【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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ちょっと半端ですが、キリのいいところまで


第四話:川の流れの激しさに足元が震えている、燃える炎の厳しさに足元が震えている

 

 

 

 

0.

 

 

「覚えてねンだよ」

 

 ノウム・カルデア。

 おおよそ夕時、場所は食堂。

 食事の最中に尋ねられた問いに対し、気難しく口を結び、逃れるように視線を外して、ゴローはバッサリと言った。

 彼に相席するものは、シャーロック・ホームズである。

 今、食堂には彼らしかいなかった。

 ゴローが食べているものは、鉄板の上に寝かされている分厚いステーキ肉。

 下拵えによく叩かれ、繊維が柔らかくなったそれに、ステーキソースとバターを乗せて、蒸したジャガイモをごろりと二個、コーンと刻んだニンジンを添えてあった。

 自分で用意したものではない。

 まだ食べ始めたばかりであり、じゅうじゅうと肉を焼く音からも、鉄板が熱を持っていることがわかる。

 

「覚えていない……ですか」

 

 うんうんと言いながら、お冷を飲む。

 あっという間に飲み干した。早口の口直しであった。

 色んな意味を込めての。

 コップを置き、口の端を親指で拭き取る。

 

 正確に言うと、忘れたンだ。

 とゴローは言った。

 

「俺ァ確かに、ブリテンでは多層時間視をやって、おおよそ『この世界』から前後して散在する時層の、過去から未来までを見通したよ」

 

 ブリテン異聞帯でのことである。

 ゴローはあるタイミングで星の内海──『楽園(エデン)』へ潜り、そこから自身の存在を量子化させ、多世界における過去から未来までを、可能な限りを観測、最小限の干渉を行っていた。

 そのせいか、伊吹童子やオベロンと言った、運命力を察しうる存在には、妙な距離感で接せられている。

 

「けど、そう言う未来視で観測した事項については、俺たちァ忘れることにしてンだよねぇ」

 

 すっ、と肉にナイフを通す。

 綺麗な断面が顔をのぞかせる。見るからに抵抗を感じない。

 ゴローは器用に、ひと口サイズの大きさに切り揃えていった。

 

「それは……それが、神のルールということですか?」

「神のルールということさね」

 

 ナイフとフォークを置き、箸に持ち変える。

 ノウム・カルデアに来てから、新しくあつらえたものであった。

 妖精國で、その大地に転がっていた枝から削り出した箸は、ノウム・カルデアに到着したと同時に消滅してしまっていた。

 もとより、ブリテンの大地や木々は妖精の死骸でできていた。

 汎人類史にとって、異聞帯とはすべからく『あり得ざる幻想の世界』である。

 だからか、ノウム・カルデアに到着すると、法則にのっとって箸は消えたのだった。

 女王歴以降の、異聞世界ブリテンとなった後のものならば、あるいは消えなかったかもしれない。

 たまたま、あの枝になった元の妖精が、妖精歴で生まれ、そして死んだものだったのだろう。

 ちなみに、スプリガンの蒐集していた芸術品の幾らかも、類似する理由で消失していた。

 

 箸先で肉と、ニンジンとコーンを摘み、同時に口にする。

 口の中で、ほくほくに熱い肉の熱と臭みがバターの甘味と絡み合い、ニンジンとコーンの冷たさと瑞々しさによって弾けて溶けていく。

 噛むと、食感は分厚いゴムに歯が沈む柔らかさであるが、ニンジンの繊維が割れるため、ぱり、ぱり、と音がする。

 自然と舌が転がる、たまらない旨さであった。

 

「これァマーリンにも言ったコトなンだけどね。俺の存在強度ってやつァ、この世界の、おおよその世界より頑丈なんだわ」

「つまり、アナタが直接的にせよ間接的にせよ、過去や未来に干渉した場合……発生する現在との齟齬の修正が、アナタより存在強度の低い()()にはできなくなる……ということでしょうか」

 

 それだねぇ、とゴローは言う。

 流石はホームズ、と賞賛を付け加える。

 

「それでなくとも、本来因果に従うべき存在が、因果を従える者たちに又聞きして、未来を知るってェことは代償がデカい」

 

 俺だって、ブリテンで時間視を行ったのは、ほぼほぼ答えが出てた推論を立証する、最後のひと推しが欲しかったから、しょうがなくやったモンだ。

 いわゆる超法規的措置ってェヤツで、俺ですら、あン時ゃ滅びるコト(未来)が決まりきっていたブリテンだから、ギリギリ許されたグレーゾーンにすぎン。

 

「だから、『異星の神』の正体やら、カルデアのゆくさきやらは、俺ァ知らン」

 

 そういうことに、しといてくンない?

 ゴローはわざとらしく、片方の口角を持ち上げて、ニヒルな笑みを作った。

 これ以上は聞くな。

 暗にそう言っている表情であった。

 

「そもそもよ、知るハズの未来を黙するって言うなら、千里眼持ちのマーリンやギルガメッシュ王だって、似たようなモンでしょう? 単一の時空における時間視の精度でいやぁ、俺も、あンヒトらと大して変わらンぞい」

「それは、そうなのですが……」

 

 歯に衣の詰まった言い方である。

 迷いがある。納得しきれていない。

 ホームズらしくなかった。

 これの意味するところ。

 つまり、

 

「ははぁーン……ホームズ。おまえさんの未来への心配。それ、さては、カルデアに対してじゃアないな?」

 

 ホームズはちらり、と背後左右に視線を配った。

 誰もいない。

 向き直り、言った。

 

「ええ。実は、私が憂う未来は……私の未来なのです」

 

 

1.

 

 

 血色の瞳であった。

 純度の高い血を固めて作ったようである。

 こちらを見る視線が、喩えようもなく美しい。

 ただそこに立っている。

 それだけのことに、目が離せない。

 美しい、ただひたすらに。

 そして、恐ろしい。

 しかし、愛すら感じている。

 ヒトの(うち)に内在する矛盾が、その眼光を浴びると共に、掻き乱れたまま引き摺り出されるようであった。

 

 何もわからない。  

 脳が理解を拒むのか?

 いや、脳が考えること、そのものをやめたがっている。

 その場で、身体が、あるいは傅きたくなっている。

 彼女の存在が発するそれは、今まで出会ってきたどれとも違う。

 神の後光ではない。

 王の威光でもない。

 強いて言うならば、偉大さだろうか。

 思慮も思考も破断し、その場にいるものをその瞬間に抱擁する力である。

 やがて、何もわからぬ中で、ただひとつ腑に落ちる。

 彼女は、尋常の存在ではないということを。

 

 コヤンスカヤは、彼女から視線を外せなかった。 

 抱擁に従って意識が吸い込まれている。

 自らの命が、彼女の掌の上にある実感があった。

 あるいは、自らが創り出した聖域すらも、彼女の伊吹ひとつで消し飛ぶだろう確信があった。

 

「改めて、ご挨拶が遅れて申し訳ないねぇ。それなのに、呼びかけに応じてくれて、感謝するよ」

 

 背後から聞こえる声。

 太い声。

 それが、幸か不幸か、コヤンスカヤの意識を元の位置に、少しだけ引き寄せる。

 背後に視線を向ける余裕ができた。

 向いた。

 それは、神が、下げていた頭を持ち上げる瞬間であった。

 黒い眼が見えた。

 引力を持つ、黒黒とした、眼が。

 コヤンスカヤの金色の瞳にするりと入り込み、魂に触れるような視線であった。

 しまった! と思う。

 だが、神の引力は途端に、また、するりとコヤンスカヤの魂を通り抜けた。

 もはや、神の眼はコヤンスカヤを視ていない。

 

「誠意を損じた自覚はあったか、異邦の神よ。不義に興じ、直ちに我が元に現れなかった理由、なんとする?」

 

 彼女はすう、と瞼を持ち上げた。

 黒い引力と、紅い引力が結びつく。

 神は、自らの服の首元を摘んで引っ張り、

 

「着ていく服がなかった」

 

 と、のうのうと述べた。

 

「…………」

「冗談だよ……いや、わかってるって。そう睨まんでくれ、頼むから。そりゃあね、俺はまず、真っ先にあなたの元に向かい、三顧の礼の後に花束と贄を捧げて、この星における俺の在り方について、協議すべきだったさぁ」

 

 しかし、まあ──

 

「我が師が先に行って、話をつけてるモンかと思ってもいたんだよ。いや、マジで」

 

 向き上げて突き出した下唇を、人差し指で掻き、口だけは申し訳なく謝る。

 誠意は感じないが、戸惑いは感じる動きである。

 

 俺ァ、あなたの同種のウッドワスとも親しくしてもらってたし、挨拶、別にいいかなァとも思ってたよ、うん。

 うん、不義でした。ごめんなさいね。

 

「ご、ご、ご、ゴロー……さーん? こ、このヒト、人……? ももももももしかしてててー????」

 

 プロフェッサー、落ち着きねい。

 聞き返すのは、らしくないよ。

 さっき、言ったじゃん。

 

「地球意志だよ。えーっと、名前は……」

「アーキタイプとでも呼ぶがいい。異邦の神よ」

「……そらァまた、ズイブン色気のない名だこと」

「…………」

「ごー! ゴロー氏ぃ!!? あわ、す、すすすすみません! あわわわー!!」

 

 慌てふためき、メガネにヒビが入るんじゃないかという勢いでガタガタと震えるプロフェッサーをよそに、ゴローはコヤンスカヤを呼んだ。

 びくり、とその慄きが見てとれるほど、コヤンスカヤは驚いた。

 思わず、甲高い声ではい、と答えてしまった。

 

「PBくんに言って、アーキタイプの分の羊羹も切るように、伝えてくれるかい?」

 

 まだ、半分ぐらいあるでしょ?

 

 ゴローの声は、あくまで穏やかであった。

 

 

2.

 

 

 淑やかに席に着いた。

 地球意志が。

 地球の姫が。

 魔術師たるキリシュタリアにとって──彼が如何に才気と将器に恵まれしものだとしても──俄には信じ難い光景であった。

 そこに、自分がいることも。

 かつて、超神ゼウスに盟友と認められる時も、こうであったか。

 神の審判を待つ時にも似る、高揚と不安。

 地球(ガイア)の具象と茶の席を共にする。

 栄誉か。

 あるいは呪いか。

 流石に、落ち着きを身に灯すまでに必要な酸素は、かつてないほどに多かった。

 

 神と星が、卓を囲んでいる。

 そこに、人と、英霊と、獣が相席する。

 

 さながら宗教画的なシークエンスである。

 しかし、どこか牧歌的な雰囲気もあった。

 ツングースカの中であるからだろうか。

 この世を構成する要素が全て、このひと部屋に凝縮されているようだった。

 静かな時間だけが、遠慮を知らずに刻々と時を刻む。

 ここにいるものにとっては永遠と錯覚するほどに、間延びしてはいるが。

 

「さて、私は求めに応じ、わざわざ赴いたぞ。要件はなんだ、異邦の神よ」

「コヤンスカヤの世界について、どう思うよ?」

 

 ──!?

 

 ……は?

 

「な、なぜ私に話が……」

「いや、だってさぁ。おまえさんの世界は、この星を土台に上から広げてるワケじゃないの」

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()ワケだろ?

 それってさぁ、ヤるのは構わんケド、一応星の意志とかに、話ィ通した方がイイんじゃねぇの?

 無断で、ヒトサマの土地を、空域ごと自分(てめえ)のモノってなァ、筋が通らねェよ。フツウ。

 

 コヤンスカヤの額に、ねばっこい玉のような汗がぶわりと浮かんだ。

 ゴローの言い分で、今、自分がどう言う立場に立たされたのか、わかったのだ。

 

 これは、裁判なのだ。

 

 被告人、地球。

 被疑者、私──及び、NFF本社。

 罪状は、土地の侵奪罪。

 あるいは、境界損壊罪。

 加えて、住居侵入罪だ。

 

 検察は、全能の神。

 キリシュタリアたちは傍聴人……よくて陪審員と言ったところか。

 

「まあ、お察しの通りよ」

 

 心中を見透かしたのか、ゴローは笑った。

 頬肉を吊り上げる、太く、悪戯な顔であった。

 ひとつの表情が雄弁に物語る。

 全て、俺の奸計の内だと。

 

「さて、コヤンスカヤ。おまえさんはツングースカに自らの世界を広げて、挙句──そこに独自の生態系を作った……間違いないよねぇ」

「…………ひとつ、よろしいでしょうか」

 

 いいよ。

 とゴローは言う。

 余裕の態度であった。

 

(ワタクシ)は、確かにここ……ツングースカを自らの固有結界で覆いました……ですがそれは、漂白された地表にです。地球(星の意志)がそれを咎めるのだとして、口を挟むのが些か遅くはありませんか?」

「ふむ、ごもっともなハナシだねぇ」

 

 聞き終えて、思考するように顔を少し傾ける。

 ちら、とゴローはアーキタイプへと視線を投げた。

 発言を期待するそれであった。

 だか、アーキタイプは沈黙を選択する。

 途端に、空気が重くなる。

 それが、コヤンスカヤにずしりとのしかかった。

 その言葉のひとつが地球の代弁である彼女であるが、沈黙は意志と理性を持つ生命にとって、言葉以上に平等に、恐怖と不安を煽ることを知っていた。

 

「私としては──」

 

 ようやく、口を開いた。

 

「私は、ここにお前が世界を作ることは、正直な話どうでもいい」

 

 だが、と続ける。

 間髪入れずに。

 

「この世界の生態系は不然極まる。見ていて楽しいものではなかろう」

 

 これもまた、見透かした言葉であった。

 コヤンスカヤの、心の(うち)を。

 その深淵を。

 星の言葉の跡を辿って、ゴローがコヤンスカヤを見る。

 

「ふふふ……」

 

 コヤンスカヤは自嘲する。

 

「不然、ですか……」

 

 わかっている。

 この世界は、この世界の生命は、自らの命を紡ぐ以外の全てを捨てている。

 PB以外の生命に自由意志は無く、安寧と続く平和の中で、ただ生きるだけの生き物たち。

 そして、その世界を囲むもの。

 彼らに代わって死と殺戮のみを抽出する、暴力装置が蔓延る世界。

 どちらも、()()()()しか持たない獣たち。

 

 意志なきゆえに嘘もなく。

 意志なきゆえに恥もなく。

 意志なきゆえに争いはなく。

 意志なきゆえに進化もない。

 意志なきゆえに疑念もなく。

 意志なきゆえに真愛もなく。

 意志なきゆえに、偏りに徹する。

 

 そう、ここは聖域。

 私の楽園(エデン)

 『智慧の実』を成す樹はそこに無く。

 生命を(かどわ)かす『蛇』も、ここには無い。

 

 永遠を嵌め込む世界。

 永久に彩られた世界。

 『至高者(いとたかきもの)』ですらなし得なかった、完全なる箱庭。

 すなわち──不完全世界そのものなのだ。

 

「否定しねェんだな」

 

 神の声が落ちる。

 労りの色が見えた。

 

「否定──これは、おかしなことをおっしゃいますもの。全能の神たる貴方のことです。私の心中に渦巻く矛盾と恐怖を……とうに、理解されているのでしょう?」

「ああ。手に取るようねぇ」

 

 硬く、絡まる系をほどくように、神は言葉を紡いだ。

 それは、この世界の不然。

 優しくも鋭く、心に溶けては世界に滲むもの。

 

「コヤンスカヤ。完全なる世界を夢に沈める麗しき獣よ。おまえの心の底の底、根差す感情は恐怖だろう?」

 

 神は、かく語りき。

 それは、かつては世界を創り、ヒトに進化を齎した全能者の真言。

 

 おまえさんの根源は、死に対する恐怖。

 だから、ここはこうなっている。

 自らの心象風景の具象化である故に、言い訳は効かない。

 

 誰も傷つかない世界。

 綺麗で、優しさしかない世界。

 一方は、煌びやかな善しか存在しない世界。

 しかし、生命万物に死は不可避。

 だから、世界を生きるために生きるものと、殺すために生きるものに二分した。

 生きるために生きるものを世界の中心に据え、死をもたらすものを一方へ遠ざけた。

 

 「生死が隣り合う」とは、このことと言わんばかりに。

 潔癖なまでに分け隔てられた世界は、すなわち混色著しい生命の、多面生への恐怖を現す。

 自由意志への恐怖だ。

 それは、死に向かう恐怖。

 果たして、かつて生命に対し、その群衆を統べ、恐怖を覚えてなお視座にあるものを、ヒトは神と呼ぶ。

 あるいは、王と。

 

 ああ、しかしねぇ、コヤンスカヤ。

 そこに、おまえさんの限界がある。

 

 神に、王にとって、死は超克するもの。

 あるいは──諦めるもの。

 社会秩序を循環させる、仕組みの()()()でしかないと受け入れるもの。

 ゆえに、真に冠を被り、その手に『全能の雷』を翻す彼らは、それを超克し、恐怖を覚えない。

 つまり、死を超克できないおまえさんの治世は、どこまで行ってもオママゴト。

 その領分を越えることはない。

 おまえさんは、死を恐れる故に『母』には成れる。

 人類生命全てに、遍く愛を持つことはできている。

 だが、死を恐れるあまり。

 だが、死の増悪のあまり。

 死に対して、あまりに無策無謀であるがために。

 それを遠ざけんと忌諱するからこそ。

 決して、神にも王にも成れんのだ。

 

 才ある獣よ。

 我が身に降り注ぐ祝福に目を奪われ──

 その美しさに心打たれ──

 神の身姿を真似るものよ──

 

 神無き世界が如何様にして滅び去るのか。

 その末路はブリテンにおいて、知るところであると言うのに。

 眼下の世界にまだ終焉が満ちぬからと、その矛盾に目を背け、心を閉ざす様は、まるで。

 

 まるで、ああ──人間のようじゃアないか。

 

「だから、降伏しろ、と……」

「降伏以外に、道はあるのかい?」

「…………」

「NFFの社長に対して聞きたいンたけどよ、未来のプランはあンのかい? おまえさんは、ビーストになる前にカルデアに見つかった。ここで、仮にカルデアを返り討ち……滅ぼしたところで、どのみちおまえさん(ビースト)の役割は終わる。で、どうすんのよ? この世界を抱えて、冠位をも従えるデイビット・ゼム・ヴォイドの異聞帯に殴り込むのかい?」

 

 人類愛あるが故に、ビーストはビースト足り得る。

 人類を滅ぼさんとするために、彼ら彼女らは生まれる。

 ならば、仮に人類を絶滅させた世界で、ビーストは何者に成れると言うのか?

 

 単独顕現。

 時空の因果から解き放たれ、あらゆる時間において存在しうる獣の特性。

 聞くに脅威そのものであるが、それは却って存在の自由を奪っているのではないか?

 時間の因果を超えて発生するのなら、どうあっても『そう』としか成れないのではないか?

 例え、人類がすでに滅び去った世界においても、人類愛さえ備えるならば、どの時間においても獣に『しか』成れないのではないか?

 

 だから、ゲーティアはその後の世界を作ろうとした。

 だから、ティアマトは全ての生命を始原に回帰させんとした。

 

 彼らは自らの存在を人類愛に依存する。

 神の視座からすれば、その発生からして矛盾を秘める、哀しき命に他ならない。

 生命の誕生とは、神がまだ、その命に対して失望していないことを意味する。

 だから、誕生とはそれだけで祝福なのだ。

 しかし、彼らは誕生からして繁栄を望まれたものではない。

 初めから、人類に討たれるために存在する。

 滅びるために、誕生に必然の破滅を組み込まれた命。

 神は、獣に祝福を与えていない。

 なんと哀しき『いきもの』であろうか。

 生まれながらにして、寄り添うものはヒトの手による避けられぬ破滅。

 すなわち、呪いである。

 

「誰がそれを、おまえに望んだ」

 

 星の声が響く。

 細まる視線は鋭く尖り、責めるように心を穿つ。

 

「天神の祝福を受けておきながら、やることは破滅に突き進み、神の真似事とは浅慮極まる。それでは真に、おまえのやろうとしていることは、人類の『負の歩み』そのものではないか」

 

 違うと、言いたかった。

 だが、射抜く視線が言葉を溶かす。

 

「もうじき、呂尚さまと、藤丸くんたちがここに来る」

 

 ゴローは言った。

 少し目を伏せて、赤子に説き伏せるような、甘く、優しい声だった。

 

「そこで、おまえさんが彼らと争いをするンなら、止めやしない」

 

 寂しそうに、笑っていた。

 悲しそうであった。

 

「だけどよ、もし、彼らが許すと言うなら、許されてやってくれないかい?」

 

 優しい、声であった。

 

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