【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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ザ・二次創作


第二話:夜の闇に悲鳴をあげた少年が、今狼になる

 

0.

 

 

 巌のような──

 鉄のような──

 樹のような──

 山のような──

 

 人を大きなものと例える時、よく使われる言葉を挙げろと言われたならば、このような比喩がまず思いつく。

 ここでいう『大きさ』とは、例えば身体の、外見の大きさはもちろんのこと、心の大きさでもあったりする。

 人を、大衆を惹きつける力──強烈なカリスマを発する存在を、そう形容することもあるだろう。

 

 しかし、それらに共通する事項として、必ずと言って良いほど当てはまることがある。

 それは、彼らは本当に例に挙げられるものほど、大きくはないということだ。

 

 人間の体格、骨格、筋肉の量は限界がある。

 ギネスブックに載る、歴史上最も身長が高い人は二七〇センチメートルを超えるが、それでもその高さは、ロンドンの道ゆく際にすれ違う街頭の木々にも劣るだろう。

 体重は八〇〇キログラムを超えるが、その人間が、果たして人間的生活を送れているかは(はなは)だ疑問である。

 人間は、山には及ばない。

 山の高さは少なく見積もっても数十メートルはくだらない。

 山の重さは少なく見積もっても数百トンでは効かない。

 人は、その身に山の量感を物理的に収めることは不可能だ。

 

 カリスマを例に用いても同じだ。

 人は自然の持ちうるそれに、なぜ勝てると思うのか。

 ふと、自然が魅せる自然の光景。

 彼らが、ふいに気づかせるこの世の美しさ。

 それは、時代を超えて、人種を超えてなお、人の心をとらえて離さない。

 人が相慣れぬ環境と知りながら、生命のあるべき場所ではないと知りながら、宇宙(そら)にいと近き、頂きに挑む登山家は跡をたたない。

 

 尤も、この世界においてはわずかな例外が存在する。

 そのひとつは、汎人類史と異なる歴史、人類の進化を果たした異聞帯にある。

 ロシア異聞帯の王たるイヴァン雷帝の巨大さ、その量感などは、サーヴァントの規格に落ちた現在を持って山のようである。

 また、汎人類史の中にもわずかながらいるだろう。

 魔術協会の時計塔の『冠位(グランド)』や『君主(ロード)』といった、現在に根付く異能者たちはその筆頭である。

 同、聖堂協会──その中でも、とりわけ戦闘能力や超越性に秀でたものたちは、あるいはそうであるのかもしれない。

 具体的には、聖堂協会の代行者たちである。

 その中でも『埋葬期間』に所属する異能者たちは、主の奇跡の代行者とも謳われ、ひとりひとりが天変地異に匹敵する力を振るうのだという。

 

 ここから、ひとつの逆説が見える。

 奇跡を起こす、彼らの崇めるものこそは、例外を通り越して前提となるべき存在だ。

 そう──つまり、先に挙げた例え。

 量感やカリスマ性を取り沙汰すのならば。

 その例題に見合う力を持つ、自然外の力を持つとするならば。

 それは万物霊長に寵愛を注ぐ『主』だけである。

 人種を超え。

 時代を超え。

 物質ではなく思想上に存在してる無償無常の敬愛こそが、普遍的に広がり隔たる時間や空間の枠組みを超えて、例え話にのぼる無限数多の『大きさ』に釣り合うものなのだろう。

 

 そう思っていた。

 つい、この瞬間までは。

 

 巨大(おおき)い──

 

 自らの対面に座る男。

 その存在をひと目見た瞬間に、グレイの脳内を占めた言葉であった。

 その刹那、その言葉以外が、すっぽりと。

 宙を舞う紙切れのような軽さを持って、脳内から抜け落ちた。

 例えようがない。

 例えが見当たらない。

 今まで、サーヴァントとして記憶していることでさえ──それなりのモノを見てきて、()ってきた。

 だが、目の前の男を例えるモノが記憶にない。

 だから、大きい。としか言えない。

 大きくて、黒黒としていて、硬く、重い。

 それでいて、足音がなく、動きは細かな領域に至るまで無駄がなく洗練されていた。

 だから、余計に脳が乱される。

 大きいが、そこに無い。

 重いが、軽い。

 早いが、遅い。

 相反する事象が目の前でスムーズに展開されている。

 その男の顔や身体が近くにあると、遠近感が途端に狂ってしまう。

 隣で、エルメロイII世が眉を顰めていた。

 あからさまな嫌悪感が深い皺となって眉間に刻まれている。

 その嫌悪と警戒心をするりするりとすり抜けて。

 ロード・エルメロイII世とグレイが居合わせた場所に、その男は遠慮なく己の存在を挟ませた。

 

 

0-1.

 

 

「確か……こうして話すのは初めてだよねぇ、ロード・エルメロイ」

「II世だ」

 

 (せつ)と師匠を前に、()()()()()山のような男が快活な訛り声で囁いている。

 カルデアが、ブリテン異聞帯を踏破する際に遭遇したという男。

 人と似通った姿形をしているが、その規格は見た目からして桁外れに大きく、肉感に溢れ、どう見ても人ではない。

 その証左とでも言うべく、その雰囲気や立ち姿には、超常の力を纏うもの。

 

 曰く、全能者──

 曰く、超越者──

 曰く、最強者──

 曰く、異邦人──

 

 自らを『全能の神』と喩えて仕方ない男であった。

 

 全能。

 ()()()()()()()()、それは、その視座に登るものは、魔術師たちが今生を捧げてもたどり着かんとする『根源の渦』と接続したもののことを言う。

 常世にありうるありとあらゆる可能性、事象、円環を可能とするそれは、もはや魔法の領域をも超えた、想像もつかない世界の住人なのだろう。

 この男……ゴローと名乗る神は、全く異なる宇宙から来たと言う。

 それは、おそらくアビゲイル・ウィリアムズの『中にいるモノたち』に近しい『根源』的な領域とは区別される世界のことだ。

 しかしながら、この神はなんの悪戯か極めて善性が強いらしく、また、その力はレオナルド・ダ・ヴィンチやシャーロック・ホームズからすら認められている。

 あの二人が認めている以上、『全能』というその大看板に偽りはないのだろうと思う。

 

 そんな超然の人物──神が、拙と師匠の前に座り、いきなり、頭を下げてきた。

 

「グレイちゃん、ありがとうねぇ。助かってるよ」

 

 びっくりして、めをぱちくりさせてしまう。

 心当たりがないからだ。

 神に、頭を下げられるようなことをした覚えがない。

 困って、ちら、と覗き見ると。

 師匠は、怪訝な表情を浮かべていた。

 苦い苦い霊薬を噛むような表情。

 この状況が、心底イヤだと露骨に訴えている。

 早く立ち去りたいと。

 それも仕方がないことで、

 "全能の神に頭を下げさせた"。

 なんてことは、この世界では呪いに等しいのだから。

 だけど、なんの心配があるのか、それとも単に力が入らないのか、師匠が椅子から立つ気配はなかった。

 ひと間、ふた間。

 たっぷり時間をおいて、神はゆっくりと顔を上げる。

 拙の眼を、フードに隠れているだろう眼を、強く、鈍く光る黒い瞳が見据えた。

 反射的に、どきりとしてしまう。

 まるで黒曜石の眼だ。

 まるで、宇宙に発生する特異点──超重力場(ブラック・ホール)のようだ。

 視界に入る全ての力場を吸い上げて、己の中に収めてしまわんとしているような引力を放っていて──

 

「私の弟子を脅かすのはやめてもらおうか」

 

 師匠がそう言うまで、拙の意識は身体からすっかり抜けかけていたらしい。

 はっ、と我に帰る。

 いつも以上に渋面の師匠に対し、神は太陽のような笑顔を浮かべていた。

 童の悪戯心が感じられる、屈託のない顔。

 師匠と同じくらい皺が深く、痛々しい傷が目立つのに、なんて晴れやかで暑苦しい。

 花が咲く、と言うのも烏滸がましい笑顔である。

 その陽気に当てられて、部屋の室温が物理的に二度か三度、上がっているのではないかと思うほど。

 いわゆる普通人ならば、多くの人が見惚れるだろうそれは……けれど、拙や師匠には神に対する苦手意識を加速させる代物なのだった。

 それも仕方のないこと。

 拙も師匠も、毎日毎朝必ず昇り行き、こちらの事情など知ったことかとのたまうような、情け容赦のない陽光の日照りは苦手な部類なのだから。

 それでも、頭を下げられたのは事実なので、少し会釈してしまう。

 

「あの、拙が神さまにお礼を言われるりゆ……」

「バー・ヴァンシーの、友達になってくれたでしょう?」

 

 言葉を被せてきた。

 そういうのも、少し、苦手に感じて、おずおずと言葉が縮んでしまう。

 

「え……っと。それが、なぜ……」

 

 神のお礼に繋がるのか。今度は言い切れた。

 神は、その広い口を真っ直ぐに伸ばして。

 種類こそ違えど、やはり、笑顔を作って、

 

「あの子、最近楽しそうでさぁ」

 

 その雰囲気が、自然と物憂げな色彩(いろ)へと、その姿を変えていった。

 聞けば、神はバー・ヴァンシーにはブリテン異聞帯ではとてもお世話になっていて、カルデアに来てからも気をかけていたのだという。

 あの子は性根はとても良い子なのに、表に出る態度が『つんけんどん』なために、他の子達と仲良くできるのか、ハラハラしていたのだとか。

 

「だから、グレイちゃんが仲良くしてくれてるのを見て、俺はとっっっっっっっても安心してるのさ」

 

 広げた掌。やっぱり大きいです。

 それを、胸に当てて、息をいっぱいに詰まらせる言い方をして。

 不思議と紳士的な仕草でまた、違う笑みを浮かべていた。

 

「それで?」

 

 と無粋に切り出したのは師匠だった。

 眉間の皺は心なしか薄くなっているようでしたが、警戒心はまだ薄く張り付いている。

 全てが不自然、というより不可解極まりないと言いたげだ。

 神はきょとんと眉をあげて、その意味を二秒ほど咀嚼しているようだった。

 仕方なく、とばかりに、師匠は続けて言った。

 

「グレイにお礼を言うだけなら、私を呼び立てる必要はないでしょう」

 

 確かにその通り。

 

「だって、グレイちゃんだけだったら。俺ンこと怖いんじゃないかねぇ?」

 

 確かに、その通り。

 

「じゃあ、これで話は終わりですね。行こうか、レディ」

 

 さっさと話を切り上げたくて、実際立ちあがろうとするのを、その大きい手がぬっと伸ばされて差し止めた。

 本当に、大きな手。

 思わず視線が向いてしまう。

 分厚くて、広くて、掌だけで、師匠の顔の倍は面積と体積がありそうだった。

 

「まま、待ちなさいよ。ロード・エルメロイにも話があるんだってば!」

「II世です……ワザとやっていませんか?」

「ワザとだよ」

 

 したり顔だった。

 師匠は、しまった、と微かに顔に緊張を走らせた。

 

「おまえさんが、その突き放すような敬語を使ってる限りは、治らないねぇ、コレは」

「…………」

「それとも、これじゃ話にくいかい? なら──────

 

 

 ────神として話そうかね? ロード・エルメロイII世」

 

「───っ!?」

 

 世界が歪んで見えた。

 きっと、拙の勘違いではない。

 言葉尻から、声色が変わった。 

 同時に、その雰囲気も、滲み出す力の質も、全てが。

 その瞬間、確かに、時間も空間も、歪み、澱み、壊れていた。

 曲がりくねったそれらに対し、神の力だけが、視線だけが、拙たちを射抜いている。

 傅きたくなるほどの迫力と、圧迫感。

 どんなに防御しても、心の隙間にあっさりと染み込んで、胸中にザワつく雑念懸念をかき乱す神々しさ。

 『神』の目が、青白く光っている。

 プラズマ粒子のように、力が瞬いて、小さく弾けて、空に溶けて、消える。

 全身が硬直していた。筋肉も骨も鉄鋼のように固まっていた。

 油のような汗が、身体の芯から絞り出されるように表皮に浮き上がった。

 声が、出ない。

 それは、師匠も同じようだった。

 

「──ま、冗談さね」

 

 言葉と共に目を閉じ、開けた時には神はもう、元に戻っていた。

 ケラケラと笑う顔が、傍目には先ほどより軽く笑っているのだが、先ほどの何倍も恐ろしいモノに見える。

 

 どかり、と師匠が椅子に座る。

 ワザとらしく物々しく。

 いや、本当に腰が抜けて──そんなわけはないと、我ながらに思い直す。

 ヤケクソではあるかも知れないが、我が師ながらに妙なところで肝が据わっているのだ。

 

 それを見て、神は、やはりというか、にこりと太い笑みを浮かべた。

 

「いやね、エルメロイII世は時計塔とやらで、教室を持って、講師をやってるそうじゃない。キリシュタリアに聞いたんだよねぇ。いやァーその歳で、立派だねぇ」

「やっていた、と言う方が正しい。なにせ地表まるごと漂白された今、時計塔も何もあったもんじゃない」

「まあまあ。それは置いといてだよ。だからさ、相談があるンだよねぇ」

「だから、なんの相談なんだ」

 

 神の眼が、ぐりっと丸くなる。

 嬉しそうに、楽しそうに、未来を夢想していた。

 

「なあに、進路相談ってヤツだよ、センセイ」

 

 

0-2.

 

 

「汎人類史が元に戻ったら、俺を時計塔とやらに紹介してくンない?」

 

 神は、恐ろしいことをペラペラと口にした。

 師匠は見るに血の気が引いて、青ざめるを通り越して顔色が真っ白に。

 まるで彫刻像のようだ。

 拙もびっくり仰天で、思わず口が開いてしまった。

 

「いやさ」

 

 神は言う。

 

「ホラ、聞いちゃいないかも知ンないけど、この大冒険が終わった後も、俺ァこの世界に残るのよね」

 

 俺も俺で、この世界で長い年月、過ごさなきゃいけなくてね。

 だから、就職先……というか、住処を見つけておかないとと思ってねぇ。

 

 と神は続けた。

 

「そしたらよ。ロード・エルメロイII世は時計塔とやらの、最高貴族? の『君主(ロード)』ときたモンだ! そこで俺ァピーンと来てよォ。時計塔ってェのはこの世界における異能研究所みてェなトコなンでしょ? 俺が籍おくにゃア、もうバッチリじゃない?」

「バッチリじゃない! あなた、全能なんでしょう!?」

「おう」

「だったら時計塔などに関わらずに、どこへなりと行って、静かに暮らせばいいじゃないか!!」

「……そりゃア、無理無理無理のカタツムリのひつまぶし。多元宇宙法則(マルチバース・ラルゥ)第三条、『何事も隠れ続ける事は不可能である』……って言ってねぇ。俺がどんなにうまいこと力を隠して暮らしてても、いつかはどっかで、誰かにバレちまうものよ」

 

 そうなったら、まさにその、時計塔だとか、セイドー教会だとかが、でしゃばってくるんじゃないの?

 俺を殺すなり封印するなりしようとしてくるンじゃないの?

 

「まァ、この世界に俺を殺せるモンがあるとは思えンし、封印なんかまず効かねェから、全部返り討ちにして蹴散らしゃア早ェ話なンだが、面倒臭ぇのはゴメンなんだよねぇ」

「…………だから、私に話を通させ、時計塔で相応のポストを用意しろと?」

「そこまでは言ってねェよ。ただ、俺ァ話がこんがらがるのがイヤなだけさ」

 

 師匠はきっと、偏頭痛と胃痛を併発しているに違いなかった。

 魔術教会にせよ聖堂教会にせよ、この神に相対するのなら出てくるのは冠位や埋葬期間の執行者、それも上澄みの代行者だろう。

 先述の通り、確かに彼らは『主の奇跡』をこの世に顕現させる、天変地異に等しい力を持っているだろう。

 が──バー・ヴァンシー曰く、この神はそもそも地団駄を踏むだけでこの星(地球)を木っ端微塵にできるらしい。

 亜鈴百種の妖精と、力をさんざん削ぎ落とした状態で、互角に殴り合えるとも聞いた。

 なんせ意気揚々とバー・ヴァンシーが言うモノだから、はっきりとそれは覚えている。

 それが本当なら、たぶん、誰もこの神には勝てない。

 どんなに主の奇跡を起こせたとしても。

 それが世界を書き換え、滅ぼすほどの力だとしても。

 惑星そのものを無造作に片手間に破壊するような力ではないことぐらい、頭の悪い拙にも想像はつく。

 そして、それはこの神が歩く『地球破壊爆弾』でもあると言う事だ。

 機嫌を損ねれば──星の終わり。

 

 その責任の一端が、安全バーが今、まさに、師匠の双肩にのしかかりかけている。

 もはや師匠は呼吸すら辛そうだった。

 眼を顰めて、苦しんで縮こまる胃に従って、心なしかその背が丸まっている。

 

「あ、なんだったら。俺、おまえさんの生徒になンのもいいなァ」

「よくない! 論外だ! ありえん! というかふざけるな!! そもそもおまえ本当に全能の神なんだろう? 宇宙なんか、簡単に作れるって私は聞いたぞ!?」

「あ──なに? 宇宙作りたいの? だったらまず、真空状態を作れる粒子加速器を用意して──」

「違う! 別に作りたくない聞きたくない!! やめろ! おまえが喋るたびに神秘がゴリゴリ削れる音がする!」

「そもさん宇宙法則なんてアインシュタインがとっくに数式にしてンじゃん。核兵器あるンでしょ、この世界にも」

「だ、ま、れ! 頼むから黙ってくれ! 私が言いたいのは、おまえが私に学ぶことなどないだろうと言うことだ」

「いやァ、それは逆だねぇ。時計塔の中で、俺が唯一学ぶことがありそうなのが、現代魔術論──つまり、ロード・エルメロイII世教室だもの」

「ハァ? なぜだ、何を言っているんだ」

「だって、地脈やらマナやらは俺、さんざん宇宙法則ごと作ってきた側だし。天体やら創造やら呪詛やら、だいたい網羅してるし。降霊はそもそもあの世とか天界とか魔界にはあっちこっちのを何百万回か行ったりきたり。伝承はそもそも()()そっち系の存在で解体(バラ)される側でしょう?」

「やめろ! 黙ってくれお願いだから。頼むから喋るな! 私は今何も聞いていない!! 何も聞いていないからな!!」

「だったら、俺がイチバン興味あンの、『現代の魔術』だよねぇ、マジで」

 

 からかうように──実際、からかっているのだろう。

 神の声色は師匠の悲鳴を餌に肥え太る魔物のようだ。

 

「だったらエルトナムに頼んでアトラス院に行けばいいだろう? 未来を知れる全能者など、あっちの連中からすれば喉から手が出るほど欲しいはずだ」

「興味ねえ」

「ぶった斬るなよ!?」

「だって掲げてる理念が俺から言わせりゃアホくせェもん。『万物必滅』は世の必定だよ? 神だろうが星だろうがなンだろうが滅ぶときゃ滅ぶわい。全部ひっくるめて先送りにしたところで、太陽系そのものがあと一〇〇億年もしたら寿命尽きて超新星爆発で全部消えちまうのに、地球の上でチンタラ寿命を先延ばししてなんか意味あンのか、それ?」

「いや、神の尺度で測るなよ」

「なら、神の尺度に近づくなよってェハナシでさぁ」

「…………」

 

 ま、と神は息を吐いた。

 太く吐き出したそれは、神の内熱と外気の寒暖差に従って、目に見えるほど白かった。

 

「そういうワケで、考えといてくれるとウレシイねぇ」

「……ちなみに、私がそれを断ったらどうなる?」

「さぁてね。とりあえず……『俺はエルメロイII世の弟子だ!』って叫びながら、時計塔とやらの幹部やら重鎮たちを、ひとりひとり襲撃しようかねぇ……」

 

 しめしめとアゴを撫でる神の仕草は、舌舐めずりをする蛇のようである。

 人間を奸計に陥れ、知恵のリンゴを齧らせ、人間に原罪を背負わせ『至高者(いとたかきもの)』の庇護下から突き放すに至った時、きっと堕天使ルシフェルもこんな顔をしていたのだろう。

 

 結局、師匠は折れて、承諾した。

 サーヴァントは肉体的変化が起こらない。

 けれど、きっと師匠の胃は耐え難い苦痛を伴っている。

 

「ま、今回はこれぐらいにしとくかねぇ。まだ話したいことあったけど、そんな様子じゃアなさそうだし……」

 

 次は、あの……ライネスちゃんにも同席してもらうかァ。

 

「やめろ! それだけは絶対にやめろ!」

 

 神は、笑っていた。

 ああ、これはたぶん。次はライネスさんと三者面談されるんだろうなぁ……。

 

 拙がぼんやりそう思っていると、神は音も重さもない歩みで近寄ってきて、こちらが身を引くより早く、

 

 ──今日は、彼におかゆさん、作ってあげてね。

 

 神は退出の際に、そう、拙にそっと耳打ちした。

 音がなければ気配もないので遠ざかっているのかもわからないけれど、きっと、足取り軽やかに去っていったのはわかったのだった。

 

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