【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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ちょい短いです


第三話:世界中にさだめられたどんな記念日なんかより、あなたが生きている今日はどんなにすばらしいだろう

1.

 

 

 モルガンの御前に、バーゲストとランスロットが並ぶ。

 ウェールズの森を焼き、彼女たちは帰還した。

 

 モルガンの玉座の右隣には、妖精騎士トリスタンが立っている。

 その顔は眼下に並ぶ同僚たちを、憐れみと嘲笑を込めた目で見下ろしていた。

 だが、ニヤついているものの、その口は固く閉ざされており、モルガンの言葉を、二人の無様な言い訳を、いまかいまかと待っていた。

 士官の妖精たちが、二人を囲むように縁を作って、規則正しく並んでいた。

 バーゲストたちを見る彼らの目は、哀れみでも嘲笑でもなく、自分達はどうなるのか、どうすればいいのかという、保身の色があった。

 総じて、沈黙の空気であった。

 どうあれ、厳粛な空気ではあった。

 

 書記官のメルディックが、前に出て、両者にモルガンへの報告を促す。

 モルガンがその言葉を反芻するように口を開くと、バーゲストは断固たる口調で語った。

 

 ウェールズの森を浄化したこと。

 『予言の子』と『異邦の魔術師』、反逆者オベロンと戦い、これに敗れた、と。

 モルガンから賜った、ガウェインの着名(ギフト)を失い、バーゲストとして帰還したのだと。

 それは戦況の報告というより、自らの罪の告白であった。

 モルガンに届く言葉には、その一片にいたるまで罪悪感が滲んでいる。

 忠誠心からくる、罪悪感である。

 モルガンは表情を変えることなく、バーゲストの報告を平らげた。

 

「キャハハハハ!」

 

 甲高い笑いは、トリスタンのものである。

 ガウェイン卿敗れたり! 戯けるように、彼女は言った。

 負け犬、と彼女はバーゲストを蔑んだ。

 それを、バーゲストは粛々と、受け止めた。

 言葉そのものの毒はともかく、言っていることには何ひとつ、反論の余地がない。

 それを見かねたのか、ランスロットが言った。

 

「陛下からの任務は完遂した」

 

 森の浄化は終わっている、と。

 そのあと、ひと間ほど言葉は続かなかったが、何を言いたいのかトリスタンは読み取った。

 だから、彼女がきみになじられる謂れはないはずだが?

 と、ランスロットはトリスタンの悪口を責めているのだ。

 それは、当然、トリスタンには面白くない。

 ランスロットは、トリスタンの機微を察するように、追撃を放った。

 

「妖精騎士ガウェインが敗れたワケじゃない──きみと違ってね、トリスタン」

 

 かっ、と頭に血が昇る。

 だが、トリスタンは堪えた。

 モルガン(お母様)の前だからだ。

 相手が、ランスロットだったからだ。

 ここで怒りに任せて糸を放っても、返り討ちにあうだけだ。

 

「……テメェの嫌味はわかりにくいんだよ」

 

 かろうじて言えたのは、それだけ。

 ランスロットは、トリスタンの澱む言葉などどこ吹く風であった。

 バイザーをはずして、さらに言った。

 

「僕の言葉は純然たる事実さ。トリスタン」

 

 士官の妖精たちが、その姿にざわめく。

 素顔を見せたランスロットは、上級妖精たちの目にも、美しい存在そのものであった。

 トリスタンは、余計に面白くなかった。

 自分は灰色の肌。

 ランスロットは、真白い肌。

 血の色で飾らでば目立たぬ自分。

 清潔な青で、自然と目を惹きつけるランスロット。

 なにより、水晶の如く煌めく黄金色の瞳が憎らしい。

 

 当てつけのようだった。

 事実、そうなのだろう。

 だが、それに、トリスタンは違和感を感じる。

 いやに突っかかってくる。

 傍目にはいつもの調子であるが、このランスロットには違和感を感じる。

 苛立ち、焦り?

 その類のものが、トリスタンには垣間見えた。

 

「陛下、私が敗走したのは事実です」

 

 バーゲストの言葉が、煩雑になりかけた場を引き締めた。

 しかるべき処罰を。

 そう言って膝を折り、頭を垂れるバーゲストの振る舞いは、良くも悪くもおカタくて、トリスタンたちの言葉や思考に割り込んでくれた。

 

 モルガンは、バーゲストに持地での謹慎を言い渡した。

 処刑でも、追放でもなく。

 『予言の子』に敗れたのは二度目。

 取り逃したのも、二度目。

 あげく着名(ギフト)を暴かれ、モルガンの名に泥を塗ったもの同然でありながら、傍目から見るとモルガンの裁定は温情に溢れていた。

 

 士官たちが再びざわつく。

 バーゲストが退(しりぞ)く?

 黒犬公の後釜に座れるのか?

 新たな妖精騎士を賜れるチャンスだ!

 

 醜く、歪んだその心象が漏れ出していた。

 バーゲストは何も言わない。

 侮辱に等しいそれらであるが、今の自分に、彼らをそしる権利はないからだ。

 

 トリスタンは、面白くなかった。

 なんとなしに、未来を予見しているランスロットも、()()()()で、面白くなかった。

 モルガンは沈黙であった。

 醜さを剥き出しにざわめく士官たちのなかから、唯一まともな言葉が発せられた。

 

 バーゲストには、戦場で罪を償わせるべきです。

 ウッドワス率いる牙の氏族。

 ロンディニウムに包囲戦をしかける彼らの元に、バーゲストを派遣するべきだと。

 その命は、そこで使うべきだと。

 

 戦況を憂う声であり、ウッドワスを憂う声であり、しかしながら、やはり、その行先に保身がある言葉ではあった。

 だが、それは、モルガンの硬い口を、開かせるに値する文句でもあった。

 

 笑わせるな。

  

 モルガンはその心を一蹴する。

 ウッドワスが、人間ごときに敗北するとでも?

 信頼の言葉であった。

 その意味を真に汲み取れたものが、果たして、その場に何人居たかはわからないが。

 士官の妖精はかしこまって、後に下がった。

 

 モルガンはバーゲストに向き直り、言った。

 

「騎士ポーチュンはどうした?」

 

 バーゲストは恐る恐ると顔を上げた。

 慎重に、言葉を選んで口籠もっていた。

 

「俺が殺したさ、モルガン」

 

 こっ、こっ、と。

 バーゲストたちの脇を抜けて、ゴローはモルガンの前まで歩みゆく。

 その歩み、まったく、澱みなし。

 背を伸ばし、顎をひき、いっそ清々しいほどの立ち振る舞いであった。

 その顔には、ぐりぐりと大きな黒目を怪しく歪めている。  

 真横に伸びた口が、両端からぐっと吊り上がっていた。

 笑っている。

 しかし、見ていて楽しい笑みではなかった。

 ぐぐっ、と空気が引き寄せられる。

 怪しい引力──

 ゴローの持つ魔性のそれが、玉座の間に、存分に漂っていく。

 

 弁明はあるか?

 

 しかし、モルガンが言った。

 強い言葉であった。

 空間が、ぐっ、とモルガンに寄る。

 そのまま引き伸ばされ、ぴんと張り詰めた。

 綱引きであった。

 空間が、お互いに引っ張られている。

 どちらの味方をするべきか迷っているのだった。

 見ているものにも、その緊張感が伝わってくる。

 その場にいる。

 というそれだけで、この二人にとっては凄まじい駆け引きなのであった。

 

 ゴローが口を開く。

 

「騎士ポーチュンは、ガウェ……バーゲストごと、俺を攻撃しようとしやがった。だからよぅ、これァ、まぁ、正当防衛ってやつさね」

 

 しかも、背後からだぜェ?

 首を傾げ、頭を少し前かがみにせり出し、手のひらを仰向けにして、肩をすくめる。  

 戯けた動きであった。

 その言葉も、嫌味なほど軽い。

 これは、モルガンの、なんらかのボロを引き出さんとする撒き餌である。

 と、バーゲストは思う。

 彼女は、ゴローと共に過ごす中で、彼の話し合いにおける手練手管を、ほんの少しだけ読み取れてるようになっていた。

 相手の弱みを先に握り、先制して主導権をモノにする。

 ようは、武器を持った戦いと、根本的な部分で変わりはない。

 その駆け引きに用いられる、力の種類と経験の違いはあるが。

 

 それを、モルガンも承知なのだろう。

 すぐには言葉を返さない。

 代わりに沈黙に行方を任せて、間を開けた。

 

「そうか……」

 

 短いひと言であった。

 その間を測っていたのは、モルガンだけではなかった。

 ランスロットがここぞとばかりに前に出る。

 モルガンに対する敬意はあれど、恐れはない歩みであった。

 

「陛下。そこに関しては、僕からも」

 

 ランスロットは言った。

 ポーチュンは槍を、ゴローたちに向けていた。

 バーゲストごと殺す気なのは間違いなかった。

 まぁ、殺せたかは、限りなく怪しいけどね。

 と付け加えることも忘れない。

 

 ランスロットの言葉を受け取って、モルガンは言う。

 

「わたしとしたことが、失念していたな。『空白』そのものであるおまえの存在が、『水』の記録ごときに写し取れるはずもない……か」

 

 まぁ、そうだねぇ。

 とゴロー。

 騎士ポーチュンの愚行の理由を、モルガンの言葉でもう理解していた。

 

「俺の存在を因果的な……まぁ、そういうモンに記録すンのは無理だよ。そもそも、たぶん、どこのアカシャ記録書にも、俺ン名前は載ってねンだもん」

 

 くひくひとひき笑う。

 が、次第に顔を、目を俯かせて、

 

「でも、ま。いいワケの余地はあるにせよ──俺ァ、百パーセント、殺意を持って彼を殺したよ」

 

 と言った。

 戯けた調子は鳴りを潜め、口だけが笑っていた。

 目には、鬱々とした影がさし、自身の行いを悔いている。 

 ゴローは続けて、処刑するというなら、首は差し出そう。

 

 そう言った。

 

 腹を切れってンなら、俺ァ切るさ。

 

 そうも言った。

 

 追放ってンなら、俺ァこの星を出る。

 如何様にも、罰は受けるよ。

 

 続けた。

 

 どうあれ、『約束』を破るカタチにしたのは俺だもの。  

 この首ひとつでお前さんの機嫌が治るなら、喜んで差し出そう。

 

「……誰がために、だ?」

 

 モルガンは、ゴローに尋ねた。

 ゴローは、ン、と目線を上げて、モルガンを見た。

 

「その、正当なる『防衛』は、誰を護ろうとしたものだ」

「おまえさんに、この()()()()()まで来てなお、忠義尽くさんとする、素晴らしい騎士のためだよ」

「…………そうか」

 

 モルガンはひとりごちた。

 目を閉じ、思考し、そして、目を開ける。

 杖を鳴らし、裁定を下す。

 

「知らぬこととはいえ、領分を超えたのはポーチュンの方だ。だが、そうだとしても、我が忠実なる騎士を手にかけたおまえを、ただ許すわけにはいかん。ゴロー。おまえにはバーゲストと共に、マンチェスターでの謹慎を命ずる」

 

 士官の妖精がざわめいた。

 今日一番のざわめきであった。

 客分でありながら、陛下の世話になりながら、女王陛下の騎士を手にかけた男。

 彼らは、モルガンの下した裁定は、その男に対する処罰にしては、あまりにも軽いものだと思ったのだ。

 

 だが、それは違う。

 それは、含みを持った言葉であったからだ。

 その含みを、ゴローが理解してくれると、モルガンは確信している口調であった。

 もっとも、士官の妖精に、それがわからないのも無理はない。

 これは、この場にいるものでは、普段からゴローの機微をその目で注視していたものにしかわからない。

 つまり、バーゲスト、ランスロット、トリスタンにしかわからないほど、微妙なニュアンスであった。

 他に、この含みにはっきりと気付けるとすれば、ウッドワスとスプリガンぐらいであろう。

 ムリアンやオーロラでは、何かが違うと気付いても、その中身まではわかるまい。

 

 ゴローはきちんと言葉を聞き終えてから、バーゲストの隣の位置まで、モルガンに背を向けずに下がり、その場で膝をついて、頭を垂れた。

 

「かしこまりました、女王陛下殿」

 

 騎士道溢れたるその振る舞い。

 しかし、意外にも手慣れていた。

 

 バーゲストはぼうっと、隣に並ぶゴローを見ていた。

 ランスロットは、下された裁定に対して、あいかわらず()()()()に頭を捻らせて、呆然とそれを見ていた。

 トリスタンは、繰り広げられる光景の、何もかもが面白くなくて、ふんっ、と息を荒げた。

 

 

2.

 

 

 大丈夫かい?

 

 キャメロットの門前。

 自分達以外誰もいない瞬間に、バーゲストは呼び止められた。

 

「大丈夫かい、バーゲスト?」

「……ああ。大丈夫だ」

 

 俯き加減で答える態度は、とても言葉通りとは思えなかった。

 なんだかんだ、暇を出されたことは、ショックである。

 だが、それ以上に不安があった。

 もっと直接的に、恐怖と言い換えてもいい。

 

 妖精騎士の着名(ギフト)

 この身を、この身に沈む呪いを抑制していたそれが、無意味になってしまった。

 こうなっては、もう、時間の問題であった。

 自らが呪いとなること、魂の底に押さえつけていた呪いが噴出することは。

 モルガンが健在なれば、しばらくは持ち堪えられるだろう。

 だが、どのみち時間稼ぎにしかならない。

 この身は呪いと共に生まれてきた。

 この身は、()()()()()()と、呪われて生まれたのだから。

 だから、いずれそう成るのは、必然ではある。

 それが、いつくるのか。

 

 それが、怖かった。

 わからないから、怖かった。

 時たま、頭にノイズが走る。 

 その度に、この身が呪いへ落ちていくのがわかったからだ。

 いつ、私が私でなくなってしまうのか──

 

「大丈夫さ」

 

 にこりと、笑っていた。

 目の前の、男は。

 

「俺が、いるもんよ」

 

 白い歯をみせて、無邪気に、笑っていた。

 バカにしているわけでもない。

 無知ゆえの楽観でもない。

 自らの力に自負を持っている、強い笑みであった。

 

「おまえさんがどうなろうと、おまえさんだよ。俺にとってはねぇ。おまえさんが呪われてようが、腐り果ててようが、泥に沈んでいようが……バーゲストは、真面目で責任感の強い、妖精國の円卓の騎士、ガウェインだよねぇ」

 

 ──ほんとうか?

 

 バーゲストの言葉に、ゴローは目をぐりっと丸く広げて、言った。

 

「忘れたかい? おまえさんがどんな化け物になっても、宇宙ミミズに比べりゃア、可愛いモンだって」

 

 そン時ァ、優しく、撫でてやるよって。

 俺ァ、言ったぜ?

 

 太い──笑みだった。

 全てを受け入れる、太い笑みであった。

 吐き出される言葉すら、太かった。

 その言葉に込められた力が、太い。

 戯けて、肩を上下する仕草すら、太かった。

 

 ああ、とバーゲストは改めて知る。

 

 今、自分の目の前にいる男は。

 大きな大きなバーゲストの、何倍も、何十倍も、太くて、大きな男であった。

 

「ちんけな不安は、吹っ飛んだかい?」

 

 

 太い男が、聞いた。

 心を覗き込むような視線であった。

 言葉を待っているしぐさであった。

 

「──ああ」

 

 バーゲストは言った。

 短い言葉に、万感の想いが込められていた。

 熱を持っていた。

 心の熱がじわりと染み入った、熱い言葉であった。

 その熱を、太い男は、逃さずに抱き止めた。

 

「まぁ、しばらくノンビリしようぜ。身体、凝ってンだろ? また、ほぐしてやるさね」

 

 そ、それはお手柔らかにお願いしますわ。

 と、困り顔で、しかし、喜びに頬を緩めて、バーゲストは言った。

 

 

3.

 

 

 しかし、それから数日後。

 ゴローはマンチェスターにはいなかった。

 

 ロンディニウムの最前線、パーシヴァルとウッドワスの睨み合う間。

 

 円卓軍と牙の氏族──女王軍の行く末を担う戦争の最前線に、ゴローは立っていた。

 

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