【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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実質一日2話投稿である


第二話:馴れ合いは好きじゃないから、誤解されてもしょうがない

1.

 

 

 ナカムラ……?

 

 ガウェインは唖然としていた。

 したり顔のゴローが発した名前にである。

 当たり前だが、スプリガンではない。

 聞いたことのない名前だ。

 明らかに妖精の名前ではない。

 いや、ブリテン島全域をくまなく探せばナカムラという妖精がいないとは限らないが、語感……とでも言えばいいのか、言葉の持つニュアンスが妖精國のそれとは違いすぎる。

 不安がよぎる。

 得体の知れないものに触れている不安だ。

 自分はもしかして、とんでもない秘密に立ち会っているのではないだろうか。

 不安に押し上げられるように、ちら、と斜め上を見上げる。

 ソファーの背後に立つゴローの顔からは、笑みが消えていた。

 代わりに、その顔は口を窄めて、目を丸くして、微妙に首を傾げて……と、微かな驚きを浮かべていた。

 

「あれ? あんま驚かないのね」

「もちろん」

 

 ゴローの視線を追って、スプリガンを見る。

 彼はいつものように腕を組み、してやったりと笑っていた。

 気のせいか、匂いとなって滲み出るほどの、自信満々の態度であった。

 

「あなたが本当に全能者ならば、私の表層情報ぐらいは読み取ってもらわねば……こちらも、あなたの来訪に備えた甲斐がないというものです」

「やるねぇ、ナカムラくん」

「ふふ……そこはスプリガン、でお願いしますよ、ゴロー様。それは、私にとってはとうに捨てた名前なのですから」

「もったいないねぇ。いい名前なのに」

「ふふふ、褒め殺しが上手いですねぇ。思わず笑みが溢れますよ。まことに、光栄ですね」

「いンだよいンだよ。俺の言葉に後光はささないから。そンなありがたい効果なンてないからさ。光栄だなんてスプリガンは大袈裟だねぇ。褒めたって、俺のなにが減るモンでもないからねぇ。どんどん褒めるよ、俺ァね」

 

 ゴローは観念観念と、手をひらひらさせて仰ぐように言った。

 

 ゴローは握手の際に、スプリガンの魂に探りを入れていた。

 あまり深い位置には立ち入らなかったが、そこから得た情報はおおむねゴローの予想と合致したのだった。

 すなわち、実はスプリガンという妖精は、汎人類史とやらの日本人だということだ。

 ゴローが注目していたのは、重心の位置である。

 東洋人は、欧米人に比べて体が小さい。

 筋肉どころか内臓、骨格……それらが遺伝情報から違う種類なのである。

 とはいえ、それは数字で表せばゼロを遥かに下回る。

 たとえば、人間と猿の遺伝子上の違いはわずか1%である。

 同じ人種でも、たとえば身長百九十センチメートルの男性と、身長百六十センチメートルの男性の遺伝的差異はわずか0.1%程度なのだ。

 シルエットで見る外見的特徴でいえば、日本人と欧米人の大きな違いは身長の高さ、体格の差異がある。

 そのほかには、股下の長さがあるだろう。

 つまり脚の長さである。

 東洋人は欧米人と並べた時、比較的脚が短い。

 特に膝下の、脛の長さが違う。

 要は短足なのだが、それゆえに重心の位置が、東洋人と欧米人では大きく違うのだ。

 東洋人の場合、重心は臍下三寸の位置にある場合が多い。

 ここは丹田といい、たとえば中国拳法や日本古武道などでは気の溜まる場所であるともされている。

 よく「(はら)」に力を入れる、「気」を溜めるという表現があるが、その力の入れどころが丹田なのである。

 スプリガンの重心の位置が、まさにこの丹田なのであった。

 妖精國のヒト型妖精や人間は、いわゆる汎人類史やゴローのよく知る地球人類と比べた場合、最も近い体構造は、欧米人になることは明らかであった。

 そのほかにも色々と、ゴローがスプリガンのことを日本人だと察した要素はあるが、それをいちいち書いていくとあまりにも説明過多になるため、ここでは割愛する。

 

「岩倉使節団でしょ?」

「……ほう」

「あれ? 伊藤使節団だったっけ? なぁンか、混ざるんだよねぇ。あの時代のエライ人たちの名前って」

「確か、そんな名前だったような気もしますね。いや失礼。私も随分古い記憶になりますゆえ、朧げなのですよ」

「よく、ここまでひとりでやってきたねぇ」

「ええ、見事なものでしょう?」

「大したモンだよ。俺の記憶でも、ひとり、異界に吹っ飛ばされて、大貴族まで成り上がったヤツぁ……結構いるなぁ……」

「ずいぶん長生きなのですね」

「まァね。見た目通りの年齢じゃあねぇもんよ。そこは、そっちもそうじゃないの?」

「もちろん。いかんせん私、ただのヒトの身でありますから、若さを保つのは苦労しますよ」

「すごいねぇ」

 

 ガウェインには、よくわからない話であった。

 スプリガンが取り替えされた人間……

 それだけで信じがたい情報である。

 だが、ここで嘘をつく必要はない。

 ましてや、ゴローに嘘が通じるはずもないし、この話を切り出したのはそもそもゴローである。

 で、あるならば、嘘であるはずがない。

 ただ、何の話をしているのかさっぱりであった。

 いや、凄まじく蚊帳の外に置かれているのはわかる。

 というか、ゴローがいつになく饒舌ではないか?

 いやいや、自分がスプリガンより会話のキャッチボールが得意だとは思っていない。

 そこまで自惚れてはいない、決して。

 それにしても、それ抜きでも、しゃべりすぎではなかろうか?

 楽しそうすぎではなかろうか?

 ……まるで、目の前で逢引きの密談が行われているようだ。

 いやいやいや。まさか。

 でも、ひとつはっきりしたものがある。

 黒い感情が心に渦巻いている。

 とても、気分がいいものではなかった。

 

「食事はちゃんと、食べれてますか?」

「ああ。ここ最近はもっぱら、ガウェインから作ってもらってンだけど、これがウマくてウマくて……大事だモンねぇ。()()()()()()()()()()、こういうトコの飯はさ……」

 

 訂正。

 ちょっと気分良くなりましたわ。

 でも、そろそろ口を出してもいい頃だと思う。

 

「あの……私には二人が何の話をしているのか……」

「これは申し訳ない。せっかくお呼び立てしたというのに、密談になってしまいましたね」

「まぁまぁ、いいんじゃないの。ガウェインには後で俺から噛み砕いて説明するからさぁ」

 

 くっくっと笑い合う二人。

 やっぱり、ちょっとズルいぞ、こいつら。

 

「さて、私は重大な秘密をひとつ……お教えしました。差し当たりなければ……」

「オウ、そうだねぇ。俺ばっかり聞くのはフェアじゃないモンねぇ。次は俺の番だね、なんでも聞いてくれよ」

「目的はなんですか?」

「目的……ン〜……ッ!! いきなシ難しいとこ行くねぇ……」

 

 それは、ガウェインも是非聴きたいと思った。

 ゴローの妖精國での目的だ。

 ゴローが基本的に、モルガンに対して敵意もなければ叛意もないことはわかっている。

 わかっているからこそ、先程はあれだけ慌てたのだ。

 ゴロー曰く、自分が生きるために、この世界は特に必要ではないという。

 信じられないことではあるが、ゴローという人間の強さを知った今なら、納得はできる。

 しかし、ならばなぜ、こんな風にスプリガンに会いに来て、秘密の会談をこなしているのか。

 言動が矛盾している。

 何がしたいのだろうか。

 ガウェインの心の隅に、ずっとあった疑問であった。

 

「なきゃダメかい、目的」

 

 ゴローの口からは、とんでもない言葉が出てきた。

 

「ひょっとして……な、なんとなく……ですか? 面白いから、とか……」

「それも、あるねぇ」

 

 全く予想していなかった答えなのだろう。

 スプリガンが呆気に取られている。

 ゴローは太い指でコリコリと頬をかきながら、

 

「ン〜……一言では言えねンだ、それは。だから、順番に言うと……まず、大和民族は敵に回すと死ぬほどメンドくせぇ。これは俺の経験上のハナシでねぇ。地球人類で言えば、大和民族、エゲレス人、ロシアン辺りは敵に回すとホンッットにメンドくせぇンだ、これが」

 

 しかも、スプリガンはサムライ時代の名残の頃でしょ?

  

 とゴローは言う。

 

「いわゆる侍魂(サムライスピリット)ってやつが根に染みてる。武士道とは死ぬことと〜ってやつ? それが、国民全体にねぇ。そーいうスプリガンも、それが根っこにあったから、泥に塗れても立ち上がって、やってこれたンじゃないのかねぇ?」

「……まぁ、そう言う風に言われれば、それもあるかも知れませんねぇ」

「あ、心にも思ってなぃねぇ、それは」

「ええ。むしろ侍魂(それ)などを啓蒙する人間であったなら、私はとうに腹を切って、この世を去ってますよ」

「あちゃあ! 言われてみれば、そっちかァ……確かにそうだねぇ」

 

 たははと苦笑いするゴロー。

 しかし、余裕ある対応が実にワザとらしい。

 どこまでがワザとなのか。

 どこまでが、反応を予想までした仕込みなのか、判断がつきにくい。

 それはガウェインには当然で、スプリガンすらそうだった。

 ゴローは振り返った。

 真摯な目が、スプリガンを真っ直ぐ捉えた。

 その大きな黒目に射すくめられ、スプリガンの背にヒヤリとした冷たさが昇る。

 空気が変わった。

 

「おまえさんか、オーロラなのよ」

 

 切り出した言葉は、意味はわからないが言い切っていた。

 結論から、と言うことなのだろう。

 

「氏族長が、仮に……仮にだよ。モルガンの失墜を狙ってるとして、次に玉座に座れそうなのは、スプリガンかオーロラなのよね」

「……根拠を、聞いても……」

 

 ふぅ、と一息。

 

「だって、そうじゃない。ウッドワスは氏族長で唯一の純粋なモルガン派なんでしょ? グロスターの……まぁとにかく、あの子は少なくとも表向き中立でしょ? んでもって、妖精國の戦争の歴史的に、北のノクナレアに冠は被せないでしょ? もしそれヤるとしたら、南の妖精たちの反発、トンデモないと思うしねぇ。被せるとしても、それはゴルゴダの丘で、イバラの冠ってモンだ」

「…………ずいぶん、学ばれたのですね」

「本が好きだからネ」

 

 ああ、なるほど。

 このために、キャメロットの資料室に、頻繁に足を運んでいたのか。

 

「となりゃあよ、残りは鏡か、風か、土。だが鏡はすでにいねぇモンよ。ってぇこたァ、風と土のどっちかだが……スプリガンは、()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 複数の意味を孕んだ言葉だった。

 スプリガンは、軽く、本当に微妙に顔を傾けた。

 

「となりゃア、風しかないじゃん? つまり、オーロラじゃないの。次に冠被るの。そりゃあ、不味いどころじゃねぇと思うンだよねぇ、俺ァよ」

「……なぜでしょう」

 

 スプリガンの発言に、ゴローは今日一番の驚きを見せた。

 眉を吊り上げて、目を丸くして……あんまりに大袈裟すぎて、一周回って演技ではなさそうだった。

 

「マジで言ってる、それ?」

「オーロラは、頭も口も回ります。なにより、妖精にも人間にも人気がある。まだ行ったことがないご様子ですので言わせていただきますが、ソールズベリーはノリッジ以上に人種に分け隔てがない街です。オーロラは傷ついたものは妖精であれ、人間であれ、助けます。かくいう、この私も……」

「誰のためにだい?」

「えっ……?」

 

 ゴローは沈みゆく声色のスプリガンの言葉に、容赦なく快活な声を挟み込んだ。

 それに引っ張られて、スプリガンが顔を上げる。

 

「それだよ、それ。オーロラは誰のために、ナンのために、優しいんだい? なンで美しいんだい?」

「そ、それは……」

 

 女王モルガンを打ち倒すため。

 そう言おうとして、言い詰まった。

 自らに問いかける。

 まて、よく考えろ。と。

 そして、気づく。

 

 私は、なぜオーロラがモルガンを倒したいのか、知らないのではないか?

 

 輝ける妖精。

 美しい妖精。

 力強く、古き妖精。

 誰にとってもそうだ。

 オーロラは寛容で、優しく……

 

 しかし、

 

 あっ。

 スプリガンは、口をぽかんと開けた。

 彼にしては、凄まじく間の抜けた顔だった。

 ガウェインが戸惑いを見せた。

 ゴローが、ニヤリと太い笑みを浮かべた。

 

「まさかあの女……自分のためか……」

 

 なぜ、気づかなかったのか。

 わかっていたのに、気づかなかった。

 

 しかし、オーロラは妖精(バケモノ)じゃあないか。

 

 

2.

 

 

 密会を行う三人。

 その様子を、始まりからずっと、見ているものがいた。

 

 女王モルガンである。

 

 彼女は、ゴローの動きを常に、気を張り詰めて監視していた。

 彼がどこにいるのか、探すのは楽だった。

 彼が妖精國に現れてからと言うもの、この國にモルガンが検知できない『空白』ができたからである。

 それは、人間大の大きさで、真っ白い空間である。

 方々に移動する、ぽっかりと空いた穴。

 モルガンの魔力を反射せず、消し去ってしまう『力』の塊。

 

 ──すなわち、ゴローである。

 

 鏡に映る光景をじっと見る。

 気づいているな……というのが、率直な感想であった。

 ゴローは、こちらの視線に気づいている。

 その上で行動しているのだ。

 だが、いかんせんそれは空白である。

 で、あるからか、なにをしゃべっているのかまでは聞き取れない。

 声を拾えないのだ。

 声すらも、空白なのであった。

 恐ろしい力である。

 ただそこにいると言うだけ。

 それだけで嫌と言うほどわかってしまう。

 姿が見えず、言葉がわからないので、妖精眼すら役に立たない。

 だから、ゴローに関しては、自分の直感を信じるしかない。

 最も、今回の場合表情が素直なガウェインのおかげで、ある程度何を話しているのかはわかる。

 

 ナイス、ガウェイン。

 流石は私の忠臣だ、褒めて遣わす。

 妖精眼抜きだと、ぶっちゃけ、私の直感など全くアテにならないからな!

 だって、経験上。

 直感がマシだったことなんてないんだもん。

 自信なんて、ないんだもん。

 

 ふぅとため息をひとつ。

 この部屋にはもちろん、モルガン以外誰もいない。

 見られるわけにはいかないからだ。

 弱音とも取られる振る舞いを、誰にも。

 私は無慈悲な女王モルガン。

 戴冠式のあの日以降、バーヴァン・シー以外の全てに対して、そう在ることを誓ったのだから。

 

 予言の子。

 ふと、頭をよぎる言葉。

 大体のことは、理解している。

 過程はどうあれ、ブリテンは滅ぶのだ。

 だって、私には、キャメロットの背後に位置する大穴から、ずっとずうっと、うめき声が聞こえている。

 

 ──お前たちを許さない。

 

 それは、怨嗟の声である。

 灰暗い穴の底から、それはずっと響いている。

 そろそろ限界だ。

 出発したら、歩き続ける限り、必ず終点に辿り着く。

 それが徒歩か、馬車か、あるいは空を飛んでか、その程度の違いはあるだろう。

 逆に言うと、違いはそれだけだ。

 変えられるのはそれだけしかない。

 どうあれ、終点は訪れるのだ。

 

 だが、今は救いが見える。

 曇り空、吹雪の空。

 冷たくて、誰もいなくて、咽び泣いた空の下。

 泣いて泣いて、空を見上げたら、いつしか星は見えなくなってて、また泣いた。

 泣き疲れて立ち上がり、血を凍らせて歩いてきた。

 だけど、

 だけどね。

 私の目に、やっと、あの時見えていた星が見えたよ。

 星が、輝きを取り戻したよ。

 まだ、小さな小さな光だけども、今はちゃんと見えています。

 ……ちゃんと。

 気のせいでなければ……うん。

 

 ゴロー。

 外から来た男。

 汎人類史はおろか、さらにその『外』から来た男。

 人間でありながら、神に等しい力を持つ男。

 予言とは全く無関係の、星の内海の妖精たちですら、予想だにしなかった『来訪者(ストレンジャー)』。

 

 何かが変わる気がする。

 何かを、変えられる気がする。

 彼が来てからと言うもの、毎夜毎夜。

 眠れないほどに、モルガンの胸は激しく波打っている。

 

 三人が、金庫城から退出していた。

 門の前で、ゴローはスプリガンと握手を交わしている。

 深く深く微笑み合う二人に対して、別れ際に至ってまだ、ガウェインは若干戸惑いを見せていた。

 

 お前ずっとその顔だな、今日。

 まぁ仕方ないよね、許すよ。

 むしろ代わりに行ってくれてありがとう。

 本当に感謝しかない。

 お前にゴローの世話役を命じて本当に良かった。

 ランスロットやトリスタンではこうはいかなかっただろうし、絶対に。

 特にトリスタンだと、ちょっと無理が過ぎただろうし、うん。

 

 うんうんと頷いて、力が抜けて、モルガンは玉座の背もたれに思いっきり自分を預ける。

 

 今日は、ちゃんと寝よう。

 いい夢が見れるかも知れない。

 

 そう思いながら、静かに息を吐いて、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予言の子、アルトリア・キャスターが現れる、約一年前の話である。

 




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