魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。 作:個人情報の流出
「……着いたわぁ。これ以上は近寄れない」
厚く、黒い雲がどこまでも空を覆い、轟く雷鳴が鼓膜を揺らす。付近の人はすでに避難していて、普段は人でごった返す新宿の街にはもう誰もいない。
厄災との戦場と化した新宿の町。今まさにその厄災と対峙している哀歌を助けるため、響花は葵に連れられてやって来ていた。
「どぉ? 魔石の活性化は出来そう?」
正面、ハンドルの内側に、基地からの情報を受信するモニターや、魔力反応を追うためのレーダーモニターが付いており、後ろにはデータ受信用の機器が備えられた大型バイク。通称『護送用バイク』跨がったまま、葵が問いかける。ここに来る道すがらに魔石の活性化を教わった響花は、曖昧にうなずいた。
「ええ、まあ、恐らく。……なんというか、感覚の話ばかりされて分かりにくかったですが、自分の感覚を信じることにします」
「ええ。さ、やってみて」
葵の言葉に頷いて、響花は自身の胸元に垂れ下がっているそれ……くすんだ灰色をした、ペンダントの先に付いた魔石を両手で包み込んだ。
最初はイメージが重要だ、と葵は響花に告げていた。魔石の活性化のためには、魔石に自身の魔力を流し込む必要がある。慣れた魔法少女であれば必要ないが……響花は魔力を流す先をイメージするために、魔石を握る。祈りを捧げているようにも見えるこの状態のまま、響花は目を閉じて深呼吸をした。
吸って、吐く。集中力を高めて、自身の内にある魔力を感じる。魔力ってなんだろう? 私の中のどこにあるんだろう? そういった疑問を無視して、ただ集中する。葵は、魔力は自分の中に当たり前にあるもので、どこにあるのかと探りすぎるとわからなくなると言っていた。……やはりいまいち分からない。だが、わからなくっても大丈夫よぉ、とも葵が言っていたので大丈夫なのだろう、きっと。
そして、自身の魔力を魔石に流すイメージをする。すると、魔石が活性化する……らしいのだが。
「……
「え?」
目を開けて、自分の体を見下ろす。その服装は先程までの制服姿ではなく……昨日の、あのときと同じチャイナドレスのような衣装。ペンダントの先に付いていた魔石は、髪飾りとなって響花の頭を飾っていた。……つまり、変身することに成功している。魔石の活性化と共に一瞬で変身が完了するので、魔石の活性化にも成功したということだ。
「え……私、何もしてないんですけど?」
あまりにも簡単で拍子抜けな成功に、響花は困惑した。正直、感覚的には本当に何もしていないのである。
「まあ、そんなものよぉ。何度もやっていけばちゃんと感覚としてもわかるようになるから。さ、変身できたんだから、早く哀歌ちゃんを助けに行ってあげてぇ」
「あ、はい」
納得はいかないが、今はとにかく厄災との戦いである。気を取り直して哀歌のところへ向かうべく、響花は軽い踏み込みから思い切り跳躍をした。
「わぁっ!?」
たったそれだけで地面が抉れた。残された葵はその衝撃に悲鳴を上げ、気づいたときには響花がもうどこにも見えなくなっていることに苦笑いした。
「本当に、すごい身体強化率ねぇ……羨ましい。頑張ってね、響花ちゃん」
「──居た」
跳躍からスムーズに魔力飛行に移行した響花は、10秒もしないで厄災を発見した。そもそも大きい対象であるため、高いところに行けば発見は難しくない。
さて。少し魔力飛行をしたところで、響花はあることに気がついた。即ち、飛行するよりも跳躍した方が速度が出る、ということである。記憶の中の哀歌はなんとなくもっと速く飛んでいた気がするのだが、やり方が悪いのか向き不向きがあるのか。
(まあ、そんなことはどうでもいいですね)
今は一刻も早く哀歌の下にたどり着きたい。そのため響花は適当なビルの屋上に着地すると、地を蹴り一気に加速。そのまま、不格好ながらビルからビルへと飛び移るように高速移動をした。
ぐんぐんと近づいていく厄災との距離。すれ違い様に頭を殴り飛ばしてやろうと決意を固め、虚空から金棒を生み出し、しっかりと握る。
そして。厄災が目と鼻の先と言えるまでに近づいたその時に、振りかぶった得物を全力で振り抜いた。
衝撃。厄災が大きく弾き飛ばされ、すぐ横にあったビルにぶつかって倒壊させる。響花は先程まで厄災が居た場所に着地した。
「……ふぅ。お待たせしました、進藤さん」
「あんた……またなんか、強烈な登場するわね……」
声の主。黒コートを身に纏い、薄い球体の膜のような物に覆われた魔法少女アイカは、呆れたような表情をしていた。
「進藤さん、あなたの周りにあるその膜みたいなものは……?」
「ああこれ? これは魔力のバリアよ。あいつの落雷は避けられないから、喰らわないようにこれで守ってたの」
コンコン、と、アイカが手に持ったステッキで内側から膜を叩く。見た目の薄さによらず、強度はあるようだ。
「あー、あとね。あんた、魔法少女として戦ってる時はあたしのこと、魔法少女アイカって呼びなさいよ。それがルールだから。わかった?
「え……なんか嫌です」
「ルールだって言ってんでしょうが! ……こういう細かいルールが守れないやつに、あたしは命を預けたくない。だからあたしを助けに来たなら、あたしのことは魔法少女アイカと呼ぶこと! いい!?」
「む……わかりました。魔法少女アイカ」
いまいち釈然としないまま、キョウカはそう言った。本人に自覚はないが、実は相手を下の名前で呼ぶのが気恥ずかしいだけである。本人に、自覚はないが。
「つーか、こんなこと話してる場合じゃないわよ。多分、厄災はまだ死んでない。そろそろ……っ! 立ち直る頃だと思ってたわよ!」
アイカの話に割り込むように、アイカの真上から落雷が襲う。瓦礫を押し退けながら、厄災が戦いに復帰した。その顔は心なしか、怒りに歪んでいるように見えた。
「あれ……?」
キョウカは現れた厄災を見て、違和感を覚えた。おかしい。ついさっき、確かに攻撃を当てて吹き飛ばしたはずなのに、厄災には傷1つない。棘付きの金砕棒がヒットしたのだ。皮膚に穴の1つも空いていなければおかしいのだ。そして、厄災の手元を見て気がつく。厄災がその手に持つ太鼓の側面に、穴が開いていることに。
「進……魔法少女アイカ、さん。私のさっきの攻撃、ガードされていたみたいです」
「そう。別に、そんなのあんまり関係ないわよ。……魔法少女キョウカ。少しだけ時間を稼いでくれない?」
「時間を? どのくらいですか?」
「30秒間あたしが狙われなければいいわ。合図したらあたしの正面から退くこと。いい?」
「はい。やってみます」
返事をし、金棒をしっかりと握り直す。どうしたら、目の前の厄災に自分を狙ってもらえるのだろうか。キョウカに戦闘の知識は無いが、要するに自分を相手せざるを得ない状況を作ればいいわけだ。つまり、やることは一つ。突っ込んでぶん殴れはいい。
思考時間は2秒も無く、すぐに結論を出したキョウカは地を蹴った。蹴られたアスファルトがガリッと音を立てて削れ、魔法少女キョウカは一瞬で厄災の目の前まで到達する。そのまま力任せに、叩き付けるように武器を振るった。だが、その攻撃はまたも厄災を傷つけることはなかった。
厄災は右手に持ったバチを使って、キョウカの攻撃をガードしたのだ。そのままつばぜり合いのような形になるが、キョウカの高い身体強化率をもってしても押しきれる様子はない。それどころかキョウカの方が押しきられ、厄災に弾き飛ばされてしまう。
その瞬間、キョウカの背に悪寒が走る。何か嫌な予感がして、キョウカは飛ばされながらも金棒を地面に突き刺し、飛ばされる方向を無理矢理変えた。近くのビルの壁にしたたかに背中を打ち付け、ダメージにキョウカが咳き込む。
その直後に放たれたのは、激しい落雷だ。キョウカの位置を予測したその一撃は、もしキョウカが方向を変えていなければ確実に命中していただろう。キョウカは冷や汗を拭うと、すぐにもう一度厄災に突撃する。厄災によそ見をさせてはいけない。厄災が見るのは、キョウカただ一人でなくてはならないのだ。
しかし、そんなキョウカに再び悪寒が襲う。落雷攻撃が来る予感がする。キョウカはすぐに地を蹴り、少しだけ右方向に自らの位置をずらすと、再び厄災を目がけて跳ぶ。ついさっきまでキョウカの居た場所に、雷が落ちた。
大気の震え、僅かなスパークの音。これらのほんの少しの情報から、キョウカは落雷を予測している。本人に自覚はないが、攻撃の回避ならそれで十分である。
(30秒、って……意外と長いんですね)
再び厄災とかち合いながら、キョウカは思う。バチと金棒が接触。しかし、今度は力比べには持ち込まない。すぐに離れて、息を整える。
自分が今何秒稼いでいるのか、キョウカは把握できていない。アイカが何をしているのかは知らないが、そちらに注意を向けるわけにもいかないから把握のしようがない。気にするのは無駄だ。そんな暇があるなら動け。キョウカは自分にそう命令して、三度目の突撃をしようと地を蹴ろうとしたその時。先程よりも強い、特大の悪寒がキョウカを襲った。なんとなくわかる。この厄災は今、
キョウカはすぐさま体を翻し、全力でアイカの下へ駆ける。キョウカの予感が正しければ、次の落雷はアイカの頭上から降る。
「間にっ……合えぇ!」
そして。地を蹴った推進力のまま魔力飛行をして、キョウカはアイカの頭上に滑り込み、そのまま雷に打たれた。
「ぴったり30秒。よくやったわ、魔法少女キョウカ」
雷に打たれたまま、慣性で自らの背後に落下したキョウカに、アイカはそう声をかけた。彼女の手に、先程まで握られていたステッキはない。あれがキョウカの金砕棒と同じように、アイカの出した武器だとしたら、アイカはそれを仕舞ったのか? 否。それは違う。アイカの持っていたステッキは、たった今アイカが両手で持つ、大砲の砲身のようなものに変化したのだ。
「喰らいなさい。これがあたしの、全身全霊……!」
ソレは魔法少女アイカの持つ固有魔法。アイカが普段使っている魔弾という攻撃手段は、自身の魔力を弾丸として、自らの武器から発射するというシンプルなもの。やり方さえ覚えればすべての魔法少女が扱えるものだが、アイカは自身のステッキに魔力をチャージすることで、それを大幅に強化した一撃を放つことが出来る。
彼女の魔力がチャージされるに従って、彼女のステッキはその姿を変える。
「
目の前の厄災など、一瞬で蒸発させられる程の物である。
その砲身から放たれる魔力の奔流を避ける方法など、目の前の厄災は持っていない。故に抵抗はできない。極太のビームに飲み込まれた厄災は、同じく飲み込まれた周囲の建物と共に文字通り跡形もなく消滅してしまった。
「キョウカ!」
役割を終え、ステッキに戻った自らの武器を握り直すと、アイカは後ろで倒れたままのキョウカに声をかけた。
「生きてる!? ああもう、返事しなさいよこのバカ! ……あおちゃんさん、聞こえる!? 近くにいるんなら早く来て、キョウカが雷に打たれたの!」
いくら身体強化率が高かろうと、魔法少女になって多少ましな耐久力を手にしようと、落雷の直撃は命に関わる。そもそも、直撃しておらず、落雷の余波を喰らってしまっただけの埼玉の魔法少女二人は負傷撤退しているのだ。
「キョウカ! 起きなさい、返事をして! あんた、こんなとこで死んだら承知しないわよ! ……目を覚ませったら!」
アイカがキョウカの手を握り、必死で呼びかける。その祈りが通じたのだろうか。キョウカは、ゆっくりと目を開けた。
「れ……しんど、さん……やくさい、は?」
虚ろな目でアイカの姿を捉えると、呂律の回っていない様子でそう言った。
「倒したわよ、ちゃんと! それよりあんたよあんた! 無茶しすぎなのよ! 時間稼げとは言ったけど、盾になれなんて一言も言ってないでしょ……!」
「でも、進藤さんは、狙われなければ、いいって。狙われたら、避けたり、守ったり、出来なかったんですよね?」
「だからって……! あたしの代わりに落雷の直撃受けることなんて無いでしょ……! もっと自分の命、大事にしなさいよ!」
「……私、人でなしなので。自分の命とか、どうでもいいんです。私が死んで、厄災を倒せるのなら、別に死んでもいいです。今の興味を満たせなくなるのは、残念ですけど」
それを聞いたアイカが、ギリ、と、キョウカにも聞こえるほど強く歯軋りをした。
「あんた……!」
「お待たせぇ! 哀歌ちゃん、響花ちゃんは大丈夫ぅ!?」
よりいっそうの怒気を孕んだアイカの言葉は、しかし直後にやってきた葵の声によって中断された。アイカはガシガシと頭を掻くと、葵に響花の状態を伝えた。
「……とりあえず、状況は把握しました。護送用バイクで運ぶのは良くないと思うから、基地から護送車を手配するわぁ。響花ちゃん、平気ぃ?」
「全然、体動きませんけど、なんとか。大丈夫だとは、思います」
そう言って、響花はいつもの笑顔をしようとする。実際は全然うまく笑えていないが、表情を取り繕おうと試みれる程には余裕があるようだった。その事実に葵は胸を撫で下ろすと、護送車を手配すべく関東本部との通信を始める。
その様子を見ながら、魔法少女アイカは考え事をしていた。彼女がまだ新米の時。彼女と共に厄災の討伐に出た先輩たちと、さっきの響花の行動を重ねて、舌打ちをする。
「勝手に人のこと庇ってさ。それで死なれたらいい迷惑なのよ……!」
吐き捨てられたその言葉は、響花の耳にも、葵の耳にも届くことはなかった。
to be continued.