【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第三話:例えば世界中が土砂降りの雨だろうと、ゲラゲラ笑える【挿絵追加】

0.

 

 

 妖精騎士ランスロットは、最強である。

 

 なにせその身体は竜の一部である。

 それも、原始惑星に、まだ地球に神秘が当たり前に存在していた時代の竜だ。

 その名はアルビオン。

 この星で最も強靭な存在が彼女なのだ。

 その身体は自由に空を翔ける。

 その速さは音を置き去りにする。

 その力は妖精騎士の着名が枷になるほど強大で。

 その本質は愛を理解する賢者/愚者でもある。

 

 ガウェインも、トリスタンも、ウッドワスも、正面戦闘では到底彼女には及ばないだろう。

 空も飛べない彼らでは、戦いにもならない。

 その真の姿を十全に使えるならば、あるいは女王モルガンにも充分な勝算があるかもしれない。

 そもそも、根本的な戦いのスケールがブリテンの生態系とは違うのだ。

 

 ランスロットは、そんな自分を誇らしく思っていた。

 最強の自分。

 それがランスロットの、妖精的な意味での『目的』へと繋がる要素(ファクター)である。

 愛すべきオーロラに、愛されるために。

 愛を渇望するオーロラに、愛を注ぎ込むために……

 

 ──あら、あなた。誰だったかしら?

 

 オーロラにそう言われたのは、異様な夜空の次の日の午後。

 女王モルガンの召集命令の後だ。

 オーロラはキャメロットに入れないため鏡越しの参加であるが、相手は女王モルガン。

 何かがあってはいけないと、コーラルの呼び出しに応じてオーロラの元で待機していた。

 ランスロットたちは大聖堂の一階に。

 オーロラは当然私室の上階に。

 

 その召集で、何があったのか。

 ランスロットにはまだわからなかった。

 ただ終わり頃をみはからってオーロラの部屋に入ると、意気揚々とした彼女がいた。

 ランスロットは安堵し、近寄った。

 そして、

 

 ──あら、あなた。誰だったかしら?

 

 その言葉に悪意はない。

 その言葉に他意はない。

 その言葉に奸計はない。

 

 ただ、ありのままの言葉だ。

 それはわかっている。

 わかっていて、ランスロットの顔は青白く歪んだ。

 

 ──ああ、ランスロットね!

 ──私の可愛い■■■■■■!

 

 ぬけぬけと語る言葉にうわべ以上の価値はない。

 価値はないのだ。

 それなのに、安堵している自分がいる。

 同時に感じるのは自己嫌悪。

 心にポタポタと黒いシミが広がるのを感じていた。

 その一連の流れを見る、コーラルの目が悲しげに歪んでいた。

 

 ──ねぇ、■■■■■■。

 ──私、珍しい人を知ってるの!

 

 その笑顔は美しい。

 その心が打算に塗れていたとしても。

 抽出される笑顔は凝りに凝られた造花のように美しい。

 オーロラはいっぺんたりとも自己の否定を行わないからだ。

 頑な自己愛も突き詰めれば至上の美であった。

 他人──ランスロットのことなど、文字通り心にもないから。

 突き詰めた果てにあるのは自分しかいない世界である。

 孤独な世界だからこそ、そこで踊り続けるからこそ、彼女はずっと、最も美しいのかもしれない。

 その世界には、彼女以外、美しいものは誰もいないのだから。

 

 ──だから、連れてきてくれないかしら?

 ──腕の一本ぐらい、なくなっててもいいから。

 ──楽しいお話を、たくさん聞ければいいの。

 ──だから、口だけ残ってたら、それでいいのよ。

 

 ランスロットはにべもなく傅いた。

 あさましい打算しかない。

 どこまでも自分しかない。

 幼稚で、考えなしで。

 ……それでも、彼女を肯定してしまう。

 

 それは、ランスロットが彼女を愛しているからだった。

 ランスロットの世界に、彼女は必要なのだから。

 

 

1.

 

 

「くるのがおっせーんだよ!!」

 

 お昼過ぎ。

 キャメロットの城門。

 甲高い声にゴローは呼び止められた。

 マンチェスターで食事を終えて、さて行くかと腰を上げて赴いたゴローが、キャメロットの城下に入ろうとした時である。

 見ると、それは腕組みして、壁に背をついて、ぶすっとした顔をしたトリスタンであった。

 

「なんで待ち構えてンのよ?」

 

 ゴローの素朴な疑問に、トリスタンははん! と鼻を鳴らした。

 

「知らねーのか? キャメロットは駆動都市なんだぜ? 一度入った時と、二度目に入った時で、同じ街並みってワケじゃないかもしれないんだぜ!」

 

 それはそうなのである。

 キャメロットは土地そのものが移動する区画移動都市。

 建物自体に、建物が建つ土地そのものに魔力原理のキャスターが付いているようなもので、これが動くことで複雑な構造となり、侵入者の行く手を阻む迷路となる。

 並び立つ巨大な建造物自体が防犯装置なのだ。

 ただ、それはあくまで侵入者用である。

 防犯装置なのだから当たり前だ。

 少なくとも表向きは何一つ問題ない今日に、突然それが発動することはない。

 その辺の事情も察しつつ、あえて言葉にせず、ゴローは言った。

 

「いや、俺、飛べるしなぁ。街並み変わってても、あのデカい城は消えるワケじゃないでしょうに。最悪飛んできゃいいんだけどねぇ」

「うっ、うっせーよ! すぐ正論パンチしやがってよぉ! この私が案内のために待っててやったんだぞ! カンシャしなさいよ! カンシャ!!」

「まぁ、そこはありがとう」

「……」

 

 ゴローはあっさり頭を下げた。

 あんまりにも素直なそれに、トリスタンは言葉に詰まってふん、と鼻を鳴らした。

 

「それより……」

 

 トリスタンは視線を、ゴローの背後に向ける。

 

「なんでそのデカブツまでいるのよ」

 

 ガウェインだった。

 トリスタンの疑問に、ガウェインは答えた。

 

「トリスタン。私は、陛下にこの男の世話を任されている。一緒にいることに、なんの問題があるのだ」

「昨日いなかったじゃねーかよ」

「昨日はマンチェスターの領主として、別件を片付けていたのだ……そういうおまえこそ、ダーリントン……ニュー・ダーリントンはいいのか?」

「ハッ! あんなド田舎、ずーっといたら私が腐っちまうよ! お母様のいるキャメロットの方が何千倍も何万倍も魅力的だしぃ」

「魅力の問題ではない。私は領主としてだな……」

 

 仲が良いのは結構だが──

 

「通っていいかい?」

 

 口喧嘩がはじまりそうな空気を、ゴローの一言が粉砕した。

 二人がゴローを見ると、微笑ましい笑みを浮かべていた。

 癒されるなぁ。

 今にもそんなことを言い出しそうな、朗らかな顔であった。

 なんだか馬鹿らしくなって、トリスタンは悪口を止めた。

 

「まぁ、いいわ。ここで突っ立ってても、いい加減サムいし」

「私も、おまえと喧嘩しにきたわけではない」

「じゃあ、仲直りだねぇ」

 

 言いながら、ゴローはのしのしと歩いて行った。

 相変わらず足音もなく、見た目ほど体重を感じさせない不思議な歩き方だった。

 二人が後をついていく。

 

 ──と、

 ガウェインが気配を感じた。

 何か、来る!

 とてつもない速さで。

 

 それは、爆音と共に空気を引き裂いて、空から現れた。

 銀色の長い髪。

 絹糸のようにきめ細かく白い肌

 蒼色の鎧。

 腕に装着する二振の剣。

 小柄だ。

 三人の中では抜けて小さいトリスタンよりも遥かに小柄だ。

 その人物は、ガウェインとトリスタンのよく知る者であった。

 

「ランスロット!?」

 

 ガウェインが名を呼んだ。

 ランスロットは頷いた。

 

「君たち大きいから、空からでも目立つね。一目でわかったよ」

 

 バイザーを外して、ランスロットは言った。

 その顔はよく整った美しい造形である。

 その視線が、ゴローとかちあう。

 にこり、とゴローは笑った。

 

「どちらさんで?」

「妖精騎士ランスロット。君、知ってて聞いてるだろ」

 

 けたけたと笑った。

 バレてた? すごいねぇ。

 周到だねぇ。

 

 言葉は称賛だが、小馬鹿にしたような口調であった。

 ランスロットはそれをあっさり受け流した。

 そんなことは、どうでもいいからだ。

 

「で……湖の騎士サマが、この俺になんの御用で?」

「悪いが戦ってもらう」

 

 ランスロットは構えない。

 言葉だけ。

 しかし、ガウェインが止めに入ろうとする。

 そこから、きっちり〇コンマ三秒。

 既にランスロットは音速で飛び出していた。

 

 しかし、突き出した剣は空を切る。

 

 ランスロットが射出する0.3秒の、0.02秒前、既にゴローは動いていた。

 その動きは、ランスロットよりほんの僅かに速く。

 時速にして、僅か二キロメートルほど速く。

 ランスロットの突進距離と同じ距離だけ、背後に跳んでいた。

 結果として、突き出したランスロットの剣は空を裂くに終わり、ゴローとランスロットの間の距離はほぼ変わらない。

 

「…………!」

「いい速さだねぇ。狙いもいい。鳩尾を貫く一撃だ。肉を裂いて、内臓を抉って、まだ止まらない。骨を砕いて、まだ止まらない。俺の体を体ごと突き抜けて、俺は上半身と、下半身が泣き別れしちまう──そんな一撃だった」

 

 ゴローは腹をさすった。

 それは、ランスロットの剣が貫こうとしていた場所だ。

 

「おまえさんが超音速の騎士だと前もって知ってなけりゃ、そんな、気持ちイイのを、もらってたかもねぇ。そうなっちゃってたかも、ねぇ」

「心にもないことを言うんだね」

「あるさ。おまえさんが速いのは事実だろ?」

「そうさ。僕は速い」

 

 誰よりも。

 お前よりも、速くあらなければならないんだ。

 

 

2.

 

 

 何をしているんだ。

 

 キャメロットの上空に突如現れた光景。

 目を疑う光景。

 超音速で戯れる二人。

 慣性を無視して縦横無尽。

 人界を超越した光景。

 それを見た女王モルガンは最初、戸惑いを覚えた。

 

 ランスロットか。

 何をしているのだ!?

 あの男に手を出すこと。

 それがこの惑星(せかい)の破滅を意味すると、妖精騎士たちには前もって伝えたはずだ。

 

 その上で、先日のトリスタンの行動は見逃した。

 あれは、戦いにもならないことはわかっていたからだ。

 ゴローは一瞬で狂える人間だ。

 日常から狂気に。

 日常から殺し合いに。

 瞬時にそのまま移行(シフト)できる存在だ。

 それまで笑い合っていた友を、笑顔のまま殴り殺せる人間なのだ。

 数多の戦いを経験してきたモルガンには嫌と言うほどわかってしまう。

 あの時、あの場でモルガン以外にゴローのその強さと特性を理解していたのは、モルガンと同じくかつては修羅に身を投じていたウッドワスだけであったのは自明の理だった。

 

 それでも、ゴローはそれを自制できる強さもあった。

 だからトリスタンの狼藉は見逃した。

 あの程度のからかいに怒る人間ではない。

 トリスタン程度の悪戯で狂うほど沸点は低くない。

 瞬時に狂えることと、狂うまでの許容量が大きいことはなんら矛盾しない。

 事実、彼は屁理屈に等しい自分の解釈をすんなりと受け入れた。

 その程度の度量はあるのだ。

 

 だが、ランスロットはダメだ。

 

 彼女は妖精國の存在()()()()強すぎる。

 破格の強さを持っている。

 そして彼女もまた、目的のためなら心を殺し、冷酷な振る舞いを行える存在だ。

 

 最強/愛にこだわる故の──

 

 そこで、気づいた。

 

 見誤ったか。

 ()()()()()()()、ではなく、()()()()

 ランスロットは最強であることを自負している。

 彼女は、オーロラのために最強であろうとしている。

 ならば、新たに現れた『最強』を許せないのは当然ではないか。

 

 モルガンは玉座から立ち上がった。

 

 ランスロット。

 なぜわからない。

 いや、わかっていても、挑まざるを得なかったんだろうが。

 勝てるわけがないのだ。

 星の内の最強種が、星々を超越した者に勝てるはずがないのだ。

 おまえは確かに妖精國で最強()()()

 だがそれは、もう、意味合いからして変わってしまったのだ。

 

 ランスロット。

 お前はもう、ただ、『自分より強いもののいない世界だから最強だった』に過ぎないのだ。

 

 

3.

 

 

 音速を超えている。

 

 既に、ずっと、音速を超えている。

 音速を超えると、景色が変わる。

 世界が、それぞれの単色で塗りつぶしたような、抽象画じみたのっぺりとした景色になる。

 細かなグラデーションがなくなる。

 物体は立体から平面に。

 それぞれの形が液体のようになって混ざり合う。

 その領域を超える。

 すると、膨張する速度は静止に近づく。

 音のない世界。

 光が正しく機能しない世界。

 静止した世界で、自分だけが普通に動ける。

 普通に動いている自分が触ったものは砕ける。

 超音速の世界とはそう言うものだ。

 ランスロットはその世界で生きている。

 少なくとも、戦闘中はその世界で息をしている。

 慣性を無視できる機動力がなければ、数秒で宇宙まで突き抜けてしまう世界だ。

 

 だが、その世界に、ひとつだけ。

 今、ひとりだけ、異物があった。

 

 ゴローという、人間。

 外からきた人間だ。

 

 彼は、もはや形もわからない、色すら混ざり合ったランスロットの世界で、唯一確かな形と色を持っていた。

 ランスロットの前に、彼の姿がずっとあった。

 

 なぜだ。

 なぜ追いつけない?

 

 答えはシンプルだ。

 ゴローのほうが、速い。

 ゴローのほうが、速い世界に生きている。

 

 しかし、まだ届く。

 手を伸ばす。

 距離が詰まる。

 鋒がゴローの眼前に迫る。

 すると、彼が消える。

 違う。

 消えたんじゃない。

 少しだけ、ゴローが加速したのだ。

 ランスロットに、ぎりぎり姿が追える速度まで。

 

 まだだ。

 まだ追いつける。

 

 ランスロットは加速する。

 体が熱を持っている。

 内側が熱い。

 自分を形成するすべての細胞が、溶岩となり、さらに煮えたぎっているようだ。

 頭が熱い。

 息ができない。

 思考すら曖昧だ。

 

 それでも、まだ、追いつける。

 

 ゴローは、笑っていた。

 ずっと、顔をむき合わせている。

 ずっと、笑顔だった。

  

 ──まだ、イケるだろ?

 

 その目が、そう呼びかける。

 ランスロットは声にならない言葉で、

 

 ああ、まだいけるよ。

 

 と答える。

 言葉は伝わっている。

 ひとつ、コミュニケートするたびに、ゴローが笑みを深めるからだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それを見るたびに、

 まだ、いける。

 そう思う。

 頭でそう思っているのではない。

 思考ではない。

 感覚だ。 

 体が、そう言うのだ。

 ランスロットというひとつの個体の全存在が、そう言うのだ。

 

 だが、優劣は明白だ。

 追いつけない。

 それが事実だ。

 それが現実だ。

 

 やがて、世界から色がなくなった。

 やがて、世界から形がなくなった。

 ただ、広い、真っ白な空間になった。

 あるいは、真っ黒な空間でもあった。

 それでも、目の前のゴローという存在だけが、色とカタチを保っていた。

 彼と、ランスロットという存在だけが、その世界にいた。

 

 まだいける。

 まだ、いけるよ。

 

 胸が高鳴っている。 

 体が悲鳴を上げている。

 いや、これは歓声か?

 わからない。

 考えられない。

 考えることが邪魔だった。

 

 僕は、なんでこいつと戦おうとしてるんだっけ?

 僕は、なんでこいつに追いつけないんだっけ?

 オーロラはなんて言ってたんだっけ?

 パーシヴァルは、元気にしてるかな?

 私は、今、なんでこんなに気持ちが良いんだろう?

 

 記憶すら、曖昧になっていた。

 ただ、体の内側で歓喜が鳴り止まない。

 全身の細胞が狂喜している。

 楽しい?

 楽しいのか、これは。

 ただ速く。

 ただ、速く。

 ランスロットの「全て」がその方へ向く。

 この世界にいることは、なんて気持ちが良いんだろう。

 この世界には、何もない。

 ただ、あいつと、わたしだけ。

 

 すごいなぁ。

 こんなに速いヤツがいるんだ。

 

 でも、私も、まだいけるよ。

 だから、なんで、そんなに。

 なんで、悲しそうな顔をしているんだい?

 

 

4.

 

 

 わけがわからない。

 

 この場、この時、トリスタンとガウェインの気持ちは同じだった。

 二人とも、空に飛んだ。

 二人とも、空を駆けていた。

 そこまではわかる。

 目で追えたから。

 二人の姿の残像すら見えなくなっても、まだ気配を追えた。

 だが、ある時、二人は消えた。

 トリスタンとガウェインの世界から、二人は消えたのだ。

 爆音が響いてくる。

 衝撃が轟く。

 だから、かろうじて、二人がキャメロットの上空にいるだろうことはわかる。

 

 それ以外の、何もわからない。

 何も見えない。

 何も感じられない。

 

「ちょっと……どこにいっちゃったのよ……」

 

 トリスタンの声は無意識のものだった。

 震えていた。

 そこにあるのは恐怖と困惑だった。

 ガウェインは喉を鳴らした。

 こんな世界があるのかと、目を疑っていた。

 

 二人は、唐突に戻ってきた。

 

 ゴローの体に、ランスロットが前のめりにもたれかかっている。

 ゴローは彼女を抱き抱えると、ふわりと、羽のように降りてきた。

 

「スマンねぇ……もう、やめだよ」

 

 腕に抱えるランスロットに、ゴローはそう言った。

 哀しみが混じった声色だった。

 後悔の音色。

 駆け寄ったトリスタンとガウェインは、ランスロットを見て絶句した。

 ランスロットの顔は血まみれであった。

 目から、鼻から、口から、耳から、ドロのような血が流れていた。

 いや、顔だけではない。

 爪からも、皮膚からも、髪の毛からも、血がドロドロと流れ出ている。

 

「何をしたのよ!?」

「この子ねぇ……」

 

 トリスタンの問い詰めに、ゴローは淡々と答えた。

 

「この子、思ったより速く動けるモンだから……ちと、ハリキリすぎちまった。危うく、この子の体をジュースにしちまうところだった……」

 

 速度が増すと言うことは、物体は大気と摩擦する。

 発生する質量と運動エネルギーは飛躍的に跳ね上がり、加速する物質の全細胞が震えだして熱を持つ。

 その理論は電子レンジに近い。

 原子を構成するのは原子核と電子だ。

 原子核の周りを──ミクロの領域で言うなら──結構な距離を離して、電子が回り続けることで、原子は原子足りえるのだ。

 それはちょうど、惑星と衛星。

 地球と月の関係性に近い。

 その電子に細かい振動を与え続けると、凄まじい熱が発生するのだ。

 それでもまだ振動させ続けると、やがて電子は原子核の周期を外れていき、原子は形を保てなくなり、爆発して、エネルギーを放ちながらバラバラになる。

 これが電子(原子)分解である。

 ちなみに、これとほぼ同じことを中性子を含んだ原子で行い、発生したそのエネルギーを利用した兵器が原子爆弾(核分裂)である。

 電子分解が進むと、固体は液体となっていく。

 液体に、さらに振動を与え続けると、液体はその形を保てずに気体へと変化していく。

 これは、物質の三体である。

 どんなに強靭な物質であっても、どんなに強固な原子であっても、物理法則に、物質領域に依存する物体ならば、避けられぬ『現象』である。

 宇宙の中には熱による分解──三体化が進みすぎて、地中の鉄が気体となって、雲となり、空で冷やされて固まって、文字通りの『鉄の雨』を降らせる星もあるのだ。

 

 ランスロットの体内では、今、この現象が起きているのだった。

 つまり、体内で細胞の液状化が行われているのだ。

 よりにもよって、彼女の体内で。

 

 普通、死ぬ。

 よくて、重篤な後遺症を患い半死人になる。

 

 が、そこはランスロット。

 彼女は息も絶え絶えながら、生きていた。

 自分で呼吸をしている。

 それが、ゴローからすればスゴいことであった。

 流石は妖精騎士最強のランスロット。

 只者ではない、強者である。

 

「ま、いっ……た……なぁ」

 

 それどころか、喋った。

 思わずゴローが目を丸くして、大きく開いて驚いた。

 

「しゃ、喋れるのね……スゴいなぁ、おまえさん」

 

 そう言うゴローは全く無傷である。

 あんまりに健康体すぎるので、トリスタンは言葉になりかけた心配を喉元で詰まらせた。 

 

「ご、ゴローは大丈夫なのか?」

 

 代わりと言わんばかりに、ガウェインが聞いた。

 俺ァ、全然平気だよ。

 とゴローは言った。

 そのやりとりは、トリスタンには面白くなかった。

 

「ぼ……」

 

 ランスロットが、何か言おうとした。

 なので、三人は黙った。

 そこに、雷が落ちた。

 

 飛び退くトリスタンとガウェイン。

 その視線の先に、モルガンが現れた。

 先ほどのゴローに負けじと、ふわりとした降臨だった。

 

「やぁ、女王陛下」

 

 ゴローはフランクに話しかけた。

 トリスタンとガウェインは青ざめている。

 ヴェールで隠しきれていない。

 モルガンの顔が、明らかな憤怒と焦燥を孕んでいるのがわかったからだ。

 

「すまない」

 

 しかし、一言目は、謝罪であった。

 

「すまない。ランスロットは、何か勘違いをしていた。入れ違いがあったのだ。これは妖精國の意志ではない……だが、あなたに攻撃を仕掛けたのは事実だ。ランスロットには追って処罰を下す。この私も……」

「攻撃ぃ?」

 

 モルガンの言葉を、ゴローは遮った。

 疑問符を孕んだ、飄々とした声だった。

 

「俺ァ、彼女からは何もされてないぜ?」

「……!」

「ただ、追っかけっこしてただけなンだよねぇ。俺と、彼女は……鬼ごっこさ、知ってる? 鬼ごっこやってただけなンだよねぇ。オニごっこ……ああ、そういやこの世界、鬼、いないんだっけ?」

「だが……」

「だって、一発も殴られちゃあいないし、斬られてもないぜ? 俺ァよ」

 

 白い歯を剥き出しにして、ニンマリと笑った。

 たしかに。

 たしかにそうである。

 ゴローは、一発もランスロットの攻撃を受けていない。

 ただ、ランスロットの突撃を、それ以上の速度で逃げていただけだ。

 ずっと距離をとっていただけだ。

 

「オニごっこってなァ、逃げる側が追う側にタッチされたら負けになる童の遊びなンだわ。遊びだよ、アソビ!」

 

 わかるよなぁ?

 と言っていた。

 言葉にはしていないが、細かい表情と、目線と、雰囲気が、モルガンに如実に伝えていた。

 それは、言葉がわかるかどうかの確認ではない。

 言葉の意味がわかるのかどうかを、尋ねているのである。

 そして、聡明なモルガンは即座に理解していた。

 少し遅れて、トリスタンも、ガウェインも、理解できた。

 

 そして、ランスロットも。

 

「じゃ、あ」

 

 ランスロットが言った。

 

「じゃあ、僕の……勝ち、だね……」

 

 !?

 全員の頭に疑問符が浮かんだ。

 それは、ゴローも同様である。

 

「オイオイ、ランスロットさんよ。俺ァ、やめだよ。って言ったよなぁ?」

「うん……僕が、君の体に、触れてから、ね……」

「…………あ」

 

 ランスロットの言うことは事実である。

 超音速で飛び回る二人。

 追うのはランスロットで、

 追われるのはゴローであった。

 先に止まったのはゴローである。

 そして、ランスロットをふわりと受け止めたのも、ゴローである。

 そしてそして、ゴローが「やめだよ」と言ったのは、ランスロットが触れた後である。

 

「いやっ……その、おま……そういうこと言っちゃう!?」

「だって、そっちが、決めた……ルールでしょ?」

 

 ランスロットの声に、力が戻ってきている。

 彼女は血まみれの顔で、天使のように笑っていた。

 

 マイったなぁ。

 しょうがねぇなぁ。

 一本、取られちまったなぁ。

 

 ゴローは、苦笑いを浮かべていた。

 

「ってワケなんだな。だから女王陛下。誰も、ワルいことはしてないンだぜ。ただ、俺と彼女が遊んで、俺が負けちまったっていう、それだけさ」

「……いいでしょう」

 

 モルガンは水鏡を使い、粛々と玉座に戻った。

 トリスタンとガウェインはほっ、と胸をなで下ろした。

 

「もう、立てるよ」

 

 顔を拭って、ランスロットは言った。

 ゴローは丁寧に、優しく支えながら、ランスロットを立たせた。

 ふらつきながら、彼女は立った。

 自らの、足で。

 

「正直、悔しい」

 

 言いながら、しかし、ランスロットは微笑んでいた。

 少し困ったように、天使のように。

 ゴローは首を傾げた。

 斜め上に首を傾けて、上目遣いに空を眺めている。

 

「だから、君は、うん。今日から僕の、ライバルにする」

「フッ……フフフ」

 

 ゴローの口角が、三日月の形に広がっていく。

 口角が伸び切ってから、堪えきれずに、大口を開けた。

 

「フハハ!! フハハハハッ!! おっもしろいなぁ、おまえさんは」

 

 ハハハハハハッ!

 豪快に、空に向けて、ゴローは笑った。

 腹を抱えて、ゲラゲラと。

 膝を叩いて、ガラガラと。

 キャメロット中に響く声だった。

 

 ひとしきり笑い終わると、手を差し出した。

 

「俺ァ、色々足りてないロクデナシだがよ、これからよしなになァ、小さなライバルさん」

 

 ランスロットはその、太くて、大きくて、あったかい手を、小さな手でぎゅっ、と握り返した。




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