【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
第九章最終話です
-0-1.
キャメロットの玉座。
ここは、私の世界。
私の、妖精國における、全てが詰まった世界。
私は玉座にいながら、全てを終わらせた。
『予言の子』たちは、既に我が思念体の前に倒れた。
『異星の神』の使徒──千子村正と、我が師でもある賢人グリムは流石にまだ粘っているが、増援として私をもう二体ほど派遣しよう。
どのみち、時間の問題だ。
他はお話にならない。
空から魔力を落とす。
わたしにとっては無造作なそれだけで、全てが焼き払われていく。
おお! 見ろ!
あの反乱軍の無様な姿を!!
おもしろいおもしろい!
燃えていく、面白い!!
戦争はこうでなくては!!
どこが面白い! やりすぎだ!!
わたしの店が燃えてるよう!
保険だ! 保険があるぞ!!
弁償は陛下にしていただきますよ!
わははっ! 反乱軍が焼き殺されていくぞっ!
逃げ惑う姿が面白い!
逃げ惑う顔が面白い!
おもしろい!
おもしろいっ!
愚かな『予言の子』。
こんな連中に
おまえたちのことなど、勝とうが負けようが、明日にはこいつらは忘れている。
おまえたちの功績など、おまえたちの戦いなど、こいつらには所詮、暇つぶしでしかないのだ。
ブリテンは元々、救い難い世界だ。
その全てを理解しながら、鐘を鳴らしたおまえは、全てを知りながら、胸中ではわたしに共感すら覚えていながら──
誰にも、何も、打ち明けられず。
ひとりぼっちで、おまえは死ぬのだ。
わたしの敵は、最初からおまえなどではない。
わたしの敵は、わたしたちの敵は、『楽園の使命』そのものだ。
おまえは、どんなに鐘を鳴らしても、わたしの敵たり得ない。
『楽園の使命』に
おまえは、自らの意志でわたしに挑んですらいない。
おまえが今、キャメロットにいる理由。
妖精のためではない。
人間のためではない。
わたしの道を遮るのは、『楽園の使命』があるからに過ぎないのだろう?
鐘を鳴らして、全てを知ったはずだ。
ならば、わたしが、おまえの何倍もの苦悩を、挫折を、裏切りを、『楽園』の妨害を乗り越えてたか、わからぬはずはない。
涼しい顔で、冷酷に圧政を強いて、妖精國を簡単に成したと思うか?
ああ、たしかに冷酷非情には振る舞ったさ。
だが、それ以上の苦諦を乗り越えて國を成したわたしが、おまえ如きに負ける理由はない。
だが、おまえは本心では、それをわかっていながら、わたしに挑まずにはいられなかったのだろう?
改めて聞くぞ。
──妖精のためか?
幼いおまえを虐待し、利用しようとした愚か者たちなのに?
──人間のためか?
たった三十年しか生きられぬ、人のカタチをしているだけの、まがいものなのに?
──それとも、
『異邦の魔術師』に、恋慕の情でも抱いたか?
愚かなことだ。
そうだとしたら、なおさら。
仮に、わたしに勝てたとしても。
ブリテンの妖精はお前を許さぬよ。
『異邦の魔術師』を赦さぬよ。
やつらは、わたしに勝った証に、おまえたちが掲げる乾杯の盃に毒を仕込むよ。
『異邦の魔術師』を、そうやって殺すだろう。
かつて、ウーサーと円卓の騎士が、そうされたように……
トネリコの絶望を、おまえは繰り返すと言うのか?
やつらは、妖精だ。
何も学ばぬ。
何も、恐れぬ。
自らの上に、『神』をいただかぬ。
強き者に抱くのは、嫉妬と羨望。
賢き者に望むのは、保身と失敗。
故に、わたしが支えなければ、滅ぶことしかできない馬鹿どもだ。
だから、ブリテンを救えるのはわたししかいない。
この『玉座』を扱えるものは、わたししかいない。
ならば、『予言の子』よ。
アルトリア・キャスターよ。
これは慈悲である。
おまえが勝ったところで、妖精たちは御しきれまい。
ノクナレアに任せるつもりか?
残念だが、それは無理だ。
ノクナレアの元に、どれほどの妖精が入り込んでいると思っている?
ノクナレアが被るとしても、それは予言通りに、血濡れの冠がせいぜいだ。
生き残ってこそ地獄。
続けるからこそ、地獄。
ならば、ここでわたしが終わらせてやる。
おまえの使命も、わたしが滅ぼす。
『星』がおまえを駆り立てるなら、その星ごと葬ってやろう。
だから……安心して眠るがいい。
──そこに、オーロラの風の便りが届く。
全てを静聴した後、眼下の官司たちがざわめき出す。
全く、これだ。
今更、疑うのか。
オーロラめ。口ばかり達者で、体面の皮ばかり被り続ける醜さの塊め。
そんな口八丁で、今更、わたしが健在の状態で、妖精たちをたらしこめると思っているのか?
戦場で憤るものたちなど、私のその腕のひと撫でで鳴りを潜める。
この程度の便りで手のひらを返すものたちなど、どうにでもなるのだ。
「ところが──形成逆転なのですよ、陛下」
玉座の正面の通路から、堂々と。
スプリガンであった。
衛士たちを引き連れて、ゾロゾロと。
いつもの不敵な笑み。
その表情が、私はオーロラに騙されているわけではないと、如実に伝えてくる。
「スプリガン、今になって破滅を望むか?」
いえいえ。
と言う。
言葉に迷いがない。
段取りが決まっている、と言うことか。
全て、予定通りということか。
抜け目のない男だ。
流石は、汎人類史の人間。
妖精とはひと味違う。
だが、彼我の戦力差は明白。
例えバーヴァン・シーが人質であろうが、わたしは指一本分の動きと魔力で、おまえたちを殺せるのだ。
スプリガンは部下を呼んだ。
それが、前に出て、手に持つ大きな袋を開けて、中身を床に散らした。
どろどろと転がり落ちたのは──
案の定、それはバーヴァン・シーであった。
身体が腐り切っている。
床に落ちた衝撃に、身体が耐えきれずぐしゃりと肩から潰れて、破裂し、ドロドロと体液が床を浸す。
予想していた通りである。
だが、やはり、現実として目の前にすると、わたしの心は乱れている。
それを、戸惑いと受け取ったか、スプリガンはつらつらと口上を述べる。
官司の妖精たちがざわめいている。
どちらに着くか?
そんなことを話し合っている。
魂の髄まで腐っているのか、こいつらは。
目の前の我が娘より、よほど腐っている。
どちらが有利か、わからぬのか?
もっとも、スプリガンとてわかるまい。
バーヴァン・シーがこうなることは、
──あの時。
ゴローと、ベリル・ガットと、わたし。
三人での密会。
ベリルは、ゴローに約束させた。
全能の神を前に、あの男は、威風堂々と契約を交わした。
半ば詐欺のような対価を払うといい、しかし、その意味も意図も全てを飲み込んで、ゴローはその約束に、首を縦に頷かせた。
──オモシロイねぇ、俺ァのったよ。
たしかに、そう言った。
その計画は、その願いは、わたしとしてはどうでもいいことだった。
だが、掛け値無しの全能者に、この程度の縛りでその奇蹟を約束させられるならと、飛びついた。
わたしは、言った。
──バーヴァン・シーを、助けてくれ。
魂の擦り切れた我が娘。
もう、この玉座を使っても、転生は叶わぬ。
最後の最期の人生で、しかしあの子は嫌われ者である。
しかし、そうしなければ、今生きてさえいなかった。
■■■■■■■■が目覚めている今、ろくな死に方が出来るとは限らない。
だから、わたしは、『全能の神』に、バーヴァン・シーの蘇生を望んだ。
この世界では、もう助からぬ。
助かったところで、また地獄だ。
だから、転生を望んだ。
次の人生を、
その対価は、他ならぬバーヴァン・シーの命。
出鱈目な対価である。詐欺極まりない。
死ぬ者の魂を対価に、死ぬ者の蘇生を望むのだから。
だが、ベリル・ガットの対価が通るならば、この神は、それで納得するはずだ。
神は──
わかった。
と深く、静かに、頷いた。
バーヴァン・シーには、
そして、それを『神の言葉』として宣言することで、彼とわたしの契約は果たされた。
わたしは、その夜、久しぶりに星を見た。
荒れ狂う嵐の中で、燦然と輝く星をだ。
忘れていたものであった。
その名は『
だから、スプリガン。
おまえは道化だ。
おまえが、ゴローと親しいのは知っている。
彼から、特別に目をかけられていることは知っている。
だが、おまえは彼と、対価を払って契約はしていまい?
バーヴァン・シーは、いつ死んでも、全能の神がその魂の転生を保証している。
わたしも、ままならぬ気の昂ぶりはある。
だが、この場において、あの子は人質にはならぬ──
モルガンが、スプリガンたちを薙ぎ払うために指を動かそうとした。
魔力が集積する、そのコンマ一秒にも満たない刹那。
──モルガンは、自身の心臓を穿っていた『力』に気づいた。
-0-2.
それは、魔力ではない。
ただ、純粋な、力の塊。
通り抜ける空間を、力場を削って消滅させながら、わたしの心臓を穿ち、体内でひと通り暴れ回り、
がはっ……!?
わたしが、血を吐く。
反応できなかった。
わたしが、自らの体内で行われた破壊に気付いたのは、破壊の光の筋が、空の彼方に消えた時であった。
スプリガンたちが、妖精たちが、背後を見る。
わたしは、目の前を真っ直ぐ睨みつける。
ゴローがいた。
左に傾けた半身になり、左腕を、二本指をこちらに伸ばしていた。
その指の先から、破壊の残滓がキラキラとまたたきながら、煙のように空間に溶けていく。
な、に……を……?
スプリガンの仕込みか?
だが、当のスプリガンが、驚愕の表情のまま、その姿勢のままフリーズしていた。
彼も知らない。
どういうことだ……?
なぜ……?
スプリガンの兵士たちが、バタバタと倒れていく。
糸の切れた人形のように。
全員、首がなかった。
千切れたわけではない。
全員、頭部など、元々からなかったかのように、消えていた。
ひっ、と声を上げる。
スプリガンの声だ。
モルガンすら、発した本人すら、聞いたことのない恐怖の声である。
わたしは、血まみれになっていた。
傷が塞がらない。
血が止まらない。
魔力による治癒が、傷口の全てに弾かれている。
いや、わたしの魔力が、傷口を覆う『力』に飲み込まれ、消滅している。
「が……あ……っ……! ご、ゴロ……ォ……き、さ……まっ……!!」
怨痕と吐瀉物を吐きながら、わたしは近づいてくるゴローに叫んだ。
体内の魔力の循環が乱されている。
魔力がまともに練れない。
術式が組めない。
わたしの憤怒も混乱も他所に、ゴローは玉座に昇った。
わたしの目の前に、この
その太い左腕が、大きな手が、わたしの首を掴む。
軽々と、身体を玉座から引き抜く。
抗いようのない力だった。
万力に絞められるようだった。
私の身体は、恒星の引力に引き寄せられる、惑星のようだった。
たとえわたしが万全に魔力を練れたとしても、
たとえ完全に力を振るえたとしても、
この左腕一本、わたしには振り解けないだろう。
彼の歩みを止めることはできない。
彼の右腕が、ずぶずぶとわたしの胸を貫く。
物理的な貫き手ではない。
身体の細胞に沈み込み、存在に溶け合うようなそれであった。
「ワルいね」
そう言った。
わたしにだけ、聞こえる声で。
「彼とも、先約があるってェのと、これァこれで、計画の一部なンだ」
悪びれない口調であった。
神としてのゴローではない。
人としてのゴローの言葉であった。
「う、う……うあああああああっ!!」
わたしはせめてもの抵抗に魔力を炸裂させる。
魔力を練れないなら。
術を組めないなら。
溢れ出す魔力をそのままぶつける。
私の身体から溢れ出す蒼い光が、わたしの身体を焦がす。
筋肉が焼けた。
血液が蒸発した。
眼球が弾けた。
神経がちぎれていく。
しかし、彼の皮一枚傷付けられない。
「モルガン」
彼が言った。
また、わたしにしか聞こえない声。
鼓膜は溶けている。
しかし、はっきりとわかった。
雷鳴轟く中で、はっきりと聞こえる柔和な声。
人としての、彼の声。
「おまえさんの呪い。ホンの少しだけ、勝手に、俺も、背負わせてもらうぜ──」
──また、逢おう。
わたしの目を見ながら、彼は言った。
黒目の大きい、引力を含んだ目。
バーゲストが、メリュジーヌが、バーヴァン・シーが。
ウッドワスが、スプリガンが、吸い込まれてしまった目。
その目を見た一瞬。
だが、それは永遠にひとしい時間。
わたしの中に濁りたまっていた苦痛と呪いが、全て、消えてしまっていた。
彼が、わたしの霊基を引き裂く。
わたしの魂が、その太い指に、優しく
わたしは、全てを理解していた。
──ああ、そういう……こと、だったのか……
…………
造作もなく、わたしは死んだ。
闇に包まれるのではなく、わたしは、闇に還ったのだった。
1.
スプリガンは走っていた。
キャメロットの廊下を。
可能な限り、速く。
呼吸が乱れる、足がもつれる。
だが、一刻も早く、そこから離れなければならない。
ゴローがモルガンを殺した。
自分の衛士たちも。
モルガンの遺体を玉座に放ったゴローは振り返り、言った。
──女王モルガンは、
その言葉、その目つき、その力に、妖精たちが震え上がる。
だが、私にはわかった。
あれは、私に向けられた目であった。
──この場から、早く逃げなさい。
黒目の奥の奥。
その場では、およそ、彼と付き合いの長い私にしかわからぬの領域での、彼からの賢明なサインであった。
わたしは、狼狽えて動けぬ妖精たちを尻目に、その網目を縫うように、駆け出した。
あの場に留まっていたら、気が狂った妖精たちに、何をされるか分からなかった。
あの場で脅威であったモルガンは彼が排除した。
私はバーヴァン・シーは連れてきた。
約束はちゃんと果たしている。
だが、状況と状態が入り組んでしまったが故に、彼との約束が、どこまで有効なのか、もはや確信がない。
あの場では、私の安全圏がわからない。
一旦引かねば。
金庫城に、我が家に。
何が起こったのか、スプリガンにはわからなかった。
ゴローの乱心。
いや、言葉を信じるなら、計算通りなのか?
わからない。
その力は知っているつもりであった。
全能者。
モルガンより、強いのだろうとは思っていた。
だが、モルガンの渾身の魔力すら全く寄せ付けない、その力をいざ現実として理解すると、恐怖と混沌がスプリガンを飲み込んだ。
あれは、妖精國にあってはならない力だ。
いや、人の世にあってはならない力だ。
ひとつの
──スプリガン
呼び止められた。
ゴローに、である。
そんな、バカな……
まだ、彼は玉座の間に……
──全能。
それは、万物万象において、不可能はないということ。
この世界における、あらゆる奇蹟を起こせるということ。
「ち、近づくなっ! 怪物め!! ……あ、いや、お願いです。命だけは……!!」
膝をついて、顔を歪ませて懇願するスプリガンに、ゴローは膝をついて、目線を合わせた。
「落ち着きねい、スプリガン。なンもせんよ」
「うっ……あぁ、う……」
声にならない嗚咽。
しかし、その黒目がスプリガンの恐怖と混沌を消し去っていく。
ひと間、ふた間。
沈黙と、静寂。
それは、スプリガンの心に少しの余裕を蘇生させる。
視野が広がる。
「大丈夫だ、スプリガン」
彼は、大きな身体で、スプリガンを優しく抱きしめた。
大きくて、上からかぶさる。
まさしく、包み込まれるような抱擁であった。
「……え、ええ、もう、大丈夫です。すみません……」
言葉に力と落ち着きが戻った。
肩をぺしぺしと叩いて、彼に無事を促す。
それを、スプリガンがちゃんと言い終えてから、ゴローは抱擁を解いた。
「スプリガン、スマン。説明するにやァ、ちと、おまえさんは……」
「部外者すぎた、ですかね……?」
ゴローは、にこりと笑った。
太い──笑みであった。
それに合わせて、吐き出す言葉も、太くなった。
「さすがだ、スプリガン」
「いえ、おそらくは、女王の──モルガンの、この國そのものの根幹に関わる話なのでしょう?」
「そこまで、読んでたか。マイったねぇ、やるじゃない」
「ええ。私も……あなたと話すようになってから、より多くの本を読むようになったのですよ」
賢者と、ましてや全能者と文でのやりとりをこなす。
凡夫には、いささか重労働でしたので。
「おまえさんは、天才だよ。スプリガン」
屈託のない言葉であった。
スプリガンは、くっ、と自嘲するように、笑った。
幕末の──汎人類史のあの時代。
家柄で能力の限界が定められていた時代。
あの時代の自分に言っても、信じないだろう。
おまえは将来、全能の神に『天才』だと、太鼓判を押されるんだ──
と言っても。
そこで、スプリガン。
ゴローが言った。
あと二つほど、頼みがあるンだ。
「わかりました」
二つ返事であった。
その目に、もはや迷いも恐怖もなかった。
ゴローは驚いたのか、目をぐりっとさせた。
「ここまで来たんです。なぁに、乗りかかった船ですよ。二度、同じ過ちは繰り返しませんよ。今度は、ちゃんと……帰りの便にも間に合うように、乗らせていただきます」
ことここに及んで、ゴローは、うはっ、と笑った。
童のような無邪気さであった。
「じゃあ、言うぜ」
ゴローの言葉を聴きながら、スプリガンは、失礼だと思った。
心の中で、女王陛下に、失礼、と頭を下げていた。
陛下。
申し訳ありません。
あなたが死んだというのに、私、今。
下品にも、不敬にも。
私は──
今、なんだかとても、ワクワクしています。
2.
戴冠式の日取りが決まった。
頂きに登るのはノクナレア。
玉座に座るはマヴの次代。
アルトリアは辞退した。
カルデアは、パーシヴァルの、円卓軍の協力を得て、門前の『聖槍』の取り外しを行なっている、その報告待ちであった。
マイクの酒場で、ダ・ヴィンチは暗い顔であった。
やるべきことはやったが、何ひとつ謎が解けていない。
ハベトロットは生気を失いベッドに倒れ、賢人グリムは「さて──」と呟いた。
キャメロットの玉座の間で、バーゲストは身を震わせていた。
ソールズベリーの大聖堂では、新たな王を迎える準備が行われていた。
オーロラはうきうきと翅を輝かせ、
コーラルは、不安に胸を沈めていた。
メリュジーヌは、自らが生まれた泥沼にいた。
祈りを捧げるように、アルビオンの竜骸に膝を折る。
宝石を散りばめたように美しかったその目には、泥のような濁りがあった。
スプリガンは、金庫城で、ソールズベリーの大聖堂のマップを広げて入念な確認を行っていた。
その場に、彼以外に三つの影があり、マップと彼らを交互に見合わせては、彼らと綿密な打ち合わせを行なっている。
ウッドワスは、暴れ果て、荒らし果てた自室で、かろうじて落ち着きを取り戻し、キャメロットの方へ向いて膝を折り、祈りを捧げるように
ストーム・ボーダー内のカルデアスタッフたちは、回復し始めたモニターに、いの一番に映ったメールに、戸惑いと覚悟を決めていた。
ゴローは……
大穴の上、宙空に立ち、やはり、手を組んで祈りを捧げていた。
その底に沈むものに。
結果的にとはいえ、一万二千年にわたって、この世界を支え続けた偉大なるものに。
何よりも優しく、
何よりも寛容であった『神』に。
何よりも優しかったが故に、
何よりも寛容であったが故に、
膨大な『呪い』に身をやつしてしまった、悲しき同胞に。
後日、戴冠式が始まった。
そこで、冠を被ったノクナレアが凶刃に倒れる。
膨れ上がり、一瞬で破裂する。
それは、混乱、混沌、困惑、憤怒。
それらが、ブリテンに広まりゆく光景を。
それらが、ブリテンを蝕み、覆い尽くす情景を。
『奈落の虫』は──邪悪な微笑みを浮かべて、眺めていた。
第九章おわり
第十章、キスしてほしい に続く