【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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最終章、はじまりはじまり〜
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日曜日よりの使者②
第一話:流れ星がたどり着いたのは、悲しみが沈む西の空


1.

 

 

 オックスフォード。

 空は、血のように赤い。

 街も、血のように赤かった。

 

 それは、瞬く間にオックスフォード全域に広がった。

 牙の戦士。

 その中で、弱いものたちが次々にモースへと変質していく。

 街の外からゾロゾロと巨大モースが、それに追い立てられた各領地の、近くの(むら)の避難民が、それぞれ群れを成してオックスフォードに詰めかけていた。

 ウッドワスは門を閉めて、閂を降ろして、その前にありったけのガラクタを積み上げてバリケードを作るように命じた。

 賑やかなレストラン街は見る影もなく、死と、炎と、毒が蔓延していた。

 

 牙の氏族の、元々のモースへの抵抗力の高さも相まって、そのお陰で、他の領地と比べれば、比較的『厄災』の被害は少なかった。

 

 だが、内部からモースに変質する兵が止まることはなく、やはり、もはや街の崩壊は時間の問題であった。

 

 ──門を開けろ。

 

 そんな中で、混乱の中で、ウッドワスの言葉は牙の戦士たちを震え上がらせた。

 

「ひ、避難民を……受け入れるのですか!?」

「しかし、それではモースも入ってきて……」

 

 いや、我々が討って出る。

 支度せよ!

 戦士たちよ!

 動けるものは我が元に集え!!

 我ら、戦士として!

 ブリテンを護る剣として!

 モルガン陛下の剣として!

 最期の瞬間まで、牙の名にふさわしく戦わん!!

 

 ウッドワスは吠えた。

 有無を言わせない迫力であった。

 覚悟がむき出しであった。

 ここを、ブリテンの大地そのものを、死地と定めた声であった。

 脱ぎ捨てたジャケットを──彼はちゃんと畳んで、地面に置いた。

 

「わっ、わかりました! おい! 残った戦士を全員集めろ!!」

「牙の氏族全員、皆、ウッドワス様と最期までお供いたします!」

 

 ウッドワスの前に詰めかけた戦士たちは、皆ボロボロであった。

 もう、助からないことを承知であった。

 だが、震える身体を、熱く震える魂で抑え込んだ。

 

 みろ!

 誰かが──言った。

 

 ウッドワス様の姿を!

 ああ、なんてたくましいんだ!

 すごい目をしているぞ!!

 これが、これが……排熱大公!!

 ウッドワス様が戦線に立たれるぞ!!

 そうだ! オレたちにはウッドワス様がいる!

 彼と共に戦おう!!

 女々しく、泣きながら死ぬなんて嫌だ!!

 オックスフォードで、ただだだ死ぬなんて嫌だ!!

 ウッドワス様にお供しよう!!

 オレは、最期まで戦うぞ!!

 ウッドワス様の剣はオレだ!!

 いいや、オレだ!!

 続け!

 続け!

 牙たちよ! 続け!! 

 遅れるな!! 続け!!!

 オオオオオオーッッ!!!!

 

 自らの姿を見て、無理矢理でもいいと鼓舞する牙たちを見て、ウッドワスは感謝を感じた。

 ただただ、感謝を。

 

 オレは、いい部下に恵まれていたようだ。

 どうしようもないバカどもではあるが、

 どうしようもないバカどもだからこそ、

 このオレの無茶無謀に、よくついて来てくれたのだな……

 

「門を開けるぞぉーっ!!」

 

 ぎりぎりぎり、と、

 門が開かれる。

 それが、三分開きの時点で、噴き出すように門を突き破り、毒を撒き散らしながら、大小さまざまなモースたちが、街に向かって飛び込んだ。

 

 地獄のような光景だった。

 戦士たちは息を呑んだ。

 

「いくぞォォォ!!!!」

 

 ウッドワスは駆け出した。

 爪を立て、牙を唸らせ。

 牙の氏族はそれに続いた。

 その群れに向かって、果敢に、一斉に、突撃した。

 

 

2.

 

 

 星の内海までアルトリアたちを送り出したゴローは、ストーム・ボーダーに戻って来た。

 ホームズがいの一番にそれに気づき、よいしょとその場で腰を下ろすゴローに、キャプテン・ネモが言う。

 

「マリーン! ゴローを救護室に運んでくれ!!」

「りょーかーい!! って重いよー!!」

「動かないよー!!」

 

 腕を引っ張られても、びくともしない。

 ゴローの反応がなかった。

 ムニエルが異変に気づいて、おい、どうしたんだよ、と声をかけた。

 そこで、ゴローは顔を上げた。

 口の端から、一筋、血が流れていた。

 

「おいっ! マジどうしたんだよ!?」

「んァ? ……ああ、ちと唇、噛ンじまったか」

「唇!? ほんとかよ……」

 

 ホントホント、とぐいっと口を拭って、ゴローは立ち上がる。

 それを、ホームズが怪訝な表情で眺めていた。

 

「こ、小僧たちは、大丈夫かね?」

「ああ、星の中層。この惑星(ほし)の時間集積領域まで、キチンと送り届けたよ。心配なさンなゴルドルフさん。彼らァ、帰ってくるよ」

 

 顔を青ざめて、でもそれを押しとどめて、でもやっぱり青ざめた顔は隠しきれずに、ゴルドルフは聞いて来た。

 ああ、やっぱいいヒトだわ、こンヒト。

 とゴローは微笑ましく思った。

 

 ゴローは甲板に上がると言った。

 寝るんじゃないのか? というムニエルの言葉に、

 

「いや、寝てたでしょ? 十秒ぐらい」

 

 とあっけらかんと返した。

 

 

3.

 

 

「そっか……キャメロット城はぶっ壊されちまったか……」

 

 ケルヌンノスは、湧き出したその手で目の前のキャメロット城を叩き潰したという。

 執拗に、丁寧に、原形も残らぬほど上から叩いて潰したのだと言う。

 まぁ、当たり前だわな。

 とゴローは思う。

 ケルヌンノスからしたら、アレの存在は到底許せまいて。

 自分を倒しうる武装だから、自分を封ずる城だから、許せないのではない。 

 モルガンが、ブリテンで絶対者──神として振る舞うのに必須だった玉座の存在そのものが、許せないのだ。

 対自分用、自分を殺すためだけに、ロンゴミニアドを設置していたこと自体が、許せないことなのだろう。

 しかし、十二門のロンゴミニアドも、玉座も、瓦礫と呪いに沈んでしまった。

 

 それでも、カルデアの彼らが絶望に沈み切らないのは、希望が見えていたからであった。

 なにより、一度は希望を託して死んでいったキリシュタリアの前で、弱音は吐きたくないという、小さな意地もあったのだろう。

 

 そのキリシュタリアが、ゴローに話しかけた。

 

「ゴロー殿。幸いなことにケルヌンノスの歩みは遅い。あなたと私、そしてホームズ。さらにはかの大神が、ここにいるのです……打開策は、必ず見つけます」

「ハッ! なにを弱気になってんだ! 呪いの塊だかなんだか知らねーが、アレも『神』なんだろ!? だったら、イザって時はこのオレがぶっ飛ばしてやるぜ!!」

「ああ、カイニス。本当にいざという時は、神霊のキミがこちらの切り札だ」

 

 その時は、頼むよ。

 とキリシュタリアは言った。

 歯ごたえのない言葉に、カイニスはちょっと調子を崩されて、お、おう! とガタついた返事を返した。

 

「でも、良かったわね。玉座が次代妖精の基盤を支える、廉価版の英霊の座だとしたら……コーラルちゃんは私と契約してなかったら、今頃霊基がガタガタになってたかも……」

「……はい。貴方達の言葉で言う、魔力回路のソースを主人(マスター)との契約に移したおかげで、私に問題はありませんが……」

 

 コーラルの表情は、いまいち晴れない。

 当然であろう。

 眼下では、ブリテンが燃えている真っ最中である。

 妖精の抱える、積み上げた原罪をホームズやキリシュタリアから聞き、これが当然の帰結なのだと理解した聡明な彼女であっても、生まれ育った世界が終わりゆく光景は、堪え難い心理的負担であった。

 それこそ、ぺぺと契約していなければ、彼女ではこの光景に霊基が耐えられず、翅の輝きは失われて死んでいただろう。

 

「前を向きましょう。私たちは、まだ生きてるんだから」

 

 ぺぺの言葉に、コーラルははい、と力無く頷いた。

 

 

4.

 

 アルトリア達が戻って来た。

 村正の姿がなかった。

 と、同時に、『大穴』からケルヌンノスの姿が消える。

 何が起こったのかと戸惑い叫ぶゴルドルフに、帰還したマスターから説明が入った。

 

「そうか……村正が……」

 

 ダ・ヴィンチの言葉であった。

 哀悼の意を込めていた。

 賢者グリムが、

 ホントに、アイツはよ……どこでもアルトリアの味方しやがって……

 と、悲しげに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。

 ゴローは、壁にもたれながら、

 そりゃァ、ワルいことしたなぁ……

 と太い指で頬を掻いて、苦笑いした。

 一発ぐらい、殴られてやりゃあ、良かったねぇ。

 それは、悲しそうな声であった。

 

 そこに、衝撃!

 ボーダーが大きく揺らいだ。

 来た。

 とうとうきたぞ!!

 と、全員が確信した。

 

 甲板では、メリュジーヌと、キリシュタリアたちが対峙していた。

 

「姉さん──いや、メリュジーヌ!」

 

 パーシヴァルがその名を呼び、『選定の槍』を強く握りしめた。

 マスターと、マシュ・キリエライトも登ってきた。

 

「よし──幸運にもタイミングがカチ合ったみたいだね! 前衛はカイニス、マシュ・キリエライトに任せよう! 私も魔術でできる限りサポートする」

「おう、任せろってんだ!! オレが終わらせてやらぁ!!」

「わかりました! マシュ・キリエライト、全力でサポートします!!」

 

 キリシュタリアの前に、二人のサーヴァントがならぶ。

 槍を奮って空気を裂く。

 シールドをガン! と打ち鳴らして各々体勢を整えた。

 その後ろに、ペペロンチーノとコーラルが立つ。

 

「後衛でのサポートは、私とコーラルちゃんがやるわ! 離脱されないように釘付け(メロメロ)にしてあげる!」

「よく意味がわかりませんが……了解です、主人(マスター)!」

 

 ぺぺの言葉に呼応して、コーラルがその手に秘蹟の魔力を纏わせる。

 キラキラと美しい魔力光であった。

 

「パーシヴァルは『選定の槍』を、いつでも最大パワーで打ち込めるように、準備をお願い!」

 

 最後尾で、カルデアのマスターがパーシヴァルと並び立つ。

 マスターは、『選定の槍』を使うタイミングを見定める役割だ。

 今までさんざん前線で勝負どころを味わって、乗り越えてきた彼だからこそのポジションである。

 

 メリュジーヌが吠えた。

 戦いが、始まった。

 

 

5.

 

 ──強い。

 

 わかっていたコトだが、改めて実感する。

 それが、最前線で攻撃を受けて立つ、マシュの感想であった。

 

 その攻撃力。

 その翼が翻るたびに、大気の原子が限界まで引き伸ばされ弾けて、反動と衝撃波が破壊の波となって打ち鳴らされる。

 大気の状態を木っ端微塵にする力が、鋭利で重厚な武器そのものとなって襲いくる。

 その振る舞いひとつでさえ、英霊の身をもってしても、受け止めることが難しい力を秘めていた。

 鎧にカバーされていない皮膚が、肉が、ビシビシと引き裂かれて剥げていきそうだった。

 足が、甲板から引っこ抜かれそうになる。

 マシュはその度に、臍下にちからをこめて、足の指で甲板を噛むようにちからを込めて、気合を込めて、立つ。

 

「オラ! ボーッとしてんな!!」

 

 その耐久力。

 キリシュタリアの魔力付与(エンチャント)で強化されているカイニスの槍を、その身体は無造作に弾く。

 だが、流石にダメージは与えているらしく、ひと突きひと振りごとに、メリュジーヌが痛々しく咆哮する。

 

 その翼に、コーラルが負荷をかけ続ける。

 それ以上飛べないように。

 そこから、離脱されないように。

 野生──と呼んでいいのかはわからない。

 だが、理性を無くした知性は、降り掛かる負荷を軽減するために、安易な選択をとろうとする。 

 つまり、離脱よりも、目の前の甲板への着陸をしようとして、結果的に戦域から離れることを拒絶していた。

 

「熱線の方向に気をつけて!!」

 

 マスターが、マシュへ指示を飛ばす。

 気をつけなければならないのは、それだ。

 『神造兵装』にすら比肩する破壊力の熱線。

 マシュたちが躱せたとしても、ボーダーに直撃すればそのまま撃墜されてしまう。

 

「まずい……」

 

 甲板の戦線をモニターで見ながら、キャプテンが言った。

 

「キャプテン、何がまずいのかね? 私の見る限り、戦闘は有利に運んでいるように見える。時間はかかるが勝つことは可能では……?」

 

 それは、まずいんですよ、Mr.ゴルドルフ。

 とホームズが言う。

 

「確かにこの調子だと、メリュジーヌを倒すのは時間の問題でしょう。ですが、我々にとってある種最大の難敵が、その『時間の問題』なのですよ」

 

 ホームズの言葉に、頭の中で状況を組み立てて、そ、そうか!

 とゴルドルフは瞬時に理解に行き着く。

 

「そうです。我々がなんとかしなければならないのは、『崩落』の根本的原因であるケルヌンノスです。言い換えれば、メリュジーヌは我々を襲ってくるので、最優先で対処しているだけです。時間をかければ、また、かの神が姿を現し、キャメロットを破壊してしまう……そうなった後に、メリュジーヌを倒しきれても遅いのです」

 

 う、うむ、その通りだ!

 とゴルドルフはモニターへ振り返る。

 負けてはいない。 

 だが、倒しきれていない。

 押している。

 だが、押し切れていない。

 誰の目にも、その戦いはドロ試合の如く。

 たとえ優勢であっても、それはジリ貧の戦いであった。

 

「ど、どどど! どうするのかね! ……そ、そうだ、賢人グリムも参戦すれば……」

「それはできねえな」

 

 なぜかね!?

 というゴルドルフの大袈裟なツッコミに、賢人グリムは言う。

 

「あの場にはキリシュタリア、ペペロンチーノ、コーラル、マスターにマシュ、カイニスと異なる魔力がそれぞれの経路を通して入り組んでる。そこに、今、『智慧の神』サンぐらいの強力なルーン魔術が横入りしちまったら、戦場を飛び交う魔力の流れがめちゃくちゃになっちまうぞ」

 

 ブリテンそのものを、玉座という楔ありきとはいえ、巨大な魔力経路に変えてたモルガンの怪物っぷりが、よく分かる意見であった。

 

「て、手詰まり……と言うことかね? い、いや! そんなハズはない!! これだけの手練れが揃っているのだぞ! ま、まだ何か……できることがあるハズだ!!」

 

 着実に差し迫る、『詰み』という現実に歯を噛み締めるゴルドルフ。

 しかし、誰も答えない。

 答えられない。

 優勢な戦いを行なっているが、そもそも相手は惑星(ほし)の最強種。

 原始竜アルビオンの力、そのものなのだ。

 ならば、この戦場を保てていることが、すでに、神話に刻まれるような奇蹟なのである。

 

 そう、奇蹟である。

 ならば、これ以上の奇蹟を望むか。

 汝、さらなる奇蹟を望むか──?

 

 ──望めよ、されば、与えられん

 

 奇蹟が、動いた。

 ここに、アルビオンを上回る、奇蹟が存在していた。

 

「しょうがないねぇ、いってやっかねぇ」

 

 のそり、とそれは動き出した。

 壁にもたれかかっていた背中を、少し面倒そうに持ち上げた。

 振り返るゴルドルフの驚愕。

 振り返るホームズの驚嘆。

 その黒目に、見るものを吸い込んで飲み込むような『引力』が宿っている。

 その大きな身体が、傍目から見てわかるほど、熱を放っていた。

 身体を撫でる大気を、揺らがせるような熱だ。

 太い肉が、むり、むりとさらに太く、盛り上がっていく。

 よく焼けた肌に血が通い、さらに赤みがかって脈動している。

 首に力を入れて緊張させ、力を抜くと共に放つ、ふぅ、と吐く息が熱持っている。

 

 太い──息であった。

 

 ゴロー(神の奇蹟)が、動き出した。

 

 

6.

 

 

「ゴロー殿!」

 

 パーシヴァルの横に、ゴローは並んだ。

 ゴローはニコリと太い笑みを返した。

 

「メリュジーヌ!!」

 

 叫んだ。

 戦場の視線が、全て集まった。

 空気が、変わった。

 全ての空間が、ゴローに向かって引き絞られるようだった。

 ドロ沼の如く澱んでいた戦域を、覆い尽くして、消しとばすような声であった。

 

「俺ァ、ここだぜ?」

 

 両手を広げた。

 メリュジーヌに向かって。

 誘っていた、煽っていた。

 引き伸ばされたその太い広背筋が、羽根のようにひろがっていく。

 大きな男が、さらに、ひと回り大きくなった。

 

 メリュジーヌはそれを見て、咆哮を上げた。

 それを、野生における威嚇ととったのか。

 あるいは、反射的に、この場に現れた最も強き力を定めた故の行動なのか。

 

 メリュジーヌは暴れた。

 たまらず秘蹟に力を入れるも、羽根に掛かるコーラルの負荷をちぎり飛ばした。

 コーラルの手が裂けて、血が飛んだ。

 たまらず、ペペロンチーノがそばに駆け寄る。

 

 メリュジーヌはその隙に、ボーダーから遠く離れていく。

 音速を超えて、あっという間に点の大きさになった。

 

 ──逃げたワケじゃねぇ! 

 

 カイニスはわかっていた。

 あれは、逃げたワケじゃない。

 こっちを見据えている。

 呼吸を整えている。

 体勢を整えてやがる!

 距離をとって、全力で突っ込む気だ!

 ……おもしれぇ!!

 

 がちゃり、と槍を構えるカイニスを、しかしキリシュタリアは止めた。

 なんだよ! とその顔に振り返るカイニスは、神妙なキリシュタリアの横顔を見て、口を閉ざす。

 

 キリシュタリアの視線の先で、膨大な魔力──秘蹟が集約していた。

 

「もういっかい言うのは、カッコわりィケドよ」

 

 ──チャンスは一度

 

 しっかり、抱きしめてやンなさいよ。

 

「はい!!」

 

 パーシヴァルが槍を掲げる。

 解放の時を待っていたそれは、時空を歪めかねないほどの秘蹟を放っている。

 

「聖槍、開廷!!」

 

 その言葉に合わせるように、メリュジーヌが飛んできた。

 真っ直ぐに、初速から、音速を超えた速度で。

 ぶつかるまで、二秒とない。

 しかし、パーシヴァルにはそれは、永遠に等しく間延びしたように思えた。

 メリュジーヌの──姉の目に、涙が見える。

 

「我が罪を──」

 

 そこで、パーシヴァルは言い直した。

 いや、違う!

 

「その力をもって、我が姉を救いたまえ!!」

  

 それは裁きではなく、救いの光。

 それと、破壊の力がぶつかった。

 

 

7.

 

 

 ──壊れていく。

 ──壊れていく。

 

 光に飲み込まれて、身体が壊れていく。

 

 メリュジーヌに理性はなかった。

 ただ、ブリテンの滅びを止めるものを排除する。

 それだけを目的に動いていた。

 

 目標:補足。

 

 頭の中を流れる電子が、それを見定めた。

 電子が震えている。

 それを、メリュジーヌはどこかで、味わったことがある気がした。

 記憶を探る。

 エラー。

 意識を探る。

 エラー。

 

 忘れたいほど、強烈なものだったのか。

 それを判断する頭がない。

 だが、目標物の上に現れた、とてつもなく巨大な力を見て、彼女の本能は悟った。

 

 ──あそこに、飛び込まねば。

 

 目標:力の塊

 到達方法:全力を用いて突進

 

 バグったような、単純な命令。

 だが、あたたかさすら感じるそれに、飛び込むためには必要なことだった。

 

 音速を超える。

 超音速を、超える。

 世界が、黒くなる。

 あるいは、白くなる。

 

 メリュジーヌの世界に、力と、メリュジーヌだけが存在する。

 

 ──歓喜

 

 あるいは、それに懐かしさを感じていたのかもしれない。

 彼女の目から、涙がこぼれていた。

 そうと知らずに。

 

 だから、最初は気づかなかった。

 二人だけの世界に、もうひとり、いる。

 

 それも、とてつもない力だ。

 いや、光だ。

 『白光』。

 全てを飲み込む、柔らかくて、暖かな光。

 

 ふたりだけの世界に割り込んだ異物を、しかしメリュジーヌは歓迎した。

 邪魔者だとは、全く思わなかった。

 そう判断しなかった。

 

 それが、白い光がこちらに、真っ直ぐに伸びる。

 なんて迷いのない、真っ直ぐな光なんだ。

 

 光と、力がぶつかった。

 そして、メリュジーヌは負けた。

 

 貫かれた。

 その光はどこまでも真っ直ぐだった。

 ならば、あちこちとよそ見をして、力の進行方向が定まらなかったメリュジーヌでは、勝ち目はなかった。

 

 砕けていく身体。

 重力と慣性に負けて、落ちゆく身体。

 メリュジーヌは、見上げていた。

 

 ──パーシヴァル

 

 見下ろす彼は、ああ、私の弟だ。

 あんなに、立派になって。

 二本足で、ちゃんと立って。

 ああ、すごいなあ。

 人間の成長は早い。

 ああ、ずるいなあ。

 

 不思議と、死にゆくことに抵抗はなかった。

 

 最期に、恵まれた。

 メリュジーヌは目を閉じた。

 

 …………

 

 ……?

 

 いつまで経っても、落下し切らない。

 いや、相当上空を飛んでたけども。

 というか、落ちる加速も止まってるし、

 というか、落ちてない。

 

 闇の中で疑問を浮かべるメリュジーヌを、

 ふわり、と何かが受け止めていた。

 あったかくて、おおきな、なにか。

 

 彼女には、身に覚えがありすぎる、それだった。

 

 目を、開いた。

 そこに──

 

「元気かい、小さなライバルさん」

 

 ゴローが、いた。

 大きな、優しい微笑みをむけていた。

 メリュジーヌは、泥の混じった顔で、しかし、全てを理解して、笑って、泣きそうに瞳を滲ませて、言った。

 

「──ああ、元気だよ、ゴロー」

 

 ゴローはそのまま、メリュジーヌを抱えてボーダーまで舞い戻る。

 

 降り立った二人を、甲板の全員が迎えた。

 

「姉さん……!!」

「パーシヴァル、わっ! ちょっと!!」

 

 ゴローの腕から降り立った、よろよろのメリュジーヌに、パーシヴァルが飛び込んだ。

 その小さな身体を、その大きな身体が抱き締めた。

 

「姉さん、よかった……! 僕は、僕は……っ!!」

「よしよし。まだまだ泣き虫だね、パーシヴァルは」

 

 ぼろぼろと泣くパーシヴァルの頭を、メリュジーヌは優しく撫でた。

 

 メリュジーヌの姿は、変わっていた。

 顔に、身体中に、泥が混じっていた。

 魔力鉱石のアロンダイトはなくなり、鎧も消えていた。

 代わりに、時計の針を思わせる、鋭い剣をふた振り備えて。

 ほぼ、裸のような格好であった。

 

 それを見て、キリシュタリアは落ち着いた声で、言った。

 

「なるほど──汎人類史のアルビオンは、時計塔の管理下にあるとも聞く。何か、関連があるのかもしれないですね」

「むつかしいこたァ、今はいいよ、キリシュタリアくん。いや、カルデアとかホームズにゃァ助かるンだろうケドね、そういう意見」

 

 ゴローがへたりと座り込んだ。

 目線が、メリュジーヌと合う。

 メリュジーヌはパーシヴァルに伝えて、その手を離してもらった。

 ゴローの正面に立った。

 

 目線を合わせたまま、ひと間、ふた間。

 先に目線を外したのは、ゴローであった。

 

 すまン──と言いかけたゴローの胸に、メリュジーヌは飛び込んだ。

 

 胸に頭を沈めて、何も言わず。

 ご丁寧に針が刺さらぬように背中に手を回して。  

 回しきれないので脇腹を掴んでいた。

 

「ありがとう……」

 

 ぼつりと、つぶやいた。

 ゴローにだけ、聞こえる声であった。

 震えていた。

 胸が湿っぽい。

 ゴローはメリュジーヌの心を察して、その太い手で、頭を撫でた。

 

「いいってコトよ……」

 

 笑顔であった。

 微笑みであった。

 おかえり、と言っていた。

 

 その光景は、終末にあって、出逢いのそれであった。

 

 

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