魔法少女『鳴海響花』は、自らを人でなしと定義する。   作:個人情報の流出

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AugustClown様、路徳様、わけみたま様、ステゴロガンジー様、評価ありがとうございます。
ギギギアル様、感想ありがとうございます。励みになります。

 前回7話において、厄災「雷」が瓦礫でダメージを受けた描写をしましたが、設定に矛盾した描写であったために修正を行いました。後々話にも出てきますが、厄災は魔法少女か同じ厄災からの攻撃でなければダメージを受けません。申し訳ありませんでした。


厄災『雹』
「そうやって自虐的なことを言うのは良くないかなって思うわよぉ」


 5-3教室。昼休みもそろそろ終わるという時。響花の同級生が泣いていた。彼女の友人が本人を取り囲み、口々に慰めの言葉や、彼女を泣かせた男への愚痴を吐いていた。

 どうやらその男は、彼女の告白を断ったらしかった。

 

「その子を慰める言葉をかけるのはわかりますけど、あなたたちはどうして怒っているんですか?」

 

 思わず声をかけた。響花には、彼女の友人たちが怒り、あまつさえ暴言を吐いている理由が全くわからなかった。だって、彼女とその告白に、友人たちは全く関係がない。

 彼女たちの暴言の対象が響花に変わった。響花の言葉が気に触ったようだった。何が彼女たちの気に触ったのか、響花にはついぞわからなかった。

 

「あんたなに言ってんの?」「怒るなんて当たり前じゃん!」「良子が振られたんだよ?」「あんなにアピールしてたのに!」「振るなんてありえないでしょ!?」「なんでわからないの!?」「バカなんじゃないの!?」「頭大丈夫!?」

 

 口々にかけられる言葉の、その全てが響花にはわからなかった。だって。

 

「そんなの、あなた達になにも関係ないじゃないですか」

 

「……信じらんない」

 

「あんたみたいなやつのこと、何て言うか知ってる?」

 

 ──人でなしって、言うんだって。

 

「はあ。そうなんですね」

 

 その時、初めて言われたその言葉。嘲笑するように言われた、人でなしという罵倒。

 

「そうだったんだ……ありがとうございます」

 

「は? なに言ってんの?」

 

 それが、響花の胸に驚く程しっくり来て。11年わからなかった自分の正体がようやくわかった気がした。思わずお礼を言ってしまう程、響花の心を前向きな方向に動かした。

 響花は笑みを貼り付けた。鏡の前で何度も練習した、『素敵な笑顔』。なぜ罵倒したはずの響花が笑うのかわからず、響花に人でなしと言った少女が後退りした。

 

「なに、あんた……なんで笑ってんの?」

 

「気持ち悪いよ……?」

 

 理解できない、といった表情で言う彼女らに、響花は笑顔のまま言った。

 

「ええ。その通りです。私は、人でなしなので」

 

 

 

 

 

 

 パチリ、と目が開いた。どうやら夢を見ていたらしい。酷く懐かしくて心底どうでも良い、でも確かに響花の心に影響を与えた、そんな光景。

 目覚めた響花の視界に飛び込んできたのは、少しくすんだ白い天井。見覚えのある天井だった。どうやら響花はベッドに寝かされているらしい。

 

「魔法少女基地関東本部、医務室……」

 

 ボソリ、と自分が今いる場所の名称を呟いて、頭の中を整理する。確か自分は、厄災と戦っていて。進藤さんに時間を稼げと言われて、そして……雷に打たれた。

 

「気を失って、すぐに気がついて……それで、また気を失った?」

 

 なんか気を失ってばかりだな、と響花は思う。大厄災と戦った後まで、気絶なんてしたことがなかったのだが。

 自分の体を見下ろし、前回目覚めた時に着ていた検査着をまた着ていることを確認する。こんなところまで前回と一緒だ。なんだか、タイムリープをしているような気分である。隣に葵がいないので、そういうわけではないのだが。

 とりあえず、葵か誰かに自分が目覚めたことを伝えなければなるまい。響花はベッドから出ると、医務室から出るべく、裸足のままペタペタと足音を立てながら医務室の扉に向かった。

 

「……はい。…………れは、申し訳ないと…………ました」

 

 扉の近くまでやってきた響花の耳が、葵の声を聞き取った。扉の向こうで電話でもしているのだろうか。

 

「………ですか? いえ、それは…………です! ……………いいえ、ですから!」

 

 なんだか語気が強い。だが、葵の電話の雰囲気がどうだろうが響花には関係のないことである。さっさと起きたことを伝えてしまおうと扉の前に立ち、センサーが反応して扉が開く。

 

「明日葉篝は必要な人材です! 戦えない理由はご存じですよね!?」

 

 そして、扉が開いたことによって葵の声がハッキリと聞こえるようになり。その言葉を聞いた響花の目が大きく見開かれた。

 

「とにかく、明日葉篝についてはこれからもうわああああああ!?」

 

 電話をしながら動かした葵の目と、爛々と輝く響花の目がバッチリと合い、電話に集中していた葵が絶叫する。聞かれたくないことを聞かれてしまったという叫びである。

 

「あ、いえ、すみません、何もないです! 明日葉篝についてはこれからも関東本部で所属のまま預かります! 失礼します!」

 

 電話を切った葵が大きなため息をつくと、すぐにすごい勢いで響花の方を向く。そのまま両手をがっしりと響花の肩にのせ、ひきつった笑顔で言った。

 

「お、おはよぉ、響花ちゃん! よかったわぁ、目が覚めたのね! ところで、あなたなにも聞いてないわよねぇ? ね?」

 

「筑波さんは、明日葉さんが戦わない本当の理由を知っているんですか?」

 

「ああああああばっちり聞かれてるううううううう!」

 

 ガクリ、と項垂れる葵。相当聞かれたくなかったらしい。だったらこんなところで電話をするなという話である。

 

「筑波さんがなにか知っているだろうことはなんとなくわかっていました。確信は持っていませんでしたけど」

 

「バレテタ! ナンデ!?」

 

 あまりに衝撃が大きかったのか、片言になる葵。響花はそんな葵の様子を意にも介さず、どうしてそう思ったのかを理由を葵に告げる。

 

「だって、作戦室に入った明日葉さんに言ってたじゃないですか。『出られるの?』って。これ、明日葉さんに出られない事情があって、それを筑波さんが知っていないと出てこないですよね?」

 

「ワタシ、ソンナコト、イッタカシラァ~?」

 

「言ってました。バッチリ」

 

「迂闊!」

 

 葵は頭を抱えた。篝の『事情』を知っているのは、魔法少女基地関東本部や、魔法少女基地の上層部の中でも限られた人物のみである。明日葉篝の希望によって、口止めをされているからだ。

 

「……篝ちゃんが戦えない理由に、興味があるのぉ?」

 

 動揺した気持ちを切り替えて、葵は響花に問うた。彼女の目に写る響花の目は輝いていて、昨日までの彼女とは違うと一目でわかったのだ。

 

「はい。私は明日葉さんから戦わない本当の理由を聞くために、ここに残りたくて戦うと決めました」

 

 響花にとっては、願ってもないチャンスであった。明日葉篝本人から聞き出すのは骨が折れると思っていたのだが、こんなところに事情を知っている人が居るとは思ってもみなかった。篝から聞けるのが一番だが、知ることができるのなら他の人から聞いても構わなかった。

 

「……その、戦うと決めた理由に関してはよくわからないから、今は置いておくわ。長い話になりそうだから、落ち着けるところに移動して話しましょうか」

 

 そう言って、葵は場所を変えることを提案した。こんなところで立ち話をするのもなんだし、響花は検査着のままだ。廊下で立ち話なんてしていたら、風邪を引いてしまうだろう。響花がコクリと頷くと、葵は響花を待たせて医務室に引っ込んだ。中から響花の靴を持ってきた葵がそれを響花に履かせて、そのまま共に移動する。

 

 

 

 葵は、響花を連れて廊下を歩き、一つの扉の前で立ち止まった。室名札には休憩室とある。ここなら落ち着けるでしょう? と言って、葵は微笑んだ。

 休憩室には広いテーブルと四脚の椅子があり、小さく簡素なコンロとシンクも備えてあった。葵と共に中に入り、葵が引いた椅子に腰かけた響花は、何の気なしに壁にかけてあるデジタル時計を見る。デジタル時計の日付から、響花は雷の厄災との戦いから1日経過していることを確認した。

 

「コーヒーは飲める?」

 

 葵が電気ケトルを手に響花に問い掛ける。響花は首を横に振るが、それは彼女がコーヒーを飲めない、という意味ではなかった。

 

「コーヒーは飲んだことがありません」

 

「え、そうなのぉ? どうしてぇ?」

 

「母は私にあまり食事の世話をしてくれませんでした。私自身もコーヒーに興味を持つことがなかったので」

 

「え……でも、給食で出るわよねぇ、コーヒー牛乳」

 

 葵は首をかしげる。給食で出るコーヒー牛乳。葵はたまに出るそれが大好きで、かなり楽しみにしていた過去がある。今でもたまにコンビニなどでそれを見かけると、買って飲むくらいである。

 

「いいえ……コーヒー牛乳は出たことないです」

 

「えぇ!? 今ってコーヒー牛乳出ないのぉ!?」

 

 ジェネレーションギャップに見舞われる葵。大好きなコーヒー牛乳がもう給食では出ないことに、結構なショックを受けた。

 

「ま、まあ、それじゃあ、今日が響花ちゃんのコーヒーデビューと言うことで! お砂糖、沢山いれて飲んでみましょぉ!」

 

 葵はそう言って、テキパキと二人分のコーヒーを淹れる。といっても、粉のインスタントコーヒーだが。

 

「さ、どーぞ!」

 

 響花は、葵が運んできたクリーミーな薄い茶色のコーヒーを覗き混む。これがコーヒー牛乳というものか。対面に座り、ニコニコとしている葵に見守られながら、初めて間近で見る液体をしげしげと見つめたあと、マグカップを持ち上げて、一口啜る。舌全体で味わって……響花は顔をしかめた。

 

「甘い……ですね、これ……」

 

「あ、あら? 響花ちゃん、甘いの苦手?」

 

「そう、みたいです……」

 

「あちゃあ……ごめんねぇ、すぐ淹れ直すわねぇ」

 

 慌てた様子で立ち上がる葵。響花はそれを手で制した。

 

「いいえ、大丈夫です。全部飲むので、早くお話を」

 

「あら、そぉ? ……わかりました」

 

 葵は椅子に座り直し、コーヒーを一口、口に含む。

 

「さて……と。篝ちゃんの話だったわね。あの子が戦わない理由は本人から聞いたと思うんだけど、響花ちゃんはそれを信じなかったの?」

 

「はい。嘘をついていると思っていました」

 

「それは、どうしてぇ?」

 

 響花と篝は出会って間もない。例え響花の勘がどれだけ鋭くても、篝の言い分にどれだけ無理があったとしても、それだけで彼女が嘘をついていると断定するのは難しいはずである。しかし、響花は篝の語る理由を嘘だと言った。それはなぜか。葵はそこに疑問を持った。

 

「勘です。あの時、明日葉さんは自分が用意した理由(言い訳)を必死になって伝えてるように見えたので」

 

「……そうなのね」

 

「それに、明日葉さんは『めんどうだから戦わなかった』じゃなくて、『戦わない理由はめんどうだからで納得してくれないか』って言ってました。これ、なんとなく本当の理由を隠してるような雰囲気がしますよね」

 

 響花は淡々と、篝に感じた違和感を列挙していく。篝には『勘』の一言で済ませたそれが、明確に言語化されていた。

 

「なるほどねぇ。すごいわねあなた。まあ、実際私はその場に居なかったから、響花ちゃんが感じたそれが正しいのかどうかはわからないけど……事実、篝ちゃんは戦わない……いえ、戦えない本当の理由を隠しているから。あなたが感じたそれは、きっと正しいのでしょうね」

 

 響花の語ったことが本当なのかどうか、それはわからない。だが、響花の感じたことは実際に当たっているのだから、そんなのは些末事だ。

 

「じゃあ、教えていただけますか? 明日葉さんが何を隠しているのか」

 

「残念だけど、それは言えないわ。篝ちゃんにとって、とてもセンシティブなことだから」

 

 しかし、響花の勘が当たっていることと、だから葵が真実を語ることはイコールではない。

 

「隠しているってことは、それだけの理由があるってことよ。篝ちゃん自身が『面倒だから戦わない』って理由を使っているのも含めて、篝ちゃんは事情があってそうしてる。それを、私が軽率に口に出してあなたに伝えることはできないわぁ」

 

 私に聞いているってことは、篝ちゃんからは聞けていないんでしょう? 最後にそう言って、葵は響花の目を見る。その瞳が、私は全く諦めていないと雄弁に訴えていて、葵はため息をついた。

 

「それでも。私は知りたいです。どうしても教えてはいただけないんですか?」

 

「そう言うと思ったわよぉ。でもダメ。どうしても知りたいなら、篝ちゃん本人から聞きなさい。篝ちゃんが自分から言っても良いって思えるほどに、彼女と仲良くなることよ」

 

 それはとても難しいことだ。だからこそ、篝のことを知りたいと望むならそうして欲しい。葵はそう考えていた。

 

「……わかり、ました」

 

 響花は唇を噛みながらそう答える。葵から聞き出すのは難しいと判断せざるを得なかった。ふわふわした雰囲気の人だから篝に聞くよりも早そうだと思っていたのだが、葵は思ったより口が固いようだ。

 

「というか、響花ちゃんはどうして篝ちゃんのことを知りたいのぉ?」

 

 そう問われて、響花は自分のことを葵に説明した。自分が興味を優先させる、人の心がわからない人でなしだということを、いつも通りに。

 

「ふぅん。そうなんだ」

 

 葵の反応は、実に軽いものだった。幻滅されたのだろう。響花はそう判断した。

 

「はい。私の行動は、興味本位なものが殆どです。……気持ち悪いですよね。すみません、私は人でなしなので。そう思うのも無理は……」

 

「え? 私、気持ち悪いなんて思ってないわよぉ?」

 

「え……?」

 

 響花は、葵のその答えに動揺した。響花が今まであってきた人たちは、殊更邪険に扱わないまでも、響花の人となりを知れば皆距離を置いた。同級生は勿論、響花の噂を聞いた上級生や下級生、先生などの大人に至るまで、響花を腫れ物を触るように扱っていた。だから、響花はそう扱われるのを当然だと思っていたのだ。

 

「興味本位っていうのは、別に悪いことじゃないと思うわぁ。度が過ぎると問題だけどね。興味を持つってことは、深く知ろうとするってことでしょう? 色々なものに興味が移るっていうのは、それだけ色んなことを知りたいと思っているってことじゃない。気持ち悪いと思うことなんて一つもないわよぉ」

 

「……いいえ。そんなに綺麗なものじゃありません、私の『興味』は」

 

「そうかなぁ? 私はそうは思わないけど。あ、でも、そうやって自虐的なことを言うのは良くないかなって思うわよぉ。自分のこと、人でなしだなんて言わないで」

 

 葵は、自分のことをよく知らないからそう言えるのだ。響花のことをもっとよく知ったら、この人も私を邪険に扱うに決まっている。

 

「……考えておきます」

 

 響花は曖昧に微笑んで、コーヒーを呷る。甘ったるさを感じないように、極力味わわず、喉の奥へと流し込んだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

「あ、そうだ。哀歌ちゃんが、響花ちゃんが起きたら呼んでくれって言ってたのを忘れてたわ」

 

「進藤さんが?」

 

「うん。響花ちゃんと一緒にお出かけしたいんですって」

 

「おでかけ……」

 

 どういう風の吹き回しなのだろうかと、響花は首をかしげた。

 

「あんまり、興味ないです。おでかけ」

 

「そぉ? でも、興味なくても行って損することはないんじゃない?」

 

「そう、でしょうか」

 

「そうよぉ。一回くらい行ってみても良いと思うわぁ」

 

 そう言って立ち上がった葵が、懐から取り出した分厚い封筒を響花に渡した。

 

「これは?」

 

「ふっふっふ。開けてみて~?」

 

 葵に促され、響花が封筒を開けて中を見る。中身はお金だ。響花が見たことないくらいの大金がそこにあった。一万円札が……何十枚あるのか。十や二十では足りないが、残念ながら、響花はお札を手っ取り早く数える方法を知らなかった。

 

「え、な、え?」

 

「お出かけするならお金が必要でしょぉ?」

 

 葵の言うことはもっともだが、そんなおこづかいみたいなテンションで渡していい額では到底ないだろう。慌てた響花は、封筒を葵の胸に押し付けるようにして突き返した。

 

「だからって、流石に受け取れません、こんなに。お返しします」

 

「いいから受け取って。これは別におこづかいとかじゃないんだから。命を懸けて戦い、厄災撃破に貢献した魔法少女への正当な報酬よぉ」

 

 突き返された封筒を押し返しながら、葵は言った。大厄災と雷の厄災の分だから、すごく分厚くなっちゃったけどねぇ、と彼女は笑う。

 

「報、酬……」

 

「響花ちゃんは大活躍なんだから、上に無理言って色付けたのよぉ。大切に使ってね」

 

「そういうことなら、いただきます。ありがとうございます、筑波さん」

 

 封筒を手元に握りしめてそう言う響花を見て、葵は満足そうに笑った。

 

「さ、早く行ってあげて。多分、哀歌ちゃんは寮にいると思うから。それと、私のことはあおちゃんって呼んでねぇ」

 

「はい。行ってきます、筑波さん」

 

 そう言って、休憩室を出る響花を見送った葵は、椅子に座り直して、もう冷めてしまったコーヒーを啜る。

 

「去り際くらい、あおちゃんって呼んでくれてもいいと思うんだけどなぁ……ぐすん」

 

 涙目でそう呟いた葵を慰める人は、ここには一人も居なかった。筑波葵、28歳。もうすぐ三十路である。

 

 to be continued




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