魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。 作:個人情報の流出
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「人並みに悲しんだりとか、そういうのできないんです」
「響花! なにやってるの!?」
スライムを作っていた。昼間、テレビで作り方を紹介していたから。それにとても興味が湧いて、家中ひっくり返して材料を探した。台所がめちゃくちゃになってしまったが、響花にはそんなことどうでも良かった。そんなことより、早くスライムへの興味を満たしたかった。
「スライムを、つくって……」
「そんなこと聞いてるんじゃない!」
叫び声が耳に痛い。母は、響花がこうして試してみたいことを試していると、決まって怒鳴ってくる。
「家の中こんなに汚して! また何かくだらないことしてたんでしょ!? 毎回、毎回……! 片付けるの誰だと思ってるの!?」
片付けるつもりだった。スライムが出来て、一通り満足したら片付けようと思っていた。確かに毎回母が片付けをしているが、それは響花が満足する前に母が来るからであって、好きにさせてくれていれば自分で片付けるのに。
「おわったら、わたしが」
「うるさい!」
母は響花に口答えを許さない。それは、わたしが良い子ではないからだと、響花は思っていた。だから、自分の言葉を遮られたら、それは自分が悪かったからだ。だからと言ってどうすれば良いのか、響花にはわからなかったが。
「それに……! その笑い方! やめなさいって、何回も言っているでしょ!?」
母が自らの鞄を探り、手鏡を取り出すと響花に突きつける。
「あ……」
鏡に映っている自分は、いつか見た映画の悪魔みたいな笑顔をしていた。獰猛で、本能的な、動物の笑い方。
「気持ち悪いのよ、あなた!」
そっか。わたしは気持ち悪いんだ。人と話すときは、もっと……綺麗な笑い方をしなきゃいけないんだ。響花は理解した。
パチリ、と目が開いた。どうやら夢を見ていたらしい。酷く懐かしくて心底どうでも良い、いつのことかも覚えていないような、そんな光景。
目覚めた響花の視界に飛び込んできたのは、少しくすんだ白い天井。知らない天井だった。どうやら響花はベッドに寝かされているらしい。
「あ……目が覚めたのかしらぁ?」
まぶたは軽いが体は重い。起き上がりたかったが億劫なので、横着に声のする方へ視線を動かすと、綺麗な黒髪をサイド三つ編みにした、白衣の女性がそこにいた。
「知らない天井だ……って、言った方がいいですか?」
体を動かすのは億劫でも、笑顔を忘れてはならない。昔、テレビで見た『素敵な笑顔』を思い出して、それを再現する。響花は人と話すとき、いつもそうしている。
「あら、あなたアニメ好きなのぉ?」
「いえ、別に」
「あらそぉー。お茶いる?」
「いただきます」
待っててねぇ、と言い残して、三つ編みの女性が立ち上がる。パタパタとドアに近づくと、シュイン、と音を立ててドアが開く。自動ドアのようだ。
さて……私はどうしてここにいるんだろうか。ここはどこなんだろうか。女性が出ていった後、響花はぼんやりとした頭で考えた。ここにいる理由はすぐに思い出せた。花園町に厄災がやって来たこと。自分が魔法少女になって、戦ったこと。そして、なんだかんだあって厄災に逃げられたこと……。
「厄災って逃げるんだ……」
時間差の衝撃である。魔法少女とは関りのない人生を送っていた響花では聞いたことのない事態だったが、良くあることなのだろうか?
「ほんと、衝撃的よねぇ。前代未聞だったわぁ」
三つ編みの女性がペットボトルのお茶を持って戻ってきた。ペットボトルでごめんねえ、と響花に手渡してくれたので、流石に起き上がって受けとる。三つ編みの女性がベッドの脇の椅子に座った。
「色々聞きたいことはあるでしょうけどぉ、まずは自己紹介させてねぇ。私は
「私は鳴海響花と言います。筑波さん、よろしくお願いします」
「よろしく響花ちゃん。私のことはあおちゃんって呼んでねえ」
「筑波さん、早速色々説明していただきたいのですが」
「響花ちゃーん?」
「まず、ここはどこなんですか?」
「……くすん」
葵のことを完全に無視して話を続ける響花に、涙目になる葵。よほどあおちゃんと呼んで欲しいのだろう。この調子だと、響花がそう呼ぶことは無さそうだが。
「こほん。ええとねぇ、ここは魔法少女基地関東本部。その医務室よぉ。あなたは、大厄災『台風』との戦闘終了時に気を失ったの。その後、哀歌ちゃんが安全地帯まで運んでくれた貴方を私たちスタッフがここまで連れてきたの。あ、哀歌ちゃんっていうのは、あなたが魔法少女になった時に一緒にいた、黒いコートの魔法少女のことねぇ」
「……魔法少女基地、関東本部」
「そう。関東各地にあるあらゆる魔法少女の管理をしている場所であり、東京に住む魔法少女のサポートをしている場所よぉ」
この世界で、魔法少女とは組織立った存在だ。遥か昔から存在する日本の脅威、厄災に対抗するために、地域ごとの『魔法少女基地』に集められ、そこから出撃している。響花も知識としては知っていたが、来るのは初めてだ。魔法少女基地は見学などを行っていないため、本当に限られた魔法少女関係者しか訪れられない場所である。
「あなたは半日寝ていたの。魔法少女になって、魔法を使うことってとても体力を使うことだから、初めて魔法少女になった子はあなたみたいに倒れてしまうことが多いのよぉ。それで、必要なことだから身体検査をさせて貰ったわぁ。健康状態のチェックとか、魔力量のチェックとか」
私は、本人に許可なくやるのはどうかと思ったんだけどねぇ、と、葵がフォローをいれる。響花がよくよく自分の体を見てみれば、検査着のような服を着ていた。なるほど、本当に検査されたらしい。響花にとってはどうでも良いことだが。
「ああ、そうですか」
「反応軽いわねぇ……」
「私、自分のことはどうでもいいので。ところで、私はいつまでここにいればいいですか? まだ検査とか手続きとかあるんですか?」
「あぁ……」
今までずっと笑顔で話をしていた葵の顔が曇り、目が泳ぐ。その様子に響花は首をかしげた。なんだろう、何か言い出しにくいことでもあるんだろうか。
「その……落ち着いて、聞いてちょうだいねぇ。あなたのお家は、大厄災の進行ルート上にあって……もう、無くなってしまっているの。お母様は、逃げ遅れてしまったみたいで……亡くなられた状態で発見されたわ。お父様は行方不明だけど、きっともう……」
葵は暗い面持ちで告げる。母は死んだ。父は行方知れずだが、恐らく死んでいる。自らが住んでいた家も無くなってしまった。普通の15歳の少女には、きっと受け止められない事実。けれど。
「ああ……そうですか」
響花の笑顔は曇らなかった。
「えっ……と、響花ちゃん……?」
「なんですか? 両親は死んで、家はなくなったんですよね? それだけでしょう?」
正直、予想はしていた。あの規模の厄災である。家くらいはまあ無くなるだろうと思っていたし、家族が死んでいても不思議ではないだろう。そもそもあの時自分は死ぬつもりだったのだ。家族が死んでいようが家が無かろうが、そんなのは些末事である。響花にとっては、涙の一筋すら流すに値しない。
「それだけってぇ……」
「私が悲しむと思って、気遣ってくれたんですよね。それはありがとうございます。でも、ごめんなさい。私、人でなしなので。人並みに悲しんだりとか、そういうのできないんです」
葵の顔が歪む。今、この人は響花に対して何を思っているのだろうか。よくわからない? 気持ち悪い? 冷たい? ……どれであろうと、関係ない。響花はそう切り捨てた。自分と関わった時点でどうせ不快な気分にはさせているのだ。だから、響花に出来ることはこの人と早く別れることだけだ。
「それで、どうしましょうか。私、親戚とかいないので。孤児院とか手続きしていただけますか?」
「あ、ええ……。確かに、厄災被害で孤児になってしまった子供に孤児院を紹介したりはしているけど……響花ちゃんは、魔法少女になれるのよね」
「はい」
「魔法少女基地には、身寄りのない魔法少女のための寮もあるのぉ。家賃とかも取ったりしない。魔法少女の仕事は危険だからねぇ。もし、あなたがこれからも魔法少女を続けてくれるのであれば……そこに住んでもらうことも出来るわぁ」
「へぇ……」
なるほど、そういうのもあるのか。流石は魔法少女基地。魔法少女への待遇はかなり良いらしい。だが、響花はもう魔法少女になるつもりはない。すでに厄災への興味は満たしているからだ。それに……響花には
「もちろん、寮から近い学校へ転入して、通うこともできるわぁ。その費用も、基地から出る。それとは別に、魔法少女として戦うことに対しての報酬もある。魔法少女である限りは、手厚いサポートを受けられるわぁ。……どうかしらぁ? 魔法少女、やってみるっていうのは」
「……ごめんなさい。私は、もう、魔法少女にはなりません」
きっと、これは良いお誘いなのだろう。魔法少女になれるくらいに魔力のある女性は少ない。だから魔法少女基地も響花に魔法少女として戦って貰えれば嬉しいだろうし、身寄りのない響花としては住む場所が手に入り、それ以外の手厚いサポートも受けられる。これはwin-winだ。受けない手はない。普通なら。
でもダメだ。響花には、自分が魔法少女として戦うと言うことがどうしても受け入れられない。
「そう……わかったわぁ。魔法少女として戦うことを、無理強いすることはできない。孤児院に連絡して、受け入れて貰えるように手配します」
「ありがとうございます。……孤児院に入るの、すぐって訳にはいかないですよね?」
「ああ、それは安心してぇ。実はどう転んでも良いように、魔法少女寮にもうあなたの部屋は用意していたのよぉ。孤児院が決まるまでは、そこにいて良いからねぇ」
「そうですか。ありがとうございます」
唐突に、シュインと言う音を立てて部屋のドアが開く。入ってきたのは進藤哀歌だ。黒のインナーにデニムジャケット、ショートパンツというラフな格好をしていて、鮮やかな青色の髪の毛をポニーテールに纏めている。
「あ、哀歌ちゃーん! 良いところに来てくれたわぁ!」
「こんにちは、あおちゃんさん。呼ばれたんで来ましたけど……どうしてあたしが呼ばれたんです?」
「もぉ、何度も言ってるけど、さんはいらないわぁ。あおちゃんって呼んでくれて良いのにぃ」
「や、流石にそれは無理ですって。ていうか……起きたのね。あんた」
「はい。おかげさまで。あなたが運んでくださったって聞いてます。ありがとうございます、魔法少女さん」
「その魔法少女さんって呼び方、やめてよね。ここ、魔法少女ばっかりなんだから。あたし、進藤哀歌っていう名前だから」
「はい。よろしくお願いします、進藤さん。私は鳴海響花です」
「哀歌でいいわよ。歳近いでしょ? ……で、あたしが呼ばれた理由、読めました。こいつを寮まで案内すれば良いんですか?」
「ええ、そうよぉ。お願いできる?」
「別にいーですよ。がっこも休みでやることないですし」
「うん、ありがとぉ。ということなんだけど、響花ちゃん、立てるぅ?」
「はい。問題なく」
「じゃ、着替えましょっか響花ちゃん。いつまでも検査着のままじゃあいけないわぁ。私たちは出ていくから、ゆっくり着替えてねぇ」
葵と哀歌が医務室から出ていった後、響花がベッドから立ち上がる。まだ体は重いし、体中筋肉痛で痛いが動けないほどではない。葵が用意してくれていたスリッパを履き、近くに畳んでおいてあった花園中学校の指定制服を手早く着用すると、すぐに医務室から出た。
「お待たせしました」
「あら、早いのねぇ。もうちょっと、ゆっくりしていても良かったのにぃ」
「身支度は早くしろ、と、母から躾られたので。それじゃあ、案内お願いしますね。進藤さん」
「ええ。遅れずについてくることね。───あおちゃんさん、それじゃあまた」
「ええ。哀歌ちゃんも響花ちゃんも、また会いましょうねぇ」
「はい。さようなら、筑波さん」
あいさつを済ますと、二人は横に並んで医務室前を後にする。
廊下の窓からは、春の陽が射して暖かい。そんな中で、二人は魔法少女寮を目指すこととなった。
「二人ともぉ……私、あおちゃんって、呼んで欲しいのになぁ……」
to be continued.