【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:ここは天国じゃないんだ、かといって地獄でもない

1.

 

 

 ウェールズの森が焼けている。

 

 ここに住まうものは、儚い命、儚い妖精たちだった。

 妖精國の他の全てでは生きられず、嫌われ果てて、その存在さえ認識されず、氏族の妖精たちからすれば、腐り果てた汚物としてしか存在できぬものたち。

 行き詰まりのどん詰まり。

 コーンウォールとはまた違った掃き溜め。

 最期に寄り添う誰かもなく、紅葉に包まれて、静かに消えゆく者たちの楽園。

 

 それを、ガウェインは容赦なく焼き払っていった。

 

 ──何故か。

 

 歩を進めるたびに、その想いが強くなる。

 不要な感情であると理解しつつも、湧き上がる疑念はかさを増す。

 

 その理由を、陛下は教えてくれなかった。

 『予言の子』との決定的な対立が決まった。

 それを擁する円卓軍は、もはやオーロラとの協定などを理由に、和平へ譲る価値もなく、モルガンの敵となった。

 ウッドワスが円卓軍の攻めを命ぜられ、牙の氏族軍がロンディニウムに大挙している。

 

 そんな中で、そんな時に、こんな儚き者たちを、なぜわざわざ滅ぼす必要があるのか。

 

 『予言の子』への牽制?

 それにしては徹底されていた。

 妖精騎士二騎がかりはやりすぎである。

 ここに、かのボガードほどの強者がいるはずも無し。

 現に、ガウェインの眼下の惨状は、彼女の胸の内、その良心を痛めるには十分すぎるものだった。

 炎に包まれて、焼き焦げる木々を前に、逃げることもできず、喚き散らしながら運命を共にするしかない、か弱い者たちしかいないではないか。

 

「…………」

 

 森の全土に炎が広がったことを、たった今確信した。

 命の灯火が、次々に消えていくことが心で実感できる。

 否応なく。

 なぜなら、これはガウェインの炎だからだ。

 モルガンが命じ、その本質はガウェインがその身から吐き出した、万物を──妖精を焼き尽くす冷酷な力だからだ。

 

 ああ……

 

 その熱を肌で感じながら、心と身体の自己矛盾に、彼女は泣いていた。

 私は、妖精を滅ぼすために、ガウェインになったわけではないのに。

 だが、これは他ならぬモルガンの命令である。

 ならば、断ることはできない。

 例え、その理由(ワケ)を知らぬとも、断ることなど……

 

 ──だから、ガウェイン。

 ──おまえさんが悲しい顔をするのに、俺ァ耐えられねンだよ

 

 ああ、泣いてはダメだ。

 苦しみに、顔を歪めるわけにはいかない。

 彼は、きっと、私のそんな顔をみたら、悲しんでしまう。

 それはイヤだ。

 

 彼は強き者。

 私は、彼に比べるなら、弱き者。

 弱き者は、強き者に従わなければならない。

 それが、ガウェイン(わたし)のルールだ。

 その彼が、私に悲しい顔をして欲しくないと言うのだから、私は悲しむことはできないのだ。

 それは、してはならないのだ。

 私が、私であるためにも。

 

 やがて、妖精として卓越した耳が、その足音を聞く。

 急ぐ足音。

 焦る足音。

 怒る足音だ。

 

 それが、ぴたりと、正面で止まる。

 唖然とする『予言の子』たち。

 その傍に、異邦の魔術師──カルデアの者たちもいた。

 

 バカな。

 ウッドワスと対峙する最中に、わざわざこちらに来たというのか!?

 ()()ウッドワスが、軍を率いて自らロンディニウムに赴いているというのに。

 何故……

 まさか、ウェールズの妖精のためにか?

 

「おまえたちぃいいい!!」

 

 『予言の子』が叫ぶ。

 黒目が小さく引き絞られ、白い部分が増えている。

 怒りだ。 

 怒りに、我を忘れている。

 

 それを、『異邦の魔術師』がひと息に抑えた。

 強い口調で彼女を呼び止めて、私に向き直る。

 再びの対峙。

 ガウェインは、カルデアのマスターの目を、じっ、と見る。

 黒目が大きく、星の光を宿している。

 少し、彼に似ているな。

 

 つまり、やはり、良い目をしている。

 目を逸らさない。

 私が睨み返しても、揺らがない。

 怖くないわけではないのだ。

 それでも、歯を食いしばっている。

 怒りから、ヤケになっているそれではない。

 冷静に、どうやったら私を倒せるのか、私の僅かな動きから、読み取ろうとしているのだ。

 感情はともかく、心はともかく、既に、頭の中では、その算段をつけるために切り替えているのだろう。

 『予言の子』も、彼に呼応して理性を取り戻し、その隣に並ぶ。

 

 やはり、将器を持っている。

 表には出さないが、おお、と驚きを感じていた。

 まだ、荒削りではある。

 しかし、荒削りでありながら、そのレベルにあるのか。

 

 なるほど、強い。

 それは認めよう。

 強者だ。

 だからこそ、舐めてかかるまい。

 もっとも、戦闘に魔力を用いる魔術師では、私に勝てんが。

 

 ガウェインはガラティーンを抜いた。

 

 戦闘が始まった。

 

 

2.

 

 

「ゴロー!?」

 

 パーシヴァルとガレスが、騎士ポーチュンを退け、入れ替わるように降臨した妖精騎士ランスロットと戦っている最中であった。

 

 自由自在に、三次元的な高速立体軌道を行うランスロットに対し、パーシヴァルは木々を盾にその剣を躱し、障害物を前に減速した瞬間にその死角を突き、その動きに指向性をもたらして先読みし、互角にしのいでいた。

 

 巧みな戦術であった。

 ランスロットが感心するほどに。

 ガレスがオロオロと手が出せないほどに高レベルな戦いであった。

 

 攻めあぐねるランスロットが痺れを切らし、いっそ、この周辺を問答無用で斬り捨てんと空に留まった瞬間、彼女はさらに空を見上げて、その名を呼んだのだった。

 

「ゴロー……」

 

 パーシヴァルが復唱する。

 その名の主を、知っているからだ。

 かつて、ランスロットと共に円卓を訪れた、大きな男のはずだ。

 存在感の塊のような男だった。

 肉感極まる外見に対し、その振る舞いは理知的で、飄々と軽い男だった。

 戦闘している姿を見たわけではない。

 だが、彼はパーシヴァルの目から見ても、一見軽やかに見える動きひとつに、何気ない所作にも全く隙がなく、ある種の極まった戦士であることはわかっていた。

 

「ごめんよ、パーシヴァル。また会えて良かった」

 

 ランスロットは早口にそう言って、戦線から離脱した。

 パーシヴァルたちが止める間もなく、ランスロットは空に瞬いて姿を消した。

 

「ね……」

 

 それを見届けざるを得なかったパーシヴァルが、ぽつりとこぼしかける。

 しかし、

 

「パーシヴァル! 早く、みんなのところに……!」

 

 それは、ガレスの言葉に遮られ、パーシヴァルははっと気づき、そして、ほっとした。

 

「いこう、ガレス」

 

 駆け出す方向はランスロットと同じ。

 キャスター・アルトリアと、妖精騎士ガウェインが戦っている場であった。

 

 

3.

 

 

 ──負けた。

 

 私が、負けた。

 まだ気力も体力も残ってはいる。

 だが、それは敵も同じこと。

 先に膝をついたのがこちら。

 数の不利もこちら。

 なにより──

 

「おまえの真名はバーゲスト! 黒犬公、雷雲食いのバーゲスト!」

 

 真名を暴かれ、ガウェインの着名(ギフト)を剥がされてしまった。

 

 じわり、

 私の、押さえつけられていた本来の力が心から、肉体へと滲み出すのを感じた。

 まて、

 まて、まだ。

 いや、いやだ。

 私は私だ!

 

 強がりを吐いた。

 カルデアの者たちに、弱みを見せるわけにはいかない。

 我ながら、負け惜しみ染みていると思った。

 我ながら、口下手で、なんとも不器用だと思う。

 それでも、まだ、この命はある。 

 それでもまだ、私はバーゲストである。

 その心まで、黒犬公ではない!

 ならば、騎士として、敵を前にするならば、私は私として、奮い立たねばならない。

 

 しかし、無常とはこのことだ。

 

 渾身の一振りも、(デコイ)と併用したアルトリアの魔力付与(エンチャント)と、カルデアのマスターによる礼装によって耐え抜かれ、返しに振り下ろされた村正の一刀に斬り伏せられた。

 

 撃ちつけられた力は強力無比。

 バーゲストとはいえ、膝を折らざるを得なかった。

 村正が距離を取る。

 アルトリアが次なる魔術を備える。

 

 ──負けだ。

 

 こうまで待ち構えられては、立ち上がる暇もなく、体勢を整えるいとまも無く、撃ち倒されてしまう。

 だが、まだ体力はある。

 なにせ、私本来の力はまだ、じわり、じわりと私の魂から湧き出ていて、私自身の肉の内に、熱く熱く、充満しているからだ。

 まだ戦える。

 まだ、やれる!

 

 バーゲストがその力を脚に込めた瞬間、その間を測ったかのように、カルデアの少女はバーゲストを呼び止めた。

 話をしよう、と言われた。

 

 その少女は、カルデアはブリテンに敵対の意志がないこと。

 ブリテンが、いずれ避けられぬ滅びを迎えることを口にした。

 

 私に驚きはなかった。

 全て、先んじて聞いていたことだからだ。

 ベリル・ガットに、他のカルデアの者たちに。

 ゴローと共に。

 

 私は押し黙った。

 ああ、とゴローの言葉を、カルデアの者たちの言葉を思い返す。

 

 ──まぁ、だから、カルデアのマスターはものすごく良い子で、人のために涙を流せるタイプだと思ってンだよね、俺ァ

 

 そうだ、ゴロー。

 だが、彼らは人のために涙を流すだけじゃなく、人のために立ち上がり、戦うこともできる者たちだったよ。

 

 ──う、うむ。小僧ならそんなコト……やりそう。どうしようすごくやりそう

 ──まぁ、あいつらなら、困ってる人がいたら助けるだろうな。マシュもいるんだし……

 ──ダ・ヴィンチが付いている以上、引き際は弁えるとは思いますが……全面否定はできませんね

 ──僕もそう思う。そんなマスターだから、こうして僕たちも手伝ってるんだしね

 

 ああ、彼らの言う通りだ。

 

 この者たちは、善意で動いている。

 他者を思いやり、余計な責任を背負って、要らぬはずのそれを果たすべく動いてしまうのだ。

 騎士道に殉ずる彼らにも負けぬ、立派な心を持っている。

 

 その上で、聞く。

 納得を飲み込んで、モルガンの騎士として。

 

 それは、矛盾しているではないか、と。

 すると、少女は恐るべきことを言った。

 

 ──侵略者は、モルガンの方なんだ。

 

 なん、だと……

 

 そんなハズはない。

 いや、それはあり得ない。

 陛下は、確かに宣誓している。

 お前たちを救わぬと。 

 お前たちを赦さぬと。

 

 だが、バーゲストは、それが、ただそのままの意味ではないことに、最近ようやく気づき始めていた。

 ゴローのおかげだ。

 物事は、言葉とは、さまざまな意味を持っている。

 単純な言葉ほど意外な深みがあるものだと、彼を見ていると嫌でもわかってしまう。

 それは、そのまま発する者の思慮の深さ。

 発する者の心の器量をも示すものだと。

 

 ──違う。

 

 だが、少女の目は嘘を言っていない。

 いや、それを嘘だと思っていない。

 

 おかしい。

 

 認識のズレがある。

 カルデアと、妖精國の側で、致命的に何かがズレている。

 これを、モルガン陛下は知っているのだろうか?

 全て、承知の上なのか──、

 

 そこまで思考が巡って、もうひとつ、バーゲストは思い返した。

 ゴローとホームズは語っていた。

 『予言』のもたらす運命に、作為をもたらす何者かの存在がいるという話を。

 

 ──まさか、

 いや、まさか。

 

 バーゲストがそこに至った瞬間。

 彼女の(うち)に潜む呪いが、彼女の全てを飲み込まんと外に吹き出した。

 

「があ……ぁっ!? な! な……があっ……ぁ……!」

 

 黒いモヤを体から滲ませるバーゲストを見て、アルトリアが叫んだ。

 

「まさか、モース化!?」

 

 違う!

 そんな単純なものではない!

 にげ、ろ……

 はな、れ……ろ……!

 

 バーゲストがのたうち、空に吠えた。

 轟音だった。

 咆哮ではあるが、ヒトの声ではなかった。

 しいて言うならば、大砲のそれに近い。

 地獄の底から噴き出したマグマが、火山口から爆発したような、禍々しいものであった。

 

 アルトリアが、村正が、ダ・ヴィンチが身構えた。

 彼らの心に、しかし、その警戒網をすり抜けて、それは降臨した。

 

 ──大丈夫。

 

 その声は、唐突に、その場に現れた。

 

 大きな、男と共に。

 

 

4.

 

 

「あ、ご、ゴロ……」

「大丈夫。大丈夫だよ、バーゲスト」

 

 山のような男が、突然現れた。

 バーゲストを正面から包み込んでいる。

 その大きな身体は、アルトリアたちからバーゲストをすっぽり覆い隠すほどの巨躯である。

 

「な……なんだ、一体どこから……?」

「こ、コイツぁ……」

 

 次々押し寄せる驚愕に、声をこぼすはレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 村正は、その背中に苦い記憶を引き出した。

 そして、それはカルデアのマスターも、である。

 この人、と目を見開いて、記憶のそれと合致させる。

 

 困惑、驚愕、敵意。

 それらを、その広い背中に向けられる。

 しかし、その大きな男は、それらを全く意に介さず。

 その視線、その意識には、バーゲストしか映っていないようだった。

 

「ご、ろ……」

「バーゲスト、俺の目を見なさい。大丈夫だから」

 

 バーゲストの苦悶に歪んだ目が、大きく、黒く瞳に吸い込まれる。

 その瞳が吸い込むのは、バーゲストの意識だけではない。

 バーゲストの意識、肉体、感情。

 彼女を構成する全てを、優しく飲み込んで、包み込まんとした。

 それは、真っ暗な深淵でありながら、恒星の抱擁──星々を導く、優しい引力であった。

  

「ごめんよ」

 

 ゴローは言った。

 そのひと言が、バーゲストの意識にするりと入り込む。

 

「ごめんよ。ひとりにするべきじゃあ、なかった」

 

 頬に(たなごころ)を添えた。

 暖かく、大きなそれが、バーゲストの顔を支えた。

 

「大丈夫だよぅ、おまえさんは負けない。今日、ここにいるバーゲストは、俺の前にいるバーゲストは、苦悶の昨日を、乗り越えられたんだから。だから、いずれ昨日になる今日のおまえさんに、明日へと歩むバーゲストは、負けやしない」

 

 お前さんの明日は、あったかいよ。

 いつだって、煌めいているはずさ。

 ガウェインかどうかは、関係ない。

 それは、おまえさんを構成するひとつでしかないんだもの。

 俺の、人としてのゴローが、これを保証する。

 おまえさんは、負けない。

 バーゲストは、つえぇんだもの。

 

 強くて、優しいんだ。 

 だから、負けないよ。

 

 言葉が終わると、がしゃんと、

 バーゲストは膝をついた。

 崩れ落ちるように。

 がしゃり、がしゃりと、その手から(けん)が離れた。

 ゴローの太い腕。

 自分の頬に添えられる、太くて暖かい手を、その指の一本一本を、確かめるように、ゆっくりと握った。

 

「魔力が、消えていく……」

 

 アルトリアがつぶやいた。

 負の力。

 呪いの力。

 そう呼んで良い黒黒とした魔力が、バーゲストから消えていく。

 

 それを確認して、ゴローが、添えていた右手を、だらりと垂らした。

 

 ──そして、いつの間にか、その右手に、馬を模した騎士の、鎧兜が握られていた。

 

「──は?」

 

 アルトリアがそう零すのを見計らったように、切断面から大量の血が、ぼとぼとと溢れ出した。

 アルトリアたちの背後で、がしゃんと音がした。

 振り返ると、首のない騎士の身体が、前のめりに倒れていた。

 その手に、槍を握っていた。

 鋒が、ゴローとバーゲストに向いていた。

 

 騎士ポーチュンは、自分が死んだことも分からず、死んだ。

 

「正当防衛だよ」

 

 ゴローが言った。

 まだ、アルトリアたちには背を向けている。

 だが、それは明らかに、バーゲストのみならず、アルトリアたちにも向けられた言葉であった。

 

「そいつァ、バーゲストを()()()攻撃しようとしやがった。だから、これァ正当防衛さね」

 

 説き伏せるように柔らかな口調だが、リズムが淡々としていた。

 静かに、怒りが揺らいでいる。

 その怒りを、抑え込んでいるリズムであった。

 誰も、何もいえなかった。

 沈黙。

 それが、なによりも雄弁に、ゴローの迫力を語り尽くす。

 

「ゴロー!」

 

 沈黙を破壊したのは、ランスロットであった。

 彼女はゴローとバーゲストの横に降り立ち、バイザーを外して二人に飛び込んだ。

 

「おっとっと、大丈夫だよ、ランスロット。らしくないことしなさんなって」

「そうは思えない。僕には、今のゴローは、ひどく不安定に見えるよ」

「……マイったねぇ。ランスロットはするどいなぁ、さすがに」

 

 ゴローはコリコリと頭を掻いた。

 頭を前に傾けて、少し困っている仕草であった。

 

「バーゲスト、ランスロット、戻ろうかねぇ。俺も、ちゃんとモルガンに頭ァ下げるからね。モルガンが俺にどっかいけ、って言うンなら、俺ァこの星から去るし。死ねって言うンなら、首を差し出してやるさね」

「おまえに、非はない……すまないゴロー……わ、わたしは……」

「そうだ。ポーチュンがゴローに向けて攻撃しようとしていたのは分かりきってる。どっちが悪いか僕も証言するよ、それでも陛下が納得しないなら、その時は僕も一緒に頭を下げてあげる」

「まァ! そりゃァ頼もしいねぇ」

「ふふん、ライバルの君を、こんなつまらないことで失うもんか」

 

 ──つまらないことだって?

 

 震える声で言ったのは、アルトリアであった。

 三人が、その場にいる者の視線が、彼女に集中する。

 

 アルトリアは目を見開いていた。

 怒りだ。

 アルトリアは怒りを吐き出した。

 純粋な怒りを浮かべ、その怒りをそのまま、その声に乗せている。

 

「ふざけるな! ふざけるなあっ!! おまえたち、この森を焼いておいて……みんな、殺しておいてっ……それを、()()()()()()()って、ふざけ──」

「はじめたのは、おまえさんでしょ?」

 

 ──ッ!

 

 ボリボリと、ゴローは頭を掻いた。

 モルガンは、わざわざ警告までしてたよねぇ。

 その黒い目が、先ほどとは違った引力を発して、アルトリアの目を見据えた。

 

 その上で、覚悟決めて、鐘を鳴らしたンだよねぇ。

 おまえさん、おまえさんよ。

 仮にも敵陣の俺が、上からお説教、するつもりはねぇケドさ。

 

 くっ、と溜めを前においた。

 

「戦争なンだから、そりゃあ、領地のひとつふたつ、燃えるよねぇ。おまえさん、相手が誰か、わかってンでしょ?」

 

 國だよ? 

 歴史だよ?

 とゴローは言った。

 

「おまえさん、まさか目に見えてるモルガンが、相手だと思ってンじゃアないでしょうね? まさか、よりによって、()()()()()()だよ? まさかおまえさんが、目に見えてるものだけを、敵と思ってないでしょうに」

 

 アルトリアの意識を引きつけるそれは、

 まるで、全てを、見通す目であった。 

 アルトリアの耳を捕らえて離さないそれは、

 まるで、全てを、知り尽くす言葉であった。

 

「相手は、モルガンだけじゃないよねぇ。オーロラが味方か、スプリガンが協力してるかしらンが、最終的にゃァ、モルガンが積み上げた妖精國二千十七年の歴史が、おまえさんの相手だよねぇ」

「そっ……そんなことっ……」

 

 わかってる!   

 アルトリアは、口ではそう、言いたかっただろう。

 だが、言葉に詰まってしまう。

 モルガン陛下の積み上げた二千十七年の歴史。

 それを、この場にいる、誰よりも、偉大なことだと認識しているのは、間違いなくキャスター・アルトリアであったからだ。

 この怒りは、燃え盛る森を見て、あの時のティンタジェルを想起して──重ねたからこその強い怒りでもある。

 

「モルガンが、二千十七年の歴史で、いったい、いくつの領地を失ったんだろうねぇ。妖精國の安寧のために生まれた膿によって、預かり知らぬところで、いったいどれほどの悲劇に、間に合わなかったことだろうねぇ……」

 

 全部、それは、わかっている。

 アルトリアには、今行われるやりとりの全容がわかっていた。

 この男。

 この男の艶やかでいやらしい口調からして、確信する。

 この男は、アルトリアのそれすらわかっていて、ワザと煽るように言っているのだろうと。

 

「まちな! 今の戦争に、過去のアレコレをいちいち掘り返して、当人をがんじがらめにしようってのは、ちと意地が悪すぎるんじゃねぇか」

 

 アルトリアの横に、村正が立った。

 眉間に皺を寄せている。

 怒りが浮かんでいた。

 あからさまに不機嫌な顔であった。

 

 ひとま、ふたまをあけて、

 ま、とゴローは言った。

 

「まぁ、確かに……この戦争に、そン子がどう言う気持ちで臨むかは、俺の知るこっちゃないねぇ」

「だったら黙ってな。部外者を気取るなら、露悪的にちゃちゃ入れてくんじゃねぇよ」

「アタリが強いねぇ、村正くん。まだ腰が痛いのかい?」

 

 だが、言ってるこたァ、正論だねぇ。

 と、ゴローは言う。

 ふわり、と、彼はバーゲストを抱えて宙に浮いた。

 

「ゴロー……」

 

 バーゲストはゴローの顔を見て、それから、眼下に小さくなっていく、アルトリアの顔を見た。

 

 そのまま、彼はキャメロットへと飛んだ。

 ランスロットが跡を追いかける。

 

 後に残ったものは、焼け落ちたウェールズの森と、苦悶に顔を歪める、アルトリア・キャスター。

 

 そして、それらを五歩ほど下がった場所から、常に全体を見渡していた、カルデアのマスターであった。

 

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