【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
モルガンの御前に、バーゲストとランスロットが並ぶ。
ウェールズの森を焼き、彼女たちは帰還した。
モルガンの玉座の右隣には、妖精騎士トリスタンが立っている。
その顔は眼下に並ぶ同僚たちを、憐れみと嘲笑を込めた目で見下ろしていた。
だが、ニヤついているものの、その口は固く閉ざされており、モルガンの言葉を、二人の無様な言い訳を、いまかいまかと待っていた。
士官の妖精たちが、二人を囲むように縁を作って、規則正しく並んでいた。
バーゲストたちを見る彼らの目は、哀れみでも嘲笑でもなく、自分達はどうなるのか、どうすればいいのかという、保身の色があった。
総じて、沈黙の空気であった。
どうあれ、厳粛な空気ではあった。
書記官のメルディックが、前に出て、両者にモルガンへの報告を促す。
モルガンがその言葉を反芻するように口を開くと、バーゲストは断固たる口調で語った。
ウェールズの森を浄化したこと。
『予言の子』と『異邦の魔術師』、反逆者オベロンと戦い、これに敗れた、と。
モルガンから賜った、ガウェインの
それは戦況の報告というより、自らの罪の告白であった。
モルガンに届く言葉には、その一片にいたるまで罪悪感が滲んでいる。
忠誠心からくる、罪悪感である。
モルガンは表情を変えることなく、バーゲストの報告を平らげた。
「キャハハハハ!」
甲高い笑いは、トリスタンのものである。
ガウェイン卿敗れたり! 戯けるように、彼女は言った。
負け犬、と彼女はバーゲストを蔑んだ。
それを、バーゲストは粛々と、受け止めた。
言葉そのものの毒はともかく、言っていることには何ひとつ、反論の余地がない。
それを見かねたのか、ランスロットが言った。
「陛下からの任務は完遂した」
森の浄化は終わっている、と。
そのあと、ひと間ほど言葉は続かなかったが、何を言いたいのかトリスタンは読み取った。
だから、彼女がきみになじられる謂れはないはずだが?
と、ランスロットはトリスタンの悪口を責めているのだ。
それは、当然、トリスタンには面白くない。
ランスロットは、トリスタンの機微を察するように、追撃を放った。
「妖精騎士ガウェインが敗れたワケじゃない──きみと違ってね、トリスタン」
かっ、と頭に血が昇る。
だが、トリスタンは堪えた。
相手が、ランスロットだったからだ。
ここで怒りに任せて糸を放っても、返り討ちにあうだけだ。
「……テメェの嫌味はわかりにくいんだよ」
かろうじて言えたのは、それだけ。
ランスロットは、トリスタンの澱む言葉などどこ吹く風であった。
バイザーをはずして、さらに言った。
「僕の言葉は純然たる事実さ。トリスタン」
士官の妖精たちが、その姿にざわめく。
素顔を見せたランスロットは、上級妖精たちの目にも、美しい存在そのものであった。
トリスタンは、余計に面白くなかった。
自分は灰色の肌。
ランスロットは、真白い肌。
血の色で飾らでば目立たぬ自分。
清潔な青で、自然と目を惹きつけるランスロット。
なにより、水晶の如く煌めく黄金色の瞳が憎らしい。
当てつけのようだった。
事実、そうなのだろう。
だが、それに、トリスタンは違和感を感じる。
いやに突っかかってくる。
傍目にはいつもの調子であるが、このランスロットには違和感を感じる。
苛立ち、焦り?
その類のものが、トリスタンには垣間見えた。
「陛下、私が敗走したのは事実です」
バーゲストの言葉が、煩雑になりかけた場を引き締めた。
しかるべき処罰を。
そう言って膝を折り、頭を垂れるバーゲストの振る舞いは、良くも悪くもおカタくて、トリスタンたちの言葉や思考に割り込んでくれた。
モルガンは、バーゲストに持地での謹慎を言い渡した。
処刑でも、追放でもなく。
『予言の子』に敗れたのは二度目。
取り逃したのも、二度目。
あげく
士官たちが再びざわつく。
バーゲストが
黒犬公の後釜に座れるのか?
新たな妖精騎士を賜れるチャンスだ!
醜く、歪んだその心象が漏れ出していた。
バーゲストは何も言わない。
侮辱に等しいそれらであるが、今の自分に、彼らをそしる権利はないからだ。
トリスタンは、面白くなかった。
なんとなしに、未来を予見しているランスロットも、
モルガンは沈黙であった。
醜さを剥き出しにざわめく士官たちのなかから、唯一まともな言葉が発せられた。
バーゲストには、戦場で罪を償わせるべきです。
ウッドワス率いる牙の氏族。
ロンディニウムに包囲戦をしかける彼らの元に、バーゲストを派遣するべきだと。
その命は、そこで使うべきだと。
戦況を憂う声であり、ウッドワスを憂う声であり、しかしながら、やはり、その行先に保身がある言葉ではあった。
だが、それは、モルガンの硬い口を、開かせるに値する文句でもあった。
笑わせるな。
モルガンはその心を一蹴する。
ウッドワスが、人間ごときに敗北するとでも?
信頼の言葉であった。
その意味を真に汲み取れたものが、果たして、その場に何人居たかはわからないが。
士官の妖精はかしこまって、後に下がった。
モルガンはバーゲストに向き直り、言った。
「騎士ポーチュンはどうした?」
バーゲストは恐る恐ると顔を上げた。
慎重に、言葉を選んで口籠もっていた。
「俺が殺したさ、モルガン」
こっ、こっ、と。
バーゲストたちの脇を抜けて、ゴローはモルガンの前まで歩みゆく。
その歩み、まったく、澱みなし。
背を伸ばし、顎をひき、いっそ清々しいほどの立ち振る舞いであった。
その顔には、ぐりぐりと大きな黒目を怪しく歪めている。
真横に伸びた口が、両端からぐっと吊り上がっていた。
笑っている。
しかし、見ていて楽しい笑みではなかった。
ぐぐっ、と空気が引き寄せられる。
怪しい引力──
ゴローの持つ魔性のそれが、玉座の間に、存分に漂っていく。
弁明はあるか?
しかし、モルガンが言った。
強い言葉であった。
空間が、ぐっ、とモルガンに寄る。
そのまま引き伸ばされ、ぴんと張り詰めた。
綱引きであった。
空間が、お互いに引っ張られている。
どちらの味方をするべきか迷っているのだった。
見ているものにも、その緊張感が伝わってくる。
その場にいる。
というそれだけで、この二人にとっては凄まじい駆け引きなのであった。
ゴローが口を開く。
「騎士ポーチュンは、ガウェ……バーゲストごと、俺を攻撃しようとしやがった。だからよぅ、これァ、まぁ、正当防衛ってやつさね」
しかも、背後からだぜェ?
首を傾げ、頭を少し前かがみにせり出し、手のひらを仰向けにして、肩をすくめる。
戯けた動きであった。
その言葉も、嫌味なほど軽い。
これは、モルガンの、なんらかのボロを引き出さんとする撒き餌である。
と、バーゲストは思う。
彼女は、ゴローと共に過ごす中で、彼の話し合いにおける手練手管を、ほんの少しだけ読み取れてるようになっていた。
相手の弱みを先に握り、先制して主導権をモノにする。
ようは、武器を持った戦いと、根本的な部分で変わりはない。
その駆け引きに用いられる、力の種類と経験の違いはあるが。
それを、モルガンも承知なのだろう。
すぐには言葉を返さない。
代わりに沈黙に行方を任せて、間を開けた。
「そうか……」
短いひと言であった。
その間を測っていたのは、モルガンだけではなかった。
ランスロットがここぞとばかりに前に出る。
モルガンに対する敬意はあれど、恐れはない歩みであった。
「陛下。そこに関しては、僕からも」
ランスロットは言った。
ポーチュンは槍を、ゴローたちに向けていた。
バーゲストごと殺す気なのは間違いなかった。
まぁ、殺せたかは、限りなく怪しいけどね。
と付け加えることも忘れない。
ランスロットの言葉を受け取って、モルガンは言う。
「わたしとしたことが、失念していたな。『空白』そのものであるおまえの存在が、『水』の記録ごときに写し取れるはずもない……か」
まぁ、そうだねぇ。
とゴロー。
騎士ポーチュンの愚行の理由を、モルガンの言葉でもう理解していた。
「俺の存在を因果的な……まぁ、そういうモンに記録すンのは無理だよ。そもそも、たぶん、どこのアカシャ記録書にも、俺ン名前は載ってねンだもん」
くひくひとひき笑う。
が、次第に顔を、目を俯かせて、
「でも、ま。いいワケの余地はあるにせよ──俺ァ、百パーセント、殺意を持って彼を殺したよ」
と言った。
戯けた調子は鳴りを潜め、口だけが笑っていた。
目には、鬱々とした影がさし、自身の行いを悔いている。
ゴローは続けて、処刑するというなら、首は差し出そう。
そう言った。
腹を切れってンなら、俺ァ切るさ。
そうも言った。
追放ってンなら、俺ァこの星を出る。
如何様にも、罰は受けるよ。
続けた。
どうあれ、『約束』を破るカタチにしたのは俺だもの。
この首ひとつでお前さんの機嫌が治るなら、喜んで差し出そう。
「……誰がために、だ?」
モルガンは、ゴローに尋ねた。
ゴローは、ン、と目線を上げて、モルガンを見た。
「その、正当なる『防衛』は、誰を護ろうとしたものだ」
「おまえさんに、この
「…………そうか」
モルガンはひとりごちた。
目を閉じ、思考し、そして、目を開ける。
杖を鳴らし、裁定を下す。
「知らぬこととはいえ、領分を超えたのはポーチュンの方だ。だが、そうだとしても、我が忠実なる騎士を手にかけたおまえを、ただ許すわけにはいかん。ゴロー。おまえにはバーゲストと共に、マンチェスターでの謹慎を命ずる」
士官の妖精がざわめいた。
今日一番のざわめきであった。
客分でありながら、陛下の世話になりながら、女王陛下の騎士を手にかけた男。
彼らは、モルガンの下した裁定は、その男に対する処罰にしては、あまりにも軽いものだと思ったのだ。
だが、それは違う。
それは、含みを持った言葉であったからだ。
その含みを、ゴローが理解してくれると、モルガンは確信している口調であった。
もっとも、士官の妖精に、それがわからないのも無理はない。
これは、この場にいるものでは、普段からゴローの機微をその目で注視していたものにしかわからない。
つまり、バーゲスト、ランスロット、トリスタンにしかわからないほど、微妙なニュアンスであった。
他に、この含みにはっきりと気付けるとすれば、ウッドワスとスプリガンぐらいであろう。
ムリアンやオーロラでは、何かが違うと気付いても、その中身まではわかるまい。
ゴローはきちんと言葉を聞き終えてから、バーゲストの隣の位置まで、モルガンに背を向けずに下がり、その場で膝をついて、頭を垂れた。
「かしこまりました、女王陛下殿」
騎士道溢れたるその振る舞い。
しかし、意外にも手慣れていた。
バーゲストはぼうっと、隣に並ぶゴローを見ていた。
ランスロットは、下された裁定に対して、あいかわらず
トリスタンは、繰り広げられる光景の、何もかもが面白くなくて、ふんっ、と息を荒げた。
2.
大丈夫かい?
キャメロットの門前。
自分達以外誰もいない瞬間に、バーゲストは呼び止められた。
「大丈夫かい、バーゲスト?」
「……ああ。大丈夫だ」
俯き加減で答える態度は、とても言葉通りとは思えなかった。
なんだかんだ、暇を出されたことは、ショックである。
だが、それ以上に不安があった。
もっと直接的に、恐怖と言い換えてもいい。
妖精騎士の
この身を、この身に沈む呪いを抑制していたそれが、無意味になってしまった。
こうなっては、もう、時間の問題であった。
自らが呪いとなること、魂の底に押さえつけていた呪いが噴出することは。
モルガンが健在なれば、しばらくは持ち堪えられるだろう。
だが、どのみち時間稼ぎにしかならない。
この身は呪いと共に生まれてきた。
この身は、
だから、いずれそう成るのは、必然ではある。
それが、いつくるのか。
それが、怖かった。
わからないから、怖かった。
時たま、頭にノイズが走る。
その度に、この身が呪いへ落ちていくのがわかったからだ。
いつ、私が私でなくなってしまうのか──
「大丈夫さ」
にこりと、笑っていた。
目の前の、男は。
「俺が、いるもんよ」
白い歯をみせて、無邪気に、笑っていた。
バカにしているわけでもない。
無知ゆえの楽観でもない。
自らの力に自負を持っている、強い笑みであった。
「おまえさんがどうなろうと、おまえさんだよ。俺にとってはねぇ。おまえさんが呪われてようが、腐り果ててようが、泥に沈んでいようが……バーゲストは、真面目で責任感の強い、妖精國の円卓の騎士、ガウェインだよねぇ」
──ほんとうか?
バーゲストの言葉に、ゴローは目をぐりっと丸く広げて、言った。
「忘れたかい? おまえさんがどんな化け物になっても、宇宙ミミズに比べりゃア、可愛いモンだって」
そン時ァ、優しく、撫でてやるよって。
俺ァ、言ったぜ?
太い──笑みだった。
全てを受け入れる、太い笑みであった。
吐き出される言葉すら、太かった。
その言葉に込められた力が、太い。
戯けて、肩を上下する仕草すら、太かった。
ああ、とバーゲストは改めて知る。
今、自分の目の前にいる男は。
大きな大きなバーゲストの、何倍も、何十倍も、太くて、大きな男であった。
「ちんけな不安は、吹っ飛んだかい?」
太い男が、聞いた。
心を覗き込むような視線であった。
言葉を待っているしぐさであった。
「──ああ」
バーゲストは言った。
短い言葉に、万感の想いが込められていた。
熱を持っていた。
心の熱がじわりと染み入った、熱い言葉であった。
その熱を、太い男は、逃さずに抱き止めた。
「まぁ、しばらくノンビリしようぜ。身体、凝ってンだろ? また、ほぐしてやるさね」
そ、それはお手柔らかにお願いしますわ。
と、困り顔で、しかし、喜びに頬を緩めて、バーゲストは言った。
3.
しかし、それから数日後。
ゴローはマンチェスターにはいなかった。
ロンディニウムの最前線、パーシヴァルとウッドワスの睨み合う間。
円卓軍と牙の氏族──女王軍の行く末を担う戦争の最前線に、ゴローは立っていた。