【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第八章、はじまりはじまり


月の爆撃機
第一話:誰の声も届かない、友達も恋人も入れない


 

1.

 

 

 荒々しい風が吹いていた。

 

 収まることのない風が吹いていた。

 大地が揺れている。   

 土を蹴って、土を跳ねる足踏みである。

 統率された軍隊と呼ぶには、足の運びはいささか不恰好がすぎる。

 だが、剣や槍を片手に走りゆくもの皆の視点は、ただひとつであった。

 

 集団の中を、独特の熱気がただよっていた。

 隣を行くものの緊張感が伝わってくる。

 伝播するそれが、身体中から染み出している。

 鉄の匂い、皮の匂い、汗の匂い。

 そして、感情の匂い。

 それらが混じり合って、その軍団独特の臭いを発していた。

 

 それは、パーシヴァルの率いる円卓軍であった。

 彼らは、ウッドワスの本陣の背後まで、一直線に駆けていく。

 ウッドワスが、ロンディニウムに攻め込むだろうことは、パーシヴァルには予想できていた。

 『予言の子』たちには申し訳ないことをしてしまった。

 彼は、ウッドワスの戦場での性格をよく知っていた。

 自分がロンディニウムから離れれば、それを察すれば、ウッドワスは速攻をかけてくる。

 彼が恐れているのは、自分だけだ。

 いや……正確に言うと、自分が持つ、この『聖槍』だけだ。

 『聖槍』抜きで、真っ向から戦って、ウッドワスに勝てる存在は円卓軍には存在しない。

 この槍は、命を吸う。

 既に、いちど、この槍は使った。

 妖精國の人間の寿命は、約三十年。

 だとすれば、この槍を使えるのは、あと二回だろう。

 その一回を、ここで使うことになる。

 それらは、パーシヴァルにとって確信的事実であった。

 

 道中でいっさいの邪魔がなかったことは予想外であったが、その疑念は、この際幸運に恵まれたのだと切り捨てる。

 

 ウッドワスの本陣が、いや、おそらくはウッドワス本人が報告を受け、こちらに気づいた。

 まだ遠い雑多なそれらが、ひとつのうねりをあげているのが見える。

 動揺しているのだ。

 狙い通りである。

 

 そして、彼らが動揺するということは、我々は間に合ったと言うことだ。

 

「ここが勝機だ! 行くぞ、みんな!」

 

 パーシヴァルは加速する。

 言葉と共に『聖槍』を掲げた。

 進行するが故に、背後に流れ落ちる声。

 呼応する──

 円卓軍の士気が、否応なく上がっていく。

 

 ──そこで、パーシヴァルの戸惑いに、果たして何人が気づいただろうか。

 

 空からふわりと降りてきた()()

 

 それは、パーシヴァルと、何人かの円卓軍の戦士には、見覚えがあった。

 それは、パーシヴァルとウッドワスたちの間に降り立った。

 

 大きな──男だった。

 

 

2.

 

 

「ゴロー!? きさま、何のつもりだ!?」

 

 背後からの奇襲。

 それ自体は読めていた。

 だが、ここまですんなりと接近されるとは思っていなかった。

 前方のロンディニウムはまだ落とせていない。 

 『予言の子』と、『異邦の魔術師』は徹底した籠城戦を行なっている。

 ウッドワスは、いっそ見事なそれに、感心すると同時に無駄な抵抗だと、悪あがきだと思っていた。

 

 だが、軽薄な軍靴の音。

 遠巻きに視認できる、迫る円卓軍の勢い。

 なにより、先陣を切る無傷のパーシヴァルが目についてから、その心象は優越感から転がり落ちていく。

 

 ウッドワス様、ご命令を! 

 ウッドワス様! 戦火に! お願いします!!

 

 慌てふためく部下は、ウッドワスにそう言った。

 ウッドワスには、信じられない提案である。

 モルガンに誓った理性。

 戦士としてではなく、忠臣として振る舞うことを義務付けた。

 この身は、戦火の中にあらずと誓いを立てた。

 ベリル・ガットの物言いは気に食わないが、陛下のお言葉が本当だとすれば、なおのこと念を押されている。

 

 ──この場で、その私に、戦えと言うのか!?

 

 しかし、こく一刻と事態が悪化する。

 それを、ウッドワスも戦士たちも肌で感じている。

 ロンディニウムはパーシヴァルの意気に呼応して、反撃の手が強まった。

 城攻めに向かった精鋭たちが、徐々に押し返されている。

 戦士たちは、敵軍が背後から迫り来る現実に焦り、攻めが雑になっていた。

 大地が揺れる。

 その音が大きくなるにつれて、焦りは肥大化していた。

 そうすると、攻め方はより雑に、単調になり、簡単に対処されてしまう。

 悪循環である。

 まるで、この場における、ウッドワスと軍勢以外の全てが、我が敵に回っているようだった。

 

 ──ふざけるな!

 

 苛立ちが募る。

 忠誠と、戦士としての本能の板挟み。

 むりむりと、ウッドワスの肉が熱を持って迫り上がる。

 体毛がざわりと逆立っていく。

 肉の内から、怒りが溢れていく。

 骨の髄から、殺意が溢れている。

 その激情は質量を持った熱そのものとなり、言いようのない殺意へと交わって、ウッドワスの脳内にじわりじわりと広がっていった。

 理性vs本能。

 培ったのは二千年の理性であるが、彼は元々、牙の氏族の長である。

 血と戦いを求めるその本能は、こういう状況において、なんとも歯止めの効かぬ『運命』と言えた。

 

 いいだろう。

 

 彼が、そう決意した。

 全て、終わらせてやる。

 この爪で、殺戮を行おう。

 排熱大公の名を、魂に刻みつけてやる。

 

 ウッドワスが、理性と共に服を脱ぎ捨てんとしたその時──

 

 一陣の風が吹いた。

 

 空気を変える風。

 色濃く、世界を塗り替える風。

 

 その風をその身に纏わせて、ふわり、と羽根のように、それは降り立った。

 ウッドワスの正面に。

 ウッドワスの視野前面を覆い隠すほどに、大きな背中が映る。

 誰なのかを問うに値せぬ背中であった。

 これほど『大きい背中』を持つものは、今の妖精國にはただひとり。

 

「ゴロー!? きさま、何のつもりだ!?」

 

 ウッドワスの怒号に、ゴローは冷静に返した。

 

「おまえさんを、救いにきたよ」

 

 

3.

 

 

 何のつもり、ってのァ、どっちの意味でだい?

 俺を邪魔しにきたのか?

 か、

 俺を助けにきたのか?

 って意味だよねぇ? どっちかだよねぇ、たぶん。

 

 ウッドワスに背を向けたまま、ゴローは言った。

 俺は、後者のつもりだよねぇ。

 有無を言わせぬ圧力があった。

 その場に居合わせた牙の側近たちが、戦況も忘れてただ立ち尽くす。

 しかし、さすがはウッドワス。

 その迫力の中でも、自我を貫き通す。

 

「キサマの助けなどいらん!」

 

 そりゃあそうだろうねぇ。

 ウッドワスの怒りを、のらり、ひょん。

 とゴローは躱す。

 しかし、言葉の軽薄さとは裏腹に、頑として動かぬ存在感が、ここに立つことへの覚悟を示している。

 

「おまえさんは、この場において最強だよ」

 

 はっきりと、言った。

 俺を除いてね、とついでのように付け加えた。

 

 ウッドワス、おまえさんからすりゃア、円卓軍や『予言の子』なんて、どれほど積み上げても塵紙の山さね。

 風のひと撫でて吹き飛んじまう。

 そして、おまえさんにゃアそれができる。

 俺の見立てじゃァ、おまえさんは風を起こして、あン子たちを皆殺しにできるさ。

 ……なんなくね。

 

 だが、と、

 

「それァ、真っ向からぶつかった場合さね」

 

 ──オレが、小細工に屈すると言うのか。

 

 ウッドワスは、静かにそう聞いた。

 重く、静かに、空気を揺らがす声であった。

 ともすれば、先ほどの、無差別に怒りを撒き散らす言葉よりも、何倍も怖い声であった。

 ゴローは、それをしっかりと受け止めた。

 その上で、言った。

 

「現に、パーシヴァルたちの到着は予想外で、おまえさんに戸惑いをもたらしただろう?」

 

 ──ッ!

 

 否定できない事実である。

 ゴローはようやく顔を半分翻して、してやったり、と微笑んだ。

 眉を八の字に曲げて、半目で、舐め回すような視線であった。

 

「釈迦に説法説く気はねェケド、戦にゃ『風』ってモンがある。どうだいウッドワス? 風、感じるかい?」

「……どうしろと言うのだ」

 

 ゴローは、うん。と頷いた。

 言葉を続けようとしたが、遮られる。

 

「ウッドワス様! 円卓軍が、パーシヴァルが目の前まで迫っています! ご決断を……!!」

 

 ああ、対処すンの忘れてた。

 ちょっと、まっててネ。

 

 すたすたと、ゴローがウッドワスから十歩ほど前に出た。

 庭先に散歩に出る──今からやることは、何でもないことだと言うように。

 これから起こすことは、こともなげ。

 そんな足取りである。

 その鼻先、もう五十メートルもない距離に、パーシヴァルが見えている。

 

 ゴローはその方向に、すっ、と左足を出した。

 確かめるように地面を踏む。

 失礼。

 と述べて、

 ふん、と軽く、言った。

 

 ウッドワスをして、何の歴史も敬意もない円卓軍の歩み。

 ブリテンを揺らがすほどのその轟きは、一瞬にして、戸惑いと驚愕のそれにすり替わった。

 

 それは、ウッドワスの戦士たちも、ロンディニウムの兵士たちも。

 いざ合流のために身を乗り出していた、『予言の子』と、『異邦の魔術師』たちも、平等にそれを眺めて、動きを止めた。

 

「なん……だと……?」

 

 ウッドワスが言った。

 爆発と見まごうほどの轟音とエネルギーの炸裂があった。

 衝撃波が静かに立ち上った。  

 それがもたらした結末の景色に、誰もが目を疑っていたのである。

 

 地面が裂けていた。

 ゴローの目前で、地割れが起きている。

 幅、縦におよそ十五メートルと少し。 

 広さは、地平線の果てまで。

 深さは──底が見えない。

 

 ウッドワスはそれがなんなのか。

 ゴローが何をしたのか、その場にいるもので、唯一理解していた。

 

 この男、ブリテン島を踏み割ったのだ。

 

 さて、とゴローは振り返った。

 再び、ウッドワスの前に立つ。

 こともなげに、である。

 

「これで、しばらくァ大丈夫だねぇ」

 

 からころと、笑いかけた。

 さすがのウッドワスも、あ、ああ、と狼狽えていた。

 

 同様に、円卓軍が目と鼻の先で狼狽えている。

 その光景は、ようやく、牙の氏族たちに喜びをもたらし、ロンディニウムに留まっていた円卓軍に、ようやく、絶望をもたらした。

 

「うおおおおお! 勝てる! 勝てるぞ!!」

「なんだあの人間は!? いや、妖精か!? なんという名前なんだ、誰なんだ!?」

「俺、知ってるぞ! あいつ、『異邦人(ストレンジャー)』だ! グロスターでウッドワス様と一騎打ちをした勇者だ!」

 

 各々が盛り上がりを見せる牙たち。

 消えかけていた炎が再び燃え上がる。

 しかし、ウッドワスの表情に冴えはない。

 なんとなく、この後のゴローの言葉を、予想しているのだった。

 

「さて、じゃア、ウッドワス。撤退しましょうかね」

 

 ああ、やっぱり。

 

 そう言うと思ったよ、おまえは。

 

 

4.

 

 

「一応聞いておくが、なぜだ?」

 

 ウッドワスの問いかけ。

 ゴローは飄々と答えた。

 

「俺の世界じゃア、軍隊用語で三割の損壊はすなわち全滅だねぇ。ウッドワスの軍の損壊、少なく見積もっても二割は割らんでしょ?」

 

 だから、撤退しましょ。

 牙の戦士たちが、ええ!? と声を荒げている。

 そんな中で、ウッドワスだけは、どこまでも冷静であった。

 

「なぜ、このチャンスを見逃さねばならぬ」

「おまえさん、俺に捧げられるモン、ある?」

「────なに?」

 

 ゴローは言う。

 これで、ロンディニウムに城攻めして、勝鬨(かちどき)を上げるじゃない。

 それは、まぁ、できるさね。

 もう、この場にいる誰もが確信してるよ。

 造作もなく、牙は円卓を滅ぼせる、ってね。

 でも、それ。

 それだと、俺のおかげになるじゃない。

 つまり、ウッドワスの手柄じゃアなくって、俺の手柄だよね、それ。

 

「…………!」

 

 そンでよ、ウッドワス。

 そうなったら、俺ァ、おまえさんに対価を求めるよ? 

 妖精國の行く末を変える戦争。

 その決め手を打ったことに、相応しい対価を。

 ブリテンの大地を割る行いに、相応しい対価を。

 おまえさん、それ、払えんのかい?

 

「…………ならば、なぜ、私を助ける」

 

 謹慎の言いつけを破ってまで。

 ゴローは照れ臭そうに、頭を掻いた。

 

 前に言ったこと以外で答えンなら……そうさね。

 善意さ、ウッドワス。

 友情でも、いいよ。

 理由なんて何でもいい。

 とにかく、おまえさんを、俺ァ助けたかったんだ。

 

「馴れ合いの延長で戦線に赴いたのか、キサマは」

 

 否定しねェよ。 

 これが気に食わないンなら、この場で俺の首を落としな。

 俺の首を落としてから、ロンディニウムを攻め滅ぼせァいい。

 戦士の誇りを捨てるなら、なりふり構わず勝ちゃァいい。 

 それも、戦争の結末としては、まァ有りだもの。

 

「なに……!?」

 

 どのみち、俺ァモルガンから何かしら叱責を受ける。

 謹慎の件も合わせると、ツーアウトだものねぇ。

 心優しいモルガンといえど、さすがにカンカンかも知れン。

 その時、死ねと言われるンなら、大人しく心臓でも首でも捧げるさね。

 ──まぁ、そんなわけで、おまえさんがここで俺の首を上げようと、結末は大して変わらんかもしれン。

 むしろ、罰として首を取られるより、友を救うために、友に首を捧げる方が、戦士として(ほま)れってモンさ。

 

 ゴローは膝をついた。ウッドワスに対して頭を垂れた。

 背を丸めて前屈みになり、いっそう顔をせり出して俯いた。

 衆人環視のただなかで、彼はウッドワスにかしずいたのである。

 それは、その首の高さと位置は、ちょうどウッドワスが爪を振り下ろしやすい場所であった。

 首を差し出す角度であった。

 

「──ッ! キサマは……」

 

 ウッドワスは、爪を立てた。

 ゴローは何も言わない。

 目を閉じていた。

 身体を支える以外の力を抜いていた。

 ゆくさきの全てを、ウッドワスに委ねていた。

 ウッドワスは()()()()()

 その手を大きく振りかぶると、ぐっ、と力を込めて振り下ろした。

 

 

5.

 

 

「ダメです! 川沿いまで地割れが及んでいます! 完全に道を絶たれました!!」

 

 何と言うことだ……!

 完全に勢いが殺された。

 いや、戦線が決してしまった。

 

 十五メートルもの幅は、円卓軍の兵士では飛び越えられない。

 断層は川まで届き、もう一方の端は、ここから見て端が見えない以上、少なく見ても数キロ以上先だろう。

 迂回している暇はない。

 手の打ちようが無くなった円卓軍は、ただ呆然とウッドワスの軍と、煙を巻き上げるロンディニウムを見守る。

 

「お、終わりだ……」

「なんてこった、こんなところで……」

 

 絶望感が漂っていた。

 パーシヴァルですら、彼らに掛ける言葉が見つからない。 

 突如として目の前に現れた、覆せない現実。 

 まるで我らの無力を嘲笑うかのように、引き起こされた災害。

 

 ──どうすればいい?  

 ──なにをしたらいいんだ?

 

 あるいは『聖槍』の力をもってすれば、自分だけは向こう岸にたどり着けるだろう。

 だが、疲弊した自分がひとり、向こうに行ってなんになると言うのだ。

 槍はあと二回しか使えない。

 その一回を、このために使うことは……

 

 ──いや。

 

「みなさん、離れていてください!」

 

 パーシヴァルが、言った。

 力と、覚悟を込めた言葉であった。

 使う気であった。

 

 遠くから、ダメー!! と叫び声が聞こえた気がする。

 あの声は、きっと、ガレスだろうな。  

 うん。すまないガレス。

 だが、今は、これしかないんだ。

 

 パーシヴァルは槍を立てて、地面に打ち鳴らすように叩きつけた。 

 

 円卓軍が、ぞろぞろと傍に退いて、彼に道をつくった。

 ありがとう。

 声にならない声で、パーシヴァルは言った。

 

「聖槍、開て──」

「ちと、まちない。パーシヴァルくん」

 

 ふわりと、その言葉は遮られた。

 ゴローが断崖を飛び越えて、パーシヴァルの前に降り立った。

 

 

6.

 

 

 全能の『異邦人(ストレンジャー)』。

 

 その噂は、パーシヴァルの耳にも届いていた。

 大きな、男だそうだ。

 山のような男だそうだ。 

 あのウッドワスと、正面から殴り合った男だそうだ。

 あのランスロットですら、追いつけなかった男だそうだ。

 

 にわかには信じがたい話の数々──しかし、その存在を目の当たりにすると、否が応でも真実だと飲み込んでしまった。

 

 彼とは、意外なカタチで出会うことになる。

 ランスロットの──姉の従者として、彼はロンディニウムに訪れた。

 嘘だと、ひと目で分かった。

 人付き合いの不器用な姉である。

 その在り方が孤高の存在である。

 失礼ながら、こんないい性格の男を従えるとは、思えなかった。

 

 彼は、屈託のない笑顔で、パーシヴァルに言った。

 

 あなたこそ、ヒーローだよ。

 

 と。

 

 忌憚のない意見であった。

 言われたパーシヴァルが、照れ臭くも、思わず罪悪感を感じてしまうほどに。

 

 自分は、ヒーローなどではない。

 たしかに、モルガンを倒せたらいいと思っている。

 たしかに、人と妖精が手を取り合って、生きていければいいとも思っている。

 

 だが、それは『ついで』だ。

 パーシヴァルの出発点。

 全ての始まりは、あの雨の日なのだから。

 

 雨に打たれ、苦悶に存在を歪める美しいヒト。

 あそこで、何ひとつしてやることができなかった自分。 

 言葉を掛けることも、抱きしめることも出来ず、愛を持て余して立ち尽くした自分。

 あの苦心を二度と味合わぬために、愛するヒトのために、パーシヴァルはこの槍を振るうことを決めたのだ。

 

 だから、ゴローの言葉に罪悪感を覚えた。

 私に、ヒーローの資格などない。

 

 現に今──尊敬はしていないとはいえ、育ての親に等しい偉大なる戦士を、自らの愛を貫くために、殺そうとしていたのだから。

 

 

7.

 

 

 目の前に、ふわりと降り立った。

 大きな男。

 黒い服を上下に着込み、尾の長いバンダナで頭を締めている。

 顔には、痛ましい傷がびしりと刻まれている。

 

「ゴロー殿……」

「パーシヴァルくん。ウッドワスは撤退を決めた。この場においては、おまえさんたちの勝ちだ」

「────!」

 

 ゴローの背後に意識を飛ばす。 

 たしかに、牙の戦士たちが、ゾロゾロとロンディニウムから撤退していた。

 ウッドワスが殿(しんがり)を務めている。

 漏らしがないことの、確認のためであろう。

 

「信じろと言うのですか!?」

「聞いてはダメだパーシヴァル! 我々がここから去った後に、ウッドワスが引き返したらどうするんだ!」

 

 いや、それはないだろう。

 それは騙し討ちそのものだ。

 ウッドワスは好まない。

 何より、我々はここから向こうに渡る術がない。

 ならば、ロンディニウムを攻め落とすのに、彼らがこちらの顔色を伺う必要などないのだ。

 

「パーシヴァ──」

「ちと、静かにしててくれ」

 

 ゴローが言うと、ガヤが止んだ。

 いや、ガヤだけではない。

 全てが、止まっていた。

 風も、大地も、雲も、星も、川も、人も、牙たちも、太陽さえも。

 おとずれたものは、パーシヴァルとゴロー以外の、全てが静止した世界であった。

 

「──これは……」

「パーシヴァルくん」

 

 意に介さず、ゴローは言った。

 音も止まっているためか、声ではなく、心に直接響くものだった。

 その眼光も、である。

 言葉と眼光が、黒く、真っ直ぐに、パーシヴァルの心に突き刺さる。

 

「その槍が、使い手の命を奪う槍なのは知ってる」

 

 見透かされていた。

 だが、おかしいことではない。

 彼は全能者だ。

 なれば、全てを丸裸にされていても、不思議はない。

 

 ゴローは続けた。 

 吐き出す言葉の数々は、説き伏せる物言いではなく、叱責する強さであった。

 

「愛を持って槍を取ったなら、愛を抱いて死ぬべきだよ」

 

 愛の泥濘に沈む努力をしなければなるまい。

 それを届けるべき相手がいるならば、()()()()に死ぬことは不徳極まるでしょ?

 俺が見たところ、そいつが使えるのは、あと二回。

 でも、二回目にゃ、死ぬでしょ?

 だから、実質、あといっかい。

 

 なら、その一回は、使い所を見定めなきゃね。

 おまえさんが、その力でウッドワスを討つ。

 それが、果たしておまえさんの抱く愛に向かうものなのか。

 そこに至るために、今、本当に必要なものなのか。

 

 パーシヴァルくん。

 これは、今は、大きな流れのひとつでしかないよ。

 たしかに、未来にウッドワスを健在させることは、円卓の未来には良くないかもしれない。

 一見したらね。

 ケドね、『運命』ってやつァ気まぐれでしみったれなんだ。 

 あいつァ、逆張り大好きの、賭け事狂いなンだよ。

 だから、逆になることも十分ある。

 ウッドワスがいてよかったと、円卓のみんなでそう言える日が、来るかもしれない。

 

「それは──ありえません」

 

 じゃあ、言い方を変えよう。

 ウッドワスを討たなくて良かったと、パーシヴァルくんが思える日が、来るだろうねぇ。

 

 ──ッ!

 

 それはある。

 あるかもしれない。

 いま、そう思ったでしょ?

 

 なら、やめておくべきだねぇ。  

 迷いのまま放つ槍が貫けるものなど、たかが知れてるよ。

 おまえさんは、ウッドワスに槍を向けるべきじゃアない。

 他ならぬ、おまえさん自身のために。

 

「……わかり、ました」

 

 納得は、できていない。

 声が澱んでいた。

 まだ、理性と納得が、彼の内で争っているのだ。

 腑に落ち切れぬ感覚は、吐き気を催すほど気持ちが悪い。

 だが、その気持ち悪さに負けることなく、彼は決断を下した。 

 それがたったひとつに向ける愛故か、万人に向けられた博愛故かはどうでもいい。

 苦悩の中にあって大局を見定めた者には、その向きがどうあれ、等しく敬意を示すべきである。

 

 だから、ゴローは、

 

 ──ありがとう

 

 と頭を下げた。

 丁寧に、柔らかく、実直に。

 

 世界が再び動き出す。

 パーシヴァルの眼前に、もうゴローの姿はなかった。

 ざわめきの中で、パーシヴァルは目を閉じた。

 これで、良かったんだろうか、と。

 己に問いかける。

 答えはない。 

 ならば、今はこの選択が、間違っていなかったと信じるしかない。

 

 パーシヴァルは、ロンディニウムから牙の氏族が全隊退くのを見届けた。

 それから軍を率いて大きく迂回して、ロンディニウムへ帰還することを決定した。

 

 円卓軍に動揺が走るが、次第に、致し方なしと、現実を受けいれた円卓軍の面々も、納得していった。

 

 

8.

 

 

 時間を少し遡る。

 

 そこは──惨劇の跡であった。

 

 そこには、何もない。

 全て、ひとりの女が、平らげてしまったからだ。

 女王の援軍。

 ウッドワスの元に参じるはずだった一個師団。

 それをまるまる、その女は平らげた。

 

 逃げ惑うものを、その恐怖ごと。

 立ちすくむものを、その意識ごと。

 立ち向かうものを、その勇気ごと。

 彼らがそこにいた足跡まで、きれいにこぼさず平らげてしまった。

 

 大虐殺を終え、彼女はヒトのカタチへと戻る。

 深緑のドレス。

 同じ色の傘を片手に。

 艶やかながら、可愛らしいピンクの体毛。

 うんっ、と身体を伸ばす仕草に、人界に留まらぬ愛嬌がある。

 かちゃりとメガネを整えた。

 胴体とおなじくらい大きな尻尾が、ふぉさりと揺れていた。

 

「──いつまで覗いておられるつもりでしょうか? いい加減、お駄賃のひとつ、いただきたいところですよ?」

 

 女──タマモヴィッチ・コヤンスカヤはそう言って、可憐に振り返った。

 

 大きな男がいた。

 少し、間を空けて、立っていた。

 

「いい食べっぷりじゃないの」

 

 男──ゴローは言った。

 

 ほれぼれするねぇ。

 容赦なく、しかし丁寧に。

 足跡ひとつ残さない徹底ぶり。

 毒を喰らわば皿までとは言うが、こうまで見事な食べっぷり。

 いやァ……好きだねぇ、俺ァ。

 

「あら、(わたくし)、これでも常に戦々恐々としておりましてよ? いつ、後ろから刺されるものか、ドキドキしていましたもの」

「言うねぇ。そっちこそ、こっちが背を向けたら、その隙にピンヒールでケツを蹴り飛ばします……ってツラしてる癖に」

 

 鏡、見たことないのかねぇ。

 あ、ひよっとして、鏡に映らない類の物の怪かねぇ、おまえさん?

 

「レディに対する言葉とも、全能者にふさわしい気品ある言葉とも思えませんねぇ、『超越者(ビヨンダー)』様?」

「あれ? 俺ンことしってんの?」

「もちろん。妖精たちの噂もさることながら、(わたくし)がこの世界に来た瞬間から、恐ろしいまでの力をずっと感じていましたもの……正直な話、こうして対峙してなお、アナタの力は現実感がありませんわ」

 

 そいつァすげぇな!

 俺のコト、『空白』じゃなくて、力の塊だって、ワカっちまうんだ。

 やっぱ、並の物の怪じゃアないね、おまえさん。

 

「アナタと比べれば、愛玩動物と変わりませんことよ? 恒星にとって、地球も木星も、所詮等しく惑星であるのと同じように……」

「言うねぇ! 気立てもよけりゃ、学もあるじゃない」

 

 さて、とコヤンは口調を変える。

 

「アナタがなぜここに──というより、なぜ(わたくし)の行いを止めなかったのか、聞いてもよろしくて?」

「わかりきったコト聞くんだねぇ」

「あらあら、何のことでしょう? わたくし、何のことだかてんでわかりませんわ〜」

 

 ケラケラと笑うコヤンスカヤ。

 それに同調するように、ゴローもけらけらと笑っていた。

 しかし、間が、張り詰める。

 ぎしきしと軋みながら二人の方へ反発して伸びていくそれは、二人の狭間の空間である。

 物理的な間に生じる怪物でもあった。

 ふたりが、その狭間を、互いを襲う怪物へと、変貌させんとしているのだった。

 この距離感。

 遠くもなく、近くもない。

 お互いが普通に喋って、声が届くギリギリの距離である。

 絶妙な距離であった。

 その空間が怪物になり損ねている。

 コヤンスカヤとゴロー、二人の発する機微に、迷っている。

 どういうカタチを作ればいいのか、迷っている。

 どちらに従い、どちらを襲えばいいのか──

 

 早い話、二人は空間を奪い合っていた。

 それは、時間的な間。

 それは、空間的な間。

 それは、お互いの心の──言葉の隙間でもある。

 

 今のところ、五分。

 しかし、この間を最初に定めたのは、ここに降り立ったゴローである。

 その気になれば、コヤンスカヤのすぐ隣に立つこともできたはずだ。

 鼻先が触れ合うほどの、キスするほど近くに現れることも、できただろう。

 それをしなかった。

 で、あれば、これはゴローが意図的に作り上げた、コヤンスカヤとの空白であった。

 で、あれば。

 コヤンスカヤとの駆け引きにおける今は、ゴローが有利かもしれない。

 

 コヤンは参っていた。

 こういう、ひりついた駆け引きが生じるのは勘弁願いたい。

 一方的に嬲るのは、まぁ好きである。

 一方的に打ち負かすのも、だいぶ好きである。

 だが、これは拮抗──実質やや不利の状態だ。

 かつて、中国異聞帯での始皇帝と、接していた時のようだ。

 対等のようで、こちらの何もかもが相手の掌の上。

 あるいは、あの始皇帝ならば、この状態からでも論戦を行い、この男相手でも主導権を握ってしまうかもしれない。

 奪い取った空間を概念的な怪物にでも変えて、この男に差し向けるぐらいはするであろう。

 

 ……いや、始皇帝が相手となれば、この男はまた、間を変えてくるだろう。

 この男の駆け引きにおける、引き出しの多さは見ての通りだ。

 ああ、嫌な相手だ。

 役目は果たした。

 さっさとグロスターに帰還したい。

 帰って、シャワーでも浴びて、ほくほくの身体が冷めやらぬうちに紅茶でも飲んで、のんびりとしたい。

 だが、これほどの巨大な力を、その目的も知らずに野放しというのも許容できなかった。

 自分の完璧主義が、こう言うときはうらめしい。

 

「おまえさんは、盤外の存在でしょ?」

 

 ゴローは言った。

 

「誰の指図──いや、約束だかしらンが、まぁ、それァどうでもいい。大事なのは、おまえさんはカルデアvs妖精國。ひいては『予言の子』vsモルガンの盤上から、外れた存在だよねぇ?」

「アナタ、まさか……」

 

 だから、私の行いを見逃したのか。

 だから、私の行いを確認したのか。

 

「そーね、想像通りよ。先に盤外の存在が、妖精國のバランスにクビ突っ込んでるンなら、同じく盤外の存在の俺が、妖精國のバランスに多少クビ突っ込んでも、公平性は保たれるよねぇ?」

 

 なんということでしょう。

 既に、体よく利用されてしまっていた。

 NFFサービスの名折れである。

 およよ。

 

「……ズルくないですか?」

「いンや、全然?」

「ズルいと思いませんこと? いたいけな美女の尻尾を追いかけて、オイシイところ取りしてるんですのよ?」

「おまえさんの業界じゃア、ヤられる方が悪い──ってコトに、ならんのかい?」

「なりません。私、自分の性分とビジネスに関しては、混同致しませんので。ビジネスには真摯に対応していますので」

「でも、めっちゃ楽しんで虐殺してたじゃん」

「趣味と実益が重なれば、笑顔のひとつも溢れるものですわ」

「ウマい返しだねぇ」

 

 かと言って、とゴロー。

 

「俺に対価を求めるアブなさは、理解できてるよねぇ?」

「……ええ。だから余計に憎々しいんですよ、私の気持ち、ご理解いただけます?」

 

 マイったねぇ、とゴロー。

 んんーと腕を組んで、頭をひねる。

 

 しょうがねぇ。

 と言った。

 

「一回だけ、力ァ貸してやンよ。だだし、この國のコト以外でね」

 

 それで、どうだい?

 だった一回こっきり、多元宇宙の全能者に、肩たたき拳を発行させるってェワケよ。

 どうだい?

 それで、納得してもらえるかな?

 バカな俺が考えられる、これ以上にないプレゼントだと思うがねぇ。

 

「……まぁ、いいでしょう。ちなみに、『異星の神』を倒すとか、カルデアを倒すとかはナシ……と考えてよろしいのですよね?」

「まァ、そいつァ自分でガンバりなさいな」

 

 コヤンスカヤは、はぁ、とため息を吐いた。

 これだから、神ってやつは……

 とでも言いたげに、ジト目で睨んだ。

 

 ゴローはからころと笑っていた。

 その目が、恐ろしく黒く、輝いていた。

 

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