【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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仕事前に、一部の答え合わせ
第九章最終話です


第四話:僕が何も聞かないのは、答えなんかない方が、その方がいいから

-0-1.

 

 

 キャメロットの玉座。

 ここは、私の世界。

 私の、妖精國における、全てが詰まった世界。

 私は玉座にいながら、全てを終わらせた。

 

 『予言の子』たちは、既に我が思念体の前に倒れた。

 『異星の神』の使徒──千子村正と、我が師でもある賢人グリムは流石にまだ粘っているが、増援として私をもう二体ほど派遣しよう。

 どのみち、時間の問題だ。

 他はお話にならない。

 空から魔力を落とす。

 わたしにとっては無造作なそれだけで、全てが焼き払われていく。

 

 おお! 見ろ! 

 あの反乱軍の無様な姿を!!

 おもしろいおもしろい!

 燃えていく、面白い!!

 戦争はこうでなくては!!

 どこが面白い! やりすぎだ!!

 わたしの店が燃えてるよう!

 保険だ! 保険があるぞ!!

 弁償は陛下にしていただきますよ!

 わははっ! 反乱軍が焼き殺されていくぞっ!

 逃げ惑う姿が面白い!

 逃げ惑う顔が面白い!

 おもしろい! 

 おもしろいっ!

 

 愚かな『予言の子』。

 こんな連中に(おだ)てられ、祭り上げられ、何も残せず死んでいく。

 おまえたちのことなど、勝とうが負けようが、明日にはこいつらは忘れている。

 おまえたちの功績など、おまえたちの戦いなど、こいつらには所詮、暇つぶしでしかないのだ。

 

 ブリテンは元々、救い難い世界だ。

 その全てを理解しながら、鐘を鳴らしたおまえは、全てを知りながら、胸中ではわたしに共感すら覚えていながら──

 誰にも、何も、打ち明けられず。

 ひとりぼっちで、おまえは死ぬのだ。

 

 わたしの敵は、最初からおまえなどではない。

 わたしの敵は、わたしたちの敵は、『楽園の使命』そのものだ。

 おまえは、どんなに鐘を鳴らしても、わたしの敵たり得ない。

 『楽園の使命』に(こうべ)を垂れるものが、『楽園』を──惑星(ほし)の意志を相手に戦ってきた、わたしに敵うと思っているのか?

 

 おまえは、自らの意志でわたしに挑んですらいない。

 おまえが今、キャメロットにいる理由。

 妖精のためではない。

 人間のためではない。

 わたしの道を遮るのは、『楽園の使命』があるからに過ぎないのだろう?

 鐘を鳴らして、全てを知ったはずだ。

 ならば、わたしが、おまえの何倍もの苦悩を、挫折を、裏切りを、『楽園』の妨害を乗り越えてたか、わからぬはずはない。

 涼しい顔で、冷酷に圧政を強いて、妖精國を簡単に成したと思うか?

 ああ、たしかに冷酷非情には振る舞ったさ。

 だが、それ以上の苦諦を乗り越えて國を成したわたしが、おまえ如きに負ける理由はない。

 

 だが、おまえは本心では、それをわかっていながら、わたしに挑まずにはいられなかったのだろう?

 

 改めて聞くぞ。

 

 ──妖精のためか? 

 幼いおまえを虐待し、利用しようとした愚か者たちなのに?

 ──人間のためか?

 たった三十年しか生きられぬ、人のカタチをしているだけの、まがいものなのに?

 

 ──それとも、

 

 『異邦の魔術師』に、恋慕の情でも抱いたか?

 

 愚かなことだ。

 そうだとしたら、なおさら。

 仮に、わたしに勝てたとしても。

 ブリテンの妖精はお前を許さぬよ。

 『異邦の魔術師』を赦さぬよ。

 やつらは、わたしに勝った証に、おまえたちが掲げる乾杯の盃に毒を仕込むよ。 

 『異邦の魔術師』を、そうやって殺すだろう。

 

 かつて、ウーサーと円卓の騎士が、そうされたように……

 トネリコの絶望を、おまえは繰り返すと言うのか?

 

 やつらは、妖精だ。

 何も学ばぬ。

 何も、恐れぬ。 

 自らの上に、『神』をいただかぬ。

 

 強き者に抱くのは、嫉妬と羨望。

 賢き者に望むのは、保身と失敗。

 故に、わたしが支えなければ、滅ぶことしかできない馬鹿どもだ。

 だから、ブリテンを救えるのはわたししかいない。

 この『玉座』を扱えるものは、わたししかいない。

 

 ならば、『予言の子』よ。

 アルトリア・キャスターよ。

 これは慈悲である。

 

 おまえが勝ったところで、妖精たちは御しきれまい。

 ノクナレアに任せるつもりか?

 残念だが、それは無理だ。

 ノクナレアの元に、どれほどの妖精が入り込んでいると思っている?

 ノクナレアが被るとしても、それは予言通りに、血濡れの冠がせいぜいだ。

 

 生き残ってこそ地獄。

 続けるからこそ、地獄。

 ならば、ここでわたしが終わらせてやる。

 おまえの使命も、わたしが滅ぼす。

 『星』がおまえを駆り立てるなら、その星ごと葬ってやろう。

 だから……安心して眠るがいい。

 

 ──そこに、オーロラの風の便りが届く。

 

 全てを静聴した後、眼下の官司たちがざわめき出す。

 全く、これだ。

 今更、疑うのか。

 

 オーロラめ。口ばかり達者で、体面の皮ばかり被り続ける醜さの塊め。

 そんな口八丁で、今更、わたしが健在の状態で、妖精たちをたらしこめると思っているのか?

 戦場で憤るものたちなど、私のその腕のひと撫でで鳴りを潜める。

 この程度の便りで手のひらを返すものたちなど、どうにでもなるのだ。

 

「ところが──形成逆転なのですよ、陛下」

 

 玉座の正面の通路から、堂々と。

 スプリガンであった。

 衛士たちを引き連れて、ゾロゾロと。

 いつもの不敵な笑み。

 その表情が、私はオーロラに騙されているわけではないと、如実に伝えてくる。

 

「スプリガン、今になって破滅を望むか?」

 

 いえいえ。

 と言う。

 言葉に迷いがない。

 段取りが決まっている、と言うことか。

 全て、予定通りということか。  

 抜け目のない男だ。

 流石は、汎人類史の人間。

 妖精とはひと味違う。

 

 だが、彼我の戦力差は明白。

 例えバーヴァン・シーが人質であろうが、わたしは指一本分の動きと魔力で、おまえたちを殺せるのだ。

 

 スプリガンは部下を呼んだ。

 それが、前に出て、手に持つ大きな袋を開けて、中身を床に散らした。

 

 どろどろと転がり落ちたのは──

 案の定、それはバーヴァン・シーであった。

 

 身体が腐り切っている。 

 床に落ちた衝撃に、身体が耐えきれずぐしゃりと肩から潰れて、破裂し、ドロドロと体液が床を浸す。

 

 予想していた通りである。

 だが、やはり、現実として目の前にすると、わたしの心は乱れている。

 それを、戸惑いと受け取ったか、スプリガンはつらつらと口上を述べる。

 

 官司の妖精たちがざわめいている。

 どちらに着くか?

 そんなことを話し合っている。

 魂の髄まで腐っているのか、こいつらは。

 目の前の我が娘より、よほど腐っている。

 どちらが有利か、わからぬのか?

 

 もっとも、スプリガンとてわかるまい。

 バーヴァン・シーがこうなることは、()()()()()()なのだ。

 

 ──あの時。

 

 ゴローと、ベリル・ガットと、わたし。

 

 三人での密会。

 ベリルは、ゴローに約束させた。  

 全能の神を前に、あの男は、威風堂々と契約を交わした。

 半ば詐欺のような対価を払うといい、しかし、その意味も意図も全てを飲み込んで、ゴローはその約束に、首を縦に頷かせた。

 

 ──オモシロイねぇ、俺ァのったよ。

 

 たしかに、そう言った。

 その計画は、その願いは、わたしとしてはどうでもいいことだった。

 だが、掛け値無しの全能者に、この程度の縛りでその奇蹟を約束させられるならと、飛びついた。

 

 わたしは、言った。

 

 ──バーヴァン・シーを、助けてくれ。

 

 魂の擦り切れた我が娘。

 もう、この玉座を使っても、転生は叶わぬ。

 最後の最期の人生で、しかしあの子は嫌われ者である。

 しかし、そうしなければ、今生きてさえいなかった。

 ■■■■■■■■が目覚めている今、ろくな死に方が出来るとは限らない。

 

 だから、わたしは、『全能の神』に、バーヴァン・シーの蘇生を望んだ。

 この世界では、もう助からぬ。

 助かったところで、また地獄だ。

 だから、転生を望んだ。

 次の人生を、()()()()()で歩んでほしいと。

 

 その対価は、他ならぬバーヴァン・シーの命。

 

 出鱈目な対価である。詐欺極まりない。

 死ぬ者の魂を対価に、死ぬ者の蘇生を望むのだから。

 だが、ベリル・ガットの対価が通るならば、この神は、それで納得するはずだ。

 

 神は──

 

 わかった。

  

 と深く、静かに、頷いた。

 

 バーヴァン・シーには、()()()()()で、第二の人生を歩ませる。

 

 そして、それを『神の言葉』として宣言することで、彼とわたしの契約は果たされた。

 

 わたしは、その夜、久しぶりに星を見た。

 荒れ狂う嵐の中で、燦然と輝く星をだ。

 忘れていたものであった。

 その名は『希望(ホープ)』。

 

 だから、スプリガン。

 おまえは道化だ。

 おまえが、ゴローと親しいのは知っている。

 彼から、特別に目をかけられていることは知っている。

 だが、おまえは彼と、対価を払って契約はしていまい?

 バーヴァン・シーは、いつ死んでも、全能の神がその魂の転生を保証している。

 わたしも、ままならぬ気の昂ぶりはある。

 だが、この場において、あの子は人質にはならぬ──

 

 モルガンが、スプリガンたちを薙ぎ払うために指を動かそうとした。  

 魔力が集積する、そのコンマ一秒にも満たない刹那。

 

 ──モルガンは、自身の心臓を穿っていた『力』に気づいた。

 

 

-0-2.

 

 

 それは、魔力ではない。

 ただ、純粋な、力の塊。

 通り抜ける空間を、力場を削って消滅させながら、わたしの心臓を穿ち、体内でひと通り暴れ回り、()()()()()()()()()()()、右肩から突き抜けて、空を抉って破壊しながら彼方へと消えていった。

 

 がはっ……!?

 

 わたしが、血を吐く。

 反応できなかった。

 わたしが、自らの体内で行われた破壊に気付いたのは、破壊の光の筋が、空の彼方に消えた時であった。

 

 スプリガンたちが、妖精たちが、背後を見る。

 わたしは、目の前を真っ直ぐ睨みつける。

 

 ゴローがいた。

 

 左に傾けた半身になり、左腕を、二本指をこちらに伸ばしていた。

 その指の先から、破壊の残滓がキラキラとまたたきながら、煙のように空間に溶けていく。

 

 な、に……を……?

 

 スプリガンの仕込みか?

 だが、当のスプリガンが、驚愕の表情のまま、その姿勢のままフリーズしていた。

 彼も知らない。

 

 どういうことだ……?

 なぜ……?

 

 スプリガンの兵士たちが、バタバタと倒れていく。

 糸の切れた人形のように。 

 全員、首がなかった。

 千切れたわけではない。

 全員、頭部など、元々からなかったかのように、消えていた。

 

 ひっ、と声を上げる。

 スプリガンの声だ。

 モルガンすら、発した本人すら、聞いたことのない恐怖の声である。

 

 わたしは、血まみれになっていた。

 傷が塞がらない。

 血が止まらない。

 魔力による治癒が、傷口の全てに弾かれている。

 いや、わたしの魔力が、傷口を覆う『力』に飲み込まれ、消滅している。

 

「が……あ……っ……! ご、ゴロ……ォ……き、さ……まっ……!!」

 

 怨痕と吐瀉物を吐きながら、わたしは近づいてくるゴローに叫んだ。

 体内の魔力の循環が乱されている。

 魔力がまともに練れない。

 術式が組めない。

 わたしの憤怒も混乱も他所に、ゴローは玉座に昇った。

 わたしの目の前に、この宇宙(そら)をも超える大きな男が、立ち塞がった。

 

 その太い左腕が、大きな手が、わたしの首を掴む。

 軽々と、身体を玉座から引き抜く。

 抗いようのない力だった。

 万力に絞められるようだった。

 私の身体は、恒星の引力に引き寄せられる、惑星のようだった。

 たとえわたしが万全に魔力を練れたとしても、

 たとえ完全に力を振るえたとしても、

 この左腕一本、わたしには振り解けないだろう。

 彼の歩みを止めることはできない。

 

 彼の右腕が、ずぶずぶとわたしの胸を貫く。

 物理的な貫き手ではない。

 身体の細胞に沈み込み、存在に溶け合うようなそれであった。

 

「ワルいね」

 

 そう言った。

 わたしにだけ、聞こえる声で。

 

「彼とも、先約があるってェのと、これァこれで、計画の一部なンだ」

 

 悪びれない口調であった。

 神としてのゴローではない。

 人としてのゴローの言葉であった。

 

「う、う……うあああああああっ!!」

 

 わたしはせめてもの抵抗に魔力を炸裂させる。

 魔力を練れないなら。

 術を組めないなら。

 溢れ出す魔力をそのままぶつける。

 私の身体から溢れ出す蒼い光が、わたしの身体を焦がす。

 筋肉が焼けた。

 血液が蒸発した。

 眼球が弾けた。

 神経がちぎれていく。

 

 しかし、彼の皮一枚傷付けられない。

 

「モルガン」

 

 彼が言った。

 また、わたしにしか聞こえない声。

 鼓膜は溶けている。

 しかし、はっきりとわかった。

 雷鳴轟く中で、はっきりと聞こえる柔和な声。

 人としての、彼の声。

 

「おまえさんの呪い。ホンの少しだけ、勝手に、俺も、背負わせてもらうぜ──」

 

 ──また、逢おう。

 

 わたしの目を見ながら、彼は言った。

 黒目の大きい、引力を含んだ目。

 バーゲストが、メリュジーヌが、バーヴァン・シーが。

 ウッドワスが、スプリガンが、吸い込まれてしまった目。

 その目を見た一瞬。

 だが、それは永遠にひとしい時間。

 わたしの中に濁りたまっていた苦痛と呪いが、全て、消えてしまっていた。

 

 彼が、わたしの霊基を引き裂く。

 わたしの魂が、その太い指に、優しく()()()()()()

 

 わたしは、全てを理解していた。

 

 ──ああ、そういう……こと、だったのか……

 

 …………

 

 造作もなく、わたしは死んだ。

 闇に包まれるのではなく、わたしは、闇に還ったのだった。

 

 

1.

 

 

 スプリガンは走っていた。

 キャメロットの廊下を。

 可能な限り、速く。

 呼吸が乱れる、足がもつれる。

 だが、一刻も早く、そこから離れなければならない。

 

 ゴローがモルガンを殺した。

 

 自分の衛士たちも。

 モルガンの遺体を玉座に放ったゴローは振り返り、言った。

 

 ──女王モルガンは、()()()()()

 

 その言葉、その目つき、その力に、妖精たちが震え上がる。

 だが、私にはわかった。

 あれは、私に向けられた目であった。

 

 ──この場から、早く逃げなさい。

 

 黒目の奥の奥。

 その場では、およそ、彼と付き合いの長い私にしかわからぬの領域での、彼からの賢明なサインであった。

 

 わたしは、狼狽えて動けぬ妖精たちを尻目に、その網目を縫うように、駆け出した。

 

 あの場に留まっていたら、気が狂った妖精たちに、何をされるか分からなかった。

 あの場で脅威であったモルガンは彼が排除した。

 私はバーヴァン・シーは連れてきた。

 約束はちゃんと果たしている。

 だが、状況と状態が入り組んでしまったが故に、彼との約束が、どこまで有効なのか、もはや確信がない。

 

 あの場では、私の安全圏がわからない。

 

 一旦引かねば。

 金庫城に、我が家に。

 

 何が起こったのか、スプリガンにはわからなかった。

 ゴローの乱心。

 いや、言葉を信じるなら、計算通りなのか?

 わからない。

 その力は知っているつもりであった。

 全能者。

 モルガンより、強いのだろうとは思っていた。

 だが、モルガンの渾身の魔力すら全く寄せ付けない、その力をいざ現実として理解すると、恐怖と混沌がスプリガンを飲み込んだ。

 

 あれは、妖精國にあってはならない力だ。

 いや、人の世にあってはならない力だ。

 ひとつの惑星(ほし)の上に、あってはならない奇蹟だ。

 

 ──スプリガン

 

 呼び止められた。

 ()()()()

 

 ゴローに、である。

 

 そんな、バカな……

 まだ、彼は玉座の間に……

 

 ──全能。

 

 それは、万物万象において、不可能はないということ。

 この世界における、あらゆる奇蹟を起こせるということ。

 

「ち、近づくなっ! 怪物め!! ……あ、いや、お願いです。命だけは……!!」

 

 膝をついて、顔を歪ませて懇願するスプリガンに、ゴローは膝をついて、目線を合わせた。

 

「落ち着きねい、スプリガン。なンもせんよ」

「うっ……あぁ、う……」

 

 声にならない嗚咽。

 しかし、その黒目がスプリガンの恐怖と混沌を消し去っていく。

 

 ひと間、ふた間。

 沈黙と、静寂。

 それは、スプリガンの心に少しの余裕を蘇生させる。

 視野が広がる。

 

「大丈夫だ、スプリガン」

 

 彼は、大きな身体で、スプリガンを優しく抱きしめた。

 大きくて、上からかぶさる。

 まさしく、包み込まれるような抱擁であった。

 

「……え、ええ、もう、大丈夫です。すみません……」

 

 言葉に力と落ち着きが戻った。

 肩をぺしぺしと叩いて、彼に無事を促す。

 それを、スプリガンがちゃんと言い終えてから、ゴローは抱擁を解いた。

 

「スプリガン、スマン。説明するにやァ、ちと、おまえさんは……」

「部外者すぎた、ですかね……?」

 

 ゴローは、にこりと笑った。

 太い──笑みであった。

 それに合わせて、吐き出す言葉も、太くなった。

 

「さすがだ、スプリガン」

「いえ、おそらくは、女王の──モルガンの、この國そのものの根幹に関わる話なのでしょう?」

「そこまで、読んでたか。マイったねぇ、やるじゃない」

「ええ。私も……あなたと話すようになってから、より多くの本を読むようになったのですよ」

 

 賢者と、ましてや全能者と文でのやりとりをこなす。

 凡夫には、いささか重労働でしたので。

 

「おまえさんは、天才だよ。スプリガン」

 

 屈託のない言葉であった。

 スプリガンは、くっ、と自嘲するように、笑った。

 

 幕末の──汎人類史のあの時代。

 家柄で能力の限界が定められていた時代。

 あの時代の自分に言っても、信じないだろう。

 

 おまえは将来、全能の神に『天才』だと、太鼓判を押されるんだ──

 

 と言っても。

 

 そこで、スプリガン。

 ゴローが言った。

 あと二つほど、頼みがあるンだ。

 

「わかりました」

 

 二つ返事であった。

 その目に、もはや迷いも恐怖もなかった。

 ゴローは驚いたのか、目をぐりっとさせた。

 

「ここまで来たんです。なぁに、乗りかかった船ですよ。二度、同じ過ちは繰り返しませんよ。今度は、ちゃんと……帰りの便にも間に合うように、乗らせていただきます」

 

 ことここに及んで、ゴローは、うはっ、と笑った。

 童のような無邪気さであった。

 

「じゃあ、言うぜ」

 

 ゴローの言葉を聴きながら、スプリガンは、失礼だと思った。

 心の中で、女王陛下に、失礼、と頭を下げていた。

 

 陛下。

 申し訳ありません。

 あなたが死んだというのに、私、今。

 下品にも、不敬にも。

 私は──

 

 今、なんだかとても、ワクワクしています。

 

 

2.

 

 

 戴冠式の日取りが決まった。

 

 頂きに登るのはノクナレア。

 玉座に座るはマヴの次代。

 

 アルトリアは辞退した。

 

 カルデアは、パーシヴァルの、円卓軍の協力を得て、門前の『聖槍』の取り外しを行なっている、その報告待ちであった。

 マイクの酒場で、ダ・ヴィンチは暗い顔であった。

 やるべきことはやったが、何ひとつ謎が解けていない。

 ハベトロットは生気を失いベッドに倒れ、賢人グリムは「さて──」と呟いた。

 

 キャメロットの玉座の間で、バーゲストは身を震わせていた。

 

 ソールズベリーの大聖堂では、新たな王を迎える準備が行われていた。

 

 オーロラはうきうきと翅を輝かせ、

 コーラルは、不安に胸を沈めていた。

 

 メリュジーヌは、自らが生まれた泥沼にいた。

 祈りを捧げるように、アルビオンの竜骸に膝を折る。

 宝石を散りばめたように美しかったその目には、泥のような濁りがあった。

 

 スプリガンは、金庫城で、ソールズベリーの大聖堂のマップを広げて入念な確認を行っていた。

 その場に、彼以外に三つの影があり、マップと彼らを交互に見合わせては、彼らと綿密な打ち合わせを行なっている。

 

 ウッドワスは、暴れ果て、荒らし果てた自室で、かろうじて落ち着きを取り戻し、キャメロットの方へ向いて膝を折り、祈りを捧げるように(かしず)いて、手を組んだ。

 

 ストーム・ボーダー内のカルデアスタッフたちは、回復し始めたモニターに、いの一番に映ったメールに、戸惑いと覚悟を決めていた。

 

 ゴローは……

 

 大穴の上、宙空に立ち、やはり、手を組んで祈りを捧げていた。

 

 その底に沈むものに。

 結果的にとはいえ、一万二千年にわたって、この世界を支え続けた偉大なるものに。

 

 何よりも優しく、

 何よりも寛容であった『神』に。

 何よりも優しかったが故に、

 何よりも寛容であったが故に、

 膨大な『呪い』に身をやつしてしまった、悲しき同胞に。

 

 後日、戴冠式が始まった。

 

 そこで、冠を被ったノクナレアが凶刃に倒れる。

 

 膨れ上がり、一瞬で破裂する。

 それは、混乱、混沌、困惑、憤怒。

 

 それらが、ブリテンに広まりゆく光景を。

 それらが、ブリテンを蝕み、覆い尽くす情景を。

 

 『奈落の虫』は──邪悪な微笑みを浮かべて、眺めていた。

 




第九章おわり
第十章、キスしてほしい に続く
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