魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。   作:個人情報の流出

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 2022年2月21日(月)、第一話に大幅な加筆と、第一話、第二話に描写の追加を行っています。そちらを確認せずとも物語を読むにあたって問題はありませんが、よろしければ確認していただけると幸いです。


「ふざけるのもいい加減にしてよ」

「あんたさ、魔法少女、続けるわけ?」

 

 どこまでも続く廊下。だが、響花たちとすれ違う者は少ない。二人はしばらく無言で廊下を歩いていたが、突然、哀歌が話を切り出した。

 

「なんでですか?」

 

「え、なんでって……あんた寮に入るんでしょ? それって魔法少女続けるってことじゃないの?」

 

 哀歌は、話が纏まったあとに医務室に入ってきたのだから、話の流れを知らないのも当然だった。しかし、自分が着替える時間があったのだから、筑波さんは話の経緯を伝えてくれたりしなかったのだろうか。実際には、響花が着替えるのが早くて話せなかっただけなのだが、そんなことは響花は知るよしもない。

 

「私、魔法少女は続けません。私は、あの時厄災に興味があったから魔法少女になったんです。今はもう、それもないので」

 

「ああ、悲鳴はあげるけど血は出なかったとか言ってたっけ? ……あんた、そういうの好きなわけ? 趣味悪いわね」

 

 哀歌が両腕をさすりながらそう言う。それに対して、響花は不思議そうに首をかしげた。

 

「そういうの、とは?」

 

「え、血が見たいとか悲鳴が聞きたいとか、その……グロいやつ」

 

「いえ、別にそんなの好きじゃないですけど」

 

「えー……」

 

 よくわかんないわね……と哀歌が呟く。響花は血を見るのが好きだとか、そういうのではない。厄災も化け物とは言え生物なのだから、血が出るのだろうか、というのを確かめたかっただけである。知的好奇心を刺激されただけであって、普段は血なんてできれば見たくない。

 

「じゃあなに? 興味本位で戦いに首突っ込んだわけ? それで興味がなくなったからバイバイってこと?」

 

「はい。その通りです」

 

「……ふざけるのも大概にしなさいよね。今回はたまたまなんとかなったけど、あんたの行動はさらに大きな被害を産みかねなかった。それを興味本位でやったなんて……馬鹿にしてる。まあ、続けない人間に言っても仕方のないことだけどね」

 

 響花がパチパチと、二回瞬きをする。哀歌の静かな怒りと、怒鳴るでもなく、呆れるでもない窘めるような叱り方に、ちょっと驚いていた。

 

「あの……進藤さんは怒っているんですよね?」

 

「は? そりゃそうでしょ。あんなことしたんだから」

 

「じゃあ、なんで怒鳴らないんですか?」

 

「はぁー? 今さら怒鳴ったって意味ないでしょ。やっちゃったことは変わらないんだから。……それにさ、結果だけを見れば、あたしも優菜も助かって、厄災の進行も止まってる。だから、勝手な行動に怒りこそすれ、過度に責める謂れはないわよ」

 

「呆れても、いないんですか?」

 

 恐る恐る、怯える子供のように響花の口からでたその言葉に、哀歌はため息をつく。あんなに勝手な行動をしたのに、なんでこいつは今さら人の顔色を伺っているのか。

 

「呆れてはいるわよ。変なやつだとも思ってる。勝手な行動もやめて欲しいわね。でも……それだけよ。何度も言うけど、ここを去る人間に言っても仕方の無いことだわ」

 

「勝手な行動を、やめる……のは、難しいです、私には。だって、私……人でなしですから」

 

「なんじゃそりゃ……そんなもん言い訳にならないわよ。自覚してんだったら改善しなさいよね」

 

 そこで話を切って、哀歌の歩くスピードが速くなる。哀歌にとってはちょっとした早歩きだが、響花にとっては小走りくらいの少々厳しいペースだ。魔法少女になった時の身体能力は響花の方が圧倒的に上だが、普段の響花はあまり運動をしていない少女。この状況では、哀歌の方が上のようだ。

 哀歌は必死に自分についてくる響花を横目で見る。検査着の響花を見て思ったことだが、魔法少女の時のパワフルな印象とは異なり、響花は思ったより痩せている。それも、不健康に。それが家庭環境によるものなのか、それとも本人の性格や体調によるものなのかはわからない。ただ、その姿を見ていると哀歌は思うのだ。

 

(なんか……放っとけないのよね、こいつ)

 

 あの屋上でも感じた、全てを諦めているような、悟りきった世捨て人のような雰囲気。目を離したらすぐにでも首を吊りそうなちっぽけな存在感。自らの手から魔石を奪い取った時の強引さや、魔法少女になったあとの強い意思、厄災の背に乗っていたときの無邪気な雰囲気なんて、全く感じない。

 

(……いや。気にしても仕方の無いことだわ)

 

 哀歌は頭を振って今までの思考を頭から追い出す。どうせすぐに顔を合わせなくなる人間だ。この思考には意味がない。

 そうは言っても、すぐに思考回路を切り替えられるほど哀歌は器用ではない。考えないように、考えないように……それだけを考えて、哀歌は歩き続ける。

 

「あ……あの、進藤さ……ん」

 

「何!?」

 

 響花に声をかけられ、反射的に怒鳴りながら振り返る哀歌。その目には、息を荒げながら、萎縮したように縮こまる響花の姿が映った。──あたし、なんかやっちゃったっぽい。

 

「あ……あ、いえ、その……あ、歩くペースが速くて……」

 

「……ごめん、あたしが悪かったわ……」

 

 謝罪をして、響花に向けて下から手を差し出す哀歌。進藤哀歌は、基本的にはお人好しの少女である。

 

 

 

 

 

 

 魔法少女基地から出て、左側に曲がってすぐの所にあるのが魔法少女寮である。木造の、三角屋根の小さなアパートのような建物だ。最近作られたわけではないのだろうが、しっかりと管理が行き届いているらしく、綺麗な建物だという印象を受ける。花壇もあって、春らしく赤いヒヤシンスが咲いていた。

 

「ここが魔法少女寮よ。入りなさい」

 

「失礼します……」

 

 玄関を潜ると、温かな印象のロビーが広がっていた。テレビやキッチンがあり、食事用なのだろうか、ダイニングテーブルもある。テレビの前にはガラスのロングテーブルがあり、近くに茶革の立派なソファーが設えてある。焦げ茶と白のシックな壁紙が、全体的に落ち着いた、安心感のある雰囲気を演出していた。

 

「わぁ……」

 

 一目見た響花が感嘆の声をあげる。彼女にとって、必要最低限の物しかない無機質だった自分の家と比べて、随分と素敵な空間に見えたのだ。

 

「戦いに疲れて帰ってきた魔法少女のために、安心できる空間を……って思って、あおちゃんさんが弄ったんだって」

 

「筑波さんが?」

 

「ええ。ここの管理人、あおちゃんさんだから。外の花壇の世話してるのもあの人。あおちゃんさん、私の現役時代は内装弄る人なんて居なかった。ロビーの内装がシンプルでなんか嫌だったんだぁーって言ってたよ」

 

「……現役、ですか?」

 

 響花は首をかしげた。もしかして、筑波さんって魔法少女だったんだろうか。あの柔らかな印象の人が魔法少女として戦っているシーンなんて、ちっとも思い浮かばないが。

 

「なに、聞いてないの? あの人、元魔法少女なのよ。魔法少女やめてからも、これからの魔法少女のサポートをしたいって言ってオペレーター兼管理人やってるみたい。すごい人よね」

 

「へえ……そうなんですね」

 

 意外である。どんな戦い方をしていたんだろうか。そこまで考えた響花だったが、別に興味も湧いてこなかったので考えるのをやめた。別にあの人がどういう風に戦おうが、自分には全く関係ないではないか。

 

「さ、靴脱いで上がりなさいよ。部屋に案内……あ、しまった」

 

 自らも上がりながらそう言う哀歌だったが、途中でその動きが止まる。響花が訝しげに首をかしげると、哀歌はポリポリと頭を掻きながら続ける。

 

「あんたの部屋の場所、聞き忘れたわ。空き部屋、何部屋かあるのよね……困ったわ」

 

「何部屋かあるなら、どこでもいいんじゃないですか?」

 

「や、長いこと使ってない部屋だから、掃除とかしてあるのよ。だから用意した部屋じゃない部屋は埃が酷くて……ああいや、まあいいわ。ロビーで待機して、あおちゃんさんが戻ってから聞けば……」

 

「その心配はねえよ、進藤」

 

 荒っぽい声の方向に視線を移すと、その声の主はすぐに見つかった。個部屋に繋がっているのだろう階段から降りてきた女性だ。燃え上がるような赤髪のウルフヘア。シンプルな白のTシャツに、スラッとした紺のスキニーデニムを履いていて、スタイルがいい。まるでモデルのように綺麗な人だ。

 

「そこのやつ、鳴海響花だろ? オレが部屋を知ってる。なんせこいつが使う部屋はオレが掃除したんだからな」

 

明日葉(あすは)(かがり)……!」

 

 その篝というらしい女性を見た哀歌は、彼女を射殺さんばかりに睨む。その視線を受けた篝は、大袈裟に肩を竦めて言った。

 

「おお、怖い。なんだよ、顔合わせたくらいでそんなに睨むなよな」

 

「顔を合わせたくらいで? よくそんなことが言えたわね。……あんた、なんで大厄災との戦いに出なかったのよ」

 

 哀歌が責めるように言った。哀歌の言う通り、明日葉篝は、大厄災『台風』との戦いに出られるのに出なかった。哀歌はその理由を問うているのだ。しかし、篝は悪びれるでも、質問に答えるでもなく、余裕な態度のままにこう言った。

 

「おいおい。オレはお前より年上で、魔法少女としても先輩なんだけどな。前々から思ってたんだけどさ、お前は言葉遣いがなっちゃいないよ」

 

「あんたに向ける敬語なんてあるわけないでしょ!?」

 

「ひっでぇの」

 

 篝はそれを鼻で笑うと、哀歌を無視して響花の元にやって来る。響花の体を無遠慮にじろじろと眺めると、その口を開く。

 

「お前、随分痩せてんのな。ちゃんと飯食ってんの?」

 

「はい。毎食カロリーバーを食べています。昨日は色々あって食べていませんが」

 

 いつもの笑顔で答える響花に、篝は困惑の表情をした。なんだこいつ、大丈夫か? そう、デカデカと顔に書いてあるようだった。

 

「え、毎食? そりゃちゃんとした食事って言わねぇよ」

 

「篝! あたしの質問に答えなさい!」

 

 響花と向かい合う篝の腕を取って、哀歌は強引に自分の方へと向かせた。面倒くさそうな篝の視線と、剣呑な哀歌の視線が交差する。

 

「なんで、大厄災との戦いに出なかったのかって聞いてんの!」

 

「なんでって言われてもな。めんどくさかったからで納得してくんない?」

 

「納得できるわけないでしょ!? 普通の厄災ならともかく、昨日のは大厄災だった! 新人まで死んだのよ!? 五年前の大厄災、『地震』をほぼ単独で撃破したあんたが出てれば、唯は死ななかったはずなのに!」

 

 明日葉篝は強い魔法少女である。哀歌の言った通り、大厄災『台風』のひとつ前の大厄災──『地震』討伐のMVPは篝だ。実質一人で倒したと言っても間違いではない。

 だが、篝は昨日の戦いに出なかった。本人いわく、面倒くさかったから。

 

「あーそりゃご愁傷さまでした。あいつは運が悪かった。初陣が大厄災だったなんて災難なこって。厄災だけに」

 

 そう言って、篝は鼻で笑った。明らかに死者を冒涜するような物言いに我慢しきれなくなったのか、哀歌が篝の胸ぐらを掴んだ。

 

「あんたね……! ──あんたが戦いに出てれば、唯と優菜が出る必要はなかった。あんたが戦いに出てれば、唯は死ななくてよかったんだ! それなのに、面倒くさいから出なかった!? ふざけるのもいい加減にしてよ!」

 

「ギャーギャーうるせえなぁ、たられば語ってなんか変わるのかよ? そんなに死なせたくなかったなら最初からお前一人で出れば良かったんじゃねえの? あの規模の厄災に新人出して死者ゼロなんてあり得ねえってのは、お前が一番分かってたろうが」

 

 篝の反論に、哀歌は何も言えなくなった。篝の言うことは、確かに的を射ていたからだ。それを見た篝はため息を付き、畳み掛けるように続ける。

 

「本部も本部だよ。進藤と、せめて若林だけ出して死なねぇ程度に時間稼がせりゃいいのにさ。不必要に新人出してバカじゃねえのか? 進藤、お前がキレる相手はオレじゃねえぞ。キレてぇなら本部にしなよ」

 

 そう言いながら、篝は哀歌の手を引き剥がす。それでもなお自分を睨み続ける哀歌に、篝は舌打ちをした。

 

「なんだよ、いい加減にしてくんない?」

 

「でも……でも、あんたさえ出てれば……!」

 

「でもも何もねえって言ってんだろ!? オレが出ればオレが出ればっておんなじこと繰り返してさ、なんなんだよお前は!? てめえらのミスや弱さの責任をオレに押し付けてんじゃねえ!」

 

「……っ!」

 

 哀歌が拳を握り、それを振りかぶる。そのまま篝に殴りかかった、その時だった。

 

『緊急警報です。新宿区にて厄災の発生を確認。出撃できる魔法少女は、至急魔法少女関東本部作戦室までお越しください。繰り返します。新宿区にて……』

 

 哀歌が篝をぶん殴ると同時に、寮に厄災出現の警報が鳴る。寮に待機している魔法少女を呼び出すための警報だった。

 

「気は済んだかよ」

 

 拳を振り抜いた哀歌を無感情な目で眺めながら、篝は言った。対する哀歌は篝を睨んだまま動かず、何も言わない。

 

「鳴ってんぞ、警報。若林萌木は帰ってきてからずっと部屋に閉じ籠ったまま。掘宮優菜は目を覚ましてすぐ魔法少女をやめた。夢川(ゆめかわ)綺羅々(きらら)は読モの仕事だ。出れるのはお前しかいねえんだからさっさと行きな」

 

「……あんたは?」

 

「めんどくせえ」

 

「……そう」

 

 哀歌が乱暴に玄関のドアを開き、出ていくのを見送って、篝はため息をつく。そして、響花の方を見ないまま言った。

 

「つまんねえもん見せちまったな。(わり)い」

 

「明日葉さん……でいいですか?」

 

 口を開いた響花の声を聞いて、篝は反射的にそちらを向いた。一度目の会話の時となにか、響花の雰囲気が違う気がして。

 

「あなたは、どうして戦いに行かないんですか?」

 

 果たして、その直感は正しかった。張り付けたような笑顔が消え、爛々と輝く目を篝に向ける響花からは、先程とは違う()()()()()()()()()()

 

「私、興味が湧きました」

 

 裂けるように口の端が上がる鳴海響花を見て、篝はただ、ゴクリと喉を鳴らすことしか出来なかった。

 

 to be continued.

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