【完結】妖精國に落ちた超越者が、妖精騎士たちにほんの少しだけ救いを与えるお話【挿絵有り】   作:ロウシ

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前後編の前半なので短いです
実質プロレス編です


第三話:明日には笑えるように

0.

 

 

 戦士は血を好む。

 戦士は力を尊ぶ。

 戦士は狂気を好む。

 戦士は愛を尊ぶ。

 

 牙の氏族長、

 亜鈴白種、

 排熱大公、

 妖精たちが彼を語る時、その言葉には常に畏敬の念が込められていた。

 

 その名はウッドワス。

 

 女王陛下の右隣にあることを許された、恐るべき戦士である。

 その強さ、恐ろしさは先代ライネックをも悠に上回る。

 

 鋭い眼をしていた。

 鋭い牙を持っていた。

 鋭い爪を、持っていた。

 

 その姿は常に、モルガンの右隣に立つものであった。

 凛々しい姿形をしていた。

 戦場を駆ける姿はたくましい。

 炎のゆらめきのように、しなやかで激しく躍動する肉体は俗人にはない輝きを放っていた。

 鉄火の巻き起こす熱風に煽られて、戦火に逆立つ毛並みは美しくさえあった。

 振るう爪のひとなぎが、すなわち必殺の領域であった。

 ただ、ひとなで。

 それだけで、女王の敵が、数多の敵が、血の華を咲かせて地に伏せる。

 

 彼は功績を認められ、讃えられ、オックスフォード(領地)を与えられた。

 程なくして臣民は増え、領地は賑わい、独自の色を出し始めた。

 モルガンの統治下という前提を差し置いても、さながら小国の趣きを帯びていた。

 戦果ことごとく沈黙してなお、モースという、牙の氏族でなければ退治できぬ脅威もあった。

 しかし、女王の統治による平定の世が進むたびに、その力は解放のゆくさきを失っていく。

 彼の魂は彷徨い始める。

 やがて、美しくも逞しい妖精騎士たちが台頭し始め、彼は、彼の勇猛を知らぬものたちに、老害と嘲られ始める。

 それは正しく陰口に等しいものだった。

 

 しかし、領地にあってさえ囁かれるそれに気づかぬほど、ウッドワスは耄碌してはいない。

 しかし、沸々と湧き上がる怒りを、彼は決死で堪えていた。

 全ては、女王陛下のために。

 

 自らを律する。

 過去を顧みる。

 彼はヒトを真似て衣を纏った。

 肉食を克服するために、自らと臣民に菜食を課した。

 自らの内に燻る声を押し込める。

 決してこちらを振り向かぬ、愛すべき女王陛下のために。 

 

 更に時を跨ぐ。

 妖精國をかりそめの平和が覆い尽くした頃。

 彼は体内でぐつぐつと煮えたぎる憤怒の感情を、いつしかその内で腐り果てさせることに、慣れていった。

 彼は、半ば、死んだように生きていた。

 

 女王陛下のために、である。

 

 

1.

 

 

「ワンちゃんに、会えねぇモンかねぇ?」

 

 ゴローの口から唐突に出てきた言葉に、歯磨き中のガウェインは口内の何もかもをぶちまけた。

 

 朝。

 ガウェインは鏡の前であった。

 髪はまだボサボサである。

 まだパジャマを着ていた。

 櫛を片手に髪を梳かしていくが、いかんせん毛量が多いため、だいぶ手間がかかるのだった。

 かと言って、早くやろうと力任せに動かせば、髪はたやすく傷んでしまう。

 だから、いつも、髪の毛を整えることにはじっくり時間をかけるのだが、横着にもこの時のガウェインは、口に歯ブラシを挿したままであった。

 

 ゲホゲホと咳き込むガウェインの背中をさすりながら、ゴローは聞く。

 

「ワンちゃんだよ、ワンちゃん。俺、あの子に会いてェんだよなぁ」

「う、ウッドワス公にですか……ゲホッ!!」

「うん。そんなに咳き込むコトかねぇ?」

「こんだけ咳き込むことですわ!」

 

 うっとりしながら空に夢想するゴローは、控えめに言って気味が悪かった。

 排熱大公。

 オックスフォードのウッドワス。

 女王陛下の腹心にして、忠義厚き偉大な戦士。 

 老いて前線を退いたとはいえ、会いたいから会う、ができる存在ではない。

 

「いきなり言われても、私にはどうしようもないですわ」

「やっぱ、ダメかァ。まぁ、俺ァ見るからに、あの子にゃ嫌われてたモンねぇ……」

「ナカ……スプリガンは、あなたに興味がありましたから、すんなり話が出来ましたけど……ウッドワス公はちょっと……」

「だよねぇ。オックスフォードに山ほど手紙送ってんだケド。返事、一向にこないンだよねぇ」

「えっ!? い、いつのまに……!?」

「週に三通送ってるンだけどねぇ。ハァ〜……ショーシャンクみたいにゃいかないねぇ。想い届かぬは苦しきかなぁ悲しきかなァ……」

 

 恋する乙女か! 

 いや、まって。 

 ちょっと、待ってくださるかしら?

 

「もしや私に字を教えてと言ったのは……」

「ン? ああ、そりゃあね。ありゃあ、これもコミコミの話さね……うォん? なんで叩くンだ!? わっ! なンかごめん! ごめんて!! いてェッ!?」

 

 ゴローはガウェインに執拗に背中をドつかれながら、洗面台から御退場願われた。

 

「しょうがないねぇ、トリスタンに頼ンでみるかねぇ」

「ちょっとまってくださいまし!!」

 

 捨て台詞を呟いて、すごすごと立ち去るゴローの肩を掴んで、ガウェインはどっこいしょお! と洗面所にぶん投げた。

 

 

2.

 

 

「捨てておけ!!」

 

 オックスフォードの公室。

 ウッドワスの部屋。

 怒鳴り声が轟く。

 

 ウッドワスはキレていた。

 

 部下が慄いた。

 殺意丸出しの原因はその手が出したもの。

 ウッドワスの目の前には、手紙。手紙。手紙。

 全部、宛名は同じ。

 あの男──ゴローであった。

 手紙の大きさも、紙も、全部鏡写しのごとく均等である。

 便箋はご丁寧に全部ピンク色のハートマークである。

 その形が何を意味するのか、本能的に察してしまっている自分に腹が立つ! 

 とことん吐き気を催す物体であった。

 

 なんだあの男は、嫌がらせの天才か!?

 

 きっかり週に三通も、同じ時間にきっかり送ってくる。

 同じ形、同じ大きさ、同じ紙、同じ便箋である。

 おそらく内容も同じであろう。

 無駄な勤勉さが余計に腹が立つ。

 部下も部下だ。

 何度言い聞かせても、同じ時間に同じタイミングできっかり運んでくる。

 勤勉さの方向音痴か!?

 お揃いの脳みそをまとめて食いちぎってやろうか!?

 いや、牙の氏族はそういうものかも知れないが、その頂点が自分であると考えると、途端に自分で自分に嫌気が差してくる。

 

「あ、あの……読まないんですか? いい加減、ちょっとでいいので読んでみられては……」

「誰が見るかっ! 誰が読むかっ!! 封をしたままでいい、全部焼き捨てろっ!!! これから来るものも全てだ!! 紙一片も残すなよ!! いいか、一文たりとも読むんじゃないぞ!! 万が一封を切ってみろ、そんなことをしでかすやつは、この私が直々にハラワタを抉りだしてくれる!!!」

「ひ……は、はいっ!!!」

 

 怒号と共に拳を机に叩きつける。

 これで、全部で十八台め。

 わざわざグロスターから取り寄せた趣向品は、見るも無惨に木っ端微塵。

 部下はドタバタ大逃走。

 ウッドワスは息も切れ切れに、しかし血管はなんとかブチ切れる寸前で堪えていた。

 

「ふぅ──ッ! ふぅ──ッ!!」

 

 怒りを収める。

 冷静になる。

 すると、気に入らないを通り越して、いっそ恐怖を感じる。

 それが気に入らなくて、また苛立つ。

 

「うおおおおおっ!! がああああっ!!!」

 

 全ては陛下の思し召し。

 それを抜きにしても、彼我の戦力差は十分に理解している。

 彼の者。

 全能の『異邦人(ストレンジャー)』。

 決して暴力で勝てぬ相手であることは、おそらく妖精國の中ではモルガンとウッドワスが仲良く並んで一番、理解している。

 だが、納得できなかった。

 できるわけがなかった。

 気にいらない。

 全てが気にいらない。

 あのボガードより、遥かに気にいらない。

 陛下のお言葉さえなければ、この身がどうなろうとも、今すぐに喉元を食いちぎりにいくところである。

 

「あのぉ……ウッドワス様?」

「なんだっ!?」

 

 いつの間にやら部屋に入っていた部下は、ひいっ、と腰を抜かした。

 全開に近いウッドワスの殺意を受ければ、並みの妖精なら仕方のないことである。

 おずおずと、部下は言った。

 

「お手紙が、その……」

 

 ぷ つ ん !

 

「がああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

「う、うわあああああああっ!!! 違います違います! あの男のじゃ……ぎゃあああああああっ!!」

 

 この日も、オックスフォードの空は茜色。

 ただし、他の領地のそれとは、少し意味合いが違うようだ。

 

 

3.

 

 

「ようやくお会いできましたね、『異邦人』様!」

 

 妖精國の中で、ひときわ騒々しい街がある。

 色鮮やかを通り越して、いっそグロテスクの二歩手前の色である。

 ノリッジとはまた異なる複合色。

 それでも、向こうはまだ煤と鉄と金という統一感があった。

 この街は完全にバラバラである。

 それぞれの色が、ただキャンバスにぶちまけられている。

 配置も、色の混ざりも気にせずに、ただより良いと思ったものを、ひたすら重ねて塗りつけた街であった。

 その名はグロスター。

 翅の氏族長ムリアンが治める領地である。

 全て存在が均等に。

 全ての規格が平等に。

 ムリアンの妖精領域たるこの世界では、武力は役に立たない。

  

 ……もっとも、それはこの世界の規格そのものを遥かに飛び越えている、ゴローに通じるかは限りなく怪しいのだが。

 

 オークション会場の運営場。

 その上階、VIPルーム。

 そこに、ムリアンとゴロー、そしてガウェインはいた。

 ムリアンは小柄で、ぴょんぴょんしている。

 笑顔であった。

 一見すると、人懐っこい無垢な印象である。

 しかし、ゴローは、自分を見るその眼が、イヤらしい輝きに満ちているのに気づいている。

 企みのある眼である。

 ある意味、その含みの持たせ方がわかりやすいスプリガンと違い、巧妙でドロついた企みがあった。

 まるで、幾重にも絡みつく蜘蛛糸である。

 警戒網のどれかひとつに引っかかると、途端に全てが閉ざされて、永遠に解けないパズルのようであった。

 

 まぁ、そんなことは、今のゴローにはどうでもいい。

 要件はシンプルである。

 

「色々と無視されてたと思うと、正直怒り心頭な気持ちもありますが……」

 

 ムリアンはゴローの周りをぴょんぴょん飛び跳ねる。

 振る舞いは子供のように、無邪気そのものである。

 その実、品定めされてンなぁ、とゴローは思った。

 

「あなたの提案は、とても面白いので、ぶっちゃけ叶えてあげようと思います!」

「即答だねぇ。ありがたいケドさ、条件あるンでしょ?」

 

 くふふ。

 そんな音が聞こえてきそうな眼であった。

 

「はい! モチのロンです! 世の中ギブアンドテイクですよ、特にこの街では、です!」

 

 ガウェインの顔がさぁっと青ざめた。

 そんな気持ちを知ってか知らぬか、この時ばかり、ゴローの笑顔は若干、苦い色が浮かんでいた。

 

 

4.

 

 

 グロスターへの招待状。

 

 それだった。

 命つきかける部下の手から、ウッドワスの元に届いたものはそれだった。

 特別パーティの、特別なチケット。

 グロスターらしいケバケバしい便箋であった。

 普段なら、無視する。

 くだらない催しである。

 まるで興味はない。

 だが、同封されていた参列者リストを見て、その心が揺らいだ。

 

 ノクナレアを含めた現在の全ての氏族長の名が連なっていた。

 官司妖精、上級妖精の名もずらずらと並んでいる。

 妖精騎士の名も全て揃っていた。

 だが、なにより、ウッドワスの目を引いた名前があった。

 

「ボガード……!」

 

 かつての宿敵。

 かつて、鎬を削った強者。

 

 これは、行かねばなるまい。

 もし、ここで招待を断れば、妖精國中にこんな噂が流れるであろう。

 

 ウッドワスは腰抜けだ。

 強者たちの集まりに、顔も出せない軟弱者。

 ボガードに怖気付いた臆病もの──と。

 

 噂好きの妖精である。

 その日にはコーンウォールにすらその話は広がるだろう。

 それは許されざる事態である。

 ぎりり、と歯を食いしばった。

 

「何をしている! 支度だ! 馬車を用意しろ! 服もだ!!」

「えぇ……私、あなたのせいで今、死にかけてるんですけど……」

 

 倒れ伏す部下に檄を飛ばす。

 ウッドワスの鼻息は荒かった。

 

 

5.

 

 

 グロスターに着いたウッドワスは、ムリアンの使いに導かれた。

 

 暗い部屋だった。

 なんだここは、と尋ねると、お進みください、とだけ帰ってきた。

 仕方なく、前に進む。

 暗い。暗い。

 まだ暗い。

 あるけどあるけど、光はない。

 いい加減、イラついてきたところで、ウッドワスの頭上から光が降ってきた。

 

『レディース……エーンド……ジェントルメェ〜ンン!!!』

 

 やかましいアナウンスが響いた。

 無機的にやかましいそれを聴いて、ウッドワスは今、自分がどこにいるのかを察した。

 

『さぁさぁ皆さま! 皆様の眼前におわすお方こそ、女王陛下の牙! 妖精國を支え続けた鋭い剣! 排熱大公ウッドワス様でございます!! おしみない拍手を!!!』

 

 会場全体の明かりが灯る。

 スタジアムだ。

 ウッドワスは、スタジアムの真ん中にいた。

 

「なんの真似だ!? ムリアン!!」

 

 怒号を飛ばすが返事はない。

 羽虫ごときが、このオレを見せ物にするだと……!?

 よくもやってくれる! 

 この屈辱……バラバラにするだけでは済まさんぞ!!

 

 憤るウッドワスの向かい側、スタジアムに登る者がいる。

 その尋常ではない気配に、ウッドワスの視線はたちまち集中し、言葉は失われた。

 

 大きい──男であった。

 

 分厚い肉をまとっていた。

 シャツを脱ぎながら、男はスタジアムの中心──ウッドワスの目の前に歩み寄る。

 悠然とした歩みであった。

 自らの強さに、曇りない自信を持っている歩き方である。

 正中線が全くブレていない。

 その視線は真っ直ぐに、ウッドワスだけを見ていた。

 

「貴様かあっ!! 『異邦人』!!!」

 

 ウッドワスの激昂。

 それを、太い男──ゴローは、太い笑みで受け止めた。

 

「なんの真似だ!?」

「けんかだよ」

 

 シャツを脱ぎ捨てて、上半身が露わになる。

 太い肉が、熱を持っていた。

 ゴローの体は大きい。

 しかし、太さはともかくとして、ウッドワスの方が高さは抜けて高い。

 

 にもかかわらず、遠近感が狂うほどに、ゴローは大きかった。

 ウッドワスと比べても、全く迫力負けしていない。

 それは、すし詰めの観客たちも、目の前のウッドワスも感じとったことだった。

 

「おまえさんと、ケンカしたくてねぇ。したくて、したくて、でも、全然応えてくンないんだモン。いい加減ガマンできなくてさぁ……」

 

 舞台、作っちゃった。

 

 舌を出して、お茶目に言った。

 ウッドワスは、怒り半分、困惑が半分であった。

 

 何を考えているんだ、こいつは──?

 

 全く同じ思いを抱えている存在がいる。

 それは、観客席にいるガウェインであった。

 わざわざおめかししてVIP席に座るトリスタンも、現実離れした眼下の景色に唖然としている。

 

 マジでやりやがった……あいつ、マジでやりやがったよ……

 

 と呆然としていた。

 

「だから、ケンカだよ」

 

 ゴローは指を絡めて、前方に、後方に、くっ、くっと腕を伸ばす。

 あっけらかんという言葉すら、熱を持っていた。 

 ウッドワスにも、観客にも感じられるほどの熱量であった。

 

「タマっているモンがあるんだろ? ぜぇんぶ、受け止めてやろうと思ってねぇ。ここなら、おまえさんと、俺の力の差も、だいぶ縮まると思うからねぇ。なにせ、俺がムリアンのルールに、合わせてるからねぇ」

 

 にこにこと笑顔である。

 屈伸を終えると、ウッドワスの目と鼻の先に、すっと立った。

 

「さぁ、けんかしようぜ?」

 

 ゴローの拳が固められていた。

 ごろりとした、岩──

 

 いや、鉄の塊のような拳であった。

 

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