魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。 作:個人情報の流出
そもそも、土台無理な話だったのだ。台風の鎧を身に纏ったような厄災に対して、風の中を突っ切って本体に到達しようなどということが。
仮になんの障害もなかったとして、いずれは強くなり続ける風に煽られ、今のように響花は宙を舞っていたことだろう。
だから、これは必然だった。遅かれ早かれ響花は厄災の暴風に巻き込まれ、同じく巻き込まれた幾つもの瓦礫にぶつかって命を落とす。
今でこそ、響花は手に持った武器で飛んでくる瓦礫を弾いて防いでいるが、その動きは大振りで、姿勢もぐちゃぐちゃ。防ぎきれずに気を失うのは時間の問題である。
哀歌の予想に反して長く生き残ったと言えるが、それまでだ。魔法少女として未熟で、魔法で何が出来るのかなどさっぱり知らない響花にこれ以上出来ることはない。奇跡でも起きない限り、結末は変わらない。
奇跡でも、起きない限り。
魔法少女とは、魔法を使える少女である。魔石によって増幅された魔力を元手に、魔法を行使する。では、魔法とは何か?
魔法とは、この世界の概念を、ルールを書き換える力だ。一瞬で服装を変える。人間に許されたものを大きく上回る身体能力を手に入れる。何もないところから物を作り出す。人の身で空を飛ぶ。そのどれもが普通では不可能なことであり、それを可能とするのが魔法少女の魔法である。
魔力とは何か? それは、人の思い、欲望である。もっと体を強くしたい。空を飛びたい。武器が欲しい。それらを強く望めば強く望むほど、魔力は大きくなっていく。
(……まだ、死ねない)
鳴海響花は、歪な好奇心を持った少女である。一度何かに興味を持てば、それを自分なりに理解するまで確かめないと気がすまない。たった今興味を持っていないものはどうでも良い。一度興味を持ち、理解したものもどうでも良い。普段は自分自身の命すらどうでも良いと思っている。自分は人でなし。そう理解し、定義したから。
(まだ、確かめてない)
だが。何かに興味を持っているならば別だ。
(私は、まだ……!)
自分の興味を、好奇心を満たしていない。死ねない理由などそれで十分で。
「お前の血を見ていないぞ! 厄災!」
そして、響花のその思いが奇跡を起こした。大きな欲望に呼応して、響花の魔力が爆発的に大きくなったのだ。その膨大な魔力に反応した魔石が、それを推進材へと変換する。無意識に魔力飛行を習得した響花は、体勢を立て直すと、風の勢いに逆らわぬよう上空に向かって飛んだ。
空を飛べれば。響花はそう考えた。厄災は災害の力を持つ。この厄災は暴風を纏っている。じゃあ、この厄災はどの災害の力を持っている?
(こいつは、台風の厄災だ)
そう、台風。ならばあるはずだ。風の影響が無い場所が、一ヶ所だけ。
それは中央。厄災の本体である獣がいる場所。
果たしてそれは、本当に存在した。台風の目に辿り着いた響花は、この大きな台風の真上から、真正面からでは影のようにしか見えなかった本体の姿を、今はっきりとその視界に捉えた。
まるで可愛らしさの無い、イタチによく似た獣。真っ黒の毛並みをしたそれは、どういうわけか響花に気が付いたようだ。顔を上げてその姿を捉えた厄災は、驚愕の表情のようなものを浮かべている。
へえ、厄災にも感情みたいなものはあるんだな。そんな簡素な感想を抱きつつ、響花は魔力の噴射を解除。そのまま重力に逆らわぬ自由落下を開始する。ある程度落下したら、再び魔力の噴射を開始。落下速度に魔力噴射の加速を乗せて、厄災の脳天目掛けて金砕棒を振り抜いた。
凄まじい衝撃と共に、厄災が地面へと叩き付けられる。大地が揺れ、コンクリートがひび割れ、地面にはクレーターが出来る。しかし、響花の攻撃はそれだけで終わらない。間髪いれず、うつ伏せで倒れる形になった厄災に金砕棒の先端を突き刺し、厄災の尻尾に向かって走りながらその体を引き裂く。たまらず悲鳴を上げる厄災。それを聞きながら、ああ、そっか。厄災も悲鳴をあげるんだと笑う響花。
さて……ここまでやってなんだが、響花には一つ思うところがあった。
「……厄災って、どうすれば倒せるんだろ?」
このまま痛め付ければ良いんだろうか。それとも、何か特別な攻撃をしなければいけないんだろうか。え、そうだったらどうしよう。私そんなの知らない。
しかし、目の前の厄災は自分に攻撃してくる様子がない。じゃあ、痛め付けただけじゃ死ななくても、そのうちやって来るだろう他の魔法少女が止めを刺してくれるだろう。黒いコートの魔法少女さんも、応援がどうとか言ってたし。そう思い、さらにダメージを与えるために武器を振りかぶる。
「魔法弾ッ!」
その瞬間、厄災の頭に魔法の弾丸が着弾する。響花の物ではない。響花は魔法での遠距離攻撃の方法など知らない。
「風が弱まったから何が起こったかと思ったら……信じられないわ。これ、やったのあんたなんでしょう?」
その攻撃の主、黒コートの魔法少女、進藤哀歌は、複雑な表情で響花を見ながらそう言った。
「ああ、魔法少女さん。この厄災、悲鳴はあげますけど血は出ないみたいですよ」
「知らないわよそんなこと。……色々聞きたいことはあるけど、とりあえずこいつに止めを刺すわ。退いてなさい」
「あ、やっぱり厄災を倒すための特別な攻撃があるんですか? 興味が湧いてきました。私、それ見たいです!」
「や、なんだそれそんなの無いわよ。……あ゛ぁ゛っ! もう調子狂う! 黙って退きなさ……跳べ! 今すぐ!」
「え? って、わっ!?」
無駄な口論に時間を割き過ぎたのか。厄災が纏う暴風を強くし、雄叫びを上げながら立ち上がる。哀歌が見るに、相当なダメージを負っているはずの厄災。だが、まだ何かしてくるらしい。いち早く危機を察知した哀歌が響花に叫ぶが、響花の反応は遅れてしまっている。結果、響花は厄災の背中から振り落とされる結果となり、厄災からやや離れた風の吹く位置に居た哀歌は、強まった風に呑み込まれてしまう。
「っと!」
振り落とされつつも、強化された身体能力によって綺麗な着地に成功した響花は、背中がズタズタになった厄災を見上げる。厄災がゆっくりと振り返り、響花を一瞥すると、
「
暴風が消えたことで自由に動けるようになった哀歌が、鼓動する宝石を見てそう叫ぶ。手に持った黒のステッキを構え、宝石に魔法弾を撃とうとするが……それより早く、浮かんでいた宝石が消える。まるで上空に射出されたかのように高速で飛んでいってしまったのだ。
「
それが余程意外だったのか、一瞬硬直してしまう哀歌。だがすぐに気を取り直し、宝石を追うべく空を飛ぶ。だがもう遅い。すでに宝石は、肉眼で捉えられないほど遠くへ飛んでいってしまっていた。
「……魔法少女基地関東本部、聞こえる? 落ち着いて聞いて欲しいんだけど、その……大厄災の
哀歌が即座に本部に報告をする。ああ、終わったんだ、戦い。響花はそう思った。どうやら厄災には逃げられてしまったようだが、響花の目的は厄災を倒すことではない。厄災は血を出すのかと、悲鳴をあげるのかを確認することが出来たので、もう満足だ。魔法少女でいる必要もなくなったので魔石も返却しよう。そう考えた響花は、宝石を探すのを諦めて降りてきた哀歌に笑顔で話しかける。
「魔法少女さん、ありがとうございました。私はもう魔法少女でいる必要はないので、変身の解き方を教えて───」
響花の鼓膜を、ドチャッと言う音が揺らす。
「あれ?」
気づけば景色も変わっている。黒いコートの魔法少女さんを見ていたはずなのに、何故か地面を見ている。不思議だと響花は思った。自分に起こっていることが理解できていない。
「ちょっと、あんた大丈夫!?」
慌てた様子の哀歌が覗き込むように響花の視界に現れたことで、ようやく響花は自分が倒れたことに気がついた。よくよく考えてみれば、自分の体がすごく重くなっている。変身も解けたのだろう。
「ぁー……倒れる、って……こんな気分なんですね……」
その言葉を最後に、響花の意識は途切れた。
to be continued.