【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第三話:僕が今見ているのが世界の片隅なのか、いくら探したってそんな所はない

 

0.

 

 

 憂鬱か、憤怒か。

 渦巻く感情に名前が見当たらない。

 タマモヴィッチ・コヤンスカヤは、朝からどんより曇り気分であった。

 

 北緯六〇度五五分、東経一〇一度五七分。

 汎人類史において、『何もない大地(グラウンド・ゼロ)』とも評される、ツングースカ大爆発の跡地。

 NNF──ナイン・フォックス・ファウンデーション本社ビルは、ここに、ポツンと建っていた。

 

 社長室で頬杖をつくコヤンスカヤの心情と混乱が、たったひとつのため息に集約される。

 重々しく、うだるような熱を持っていた。

 

 眼下に広がる世界を想う。

 自らの心象風景が描き出すのは、澄み切った青天。

 自らの心象風景が掻き出すのは、雷鳴が如く霹靂。

 

 カルデアに侵入された。

 つい先ほど。

 とりあえず、聖域の性質上カルデアが前もって召喚したサーヴァントは退去しているだろうが、肝心要の藤丸立香とマシュ・キリエライトは既にツングースカの森林部に降り立っているだろう。

 

 懸念はそれだけではない。

 今のカルデアには、()()()()ではない。

 クリプターだったものたち……キリシュタリア・ヴォーダイムと妙蓮寺鴉郎もいる。

 そして、彼らが生き延びるきっかけとなった、あの『神』もいるはずである。

 

 ブリテン異聞帯において、その成り立ちとは全く無関係に堕ちてきた、全能の『超越者(ビヨンダー)』。

 この世において、比類なき無限力(全能)の持ち主である彼は、モルガンの元で妖精騎士のひとりを愛し、愛され、彼女らを救うためにカルデアに協力し、巡り巡って今はそこに落ち着いているはずである。

 

 だから、住居がバレたのか。

 今、自分はビーストの幼体である。

 ダメ元の交渉で思いがけず手に入れた神の『肩たたき券』のおかげで、ブリテンでは友の願いを果たすのと同時に、ほぼ無傷で生還できた。

 各異聞帯を巡って手に入れた命や法則は十分量となり、あとはビーストの成体となるまで隠れ潜むつもりであった。

 細心の注意を払っていた。

 バレるはずはなかった。

 だが、ツングースカはカルデアに見つかり、乗り込まれているのが現状である。

 

 帳尻合わせ……ということだろうか。

 歴史の、未来の。

 あの神は、本来ブリテンにはいないはずの存在であった。

 つまり、神が齎した救いも、力も、元々この世界の時間軸には存在しないもの()()()と言える。

 この「現在」という「未来」が、本来はあり得ないのである。

 では、本来の未来はどうだったのか──?

 友の願いを叶えるために。

 ケルヌンノスの呪いを堰き止めるために。

 自らが打てた策は、何があったか?

 

 それを考えると、コヤンスカヤにはツングースカがカルデアに捕捉されたことが、歴史の修正力というもののせいに思えていた。

 つまり、抑止力の干渉である。

 もとよりビーストとなった暁には、そこから派遣されるであろう冠位を授かりし英霊との死闘は、コヤンスカヤにも予見していることではあった。

 それを使役するだろうカルデアとの激突は、予測の範囲内ではあった。

 だが……厳密には、これは、それとは別件である。

 

 この世界に、ありえざるものによって現在(過去)が改変され。

 この世界に、ありうるはずが無かった現在(未来)が、ありうることになった未来(現在)

 

 紡がれる歴史というものは、その運命が最初から決まっているのだとしたら、その細部を改変できたとしても、大局的な流れを変えることは決してできないのか。

 過去に干渉することで、赤子の自分を殺した時、果たして未来の自身は存在し得るのか──?

 

 親殺しのパラドクスに代表される、過去から未来へ伸びる時間線において、過去に矛盾が発生する際に起こり得る世界の選択はどれなのか?

 

 学術的には、二つのパターンがあるとされている。

 例えば、それは起点世界が並行世界に分岐することで、パラドクスを解消するパターンである。

 例えば、時間軸は結末に向かって収束するために、経過(プロセス)は変わるが結果(リザルト)は変わらないパターンである。

 

 異聞帯は後者である。

 そして、特異点はある意味で前者の雛形と言える。

 ならば、特異点でもなく異聞帯でもない、私の世界(ツングースカ)はどうだろうか。

 汎人類史の世界に則るならば、並行世界への分岐を果たすのが(スジ)ではないか?

 

 そう思う。

 だが、抑止はそれを許さなかった。

 ツングースカ内部には、カルデアとは別に、英霊の存在を確認できるからだ。

 つまり、今回のこれは世界を「そうあれ」とせん、抑止力の企み──そういうことなのだろう。

 改変された世界を、あるべき世界へと近づけんとする意志が働いている。

 

 ああ、なんということだ。

 何故、かくもこの世の運命は、正義と大義に身をやつす敬虔無知の(ともがら)を巧みに騙し、その善意に付け込み、翻弄することに熱情を傾けるのか。

 この世ならざる絶対者の現実歪曲に、どうしてこの世にありうる定命の者が逆らえたというのか。

 私たちは、彼に比べるなら等しく小さきもの。

 恒星系の九六パーセントを占める太陽にとって、地球も木星も等しく、その輝きにあやかることでしか呼吸できない、矮小な惑星に過ぎないのと同じことだというのに。

 私にミスは無かったはずだ。

 私はあの神の、ありありと『見える手』の企みに逆らわずに従い、神の(そび)やかす運命に乗ったに過ぎない。

 それすらも、この星の意志は許さないというのか。

 それはいささか傲慢極まると言うものではないのか──

 

 コンコンコン、とノック音。

 控えめで、柔らかく、しかしコヤンスカヤの思考にするりと入り込む音であった。

 

「社長。思案中、失礼します。PBでございます」

 

 扉の向こうから、淡々とした声が届く。

 PB。それはこの世界で唯一、コヤンスカヤが言語能力を与えた存在。

 入ってもよろしいでしょうか?

 丁寧に、PBは聞いた。

 入りなさい。とコヤンスカヤは答えた。

 ひと間をおいて、ガチャリ、と扉が開いた。

 失礼します。

 入室の前に一礼をして、PBはコヤンスカヤの正面に立った。

 

「社長にお会いしたいと言う方々がいらっしゃっています。どう対応されますか──」

 

 ひとりは、大柄で顔に傷のある男。

 ひとりは、長い金髪の魔術師然とした男。

 ひとりは、丸メガネのちいさな人。

 

 PBの、軽いジェスチャーを含めた説明を受けて、コヤンスカヤは「はぁああ……」と大きなため息を吐いた。

 

「応接室までお招きしなさい」

 

 丁重に。

 と、頭を抱えて。

 哀愁を漂わせるコヤンスカヤの表情は、まだ曇っていた。

 

 

1.

 

 

 カップの中に紅茶が注がれる。

 すこしぬるい温度であった。

 カップの底で跳ね返った香りがふわりと盛り上がって、部屋の空気に溶けていく。

 心なしか、淡いオレンジ色の粒子が見えるようだ。

 注ぐのはPBである。

 メリオールとカップの扱いが手慣れていた。   

 より美味しく、香りを際立たせる手際。

 そして、紳士的な淹れ方であった。

 

「ありがとう」

 

 と最初に行ったのはキリシュタリアである。

 こう言った社交辞令は、彼にとってもまた、手慣れたものなのだろう。

 態度に余裕がある。

 PBもまた、それを余裕の態度で受け取って、ありがとうございます。と返した。

 

「そうそう。俺、羊羹もってきたンだけど……切ってもらえるかい?」

「かしこまりました。お預かりしても?」

「よろしくねぇ」

 

 ゴローがごそりと、どこかから取り出した羊羹。

 とても大きいものであった。

 手製の包みが小洒落ていた。

 それをPBが受け取って、部屋を出る。

 

「いつのまにそんなものを?」

「ン? ああ、アレ、厨房でエミヤくんとベーカリーちゃんに、ちょっとね。都合つけてもらってたンだよねぇ」

「うわー。エミヤ氏とベーカリーが共同で作ったやつなんですねー。なら、絶対おいしいやつじゃないですかー! きてよかったー!!」

 

 和気藹々とした雰囲気であった。

 反して、コヤンスカヤは頭を抱える思いであった。

 

 ゴローたちは、NFF本社ビルに正面から立ち入り、対応にあたったPBに懇切丁寧に事情を話し、極めて平和的に邂逅を求めてきた。

 突っぱねる、という選択肢はコヤンスカヤには実質なかった。

 いやらしいほど柔和な対応そのものが、神の手練手管であることは理解している。

 拒んだところで乗り込まれるのは目に見えていた。

 力では向こうが上だ。

 比較にならないほど。

 ならば、力対力の土俵にこちらが上がるわけにも、向こうを上げるわけにもいかない。

 暴力的な交渉を相手に選択させ、あげく先手を譲ることは自殺以外の何者でもない。

 だから、彼女は「NFFの社長」として、彼らに対応することにした。

 あくまで、いち責任者、経営者として、客人への対応をする。

 そういうニュアンスで、彼らを懐に招いたのである。

 

 そして、案の定、神たちはコヤンスカヤのニュアンスを正確に推し測った。

 応接室に招かれた彼らに、威圧的な空気はない。

 

 『対等な立場で、話し合いの席につく』。

 という、交渉(ネゴシエート)の第一段階は無事突破したのであった。

 

 それで──、

 とコヤンスカヤが言う。

 

「元クリプターのリーダーまで引き連れて、わざわざ弊社に何の御用でしょうか? 全能の『超越者(ビヨンダー)』さま?」

 

 確か……(ワタクシ)が記憶する限り、貴方は可能な限り、カルデアに味方することは無かったハズですが……?

 

 二割ほど嫌味を込めて、コヤンスカヤが言った。

 神──ゴローはうん。とあっさり頷いた。

 清々しいほどよく通る声であった。

 

「俺が今、ここにいンのはカルデアのため……ってのは、チョット違うなァ」

 

 むしろ、と、

 

「どっちかっていうと、おまえさんのタメになるかねぇ? タマモヴィッチ・コヤンスカヤ」

「…………はい?」

 

 ──どういうことであろうか?

 

 コヤンスカヤの顔が怪訝に歪む。

 ゴローはキリシュタリアに目配せして、その頷きを確認して、コヤンスカヤに向き直った。

 

 視線が噛み合う前に、コヤンスカヤは目線を逸らした。

 神の目を見てはならない。

 神の目は、『引力』を秘めている。

 星々を内包し、ヒトを、命を巻き込んで絆してしまう、魔性の力を。

 だから、目線を逸らした。

 神は、構わず、言った。

 

「降参してくンない?」

 

 カルデアに。

 

 コヤンスカヤの顔に驚愕はなかった。

 だが、その隠している両耳が、ぴん! と跳ねて、心中では伸びていた。

 

 

2.

 

 

「一応、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 タイミング良く現れたPBが、小皿に取り分けた羊羹とスポークを全員に配り、再び退出してから、コヤンスカヤは聞いた。

 

「いや、逆に聞きたいンだけど、勝てると思ってンのかい? おまえさんが、カルデアに、だよ?」

「────どういう意味でしょうか?」

 

 あるいは挑発的な物言いに、コヤンスカヤの眼が鋭く細まる。

 刃物の鋭利さで睨む金色の光を、しかしゴローはものともしない。

 キリシュタリアにまた、向いた。

 そして、また、コヤンスカヤを見る。

 

「だってよォ、カルデアって、今まで何体もビースト、倒してンじゃん」

 

 記録(ログ)を読んだんだよ。

 ちと、特殊な方法も使ってねぇ。

 BBちゃんとかにも、こっそり教えてもらってねぇ。

 知ってる、BBちゃん。AIなンだけどね、変わった子でねぇ……

 っと、ログの話だよねぇ。ワルいワルい。

 

 ゴローは続けた。

 

 えーと、カルデアは今まで……

 

 ビーストⅡ、『回帰』のティアマト。

 ビーストⅠ、『憐憫』のゲーティア。

 ビーストⅢ、『愛欲』のキアラとカーマ/ラーマ。

 だっけ?

 

 ザッと並べても、この四人のビーストを、カルデアは倒してるよねぇ。

 モチロン、それだけじゃあない。

 七つの特異点、六つの異聞帯。

 他に、いくつかの亜種特異点。

 ちょっとわけわからんいくつかの微小特異点。

 手段や経緯はともかく、これらを解決してるじゃない。

 

 スカジ、スルト、アルジュナ、ゼウス、カオス、そして──ケルヌンノス。

 つまり、カルデアはすでに、これだけの大物をことごとく退けてるワケだ。

 

 最善の結果に導かれんとする、彼らに降り注ぐ『奇跡』に若干の御都合を感じなくもないが、その奇跡を掴むために努力を重ね、勝負所を見誤らなかったのは彼らの地力、実力と見て問題ないねぇ。

 

「…………」

 

 と、ここでゴローはキョロキョロと周りを見渡した。

 不規則な動きである。

 何かを探す動きであった。

 しかし、ン──……と小さくうねると、小さく息を吐いて、再びコヤンスカヤに向き直った。

 

 ──で、この経歴を認識した上で。

 コヤンスカヤ、確認したいンだけどね。

 本気で勝てると思うのかい?

 まだ、ビーストの成体ですらない、おまえさんが?

 既に、呂尚さまも入り込んでる、このツングースカで。

 

「……呂尚さま?」

「あ、()()()()()、知らないのね」

「…………?」

 

 ゴローは呆けた顔で頬を掻く。

 何のことだと、コヤンスカヤは耳を揺らした。

 

「コヤンスカヤ。私はこれでも、キミのことは評価している」

 

 キリシュタリアが言った。

 

「『異星の神』と対等にあろうとし続けた努力、目を見張るものがある。我々クリプターに対しても、キミはある意味、最も誠実に対応してくれていた……と、私は思っているよ」

「買い被らないでくださいます? キリシュタリア・ヴォーダイム。クリプターの皆様方は、あくまで(ワタクシ)にとっては大切なお客様であっただけのこと……仕事には誠実な態度で臨むことは、我が社の教訓にすぎません」

「ああ。だからだよ、コヤンスカヤ。カルデアを裏切り、人理を裏切り、ベリルに裏切られ……そして、『異星の神』すら裏切った私にとっては、キミのそういうところが一番、羨ましくて、眩しく見えるんだ」

「…………」

 

 しんみりと語るキリシュタリアの言葉に、流石にコヤンスカヤも言葉をはさめなかった。

 すん、と冷たい静寂が吹き抜ける。

 あるいは、この場にこうして存在していることに、最も違和感を感じているのはキリシュタリア本人に違いなかった。

 飄々とした態度とは裏腹に、キリシュタリアは常に、言い知れぬ嫌悪感と、ある種の罪悪感に苛まれているのだろう。

 

「羊羹、美味しいねぇ」

 

 その静寂をぶち壊したのは、ゴローであった。

 見ると、彼はもくもくと口の周りに食べかすをつけるプロフェッサーの口周りを、優しく拭ってあげていた。

 自分の分は、もう半分、食べ切っている。

 

「まあ、そんなワケだよ。だから降参しねェかい? コヤンスカヤよぅ」

「……お断りいたします」

 

 つん、と突き放す言葉であった。

 ふふ、とゴローが深く笑みを作る。

 そういう答えを、あらかじめ予想していたのか。

 そう言うよなぁ、おまえさんは。

 流し目の一瞥が、雄弁に物語る。

 

「まあ、おまえさんにワンチャンあることは、今、俺ァなんとなくワカったケドね」

「ほう、ゴロー殿。それは仔細を尋ねてよろしいものでしょうか?」

「別にいいよ、キリシュタリアくん。減るモンでもねぇし」

 

 コヤンスカヤも聴きたくなったことである。

 だから、今は黙って流れに身を任せる。

 

「たぶん、呂尚さまが召喚されたの、抑止力のカンチガイだもの」

 

 つまりよ。

 だってよ。

 

「おまえさん、妲己さまじゃアねえでしょ?」

 

 

3.

 

 

 妲己?

 コヤンスカヤは、その名にぴくりと反応した。

 その勘違いは、これで二度目だ。 

 一度目は、中国異聞帯での始皇帝に。

 おまえは妲己だろうと尋ねられた。

 

 もちろん、コヤンスカヤにとっては見当違い甚だしい意見であった。

 そして、タユンスカポンだのなんだのとテキトーな名前で呼ばれてしまった。

 

 確かに、この身は「新たなる九尾」へと至るために作り上げたようなもの。

 元となった太陽神にその側面が含まれると言うなら、似通うこともあろうとは思う。

 

「理由は?」

 

 とキリシュタリアが聞いた。

 ゴローは淡々と語り出した。

 

「妲己さまなら、ツングースカに拠点、構えねえよ。まず」

 

 だってよォ、ツングースカってだいぶ北東の位置だぜ?

 数値的に、地球を北南に割った時、北の東側なンだぜ?

 つまり、それって『うしとら』の方角じゃん。

 俺も、風水は本格的に学んだワケじゃねぇから、にわか知識だけどよ。

 北東の向きは、風水八卦における、気脈の上から毒気渦巻く『鬼門』の方角じゃん。

 道術と仙術の全盛期にブイブイ言わせてた妲己さまが、地球の気脈を侵す最底辺の方角に、拠点なんて構えるわきゃねェさ。

 

 ましてや、この大地には気脈の力を増幅させる鏡も石も、水晶もなンもねぇ。

 つまり禍祓いの備えも、力を蓄えるための設備もナンもねぇ。

 地母神から生まれ、太公望とバチバチにやりあってた妲己さまが、そンな根本的なミスやらかすかね?

 

「……なるほど」

 

 ついでに、野生を尊び、イヌ科で肉食より雑食の狐が、被捕食者の側のうさぎを唯一のしもべとして側に置くのも矛盾してるわな。

 野生ありきという哲学と矛盾する振る舞いを、頂点に立つものが自らに課すのでは格好がつかんでしょう。

 俺の知る限り、妲己さまってプライドくっそたけェし。

 妲己さまが他の動物に化けた例は数あれど、妲己さま本体が狐精(こり)じゃねぇハナシは、俺ァちょっと、聞いたことねぇモン。

 

 だから、おまえさんは妲己さまじゃねぇ。

 それどころか、狐の英霊ですらねェんじゃないの?

 

「──……さぁ、て。なんのことだか」

「視線をズラすと余計に怪しくなっちまうよ。別に責めてるワケでもねンだからさ」

「……なるほど、それでは確かに。太公望が先んじて召喚されていること自体が、はやとちりと言うことになりますね」

 

 ──あっ、だから太公望の元に行かれなかったんですか?

 

「いンや? それァ違うよ」

「違うんですか!?」

「だって、キリシュタリアくん。見ず知らずのヒトから『貴方のことはよく知ってます、会いたいです!』って手紙届いたとして、いく? フツウ?」

「……なるほど、それ即ちマッチング詐欺かストーカー被害!!」

「でしょう? それ、疑うよねェフツウ! ケーサツ案件じゃんね! この世界に今ケーサツねェけど!!」

 

 なんだか勝手に盛り上がってやいのやいのする男二人であった。 

 

「あれ? じゃあーゴローさん、なんで太公望さんからの手紙だってわかったんですかー?」

「だって、手紙にゃア『()()()()()()を倒す手伝い』じゃなくって、『()()を倒す手伝い』してほしいって、書いてあったンだモン」

「あー……」

 

 俺が知る限り、この世界でカルデアに縁がある大物の狐ちゃんの英霊は、玉藻さんとタマモキャットちゃん、あとはコヤンスカヤぐらいしかいねェからね。

 呂尚さまが妲己とカンチガイするんなら、消去法でコヤンスカヤしかいないじゃない。

 まあ、コヤンスカヤはたぶん、今言ったように妲己さまじゃアねぇんだろうけど。

 

「あー……だからカンチガイ……」

「呂尚さまほどの知将にしちゃあ、ケアレスミスにもほどがあるケド……まあ推論ってェモンはどんなに精度が高かろうが、理路整然としてよーが、前提がズレたらあとぜーんぶズレちまうからねぇ」

 

 ホントはホームズ連れてきて、この推論のフォローお願いしたかったンだよねぇ。

 

「あうー……すみません、お役に立ててなくてー……」

「いやいやプロフェッサー役に立ってるからね? てか、これから立ってもらうから安心してねぇ」

「そーなんですかー?」

「そーなんだよねぇー」

 

 ふふふ、と笑い合うのであった。

 

「それで、(ワタクシ)は神の言葉でむざむざ死刑宣告されまして、居心地の悪さが有頂天通り越して怒髪天に近いのですが……」

 

 コヤンスカヤの目が鋭い。

 好き勝手に縄張りに踏み込まれ、好き勝手に意見されているのだから、野生生物としては当然の反応であろう。

 

 しかし、ゴローはあっけらかんとしていた。

 プロフェッサーをその威圧と殺意から庇いながら。

 

「まあそう殺気立ちなさンな。こう見えて、俺ァ一応おまえさんを気遣ってるつもりナンだから」

「貴方、『超越者(ビヨンダー)』たる貴方。全能の神よ。ご自分のやることなすこと全て、()()()()()()だという自覚はありますの?」

 

 憎しみを込めたコヤンスカヤのセリフに、

 しかし──

 

 ゴローは笑っていた。

 太い、笑みであった。

 カミソリで切れ込みを入れた肉の塊が、すらりと裂けたような笑顔であった。

 むわり、とその太い肉が、熱を放っている。

 コヤンスカヤの毛が逆立った。

 空間が巻き上げられ、目の前の太い身体に飲み込まれていくようであった。

 

 そうそう、そこなんだよ。

 

 とゴローは言った。

 

「俺が、まさに、コヤンスカヤを含めたスペシャルゲストに聞きたかったこたァ、まさに()()なンだよ」

 

 スペシャルゲスト?

 何を言って─────!?

 

 こつん。

 と足音がした。

 

 誰かが、部屋に降り立った音であった。

 コヤンスカヤの背後である。

 コヤンスカヤは、振り向けなかった。

 ()()が醸し出す存在感が、異質異常極まりなかったからだ。

 

 それを見る、キリシュタリア・ヴォーダイムの眼が驚愕に見開かれている。

 それを感じる、プロフェッサーの頬にぶわりと脂汗が浮かんでいる。

 

 ゴローだけが、その人物を待ち侘びていた。

 

 コヤンスカヤは、深呼吸をしたつもりだった。

 だが、それは深海の中で呼吸をするがごとく、新鮮な酸素などどこにもない。

 意を決して、振り返る。

 

 

 そこにいた者は──

 

 

 白を基調とする、装飾の神々しいドレスを着ていた。

 細かくバラけては集まる、長い、ブロンドの髪であった。

 端正な顔立ちであった。

 真紅の──血の色をした瞳であった。

 麗しい双眸が、半開きに、伏せたように、コヤンスカヤを見ていた。

 

「神としての言葉だけど、挨拶が遅れて申し訳ないね、()()()()()()

 

 ゴローはあっさりと、その正体を口にした。

 

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