【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:たとえば、この街が僕を欲しがっても、今すぐ出かけよう【挿絵追加】

1.

 

 

 メリュジーヌは救えた。

 

 だが、全力全開で『聖槍』を振るったパーシヴァルの体力は、もはや戦闘に耐えうるレベルになかった。

 

 管制室まで歩こうとして、バランスを崩し、槍を、杖のようにして体重を預ける。

 すみません、と申し訳なく言う顔が、あげられないほどに疲弊していた。

 

 よろよろと現れたそれを見て、ゴルドルフは、一旦はやる心が紡ぐ言葉を飲み込んだ。

 彼がちゃんと、自分の前までやってくるのを確認してから、再び吐き出した。

 

「うむ、よくやってくれた! お陰で『厄災』を止めるどころか、原始竜アルビオン──メリュジーヌも仲間になってくれたのだ! 私からは感謝しかない。戦士には休息を! 存分に休みを取ってくれたまえ」

 

 ゴルドルフの喝采は、感謝と、労りの心に満ちていた。

 パーシヴァルは顔だけを上げてゴルドルフの顔を、目を見た。

 笑っていた。

 とても、柔和で、包み込むような笑みであった。

 少し、無理をしているのがわかるところに、愛嬌があった。

 パーシヴァルは感嘆に息を漏らした。

 ああ、こういう人も、いるんだなぁ。

 だから、カルデアのマスターや、マシュ・キリエライトは、あんなに強いんだ。

 この人が、ちゃんと控えてくれているお陰なんだ。

 自分は、ずっと、自分の前には誰もいなかった。

 背中を預けることはあったが、抱きしめてくれる人はいなかった。

 円卓軍で、共に並ぶ戦友は多かったが。

 自分の頭を撫でて、慰労の言葉を投げてくれる者は、いなかった。

 

「キャプテン! マリーンたちに、彼をナースのところへ案内させなさい!! 我が船自慢の回復ポッドを堪能していただこう!」

「わかった。マリーンたち!!」

「アイアイサー!! こっちこっちー!」

 

 マリーンたちに手を引かれて、パーシヴァルは救護室へと向かった。

 メリュジーヌは、とりあえず、休む様だけちゃんと見てくる。

 と言った。

 なんせ、と続ける。

 

「あの子、頑張り屋だからね。ちゃんと休むまで見てないと、ベッドから抜けだしちゃうんだよね」

 

 姉としての顔であった。

 時間に余裕があるからか、はたまた単に空気を読んでか、ホームズは何も言わなかった。

 

 さて、とゴルドルフが場を仕切り直す。

 

「これで『厄災』のひとつは消えた。残るは『獣の厄災』と『ケルヌンノス』だが……」

「ええ、その通りです。そして、マーリンどのの魔術とゴローどのの時間短縮のおかげで、前時間通りなら、ケルヌンノスの出現まであと二時間弱あります」

「バーゲストを……救いに行く時間は、あるってことだね!」

 

 次の言葉を待ちきれず堪えきれずに、その言葉と共にカルデアのマスターが前に出た。

 そうです。

 とホームズは言った。

 心なしか、にこやかな表情であった。

 明晰な頭脳と人間洞察力は、マスターのこの行動を、事前に予測していたのだった。

 

 だが、訪れた楽観的な空気。

 そこに、賢者グリムが釘を刺す。

 

「ケルヌンノスが、前の時間通りに出てくるとは限らねえ」

 

 グリムは語る。

 皆、真摯に耳を傾けた。

 

 死体とはいえ、アレは正真正銘の『神』だ。

 時間をズラされたことぐらい、やっこさんも分かってるだろう。

 正味なとこ、呪いが重すぎて思うように動けねえんだろうが、対応ぐらいしてくるぞ。

 だから、ハラは括っとけよ。

 

 それは、『バーゲストを救えなくなってしまうこと』に対する覚悟をしておけよ、と言っていた。

 つまり──

 

「グリムは、バーゲストを助けに行ってもいい、って言ってるんだね」

「──ああ、マスター! 冬木の時に比べて、随分言葉を汲み取るのが、上手くなったじゃねぇか!」

 

 燦然と輝く目で聞き返したマスターの頭を、賢者グリムは嬉しそうに笑って、くしゃくしゃと撫で回した。

 その成長が、嬉しかった。  

 その変わらなさが、愛しかったのだ。

 人間であるから起こりうる成長。

 変わることと、変わらないこと。

 マスターは、強くなり、

 その心根は、変わっていない。

 それが、賢者グリムをして、例えようもない奇蹟であった。

 人間の起こしうる奇蹟である。

 

 『庭』を乗り越えたマスターに、

 ブリテンにおいて、最初の妖精の子。

 トリスタン、ガレス、村正との別れを飲み込んだマスターに。

 ブリテンにおいて、今、それらを乗り越えたその心に、一点のよどみもなかった。

 

「ゴローさんも一緒に……ゴローさん?」

 

 嬉々としたその声のまま、声を投げる。

 しかし、反応がない。

 ゴローは、壁に背中を預けてもたれかかって、ずるずると尻から落ちて、うずくまっていた。

 明らかに、普通ではなかった。

 苦しむ人間の素振りであった。

 

「ゴローさん! どうしたんですか!?」

「全能の君! どうされたのです!?」

 

 甲板から降りてきたキリシュタリアたちも、ゴローに駆け寄った。

 ゴローは、ん? と顔を上げた。

 彼らを見る目が、寝起きでぼうっとしている、集中力の散漫なものあった。

 焦点が散っていた。

 

「──ああ、すまン。居眠りしてたンだな、ふふ……」

 

 ごふっ!

 と彼は血を吐いた。

 そのままゲホゲホと咳き込む。

 両手で口を抑えるが、鼻から、口からどんどん流れ出す。

 指の隙間から血が、びゅるびゅると溢れていた。

 

「ゴローさん!?」

「ぺぺ! コーラルを連れてこっちにきてくれ!!」

 

 慌てる二人に、いンだよいンだよ、と手を仰ぐ。

 太い手だ。

 空気をずん、と割る。

 二人が、思わず振り返る。

 

「もう止まった」

 

 にこりと笑ったが、苦笑いにしか見えなかった。

 太くない。

 笑顔が、太くない。

 

「ちと、ね。ズルしちゃったからね。反動ってヤツが、今頃来てンだ。俺のせいでさァ」

 

 自業自得とはいえ、マイるぜ。

 こいつァ。

 キャプテン。ボーダー、汚しちまって、ワルいねぇ。

 

「それどころじゃないだろ! ゴロー! ほら、座って! 動かないでくれ!!」

「ああ、そう、するワ……すまンねぇ。ちと、休むねぇ。こんなとき、に。バーゲストを……」

 

 はあはあと、息が荒くなっていく。

 熱っぽい視線が、マスターに向けられた。

 その中に綴じられた悲しみと怒りが、自分自身に対するものだと、マスターにはよく分かった。

 いざという時、そこにいられない自分。 

 力がありながら、それを発揮できない自分。

 自分の無力。

 そういう状態にあることが、そういう状態になって、俺にここ一番を託さざるを得ないことが、この人は許せないんだ。

 

 そこまで、汲み取っていた。

 だから、マスターはゴローの前に立ち、膝を着き、目線を合わせた。

 弱っているとはいえ、全能者の、星を吸い寄せる黒い瞳と、真っ向から対峙した。

 

「任せてください! バーゲストは、必ず、俺たちが助けます!」

 

 ゴローは、にこりと笑った。

 ここまで、ここまで煌めく目で見据えられては、マイるしかなかった。

 諦めのような、悔しさのような、子供のワガママのような目で、ゴローは笑った。

 太い──笑みであった。

 

 それを、側から見ていたキリシュタリアと、駆けつけたぺぺは、我が後輩の誇らしさに、胸がすく想いであった。

 

 

2.

 

 

 ──聞いておきたいことがあるのです。

 

 自らの体重故にベッドに横になれず、壁にもたれるゴローに、ホームズは言った。

 

 ゴローはン、と顔を上げて、その顔で疑問を返す。

 何をだい?

 血の気が引いた顔であった。

 

「あなたが、なぜ、今になってこの國を──我々を助けようとしているのか、です」

「それは、話したじゃない」

 

 ゴローの言葉に、ええ、と頷く。

 だが、それは納得のいっていない頷きであった。

 まだ、引っかかる点があるのだと、伝えている。

 ゴローは、頭を掻いた。

 指先でポリポリ掻くのではなく、掌で頭をつかみ上げるような、豪快な動きであった。

 

 それを見計らって、ホームズは言葉を変えた。

 

「なら、言葉を変えましょう。私は──あなたがなぜ、()()()()()()()()()()のかについて、まだ理由を聞いていないのでね」

「……マイったねぇ。流石はホームズ……」

 

 やっぱ、ダマせねぇよな。

 やっぱ、世界最高の名探偵。

 かわしきれねぇよな。

 そゆとこ、俺の知ってるホームズそのものだねぇ。

 と、観念した口ぶりで、ゴローは言った。

 

「そうさ。俺ァ、この状況を望んでた」

 

 ──ゴロー(人間)は、かく語りき。

 

 俺の目的は、バーゲストを救うこと。

 なにをどうしようと、そこに行きたく。

 そこが、スタートだからね。

 まぁ、結果的に妖精國を、どうにかしなきゃって……ここまで来ちまったケド、骨子はブレてねぇ。

 結論から言うと、バーゲストの呪いをどうにかするにゃァ、この瞬間しかなかったンだよ。

 

「ぜひ、聞かせていただけますか?」

 

 なンか、純粋に好奇心で聞いてない?

 まぁ、いいけど。

 

 えっと、順を追って説明すっとだねぇ。

 まず、妖精國を救うだけなら、真っ先にオーロラを吹っ飛ばして、ケルヌンノスを、あの大穴ごと消し飛ばして、ついでに、その下に眠ってるヤツも消し飛ばしゃァ済む。

 俺はそれができる。造作もねぇ。

 だが、それじゃァ根本的な解決にはならねぇ。

 

「妖精たちは、ケルヌンノスの有無に関わらず、滅ぶからですね」

 

 見抜いてるねぇ、流石だよ。

 そうさね。

 ケルヌンノスとか全く関係ない妖精歴に、妖精たちは──当時の氏族たちは、勝手に滅んでる。

 ベリルは初めてブリテンに来た時、なンにもなかったと言っていた。

 つまり、ケルヌンノスとか黒幕の思惑とか関係なく、ほっときゃいつか滅ぶんだよねぇ、この世界。

 歴史が証明してる。

 それも、星が死を迎えるから、とか、隕石降って大量絶滅とかじゃァなくって、勝手に殺し合う。

 滅びるまで。

 バカだよねぇ。

 モルガンは、それを承知で妖精を──ブリテンを救わざるを得なかった。

 モルガンだからね。

 バカだよねぇ。

 ケド、それァ、モルガンがモルガンである限り、仕方ねぇことさ。

 歴史の収束ってぇ、ヤツだよねぇ。

 ブリテンの救い手の一番槍に、わざわざモルガンを選んだあたり、『楽園』の意地悪さも大概だけどねぇ。

 救わずにはいられないでしょ、そんなの、モルガンには。

 

 モルガンは、モルガンとして生きた。

 だが、そのためにゃァ『楽園の妖精』の役割は捨てなきゃいけなかった。

 バカだよねぇ。 

 骨の髄まで不器用さ。 

 アルトリアそっくり。

 だから、救世主としては一流でも、政治家としてはどこまでも二流なンさ。

 

 でも、愛さずには、いられないでしょ、そのバカさは。

 俺ァ、神。

 でも、人だ。

 悪く言えば、

 人にも戻れず、神にもなりきれない半端モンが、俺だ。

 ブリテンを愛さずにはいられないモルガン。

 それを憎み、しかし、『楽園の妖精』でもあって、でも、それでも、ブリテンを愛した。

 半端モンなりに、愛するものをなんとかしようとしたのが、モルガンだ。

 

 俺ァ、尊敬したよ。

 モルガンだけじゃねぇ。

 話で、たびたび出してたオーロラ。

 アイツなんか、すげェんだ。これが。

 

 美しく、輝く妖精であること。

 それがオーロラの生きる意味で、目的だ。

 だから、迷いなく、全てをそのために使うんだ。 

 ただひとつの目的のために、全てを注ぎ込み、そこにいっさい疑問を持たねえ。

 究極の自己愛。

 まァ怪物だけど、それァ、ヒトが失いつつあるモンでもある。

 

 つまり、目的のために迷いを持たないコト。

 こう、と決めた一本の道を進み続けること。

 それァ、人間が『そうありたい』と思いつつ、なかなかできないことだ。

 

 オーロラだけじゃねェ。

 ウッドワスも、スプリガンも、バーゲストも、メリュジーヌも、バーヴァン・シーも。

 妖精國で生きるみんなは、『そうある』ために、全力で生きてる。

 迷いもするけど、根本はブレない。

 みんな、己の役割をまっとうしようともがいてる。

 

 もし、モルガンが本当にその気なら、オーロラなンかウーサーが死んだ時に、殺してるハズだもの。 

 真贋を見抜く妖精眼を持ちながら、ウーサーに毒杯を飲ませた犯人を、モルガンが見抜けないワケはないねぇ。

 でも、結局殺してなかったのは、その生き方に、敬意を持ってたンじゃねぇかって、思うンだよね。

 

「敬意──ですか?」

 

 うん。

 自分の使命を、どこまでもまっすぐ行うオーロラ。

 使命から逃げて、夢に逃避するモルガンにゃァ、彼女は眩しかったんじゃないかな?

 オーロラはウーサーを毒殺したが、それは自分の役割を果たした結果だもの。

 もし、その彼女を、役割を捨てて生きるモルガンが殺したなら、そりゃァ嫉妬と羨望で殺したコトに、なっちまう。

 

 つまり──モルガンが忌み嫌う、妖精的な殺意で、殺したことになっちまう。  

 役割を捨てたものが、役割を担うものを、嫉妬で殺すコトに、なっちまうもの。

 それが、モルガンには、許せなかった。

 最後の一線を越えねぇための、戒めだったンだろうなぁ。

 

 んで、バーゲストに関しては、単純なハナシさ。

 モルガンが死につつ、ケルヌンノスが目覚めて、メリュジーヌが厄災化するのと同時──それらはタイミングが揃わなきゃならン。

 それぞれ単発で厄災化したところで、モルガンの水鏡とロンゴミニアドで、時空の彼方にサヨウナラか、消滅させられて終わりだもの。

 

「ずいぶんと、博打を打ちましたね」

 

 分のワルい賭けじゃ、なかったからねぇ。

 ゲホっ! ああ、笑わせンなよ。ホームズ。

 俺ァまだ、ちと、ハラがいてぇんだぜ?

 

「……あなたの妖精國への想い。そして、この星の命に対してどう思っているのか、よく、わかりました」

 

 あなたは、慈悲深く、そして、愛深き神だ。

 全能の神の貴重なお言葉、感謝いたします。

 

 そう言って、ホームズは丁寧に頭を下げた。

 

 ゴローの表情は、まだ暗い。

 だが、想いの丈を話したことで、言葉は力となり、彼の肉を力で満たしてきていた。

 原点回帰。

 なぜ、自分がこの世界のために動いているのか。

 なぜ、自分がバーゲストのために、動いているのか。

 記憶を噛み締めて再び飲み込んだゴローの心には、少しづつ、少しずつ、炎が宿り始めていた。

 

 

3.

 

 

 バーゲストとの戦いは熾烈を極めた。

 

 常に魔力を吸い上げる性質。

 時間をかければかけるほど、周囲の雷雲を食らって際限なく高まる魔力。

 そもそも質量がデカい。

 体高が四十メートルはある。

 質量は万トンを越えているかもしれない。

 

 いくらマシュ・キリエライトが現在ハイ・サーヴァント状態とはいえ、手に余る敵であった。

 

 そこに、円卓の縁が結ばれる。

 

 汎人類史のランスロットとガウェインが参じたのだ。

 

 一転して、戦いが互角以上になる。

 

 マシュがその突進を受け止め、ランスロットのアロンダイトが手足を細かく刻む。

 ぐらついたバーゲストの脳天に、ガウェインの渾身のガラティーンが撃ち込まれた。

 

 バーゲストは、動きが単純であった。

 その大きさゆえに、進行方向を変えるだけで大きく身体を動かさねばならなくなり、ランスロットの速度を捉えきれず、ガウェインのガラティーンを躱せない。

 攻撃は必然的にマシュたちの正面からしか放てず、動作は大きく、来ると分かっていれば、マシュが防ぐことに支障はない。

 ランスロットとガウェインの技巧、経験、パワーに、それらを組み合わせた戦術に、バーゲストは何ひとつ追いつけない。

 

 マシュは思う。

 マスターは思う。

 

 これならば、まだ、バーゲスト──妖精騎士ガウェインの方が、何倍も強かった!

 

 

 ──最果てに至れ、限界を越えよ。

 ──彼方の王よ、この光を御覧あれ!

 

 マシュの背後から、その光が溢れ出す。

 力の奔流は、詠唱に合わせてより激しく、より大きくなっていく。

 

「『縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!!」

 

 光を纏った剣が、神速を持ってバーゲストの前足を斬り砕く。

 斬り砕かれた切断面が、残留した蒼い光の爆発に巻き込まれて、肩まで吹き飛んだ。

 

 咆哮を上げて、バーゲストが前のめりに倒れた。

 

 好機──!!

 

 それを見逃す円卓の騎士ではない。

 

 ガウェインはガラティーンを放り投げた。

 頭上で回転するそれが、太陽の力を収束し輝きを増していく。

 

 ──この剣は太陽の映し身!

 ──もう一振りの星の聖剣!

 ──あらゆる不浄を清める焔の陽炎!!

 

 『獣の厄災』を絶命たらしめるために、

 バーゲストを滅ぼすために、

 回転は速まり太陽の力が高まっていく。

 

 マスターが、ダメだ!

 と叫ぶ。

 伸ばすその手を、マシュが止めた。

 もう止められない。

 ガラティーンを受け取ったガウェインには、熱と力が強すぎて近づけないのだ。

 

 ガウェインは、ガラティーンを脇に構えて、下から振り抜かんとした。

 

 ──その手が、上から抑えられた。

 

「──!?」

「なっ!? ……ガウェイン卿の一振りを、止めた!?」

 

 収束した太陽の力が、行き場を失って暴発しかねない力が、ガウェインの手を抑えた男の身体に、光の粒となって取り込まれていく。

 

「すまんねぇ。こっからは、任せちゃくれないかい?」

 

 マスターが、その名を呼んだ。

 

「ゴローさん!!」

 

 間に合ったんですね!!

 と、その顔は喜びであった。

 

 ランスロットがマシュに説明を求めた。

 マシュは振り返って、

 

「『神さま』です、お父さん!!」

 

 わたしたちを、護ってくれていた!

 と、目を輝かせた。

 

「なんだ……キミはッ!?」

 

 一番驚いたのは、誰を隠そうガウェインであろう。

 ガラティーンの握る手を完全に抑えられた。 

 腕が、全く動かない。動かせない。

 ものすごい力であった。

 いや、そもそも発射寸前のガラティーンに触れて、全く無事なのはなぜた!?

 ガラティーンの力が、この男に取り込まれているのはなぜだ──?

 

 そこで、ガウェインは、抱き締められた。

 両手で、上から包み込むように、抱き締められた。

 

 動けなかった。

 決して、力を込められているわけではない。 

 だが、この身を包み込むそれは、例え用のないほど『大きな』ものであった。

 

 あえて喩えるならば、それは──

 

 ──宇宙(ソラ)

 

 今、自分は宇宙(ソラ)に抱かれているのか?

 そう、思わずにはいられなかった。

 

 ありがとうねぇ。

 と宇宙(ソラ)の化身は言った。

 ぽんぽんと背中をたたかれて、ハグを解かれた。

 

「あの──」

 

 ガウェインは、最後にと、その背を呼び止めた。

 

「どこかで、お会いしたことが……?」

 

 ゴローは、顔だけ振り返って、ニコリと笑った。

 白い歯を剥き出した、悪戯な笑みであった。

 

「ン──どっかで、肩を並べてた()()ネ」

 

 それだけいうと、バーゲストに向き直って、歩き出した。

 

 その歩みは、太かった。

 なんの淀みもなく、憂もなく、真っ直ぐに。

 バーゲストに向かっていった。

 

 

4.

 

 

 目の前に現れた力。

 それらの攻撃が止んだ。

 前は両足とも切り崩されたが、雷雲を飲み込んで魔力を肉体に変質させて補う。

 

 ──食べる

 

 ただ、それだけ。

 バーゲストにあるのは、ただそれだけ。

 もはや、引き連れていた黒犬たちですら、彼女の食糧となっていた。

 

 ──足りない

 ──足りない

 ──足りない

 

 空腹。

 とにかく、空腹であった。

 

 大きな、力。

 突然現れた、大きな力。

 こちらに向かって歩む、太くて大きな力。

 

 あれを、食べたい。

 少しは、腹も膨れるだろうか?

 満たされるだろうか?

 

 それだけを思って、バーゲスト突進した。

 

 ──そして、軽々と受け止められた。

 

 自分の方が、大きい。

 自分の方が、重い。

 

 なのに、顔に手を回され、重さをかけられて、全く動けなくなった。

 

 強い力だった。

 口を開けなくなった。

 手足を、身体をもがかせて暴れるが、微動だにしない。

 

 それは、言った。

 

 ──大丈夫。

 

 なにが、大丈夫なのか?

 

 ──よしよし、大丈夫。

 

 それは、手で、触れる部分を撫でた。

 優しい、撫で方であった。

 ふとくて、おおきくて、ごつごつした指だった。

 

 ──ちょっと、癇癪起こしちまっただけなんだよな。

 

 優しい声であった。

 染み込むような、声であった。

 バーゲストは、それが、なぜか嫌になった。

 嫌であった。

 余計に暴れた。

 だが、びくともしない。

 

 それは、続けた。

 

 ──今のおまえさんも、なかなか可愛いぜ?

 

 嘘だ。

 この男のいうことは、全部嘘だ。 

 私は、愛されていなかった。

 誰にも愛されていなかった。

 愛される資格がない。

 愛したものを食べてしまうからだ。

 誰彼構わず、食べてしまうからだ。

 私は呪いだ。

 

 優しい言葉は嘘だ。

 囁く慈しみは、嘘だ!

 

 だが、男の手が、暖かい。

 それは本当だ。

 だが、男の声が、暖かい。

 それも、本当だ。

 

 涙が、でてきた。

 余計に、暴れた。

 嫌で嫌でしょうがなかった。

 自分の存在が、嫌で嫌で。きらいだった。

 だが、男は、私の頭を優しく、撫でた。

 

 ──約束、守りにきたよ。

 

 

『なァに。イザって時は、俺がかるぅく、撫でてやるよ』

 

 

 ──────!!

 

 あ、ああ。

 ああああ! 

 ああああああああ!!!

 彼は、来てくれた。

 彼は、来てくれた!!

 

 ボロボロと、私は涙を止められなかった。

 醜い、醜い黒犬の私に、彼は、言った。

 

 ──愛してる。

 

 額を、こつん、と当ててきた。

 彼は、もう一度、言った。

 

 愛してる。

 愛してるんだ、バーゲスト。

 

 私は、私は……

 彼を、疑って、しまった。

 そんな、私を、私は、許されていいのか……?

 アドニスを、食らった、私が……?

 

 ──食事に、貴賎はねェって話で

 ──この世に、意味のないモンはねェって話さ

 

 彼は、あの時と同じ言葉を、あの時と同じ口調で、言った。

 

 例え、それがおまえさんの罪だとしても、俺が、一緒に償うよ。

 なぁに、自慢にもならンが、俺が、俺のために、俺の身勝手で殺してきた生命の数は、この世界のどんなやつより、圧倒的に多いンだ。

 

 今更──バーゲストの罪ぐらい、背負えないほどひょろくはないよ、俺の背中はね。

 

 あ、あ……ああ、ああああああ!!

 

 私の身体から、呪いが消えていく。

 星の瞬きの作る河のように、空へと溶けていく。

 全てが消えるわけではない。

 私の心の奥底には、まだ燻る程度に残っている。

 いや、これは、彼が残してくれたのだろう。

 共に償う、罪の証として。 

 私が乗り越えるべき、罰として。

 

 彼の顔が、視線が、はっきりと私の目に収まる。

 太くない、笑顔だった。

 精悍な顔立ちで、真摯な眼だった。

 私は、涙で滲んだ視界の中、彼の顔を、その愛を、はっきりと受け取れた。

 

「おかえり、バーゲスト」

 

 彼は、言った。

 私は、彼の眼を、ちゃんと見返して、言った。

 ちゃんと、言えた。

 

「ただいまですわ……」

 

 そうして、彼の胸に飛び込んだ。

 彼は私の頭に手を回して、鼻を啜っていた。

 手のひらが、私の後頭部を包み込む。

 私は、涙が止まらなかった。

 

 愛してるよ。

 いつまでも。

 ずっとね。

 

 彼の言葉が降り注ぐ。

 

 私は、彼の胸の中で、うん、うんと頷いた。

 もう、疑いはない。

 疑う必要なんて、ないのだ。

 

 私を抱き止めてくれるこの人は、私を愛している。

 私を抱き締めてくれるこの人を、

 

 

 ──私は、愛しているのだから。

 

 

 

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