聖闘士星矢~クリスタルエレジー~Final Edition 作:水晶◆
この世に邪悪がはびこる時、必ずや現れるという希望の闘士――
その昔、戦いの女神アテナを常に守る少年たちがいた。
彼らは、アテナの聖闘士と呼ばれ、己の肉体だけを武器として戦った。
その拳は空を引き裂き、その蹴りは大地を割ったという。
そして、今。
真の勇気と力を持った少年たちが新たな聖闘士として蘇った。
日本が、いや世界が誇るグラード財団。その財団が総力を結集して作らせた物が、現代に蘇った古代の闘技場と呼ばれるグラードコロッセオ。
そこで行われたのは、超常の力をその身に宿した
その名も
世界各国が注目する一大イベントであったが、暗黒聖闘士と名乗る者たちの乱入に始まるトラブルにより、現在その興行は一時中止となっている。
とはいえ、世界に誇れるレベルでの、目を見張る建築物である事に変わりはなく。
銀河戦争の再開に関するアナウンスもなく、人々の口にする話題からも徐々に関心が薄れつつある頃。
その威容を一目見ようと、夜中であっても、こうして彼らのようにコロッセオへと向かおうとするものは多い。
「タクシー呼べよ~」
「たまにゃ運動しろよ! お前最近腹がでてんぞ?」
二十代前半から三十代半ば頃であろうか。
比較的年代の近い彼らは同じ職場で働く同僚であった。仕事を終え、気の合う同僚たちと飲みに行き、そう言えばと銀河戦争について語り合い。
「なあ、ここからなら30分も歩けば着くんじゃないか?」
それを言い出したのが誰であったのか。切っ掛けが何であったのか。
「お? 戦争か? やんのか? おれのペガサス流星撃が火を吹くぜ?」
「ハッ、素人め。撃じゃねえよ、拳だよ、拳。流星拳だ」
「いや~、あれはさすがにトリックだろう?」
「馬っ鹿、そんなチャチなモンじゃねえっての!!」
「いつ再開するのかね~? お、タバコ1本くれよ」
まあ、どうでもいいかと。
彼らは酔いの回ったまま、高揚した気分のままに、グラードコロッセオへと足を向けていた。
そうやってたわいのない話をしながら、しばらく歩いていたのだが――
「……ん~~?」
一人の男が、ふと周りを見れば随分と人の気配が減っている事に気が付いた。
「……どうした?」
「いやぁ、なんか随分と周りの人が減っているような……」
等間隔の街灯に照らされる舗装された道路。
遠くには、眠らない街と呼ばれる都心の明かりが煌々としている。
「ああ。そういえば、そうだ……な? あれ?」
立ち止まり周囲を見渡せば、自分たち以外には誰もいない。
はて、と首を傾げていると、しばらく黙り込んでいた同僚の一人がこう言った。
「……なあ、ここまで来てなんだけどさ。戻らないか?」
気付けば、高揚した気分はなりを潜めていた。あるのはただこの場から去りたいという奇妙な感覚。
嫌な感じがするというか、嫌なニオイがするというか。
一人がそれを言葉にすれば、俺も俺もと後に続く。
「何か急に面倒臭くなってきたというか。なあ、戻って飲み直そうぜ?」
「……そう、だな。じゃあ、あの店に行こぜ? ほら、山田が言っていた――」
気分を切り替えるように、ことさら明るく男が言う。
それに釣られるように、同僚たちもあの店が良い、この店が良いと好き勝手に喋り出し。
「コロッセオ見学会はまた今度、ってことで」
コロッセオに背を向けた男たちは、当初の目的などまるで無かったかのように歩き出すと、やがて喧騒の止まぬ人混みの中へと紛れて行った。
無人の道路を照らす街灯の明かり。
喧騒から切り離され、しんと静まりかえったその場所に一つの影が浮かび上がる。
初めは点であった影は徐々に大きくなり、白銀に輝く鎧――
その手には、束ねられた白いマーガレットに似た花がある。
「ふぅん、ジョチュウギクみたいな物だ、なんて言うからどんなモンかと思ったが」
花の香気を周囲へと散らすように、手にした花束を振いながら、ユアンは去って行った男たちの背を見た。
「……本能的に忌避する、そういった香りを発するらしいな。耐性の無い一般人であれば、効果は見ての通り」
そう言って、ユアンの背後から現れたのは、
その手には、ユアンと同じく白い花束があった。
「向こうでの作業は終わった。これで、しばらくはコロッセオに近付こうとするものは現れないだろう。」
ゲオルクが投げ渡してきた花束を受け取ったユアンは「でもよ」と続ける。
「車は? 窓を閉めていたら香気もクソもないだろう?」
「普通の花ではないからなソレは。それに、日本の警察は優秀だ。度重なるトラブルでコロッセオへのメインの通りは封鎖されている。車が通る事はあるまい」
「さっきサラリーマンたちが歩いて来たぜ?」
「だからこうして小細工をしている。それに、永続的な効果を求めているわけでもない。一時的な人避けの結界としては十分だ」
二人がその視線をコロッセオに向ける。
氷河は気付いていなかったようだが、黙って療養所を出たことはアフロディーテに気付かれていた。
アフロディーテに呼ばれた二人は、彼から「いざとなれば使え」と、この花束の元となった種子を渡され氷河を追ってここに来ていたのだ。
「
「聖域と外界との境界にも多く植えられている。知らんのか?」
「ああ、成る程。どっかで見たことがあると思ったら」
「ちなみに、その香気をあまりに振りまきすぎると、耐性の無い者からは蛇蝎の如く嫌われ、避けられ、耐性のある者は――非常に臭い、近寄りたくない感覚に襲われる」
「うぇ!? マジかよ!?」
「10メートル以内には近付くなよ」
「んなヤバいモンを気軽に人に投げ渡すんじゃねぇよ!!」
ユアンは「うがあ!」と叫び、手にした花束をゲオルクへと叩き付けるべく振りかぶり――
ボウッ、と。
花束が青白い炎に包まれたかと思うと、その手を放して即座に後方へと跳躍する。
枯葉のように萎びた、花束であったモノが地面に落ちる。
生気を失ったソレは、砂のように崩れ去り、風に吹かれて消えて行った。
ユアンとゲオルクの頬を一筋の冷たい汗が流れた。
雑談に応じているように見えても、戦士として完成された存在である白銀聖闘士である二人。
決して油断していたわけでも、周囲の警戒を怠っていたわけでもない。
その二人が接近された事にも、攻撃を受けた事にも気が付けなかった。
「アンタらね、夜中に騒いでんじゃないわよ。全く、ご近所迷惑ってものを考えなさいな」
気怠そうな雰囲気を隠そうともせず、黄金の輝きを身に纏った男がそこにいた。
黄金聖闘、
ユアンとゲオルクが背を伸ばし、直立の姿勢でデスマスクを迎える。
聖域における階級差は当然として、今はお互いが聖闘士の正装とも言える聖衣を纏った状態。
格上に対する礼儀としては当然の行動であった。
「……かったいわねぇ。ま、イイケド。結界も張り終わったみたいだし。ほら、楽にしなさいなアンタたち」
「「ハッ」」
(だからって、はいそうですかと、できるかよ!)
内心で毒づいていたユアンがゲオルクを見れば、何事もなかったかのように、いつの間にやら、自然体でデスマスクと会話をしているではないか。
「ちょ!? おま、おまえっ!?」
「……構わない、と言われたからだが?」
「お前、社交辞令とか、色々とあるだろう? オレか? オレがおかしいのか!?」
「……面白いわねアンタたち。安心なさい、態度一つで不敬だなんて言わないわよ。あ、でも、10メートル以内には近づくんじゃないわよ?」
がああっと喚き散らすユアンを置いて、デスマスクとゲオルクが会話を続ける。
「ですが、本当に良いのですか? 凄まじく高められたキグナスの小宇宙。それが今は全く感じられません」
氷河の後を追っていたゲオルクとユアン。その二人をコロッセオの前で引き留めたのがデスマスクであった。
デスマスクは二人にコロッセオ周辺の人払いを命じたのだ。
故に、ゲオルクとユアンは氷河がなぜコロッセオに向かったのか、この中で何が起きているのかを知らない。知らされてはいない。
それでも、戦いがあったことは分かる。
青銅聖闘士とは思えぬ程に高められた氷河の小宇宙。一瞬ではあったが、それは白銀聖闘士である自分たちに匹敵、いやそれすらも超えていた。
それすらも超える巨大な小宇宙が、氷河の小宇宙を覆い尽くした。
ゲオルクにはそう感じ取れていた。
「やはり我らも中に突入すべきでは?」
それが何を意味するのか、分からない貴方ではないでしょう。
目線でそう告げるゲオルクに、ふむと返し、デスマスクが言う。
「分からないでしょうけど、青銅の坊やは死んではいないわ。あれでアイツは甘いからね。ちょっとした課外授業ってトコロよ」
さすがに、坊や相手に大人げない真似はしないでしょ、と肩を竦めるデスマスク。
「今日は警告と忠告、ってとこかしら。しかし、思ったよりも早く動いたわね。教皇かしら、それとも老師?」
その姿に、ゲオルクはデスマスクがかなり高い精度でこの事態を把握していることを悟った。
そして、その上で介入しない姿勢を見せているのには、相応に意味があるのであろうと。
「課外授業、ですか。確か、キグナスの師は水晶聖闘士。しかし、水晶聖闘士は――」
課外授業と言われ、その意味することを察しようと言葉にしたゲオルクであったが、その言葉が止まった。
「「あ」」
思わす口に出たのであろう。
ポカンと、口を開けたデスマスク。
二人の視線はグラードコロッセオの入口に向いていた。
今まさに、
「……」
「あの、いいんスか? アイツ、もの凄い勢いで中に入って行きましたけど……」
遠慮がちに口にするユアンに、どうするのかとデスマスクに目で問うてくるゲオルク。
「……余所のお宅の事情に外野が首を突っ込むもんじゃないわよ。でも、まあ、あの二人はあれで理性的なトコロもあるから、大人げない事にはならないでしょうよ」
「もとより、私のダイヤモンドダストがお前に通じる等とは思ってはいない!」
「――ダイヤモンドダストは見せ札かッ!?」
腰だめに構えられた水晶聖闘士の右拳には力が宿っていた。
振り上げられた拳が全てを呑み込む凍気の渦を生み出す。
ロシア語で冷たい竜巻を意味するその技は――
「ホーロドニースメルチ!!」
突き上げられた渾身の一撃がカミュを捉え、その身体を高々と打ち上げる。
「カミュ!!」
衝撃が、カミュの頭部から
「クヴァルツ!? お前は――ぐぅッ――!?」
巻き上がった冷たい竜巻が、黄金の輝きを包み込む。
やがて、そこにはコロッセオを貫かんと立ち昇る巨大な氷の柱が出現していた。
そうした三人の会話から数分と経たずに、コロッセオから巨大な小宇宙同士のぶつかり合いが起きた。
爆発する小宇宙と小宇宙。
力の余波が、物理的な衝撃ではなく感覚として三人の身体を震わせる。
「……大人げない真似、しているわね」
腕を組み、コロッセオを眺めていたデスマスクの頬に、つうっと汗が流れたのをユアンは見た。
「人払いをしていて正解でした。しかし、さすがに、これを隠蔽するのは難しいかもしれません」
どこか感心した様子でゲオルクが言う。
「いや、一般人の暮らす、外界で、これはマズイだろ? 隠蔽とか、そういう問題じゃないだろう?」
白く染まるコロッセオと、周囲へと吹き荒ぶ風雪の嵐。
天へと向かい、コロッセオを貫く莫大な凍気。
「「「…………」」」
無言になる三人。
コロッセオから感じられる戦いの気配は止まらない。
暫く経ち、デスマスクの視線がユアンを捉える。
穏やかで、優し気な、慈愛に満ちた眼差しであった。
「……大丈夫よ、アンタは出来る子だわ」
真っ黒に濁っていたが。
「……アンタがオレの何を知っているって言うんですか? 分かりましたよ。やりますよ。やればいいんでしょ……」
「肩ひじ張らずに気安くなってくれてうれしいわ。何か、扱いがぞんざいになっている気もするんだけど?」
「……気のせいですよ? ああ、もう、
やさぐれたユアンの肩にゲオルクが優しく手を置いた。
「それは普段からまじめに仕事をしている人間が求める事の出来る権利だな」
「ぶっ飛ばすぞテメェ」
第27話 何故、聖域に反旗を翻したのだ!?
冷え切った空気がピキリ、ピキリと音を立てていた。
吐息すら凍りつくのではないか、そう思えるほどの極寒。
氷河は、ふとここは東京ではなくシベリアなのではないかと、愚にもつかないことを考え、頭を振る。
氷壁に身を寄せながらではあったが、こうして動けるという事は、やはりカミュは自分に対して相当に手加減をしていた、という事なのだろう。
「……カミュ」
無意識のままに呟いた氷河は、その視線を正面へと向ける。
目の前に出現した氷の柱は、まるで天に向かってそびえ立つ大樹のようで。
その中心部には人の形をした黄金の輝きがあった。
それが一体何であるのか。その事実を理解することを拒むように、氷河の視線はこの光景を成した人物へと向けられた。
「……先生……」
こちらに背を向けたまま、水晶聖闘士は動かない。
氷の大樹を見つめているのであろう、その表情を窺うことは出来ない。
聖闘士となるべく幼少期より切磋琢磨し合った仲だと聞いていた。
師弟ではあったが、同時に友でもあったと。
「先生」
もう一度呼んだ。
何を言うべきか、そもそも自分ごときが何を言えるのか。
分からなかったが、何かを言わなければならないと、そう氷河は思っていた。
――しかし
キィン、と澄んだ音が鳴り響く。
踏み出そうとした氷河の足が止まる。
見れば、水瓶座の黄金聖衣のマスクが、水晶聖闘士の足元に転がっていた。
「……フッ」
水晶聖闘士は僅かに肩を竦めて見せると、足元に落ちた水瓶座のマスクに右手を伸ばす。
垣間見えたその横顔には確かな――苦笑が浮かんでいた。
何故、どうして笑みを浮かべられるのか、と。
疑問に思う氷河であったが、次いで目にした光景に思わず息をのむ。
「せ、先生!? それは!! 右腕が!? 先生の右腕が凍りついている!?」
転がり落ちたマスクへと伸ばされた水晶聖闘士の右腕が――祭壇星座の聖衣ごと凍りついていたのだ。
「随分と、あっさり受けてくれたと思ったが……」
凍り付いた右腕を一瞥した水晶聖闘士は、左手で水瓶座のマスクを拾い上げた。
「……あるいは、丁度良い機会と言うべきか」
水晶聖闘士が氷の大樹へ、その中心にある黄金の輝きへと視線を向ける。
「よく見ておくのだ、氷河よ」
大樹の中心から、光り輝く粒子が、まるで風に吹かれて舞う花弁のように広がっていく。
白に染められた世界を、黄金の輝きが照らし始める。
「これが、最高位にして最強の聖闘士」
枝葉の末端から、巨大な紐が解きほぐれ、一本の糸となるように。氷の大樹がその姿を変えていく。
「最強の中にあって、水と氷の魔術師と呼ばれるのは伊達ではない」
ほつれ、広がり、散り、輝きとなって昇華する。
「敵対する者から言わせてもらうならば」
幾枚ものガラスが砕け散るような音を立て、氷の大樹が砕け散る。
「言うなれば、理不尽の体現者」
そして、黄金の輝きが解き放たれた。
「――
対峙する黄金と白銀。
輝き舞い散る氷の結晶。
二つの輝きに照らされたそれに、氷河はここが闘争の場であることを忘れてしまう程に目を奪われていた。ある種神がかり的な美しさがあった。
「これでも、多少は腕を上げたと思っていたのだがな」
そう言うと、水晶聖闘士は手にした水瓶座のマスクをカミュへと投げ返す。
「……そう卑下するものではない。こちらも、右腕一本で済ませる気はなかった」
受け取ったマスクを装着しながら、自分の知る水晶聖闘士のままであればその程度では済まなかった、とカミュは暗に告げる。
水晶聖闘士の力量を読み違えていたと、その力を認めるものだ。
(そう。クヴァルツの一撃は確かにこのカミュに届いた。それは、つまり――)
「目覚めたとでも言うのか、クヴァルツ」
聖闘士とは、己の内なる小宇宙を燃やすことにより超常の力を発揮する。
聖闘士の位でいえば下位にあたる青銅聖闘士でさえマッハ1のスピードで動き、秒間に百発の拳を繰り出す。
中位にあたる白銀聖闘士ではマッハ2から5のスピードを誇る。
そして最高位たる黄金聖闘士。
彼らの速度は1秒間に地球を七周り半――光速である。これ程の速度から生み出される破壊力が如何ほどのものか。
つまりは、マッハの域を超えることの出来ない青銅聖闘士や白銀聖闘士とは、触れることもかなわない程に絶対的な差があるのだ。
心や精神力、生命や器量などから生み出される小宇宙。五感を超え六感を超えた、そのさらに先。
「――セブンセンシズに」
小宇宙の神髄たる第七感――究極の小宇宙、セブンセンシズ。
才能や努力だけでは決して辿り着けぬ境地。そこに至るからこその黄金聖闘士。
光速すら生み出す理不尽の体現者、それは虚飾ではなく、事実であるのだ。
「お前は、今、明確にこのカミュと、黄金聖闘士の前に立つ――戦う資格を得た」
カミュが突き出した右手に球状の輝きが生まれる。
高密度に圧縮された凍気の塊。
「そして、だからこそ、この場でお前を討たねばならん! ダイヤモンドダスト!」
様子見でもなく、牽制でもない、本気の一撃。
光速をも生み出す力によって放たれた凍気が水晶聖闘士に迫る。
「フリージングウォール!」
対する水晶聖闘士は、突き出した両手の先に氷壁を創り出してダイヤモンドダストを受け止めた。
「凄い! カミュの、あのダイヤモンドダストを防ぐなんて!!」
しかし、それもほんの僅かな瞬間。
「ああっ! 先生のフリージングウォールが!?」
勢いを増した凍気が氷壁を打ち砕く。
だが、砕かれた氷壁の向こうに水晶聖闘士の姿は無い。
水晶聖闘士の姿を見失った氷河。
カミュは違う。
その眼差しは、自身に向かってくる水晶聖闘士の姿を捉えている。
カミュがその両の手を組み振り上げた。
黄金聖衣の両腕のパーツが重なり、水瓶の形を成す。
組まれた拳から煌めく輝き。
それは、
迫る水晶聖闘士とカミュの視線が交わる。
一切の迷いのない、真っ直ぐな目だ。
カミュのよく知る、友の眼差しだ。
だからこそ、思った。
(何故だ、クヴァルツ! 地上の正義を、愛と平和を守るアテナの聖闘士としての誇りに満ちていたお前が――何故、聖域に反旗を翻したのだ!?)
過去を想い、未来を想い、今を想い、想い――迷ってしまった。
迷いは、拳を鈍らせる。
水晶聖闘士が拳を突き出した。
右の拳だ。
凍り付いていたハズの拳を握り締めている。
祭壇星座の聖衣、その胸部に白い炎が見えた気がした。
あれで氷を融かしたのか。
何だそれはと、笑い出しそうになる。
拳が迫る。
白い輝きが広がる。
幾重にも重なる氷の結晶。
隙間を縫うように光が奔る。
一本、二本、三本、氷の結晶に反射するにつれてその数を増して行く。
「――ダイヤモンドダスト・レイ!!」
光と凍気が、カミュの身体を打ち抜いた。
無人となったコロッセオを背に歩く人影があった。
月の光よりもなお眩く輝く金色を身に纏うその人影は――カミュだ。
「アンタらね、いい歳した大人が二人してはしゃいでんじゃないわよ」
後始末するこっちの身にもなりなさいな、そう言って現れたデスマスクに対して向けるカミュの視線は冷たい。
「……知っていて止めなかった者の言葉ではないな」
「あそこまでやると分かっていたなら、さすがに止めたわよ。それで、くーちゃん相手に確かめたかったことってのは? ああ、いいわ。その顔を見れば分かるから」
月の光に照らされたカミュの表情には、ほんの僅かにではあったが笑みが浮かんでいた。
「……変わってはいたが、変わっていないことも分かった。ならば、それで良い」
「殴り合って分かり合ったの? 少年漫画かしらアンタたち。人間には言葉があるんだから会話しなさいよ、会話を」
暑苦しいったらありゃしないと、カミュを揶揄るように、デスマスクが両手で首元を扇ぎ始める。
すると、デスマスクの背筋につうっと冷たい水の感触が。
「うひゃん!? 冷ッ!」
「フッ……どうだ、涼しくなったろう?」
「また氷!? くっ、この! ええいっ、同じネタをやりくさりおってからに……」
しばし弛緩した空気が流れる。
人払いの結界の効力が効いているのか、二人に近付く者はいない。
「皆――」
そんな中で、カミュが、何かを確かめるように口を開いた、
「薄々と感じている。聖域に何かが起きている、と。争いの神の復活により、今はそれどころではなくなっているがな」
見ろ、と。カミュがデスマスクに二枚の紙を手渡した。
「何よ、ラブレター? それとも果たし状? って、アンタこれ……」
「……教皇直筆の指令書だ。一つは、聖域に反旗を翻した裏切り者、水晶聖闘士を討てというもの。そして、もう一つは――」
「――
ざあ、と風が吹いた。
「わたしは一度、聖域に戻る。お前はどうするのだ?」
「エリスの件が片付くまでは戻る気はないわね。こっちはこっちで色々と面倒くさい事にもなりそうだし」
二人が夜空を見上げる。
星々の輝きも、月の光も、いつの間にか、消えていた。
まるでこの先の不吉な未来を示すように、夜空には暗雲が立ち込めていた。
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参謀長パエトンが、オレたちに新たな刺客を送り込んできた。
まったく、悪党ってのは懲りない奴らだ。
何人来ようとも、オレがペガサス流星拳で倒してやるぜ。
次回、聖闘士星矢
「戦え! アテナのもとで」
君は、小宇宙を感じた事があるか。
to be continued……?