【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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調子がいいので禁断の一日に更新二度打ち


第三話:僕が眠るのは君の夢を見る時、僕が歩くのは君に会いに行く時

0.

 

 

 ──妙蓮寺鴉郎は考える。

 

 崩れゆく天井。

 崩れゆく空間。

 それは、そのまま自身の命の針である。

 大きく揺れて、いずれ止まって、カタチを失って、そして、静まり返る。

 その時まで、回想するぐらいは、許されるだろうか。

 

 楽しい人生だった。

 素晴らしい人生だった、と。

 ペペロンチーノは思う。

 御山を降りて、名を捨てて、マリスビリーに出会って。

 クリプターに、Aチームのみんなに出会った。

 

 ──カドックとは、夜に、報告書を一緒に書いてあげたわ。

 眠たそうに目を擦る彼のために、とびきり濃くてドロドロのコーヒーを奢ってあげた。

 彼は文句をいいながら、小さな声で、私に「ありがとう」って、言ってくれたわね。

 

 ──オフェリアとは、よくお茶をしたわ。

 ヴォーダイムに貰った茶葉、美味しかったわねぇ。

 たまに、おやつも添えて。

 もじもじ。

 あの子、とっても優秀なのに、自分でそれに気づかない。

 だから、ずっと、もじもじ。

 いろんなことに、踏ん切りがつかない。

 でも、それも可愛かったわ。

 それでも良いのよって、言ってあげた。

 でも、結局、マシュちゃんを誘えなくて、私たち三人で女子会できなかったのが、心残りだけどね。

 

 ──芥ちゃんとは、恋バナしたわぁ。

 私たちだけの秘密。

 猫みたいに唸って、でも口はしどろもどろで、可愛かったわねぇ。

 

 ──ベリルとは、そうねぇ。

 これでも、お互いわかり合ってたわ。

 なんせ、クリプターでも指折りの、似たもの同士だもの。

 たぶん、みんなに言ったら意外って思われるけど。

 ふふ、私とベリルだけは、わかってた。

 だから、終わってしまった以上。

 今回は、損得も、恨みっこも、もうなしなのよ。

 

 ──キリシュタリアとは、支えあったつもり。

 あの子、見るからに無理してるもの。

 運命を打倒する、諦めを踏破する。

 意気込むたびに、やせ細るようだった。

 だけど、彼は、常に輝いていたわ。

 だから、私たちのリーダーだったのよね。

 

 ──デイビット、愛するヒト。

 私の異形を、全て「そういうもの」として、受け入れてくれたヒト。

 かっこよくて、鋭くて、それでいて、大胆で。

 思慮深くて、全てを見通していて、周りをよく見ていて、身体も頭も心も輝いてて……

 ああ、イケナイわ。

 彼に対する想いだけで、力尽きちゃいそう。

 ふふ、私って、こう言うところ、本当に乙女よね〜

 

 ──マシュちゃん。

 良い子だって知ってたけど、もっと良い女になってた。

 嬉しいわ。

 あの純粋さをそのままに、清濁飲み込んで、屍をふみしめて、泣きながら、前に進めるようになっていた。

 強い子なのは知ってたわ。

 だけど、その強さに、自分の命ありきだという、ヒトが持つ当たり前の強さが加わっていた。

 ドクターや後輩たちのおかげなんでしょうね。

 

 そして──私の自慢の後輩。

 甘っちょろくて、でも誠実で。

 踏みつけられても立ち上がって、でも、殴られたら、ちゃんと殴り返す強さも持っていて。

 いやだわ。

 他の子は、過去の話なのに、デイビットにすら、思い馳せるのは過去の美しさなのに。

 この子に関しては、未来を夢想してる。

 共に並んで──いえ、少し後から、私が支えるの。

 

 大丈夫?

 しっかりしなさい!

 

 負けそうなあの子に、私がそう言うと、あの子は振り返って、

 

 ──ありがとう、ぺぺさん!

 

 笑顔でそう言って、立ち向かうの。

 ボロボロの身体で、膝を笑わせながら、それでも、マシュちゃんと一緒に先に進むの。

 私は、遠くなるその背中を見て、微笑んでる。

 

 ──まぁ、所詮、妄想なんだけどね。

 

 でも、そうありたかった。

 そうありたかったと、思える人生だった。

 

 だから、悪くない。

 幸福を描いて死ねるのだから、全然悪くない。

 

 ふわり、と時間が止まったようだった。

 ああ、私、死ぬのね。

 妙蓮寺鴉郎は、それを覚悟した。

 目を閉じた。

 世界が暗闇になる。

 身体の痛みが引いていく。

 これはこれで、心地がいい。

 

 ニュー・ダーリントンの地下聖堂は、程なくして倒壊した。

 後に残るは夥しい数の潰された死体と、死の臭いであった。

 

 

1.

 

 

 バーゲストは、キャメロットに着くなり城門に陣取り兵を並べた。

 高い視点から俯瞰して見た感想は、少ない、であった。

 

 兵の数が少ない。

 正門、西門に分けているとは言え、これではノクナレアの巨人部隊などは碌に抑えられまい。

 ましてや、戦闘が始まるなら、ある程度(けん)を打合せた後、自分はここに立っているだけと決めている。

 

 となれば、兵同士の城下の戦局を担うのは、ランスロットである。

 

 しかし、そのランスロットの様子が、どうにもおかしい。

 

「大丈夫か……」

 

 声を掛けるが、反応がない。

 ぼうっとしている。

 いつもの、ヒトの世には理解できない超然とした雰囲気ではない。 

 思い詰めたように顔を顰めたり、かと思えばボーッと上の空になったり、どう見ても集中力が欠けている。

 

「……ん? ああ、大丈夫さバーゲスト。悪いがここで、円卓も『予言の子』も、終わらせてあげよう」

 

 彼女たちも、疲れただろうからね。

 いい加減、休ませてあげないと……

 

 ブツブツと呟く言葉は、誰にむけているのか。 

 自分ではない。

 何が見えている?

 

「ランスロット、悪いが体調が悪かろうと後陣に送ることはできん。戦局の要はおまえなんだ」

「……ヘンなこと言うんだね、バーゲスト。まるで、自分は負けるみたいな……負けることは決まっているみたいな言い方じゃないか」

「……すまない、そう聞こえてしまったか。私もこう見えて、緊張しているのだな」

「──緊張? 彼と、いつも一緒のくせにかい?」

「──やけに突っかかるな。おまえらしくもない」

「…………」

 

 ランスロットは俯いて、そうだね、と言った。

 部下たちがそれを、ちらちらと見ている。

 不安を浮かべていた。

 ランスロットはそれに気づいていない。

 次に声を掛ける前に、彼女は空へと飛び立った。

 

「…………」

 

 バーゲストは、嫌な予感がしていた。

 いや、この戦争中、ずっと頭にノイズがかかっている気がする。

 なんのノイズなのかわからない。

 大事なことを、忘れている気がするのだ。

 

 

3.

 

 

 バーゲストにとっての戦闘は、すぐに終わった。

 

 反乱軍の先陣には、パーシヴァルとマシュ・キリエライト。

 そのすぐ後ろにカルデアのマスター。

 そのさらに背後に、アルトリア・キャスターが二人に魔力付与(エンチャント)をかけながら、騎士たちを薙ぎ倒して道を開く。

 

 魔力を食べる特性上、バーゲストは騎士たちを包むその揺らぎを敏感に察知する。

 反乱軍の前線騎士たちには、アルトリアとは別種の魔力付与(エンチャント)が、元々かけてある。

 それも、かなり強力なものだ。

 そこに、巡礼を終えたアルトリアの、モルガンに比肩する強化魔力が重なっている。

 

 バーゲストはカルデアとの密約に従って、パーシヴァルとマシュと軽く撃ち合ったのちに降伏したが、この有様では自分が本気で戦っていても、どのみち、突破されるのは時間の問題であっただろうと思えた。

 

 正門が開かれる。

 本来、罪なき者のみが通れる道が、戦火を打ち鳴らす者たちに踏み荒らされていく。

 

 誰ひとり、罪のないものはいない。 

 誰ひとり、咎のないものはいない。

 

 バーゲストのお目付きで、オベロンが残ることとなった。

 

 ……オベロン。

 ウェールズの森でだけ見かけた妖精王。

 カルデアと『予言の子』の導き手。

 

 彼を見る。

 こんなに近くで見るのは()()()()

 

 ゴローと、ペペロンチーノと、そしてホームズが、最大限の警戒を捧げていたサーヴァントである。

 気を抜かず。

 かと言って、気取られずに目を配らねば。

 

 そう思って内心気合いを入れていると、オベロンはにこやかにバーゲストに話しかけた。

 

「バーゲスト、()()()()で良かったよ」

 

 何気ない会話であった。 

 だが、多分な含みがあった。

 

「……ウェールズの森のことは、すまないと思っている」

 

 その含みのひとつを理解して、バーゲストは生真面目に、本心から謝った。

 それは事実だからだ。

 力無きものを一方的に蹂躙した。

 野生の掟──弱肉強食の土俵にすら上がれない小妖精たちを。

 命令とは言え、彼の領地を焼き払ったのは自分だ。

 罪悪感があった。

 それは、嘘ではない。

 

 オベロンは、少し俯いてみせた。

 そして、うん、と頷いた。

 深い深い頷きであった。

 

()()()()()()、バーゲスト。キミは本当に忠誠の騎士だ」

 

 ──?

 

 その言葉は、違和感に溢れていた。

 ……変わらないね? 

 どう言うことだ?

 

 私は、オベロンと直接話したのは、これが最初だ。

 彼と二人で、彼を、ここまで近くで見ること自体、おそらく初めてだ。

 ウェールズの森では忙しなく、意識する暇もなかった。

 

 だが、オベロンの口調はなんだ?

 こちらを見る、懐かしむような目はなんだ?

 私を知っているのか?

 

「──ああ、そうか。モルガンめ、着名(ギフト)に上から細工したか! ……いや、()()()かな? 最初の夜、既に仕込んでいたのか……」

 

 ふふ、やっぱり。

 ヤバいな、あれは。

 

 ひとりごちて、笑う。

 その姿が、どうにも不気味に見えて──

 いや、実際不気味そのもので、バーゲストは(けん)を構えた。

 その鋒を、その視線を、オベロンに向けた。

 

「──何者だ!?」

 

 オベロンは両手を広げた。

 バーゲストの剣を、受け入れるように。

 見上げる目に、全く恐怖がない。

 大袈裟に、仰々しく。

 笑っている。

 笑っているが、

 その目に映るものは、バーゲストを見る目は、むしろ哀れみであった。

 

 ──思い出させてあげるよ。

 

 そう言った。

 

 なぁに、十七年前の、僕の分の契約を解くだけさ。 

 だから、後少しは大丈夫。

 あと少しは持つよ。

 だが、覚悟してくれよ?

 強く蓋を閉められていた分、キツイよ、これは。

 まあ、せっかくだから、存分に苦しんでくれたまえよ。

 

 恋多きバーゲスト。

 妖精食いのバーゲスト。

 

 

 ──黒犬公のバーゲストよ。

 

 

 オベロンが手を打ち鳴らすと、異常な質の魔力がバーゲストを包み込んだ。

 身体にまとわりつき、次第に、頭部に登っていく。

 バーゲストは振り払おうともがいたが、無駄だった。

 魔力を食べようと口を開けば、それは、狙いすましていたかのように、自らの意志でバーゲストの口に飛び込んだ。

 

 バーゲストの意識は、瞬時に混濁した。

 

「があああああっ!!」

 

 しかし、一瞬で身体を立て直した。

 思考が乱れたまま、オベロンへと剣を振るう。

 

 それは、空を斬った。

 

 オベロンは、煙のように消えていた。

 

 ──なっ!?

 

 バーゲストの驚きも冷めやらぬうちに、各地から極大の魔力光が立ち昇る。

 思わず目を向ける。

 その光、その威光。

 その強さ、その大きさ。

 見間違えるはずもない、モルガンの魔力であった。

 

 陛下……!!

 

 立ち昇る黒煙の迷いのなさに比べると、バーゲストの心は掻き乱れていた。

 陛下の下に赴きたい気持ちが身体に熱をもたせた。

 戦場ではなく、キャメロットの玉座にである。

 だが、ぐっと堪えた。

 

 ──どちらにも与しない。

 

 そう、誓ったのだから。

 騎士として。

 公正なる判断の元。

 

 しかし、これは──陛下が前線に参じると言うことは、だ。

 ランスロットですら、反乱軍に敗北したことを意味する。

 可能性があるとすれば、村正か。

 だが、その割には音速を超えた衝撃波も、それが空に反響して、波打つ景色もなかった。

 

 ランスロット。

 様子がおかしいとは思っていたが、まさか……

 

 思い立つ可能性が頭を苦しめる。

 胸が締め付けられるような混乱が、立て続けに舞い込んでくる。

 それから、

 それから……

 

 キャメロットの玉座。

 バーゲストからも、キャメロットの城下のどこからでも、それは目撃できた。

 

 キャメロットから突き抜ける、空に走る一筋の白い光。

 

 なんの魔力でもなく、なんの力でもない。

 茜色の空が、その光の通った部分だけ、細く、真っ白く、削れていた。

 

「ゴロー……?」

 

 その力の主を、バーゲストは悟っていた。

 なぜ、ゴローがキャメロットに?

 なぜ、ゴローの力が玉座から放たれる?

 なぜ、こんなにも胸がざわついている?

 なぜ?

 なぜ……?

 

 風が流れる。

 声と共に。

 

 戦場全域に降り注ぐは、艶やかで、心焦るオーロラの声。

 いっけんすると、戦士たちを心配する柔らかな声。

 その声は、次第に強く、糾弾するものへと変わっていく。

 

 ──女王モルガンの隠された事実。

 

 ()()()、それを教える。

 そう、その風は言い切った。

 

 全てが語られた後、戦地に残ったのは戸惑いと、困惑。

 モルガンに対する、嫌悪と、増悪。

 

 ──魔女め!

 

 誰かが言った。

 

 魔女め!

 魔女め!!

 俺たちを騙していたんだな!!

 俺たちを弄んでいたんだな!!

 こんなに苦しかったのも、全部あいつのせいだったんだな!!

 俺たちの命を無意味に奪って、俺たちの尊厳も弄んでいたんだな!!

 もっといい國にできたのに!!

 もっと平和にできたのに!!

 あいつのせいで!

 あいつのせいで!!

 許さない!!

 許せない!!

 魔女め!

 魔女め!!

 

 部下たちが、剣を、盾を、力任せに地面に叩きつけている。

 続々と、憎悪に足踏みして、その怒りの叫びと呼応して、キャメロット中に伝播し、街全体を揺らすほどの波となって、鳴り響いた。

 

 落ち着け、お前たち──

 

 バーゲストの言葉など、届いていない。

 彼女は焦り、とまどい、そして混乱した。

 

 思わず、助けを呟いた。

 顔が、悲しみと、寂しさで、くしゃくしゃに歪んでいた。

 つぶやいた名前。

 

 だが、それは──

 

 助けてくれ──アドニス……

 

 ……?

 アド……ニス……?

 誰だ、それ、は……?

 

 記憶に、脳裏に、ノイズが走る。

 大きなノイズだった。

 頭痛がする。

 膝をついた。

 頭を抱えた。

 思い切り力を入れて、頭を押さえた。

 

「なんっ──だ? わた、し……は……!?」

 

 口の中が、唾液で満ちていた。

 食欲が湧いている。

 なぜだ!?

 なぜ、こんな時に?

 肉の味が、口内に広がっていく。

 なぜだ!?

 どうして……!?

 それが、よだれが止まらない。

 大粒の雫となって、ぼとぼとと地面に溢れていく。

 

 わからない、

 わからない。

 わからない!

 

 だが、その頭痛は突然、止むこととなった。

 よだれも、止まった。

 部下たちの怒りも、止んだ。

 

 鐘が鳴ったからである。

 

 ──死んだ!

 ──死んだぞ!!

 

 誰かが、叫んでいた。

 

 ──女王モルガンは死んだ!

 ──反乱軍の、『予言の子』の勝利だ!!

 

 バーゲストの頭痛は取り除かれていた。

 部下たちが歓声を上げていたが、遠く遠くの音として聞こえていた。

 

 バーゲストの頭痛は止んだ。

 代わりに、彼女は、呆然とへたり込み、よだれを垂らしながら、キャメロット城を眺めていた。

 

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