魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。 作:個人情報の流出
加筆、修正を行いました。
「お断りします」
その巨体、一歩を踏み出せば大地を揺らし。その身に纏う暴風は、大地を捲り上げ、次々と建物を吹き飛ばす。
まるで台風の化身。いや、それ以上のなにか。生き物でありながら、災害そのものである怪物。
──人々は、それを『厄災』と呼んだ。
「アイカさぁん! これ以上、近づけません!」
「み、右に同じ!」
その厄災の正面、遠方に、少女が四人。彼女らは、厄災を倒すべくそれと対峙していた。彼女らは魔法少女。人々の住む地を荒らす厄災を討伐することを生業とする、希望の存在である。
「ユイ、モエギ! ゆっくり下がりながら戦いなさい! 前衛は突っ込むだけが仕事じゃない! この厄災が巻き込んで飛ばしてくる瓦礫を、あたしとユウナに飛んでこないように守ってちょうだい!」
青色の肩まで伸びた長髪。黒のロングコートのような衣装に身を包んだ魔法少女、アイカが、自らよりも前にいる少女二人に指示を飛ばす。
「あ、アイアイ、サー!」
「右に同じぃ!」
薄紫色のショートボブの魔法少女、騎士鎧風の衣装を着たモエギが返事をし、灰色のショートカットの魔法少女、空手の胴着のような衣装を着たユイがそれに続く。じり、じりと決して大地から両足を離さぬように、二人は後退する。そうでもしないと即座に吹き飛ばされてしまうほどに、厄災の纏う風は強い。
「あ、アイカさん、どうしよぉ……魔法弾、どれだけ撃っても全部逸れて……」
栗毛の縦ロール、青と白を基調としたドレスのような衣装に身を包んだ魔法少女、ユウナが、震える声で言う。厚い風の壁に阻まれて、魔法の弾丸が全て逸れてしまうのだ。
魔法少女アイカは歯噛みする。これは想定以上だ。6年もの間魔法少女として戦ってきたアイカだが、こんなにも規模の大きい……『大厄災』と呼べる大きさの厄災と正面から相対したのは初めてだった。
厄災の纏う風が分厚く、強すぎて、近づくこともできなければ、遠距離攻撃も通じない。そもそも、ここから遠距離攻撃しても届かないくらい本体と距離が離れているだろう。何せ、アイカたちのいる位置からでは厄災本体の影すら見えないのだ。
「みんな、落ち着いて。冷静に行動しましょう。正面からでは勝ち目がないわ。一度ここから離れて、別の攻撃手段を探すの」
そして、状況も最悪だ。ベテランと呼べる魔法少女はアイカのみ。モエギはまだ数回しか厄災と対峙していない新人であるし、ユイとユウナに至ってはこれが初陣である。
運が悪かった、としか言えない。ルーキーの多い東京チームの中で、たった今まともに戦いに出られるのは今ここにいる四人だけだった。
そして、最悪は重なる。
「……あっ!? アイカパイセン、瓦礫に挟まってる一般人が……!」
よりにもよって、要救助者をルーキーが発見してしまったのだ。
「ごめん、ユイ。この場所じゃ救助は無理よ! 早まらず、一旦離れて……」
「それは無理! ですって! あんなところで一般人を見捨てちゃったら、ボク! なんで魔法少女になったかわからなくなる!」
「待った、待て! 魔法少女ユイ!」
魔法少女ユイは正義感の強い少女だった。自ら魔法少女となることを志願し、危険な初陣にも臆さずに着いてきた。
「だい、じょうぶ、ですかっ……! 今、助け……っ!?」
勇気ある少女だった。その勇気は、この場では蛮勇に変わってしまった。
魔法少女ユイが要救助者の下へと辿り着く直前、要救助者を挟んでいた瓦礫が浮き上がり、宙を舞い、吹き飛ぶ。それは、近くにいたユイに直撃した。
「ガッ……」
「ユイちゃ……っ!」
「くっそ……!」
瓦礫が吹き飛び、風に巻き込まれそうになった要救助者は、咄嗟に動いたアイカがなんとかキャッチした。だが、風に飛ばされた大きな瓦礫は、その勢いのまま魔法少女ユイを運ぶ。そして。
そのまま壁に叩きつけられ、瓦礫と壁のサンドイッチになった魔法少女ユイの頭部が、パシャリと音を立てて壁を赤に染めた。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
魔法少女ユウナが叫び声をあげてうずくまった。無理もない。彼女は、人の死というものを初めて間近で見たのだから。しかし、戦場でそれは致命的な、命を失うほどの隙となる。
「っ……ぐっ!」
間一髪。踞ったユウナに迫る瓦礫を、アイカが体当たりで弾き飛ばす。一般人を抱えているが故に体当たりをするしかなかったのだ。右肩の鈍い痛みを無視して、魔法少女アイカは指示を飛ばす。
「モエギ! この人連れて安全圏まで撤退! あたしは、ユウナを連れて下がる!」
「あ……っ! あ、あいあい、さー……!」
動揺しながらもモエギの体が動く。アイカから一般人を受け取り、全速力の魔力飛行で戦闘圏から脱出していく。
「魔法少女ユウナ、立ちなさい! 立って! 死にたいの!?」
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……!」
ユウナは過呼吸を起こし、その場から一歩も動けない様子だ。このままではいけない。やがてもっと強くなる厄災の暴風に巻き込まれて命を落とすだろう。
「ちゃんと、立ちなさいっての、このバカ! 早く逃げないと……っ
アイカがユウナを無理矢理抱き上げ、撤退を試みる。が、抱えて魔力飛行をした瞬間、右肩に激痛が走る。そのせいでバランスを崩し、抱えていたユウナを取り落としてしまう。その隙を、厄災は逃さなかった。
「はっ、はっ……! あ゛ぁ゛っ!?」
高速で飛来した小さな瓦礫が、ユウナの背中を打ち据えて弾き飛ばす。飛ばされた方向には……学校。もしも学校の壁などに叩きつけられれば、ユウナはユイと同じ結末を辿るだろう。
「まずいっ……!」
アイカは痛みを堪えつつ、全速力の飛行でユウナを追う。
絶体絶命。たった一つのボタンの掛け違いで、魔法少女たちは半壊してしまった。
厄災は無傷。どころか、その姿すら拝めてはいない。人々の希望──魔法少女たち。その希望が完全に潰えるのも、時間の問題だった。
『緊急 警報です 双葉町にて 大厄災とされる 厄災が 発生しました 現在 花園町へと 移動しています 直ちに 避難してください 繰り返します……』
厄災が近づいている。家屋も、車も、ビルも、電柱も、木々も。進行するルート上にあるものすべてを浮かし、巻き込み、吹き飛ばしながら、ゆっくり、ゆっくりと、その歩みを止めることなく、厄災が迫っていた。
関東某所、花園中学校の屋上。花園町を一望できるその場所で、
別に、ここに居るのに大した理由はない。ただ、町に警報が響き渡ったときにふと思ったのだ。『大きい厄災と、それが町を壊す様を眺めるのはどんな気分なのだろう』と。それに興味が湧いた。体感してみたくなった。
興味が湧いたのなら、じっとしてはいられない。たったそれだけの理由で、響花は逃げるために玄関を目指す生徒たちの流れに逆らい、屋上を目指した。その結果が、今のこの状況だ。
厄災の出現を受け、花園町の人たちは一目散に逃げ出した。町はすでにがらんどう。いつもはこの時間、昼食を食べる生徒たちで賑わう屋上にも、当然ながら誰もいない。だから今だけは、たった一人で、静かに。厄災によって破壊される町を眺めていることが出来る。……と、響花は思っていたのだが。
今現在ここに居るのは、響花だけではない。先程、二名の少女が、響花のいる屋上へとやって来ていた。
一人は、青と白を基調としたフリルドレスのような衣装に身を包んだ少女。彼女は厄災に吹き飛ばされたのか、この屋上と校内を繋ぐ階段のある扉に叩きつけられてしまったようだ。それからピクリとも動かないものの、時おり呻き声を上げている。どうやら気を失ってしまったようだ。
もう一人は、黒いロングコートのような衣装に身を包んだ少女だ。右手にはシンプルな黒のステッキを持っている。吹き飛ばされてきた少女を追って来る形で、厄災のいる方から空を飛んでやって来たようで、ドレスの少女が気絶してしまっていることを確認すると、険しい顔で歯を食い縛っていた。
恐らく……二人とも、魔法少女。ちょっと変わった服装や、ロングコートの少女が手に持つステッキ、厄災に吹き飛ばされてきたであろうドレスの少女が死んでいないこと、そもそも二人とも厄災のいる方向から飛んできていることなど……裏付ける証拠は沢山ある。
ロングコートの少女、アイカは、耳元に手を当てて何かしら話しており、響花に気づく様子がなかった。響花はそれを気にせず、厄災とそれによって崩れる町並みを眺めていたのだが……。
「え、はぁ!? あんた、なにやって……! 随分前から警報は流れてたでしょ!? なんでまだこんなところにいるのよ!」
何分もしないうちに、魔法少女アイカに響花の存在が気づかれてしまう。やかましく怒鳴られて、響花は面倒くさそうにため息をつくと、町から視線を離すことなく、アイカの問いに答えた。
「厄災と、町を見ています」
「は……?」
「ですから、厄災と町を見ています。大厄災も、それによって壊される町も、滅多に見られるものではないので」
響花の答えに、アイカは絶句する。およそ正気とは思えない。そんなもの、自殺となにも変わらない。今接近している厄災は、纏う風だけで土地ごと家屋を吹き飛ばせる怪物なのだ。それを見るためにずっとこんなところに居るなんて……。
「あのねえ、あんた何考えてるわけ!? 私たち魔法少女が倒してくれるから、大丈夫だとでも思ってるの!? 警報でも、ニュースでも言ってたわよね! 今近くまで来てるあいつは大厄災。5年前、神奈川を沈没させた地震の大厄災と同じ規模の厄災なの! そう簡単にはい倒します倒しましたってできるようなレベルじゃないのよ!」
アイカが響花に詰め寄るが、響花はそれに返事をしなかった。アイカはしばらく響花を睨んでいたが、やがて諦めたのか、響花の下から離れてドレスの少女のいる方へと去っていった。幸いである。このまま彼女が厄災に向かっていってくれれば、ここもまた静かになるだろう。
厄災が近づいている。さっきよりも、はっきりと、あの怪物が大きく見える。こちらへと届く風も、さっきよりも強くなっている。きっと、間もなく、正面から風を受ければ息もできなくなるほど強くなるだろう。そうして……この町と共に自分も終わりを迎える。
鳴海響花は、自らを人でなしだと定義している。
これは、彼女が自身のたった15年の人生経験から導き出した答えであり、彼女の周囲からもっとも投げ掛けられた言葉である。
曰く、信じられない事ばかり言う。
曰く、何を考えているかよくわからない。
曰く、行動が気味悪い。
お前は気持ち悪い。お前は人でなしである。同級生も、親もそう言ってはばからない。先生も口には出さないが、きっとそう思っているだろう。自分に接する態度を見ていればすぐにわかる。
……なるほど、客観的に見た私がそうなのなら、私はそういう人間なのだろう。鳴海響花は理解した。そして、自分自身への興味を失った。
「……思ったより、つまらなかったな」
響花はそうひとりごちた。もうこの景色が変わることはないだろう。自らがその命を落とすまで、これ以上の新鮮な光景は見られないだろう。だから、響花は厄災と町への興味をなくした。
「あんた、これを受け取りなさい」
響花の閉じかけた目を開かせたのは、魔法少女アイカの声だった。厄災から目を離し、ゆっくりとそちらを見れば、少女は淡い青色の宝石のようなものを響花に向けて差し出していた。
「これは、あそこで倒れてるバカが使ってた魔石。もう活性状態になっているもの。もしあんたに一定以上の魔力があるなら、この石を身に付けるだけであんたは魔法少女になれる。分の悪い賭けになるけど、逃げ遅れたあんたが生き残るにはもう魔法少女になるしかないの」
アイカが言う。彼女の言う通りで、響花は客観的に見れば、厄災から逃げ遅れた形になる。今からここを離れ、全速力で走ったところで、そのうち厄災に巻き込まれて死ぬことになるだろう。
「魔法少女になって、そこに倒れてるのを連れて逃げて。あんたたちが逃げる時間はあたしが稼ぐ」
ザザ……と、どこからかノイズが響いた。通信機だろうか。小さすぎて聞き取れないが、彼女の耳元から何事か話している声が聞こえる。それを聞いたコートの少女は、顔を真っ赤にして通信機に向かって怒鳴った。
「うるさい! これしかないでしょ!? あたしの身体強化率じゃ2人抱えて逃げるのは無理! ユウナが起きるのを待つのは論外! そもそもこれ以上あの厄災が先に進むのは許容できない! 目の前のバカと優菜が両方助かって、他の魔法少女が駆けつける時間を稼ぐには奇跡でもなんでも祈るしかないのよ! ……はぁ!? 2人を見捨てる!? 馬鹿言うな、それこそ論外でしょ! ここでッ……! ここで一般人見捨てたら、ユイが死んだのが無意味になる! 覚悟固まってない新入りをここでもう一人死なせるわけにもいかない。増援も間に合わないんだから! だから……この魔石をこいつに託すしかないんだって!」
なにやら、相当な修羅場らしい。響花はそう思った。そして、差し出されたままの魔石に目を落とす。
「この石を手に取れば、私も魔法少女になれるんですね」
「……ええ。あんたに魔力があればの話だけど。精々、自分に才能があるよう祈ることね。さあ、早く受け取りなさい。もう時間がない」
「お断りします」
響花は笑顔でそう言った。あまりの出来事に、アイカはあんぐりと口を開け、目を丸くする。
「そもそも、どうして私が魔法少女になる必要があるんですか?」
「い、今……説明したわよね? あんたが生き残るには……」
「どうして私が生き残る必要があるんですか? 厄災の脅威も、壊れる町も、自分自身のことも、実際に体感して、
そう言った響花の目は、どす黒く濁っていて。笑顔を浮かべているというのに、全てを諦めているような雰囲気がして、魔法少女アイカの背筋をゾッとさせた。
「……理解、できないわ」
「よく言われます。さあ、私のことはもういいので、そこに倒れている魔法少女さんを連れて逃げるなり、見捨てて戦いにいくなり、ご自由にしてください」
もう幾ばくも時間がない中で、鳴海響花は魔法少女になることを拒否した。興味がないという、たったそれだけの理由で。
──厄災の魔の手は、もうその喉元まで迫っていると言うのに。
to be continued.