【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
1.
円卓軍を殺してこい。
直訳するならば、オーロラはランスロットにそう言っていた。
相変わらず、ソールズベリーの気候は穏やかである。
雲の流れがゆったりとしているのも、いつも通り。
茜空は、相変わらず暖かい色である。
だが、ここ数日、街の表通りは騒がしくあった。
『予言の子』がウッドワスを退けた。
街行く妖精たちの流行り。
その話題の中心は、もっぱらロンディニウムの戦いと、『予言の子』の
耳を傾けるだけで、道の上で、酒場で、訓練場で、あることないこと、大袈裟な言葉が飛び交っている。
ロンディニウムは、円卓軍は、今や女王陛下の軍隊にも並ぶんだ!
円卓軍はウッドワスの軍をボロボロにしつつ、ウッドワスを無傷で見逃したそうだ!!
いやいや。俺が聞いた話だと、ウッドワスはみっともなく命乞いをしたそうだ!
『予言の子』の靴を舐めたって話もある!
みっともないウッドワス!
それに対して、ああ、『予言の子』はなんてすごいんだ!
余裕の態度じゃあないか!
すごい! 俺も円卓軍に入ろうかな!?
入ろう入ろう! 勝ち馬に乗れるぞ!
モルガンはもう時代遅れだ!
これからは、『予言の子』と円卓の時代だ!
でも、円卓軍のリーダーは、人間だぞ?
人間の、パーシヴァルなんだぞ?
円卓軍に入ったら、人間に従わなきゃいけない。
それはイヤだなぁ。
だったら、パーシヴァルと『予言の子』が、モルガンを倒した後で、パーシヴァルを殺しちゃえばいいんじゃないか?
そうだそうだ!
人間は妖精に繁栄をもたらすのが仕事だろ?
モルガンを倒したら、喜んで首を差し出してくれるんじゃないか?
そうだそうだ!
そうに決まってる!
空を飛ぶランスロットは、その様子を一望して、吐き気を催していた。
生まれながらにして、度し難い罪を抱えた者たち。
この期に及んで、モルガンの慈悲とパーシヴァルの心を、何ひとつ理解できない者たち。
せっかく、今日はなんだか風が気持ち良かったのに。
せっかく、最近はいい気分でいたのに、諸共台無しであった。
ランスロットは先日、湖水地方でアルトリアたちと共にコヤンスカヤを撃退した。
不遜な獣から、アルビオンの亡骸──竜骸を護ったのだ。
思わぬ収穫として、鏡の氏族の妖精亡主となっていたミラーとも話を交わした。
気にしなくていいよ、とあっけらかんとしたミラーの言葉は、ランスロットに少しばかりの救いをもたらした。
彼女なりにけじめが──自らの因果にも、ひと区切りが着いていた。
罪の意識がなくなったわけではない。
むしろ、ある種の罪悪感はますます募っている。
だが、気が楽になったのは事実であった。
竜骸に頭を下げて、愛しさをなげて、ランスロットはその場を後にした。
そして、今、その気分が台無しにされた。
なら、良いことを考えよう。
これが終わったら、やることを考えるんだ。
そしたら、ほら。
気分がいい。
気分が良くなった。
ああ、そうだ。
このあと、彼に会いに行こう。
星の超越者。
優しい顔で、笑う男。
暖かくてゴツゴツした指を持つ男。
その目に、星々を飲み込む、引力を持つ男。
私が、運命を視ることができない、唯一のヒト。
どうだい? 僕は、空気だってちゃんと読めるんだ。
バーゲストは今頃、陛下に召集を受けてキャメロットに向かっているだろう。
と、なれば、マンチェスターの領主館には、今、彼はひとりだ。
掃除でも、してるのかな?
ご飯でも、作ってるのかな?
それともまた、難しい本でも、読んでるかな?
何しててもいいんだ。
彼は彼だから。
変わらない。
そこに、僕が飛び込むんだ。
──突然だけど、僕だよ!
彼は一瞬だけ、僕の知覚だから分かる刹那の間、目を見開く。
だけど、すぐに、優しく眉を落として、あの太い笑みになって、こう言う。
──やぁ、小さなライバルさん。
いらっしゃい。
紅茶が入ったばかりなンだよ、飲むでしょ?
僕は頷いて、彼の膝の上まで移動する。
彼の膝は、むっちりしていて弾力がある。
独特の熱を持っていて、熱の少ない僕には心地いい。
そうだ、ドレスを着て行こう。
彼は、どんなものが好きかな?
この前は、歯牙にも掛けないそぶりだったから、もっと可愛いやつがいいかな?
それとも、もっと美しいやつがいいかな?
ちょっと前に、お忍びで、グロスターのペペロン伯爵の店に行ったんだ。
そこで、店員に薦められた、美しいドレスも買ったんだ。
それを着て行こうかな?
どんな反応、してくれるかな?
考えると時間は早く、幸福は思慮を妨げる。
ソールズベリーの大聖堂。
上階。
氏族長の部屋──オーロラの部屋。
翅を輝かせて、彼女は言った。
──ねぇ、メリュジーヌ。わたし、不安なの。
ランスロットの顔が、さあっと青ざめた。
元々血の気の薄い顔であるが、死人のようであった。
この顔、この声には、見覚えが、聞き覚えがあった。
鏡の氏族を絶滅させたあの時──
オーロラの声は、あの頃と何ひとつ変わらず、輝きと憂いに満ちていた。
2.
──うう……う……
遠くで、燃えている。
眼下で、燃えている。
ロンディニウムが燃えている。
そこにある全てが、燃えている。
うう……うぁ……あぁ…………!
やったのは、私だ。
やったのは、円卓に混ざっていた、オーロラの私兵。
命じたのは、オーロラだ。
私は空にいるだけ。
だが、やったのは私たちだ。
彼らは、ロンディニウムの内部で、いきなり兵装を着替え、隠し置いていた木箱を開けて、剣を取り、女王軍の兵士を名乗り、殺戮を始めた。
訳もわからず殺される女、子供。
残留していた兵士たちが剣を取って立ち上がるが、無駄だ。
いるのは衛生兵に、補給兵。
主力級は、全員出払っている。
彼らじゃあ、オーロラを守るために、決死で訓練を受け、それを乗り越えてきた者たちに叶うはずもない。
だから、それを空から眺めている時、私の心は安堵していた。
──ああ、私が手を出す必要、ないんだ。
最低な考えだ。
でも、それでも。
私に取っては、眼下の殺戮は、見殺しは、救いであった。
それが、変わる。
ミスリルの鎧を纏う騎士が、ひとり。
ロンディニウムの外壁に、ひとり。
たったひとりでありながら、オーロラの兵士を蹴散らしていく。
見たことがある子だった。
ウェールズの森で、パーシヴァルと共にいた子だった。
まだぎこちなくも、パーシヴァルと同じ槍の振るい方を、する子だった。
だから、名前も知らないが、少しだけ印象に残っていた。
──やめてくれ!
私は、願った。
その子の、速やかなる、死を。
早く誰かに殺されてくれ。
そう願った。
だが、そうならない。
パーシヴァルとよく重なる動きで、その騎士は、オーロラの兵を次々に薙ぎ倒す。
騎士は、とうとうロンディニウムの広場にまで、たどり着いた。
私は、唇を噛み締めた。
血が出るほど噛み締めた。
それを、飲み込んだ。
血の味──正確には、血を模した味が、喉を通り抜ける。
私はバイザーを装着して、その騎士の眼前に降り立った。
驚く騎士の不意をついて、その兜を叩き割った。
3.
マンチェスターの領主館の前。
私は、ふらふらと、意識なく、ここに飛んできていた。
本当は、オーロラの元にいの一番に参じるべきだが、私の本能は、暖かさを求めていた。
私を包み込んでくれる、暖かさを。
冷たい。
雨が降っているわけではない。
風が冷たいわけでもない。
それでも、全身から血の気が引いていくのを感じていた。
身体中の熱が奪われていって、それは、そのまま、私の存在を砕いていって……
誰かに、それを止めて欲しかった。
私という存在を、とどめていてほしかった。
贅沢で、ワガママな想いだ。
他者を、一方的に殺戮しておいて、自己の崩壊が怖くて怖くて仕方がないのだから。
それでも、彼なら……
──大変だったねぇ。
──大丈夫だよ。
そう、言ってくれると信じていた。
例え、嘘でも。
嘘でも──
ああ、
足が止まった。
代わりに、私の目から、ボロボロと涙がこぼれ出した。
ああ、私はなんてワガママなんだ。
『嘘でもいいから、愛してほしい』
『嘘でもいいから、慰めてほしい』
それじゃあ、同じじゃないか。
僕が、普段からオーロラに求めているものと、同じじゃないか。
僕は、彼を、僕の存在を保つためだけに、次の依存先にしようとしていただけじゃないか。
醜い。
なんて醜いんだ。
上辺だけ取り繕って美しく見せて、
誰よりも残酷な加害者なのに、
僕は被害者だと振る舞って、
より強く、より大きな存在に、
慰めてもらって、愛の言葉を求めて──
なんだ、僕も、オーロラと変わらないじゃないか。
身体の、
それが、皮膚の上に滲み出て、僕の身体を乗っとろうと、這い回っていく。
気持ち悪い!
気持ち悪い!!
誰より、僕自身が、気持ち悪い……!!
──ランスロット。
そう、彼に呼んでほしい。
そう呼ばれたなら、陛下の御力も相まって、私は、僕でいられただろう。
──どうした? 大丈夫か?
彼がそう訊ねてくれたなら、僕は見栄を張って、大丈夫と立ち上がれただろう。
だけど──無理だよね。
そんな『虫のいい話』、僕には許されないよね。
「いや、許されていいのさ。メリュジーヌ」
私の背後から、声がした。
聞き覚えのない声だった。
私が振り返ると、そこに、■■■■・■■■■■■■■がいた。
私は自らの『眼』で、ひと目で、それの正体を見抜いてしまっていた。
剣を抜くべきだった。
その場で殺すべきだった。
私なら、造作もなく殺せる。
だが、できなかった。
彼の言葉に、染み入るような、暖かさを感じてしまっていたからだ。
「『虫の知らせ』を聞きつけてね、ダメだよ、メリュジーヌ。キミはブリテンで最も美しい妖精。輝ける光なんだから」
キミは、オーロラとは違うんだから。
と、
会話をしてはならない、
目の前にあるのは滅びの具象化。
終末の擬人化。
会話をすれば、飲み込まれる。
斬らなきゃ。
アロンダイトを──剣を抜かなきゃ。
だけど、身体が動かない。
心が、身体の動きを止めている。
身体の内からの怒号。叫びが、私を責めている。
そんな資格は、私にはない。
私もまた、ヒトに言われるがままに、滅びをもたらしている。
言い訳がましく、口が動いた。
それに、それに……最も輝けるは、オーロラ……
会話を、してしまった。
眼前の虫の心が、ニヤリと笑うのがわかる。
顔は、その表情は、なんともない顔をしているが、メリュジーヌには、その心が邪悪に笑っているのがわかった。
「じゃあ、彼女がいなくなればいいんじゃないかな」
──えっ?
「考えてごらんよ。キミは、今までオーロラのために生きてきた。それが、妖精としての『目的』、存在意義としてね」
そうだ。
泥の中でうごめく私を、彼女だけが掬い上げた。
私に、命と、カタチをくれた。
「だけど、キミは妖精じゃない。ランスロットはともかく、メリュジーヌは左手だけとはいえアルビオンだ。本来、妖精と違って、生きるのに『目的』なんか必要ないだろう?」
それは──
「それに、目的意識、存在意義というなら、キミの心はもう、だいぶ『彼』に寄ってるよ。自分でも、気づいてるだろ?」
──ッ!
「オーロラの世界は、オーロラしかいない。だけど、『彼』の世界は文字通りの『無限』だ。全てを受け入れて、全てを愛せる男だ。現に、彼はキミが本当は醜い泥の塊だって、とっくに知ってたけど、何ひとつ変わらずに
──彼が、私を……?
「本当さ。変わらぬ愛を、ずっと向けてる。愛っていうのはいつもそうさ。出す側が発信したあとは、受け取り手の問題なんだ。つまり、あとは、キミが彼からの愛に気付けるかどうかなんだよ、メリュジーヌ?」
オーロラは、キミに一度だって愛を向けなかった。
だから、キミが他人の愛の送信に気づかないのも、仕方ない話だけどね。
「だけど、彼はずっと、この妖精國に来てからずっと、オーロラに苦しめられてきている。謹慎の件も、ウッドワスの件だってそうさ。彼、ウッドワスが殺す気なら、責任とって、あのまま死んでたんだぜ?」
──えっ、ど、どういうこと……
「だから、オーロラのやらかしの尻拭いに、命を差し出すつもりだったんだよ。彼は」
────!!
「な! キミにとって、どっちが大事かはともかく、キミにとって──どっちを生かした方がいいのか、もう分かるだろう?」
わ、わた、私は……!
「オーロラを殺すんだ、メリュジーヌ」
すぐにはダメだよ。
やるのは、キャメロットが陥落して、モルガンが死んで、ノクナレアか、アルトリアが戴冠してからだ。
その時が、みんな油断するからね。
その前に逸ると、まず間違いなくモルガンが邪魔をする。
いくらキミでも、水鏡で過去に飛ばされたら打つ手がない。
だから、オーロラを殺すのは、モルガンが死んだ後だ。
キミが殺すんだ。
キミのために。
──彼のために。
その言葉が、決定打となった。
メリュジーヌは、マンチェスターから飛び立った。
遠く、遠く。
一瞬で星のように煌めいて去る彼女。
眼下の虫が、笑っている。
どす黒い煌めきに身を包んで、咆哮を上げる彼女を、眼下の虫は、いつまでも笑って、見上げていた。