【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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第二話:心のないやさしさは 敗北に似てる

 

0.

 

 

 ある日の深夜のことであった。

 寝静まったノウム・カルデア。

 施設内の環境を保つための照明その他機器がこぼす、静かな光と機械音だけが空間に満ちる時間。

 この時間に活動しているものがいるとすれば、何人かの当番スタッフと、気まぐれに実体化しているサーヴァントぐらいである。

 

 今日は、スカサハもそのひとりであった。

 なんと無しに目が覚めた。

 なんと無しに歩いていた。

 理由はない。

 強いていうなら、歩きたくなったからだ。

 なんとなく、身体を動かしたくなっただけだ。

 だが、深夜にシュミレーターは動かせない。

 夜間に働くスタッフたちは、あくまで自分たちに必要な仕事をしているだけである。

 スカサハは、いちサーヴァントの気まぐれで、彼らに余計な仕事を増やしてしまっては気の毒だと考えていた。

 

 だから、ただ歩いている。

 廊下を。

 どこに向かうでもなく。

 こうして夜になると、世界が変わって見えるものだ。

 最小限の電灯だけが、うすら暗く廊下を照らし、自らのゆく先を示している。

 それを楽しむ度量を、今日の彼女は持っていた。

 この闇の世界を、スカサハは嫌いではなかった。

 もとより影の国を治めるものとして在る身の上、闇の占める割合の高い世界は、馴染みあるものだった。

 というよりも、生来のスカサハはこの闇のように静かな人物であった。

 人理焼却などという世紀の珍事に合わなければ、カルデアに召喚されることもなく、マスターの影響で感情の起伏がこうもくっきり浮かぶことはなかっただろうと、我ながらに思っている。

 不幸中の幸い──というには、些か不謹慎がすぎるか。

 

 く、と微笑みが溢れる。

 軽妙な色を浮かべるそれは、闇の世界に浮かび、月明かりの中にさりげなく存在を主張する黒曜石のような艶があった。

 クー・フーリン(セタンタ)がいたのなら、なんと言っただろうか。

 

 『誰も見ていないのだから、大きく笑ってもいいだろうに』

 

 などと、案外気の利いたことを言いそうである。

 少し呆れながら、少し、照れくさそうに。まざまざと浮かぶ。

 それを脳裏に想うと、また、くすりと笑みが溢れた。

 それだけで、その愛嬌に空気が震えるようである。

 全く持って、スカサハという魔性であった。

 ことここにおいても、彼女の可憐さと妖艶さは、健在にして磨かれてさえいるようである。

 

 ふと、人の気配があった。

 というより、空気に混じって漂うものは、もっと直接的な強い力であった。

 練り上げられた闘気が、空気の皮一枚に掠れるように被さるようにして流れてくる。

 おそらく、スカサハでなければ気付かずに通りすぎる程度に薄い。

 圧は濃縮されているが、気配は希薄極まる。

 ──矛盾する事象であった。

 戦うために練り上げる力を、しかし、歴戦の勇姿にすら気取られぬように張り巡らせている。

 気配遮断の一環だろうか。

 だが、これほどの練度はそうそう身につくものではない。

 スカサハは興味を覚えた。

 これほどの練功を積むもの──誰がいる?

 世界に溶け入るほどの練度を持つもの──何がいる?

 李書文、あるいは山の翁か。

 しかし、前者はともかく後者はないか。

 深夜とはいえ、ノウム・カルデアで()()()()()()()を行うほど、彼の神秘性は世俗にはない。

 

 とはいえ、ここはカルデアだ。

 誰がいて、何がいてもおかしくはない。

 だから考える、考え付かぬ強者を。

 ゆえに考える、先に在る強者を。

 ただならぬ未来を夢想する。

 考えることが楽しいのであった。

 

 そうして、スカサハは気づくと食堂の前に立っていた。

 流れる闘気に遡り、足に任せて歩んだ先がここだった。

 ひょい、と覗き込む。

 

 そこに──太い男がいた。

 

 

0-1.

 

 

 何をしているのか。 

 まず、()()はなんなのか?

 

 思考を巡らせる。すぐに思い当たる。

 あれは、ゴローとかいう『超越者(ビヨンダー)』だ。

 ブリテン異聞帯で、カルデアと共闘してみせたという全能者。

 飄々とした立ち振る舞いにすら、適度な隙を見せて駆け引きを要求する『最強者(いとつよきもの)』。

 

 彼は、いつも被っているバンダナを目深く被り、耳にも詰め物をしているようだった。

 部屋の電気は当然落としている。

 テーブルとイスもそのまま。

 本来出来た料理とそれらを結ぶ、少し開けた空間にいる。

 暗く、無音の世界。

 中腰──腰を落としている。

 重心がずいぶん下にある。

 足は肩幅より少し広げて、直角よりやや広い角度をつけて膝を曲げている。

 背筋はまっすぐで、アゴを引いている。

 首と僧帽筋の中に、顔がすっぽりおさまっているようだ。

 両腕を胸の高さに揃えて、胸の中に輪を作り、さらに手のひらでも球状の何かを掴むような形を作っていた。

 耳を傾ける。

 届く音が小さい、つまり、呼吸が浅い。

 口をほぼ閉じている。鼻から薄く息吸い、口から細く出して呼吸しているのだ。

 およそ、見た目の筋量を動かすには、取り込む酸素が足りないどころではないだろう。

 

 彼は、ゆらりと足を動かした。

 幽鬼のような動きであった。

 地から足を剥がし、浮かせ、また、地に足を乗せる。

 足を乗せた上で、自重をかけている。

 地を掴むような動作であった。

 面白い動きであった。

 スカサハは、ほうほうと見入っていた。

 確かに、あれは力を込めて地を踏んでいる。

 だが、先に足の裏が万全に着いているために、自重を乗せてもそこから生じる力が外に広がらない。

 故に、音や衝撃などは一切立たず、その大きさと重さがそのままに、空気を掻き分けるようにゆらりゆらりと動いていく。

 荒々しく俊敏に地を蹴って走る、ケルトの勇士たちが戦場を駆ける時のそれとは真逆の歩法であった。

 

 なるほど、だから、彼には普段から足音がないのか。

 仙術の類か?

 なんにしても面白い。

 

 彼は、ゆらりゆらりと歩みながら、それに合わせるように緩やかに腕を動かしている。

 肩から肘、肘から手首までを緩やかに、優しく。

 しかし、そこから手を伸び切る瞬間だけ、強く弾くように動かし、指先までを激しくしならせる。

 これもまた、余計な衝撃が一切発生せず、音もない力の発露であった。

 ボトルキャップを外すように、肘から手首を対象的にねじりながら、外に向かって広げていく。

 広背筋が縮まっては塊となり、それがほぐされて引き伸ばされ、緩やかに伸びゆく長くて太い指先へと力の流れが伝わって、別の生命のように体外にもうねりを産む。

 ゴローの大きな身体が、いっそう大きく見えた。

 気のせいではない。本当に大きくなっている。

 

 ふわり、

 

 音にするなら、柔らかいそれだ。

 岩のような身体から伝う、羽の舞う音。

 伸ばした指先から、ゴローの力が染み出して広がり、食堂全域を包んでいく。

 彼の世界。

 彼の領域。

 固有結界と言うには頼りなく、

 神の『我が世』とするには儚さが過ぎる。

 空間に薄膜と形成される力の帯が、スカサハの目に見えるようだった。

 

「左から──」

 

 ゴローが言う。

 

「お醤油、五センチ行ってボトルのソイソース、二センチ隣にマリーンと藤丸くんのつまみ食いで三切れ減ってるゴルドルフさんお手製のホールケーキ生クリーム苺乗せ」

 

 彼から向かってその向き、その距離。

 その言葉通りのものがテーブルに並べられていた。

 感知訓練か、これは。

 いや、それだけではなさそうだが……

 

「その隣に『英知の結晶』の予備で、その隣がテディベア。そこから六〇センチ先にスカサハ──……ン? スカサハぁ?」

 

 疑念混じりの声に呼ばれ、スカサハはこれ観念とばかりに食堂内に踏み込む。

 足音はなかったはずだが、ゴローはスカサハの歩みに合わせるようにバンダナをあげた。

 

 目が合う。

 

 噂に聞く、黒い引力を秘めた目が見下ろす。

 だが、それ以上に、スカサハの意識はむせかえるような熱と匂いを感じていた。

 よく見ると、ゴローは汗だくであった。

 額から、頬から、首から、腕から、露出範囲の全てから滝のような汗が流れている。

 吐き出す息が分厚く、呼気の感覚が短い。

 身体中の肉が、質量を持つほどの熱を放散させ、赤みがかった皮膚いちまいの下で、血の巡りに呼応して脈動しているのが、イヤでもわかった。

 相対すると、山のような迫力がある。

 いや、彼に相応しい喩えは、その肉が内包するものは、

 星や銀河──宇宙(ソラ)そのものなのだろう。

 

 だが、喩えるものがなんであれ、それは戦士の身体であった。

 放たれる熱は変わりない。

 

 濃厚な──()の匂いであった。

 

「おいおいムニエルくん。人除けの結界とか張ってたんじゃアなかったのかい?」

「いやいやいや、待ってくれよゴローさんよ! サーヴァントは計算外だよ、マジで。ましてやスカサハクラスを退けるモンなんか、カルデアの全リソース使っても作れるかどうか……」

 

 ゴローの傾けた視線の先に、ムニエルの姿があった。

 慌てていた。

 ゴローはやれやれと目を閉じて、

 

「まぁ、しょうがねェか」

 

 と熱い息を吐いた。

 

「すまんな。この鍛錬、秘中の秘であったか?」

「いや、別にそンなんじゃないけどねぇ」

 

 彼が、太い腕で額の汗を拭う。

 その所作ひとつで、喉が鳴る思いであった。

 

「『最強者(いとつよきもの)』が、実はひっそり鍛錬してるってバレちまうの……カッコわりィじゃないの」

 

 普段から、余裕綽々でいたいじゃない。

 クールでさ、飄々として──理不尽に強い!

 

「そーいう存在でいたかったンだけどねぇ……」

 

 スカサハは、なんだそれは。と思い、

 

「なんだそれは?」

 

 と率直に口にした。

 呆れる心がフィルターを通さず明け透けに出てしまった。

 たはは、とゴローは笑った。

 

「まァ、俺もオトコノコって話さね」

 

 汗を拭い、にこりと白い歯を見せた。

 どこまでも爽やかであった。

 

「すげえわかるわ、それ。人の前では澄まし顔でめちゃくちゃ優秀なんだけど、裏ではめっちゃくちゃ努力してる秀才型ってヤツ。コミックブックのイケメンライバルキャラみたいな」

 

 憧れちまうよな〜そういうの。

 としみじみムニエルが言うと、

 

「おまえさんはまずハラ引っ込めなさいな」

 

 おまえさんが優秀なのはわかりきってるけどよ、()()()()()()()()()()もっとかっこいいぜ、おまえさんは。

 とゴローが言った。

 天邪鬼に笑いながら、それだけに毒のない口調であった。

 むむ、とムニエルは一瞬苦い顔をしたが、正誤の秤を己に問いかけたのか、ひと間をあけて、

 

 ま、それもそうだよな。

 と言って笑った。

 

「なンなら、トレーニングでシュミレーター、一緒に使うかい?」 

「それはいい案だ。確か、前にキャプテン・ネモもスタッフの運動不足を嘆いていたな。どれ、儂がひとつ揉んでやろうか?」

「絶っっっ対お断りします! てかそっち側の訓練に付き合わされたら痩せる前に死ぬってーの!! おっさんの言葉借りるけどよ、ふくよかさは豊かさの象徴! ……()()()()()()にしといてくれよ、頼むからさ」

 

 ふふふ、とゴローはお茶目に笑っていた。

 わかってるって、言ってみただけさね。

 とでも言うような顔であった。

 スカサハも微笑みの表情ではあったが、こちらに浮かぶのは冗談なのかマジなのか判断がつきにくい、戦士らしい妖艶さであった。

 

「そうそう。俺、明日師父と比武──組み手すンだけど、せっかくだしスカサハさんも見に来るかい?」

「おや、超越者じきじきのお誘いときたか。誘い文句の華のなさはともかく、これは乗らねばソンというものだろう」

 

 しかし、とスカサハ。

 

「おぬしと李書文では、地力が違い過ぎるであろう?」

「あ、その辺はね。上から目線でめちゃくちゃ恐縮なンだけど、俺が師父に合わせるっていうか……比べるのはあくまで『武』のレベルであって、パワーじゃないのよね」

 

 武技も突き詰めるとダンゴだからねぇ。

 そっから一段二段と抜けていくのが才人の在り方なンだけど、師父は基本そっち側のヒトよ。

 だから比べ甲斐があンのさ。

 

「ほう──では、儂はどうだ?」

 

 瞬間、空気がひりついた。

 スカサハの言葉には微かな殺気が混ざっていた。

 血液を濃縮したような瞳が、挑発的に瞬いている。

 ゴローの黒くて『引力』を秘める眼を、真っ向から見返している。

 情熱的で、冷徹で──戦士の眼であった。

 ムニエルが、口内に溜まる唾液を飲み込めなかった。

 喉を鳴らせば、それが()()()()()と思ったからだ。

 

 しかし、

 

「──ぷっ」

 

 と、ゴローの第一声は、見事にスカサハの殺気をすり抜けた。

 気の抜けた吹き出し──笑い方であった。

 

「……ふ」

 

 と、それを責めるでも苛立つわけでもなく、スカサハもまた、呼気と共に殺気を収める。

 

「こやつめ。うまいこと間を外すものよ」

「いやァ、逃げるが勝ち……ってコトもあるさね。逃げ足上手は勇み足の無謀より役に立つモンさ」

 

 笑い合う二人、空気は若干重い。

 だが、この場で一番ほっとしたのは間違いなくムニエルであった。

 

 

1.

 

 

 時空の狭間にある微小特異点群。

 空は快晴、海は蒼海。波はせせらぎやや強め。

 風は、ほんのりと潮の香りが鼻を突く、糸のようにほどける爽風。

 気温は常に、春と夏の間を保つ。

 粒揃いの島が並ぶ仮想の琉球世界。

 

 カルデアはこの世界を『南溟』と命名する。

 

 江戸平定の時代に、曲亭馬琴の書いた『南総里見八犬伝』の逸話に沿った世界であった。

 カルデアは、次元を超えてストーム・ボーダーを襲撃した『矢』がここから放たれていたと特定し、何名かのサーヴァントと共に藤丸立香を送り込んだ。

 

 曲亭馬琴──を宿している土岐村路をともなって、八犬士たち全員を探すことを当面の目的し、新たに上陸したのは上野(こうずけ)の島。

 島の中央にはいっぱしの街並みがあった。

 日本家屋の家々の姿やさまざまな売店なども存在したが、そこに住まうは異形の怪異怪虫たちであり、人らしき姿はない。

 

 藤丸一行は人気のなさそうな長屋を見つけ、そこで話をすることを決めた。

 霊体化してもらったヘシアン・ロボに島の見回りと偵察を頼み、岡田以蔵と葛飾北斎、曲亭馬琴には八犬士を抱かせて移動する。

 

 そして、長屋に入り、ふわりと美味しそうで暖かな匂いを嗅ぎとり──疑問符を浮かべるのと同時に、藤丸たちはそこにいた()()を見て、眼を見開いて驚愕しまくった。

 

「──やあ、久しぶりだねカルデア諸君! 私だ、キリシュタリア・ヴォーダイムだ!」

 

 キリシュタリア・ヴォーダイムとカイニスがいた。

 二人は着物に身を包み、髪を結っている。

 自在鉤にかけられた煮込み鍋を囲んでいた。

 良い香りの正体は鍋であった。

 山菜がふんだんに盛り込まれて、コトコトと小気味の良い音を奏でている。

 

「な、な、な!? なんであんたがここにーーー!?」

「ふっふっふ。どうだい藤丸立香、私の着こなしもなかなかのものだろう?」

 

 すくっと立ち上がり、くるりと一回転。

 女の子か! と藤丸は突っ込んだ。

 カイニスははぁ、とため息をついた。

 おそらく、ここに至るまでに存分にツッコミを入れて疲れ果てたのだろうと察せられる。

 キリシュタリアは白に近いグレーの着物に、赤紫の帯を巻いたシンプルな装いであった。

 髪はツヤっツヤのポニーテールである。

 肌もキューティクルの効いたツヤっツヤである。

 喜びがそのまま健康に変換でもされているのか……

 女子か!

 と藤丸立香は再び心中で突っ込んだ。

 しかもめちゃくちゃ似合っている。

 これだからイケメンは!! 血涙を流したい!!

 

「ってちょっと待ってくださいまし!!」

 

 呆然とした曲亭馬琴が誰かを尋ねる前に、慌てて霊体化を解いて身を乗り出し、玄関の段差に躓いて顔面から床にダイブしたのがバーゲストであった。

 ゴン! と容赦のない音が鳴る。

 しん、と静まり返った。

 かばりと、バーゲストは打ちつけた顔を真っ赤にさせて立ち上がった。

 

「あ、あ、貴方がここにいるなら、彼も──」

「ただいまー」

 

 と、あっさりその背後から、その彼は現れた。

 

「──────ご……!」

「おんや、バーゲストかい。おまえさんも来てたのか」

 

 おひさだねぇ。と朗らかに言った。

 何事もないように。

 その手に包みを持って、キリシュタリアたちと同じく着物を着込んだゴローであった。

 

 

2.

 

 

 全員で鍋を囲んでいた。

 ゴローが持っていた包みは、味噌とうどん麺であった。

 

「味噌、あったのかい!? へェ〜こいつァ旨そうじゃねぇか!」

「そりゃア味噌ぐれェあるさね。いや、この世界的に当然かもだが、めちゃくちゃ高かったけどねぇ」

 

 鍋に味噌と米とを入れて、さらには藤丸たちが道中手に入れた木の実なども水で洗い、柔らかく下揃えをしてとろっとろになるまで煮込む。

 木の実や野菜の甘みが汁に溶け出し、たちのぼる湯気がまた甘く、イヤなぐらいに空腹を誘う。

 ゴローがどこからか取り出した椀を全員に振り分け、熱が全体に通るように満遍なくおたまでかき混ぜていく。

 見ているだけで、食欲が湧き立つシロモノであった。

 

 こんなことをしている場合ではないと、カルデアの面々は重々承知である。  

 いや、確かに栄養補給はしようと考えてはいたが、ここまでどっしり腰を降ろすとは。

 しかし、ゴローに八犬士を探している旨を伝えると、

 

「いやァ、焦る必要はねぇさ」

 

 と軽くぶった斬られてしまい、その理由を尋ねると。

 

「ワンちゃんなら、御触書出とったし、そのうち向こうからアクションあるよぅ」

 

 と再びぶった斬られた。

 

「藤丸……解決を焦る気持ちは、私にもよくわかる。しかし、『腹が減っては戦はできぬ』とは日本の諺にもあるだろう? 気力と体力が空っぽのままでは、イザという時に踏ん張りが効かなくなってしまうものだ」

「あー……気にすんな藤丸。コイツ味噌鍋食うの初めてだから、めっちゃ早く食いたいだけだからな? カッコつけてるがマジで食い意地張ってるだけだからな?」

「ひどいなカイニス! 私は食事の戦略的価値を説いているだけで──」

「へいへい、一番によそってあげるからね。キリシュタリアくんは椀をかしてちょうだいね」

 

 そして、もそもそと揃って、

 

「いただきます」

 

 と、みんなで食べ始めたのであった。

 

 

3.

 

 

「美味しいですわ! お、美味しいですわっ……!」

「いや、美味ェなアおい!」

「琉球味噌ち言うんががこれ、ちと甘いのぅ」

「基盤の時代的に、要は蘇鉄味噌だからねぇ。岡田さんトコは江戸時代の土佐だっけか? 土佐の味噌ってなんじゃろかい?」

「おうち。じゃけどの、わしは出身こそ土佐じゃが、わしが満足に飯を食えとったんは土佐勤王党におった時期じゃけ、生前食った味噌はほとんど江戸のもんじゃきにわからんわ」

「ヒトに、歴史有りだねぇ……」

「…………」

「おい、キリシュタリア? どうしたさっきから手が止ま……こ、こいつ、あまりのうまさに感動しすぎて気絶してやがる……!?」

「ロボちゃんにゃア、粥にしたヤツをあげようがねぇ。ちょいと持ってってやるかね」

「あ、だったら私も行きますわ」

 

 と、各々の箸は進み……

 

「シメのうどん食べるヒトおるかい?」

「わ、わしはさすがに腹いっぱいじゃき、もういらんわい」

「いやァ! さあばんとは飯食わなくても良いとはいえ、うまいもん食べるとやっぱ()()()()()()上がるなァー!」

「あ、オレはいりますもらいます! めっちゃ食べたいです!」

「じゃあ、私もいただこうかな?」

「まて! オマエは食いすぎだ! テメェの身体を考えろっての!!」

 

 と、シメのうどんまで綺麗に平らげたのだった。

 

「ふぅ、ごっそさん」

「ごちそうさまでしたー……って!」

「大変おいしかったですわ……じゃなくって!!」

「そうだよ! そういえばなんでゴローさんたちがここにいるの!?」

「そうですわ! 今までどこに……!?」

 

 藤丸立香とバーゲストがゴローに詰め寄った。

 ゴローたちとしてはその辺、ご飯食べながら話すつもりだったが、予想以上に美味しすぎて全然会話(トーク)ができていなかったのだった。

 

「あれェ? 言わなかったっけ? 俺、図書館返しに来たンだよ」

 

 その言葉を聞いたバーゲストの落ち込みようは、中々にスゴいものであった。

 

 

4.

 

 

 ゴローはビー玉ほどの光る球を藤丸に手渡した。

 曰く、この中に紫式部図書館がまるまる保管されており、紫式部に渡して欲しいとのことだった。

 

「いや、それは分かりましたけど、ゴローさんたち今どこにいる……というか、どこを拠点にしてるんですか!? 頼りにできる人とかいるんですか!?」

「そうですわ! 勝手にどこかに行って……い、一緒にいようって言いましたのに……! 今までどこに行ってたんですの!?」

 

 悪かったよう。

 と落ち込み気味にゴローは言った。 

 二人の正面に、見事に正座させられていた。

 藤丸の意気はともかく、バーゲストの言葉には哀しみが混ざっている。

 それが、ざくりざくりとゴローの胸に突き刺さっているのであった。

 そして、しかし、当のゴローの時々顔がほつれたように、穏やかなのである。

 その心地すら、あるいは愛おしく思っているのだ。

 だから、バーゲストはなんだかとても悔しくなって、だんだんと言葉が強くなっている。

 

「いや、その……どこに行ってたのかは、ちょっと言えねンだけどよ。南米に行こうとしてたってのは事実です、はい……」

「つまり、最後の異聞帯のことですよね?」

「うん、まあ、そうだねぇ。ぺぺさんとキリシュタリアくんと話しあってね。先に行って、デイビットの説得やってみようって結論出てねぇ」

「だったら──私も連れて行ってくださいまし!」

「…………うん、ごめんねバーゲスト。きみにだけは、相談のひとつ……ちゃんとするべきだったね」

 

 ふ、と口調から訛りが消えた。

 儚さを添えた眼で、ゴローはバーゲストを見上げた。

 たまらず、バーゲストは唇を噛んだ。

 言葉が詰まってしまった。

 

 ──ずるい。

 こういう時に、そういう声と表情をすぐに作れるのが、ずるい。

 そして、それを打算ではなく、真剣でやっているだろうことが、なによりずるい。

 だから、

 

「ダメです。許しませんわ!」

 

 と、敢えて、強い口調で言った。

 

「マイったなァ……そんな顔されちまったら、俺にゃアもう、うつ手がねェや」

 

 苦笑い。

 微笑み。

 頬をかく。

 甘くて苦い笑みであった。

 バーゲストが、ここにきてまた、初めて見る顔であった。

 まだ、そんな顔を持っていたのか。

 とことんずるい、この男。

 

「あー……事情は知らぬが、深く立ち入る気も無し、男女のただならぬ仲を邪魔する気はないのだが……」

 

 両者の言葉と心が煮詰まり始めていた時に、助け舟もとい申し訳なく言葉を挟んだのは、馬琴であった。

 かあっと、ようやく周りを見渡して、自身の言動その他がものすごいニヤついた眼で見られているのを、ようやくバーゲストは悟った。

 ゴローは、表情はジト目で苦笑いしながらも、その実耳まで真っ赤っかであった。

 

「さっきからヘシアン・ロボが、外が騒がしいと言っていないだろうか……」

 

 馬琴の言葉に、一同は様子を見に、外に出たのだった。

 




さ、三話でおわらねぇ……!
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