【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
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第一話:流れ星がたどり着いたのは、悲しみが沈む西の空
1.
オックスフォード。
空は、血のように赤い。
街も、血のように赤かった。
それは、瞬く間にオックスフォード全域に広がった。
牙の戦士。
その中で、弱いものたちが次々にモースへと変質していく。
街の外からゾロゾロと巨大モースが、それに追い立てられた各領地の、近くの
ウッドワスは門を閉めて、閂を降ろして、その前にありったけのガラクタを積み上げてバリケードを作るように命じた。
賑やかなレストラン街は見る影もなく、死と、炎と、毒が蔓延していた。
牙の氏族の、元々のモースへの抵抗力の高さも相まって、そのお陰で、他の領地と比べれば、比較的『厄災』の被害は少なかった。
だが、内部からモースに変質する兵が止まることはなく、やはり、もはや街の崩壊は時間の問題であった。
──門を開けろ。
そんな中で、混乱の中で、ウッドワスの言葉は牙の戦士たちを震え上がらせた。
「ひ、避難民を……受け入れるのですか!?」
「しかし、それではモースも入ってきて……」
いや、我々が討って出る。
支度せよ!
戦士たちよ!
動けるものは我が元に集え!!
我ら、戦士として!
ブリテンを護る剣として!
モルガン陛下の剣として!
最期の瞬間まで、牙の名にふさわしく戦わん!!
ウッドワスは吠えた。
有無を言わせない迫力であった。
覚悟がむき出しであった。
ここを、ブリテンの大地そのものを、死地と定めた声であった。
脱ぎ捨てたジャケットを──彼はちゃんと畳んで、地面に置いた。
「わっ、わかりました! おい! 残った戦士を全員集めろ!!」
「牙の氏族全員、皆、ウッドワス様と最期までお供いたします!」
ウッドワスの前に詰めかけた戦士たちは、皆ボロボロであった。
もう、助からないことを承知であった。
だが、震える身体を、熱く震える魂で抑え込んだ。
みろ!
誰かが──言った。
ウッドワス様の姿を!
ああ、なんてたくましいんだ!
すごい目をしているぞ!!
これが、これが……排熱大公!!
ウッドワス様が戦線に立たれるぞ!!
そうだ! オレたちにはウッドワス様がいる!
彼と共に戦おう!!
女々しく、泣きながら死ぬなんて嫌だ!!
オックスフォードで、ただだだ死ぬなんて嫌だ!!
ウッドワス様にお供しよう!!
オレは、最期まで戦うぞ!!
ウッドワス様の剣はオレだ!!
いいや、オレだ!!
続け!
続け!
牙たちよ! 続け!!
遅れるな!! 続け!!!
オオオオオオーッッ!!!!
自らの姿を見て、無理矢理でもいいと鼓舞する牙たちを見て、ウッドワスは感謝を感じた。
ただただ、感謝を。
オレは、いい部下に恵まれていたようだ。
どうしようもないバカどもではあるが、
どうしようもないバカどもだからこそ、
このオレの無茶無謀に、よくついて来てくれたのだな……
「門を開けるぞぉーっ!!」
ぎりぎりぎり、と、
門が開かれる。
それが、三分開きの時点で、噴き出すように門を突き破り、毒を撒き散らしながら、大小さまざまなモースたちが、街に向かって飛び込んだ。
地獄のような光景だった。
戦士たちは息を呑んだ。
「いくぞォォォ!!!!」
ウッドワスは駆け出した。
爪を立て、牙を唸らせ。
牙の氏族はそれに続いた。
その群れに向かって、果敢に、一斉に、突撃した。
2.
星の内海までアルトリアたちを送り出したゴローは、ストーム・ボーダーに戻って来た。
ホームズがいの一番にそれに気づき、よいしょとその場で腰を下ろすゴローに、キャプテン・ネモが言う。
「マリーン! ゴローを救護室に運んでくれ!!」
「りょーかーい!! って重いよー!!」
「動かないよー!!」
腕を引っ張られても、びくともしない。
ゴローの反応がなかった。
ムニエルが異変に気づいて、おい、どうしたんだよ、と声をかけた。
そこで、ゴローは顔を上げた。
口の端から、一筋、血が流れていた。
「おいっ! マジどうしたんだよ!?」
「んァ? ……ああ、ちと唇、噛ンじまったか」
「唇!? ほんとかよ……」
ホントホント、とぐいっと口を拭って、ゴローは立ち上がる。
それを、ホームズが怪訝な表情で眺めていた。
「こ、小僧たちは、大丈夫かね?」
「ああ、星の中層。この
顔を青ざめて、でもそれを押しとどめて、でもやっぱり青ざめた顔は隠しきれずに、ゴルドルフは聞いて来た。
ああ、やっぱいいヒトだわ、こンヒト。
とゴローは微笑ましく思った。
ゴローは甲板に上がると言った。
寝るんじゃないのか? というムニエルの言葉に、
「いや、寝てたでしょ? 十秒ぐらい」
とあっけらかんと返した。
3.
「そっか……キャメロット城はぶっ壊されちまったか……」
ケルヌンノスは、湧き出したその手で目の前のキャメロット城を叩き潰したという。
執拗に、丁寧に、原形も残らぬほど上から叩いて潰したのだと言う。
まぁ、当たり前だわな。
とゴローは思う。
ケルヌンノスからしたら、アレの存在は到底許せまいて。
自分を倒しうる武装だから、自分を封ずる城だから、許せないのではない。
モルガンが、ブリテンで絶対者──神として振る舞うのに必須だった玉座の存在そのものが、許せないのだ。
対自分用、自分を殺すためだけに、ロンゴミニアドを設置していたこと自体が、許せないことなのだろう。
しかし、十二門のロンゴミニアドも、玉座も、瓦礫と呪いに沈んでしまった。
それでも、カルデアの彼らが絶望に沈み切らないのは、希望が見えていたからであった。
なにより、一度は希望を託して死んでいったキリシュタリアの前で、弱音は吐きたくないという、小さな意地もあったのだろう。
そのキリシュタリアが、ゴローに話しかけた。
「ゴロー殿。幸いなことにケルヌンノスの歩みは遅い。あなたと私、そしてホームズ。さらにはかの大神が、ここにいるのです……打開策は、必ず見つけます」
「ハッ! なにを弱気になってんだ! 呪いの塊だかなんだか知らねーが、アレも『神』なんだろ!? だったら、イザって時はこのオレがぶっ飛ばしてやるぜ!!」
「ああ、カイニス。本当にいざという時は、神霊のキミがこちらの切り札だ」
その時は、頼むよ。
とキリシュタリアは言った。
歯ごたえのない言葉に、カイニスはちょっと調子を崩されて、お、おう! とガタついた返事を返した。
「でも、良かったわね。玉座が次代妖精の基盤を支える、廉価版の英霊の座だとしたら……コーラルちゃんは私と契約してなかったら、今頃霊基がガタガタになってたかも……」
「……はい。貴方達の言葉で言う、魔力回路のソースを
コーラルの表情は、いまいち晴れない。
当然であろう。
眼下では、ブリテンが燃えている真っ最中である。
妖精の抱える、積み上げた原罪をホームズやキリシュタリアから聞き、これが当然の帰結なのだと理解した聡明な彼女であっても、生まれ育った世界が終わりゆく光景は、堪え難い心理的負担であった。
それこそ、ぺぺと契約していなければ、彼女ではこの光景に霊基が耐えられず、翅の輝きは失われて死んでいただろう。
「前を向きましょう。私たちは、まだ生きてるんだから」
ぺぺの言葉に、コーラルははい、と力無く頷いた。
4.
アルトリア達が戻って来た。
村正の姿がなかった。
と、同時に、『大穴』からケルヌンノスの姿が消える。
何が起こったのかと戸惑い叫ぶゴルドルフに、帰還したマスターから説明が入った。
「そうか……村正が……」
ダ・ヴィンチの言葉であった。
哀悼の意を込めていた。
賢者グリムが、
ホントに、アイツはよ……どこでもアルトリアの味方しやがって……
と、悲しげに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。
ゴローは、壁にもたれながら、
そりゃァ、ワルいことしたなぁ……
と太い指で頬を掻いて、苦笑いした。
一発ぐらい、殴られてやりゃあ、良かったねぇ。
それは、悲しそうな声であった。
そこに、衝撃!
ボーダーが大きく揺らいだ。
来た。
とうとうきたぞ!!
と、全員が確信した。
甲板では、メリュジーヌと、キリシュタリアたちが対峙していた。
「姉さん──いや、メリュジーヌ!」
パーシヴァルがその名を呼び、『選定の槍』を強く握りしめた。
マスターと、マシュ・キリエライトも登ってきた。
「よし──幸運にもタイミングがカチ合ったみたいだね! 前衛はカイニス、マシュ・キリエライトに任せよう! 私も魔術でできる限りサポートする」
「おう、任せろってんだ!! オレが終わらせてやらぁ!!」
「わかりました! マシュ・キリエライト、全力でサポートします!!」
キリシュタリアの前に、二人のサーヴァントがならぶ。
槍を奮って空気を裂く。
シールドをガン! と打ち鳴らして各々体勢を整えた。
その後ろに、ペペロンチーノとコーラルが立つ。
「後衛でのサポートは、私とコーラルちゃんがやるわ! 離脱されないように
「よく意味がわかりませんが……了解です、
ぺぺの言葉に呼応して、コーラルがその手に秘蹟の魔力を纏わせる。
キラキラと美しい魔力光であった。
「パーシヴァルは『選定の槍』を、いつでも最大パワーで打ち込めるように、準備をお願い!」
最後尾で、カルデアのマスターがパーシヴァルと並び立つ。
マスターは、『選定の槍』を使うタイミングを見定める役割だ。
今までさんざん前線で勝負どころを味わって、乗り越えてきた彼だからこそのポジションである。
メリュジーヌが吠えた。
戦いが、始まった。
5.
──強い。
わかっていたコトだが、改めて実感する。
それが、最前線で攻撃を受けて立つ、マシュの感想であった。
その攻撃力。
その翼が翻るたびに、大気の原子が限界まで引き伸ばされ弾けて、反動と衝撃波が破壊の波となって打ち鳴らされる。
大気の状態を木っ端微塵にする力が、鋭利で重厚な武器そのものとなって襲いくる。
その振る舞いひとつでさえ、英霊の身をもってしても、受け止めることが難しい力を秘めていた。
鎧にカバーされていない皮膚が、肉が、ビシビシと引き裂かれて剥げていきそうだった。
足が、甲板から引っこ抜かれそうになる。
マシュはその度に、臍下にちからをこめて、足の指で甲板を噛むようにちからを込めて、気合を込めて、立つ。
「オラ! ボーッとしてんな!!」
その耐久力。
キリシュタリアの
だが、流石にダメージは与えているらしく、ひと突きひと振りごとに、メリュジーヌが痛々しく咆哮する。
その翼に、コーラルが負荷をかけ続ける。
それ以上飛べないように。
そこから、離脱されないように。
野生──と呼んでいいのかはわからない。
だが、理性を無くした知性は、降り掛かる負荷を軽減するために、安易な選択をとろうとする。
つまり、離脱よりも、目の前の甲板への着陸をしようとして、結果的に戦域から離れることを拒絶していた。
「熱線の方向に気をつけて!!」
マスターが、マシュへ指示を飛ばす。
気をつけなければならないのは、それだ。
『神造兵装』にすら比肩する破壊力の熱線。
マシュたちが躱せたとしても、ボーダーに直撃すればそのまま撃墜されてしまう。
「まずい……」
甲板の戦線をモニターで見ながら、キャプテンが言った。
「キャプテン、何がまずいのかね? 私の見る限り、戦闘は有利に運んでいるように見える。時間はかかるが勝つことは可能では……?」
それは、まずいんですよ、Mr.ゴルドルフ。
とホームズが言う。
「確かにこの調子だと、メリュジーヌを倒すのは時間の問題でしょう。ですが、我々にとってある種最大の難敵が、その『時間の問題』なのですよ」
ホームズの言葉に、頭の中で状況を組み立てて、そ、そうか!
とゴルドルフは瞬時に理解に行き着く。
「そうです。我々がなんとかしなければならないのは、『崩落』の根本的原因であるケルヌンノスです。言い換えれば、メリュジーヌは我々を襲ってくるので、最優先で対処しているだけです。時間をかければ、また、かの神が姿を現し、キャメロットを破壊してしまう……そうなった後に、メリュジーヌを倒しきれても遅いのです」
う、うむ、その通りだ!
とゴルドルフはモニターへ振り返る。
負けてはいない。
だが、倒しきれていない。
押している。
だが、押し切れていない。
誰の目にも、その戦いはドロ試合の如く。
たとえ優勢であっても、それはジリ貧の戦いであった。
「ど、どどど! どうするのかね! ……そ、そうだ、賢人グリムも参戦すれば……」
「それはできねえな」
なぜかね!?
というゴルドルフの大袈裟なツッコミに、賢人グリムは言う。
「あの場にはキリシュタリア、ペペロンチーノ、コーラル、マスターにマシュ、カイニスと異なる魔力がそれぞれの経路を通して入り組んでる。そこに、今、『智慧の神』サンぐらいの強力なルーン魔術が横入りしちまったら、戦場を飛び交う魔力の流れがめちゃくちゃになっちまうぞ」
ブリテンそのものを、玉座という楔ありきとはいえ、巨大な魔力経路に変えてたモルガンの怪物っぷりが、よく分かる意見であった。
「て、手詰まり……と言うことかね? い、いや! そんなハズはない!! これだけの手練れが揃っているのだぞ! ま、まだ何か……できることがあるハズだ!!」
着実に差し迫る、『詰み』という現実に歯を噛み締めるゴルドルフ。
しかし、誰も答えない。
答えられない。
優勢な戦いを行なっているが、そもそも相手は
原始竜アルビオンの力、そのものなのだ。
ならば、この戦場を保てていることが、すでに、神話に刻まれるような奇蹟なのである。
そう、奇蹟である。
ならば、これ以上の奇蹟を望むか。
汝、さらなる奇蹟を望むか──?
──望めよ、されば、与えられん
奇蹟が、動いた。
ここに、アルビオンを上回る、奇蹟が存在していた。
「しょうがないねぇ、いってやっかねぇ」
のそり、とそれは動き出した。
壁にもたれかかっていた背中を、少し面倒そうに持ち上げた。
振り返るゴルドルフの驚愕。
振り返るホームズの驚嘆。
その黒目に、見るものを吸い込んで飲み込むような『引力』が宿っている。
その大きな身体が、傍目から見てわかるほど、熱を放っていた。
身体を撫でる大気を、揺らがせるような熱だ。
太い肉が、むり、むりとさらに太く、盛り上がっていく。
よく焼けた肌に血が通い、さらに赤みがかって脈動している。
首に力を入れて緊張させ、力を抜くと共に放つ、ふぅ、と吐く息が熱持っている。
太い──息であった。
6.
「ゴロー殿!」
パーシヴァルの横に、ゴローは並んだ。
ゴローはニコリと太い笑みを返した。
「メリュジーヌ!!」
叫んだ。
戦場の視線が、全て集まった。
空気が、変わった。
全ての空間が、ゴローに向かって引き絞られるようだった。
ドロ沼の如く澱んでいた戦域を、覆い尽くして、消しとばすような声であった。
「俺ァ、ここだぜ?」
両手を広げた。
メリュジーヌに向かって。
誘っていた、煽っていた。
引き伸ばされたその太い広背筋が、羽根のようにひろがっていく。
大きな男が、さらに、ひと回り大きくなった。
メリュジーヌはそれを見て、咆哮を上げた。
それを、野生における威嚇ととったのか。
あるいは、反射的に、この場に現れた最も強き力を定めた故の行動なのか。
メリュジーヌは暴れた。
たまらず秘蹟に力を入れるも、羽根に掛かるコーラルの負荷をちぎり飛ばした。
コーラルの手が裂けて、血が飛んだ。
たまらず、ペペロンチーノがそばに駆け寄る。
メリュジーヌはその隙に、ボーダーから遠く離れていく。
音速を超えて、あっという間に点の大きさになった。
──逃げたワケじゃねぇ!
カイニスはわかっていた。
あれは、逃げたワケじゃない。
こっちを見据えている。
呼吸を整えている。
体勢を整えてやがる!
距離をとって、全力で突っ込む気だ!
……おもしれぇ!!
がちゃり、と槍を構えるカイニスを、しかしキリシュタリアは止めた。
なんだよ! とその顔に振り返るカイニスは、神妙なキリシュタリアの横顔を見て、口を閉ざす。
キリシュタリアの視線の先で、膨大な魔力──秘蹟が集約していた。
「もういっかい言うのは、カッコわりィケドよ」
──チャンスは一度
しっかり、抱きしめてやンなさいよ。
「はい!!」
パーシヴァルが槍を掲げる。
解放の時を待っていたそれは、時空を歪めかねないほどの秘蹟を放っている。
「聖槍、開廷!!」
その言葉に合わせるように、メリュジーヌが飛んできた。
真っ直ぐに、初速から、音速を超えた速度で。
ぶつかるまで、二秒とない。
しかし、パーシヴァルにはそれは、永遠に等しく間延びしたように思えた。
メリュジーヌの──姉の目に、涙が見える。
「我が罪を──」
そこで、パーシヴァルは言い直した。
いや、違う!
「その力をもって、我が姉を救いたまえ!!」
それは裁きではなく、救いの光。
それと、破壊の力がぶつかった。
7.
──壊れていく。
──壊れていく。
光に飲み込まれて、身体が壊れていく。
メリュジーヌに理性はなかった。
ただ、ブリテンの滅びを止めるものを排除する。
それだけを目的に動いていた。
目標:補足。
頭の中を流れる電子が、それを見定めた。
電子が震えている。
それを、メリュジーヌはどこかで、味わったことがある気がした。
記憶を探る。
エラー。
意識を探る。
エラー。
忘れたいほど、強烈なものだったのか。
それを判断する頭がない。
だが、目標物の上に現れた、とてつもなく巨大な力を見て、彼女の本能は悟った。
──あそこに、飛び込まねば。
目標:力の塊
到達方法:全力を用いて突進
バグったような、単純な命令。
だが、あたたかさすら感じるそれに、飛び込むためには必要なことだった。
音速を超える。
超音速を、超える。
世界が、黒くなる。
あるいは、白くなる。
メリュジーヌの世界に、力と、メリュジーヌだけが存在する。
──歓喜
あるいは、それに懐かしさを感じていたのかもしれない。
彼女の目から、涙がこぼれていた。
そうと知らずに。
だから、最初は気づかなかった。
二人だけの世界に、もうひとり、いる。
それも、とてつもない力だ。
いや、光だ。
『白光』。
全てを飲み込む、柔らかくて、暖かな光。
ふたりだけの世界に割り込んだ異物を、しかしメリュジーヌは歓迎した。
邪魔者だとは、全く思わなかった。
そう判断しなかった。
それが、白い光がこちらに、真っ直ぐに伸びる。
なんて迷いのない、真っ直ぐな光なんだ。
光と、力がぶつかった。
そして、メリュジーヌは負けた。
貫かれた。
その光はどこまでも真っ直ぐだった。
ならば、あちこちとよそ見をして、力の進行方向が定まらなかったメリュジーヌでは、勝ち目はなかった。
砕けていく身体。
重力と慣性に負けて、落ちゆく身体。
メリュジーヌは、見上げていた。
──パーシヴァル
見下ろす彼は、ああ、私の弟だ。
あんなに、立派になって。
二本足で、ちゃんと立って。
ああ、すごいなあ。
人間の成長は早い。
ああ、ずるいなあ。
不思議と、死にゆくことに抵抗はなかった。
最期に、恵まれた。
メリュジーヌは目を閉じた。
…………
……?
いつまで経っても、落下し切らない。
いや、相当上空を飛んでたけども。
というか、落ちる加速も止まってるし、
というか、落ちてない。
闇の中で疑問を浮かべるメリュジーヌを、
ふわり、と何かが受け止めていた。
あったかくて、おおきな、なにか。
彼女には、身に覚えがありすぎる、それだった。
目を、開いた。
そこに──
「元気かい、小さなライバルさん」
ゴローが、いた。
大きな、優しい微笑みをむけていた。
メリュジーヌは、泥の混じった顔で、しかし、全てを理解して、笑って、泣きそうに瞳を滲ませて、言った。
「──ああ、元気だよ、ゴロー」
ゴローはそのまま、メリュジーヌを抱えてボーダーまで舞い戻る。
降り立った二人を、甲板の全員が迎えた。
「姉さん……!!」
「パーシヴァル、わっ! ちょっと!!」
ゴローの腕から降り立った、よろよろのメリュジーヌに、パーシヴァルが飛び込んだ。
その小さな身体を、その大きな身体が抱き締めた。
「姉さん、よかった……! 僕は、僕は……っ!!」
「よしよし。まだまだ泣き虫だね、パーシヴァルは」
ぼろぼろと泣くパーシヴァルの頭を、メリュジーヌは優しく撫でた。
メリュジーヌの姿は、変わっていた。
顔に、身体中に、泥が混じっていた。
魔力鉱石のアロンダイトはなくなり、鎧も消えていた。
代わりに、時計の針を思わせる、鋭い剣をふた振り備えて。
ほぼ、裸のような格好であった。
それを見て、キリシュタリアは落ち着いた声で、言った。
「なるほど──汎人類史のアルビオンは、時計塔の管理下にあるとも聞く。何か、関連があるのかもしれないですね」
「むつかしいこたァ、今はいいよ、キリシュタリアくん。いや、カルデアとかホームズにゃァ助かるンだろうケドね、そういう意見」
ゴローがへたりと座り込んだ。
目線が、メリュジーヌと合う。
メリュジーヌはパーシヴァルに伝えて、その手を離してもらった。
ゴローの正面に立った。
目線を合わせたまま、ひと間、ふた間。
先に目線を外したのは、ゴローであった。
すまン──と言いかけたゴローの胸に、メリュジーヌは飛び込んだ。
胸に頭を沈めて、何も言わず。
ご丁寧に針が刺さらぬように背中に手を回して。
回しきれないので脇腹を掴んでいた。
「ありがとう……」
ぼつりと、つぶやいた。
ゴローにだけ、聞こえる声であった。
震えていた。
胸が湿っぽい。
ゴローはメリュジーヌの心を察して、その太い手で、頭を撫でた。
「いいってコトよ……」
笑顔であった。
微笑みであった。
おかえり、と言っていた。
その光景は、終末にあって、出逢いのそれであった。