【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】 作:ロウシ
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1.
全ては、終わる。
ブリテンは、現れた『奈落の虫』に飲まれていった。
バーヴァン・シーを見送ったゴローが、ストーム・ボーダーに降り立った時。
キリシュタリア・ヴォーダイムとカイニス、ペペロンチーノとコーラルはそこにいなかった。
彼らは、「では、私たちは予定通りに! また逢おうカルデアの諸君!」と彼ら同士で打ち合わせ、脇目も振らず、止める暇もなくボーダーから飛び降りたのだと言う。
そして、入れ替わるように『奈落の虫』が出現し、それどころではなくなったと。
全てがつながっていく。
モルガン、『予言の子』、妖精國にカルデアが現れた理由。
そして、それを全て、増悪の渦に巻き込もうとした存在──
目の前に、ようやく、それは現れた。
オベロン。
ブリテンの、終末の運命。
嘘つきの王子。
人理の敵。
真名を、オベロン・ヴォーティガーン。
彼は、迎え撃つ構えの藤丸立香たちを見ても、やっぱり、と、気づいていたか。と笑った。
その振る舞いに、戸惑いはない。
混乱も、驚嘆もない。
細まる目が、卑しく光っている。
全て、手のひらの上さ、と言っていた。
自分はこうなることを、すべて、予想していたのだと。
「まったく……マイるよねえ。こっちがブリテン崩壊ツアーの
おっと、汚い言葉はダメだね。
妖精王に、相応しい振る舞いをしなきゃ。
おどけるオベロンに、メリュジーヌとバーゲストは敵意を向ける。
いや、向けるそれは、殺意と言うべきだろう。
目をしかめて、眉を吊り上げて、二人とも怒りをむき出しにしている。
しかし、ブリテン屈指の実力者の彼女らのそれを、オベロンは軽々と受け流す。
「いやいや、僕に殺気を向けるのは筋違いじゃないの? だって、君たち、僕が関わらなくても、どのみち『厄災』になってたんだぜ?」
これは、ブリテンの運命だからね。
俺の当面の目的は、とにかくケルヌンノスという蓋をどかして、ブリテンの大地に、この世界に『奈落の虫』を出すことだった。
それだけだもん。
そのために、モルガンが邪魔だなーって思ってた。
だからさ。
ぶっちゃけ、おまえたちはどうでもよかったんだよね。
やばいのはモルガンと、そこの『神』ぐらいでさ。
だからさ、うん。
おまえたちはどうでもよかったし、カルデアは、もっとどうでもいい駒だった。
でも、ま。せっかくだし?
パーティは派手な方がいいと思って、全ての起爆のタイミングを、ばっちり合わせたわけだけどね!
どうだい、この、機微を見逃さない調整力!
場面を見切る目!
オベロン流の、一流の喜劇ってやつさ。
堪能してくれたかな?
「オベロン……!」
睨むなよ、バーゲスト。
良かったじゃないか、今回愛した彼は、この世界じゃ無敵の神だぜ?
君なんかじゃ、絶対食べられない。
ま、だから、こっちもリスクを承知で、この世界にないもので、なりふり構わず排除にかかったわけだけど。
言葉を言い終わると同時に、オベロンの右腕が、ぼとりと落ちた。
腐り落ちるそれであった。
痛い素振りも見せず、当たり前のように、それを指して、ほら、とオベロンは言う。
「『全能の神』を殺す毒だもんね、流石だよ。持ってただけなのに、僕の霊基の半分ぐらいは抉られた。モース毒なんか比較にならないよね……まあ、僕は
そう言うと、バーゲストやメリュジーヌが斬りかかるよりも早く。
オベロンは自分も、藤丸立香たちも、ストーム・ボーダーごと『奈落の虫』に飲み込ませた。
2.
その一瞬で、ゴローは外に出ていた。
バーゲストと、メリュジーヌと、パーシヴァルを連れて。
彼らは、ゴローの力だろうか、空に立っていた。
『奈落の虫』──無限の
突然の場面転換に、パーシヴァルは目を見開いた。
回復ポッドに入っていたはずの彼は、鎧を纏っていた。
『聖槍』を握っていた。
聞けば、嫌な予感がしたために、ポッドから出て戦闘態勢を整えていたのだと言う。
生真面目だねぇ、とゴローは言った。
パーシヴァルは、その言葉に反応できなかった。
顔から血の気がひいている。
しかし、ぐっと、何かを飲み込んだ顔になった。
けわしく眉間に皺を寄せて。
力を抜いて、微笑むような。
何かを、悟ったような表情となった。
度し難い感情が、現れている。
ええ、ええ。
と少し悲しげにゴローに目配せした後、目の前の惨状に再び目を向けた。
『奈落の虫』が、ブリテンを自らの空洞に落とし込むそれ見て、瞬時に理解していた。
あれは、あれこそが、壁画の予言したものだと。
ブリテンで生まれたものとして、あれこそが、この世界の終末の具現であると、本能で理解していた。
「ど、どうすればいいんですの……」
なンもせんでいいよ。
バーゲストの震える声を、ゴローはあっさりぶった斬った。
バーゲストはゴローの顔を見た。
口元の血を拭いながら、彼は笑っていた。
「今更、あの子たちが負けるわけ、ないじゃない。ホラ、見てごらんなさいな」
ゴローは空を指差した。
高い空。
星が、輝いていた。
大きな輝きだ。
それが、そこから、光の筋が、ひとつ。
『奈落の虫』に向かって、落ちていった。
あれは──
『聖槍』を持つが故が、パーシヴァルが真っ先に、それがなんなのか理解した。
ゴローはけらけらと笑っていた。
血を吐きながら。
ああ、そうさ。
あの子だよ、パーシヴァル。
パーシヴァルの目から、ひと筋、涙が溢れた。
「あの子、なんですね」
バーゲストが、言った。
しみじみと、ゴローは頷いた。
さて、と前に出た。
「さて。あの子たちも、なんやかんや苦労して、ここまで来たンだ。最後の手助けぐらい、してやろうかね」
ふふ、と微笑む。
まだ、その口の端から血が流れていた。
ゴローが人差し指を立てて、『奈落の虫』に向けた。
そこに、ずい、と、同じタイミングの、同じ歩幅で、メリュジーヌとパーシヴァルが前に出た。
「おいおい、半死人がでしゃばるンじゃァありませんよ」
どっちがだい。
とメリュジーヌが言った。
わかったんだよ。
と続けた。
いや、とそれを覆す。
「わかってたんだ。私が、私としてきみに助けられた時に。私の力は、最後、この時のために使うんだって……」
原始竜アルビオン。
私は、この世界で唯一の、汎人類史の存在。
だから、ずっと、ひとりぼっちだった。
ずっと、そう思ってたんだ。
メリュジーヌは顔を振り向かせて、笑った。
でもね、と。
でもね、違ったんだ。
パーシヴァルと、バーゲストを見た。
順番に。
最後に、ゴローを見た。
その意味を、
バーゲストも、
パーシヴァルも、
ゴローも、
ちゃんと、理解していた。
「パーシヴァルくんは、いいのかい?」
構いません。
と即答した。
声にも、目にも、迷いがなかった。
「私は、この世界の人間であるが故に、ブリテンが滅んだ後、生き残ることはできません」
なぜなら、ブリテンにおいては、そこで生まれた人間とは、空想なのだから。
汎人類という現実に、空想は生きられない。
「あなたが。ゴロー殿、あなたが……僕をここに立たせてくれたのです」
パーシヴァルは、笑顔であった。
強がりの、笑顔であった。
「あなたが、この機会をくれたのです」
──愛を持って槍を取った僕が、愛と共に死ねる機会を
ましてや、彼らのために、彼らを助けるために、最後の命を使えるのですから。
私も、円卓のみんなに──ガレスに自慢できると言うもの。
メリュジーヌは、何も言わなかった。
パーシヴァルは、ゴローに手を差し出した。
ゴローは、んん〜と顔を俯かせたあと、顔を上げた。
血を拭って、顔を綺麗にして、その手を服で拭いて、静かに、しなやかに。
その大きくて太い手を差し出して、パーシヴァルの手を握り返した。
「こんな時にまで、あなたという人は、本当にヒーローなンだな」
逢えてよかったよ。
本当に。
あなたを見ていると、俺ァ彼らの背中を思い出す。
「彼ら?」
ああ。
俺の、何倍も弱いくせに、
俺の、何倍も強い敵に、立ち向かった男たちさ。
人のために。
世界のために。
愛のために。
何より、自分の尊厳のために。
彼らは剣を握って、自分よりデカくて怖いやつに、立ち向かうンだ。
生まれがどことか、育ちがどうとか、外見がどうとか、性別だとか、年齢だとか、勝てる力を持ってるかとか、そンなモンは関係ないのさ。
イザって時に、自らを奮い立たせて絶望に立ち向かえるヒト。
その背中を見せて、人々を奮い立たせるヒト。
そンな『勇気』を持つ人はね、実ァ神々の世界にも、そうそういないンだ。
きみは、パーシヴァルは。
いざと言う時に、人のために命をかけて、人を救えるンだもの。
ヒトを奮い立たせる心を持ってるンだもん。
だから、きみは、本当にヒーローさ。
パーシヴァル。
きみと。
きみに出会うように働いてた、星の導きに、俺ァ感謝しよう。
二人は顔を見合わせると、どちらともなく頷いた。
「ゴロー」
それを、羨ましく思ったのか。
メリュジーヌは、
「だっこして」
と言った。
恥も何もなく、子供のように。
ゴローはちら、とバーゲストを一瞥した。
彼女は、仕方ないですわ。と目を閉じて息を吐いた。
ふふん、とメリュジーヌはバーゲストに視線を合わせる。
──きみは、ゴローの恋人かもしれないけどね。
──私は、ゴローのライバルだもん。
──だから、別腹ってやつさ!
流し目の、自信と力に煌めく瞳が、そう言っていた。
ほら、とゴローが手を広げると、メリュジーヌはすぽんとそこに飛び込んで収まった。
ゴローが背中に手を回すと、彼の半分ぐらいの大きさの彼女は、すっぽりと包まれた。
腕の剣が面白い形で突き出ていた。
「また、逢おうな」
とゴローが言うと、
「うん。
とメリュジーヌは言った。
ゴローはそれを聞いて、一旦目を見開いて、それから細めて、回す腕に優しさを込めた。
メリュジーヌがむふーと笑った。
子供のような笑顔であった。
よし!
とゴローから離れると、パーシヴァルと並んで、『奈落の虫』を見据えた。
──いくよ、パーシヴァル!
──ついてこれるかい?
パーシヴァルは、はい! と大きな声で応えた。
少年のような活気の良さであった。
二人は飛び出した。
蒼い光を、メリュジーヌが。
白い光を、パーシヴァルが纏う。
二人は、あっという間に音を置き去りにした。
メリュジーヌが、放った熱線をその身に纏って突撃する。
パーシヴァルがそれに負けじと白光をさらに輝かせて加速する。
──『
──『
二筋の光が混ざり合い、『奈落の虫』を外側から打ち砕く。
彼らの身体も魂もまた……
光の中で砕けゆく最中、彼らは手を握っていた。
その表情は、やっと、想いを成せたのだと。
彼らは最後の瞬間まで、
納得と、満足と、愛を浮かべていた。
3.
そして、ふたり。
メリュジーヌとパーシヴァルの開けた穴から。
奈落から離脱したストーム・ボーダーが、空の果てに飛んでいくのを見届ける。
世界の終わりに、並ぶのは、ふたり。
彼にとっては、最初の彼女。
彼女にとっても、いろいろな意味で、最初の彼。
滅びゆく世界。
締め切ったカーテンを開けるように。
そこから、差し込まれる光のように、茜色の空が、青空に入れ替わる。
わあ、と彼女は言った。
「汎人類史の空とは、あんなに綺麗なんですね」
彼らが生きていた空の下。
円卓の騎士たちが生きていた空の下。
カルデアの者たちが生きていた空の下。
この惑星の、本当の空の色。
大気中に濃い魔力がなくなっていく。
おかげか、光を歪め、押しとどめるものがない。
物体の反射光をスムーズに運ぶ大気は、ブリテンのそれと比べるといささか薄味だが、その分澄んで、透き通るようだった。
今なら、まだ乗り込めるよ?
と彼が言う。
彼女は、首を振った。
それは、許されません。
例えあなたが是としても、
罪は罪です。
私が許せないんですわ。
それが、裁かれずに終わることを。
この世界は、ちゃんと罪に相応しい罰を受けた。
カタチはどうあれ、モルガン陛下も、メリュジーヌも、バーヴァン・シーも、みんな、罪と罰を、精算できました。
なら、
……そっか、
と、男は言った。
ボーダーは、もう、見えなくなっていた。
ふたりは、話をした。
最初から。
ずっと、聞きたかったことがあるんですの。
なンだい?
あの時、あなた、私の目の前に、狙って落ちたんですか?
バカいうない。
そンな余裕はねぇよ。
あン時の俺ァ、目も見えねぇ、耳も聞こえねぇ。
今、自分がどこに落ちてンのかも、わかってなかったンだよ?
じゃあ、私の目の前に落ちたのは、偶然なんですね。
そうなるねぇ。
全能の神なのに、偶然に身を任せちゃったんですね。
あなたは、時間も自由に行き来できるのに。
……あンなぁ。
俺ァ、たしかに全能を能力として行使できるケド、存在そのものが常に全知全能ってワケじゃァねンだぞ?
ヒトにゃァヒトの。
世界には、世界の。
神には、神の、ルールってモンがあンの。
特に──異聞帯ってェトコじゃあ死んでるみたいだケド、この世界にゃァ、本来、いわゆる抑止力の類が、やたらと幅を利かせてるみたいじゃねぇの。
例え、俺にとって、それがパンチ一発で吹っ飛ばせる程度のモンだとしてもだ。
その世界に属する以上は、世界の法にゃァ最低限は従うモンなのよ。
神であれ、ね。
ましてや、俺ァ本来お行儀のワルい神々を取り締まる側なンだぜ?
そう言う組織の一員なのよ、もともと。
法を守る側が、道にツバを吐き捨てるマネ、しやせんよ。
──じゃあ、私とあなたが出会えたのは、純粋に、その……奇蹟、なんですね。
──ああ。
俺が、バーゲストに会えたのは、奇蹟さ。
もしかしたら、俺なンかより、もっともっとでっかい運命力を支配できる『
楽しかったですわ。
ああ、楽しかった。
一緒に、ご飯を食べました。
卓を囲んでね。
バターステーキ、美味かったねぇ。
一緒に、釣りに行きましたね。
……ごめん。正直、あン時、バーゲストのこと「熊みたいだなァ」って思っちまってた。
…………
お、怒んなよぅ!
わ、ワルかったって! ごめんって!
庭で、一緒に、紅茶を飲みましたね……
うん。そうだねぇ。
あの花、アドニスくんのためのモノだったンでしょ?
……ええ。
私が、歩けない彼のために、植えたものでした。
綺麗だったよ。
……はい。
本当に、バーゲストは、アドニスくんのことが好きだったンだねぇ……
……はい。
……ふふ、ちょびっと、嫉妬しちゃうねぇ。
……ぐすっ。あなた、それ、そんな顔するの、ずるいですわ。
ああ。
でも、しょうがねぇじゃないの。
俺ァ、お前さんのこと、好きなンだもん。
…………もっと、言ってくださいます?
……スネてる?
ええ、スネてます。
だって、あんなに、で、で、デートまでしたのに。
一緒に踊ったのに、言ってくれなかったんですもの。
スマンねぇ。
でも、永遠の愛なんて、誓えないもの。
永遠の愛なんて、どこにもねェからさ。
見てきた俺が言うンだから、間違いねぇ。
…………
だから、俺ァ、きみとの愛を、一生懸命、なんとか紡ごうとがんばったんだぜ。
ないアタマ働かせて、恥ずかしいケド、神のマネごとたくさんやって。
だから、さ。
俺ァ、きみに、永遠の愛は誓えない。
ないモンはない。
けど、アナタは、それを繋ぎ止めようとしてくれました。
こんなに、血を流して、みんな、救ってくださいました。
うん。
だってよ、俺ァきみのことを、愛してるからね……
──だから、
──だったら、次に一緒になったとき、たくさん、たっくさん! 言ってくださいまし。
──……ああ。
きみがのぼせるぐらい、食べきれないぐらい、愛の言葉をささやくとするよ。
──少し、恥ずかしいですけれど、ふふ。
俺だって、ハズかしいよ。
自分で言ってて、キザすぎると思うモン。
でも、楽しみにしていますね。
ちゃんと、言質は取りましたからね。
ふふ、一本取られたねぇ。
マイったねぇ。
…………
…………
……また、
ン?
また、逢い──
逢いに行くよ。
──えっ?
「俺が、バーゲストに逢いに行くよ。だから、ちょっとだけ、まっててくれないかい?」
────!
……ええ、
ええ! まっていますわ!!
だから、出来るだけ……はやく、来てくださいね。
ずっと、まってますから。
ずっと、ずっと。
あなたを──
…………
…………………………
そして、世界には、ひとり。
漂白された世界に、ひとり。
血を吐きながら、笑いながら、泣きながら。
男は、ひとり。
空に向かって、飛び出した。
星に向かって、飛び出した。
あっという間に、世界を飛び越えて。
溢れる血が、空に昇る龍のように、軌跡を作った。
彼は、彼女に、逢いに行った。
遠く遠く、どこまでも、
どこまでも、空の彼方まで、飛んでいった。
最終章最終話、おわり
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