魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。   作:個人情報の流出

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「興味が湧きました」

「……ああ、そう。じゃあそうさせてもらうわ」

 

 ──時間がない。黒いコートの魔法少女、進藤(しんどう)哀歌(あいか)は決断を迫られていた。

 鳴海響花が魔法少女になるのを試す前から拒否したため、魔法少女となった響花に、哀歌の仲間である下川(しもかわ)優菜(ゆうな)を連れて逃げてもらうという手が取れなくなってしまったのだ。

 残された選択肢は二つ。このまま屋上に繋がる階段の近くで気絶している優菜を連れて撤退するか。それとも、優菜を見捨てて大厄災の足止めをするか。

 まず、哀歌一人での厄災の討伐は不可能。あの規模の厄災を倒すのは、ベテランの魔法少女があと10人は必要だ。その上で、数人の犠牲を覚悟する必要がある。

 仮にここで撤退を選択すれば、花園町は破壊し尽くされ、増援を連れて戻る頃には被害は2つ先の町まで広がっているだろう。倒す頃には確実に被害が首都にまで及ぶ。厄災の進行ルート上には哀歌たちの拠点もあり、なおのこと足止めは必要だ。

 かといって、足止めに行けば優菜は死ぬ。哀歌の攻撃はあの厄災には通じない。そして、厄災の暴風はあと数分でこの花園中学校に直撃し、バラバラに吹き飛ばすだろう。全力で足止めをしたとして、それまでの時間が10分に延びれば良い方だ。その時間で優菜が意識を取り戻し、自力で逃げることは期待できないだろう。今日が初陣である優菜を死なせてしまうことは、哀歌にとっては死んでも御免だった。

 

「……どうする、あたし……!」

 

 町を見捨てるか、新入りを見捨てるか。哀歌はもう6年も魔法少女をやっているベテランであるが、まだ16歳だ。重すぎる選択肢に、即座に決断を下せない。

 この、目の前の緑髪の女が魔法少女になることを断らなければ。断らず魔法少女になってくれていれば、こんなに迷う必要はなかったのに。そんな無駄な思考が頭によぎる。が、すぐにそれを頭から追い出す。考えるべきはこんなことではない。考えるべきは……!

 

 やがて、永遠にも思える一瞬の思考の後。進藤哀歌は()()()()()()()()

 

「魔法少女基地関東本部。聞こえる? あたしは、大厄災の足止めに向かいます。本部は、引き続き応援の魔法少女の手配を……」

 

 厄災の足止めをするべく、哀歌が魔法少女関東本部なる組織に通信をいれたその時。鳴海響花の両手が、進藤哀歌の右手を包み込んだ。

 

「っえ、ちょっとあんた、何……」

 

「ねえ、魔法少女さん」

 

 響花は哀歌の握られた手を無理矢理開くと、握りこまれていた魔石を奪い取る。

 

「もし私が魔法少女になったら、好き放題させてもらっても良いですか?」

 

 そう言って、哀歌に向かって微笑む響花。その目からも、声からも、先程とは違う意思と生命力が感じられた。そして───次の瞬間。響花の体が光に包まれて、変わった。花園中学校の指定制服であるブレザーから、深紅のチャイナドレス風の衣装へと。

 深紅の布地には、金色の糸で華美な刺繍がされており、深いスリットからは生足とスパッツが覗いている。響花の手に握られていた魔石はブローチ型のヘアアクセサリーとなって、響花の髪を飾っている。

 活性化した魔石によって増幅された魔力は、瞬時に本人の体を駆け巡り、その者にとって最適な衣装を作り出す。これが、魔法少女への変身。この瞬間、鳴海響花は間違いなく、魔法少女への変身を果たしたのだ。

 

「あんた、なんで……魔法少女にはならないって自分で……」

 

「ふと思ったんです。厄災って、血が出るのかなって。それに、殴られたら悲鳴をあげるのかなって。あげるなら、どんな悲鳴なのかなって。興味が湧きました。それを魔法少女になったら確かめられると思ったから、魔法少女になりました」

 

「なんだそりゃ……」

 

 この怒濤の展開に、哀歌は何も言えなくなった。恐ろしい手のひら返しだ。本当に、この目の前の女はよくわからない。響花にしてみれば、本当にただ気が向いただけ。興味が湧いただけなのだが、それが哀歌に理解されるわけがなかった。

 だが、状況は好転した。響花が魔法少女となったお陰で、優菜を連れて撤退してもらうことができる。魔法少女は、魔力を体に流すことによって身体能力を強化することができる。その強化率は人によって変わるが、どんなに強化率の低い魔法少女でも、少女一人を余裕で抱えられる程度の強化はできるのだ。

 

「まあ、もうなんでもいいわ。さっき言った通り、あんたはあそこで倒れてるバカを連れてここから離れて。魔法少女関東本部には連絡をいれておくから、あなたの魔力反応を追った本部職員にすぐに回収してもらえるわ」

 

 これで迷う必要はなくなった。後は自分があの化け物を足止めすれば良いだけだ。哀歌は決意を固めると、改めて響花に撤退してほしい旨を伝える。

 

「いいえ。私は逃げません」

 

 だが。あろうことか、響花は哀歌の言うことを全て無視して、屋上の飛び降り防止の鉄柵を乗り越え、厄災の下へと飛び出して行ってしまったのである。

 

「きゃ……! は、え、ちょっと!」

 

 響花の踏み台にされた鉄柵がちぎれ、吹き飛ぶ。哀歌がそれに怯んでいる間に、響花の姿はもう見えなくなってしまった。……恐ろしい身体強化率である。たった一歩の踏み込みで弾丸のような速度まで加速する魔法少女なんて、哀歌は見たことも聞いたこともなかった。ちぎれ飛んだ鉄柵からも、そのパワーの高さが伺える。しかし……重要なのはそんなことではなく。気にしなければならないのは、戦闘経験どころか魔力の使い方すら学んでいない響花が、大厄災に突っ込んでいってしまったという事実だ。

 

「馬鹿……! ホンットに馬鹿! ああもう理解できない、なんなのあいつ!」

 

 初陣である響花に大厄災(あれ)の足止めができるとは思えない。いくら強化率が高くてとてつもないパワーがあっても、そんなものは関係ない。一瞬で死ぬのがオチだ。足止めとして機能しないのだから、状況は響花が魔法少女に変身する前に戻ってしまったと言える。

 

『魔法少女アイカ、どうしました? 状況はどうなっていますか? たった今、新たな魔力反応を感知しましたが……』

 

「細かい説明は無理、時間がない。ちょっとトラブルはあったけど、あたしの行動はさっき報告したものと変わらないわ。なるべく早く応援を」

 

 哀歌の通信機に本部からの連絡が入るが、哀歌はそれを短く切り上げた。状況が巻き戻ったのなら、自分が取るべき行動はさっきと変わらない。

 

「優菜……ごめん。こんな初陣になった自分の不運を恨んでちょうだい」

 

 未だに気絶している優菜にそう声をかけて、哀歌は魔力を推進材にして空に浮かぶ。そのまま響花を追いかける形で、大厄災の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 体が軽い。魔法少女になっただけで、こんなにも軽快に動けるようになるのか。響花はそんなことを考えながら、近づくほどに強くなる風に逆らって、厄災の下へと向かっていた。すでに風の強さは相当なものである。なにせ、自分の回りでは建物の二階が剥がれたり、電柱が飛んだりしているのだ。魔法少女でなければ間違いなく吹き飛ばされている程の強さの風の中を、響花は涼しい顔で進んでいく。

 やがて、遠くからでは風や建物に阻まれて見えなかった厄災の本体が、うっすらと見えてくる。寸胴の獣のようなシルエット。赤く輝く瞳。その体はあまりにも大きい。まるで高層ビルのようなサイズだ。それを見て、響花の目がギラリと輝いた。

 

「ああ……興味が湧いてきた……!」

 

 ニイィ……と、響花の口の端が上がる。先程まで哀歌に向けていた微笑みとはまるで違う、悪魔のような本気の笑み。ああ、どうすればいい。どうすればあの化け物の血が見れる? 叩けば良いのか? 潰せば良いのか? 刺せばいいのか? 引き裂けば良いのか? 全部、全部試したい。そのためには素手じゃ駄目だ。武器がいる。なにか、都合の良い武器があれば……。

 そんな響花の思いに呼応したのか、響花の魔石が強く輝いた。次の瞬間、ズドン! と音がして、響花の目の前に武器が現れる。響花は迷わずそれを手に取った。

 現れた武器は……金砕棒(かなさいぼう)。長く太い、八角形の鉄の棒に無数の鉄の棘が付いた武骨な武器。特別仕様なのか、棒の先端に突き刺す用の大きな棘が付いている。その武器を見て、響花は歓喜した。これなら! これなら、叩く、潰す、刺す、引き裂く、全部ができる!

 まるで奇跡のようだ、と響花は思う。都合の良い武器がほしいと願ったら、本当に都合の良い武器が作り出された。これが魔石の力。これが魔法少女の魔法!

 迸る高揚感と全能感に身を委ね、さらに厄災との距離を近づけるべく全力で一歩を踏み出す……その瞬間。響花はなにか嫌な予感がして、全力で横に跳んだ。直後、ズドォンと、正体不明の音が、さっきまで響花が居たところから聞こえる。なにか攻撃をされたようだが、響花はそれどころではない。

 無理な体勢で横に跳んだことと、そもそも普段からあまり運動をしていなかったことが相まってしっかりとした着地ができなかった響花は、無様に地面に転がることになった。そして、地面に寝そべる形になった影響で、響花の体が風に浮く。吹き飛ばされぬよう、慌てて金砕棒を地面に突き刺した響花だが、そもそもこの暴風は土地ごと家を浮かすほどのもの。先程よりも厄災が前進していることもあり、強まった風に響花は金砕棒ごと引きずられていく。

 

「足さえ、着けば……!」

 

 確かに、地を蹴ることが出来れば、もうしばらくは暴風など関係なく前進することができるだろう。だが、それはもはや叶わない。たかだか15歳程度の痩せた子供の体重では、いくら筋力が増そうがこの風の中で再び地に足を着ける事など不可能だ。 

 そして、そこに不運が重なる。またも嫌な予感がした響花が顔を上げれば、厄災に巻き込まれた何処のものかもわからない大きな看板が視界に映る。それは、ものすごいスピードで響花に向かって飛んできていた。これが響花の体に激突すれば、間違いなく死ぬ。それを防ぐには、看板を武器で弾き飛ばすしかない。

 

「っ! こ……の!」

 

 金砕棒を地面から引っこ抜き、フルスイングで看板を弾き飛ばす。これで目先の死は免れたが、その代償は大きい。自らを地面に繋ぎ止めていた武器を抜いてしまった響花は、無抵抗に吹き飛ばされることしか出来なかった。

 

 

 to be continued.

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