【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
一応第七章最終話です
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1.
マンチェスター。
昼の時間。
だだっ広い庭の花壇。
色とりどりに植えられた花々に、ゴローがじょうろで水をやっていた。
バーゲストは日除けの傘を立てたテーブルセットに腰掛けて、二人分のお菓子と紅茶を用意している。
花壇の手入れをすると、ゴローが言い出したときはバーゲストは自分でやると言ったのだが、こう返される。
なれたもんよ。
おまえさんがキャメロットでくたびれてる時に、花壇の手入れしてたの、俺なンだぜ?
申し訳なくなった。
が、理由を聞いても、ゴローは侍女たちに無理を言って、代わってもらっていたのだと言い張った。
問いただそうにも、従者全員に暇をだしてしまったために、領主館には今、
頑として譲らないので、バーゲストはしかたなく、労いの意味も込めて、ちょっと豪勢な菓子折りを戸棚から引っ張り出してきたのだった。
気のせいか、日が強い。
肌を撫でる風が乱暴で、慌ただしかった。
遠く離れた場所での戦火を、ふたりに伝えているようだった。
「バーゲストの目ェから見て、ウッドワスって、どんなやつだい?」
じゃぽじゃぽと、空のじょうろに水を汲みながら、ゴローが言った。
視線は向けず、背を向けているが、意識は確かに向けていた。
バーゲストはうん、と頭を捻った。
まだ、菓子は封も開けず、紅茶には手もつけていない。
ゴローの花壇の手入れが終わってから、ティータイムはそれから、という気持ちでいたからであった。
「私は、彼は優れた戦士だと思いますわ」
ちゃうちゃう、とゴローは手を振った。
まだ背を向けていたが、バーゲストには彼の苦笑いが浮かぶようだった。
ポツポツと、じょろうの水が花びらを叩く音がする。
「人として、さね」
いや、妖精として……なンかね、この場合?
ゴローはぽりぽりと頭を掻いた。
あいつが、戦士として比類なき男なのは、俺だってわかってるよ。
と続けた。
バーゲストには、なんだか嬉しい言葉であった。
牙の氏族の長。
排熱大公。
長きに渡って女王陛下の剣であり続け、数多くの戦火を踏み越えて、多くのモースを退け、妖精國を護った戦士。
その役目をほぼ終えた今でさえ、菜食と礼儀を身につけて、本能を克服しようとしているすごい男だ。
そして、現在、それは他の領地にも誇れるほどの、優れたレストランという形で妖精國の名物にまで昇華されてしまっている。
ウッドワス自身は気づいていないかも知れない。
だが、その生き様は、確かな形となってブリテンに息づいているのだ。
本能の克服。
自らの
それを、日常の振る舞いにまで徹底する精神。
それをやることが、成し遂げることが、どれほどの偉業であるかは、バーゲストだからこそ計り知れない。
今の立場こそ、妖精騎士たる自分とは五分五分であるが、その在り方は、バーゲストの理想の到達点のひとつと呼んでも、大袈裟ではないだろう。
牙の氏族としてではなく、ウッドワスといういち個人に対する敬意は鳴り止まない。
だから、その畏敬も込めて、ため息と共に言葉は出た。
素晴らしいヒト……妖精ですわ。
と、
氏族の長として、ひとつの妖精の到達点。
亜鈴の名に恥じぬ、優れたる者ですわ。
と、
ゴローはふぅ、と手を止めた。
顔だけ振り返った。
いたずらな笑みが浮かんでいた。
太くはない。
無邪気な笑みだった。
「褒め言葉ひとつも、おカタイねぇ。バーゲストらしくて、俺ァ、スキだけどさ」
きしし、と笑いながら対座に歩み寄った。
じょうろを足下に置いて、しかし、座らない。
傘の下で、目線が合う。
上から見下ろされている。
バーゲストは、少し、恥ずかしかった。
顔を俯けて、目線を逸らした。
その大きな身体に反して、バーゲストのその性根は、どこまでも"うぶ"であった。
「いただくよ」
そう言って、二人とも紅茶に手をつけた。
まだ、ほんのりと、溶け入るような温もりがあった。
2.
夜。
食卓に着いて、ゴローが手紙を読んでいた。
うむむ、と顔をしかめている。
スプリガンからの手紙であった。
相変わらず、週に二通ほど、文通しているのだった。
ウッドワスとは、今はしていない。
というより、できないのである。
軍事行動はすべからく機密事項である。
その最前線、その前線司令官であるウッドワスとの手紙のやりとりなど、できようはずもない。
「マズいねぇ、これァ……」
重苦しい声であった。
漆黒色の部屋着──といっても、かなりドレスじみているが──を着ているバーゲストが、対座に立つ。
両手に、料理皿を持っていた。
大きな皿である。
段があり、底が深い。
そこに沈み込むように、しかし、盛り上がって、大きな肉の塊が乗っていた。
山脈のようなステーキである。
油が、余熱に当てられて、まだじゅうじゅうと音を立てている。
しかし、ただまるまる焼いただけではない。
焼くまでにしっかりと叩き、ほぐし、繊維のひとつひとつが、とろけるほど柔らかくなっていた。
そのほかにも、すこし辛みのある下味をつけてたり、余計な油を取り除いていたり……美味しくするための下ごしらえを、いくつもちゃんと施している。
バーゲストのこういう部分は、極めて真面目で優等生であった。
反して、添えられている、ごろりと岩のような大きさのジャガイモは、実に男気があった。
さくりと半分ほど切れ込みが入っており、その身の内から、もうもうと分厚い湯気をたてていた。
肉の臭いが強い。
部屋に充満していく。
備え付けの、ゴマがまぶしてあるアゲたパンも、大きい。
「ご飯、用意できましたわよ」
エプロンをとって、椅子にかけて、ばしばしと手を叩いた。
ゴローの意識は、バーゲストの目測通りに、料理へと向けられる。
おお!
と驚きひとつ。
美味しそうだねぇ!
と驚きふたつ。
血が沸き立つねぇ!
と称賛がひとつ。
バーゲストは満足気に笑った。
それを見て、ゴローはふふ、と笑った後、きっ、と表情を引き締めた。
バーゲスト!
強く、名前を呼ばれた。
どきり! とバーゲストの胸を打った。
「俺ァ、禁忌を侵すぜ、今こそなァ……」
そうして一度立ち上がり、いそいそと笑いながら退出した。
だがすぐに戻ってきた。
笑みが深まっている。
その手に、小さな包みを持っていた。
バーゲストはごくり、と喉を鳴らした。
ゴローの表情は、今を持って真剣そのものだ。
なんだというのか、あの包みは!?
包みを開けて、ごろっとしたそれを、ゴローは自分のステーキの上に乗せた。
はあっ! とバーゲストが声を漏らした。
肉に乗った瞬間、それは弾けて、溶け出して、肉の臭みと混ざり合い、その臭みをかき消すほどに、甘美な匂いを巻き上げる。
バターであった。
しかも、ちょう、でっかい。
「い、いけませんわ! ゴロー! これはいけませんわ!!」
わたわたと身振り手振りするバーゲストに、ゴローはクク、と悪魔じみた笑みを捧げる。
「そう、このタンパク質のカタマリを、カロリーの大魔王に変身させるのさね!」
じゃあーん!
これぞ、禁忌の大魔法!!
と、出来上がったそれは、カロリーの暴力そのものである!
あわれ、肉の塊は、その掛け合わせによって、魔性の力を放つ食べ物へと変貌してしまった!
しかも、バターはペペロン伯爵のツテで手に入れた高級品である、とわざわざゴローは説明を加えた。
「いけませんわ! い、いけませんわ!!」
「ククク、いつまで自分を律せるかなァ? バーゲスト。おまえさんがその愚直さを、いつまで保てるか見ものだねぇ?」
ほれ、ほれ、ともうひとつ、バターの塊を近づける。
「ず、ずるいですわ! そんなの、ああ……私の料理への、ぼ、冒涜……ぼうと……」
──ください。
と小声で呟いた。
顔は真っ赤っかであった。
ゴローは遠慮なく、バターを差し出した。
あうっ、とバーゲストは弾かれるようにおののいた。
「うっま……ヤバ……溶ける……」
「お、美味しいですわ……美味しいですわ……!」
無駄に上品に、しかし夢中になって、二人はそれを貪った。
3.
「会話の途中かもしれないけどすまない──僕だよ!」
ばん!
と弾き飛ばす勢いで扉を開いたのは、ランスロットであった。
椅子に座って、ふんふんと気分良く読書中だったバーゲストは、飲んでいた紅茶をぶちまけた。
同じく椅子に座ってニュース・ペーパーの読者中だったゴローは、顔を上げて、いらっしゃいな、と言った。
「ゲ、ゲホ……ら、ランスロット!? いきなりなんだ!? なにかあったのか!?」
ランスロットの格好は、いつもの鎧ではなかった。
ドレスであった。
バイザーは当然の如く外している。
アロンダイトも外していた。
装飾として、三つボタンのついた丈の短い紺色のスカートに、太ももまで長さのある薄い白タイツを穿いていた。
太ももの側部に、ダイヤ型の、水色のワンポイントがあった
薄絹をそのまま編み上げたような、身体のラインに従うしなやかな膨らみの
その上から、透けるほどに薄い、これまた薄蒼い単色のアウターを羽織っている。
明らかにおめかししていた。
悪く言えば、着ているそれは、着るものを可愛く仕立て上げる、いかにもぶりぶりしたドレスである。
化粧などはしていない。
化粧の必要がないほどの美貌は、こういう時はまったく、反則である。
バーゲストの戸惑いなんのその。
スタスタとその歩みも、我が家を歩くが如し。
ぴょん、とゴローの膝上に座った。
「ちょっと!? な、何してるんですの!!?」
言いたいことがありすぎて、バーゲストの脳は瞬時にパンクした。
ランスロットの手前だというのに、思い切り素が出ていた。
ランスロットは足をぷらぷらさせて、
ふふん、と、
「二人揃ってマンチェスターに謹慎ってことは、彼、きみとずっと屋根の下じゃないか。それは、流石にズルいと思わないのかい、バーゲスト?」
思いませんわ!
マンチェスターは私の領地です!
怒号のような言葉を受けて、しかし、どこ吹く風。
さらりと、ランスロットは言葉を返す。
「マンチェスターはきみのものさ。だけど、ゴローは誰のものでもないだろ?」
いや、俺ァ俺のモンだけど……
と、哲学的な事を、内心ゴローは思っていた。
マイったねぇ、と頬を掻く。
「ライバルの僕が、彼の元を訪れるのに、なんの不思議があるんだい?」
「いや、妖精騎士たるものが、無断で領主館まで押し入るのはおかしいですわよね!?」
「だって、謹慎してるんだから、会うためには入らなきゃダメじゃないか」
だいいち、と溜める。
「バーゲスト。きみ、僕がゴローに会いたいって言ったら、断固拒否するだろ?」
「〜ッ!!」
僕がきみなら、そうするかもしれないし。
と堂々と、恥ずかし気もなく、さらりと言う。
「まぁまぁ」
とゴロー。
指を伸ばした手を、すっと差し出す。
しかし、ランスロットはここぞとばかりに無視をする。
ゴローの言葉は無視して、自分の言葉に、
まぁ、いいんだけどね。
と紡ぐ。
「僕とゴローはライバルだから、それは、バーゲストとゴローの関係とは、全く別物だからね! 僕は気にしないよ!」
ダメだこいつ話聞かねェ……
とゴローは思った。
というか、ちょっと慄いた。
マイったねぇ。
苦笑いを浮かべて、さっきより、より深く、言った。
「なんでわざわざ膝に乗るんですの! 椅子ならたくさんありますわ!!」
「仕方がないじゃないか。こうでもしないと、僕は彼と目線が合わないんだもの」
「くっ……!」
二人のやり取りを見とどけて、コロコロとゴローは笑った。
観念の笑みであった。
やめとけバーゲスト。
こいつ、無敵だわ。
これァ、おまえさんでも、ちと敵わないねぇ。
わかってくれたようで、何よりだよ。
と、ランスロットはさわやかな、見惚れるような笑顔を咲かせた。
ぐぬぬ、とバーゲストは苦虫を噛み締めた。
ケドよ、とゴロー。
「俺ァ俺で、おまえさんにゃア気を使わねぇかンな、それでいいかい?」
「もちろん。僕も好き勝手にやるさ」
「私の領地ですわよ!? 好き勝手やられたら困りますわ! ランスロット、あなた、そこのところ、ちゃんとわかってますよね!!?」
その日、結局ランスロットは夕食まできっちり食べて、支配欲を満たすまでなにかとべったりくっつき歩き、やること勝手にやりたい放題やって、満足気に帰っていったのだった。
「またくるよ」
「歓迎しませんことよ!!」
別れ際のやりとりを見て、さすがのゴローもまぁまぁ、としか言えなかった。
4.
夜であった。
見上げる空に、細かな星々が川のように流れて見える。
領主館の玄関。
音も立てずに、ゴローは扉を開けた。
こっこっとつま先で地面を叩き、さて、とバンダナを締める。
足を止めた。
背後に、気配があった。
「やっぱり、いくんですね、あなたは……」
バーゲストが立っていた。
全てを、理解した口ぶりであった。
ゴローは半身を振り返って、うん。と言った。
ゴローは、ロンデニィウムに行くつもりなのだ。
ウッドワスを助けに。
あるいは、救いに。
ほんとはね、とゴロー。
「ホントは、俺なんかが出しゃばっていいハナシじゃ、ないんだよねぇ、これ」
間違いなく、さ。
それァ、ワカってる。
俯き加減に、弱い口ぶりだった。
カルデアと、妖精國の戦争には関わらない。
ゴローはそう言い続けていたが、これはその言い分を破る行いである。
罪悪感があるのだ。
あるいは、嫌悪感。
それを吐き出すように、だけど、とゴローは続けようとした──
「スプリガンからの手紙、伯爵からの便り……あなたが心配になるのも、わかりますわ」
バーゲストの言葉は、ゴローのやましさの芯を貫いた。
ゴローは一瞬、目を見開いて、顎を上げた。
そして、また、顔を俯かせた。
目を閉じて、ふっ、と笑った。
言葉なく、微笑んでいた。
してやられたよねぇ。
やるねぇ、バーゲスト。
と、その顔が如実に言っていた。
「…………」
静かに見つめるバーゲストを見直して、ゴローは淡々と言った。
ある種の覚悟が入り込められた言葉であった。
「ウッドワスと、円卓軍だけなら。……『予言の子』たちとの戦いだけなら、いンだよ、別に」
だが、と挟む。
「ベリル・ガットが、トリスタンを連れて後陣に控えてるってハナシは、見過ごせねェんだ」
ウッドワスだけならば、まず『予言の子』率いる円卓軍には負けないだろう。
現在、妖精國全土に存在する全戦力を見渡しても、たとえそれが軍勢を率いて良しとしても、ウッドワスに正面から百回戦って、安定して九十九回勝てるのはモルガンがランスロットだけだろう。
たぶんね、と、
それは、おまえさんも、バーゲストもワカるでしょ?
「……そうですね」
悔しさが、滲んでいた。
「だが、ベリルがいるのはヤバい。あの子は、なにせ、
ヒトの弱みを引き出して、それを、これ見よがしと握りつぶす才があるからねぇ。
ウッドワスが負けるたァ思わンよ。
仮に、負けるとしても、尋常に戦争して負けるンなら、ウッドワスも納得するだろうさ。
優れた戦士だもの。
ゴローの言うことは、バーゲストには伝わっている。
しかし、彼女の目には、寂しさが蓄えられていた。
ケド、もしもがある。
たぶん、かなり高い確率で、嫌な、もしも……が。
「陛下は、援軍をお出しすると思いますが……」
「うん。ケド、その援軍が交通事故にでもあってたら?」
交通……?
バーゲストが首を傾げる。
もっというと、
とゴロー、
「特に旗印もない援軍が、道中で『獣』にでも襲われたら、ヤバいんじゃアないかな、ってね」
確信めいた口調であった。
何か、目の前のこの男は、自分の知らない情報を、やはり握っているのだと理解する。
かなわないな。
とバーゲストは自嘲した。
たった、一年。
ゴローはそれだけで、すっかり、妖精國の今を、私より知っているようだ。
止めることは、できないだろう。
力であっても、心であっても。
だから、願う。
「ひとつだけ……」
と、
無駄な願いであろうことは、わかっている。
彼が、このブリテンで傷つくことはないだろうと確信している。
それでも、口に出さずにはいられなかった。
「無事に、戻ってきてくださいまし」
ゴローは、にこり、と笑みを浮かべた。
太い──笑みであった。
何度見ても、太い。
包み込むような、大きくてあったかい笑い顔である。
「約束するよ」
そして、訛りもなく、間伸びもなく、言い切った。
さわやかな、あの声で。
バーゲストは空に飛び、星とならんだ彼を見送る。
月明かりが、目に染み込むようだった。
第七章終わり
第八章、月の爆撃機に続く