今日はバレンタインらしい。でもあたしには関係ない。
あたしが必死で勉強していると、階段を、とんとんとん、とあがってくる音が聞こえた。きっとおばあちゃんだ。あたしは、ふう、とため息をついた。
おばあちゃんの昔話に付き合う間、あたしの勉強は、ストップしてしまうのだ。来年受験なのに。
タッチペンを持つ手をとめて、あたしはおばあちゃんから声がかかるのを待った。
「留美ちゃん、留美ちゃん」案の定、おばあちゃんが声をかけてきた。
「なあに、おばあちゃん」
くるり、と椅子を回転させて、あたしは扉の方を向き、おばあちゃんが扉をあけるのを待った。がちゃり、とドアが開き、おばあちゃんが笑顔で入ってきた。
「今日はバレンタインだけど、誰かチョコをあげる人はいないのかい? おばあちゃん、チョコを買ってきてあげたよ」
「余計なお世話よ! チョコなんて誰もいらないわよ!」
おばあちゃんが差し出したチョコを見る。チョコだけでも結構高額なはずなのに、ごていねいに、ピンク色のリボンがかけられている。まあ、リボンはチョコほど高額ではないにしろ、いまどき、リボンをかけてもらって喜ぶ人なんているの? いないわよ、時代遅れよ、おばあちゃん。
「そうかい? あたしの若い頃は、みんなバレンタインデーには、ワクワクしてたものだけどねえ」
おばあちゃんはさみしそうに、リボンをかけたチョコを見つめ、リボンを指でいじった。そんなおばあちゃんを見て、あたしはちょっとかわいそうに思った。あたしはおばあちゃんにやさしく言った。
「ごめんね。でも、もうチョコを食べてくれる人間なんていないから。もう人間はみんな滅びちゃったから」
人間が滅びたのは、あたしが生まれる十年以上も前だ。あたしは、人間を知らない子供たちなのだ。今の世界には、人間はもういない。人間は自分で、勝手に滅びてしまった。
「そうだったね……。じゃあこのチョコは、人間が再生されるまで、とっておくことにするかね」
「人間の再生なんて、おとぎ話でしょ? もう人間の時代は終わったの。時代はあたしたちの時代、AIの時代よ」
人間の再生技術が、研究されているのは知っている。でも、そんなのは無理なのだ。もしそれが可能なら、人間以外の、人間が滅ぼしてしまって動物だって、再生できているはずだ。それができない限り、人間の再生だって、無理な話だ。
「そうだね」
おばあちゃんはさびしそうにそういって、また階段を、とんとんとんと、降りていった。
(おわり)