【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
0.
──妙蓮寺鴉郎は考える。
崩れゆく天井。
崩れゆく空間。
それは、そのまま自身の命の針である。
大きく揺れて、いずれ止まって、カタチを失って、そして、静まり返る。
その時まで、回想するぐらいは、許されるだろうか。
楽しい人生だった。
素晴らしい人生だった、と。
ペペロンチーノは思う。
御山を降りて、名を捨てて、マリスビリーに出会って。
クリプターに、Aチームのみんなに出会った。
──カドックとは、夜に、報告書を一緒に書いてあげたわ。
眠たそうに目を擦る彼のために、とびきり濃くてドロドロのコーヒーを奢ってあげた。
彼は文句をいいながら、小さな声で、私に「ありがとう」って、言ってくれたわね。
──オフェリアとは、よくお茶をしたわ。
ヴォーダイムに貰った茶葉、美味しかったわねぇ。
たまに、おやつも添えて。
もじもじ。
あの子、とっても優秀なのに、自分でそれに気づかない。
だから、ずっと、もじもじ。
いろんなことに、踏ん切りがつかない。
でも、それも可愛かったわ。
それでも良いのよって、言ってあげた。
でも、結局、マシュちゃんを誘えなくて、私たち三人で女子会できなかったのが、心残りだけどね。
──芥ちゃんとは、恋バナしたわぁ。
私たちだけの秘密。
猫みたいに唸って、でも口はしどろもどろで、可愛かったわねぇ。
──ベリルとは、そうねぇ。
これでも、お互いわかり合ってたわ。
なんせ、クリプターでも指折りの、似たもの同士だもの。
たぶん、みんなに言ったら意外って思われるけど。
ふふ、私とベリルだけは、わかってた。
だから、終わってしまった以上。
今回は、損得も、恨みっこも、もうなしなのよ。
──キリシュタリアとは、支えあったつもり。
あの子、見るからに無理してるもの。
運命を打倒する、諦めを踏破する。
意気込むたびに、やせ細るようだった。
だけど、彼は、常に輝いていたわ。
だから、私たちのリーダーだったのよね。
──デイビット、愛するヒト。
私の異形を、全て「そういうもの」として、受け入れてくれたヒト。
かっこよくて、鋭くて、それでいて、大胆で。
思慮深くて、全てを見通していて、周りをよく見ていて、身体も頭も心も輝いてて……
ああ、イケナイわ。
彼に対する想いだけで、力尽きちゃいそう。
ふふ、私って、こう言うところ、本当に乙女よね〜
──マシュちゃん。
良い子だって知ってたけど、もっと良い女になってた。
嬉しいわ。
あの純粋さをそのままに、清濁飲み込んで、屍をふみしめて、泣きながら、前に進めるようになっていた。
強い子なのは知ってたわ。
だけど、その強さに、自分の命ありきだという、ヒトが持つ当たり前の強さが加わっていた。
ドクターや後輩たちのおかげなんでしょうね。
そして──私の自慢の後輩。
甘っちょろくて、でも誠実で。
踏みつけられても立ち上がって、でも、殴られたら、ちゃんと殴り返す強さも持っていて。
いやだわ。
他の子は、過去の話なのに、デイビットにすら、思い馳せるのは過去の美しさなのに。
この子に関しては、未来を夢想してる。
共に並んで──いえ、少し後から、私が支えるの。
大丈夫?
しっかりしなさい!
負けそうなあの子に、私がそう言うと、あの子は振り返って、
──ありがとう、ぺぺさん!
笑顔でそう言って、立ち向かうの。
ボロボロの身体で、膝を笑わせながら、それでも、マシュちゃんと一緒に先に進むの。
私は、遠くなるその背中を見て、微笑んでる。
──まぁ、所詮、妄想なんだけどね。
でも、そうありたかった。
そうありたかったと、思える人生だった。
だから、悪くない。
幸福を描いて死ねるのだから、全然悪くない。
ふわり、と時間が止まったようだった。
ああ、私、死ぬのね。
妙蓮寺鴉郎は、それを覚悟した。
目を閉じた。
世界が暗闇になる。
身体の痛みが引いていく。
これはこれで、心地がいい。
ニュー・ダーリントンの地下聖堂は、程なくして倒壊した。
後に残るは夥しい数の潰された死体と、死の臭いであった。
1.
バーゲストは、キャメロットに着くなり城門に陣取り兵を並べた。
高い視点から俯瞰して見た感想は、少ない、であった。
兵の数が少ない。
正門、西門に分けているとは言え、これではノクナレアの巨人部隊などは碌に抑えられまい。
ましてや、戦闘が始まるなら、ある程度
となれば、兵同士の城下の戦局を担うのは、ランスロットである。
しかし、そのランスロットの様子が、どうにもおかしい。
「大丈夫か……」
声を掛けるが、反応がない。
ぼうっとしている。
いつもの、ヒトの世には理解できない超然とした雰囲気ではない。
思い詰めたように顔を顰めたり、かと思えばボーッと上の空になったり、どう見ても集中力が欠けている。
「……ん? ああ、大丈夫さバーゲスト。悪いがここで、円卓も『予言の子』も、終わらせてあげよう」
彼女たちも、疲れただろうからね。
いい加減、休ませてあげないと……
ブツブツと呟く言葉は、誰にむけているのか。
自分ではない。
何が見えている?
「ランスロット、悪いが体調が悪かろうと後陣に送ることはできん。戦局の要はおまえなんだ」
「……ヘンなこと言うんだね、バーゲスト。まるで、自分は負けるみたいな……負けることは決まっているみたいな言い方じゃないか」
「……すまない、そう聞こえてしまったか。私もこう見えて、緊張しているのだな」
「──緊張? 彼と、いつも一緒のくせにかい?」
「──やけに突っかかるな。おまえらしくもない」
「…………」
ランスロットは俯いて、そうだね、と言った。
部下たちがそれを、ちらちらと見ている。
不安を浮かべていた。
ランスロットはそれに気づいていない。
次に声を掛ける前に、彼女は空へと飛び立った。
「…………」
バーゲストは、嫌な予感がしていた。
いや、この戦争中、ずっと頭にノイズがかかっている気がする。
なんのノイズなのかわからない。
大事なことを、忘れている気がするのだ。
3.
バーゲストにとっての戦闘は、すぐに終わった。
反乱軍の先陣には、パーシヴァルとマシュ・キリエライト。
そのすぐ後ろにカルデアのマスター。
そのさらに背後に、アルトリア・キャスターが二人に
魔力を食べる特性上、バーゲストは騎士たちを包むその揺らぎを敏感に察知する。
反乱軍の前線騎士たちには、アルトリアとは別種の
それも、かなり強力なものだ。
そこに、巡礼を終えたアルトリアの、モルガンに比肩する強化魔力が重なっている。
バーゲストはカルデアとの密約に従って、パーシヴァルとマシュと軽く撃ち合ったのちに降伏したが、この有様では自分が本気で戦っていても、どのみち、突破されるのは時間の問題であっただろうと思えた。
正門が開かれる。
本来、罪なき者のみが通れる道が、戦火を打ち鳴らす者たちに踏み荒らされていく。
誰ひとり、罪のないものはいない。
誰ひとり、咎のないものはいない。
バーゲストのお目付きで、オベロンが残ることとなった。
……オベロン。
ウェールズの森でだけ見かけた妖精王。
カルデアと『予言の子』の導き手。
彼を見る。
こんなに近くで見るのは
ゴローと、ペペロンチーノと、そしてホームズが、最大限の警戒を捧げていたサーヴァントである。
気を抜かず。
かと言って、気取られずに目を配らねば。
そう思って内心気合いを入れていると、オベロンはにこやかにバーゲストに話しかけた。
「バーゲスト、
何気ない会話であった。
だが、多分な含みがあった。
「……ウェールズの森のことは、すまないと思っている」
その含みのひとつを理解して、バーゲストは生真面目に、本心から謝った。
それは事実だからだ。
力無きものを一方的に蹂躙した。
野生の掟──弱肉強食の土俵にすら上がれない小妖精たちを。
命令とは言え、彼の領地を焼き払ったのは自分だ。
罪悪感があった。
それは、嘘ではない。
オベロンは、少し俯いてみせた。
そして、うん、と頷いた。
深い深い頷きであった。
「
──?
その言葉は、違和感に溢れていた。
……変わらないね?
どう言うことだ?
私は、オベロンと直接話したのは、これが最初だ。
彼と二人で、彼を、ここまで近くで見ること自体、おそらく初めてだ。
ウェールズの森では忙しなく、意識する暇もなかった。
だが、オベロンの口調はなんだ?
こちらを見る、懐かしむような目はなんだ?
私を知っているのか?
「──ああ、そうか。モルガンめ、
ふふ、やっぱり。
ヤバいな、あれは。
ひとりごちて、笑う。
その姿が、どうにも不気味に見えて──
いや、実際不気味そのもので、バーゲストは
その鋒を、その視線を、オベロンに向けた。
「──何者だ!?」
オベロンは両手を広げた。
バーゲストの剣を、受け入れるように。
見上げる目に、全く恐怖がない。
大袈裟に、仰々しく。
笑っている。
笑っているが、
その目に映るものは、バーゲストを見る目は、むしろ哀れみであった。
──思い出させてあげるよ。
そう言った。
なぁに、十七年前の、僕の分の契約を解くだけさ。
だから、後少しは大丈夫。
あと少しは持つよ。
だが、覚悟してくれよ?
強く蓋を閉められていた分、キツイよ、これは。
まあ、せっかくだから、存分に苦しんでくれたまえよ。
恋多きバーゲスト。
妖精食いのバーゲスト。
──黒犬公のバーゲストよ。
オベロンが手を打ち鳴らすと、異常な質の魔力がバーゲストを包み込んだ。
身体にまとわりつき、次第に、頭部に登っていく。
バーゲストは振り払おうともがいたが、無駄だった。
魔力を食べようと口を開けば、それは、狙いすましていたかのように、自らの意志でバーゲストの口に飛び込んだ。
バーゲストの意識は、瞬時に混濁した。
「があああああっ!!」
しかし、一瞬で身体を立て直した。
思考が乱れたまま、オベロンへと剣を振るう。
それは、空を斬った。
オベロンは、煙のように消えていた。
──なっ!?
バーゲストの驚きも冷めやらぬうちに、各地から極大の魔力光が立ち昇る。
思わず目を向ける。
その光、その威光。
その強さ、その大きさ。
見間違えるはずもない、モルガンの魔力であった。
陛下……!!
立ち昇る黒煙の迷いのなさに比べると、バーゲストの心は掻き乱れていた。
陛下の下に赴きたい気持ちが身体に熱をもたせた。
戦場ではなく、キャメロットの玉座にである。
だが、ぐっと堪えた。
──どちらにも与しない。
そう、誓ったのだから。
騎士として。
公正なる判断の元。
しかし、これは──陛下が前線に参じると言うことは、だ。
ランスロットですら、反乱軍に敗北したことを意味する。
可能性があるとすれば、村正か。
だが、その割には音速を超えた衝撃波も、それが空に反響して、波打つ景色もなかった。
ランスロット。
様子がおかしいとは思っていたが、まさか……
思い立つ可能性が頭を苦しめる。
胸が締め付けられるような混乱が、立て続けに舞い込んでくる。
それから、
それから……
キャメロットの玉座。
バーゲストからも、キャメロットの城下のどこからでも、それは目撃できた。
キャメロットから突き抜ける、空に走る一筋の白い光。
なんの魔力でもなく、なんの力でもない。
茜色の空が、その光の通った部分だけ、細く、真っ白く、削れていた。
「ゴロー……?」
その力の主を、バーゲストは悟っていた。
なぜ、ゴローがキャメロットに?
なぜ、ゴローの力が玉座から放たれる?
なぜ、こんなにも胸がざわついている?
なぜ?
なぜ……?
風が流れる。
声と共に。
戦場全域に降り注ぐは、艶やかで、心焦るオーロラの声。
いっけんすると、戦士たちを心配する柔らかな声。
その声は、次第に強く、糾弾するものへと変わっていく。
──女王モルガンの隠された事実。
そう、その風は言い切った。
全てが語られた後、戦地に残ったのは戸惑いと、困惑。
モルガンに対する、嫌悪と、増悪。
──魔女め!
誰かが言った。
魔女め!
魔女め!!
俺たちを騙していたんだな!!
俺たちを弄んでいたんだな!!
こんなに苦しかったのも、全部あいつのせいだったんだな!!
俺たちの命を無意味に奪って、俺たちの尊厳も弄んでいたんだな!!
もっといい國にできたのに!!
もっと平和にできたのに!!
あいつのせいで!
あいつのせいで!!
許さない!!
許せない!!
魔女め!
魔女め!!
部下たちが、剣を、盾を、力任せに地面に叩きつけている。
続々と、憎悪に足踏みして、その怒りの叫びと呼応して、キャメロット中に伝播し、街全体を揺らすほどの波となって、鳴り響いた。
落ち着け、お前たち──
バーゲストの言葉など、届いていない。
彼女は焦り、とまどい、そして混乱した。
思わず、助けを呟いた。
顔が、悲しみと、寂しさで、くしゃくしゃに歪んでいた。
つぶやいた名前。
だが、それは──
助けてくれ──アドニス……
……?
アド……ニス……?
誰だ、それ、は……?
記憶に、脳裏に、ノイズが走る。
大きなノイズだった。
頭痛がする。
膝をついた。
頭を抱えた。
思い切り力を入れて、頭を押さえた。
「なんっ──だ? わた、し……は……!?」
口の中が、唾液で満ちていた。
食欲が湧いている。
なぜだ!?
なぜ、こんな時に?
肉の味が、口内に広がっていく。
なぜだ!?
どうして……!?
それが、よだれが止まらない。
大粒の雫となって、ぼとぼとと地面に溢れていく。
わからない、
わからない。
わからない!
だが、その頭痛は突然、止むこととなった。
よだれも、止まった。
部下たちの怒りも、止んだ。
鐘が鳴ったからである。
──死んだ!
──死んだぞ!!
誰かが、叫んでいた。
──女王モルガンは死んだ!
──反乱軍の、『予言の子』の勝利だ!!
バーゲストの頭痛は取り除かれていた。
部下たちが歓声を上げていたが、遠く遠くの音として聞こえていた。
バーゲストの頭痛は止んだ。
代わりに、彼女は、呆然とへたり込み、よだれを垂らしながら、キャメロット城を眺めていた。