【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
男の価値ってぇのは、負けた時こそ出るモンだぜ──
その手紙の最後には、そう書かれていた。
読んでいるのはウッドワス。
差出人は、ゴローであった。
オックスフォードの朝。
朝一番に、その手紙は届けられた。
全部で、三枚組。
手紙の前半部は、近況報告であった。
謹慎中だがバーゲストの誘いで
そこでグロスターの鐘は鳴らされたこと。
『予言の子』たちと深く話し合い、やはり予言はなんらかの歪みを
そして、その歪みを、モルガンと『予言の子』は、おそらく勘付いているだろうこと──
強い筆跡で書かれていた。
紙が、文字に沈んでべこべこに歪んでいる。
ゴローの強さは、こんなところからも感じられるのであった。
ぺらり。
二枚目をめくる。
三枚目。
そこに書かれているのは、たった二行であった。
しかし、その二行。
そこに書いてある言葉。
それを読んで、ウッドワスは、ははっ、と笑みをこぼした。
あの店で。
一行目はこれだけ。
おそらく、妖精國でこの意味を汲み取れるのは、ウッドワスとゴローだけであろう。
いつもは小難しい言葉を多用するくせに、肝心なことは真っ直ぐに伝えてくる。
あの男らしい、と笑ったのだ。
その下、持ち手にかかるほど末尾に、さらりと流し書きされた言葉が、
男の価値ってぇのは、負けた時こそ出るモンだぜ──
であった。
ウッドワスは支度をした。
それほど着飾るわけではない。
よそ行きと言うには簡素なジャケットを羽織り、城下に繰り出した。
2.
あの店に、ゴローはいた。
上品に扉を開けたウッドワスを、こっちこっちと呼んだ。
あの日の、あの場所であった。
二人はテーブルを囲んだ。
客は、ひとりも入っていない。
店主が、エプロンで手を拭いて、オーダーを聞きに来た。
俺ァ二番。彼にゃァ、五番で。
ゴローはメニュー表を見ることもなく、言った。
この店は、メニューに番号を振り分けている。
料理名を言わずとも、番号を言えば注文が完了する仕組みだ。
しかし、それをソラで言えるとは。
「おまえ、随分慣れたものだな」
「まァね。色々レストラン立ち寄らせてもらったケド、ここがイチバン俺に合う」
おまえさんの目は確かだったってェことさ。
セルフのお冷やをウッドワスの分も注いで、ゴローは言った。
「謹慎中ではなかったのか?」
「そうだよ。だから、ワザワザここで待ち合ってる」
オックスフォードの、ウッドワスの私室に入り込むことなど、ゴローには容易いことだ。
だが、万が一を考えてのことであった。
ウッドワスの臣下に姿を見られることは、後々面倒になる。
ゴローは謹慎中にオックスフォードに来ていた。
しかも、ウッドワスに、堂々会いに来ていた。
と、なれば、さすがのウッドワスでもゴローを庇い切れないだろう。
料理が運ばれてきた。
相変わらずの、サラダ。
あの時と変わらないオーダー。
「いただきます」
二人は手を合わせて、それを食べ始めた。
しゃく、しゃく、という瑞々しい音だけが響く。
やはり、この店に流れる時間は、外とは違うようだった。
静かな時間が漂っている。
この店の居心地の良さに、時間が足を止めて、滞っているようだった。
ようやく口を開いたのは、ゴローがひとつ目の皿をカラにしてからであった。
「ロンディニウムを、見守っててくれねェか?」
信じられぬ言葉であった。
ウッドワスの目が一旦大きく見開かれた。
しかし、言葉よりも先に、瞳の大きさが元に戻る。
いや、より、目を細めていた。
「なぜだ?」
あえて聞く。
ゴローの言うことだ。何かしらの意図があるのは明白である。
それは必ず、ウッドワスの──巡り巡って、妖精國のためになる意図が潜んでいるのだと。
ゴローは箸を止めた。
「ロンディニウムは、今や強固な軍隊だよねぇ」
それに間違いはない。
ノリッジ、ソールズベリーの反女王派を取り込み、近辺の
兵の練度はともかく、規模は比較にならないほど膨れ上がっている。
なにより、連戦連勝で士気が高い。
かくいうオックスフォードでも、彼らは悪い奴等ではないのでは? という声も、ポツポツとだが聞こえていた。
だからだよ。
とゴローは言った。
「強固な軍隊さね。外からの力には、バツグンに強い」
だが、中からは?
中からの力には、どうだろうねぇ?
ゴローの言葉は、ウッドワスに気づきをもたらした。
そうか!
たしかに、円卓軍は外からの力には強くなった。
数の暴力。
それを牽引する
それらが並び立つ今の円卓軍は、戦争においては無類の強さだろう。
女王陛下の軍と、とりあえず戦いが成立するレベルまで至っていると言っても過言ではない。
だが、所詮は寄せ集めである。
旗印は円卓軍。
彼らの指示を受けて出す、中間管理も当然、円卓軍のメンバーから選ばれている。
反女王派の目的は、その憧れはあくまで『予言の子』であるならば、きっと、それを面白く思っていないものもいるだろう。
もしそうならば、なんらかのきっかけがあれば、容易く瓦解することになる。
なんらかの『虫』が入り込んでいるならば──噛み付くそれが膨れ上がり、入り組んでいるからこそ、そのひと噛みで砂塵の城が如く、崩れ去るのだ。
「確信があるんだな?」
「まず間違いねぇさ」
「……オーロラか?」
今度は、ゴローがびっくりする番であった。
一瞬目を見開いて、ああ。と言った。
「俺がランスロットと一緒に、
くりくりと、お冷を転がしながら、ゴローは面白くなさそうに言った。
悔しいコトに、それ自体はおかしい話じゃねェ。
俺ァそんとき、オーロラには物的支援はしなくていい、って言ったケドよ、オーロラがその優しさを発揮して何人か支援に送り出した──で辻褄はあっちまう。
スプリガンに預けてる契約書にも、なンも違反してねぇコトさ。
そのあと、オーロラは円卓軍の裁定を任されて、今度は一個小隊規模で、私設軍を送り込んでる。
これも、おかしなハナシじゃねぇ。
円卓の裁定を任されたので、監視、監査のために派遣した──で辻褄があっちまうもの。
「見事だよ。してやられた」
吐き出した息は、熱を持っている。
ため息と共に、悔しさと、ほんのちょっぴりの称賛があった。
「……オーロラは既に、反女王を明確にしているが」
「宣言はしてねぇ。あくまで『予言の子』が勝手に鐘を鳴らしただけさ。そこ、スプリガンと同じだわな」
そして、そのスプリガンは今、避難の名目でキャメロットへの入城を許されている。
ならば、オーロラのそれが不問にされていても、何ら不思議はない。
「…………」
「なンか、思い当たるフシがある……ってカオだねぇ」
そのこととは直接は関係がない。
だが、『予言の子』がノリッジに向かった時、オーロラの元に赴いた時のことを、ウッドワスは思い出していた。
ゴローの語りのお陰で、冷静にそれと向き合っていたウッドワスは、オーロラの一言一句を噛み砕いて聞いていた。
そして、気づいた。
何ひとつ、噛み砕けるものがない──と。
アナタが王になるべきです。
オーロラはそう言っていたが、心にもない。
言葉だけである。
甘くて、耳がとろけそうな声で、囁いただけであった。
女王陛下のために身をひいた私が哀れで。
と言った。
私が哀れで、と言う部分は心が込められていた。
逆に言うと、その言葉にすらウッドワスに対して、いっさいの愛は向けられていなかった。
わかった。
近く、円卓は崩壊する。
オーロラのせいで。
それは、よくわかった。
だが、
「なぜ、オレがヤツらを護らねばならん? オレは陛下に忠誠を捧げている。反女王派の円卓が潰れることは、諸手を挙げて喜ぶことであって、怒り、悲しむことではない」
当然の疑問。
それを、ゴローはたったひと言でぶった斬った。
「呪いだよ」
ぞくり、
その言葉を聞いた瞬間。
ウッドワスの背に、薄ら寒いものが駆け上った。
それは、大地から足を飲み込んでいって、腰まで沈ませ、ウッドワスの全身にまとわりついた。
体毛がぶわりと逆立った。
ウッドワス。
亜鈴返り──つまり、原始妖精に極めて近いおまえさんには、もうワカってるハズさ。
エインセルが、本当に予言したのが、なんなのか。
『予言の子』が、いったい何者なのか。
おまえさんたち妖精は、誰もがその心の内に、暗くて重い破滅願望みたいなモンを抱えてる。
『予言の子』が救うものは、妖精國じゃねぇ。
「おまえさんたち──全ての妖精の『罪と罰』だよ」
つまり、『予言の子』を救うことは。
今、人と妖精の軍団である円卓を救うことは。
巡り巡って──妖精國そのものを救うコトになるンだ。
「おまえの話は、たまに難しいな……」
「ああ。だが、言葉ではワカらなくても、心では
ついでにその呪い──俺も、ほんの少し、肩代わりしてやろうと思っててね。
「……バーゲストのためか?」
「……なンで、おまえさん。自分のあれそれには疎いってかノロいクセに、ヒトのアレコレには聡いんだよ」
がぶり、とゴローは野菜にかぶりついた。
ごまかしのように。
ウッドワスは、ふっ、と笑った。
「いいだろう。だが、あくまで見守るだけだ。おまえも知っていようが、オレも今、謹慎中なものでな。あまりハデには動けん」
「それでいいよねぇ。ありがとう、ウッドワス」
礼を言うべきは──と口を開きかけて、ウッドワスはサラダをしゃくりと口に入れた。
そして、言葉と共に、それを飲み込んだ。
3.
ゴローはノリッジにいた。
金庫城への道を早足で歩いている。
手筈通りなら、今頃スプリガンが私兵と共に、ニュー・ダーリントンからバーヴァン・シーを、保護保全の名目で連れ出している頃だろう。
スプリガンのいない金庫城は、静かなものであった。
衛兵たちも、すっかりゴローとは顔見知りである。
今日は、お醤油とワサビを手土産に金庫城入りしたのだった。
主人がいないと言うのに、誰ひとり手を抜かず、ちゃんとまじめに仕事をこなしている。
スプリガンの教育の良さと、彼らを引き抜いて立てた慧眼さが伺えた。
金庫城に赴いた理由は、ゴローが預けていたモノの確認であった。
いよいよ、『イザ』という時が迫っている。
ならば、最後に確認を取っておこう。
そう思ってのことだった。
金庫城の最奥の部屋。
いつか、バーゲストと共に入った部屋。
見るからに増築されていた。
扉が、さらに分厚くなっている。
ゴローは、その扉を軽々と開けた。
あの時と同じで、絢爛豪華で、ちょっと理解できない芸術品の数々がゴローを迎えた。
──あれぇ?
ない。
それが、いない。
「ちょ、ちょっと待て! どこ行った!?」
おおよそバーゲスト……いや、妖精國の中では誰にも見せたことがない狼狽えぶりであった。
だが、ふぅ、と息を吐いて落ち着くと、改めて部屋を見渡した。
いない。
気配の残滓すら残さず立ち去っていた。
やるねぇ。
つぶやいた。
だが、急いでいたのか、慌てていたのか。
物理的な残滓が残っていた。
それを確認した時、
────!
ゴローは遠くから、あることを感じ取った。
「ぺぺ……」
方角、距離からして、ニュー・ダーリントン辺りか。
空気の振動具合からして、おそらく地下が崩れている。
そこに、ぺぺロンチーノが取り残されているのだと、金庫城にいながら、ゴローは理解した。
そして、
──そうか。
そういうことかよ。と頷いた。
なら、しゃあねぇわな。と、困ったように笑った。
しかし、吐く息が、どこか嬉しそうであった。
4.
──燃えていた。
ロンディニウムが燃えていた。
もうもと立ち上る黒煙と、斬り裂かれる肉の音、熱に弾ける油の音と、臭いがする。
それは、ウッドワスの目の前で、突然起こった。
ウッドワスは、少数の精鋭をお供に、遠巻きにロンディニウムを見張っていた。
牙の氏族の卓越した五感は、数キロ先の機敏を認識できるほど発達している。
ましてや、氏族長であるウッドワスは、ことさら鋭い感覚をもっていた。
異常はなかった。
和気藹々とした雰囲気だけが、ずっと続いている。
兵士たちの、素振りの音が聞こえる。
規則正しく、それでいてたどたどしい足踏みが聞こえる。
和やかな気持ちになりそうだった。
微笑ましい。
懐かしい。
かつて、パーシヴァルを鍛えた時も、こういう感じであった。
そのパーシヴァルが、自分が習ったことを、さらに人に教えている。
もちろん、パーシヴァルには、それしか鍛える方法がわからないというのはあるのだろうが──
なんだか、心に火が灯る思いであった。
──人に、歴史あり。
過去から今は、全てがつながっているのさ。
今に至った過去の全て、良くも悪くも無駄なモノなんて、何ひとつないのさね。
ゴローが、いつかそう言っていた。
あれは、こういうことなのかと、ウッドワスにはようやくわかった気がした。
異変は、突然起こった。
円卓軍同士の殺し合い──いや殺し合いではない。
ロンディニウムの中から火を放ち、武装した兵士が女子供も容赦なく殺していく。
今、ロンディニウムに残っているのはせいぜいが衛生兵や、補給兵のはずであった。
それは、一方的な殺戮であった。
「う、ウッドワス様……こ、これは……」
「はじまったか……」
目の先で繰り広げられる行為。
ウッドワスは拳を握った。
戦争ではない。
これが、殺し合いで、戦争であるならば、ウッドワスには何の感情もなかっただろう。
それだと、戦ったものが、強者と弱者に分かれるだけだ。
弱い方が悪い。
弱いまま、戦いに挑んだことが悪い。
だが、これは違う。
宣誓もなく、布告もなく、殺戮者の狙うものたちは、戦えるものですらない。
「ウッドワス様……!」
戦士のひとりが、空を指した。
全員が、見上げた。
蒼い閃光が、ロンディニウムに落ちた。
その正体を、誰かが呟いた。
──ランスロット。
ウッドワスは、とうとう最後の核心を得た。
ウッドワスは、とうとう最期に疑念を払った。
アレが出てくるということは、もはや言い訳の余地もない。
心のどこかで、信じたくない思いがあった。
──オーロラ。
だが、暴威そのものであるアレの存在は、その思いを粉々に打ち砕いた。
「おまえたちは、ここで控えていろ」
何があっても、出てくるな。
静かな、静かな言葉であった。
だが、牙の戦士たち──精鋭の彼らは、等しく震え上がった。
ウッドワスの立ち振る舞いは、形容し難い恐怖を描き出していた。
「オレが行く」
言葉は、態度は冷静に──
しかし、その目は血走っていた。
5.
「やああああーっ!」
ガレスは立ち向かう。
残る敵は重装兵が三人。
剣も、鎧も、盾も立派なものだった。
とても、円卓軍が一般の兵に分け与えられるものではなかった。
ランスロットの襲撃。
有無を言わさず、兜ごと斬り裂かれ、頭蓋を砕かれた。
右目が潰されて、血と水晶体がドロドロとこぼれている。
槍を握る手が緩い。
指が何本かちぎれているためだ。
左腕は、もはや腕のカタチをしていなかった。
叫ぶと、その度に喉から血がごぼごぼと泡立つ。
「ええい小賢しい! さっさと死ね!」
ガレスの槍を正面から盾で受け止めて、背面から二人がかりで剣を振るう。
ガレスは身を捩って躱そうとするが、とても躱しきれず、脇腹にざくりと剣が食い込んだ。
「けえっ……えっ……!」
嗚咽に身を丸めると、そのままどん! 脇腹を蹴られる。
乱暴に引き抜かれた剣から、血と、体液と、少しばかりの内臓の粒が飛んだ。
「まだ立つのか! ええい、こいつ不死身か!?」
「違う、よく見ろ! もうこちらを認識できてもいない。死にかけではないか!」
「これ以上手間取ってはパーシヴァルが引き返してくるぞ! こいつは放っておこう。どうせ助からん」
まて……にが、さない……
ガレスは何もなく重装兵の足に飛びついた。
その衝撃に、ガレス自身が血を吐く。
「うっとうしいわ! 我が主人から賜った鎧を穢れた血で汚すな!!」
三人がかりで踏みつけられる。
肋骨が折れた。
背骨が折れた。
鎖骨も折れた。
肩が砕けた。
内臓は破裂した。
腕が折れた。
だから、足に噛み付いた。
顔を踏みつけられ、耳が削げて、歯が折れた。
それでようやく、ガレスは離れた。
三人が立ち去っていく。
炎に炙られているはずの、地面が冷たい。
ま、て……
ガレスは、突っ伏したまま、三人を睨んでいた。
卑怯者!
卑怯者!!
にがすもんか!!
身体、動いてよ……お願いだから……!
ガレスの無念など、通じない。
三人の背中はどんどんと遠くなる。
なら、せめて……
ガレスは這いずった。
骨盤が砕けているため、もう立てなかった。
生暖かい感触がする。
こぼれた内臓と肉が、地面に引き摺られたためであった。
ばくだん……を……
こども……たち、を……
「ぎゃあっ!!」
つんざくような悲鳴。
何が起きたのか。
顔を、その方に向けられない。
「き、貴様は……なんでここに……があっ!!?」
「な!? く、狂ったか!? あぎっ!!」
ばたばたと、倒れ伏す音。
新しい敵だろうか。
もう、いやになっちゃうなぁ。
わたし、なにも、護れないじゃん……
──それは、ガレスを救い上げた。
暖かくて、大きな手であった。
ガレスを抱き抱えると、言った。
「よく、戦った」
誰の声なのか、判別がつかなかった。
ガレスは、えへ、と笑ったつもりだ。
だが、それは笑い顔になってはいない。
口が裂けていた。
歯もない。
鼻も潰れている。
不気味な笑い顔だったであろう。
だが、その誰かは、きっと、微笑みを返してくれていた。
「あり──がと、う……」
かろうじての言葉であった。
「貴様……目が……」
ガレスはえへへ、とまた、笑ったつもりであった。
それが、いやだったのか、抱き上げるその手から、驚愕が伝わってきた。
「おまえ──まさか、エインセル……か……?」
あれ、なんで、この人。
わたしの秘密、知ってるんだろう?
あはは、頭が、回らないや。
ああ、すみません、誰かさん。
もう、わたし、未来も見えないんです。
だけど、やらなきゃ、いけない……ことがあるんです。
「ばく……だ……ん……こど、も……たち…………」
誰かは、言った。
「子供は無事だ」
そう、です……か、
よか、ったあ……!
「あとは、爆弾だな。どこだ?」
あ、はぃ……さく、せ……しつ……
誰かは、ガレスを抱えたまま、階段を上がっていった。
そして、作戦室に着くと、ガレスを壁に優しく座らせて、火薬樽を軽々と放り投げた。
遠くで、爆音がする。
耳をつんざく音が、ガレスには遠い遠い出来事のように感じられた。
「エインセル……逝くな!」
「あ、はは……だい、じょ……す。わ……ここ……」
「おまえは、女王陛下に何の申し開きもなく逝くつもりか!? ここまで、みな、おまえの残した予言に振り回されているというのに……!!」
あ、はは。
ごめ、ん……なさ、い。
み、ん、な……に、めいわ……く……
──ああ、子供たち。
みんな、無事だったんだね。
良かったあ。
わたし、最期まで、かっこよかったかな?
……うん、ありがとうね。
みんながいてくれたおかげだよ。
みんなのおかげで、
パーシヴァル、アルトリアさん、カルデアのマスターさん。
伯爵に、ハベにゃんに、レッドラ・ビットに、村正さん。
あの人たちのおかげで、みんなのおかげで、わたし、円卓の騎士であれたよ。
──ありがとう。
エインセル──ガレスは、最後の最後に微笑みを浮かべていた。
その顔のまま、逝った。
最期まで、誰かに話しかけていた。
ウッドワスには──それが、自分ではないことは、わかっていた。
6.
夕刻。
円卓軍の本陣が帰還した。
焦土と化したロンディニウム。
悲しみに潰されながらも、彼らは鎮火作業と、遺体の運び出しを行っていた。
ロンディニウムの焼け落ちた広間に佇むパーシヴァルの表情は、押し図ることもできない感情を、どう表せばいいのかわからないものであった。
カルデアのマスターも、誰もがそうであった。
「す、すみません! 団長はおられますか!?」
そこに駆け込んできた円卓の兵士が、その空気を一変させた。
なんでしょうか?
とパーシヴァルは空元気で答えた。
だが、どう聞いても絞り出した声であった。
「そ、それが、お会いしたいという方が……」
──のけ。
混乱に口を回す兵士を押し退けて、それは、パーシヴァルの前に現れた。
彼の目が、驚愕と混乱に塗りつぶされる。
「──ウッドワス!」
「パーシヴァル、話がある」
真剣な眼差しであった。
敵意もなく、怒りもなく、
ただ、その目に哀しみを携えていた。
7.
円卓軍の天幕の中。
パーシヴァルとウッドワスが向かい合っていた。
緊張感が支配していた。
沈黙が横たわっていた。
茶の一杯、出せる状況ではなかった。
だが、ウッドワスは文句ひとつ言わなかった。
「これは──」
思わず口にして、そして思わず閉ざした言葉であった。
「わたしではない。陛下に誓って宣言する。わたしではない」
愚問であった。
分かりきったことである。
だが、その愚問を、思わず口にせずにはいられないほど、パーシヴァルは混乱していた。
「女王軍が攻めたと、聞きました」
「それは、ある意味事実だ」
ひとつひとつ、確かめるように問答する。
「ガレスの兜の、頭の傷は──」
「おまえの想像の通りだ」
パーシヴァルは、言葉を失った。
同時に、理解できたからだ。
これを起こした犯人を。
我が姉、ランスロットに非情を行わせられる存在。
それは、妖精國にはただひとりしかいない。
「感情に走って攻め入るのはよせ。あの女は真っ向から潰そうとして、潰せるものではない」
「アナタらしくも──ないですね」
「当然だ。わたしも成長している」
ああ──勝てないなぁ。
とパーシヴァルは思った。
そこに、バタバタと慌ただしい足音が近づく。
「ウッドワスうーッ!!」
『予言の子』であった。
彼女は、ガレスの死体からできた鐘をならし、溢れん魔力に包まれていた。
その姿──怒りに顔を歪める姿を見て、ウッドワスは息を飲んだ。
そして、
「はは、なんということだ。エインセルといい、
「おまえっ! 何がそういうことなんだよ!! ふざけんなっ!!!」
飛び掛からんとするアルトリアを、村正が押さえつけていた。
しかし、今ウッドワスが思うこと。
それは、ゴローのことであった。
──あの男、ここまで読み切っていたのか?
──あの男、ここまで全て、わかっていたのか?
なるほど、わたしを止めるわけだ。
なるほど、わたしを生かそうとするわけだ。
なるほど、巡り巡れば、妖精國のためになるわけだ。
「落ち着けアルトリア! こいつは下手人じゃねえ!!」
「そうだよ。火付けは火事場に戻るとはいうけど、あまりにも不自然だ」
「うるさい!
ぱん! と乾いた音。
カルデアのマスターが、アルトリアの頬を叩いたのだ。
「なんで──」
「落ち着いて、アルトリア」
そうか、アルトリアと言うのだな。
アルトリアは名を呼ばれて、一瞬沈めていた殺意を、再び視線に滲ませた。
「ウッドワス。質問してもいいかい?」
「構わん」
ダ・ヴィンチが言った。
「これを起こした犯人を、知っているのかい?」
「…………」
沈黙。
アルトリアは言った。
「黙ってないで、なんとか言いなさいよ……!!」
──わかっているだろうに、おまえなら。
とウッドワスは思う。
しかし、口には出さなかった。
苦悶に歪めるその顔を見て、ウッドワスはああ、と遠い記憶──先代排熱大公、ライネックの記憶を想起する。
似ている。
あまりにも、似ている。
その心も、その性根も、その優しさも。
「すまないが、それは言えん」
「──なっ!?」
「……わかった。ウッドワス、つまり、きみがここにいる理由は、別なんだね」
ダ・ヴィンチの言葉に、ウッドワスはああ、と肯定を示す。
提案したいことがあるのだ、と続けた。
「いつでもいい。陛下と決戦する前に、オックスフォードの鐘を……鳴らしに来い」
宣戦布告ではなかった。
鐘を託す、そう、ウッドワスは言い切った。
第八章おわり
第九章、千年メダルに続く