリコの()()()

 だから、それをモルガンが引き継いで、護った。

 それが、結果的に、妖精國の繁栄を、今日(こんにち)まで導いたのさ。

 

 にいちゃんは、介入するにゃア二千年遅いって言ったね。

 俺も、同意さね。

 けンどよ、二千年はやけりゃア、逆に、もっと手に負えんコトになっちまうよ、()()は。

 なんせ、この島の罪ァ、キャメロットの資料曰く、一万四千年前がスタートだもの。

 

 たかが二千年、呪いの熟成を遅らせたぐらいじゃア、()()領分(スケール)からすりゃア、ヒトと妖精に対する脅威の度合いは大して変わらンよ。

 

 強いて言うなら、区切りを打つべきだったンだよねぇ。

 旧約聖書が、時代の区切り、宗教の起点変更の区切りとして、それを昇華した新約聖書になったように。

 紀元前が、キリストの誕生で西暦になったように。

 モルガンの失点があるとすりゃア、妖精歴から女王歴となるその区切りに、キリスト(象徴)を用意できなかったコトだねぇ。

 

 象徴は、ひいては神だもの。 

 神無き國のまま、二千十七年まで来てしまった。

 それが、最大のミスさね。

 つまり、星々に神を見出すことが、妖精にゃァ、とうとう出来なかった。

 神としての、俺から言わせりゃア、それが失点さね。

 

 ま、かといって、じゃあ全部神さまにしちまおうってキリシュタリア的な思い切りも、どうかと思うがねぇ。

  

 ふふふ……知ってる? 

 キリシュタリアくんのこと?

 

「難題をいうものだ、『超越者(ビヨンダー)』。いや、いかにも神らしい無理強いではあるが……それは、妖精が妖精である限り、不可能な話だろう?」

「そうさね、にいちゃん。だから、これはどっちが間違ってるかって話じゃねェのさ。ハナっから、全部ズレてんだモン。問題がそもそも間違ってンだもの。解答のしようがねェ。だが、数学の世界じゃア『解なし』という答えもあンのさ」

「……私から、ひとついいか?」

 

 なンだい、とゴロー。

 『カルデアのもの』の目が、ローブの下から怪しく光っている。

 

「おまえは、ブリテンの後も、カルデア……異聞帯に関わるのか?」

「おお、すげェや。聞いたかい、モルガン? このにいちゃん、おまえさんの負けを、カルデアの勝ちを確信してるぜぇ?」

「はぐらかすのはやめてもらおうか。こちらには時間がないのでね」

 

 怪しい光が強く、鋭くゴローを射抜く。

 ンー……とゴローは苦笑いを浮かべた。

 

「そのつもりは、ないねぇ。だって、見返り、ねンだもん」

「神を動かすには、供物が必要ということか?」

 

 そらぁね、とゴロー。

 

「仮に、俺が全能でカルデアを救う……いや、ストレートに言って『異星の神』を吹っ飛ばして、人理を戻したとして……じゃあ、そうなっちまったら、今度は俺が、その人理を自由にいじっていいってことになっちまうよなぁァ?」

 

 それは、神の道理である。

 それは、全能者の道理である。

 全能者がヒトの願いのために全能を持って、無償で救った世界。

 それは、もう全能者の世界となるのだ。

 願いを叶えるために、星の隅々まで全能者の力が行き届いてしまうからだ。

 それに、ヒトがケチをつけることは許されない。

 なぜなら、神に無償の救いを求めたのは、そこに住まうヒトなのだから。

 全能者の力を、()()()()振るえと願ったのは、ヒトなのだから。

 全能者が振るう全能は、すべからく奇跡に違いないのだから。

 その時、ヒトには、それをどう受け入れるかという選択しかない。

 拒むことはできない。

 なぜなら、奇跡のような全能を望んだのは、他ならぬヒトなのだから。

 

「わかった」

 

 安心した、でもなく、『カルデアのもの』はそう言った。

 彼は、せめてもの礼儀とモルガンに頭を下げて、キャメロットから立ち去った。

 

 

3.

 

 

「気づいて、いたのだな……」

 

 モルガンは、ゴローに問うた。

 ゴローはにべもなく、うん、と返した。

 

「言っとくが、全能は使ってねェかンな」

 

 キャメロットの資料室に、古ぼけた一冊に、あったンだよ。

 一万四千年前に、この惑星(ほし)に何があったのか、懇切丁寧に書かれてた。

 もっとも、その本は今、トリスタンにびびって逃げ出した書記官が、どっかに持ち出しちまったケドな。

 

「…………軽蔑するか、私を?」

「いンや、尊敬してる」

 

 まぁ、政治家としては二流かもしれンが、救い主としては一流さね、おまえさんは。

 ま、そこは、アーサー王伝説のアーサー王と、円卓の騎士と、よく似てンじゃないかね?

 いや、そっくりだねぇ。

 あっちも、『王は民の心を知らん』だの民に円卓に言われてたケド、同時に、『王の心を理解する民』は、円卓の中にさえ、誰ひとりおらンかったからねぇ。

 親の心、子知らず。

 しかし、

 子の心、親知らず。

 

 プラトン的なこの二面性は、王政政治はおろか、親と子の人類の系譜(マップメイク)には、決して外れえぬ観念なンだがねぇ。

 

 ま、『産み』の苦を知らぬ妖精にゃあ、縁遠いのも致し方なしではあるが……ねぇ。

 

「…………」

 

 語りかけるゴローの言葉には、優しさがあった。

 もっと直接的に、モルガンに対する労わり、と呼んでいいだろう。

 

「おまえが、おまえのような男が、トネリコの元にいたならば……」

 

 そいつぁ、言いっこなしだよねぇ。

 その手の後悔は、俺も、身に染みてっからねぇ。

 

 ゴローは踵を返した。

 どこへいく、とモルガンは聞いた。

 反射的な問いかけであった。

 

 それに対し、ゴローの肉が、むりむりと熱を発した。

 言葉より先に、熱気が、モルガンに向けて射出された。

 

 じろり、

 

 あるいは、そんな重たい音がした。

 ゴローはモルガンを睨んだ。

 静かな怒りを、孕んでいた。

 

「ウェールズの森を焼くのは、はやまったねぇ。ましてや、その役をガウェインに任せるたァねぇ……」

 

 掛け値無しの、殺意があった。

 敵意など超越していた。

 玉座の間。

 モルガンと玉座を除く、その空間の全てが、ゴローに飲み込まれていくようだった。

 

「まァ、おまえさんの、ガウェインに対する信頼の証だとは理解できてるよ。ガウェインも、おまえさんの騎士だもの、そこは、理解してる……ケドね、どうしても、苛立ちって怪物ァね、なかなかどうして、出てきちまうモンさ」

 

 ああ、この男、最初から、これが言いたかったのか。

 少し、ガウェインが羨ましい……

 これほどの超越者に、無償のソレを捧げられる、あの子が。

 

 ふっ、と熱がおさまった。

 モルガンの世界が返却される。

 つまり、キャメロットの玉座の間は、元通りとなった。

 

 ゴローは、すでに消えていた。

 ウェールズの森に向かったのだろう。

 

 モルガンはため息をついた。

 わかっている。

 だが、戦争は始まってしまったのだ。

 ガウェインには、十全に働いてもらわねばならない。

 

 我が世界のために。

 

 モルガンは目を閉じた。

 星は、見えなかった。

 

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