闇の巨人は正義を語らない   作:頓西南北

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中学生日記。


05ヒーローって何だ?

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 休日が明けた月曜日の朝、というのはいつだって憂鬱なものだ。自由時間が少ない労働者ならさもあらん、中学生にとっても同じ事。

 まあ、その辺は個人差もあるかもしれないが、僕には関係のない事だ。授業とか面倒だし退屈だし、ぶっちゃけアパートに引き篭もってひたすらゲーム三昧やってた方が何倍も有意義だ……とか言いながら結局登校している辺りは、社会規範に逆らえない日本人の悲しさか。

 

「真面目に精一杯努力しても、相応に要領がよくないと何の意味もないんだよねー……はぁ」

 

 前世の自分にその手の才能はなかったらしい、と溜息を吐きながらカバンを下ろし、自分の席に座ってスマホを取り出して時間を確認。まだ授業開始までにはそれなりの時間があるようなので、普段から愛用している小説アプリを立ち上げて、優雅に読書の時間と洒落込む事にする。

 掌サイズのスマホさえあれば膨大な書籍データを放り込んで、好きな時に好きな小説を楽しむ事ができる。ネットで公開されているもの限定とはいえ、そもそもネット小説の母数が膨大であるため読める作品がないという事もなく、データのダウンロードも通信料以外は無料。暇を潰すのにこれ以上のアイテムは存在しない。

 

 スマホの画面をスクロールして文章を辿りながら、さりげなく教室を観察する。一見すれば普段と大して変わりない教室に見えるのだが、先日の事件、至近距離で暴れた怪獣のせいで学校中のガラスが盛大に割れて飛び散った事もあって重傷軽傷問わず結構な怪我人が出ており、普段よりも出席している生徒が減って教室の人口密度が下がっている他、ホームルームが始まるまでの暇な時間を教室で歓談する事で潰している生徒達の中にも結構な割合で分かりやすく包帯を巻いているヤツらがいたりする。

 ガラスが全損した校舎の方はこの土日を全力で使う事で既に修復が完了しているようだ。綾波レイ、正確には彼女に憑依したファウストによれば、どうやらストレイジの母体である碇財閥とかいう企業体が景気よく金を出してくれたのだとか。

 

 ちなみにそんな事をしている間、僕に話し掛けてくるような友人は存在しない。生来の低コミュ力のお陰で元から人間関係は最低限だし、その上で先日まで爆豪によるいじめの被害に遭っていたのだ。そんな人間に話し掛けてくるような奇特な人間は、このクラスにはまず存在しない。

 だからこそ、こうやってリア充グループに取り込まれて時間を潰される事もなく、暇な時間を100%自分のために使い潰す事ができる訳だが。

 

 …………できる、わけだが。

 

「ちょっとごめん。夕霧アカツキくんだよね。ちょっと話を聞かせて欲しいんだけど」

「あー…………霧島マナさん、だっけ。何か用?」

 

 どうやら、今日に限ってはそうそう上手く行かないようだ。せっかく爆豪がミンチになって下らないいじめなんぞで時間を潰される事もなくなった、と思ったが、自由を満喫する前にもう一つ片づけなければならない用事があったらしい。

 名前を呼ばれたので、逃げ場がない。仕方なしに顔を上げると、そこには色素の薄いディープブラウンの髪をショートヘアにした女生徒が、こちらに視線を合わせるように中腰で立っている。見た感じ人懐っこい笑みを浮かべているように見えるが、その一方で目の奥が笑っていないように見える辺り、あまり楽しい話ではなさそうだが、ともあれ。

 

 相手に聞こえるか聞こえないかくらいの音で舌打ちすると、とりあえず話を聞く体勢になって、と。

 

「……それで、何の用? 少なくとも愛の告白ってノリじゃなさそうだけど」

 

 霧島の肩越しに、少し離れた場所で彼女と一緒に転校してきた男子生徒二人がこちらに鋭い視線を飛ばしてきているのが見える。こちらは霧島とは異なり表情自体に欠片の柔らかさもない辺り、あまり嬉しくない用事だと理解できる。

 あるいは彼らの裏の顔がストレイジの戦闘要員だ、という推測未満の当てずっぽうが正しければ、その内容はこの間のネルフの尋問と大差ないのだろうけど。

 

「最近、部活の勧誘が面倒でね、だから私達で新しい部活を作ってしまおうって思ってるの。この学校、新聞部ってないでしょ?」

「部員の勧誘ならお断りで。何で僕にお誘いが来たのか分からんけど、僕は生まれてからこの方、帰宅部以上に自分に相応しい部活動なんて存在しないと思っているから」

 

 前世では、それなりに部活動の経験がないでもない。学校のルールとして部活動強制だったからな。だが今の学校にそんなルールはないため、こうして帰宅部生活を謳歌している。それを譲る気は基本的に、ない、のだが。

 

「あ、そうじゃないの。新聞部の件で取材したいのよ。この間、君、光の巨人に助けられたでしょ。だからその時の事をちょっと教えて欲しいな、って」

 

 取材に来た、という話に関しては少し意外だった。質問の内容はそれこそネルフからの尋問と大差なかったりする辺り、割と怪しくはあるのだが。まあ、ヒーローのごとき巨人に助けられた一般中学生として不自然ではない程度に、精神的距離を置いて答えてやればいい、か。

 

「……まあ、そういう事なら、概要程度なら。あまり盛り上がる話し方はできないけど、その辺は自力で何とかしてくれ」

 

 そんなわけで、ネルフの尋問の時に捏造したのと同じ、一連の事件の流れ(捏造)を話し始める。そこまで大した冒険譚じゃないし、話としてはむしろつまらない部類ではあるのだろうけど。一つ一つ、箇条書きみたいにして項目ごとに簡単に、分かりやすく。

 

 爆豪にいじめを受けていた事。

 半不登校状態で、久しぶりに登校したらエスカレートした暴行を受けた事。

 暴行を受けていたらヒビキが助けに入ってくれた事。

 ヒビキにまで手を上げようとした爆豪に向かって、眼球の怪獣が襲い掛かった事。

 それをいきなり乱入してきた光の巨人に妨害された事。

 しかし結局、眼球の怪獣が光の巨人を引き付けている最中に現れた黒い巨人が、爆豪を殺してくれた事。

 

 要約すると、何も知らないし分からない。黒い巨人の正体が僕である、なんて吹聴できるはずもないので。

 

「────と、まあ僕が話せるのはこんな所かな。戦いのあれやこれやとか、ロボットとか怪獣とかの詳しい解説とかそういう話を求められても困るけど、質問があるなら聞くよ」

 

 とりあえず口下手相応に分かりやすく話したと思うのだが、まだ何かしら不満というか納得がいかない部分がありそうな顔をしている霧島の顔を見てとりあえず質疑応答のタイミングを挟むと、そこから帰ってきたのは予想外の質問だった。

 

「えぇっと……夕霧くんはウルト……光の巨人に助けられたんだよね?」

「違う。それははっきり否定しておくよ。光の巨人が助けたのは僕に対するいじめの中心人物だった爆豪であって、僕を助けてくれたのは第一にヒビキであり、第二にあの黒い巨人だ。あの光のバッテン野郎じゃない」

 

 さっきまでの話をどんな風に聞いていればそういう解釈ができるのか、という質問に対してはきっぱりと否定を返す。要するに、霧島が不満そうだったのは疑問点があったからじゃなくて、単純に欲しかった答えがなかったから、って事か。どうでもいい話だが。

 

「でも、その……ダー、じゃなくて黒い巨人だって、ほら、何か怪しい事でも企んでいるのかもしれないし……」

「それは光の巨人に対しても言える事だし、黒い巨人が僕達を助けてくれたのは動かしようがない事実だ。っていうか、あの光の巨人こそ本当に信用できるのか? 爆豪が好き放題して人を殴っている間は何一つ助けてくれようとかそういうのはなかったのに、いざ僕達が助かりそうになったらいきなり割り込んできてヒーロー面して爆豪を助けに入るんだぞ? あんなヤツを助けるようなヤツが、信用できるわけがないだろう」

 

 少し腹が立ってきた、かもしれない。食い下がる霧島の様子はどこか必死なようにも見えるが、しかしどんな理由があれ、僕の立場からすれば黒い巨人、つまりは僕自身であるダークキラーを貶めてまでウルトラマンエックスを擁護しようとするその言い分は、僕からすれば勝手な言い草でしかない。

 だから逆にこちらからエックスを貶めるような発言まで口に出してしまうわけだが、こういうのも売り言葉に買い言葉、っていうのだろうか。

 

 そんな風に言い合い一歩手前の会話をしていると、横から援護射撃が来るのはコミュ強者の特権というものか、少なくとも僕には持ち合わせはなくて。

 

「ふざけるな! あいつは人を殺しているんだぞ!」

 

 などと横合いから大声を出したのは霧島と同じ転校生のムサシ・リー・ストラスバーグ、見た目浅黒い肌のワイルド系イケメン、とでも言うのだろうか。怒りに任せて平手を机に叩きつけるその動作さえも相応に様になっているのは、イケメン様の特権というべきか。いかにもリア充全開なビジュアルは僕からすれば可能な限り敬遠したい類の相手だ、実際にどれくらいリア充な生活をしているかは知らんが。

 

「ああ、殺してくれたよ。最悪のクズしか助けようとしないどっかのバッテン野郎とは違ってな」

「っ……何だと!?」

 

 ストラスバーグが反射的に伸ばしてくる手に胸倉を掴まれる前に、逆にその手首を掴んで捻り上げる。それに引き寄せられる体勢になった相手と至近距離で睨み合いながら、口を開く。

 

「親の権力に守られて好き勝手放題に暴力! カツアゲ! 爆豪のヤツがそんなクズだったのは、転校してきてそろそろ一週間だし、それだけ時間があればアンタも理解しているはずだ。でもそんなクズに殴られている人間を見て見ぬ振りをしておいて、いざ人がそのクズから解放されそうになったら、横から正義面してしゃしゃり出て命がけでクズを助け出す! 随分とイケメンなヒーロー様だよ、本当にさあ!」

「そんなにいじめが嫌なら、自分の力で何とかしてみろ! 都合のいいヒーローに縋ってんじゃねえ!」

 

 拳が飛んできた。

 

 身体を捻ってそれを躱しながら、その勢いで掴んだままの相手の手首を捻り上げるが、振り解かれる。

 避けた拍子を装って手首を潰すつもりで仕掛けたが、勘のいい野郎だ。とはいえ一旦距離を放して手首を抑えたところを見れば、それなりに痛めた、か。

 あまり考えている余裕はない。間髪入れずに踏み込んでくるストラスバーグが、鍛えられたボクシングのステップで矢継ぎ早に繰り出してくる拳を回避しながらだ。

 拳速、威力、正確さ、どのパラメータを取っても異様な程で、その性能はチートで強化されている僕にさえ肉薄する。

 

「さっすがヒーロー様だな、言う事が違う! 安全な場所から上から目線で……自分でやるつもりもない苦労を、人に押し付けてんじゃない!」

 

 咄嗟に近くにあった椅子を跳ね上げ、掴み取って拳をガード。爆発じみた音を立てて受けた背板が真っ二つに割れる。金属パイプの枠に木板を張った、日本中どこにでもある普通の椅子だが、こっそり巫邪霊媒スキルを使って補強すればそれなりの強度は出る。それが一発でこの有様だ。

 唐突に始まった乱闘に教室が騒然となった。周囲の椅子や机を蹴散らしながら、殴り掛かってくる相手に応戦する。その一方で、他の生徒達は理不尽な暴力の対象にされているこちらを助けるような気もないらしく、教室の隅に避難してて手に汗握りながら観戦している。

 霧島はストラスバーグを制止しようと声を上げるがそれ以上の事はせず、当然ながらストラスバーグが止まる事はない。もう一人の転校生である浅利ケイタに至っては、腕組みをしながら厳しい表情で見守っているだけで、何の役にも立たなさそうだ。まあ、始めから向こう側の連中に期待するだけ無駄、か。

 

「うるせぇ! 俺はただ、テメエみたいに被害者面して人を見下してる野郎が大嫌いなんだよ!」

「お前こそふざけんな! 人の内面見抜いたつもりで上から目線で説教か! 被害者が被害者面して何が悪い!」

 

 近くの椅子を新しい盾にしつつ、繰り返しの激音、両手で保持した椅子を盾にして使いながら、高速のテンポで繰り出されてくる相手の拳を一つ一つ捌いていく。板の部分は駄目だ、金属製のパイプ部分ならまだ耐えられるから、何気ない防御に見せ掛けて繰り返し打点をずらしたり、関節にぶつけたりして、相手の拳を痛めるような受け方を心掛け。

 

「アイツはただ、皆のために戦っただけだ! それを馬鹿にするのは誰だろうが許さねえ!」

「そりゃ随分とよく御存じだな! えらく仲良しみたいだが、証拠でもあるなら見せてみろ!」

 

 盾代わりの椅子で拳のワンツーを受けた瞬間、鋭く跳ね上がった回し蹴りが下からすくい上げるように椅子に命中する。

 その反動に見せ掛けて真横に椅子を放り投げれば教室のガラス窓に命中、前日に修復されたばかりのガラス窓が盛大に破片を散らして割れ砕ける音が、女生徒の甲高い悲鳴と併せて教室へと響き渡る。

 

「皆のためだ!? アホか、その皆ってのは僕が殴られてんのを何もしないで楽しく野次馬してた連中の事だろうが! 今もそうだ! つまり結局敵じゃねえか!」

 

 イジメを黙って見ているのは、いじめに加担しているのと同じ。小学校から繰り返し教えられる一般常識のごとき建前だ。建前はどこまで行っても所詮は建前、中身のない机上の空論なんて誰一人守ったりはしないが、それでもその言葉は常識で、つまり周りの野次馬共も、もちろん眼前のストラスバーグも日本の一般的な社会常識において例外なく、僕に対して暴力を振るっていた爆豪のオトモダチ、という事だ。

 そりゃあ、爆豪が僕よりも優先して社会的に保護されていたわけだ。ウルトラマンが爆豪を助けに現れるわけだ。

 

……ふざけんな。

 

 半ば怒りに任せて、足元の椅子を相手に向かって蹴り飛ばす。ガラス片の飛び散った床面を滑るようにして相手へと向かっていった椅子に、ちょうどこちらへと踏み込もうとしていたストラスバーグは足を絡ませて転倒する。その顔面の行く先は鋭いガラス片が撒き散らされた床だ。

 そこに倒れ込む寸前に手を突いて転倒を防いだストラスバーグに、思わず舌打ちする。ガラスで顔面ズタズタになればいいと思っていたが、勘のいいヤツだ。ガラス片で負傷した両手を拳に固めてファイティングポーズを取ったストラスバーグに対抗するように、僕もその辺の椅子を拾い直して盾を補充して……しかし、僕は拾った椅子をすぐさま足元に放り捨てた。それとほとんど同じタイミングで教室のドアが乱暴に開かれ、体格のいい教師たちが数人まとめて踏み込んでくる。

 

 喧嘩の当事者である僕とストラスバーグを取り押さえようと向かってくる教師たちに抵抗する事もなく両手を上げる僕とは対照的に、完全に頭に血が上っている様子のストラスバーグは制止する教師の手を振り払い、拳を固めて一直線に踏み込んでくる。半ば予想できていたが、それでも制止を無視するのは驚きだ。

 

「そうやってなあ……被害者面して周りを馬鹿にして誰も信じないで拒絶して! そんなだから、テメエは一生誰にも相手してもらえないんだよ!」

「クズのサンドバッグにされるよりは、万倍マシだよクズ野郎!」

 

 彼我の立ち位置を確認。正面からは真っ直ぐに突っ込んでくるストラスバーグと、その迫力に押されてか道を譲るように回避したマジ使えない教師共。生徒達は教室の隅に避難しており、背後にはまだ割れていないガラス窓。

 

 それだけ確認できれば十分だ。

 

 信じるのは、自分に宿るチート能力。それ以外に信じるべきものがない、という事実の裏返しでもあるが、ともあれ。

 

「この一発で反省しろ、馬鹿野郎!」

「テメエが自分を省みろ、クズの御仲間が!」

 

 助走の勢いを乗せて一直線に突き出されてくる最速の正拳突きをギリギリで回避し、その腕を取って背負い投げ。チートな転生特典により僕の徒手空拳の技は文字通りの宝具級だからして、それに及ばないストラスバーグにどうにかできる理屈はなく。

 捻りを加えて投げ飛ばされたストラスバーグの身体は、顔面から背後のガラス戸へとぶつかった。その反動を利用してストラスバーグの身体を逆方向に振り回し、砕けたガラス戸の破片が散乱する中心の床に向かってストラスバーグの身体を叩きつけると同時に、数人がかりで群がってきた教師たちが僕とストラスバーグをそれぞれ取り押さえに掛かる。

 

 自分の安全が確保されなきゃ、喧嘩の鎮圧もできないわけだ。……本当に、小賢しい大人共だ。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 生徒指導室に連行され、個別に事情を聴かれたので、特に隠す事もなくあった事を包み隠さず正直に話した。一言で要約すれば、ストラスバーグが全部悪い。無論、それで済むはずがなかった。

 

 何度も何度も繰り返し同じ事を聞かれた。時には詰問調で、時には優しく言い聞かせるように、時には声を荒げて脅し付けるように、あるいは人を変えて繰り返し繰り返し、しかし最終的に訊いてくる事はすべて同じ────それで、僕に責任は無かったのか?

 つまり僕に責任を認めさせる事で、都合よく僕に責任を押し付けたかったのだろう。そこにどんな大人の事情があったのかは知らないが、僕の知った事じゃない。

 

 責任なんてあるわけないだろう、馬鹿が。今回の事は、完全に向こうが悪い。

 

 冷静さを失っていた自覚はある。ストラスバーグの前、霧島に話をしている間から、かなり苛立っていた。

 それでも僕は嫌がらせじみた霧島の取材モドキに対して相応に理性を保って対応していたし、最初に声を荒げて殴り掛かってきたのはストラスバーグの方だ。そしてそれ以前に、僕は挑発らしい事をした覚えも何一つない。

 

 アイツは、アイツと何も関係のない僕の言葉に勝手に腹を立て、勝手に暴言を吐き、勝手に殴り掛かってきたのだ。

 

 だが、そんな事は学校側には何一つ関係なかったらしい。向こうに僕の言う事を何一つ聞くつもりがない、という事は理解できた。

 そういえば、大昔のRPGに似たような話があったな。「はい」の選択肢を選ぶまで同じ質問が繰り返され、先に進めないとか、そういうの。あれはお姫様が無理矢理旅に着いてくるとかそういう話だったが、こっちは僕にあらぬ罪を着せるためにやっている事だからこれっぽっちも嬉しくない話だ。

 

 結局のところ、粘りに粘って二時間。僕が自分の意志を曲げるまでに掛った時間だ。自分でも随分と粘った方だとは思う。

 

 向こうがこれ以外の結末を用意していなかったのだから、そうするしかなかった。こんな下らない、中身のない話し合いに付き合っていられない。

 もしこれ以外の結果を出したければ、それこそ転生チートを駆使して爆豪にしたように怪獣を召喚して学校ごと踏み潰すしかないだろうが、そういうのはやるべきじゃあない、はず、だと思う、し。

 

 連絡を受けて飛んできた母親は僕に何一つ声を掛ける事もなく、ひたすら教師やストラスバーグの保護者に頭を下げつつ、実に嬉しそうにひたすら僕を見下げるような話を声高に言いふらしてから、こちらを見て何か言いたそうな様子のヒビキの手を引いて自動車で帰っていった。

 

「……下らねぇ」

 

 二週間の停学だそうだ。ちなみにストラスバーグは三日間。どう考えても完全に僕の方が犯人扱いされているのは、元から爆豪との間に問題を起こしていたからか、それともストラスバーグの背後に何か権力の存在でもあるからか。どちらだろうが、僕にはあまり意味がない事だ。

 ひりつくように痛む頬を抑えながら、靴に履き替えて昇降口を抜ける。ストラスバーグの攻撃は全部防ぎ切ったが、その代わりとでも言うかのように母に殴られた。殴り返したい衝動を抑えただけ、よく頑張った方だろう。

 

 少し。そう、ほんの少しだけ、こう思う。どいつもこいつも不愉快だ、と。何なら怪獣を召喚しまくってストレス解消に勤しんでもいいかもしれんが、それをやってネルフやストレイジに潰れてもらうと、使徒迎撃が面倒になる、かもしれない。第三新東京市には僕の生活圏だってあるのだ。インフラ、物流、何もかも日常生活を維持するには必要なものだ。

 

 舌打ちして、すっかり暗くなった校庭を一人で歩いていく。現実とは本当に思い通りにならないものだ。頭上を見上げれば、すっかり暗くなり夜の色に染まった空にぽつぽつと星が浮かんでおり、夕日の残照は西空の地平線近くに薄っすらとしか残っていない。

 もうこんな時間か、と溜息を吐いて、スマホの時刻表示を確認する。あんなにも下らない話し合いで、こうも時間を無駄にされたのか。ああ、本当に不愉快だ。それこそさっさと折れておけば、もう少し楽に済んだのかもしれない。

 

 本当に、ロクな事がない。転生チートとか言っても、所詮この程度か。

 

 こんな事なら、ストラスバーグの事ももっと盛大にやり返してやればよかった。あえて自分からは攻撃しない、なんて縛りもやめて、思いっきり顔面ブン殴ってやればよかった。次は殴ろう。

 

「……まあいい。どうせ学校を卒業すれば、黄金律スキルで楽な暮らしができるんだ。働く必要とかないし、人と付き合って無駄にストレス溜める必要だってなくなる。将来は勝ち組だ」

 

 自分に言い聞かせるように口に出し、とぼとぼと歩きながら校門を抜けようとして、ふと足を止めた。半ば夕闇に塗り潰された校門の向こうに、一台の大型車が止まっている。

 ハンヴィー……いや、民間仕様のハマーとかいうやつか。民間車らしからぬゴツゴツとしたデザインは、元から軍用車として設計されたためか。趣味以外の理由で民間人が入手するにはいささか乗りづらい車種であり、それは要するに車の持ち主が車を趣味仕様にできるだけの裕福な暮らしをしているという事だ。

 リア充死ねよ、という感慨を呑み込んで溜息を吐くと、ハマーの隣で揺れる小さな光が消えた。そこにいた誰かが、吸っていた煙草の火を消したようだ。

 煙草の臭いは嫌いだし、こちらに副流煙を押し付けてこなければどうでもいい。さっさと車の脇を抜けて帰ろうとすると、吸っていた煙草を携帯灰皿に捨てた男性が、所用ありげにこちらへと向かってきた。

 

「夕霧アカツキ君、だね。君に話がある」

 

 体格のいい男性だった。とにかくやたらと体格が良く、二メートル近い筋骨隆々とした体躯が目を引く。収まりの悪い赤錆色の髪をオールバックにした彫りの深い顔立ちはともすればヤクザにすら見えかねないが、穏やかな表情が与える第一印象はむしろ穏和で頼もしく、子供に好かれそう、とすら思えるものだ。

 肩に羽織ったジャケットはストレイジの制服であり、その下の襟元を広げたYシャツと先端を胸ポケットに突っ込んだネクタイというラフな着こなしは、堅苦しい事を嫌う人間性を物語っている。

 

 総じて、頼れる大人。そんな風に見える。そんな彼は、僕に向かって真っすぐ頭を下げた。

 

「私は風鳴ゲンジュウロウ。ムサシとケイタの保護者をしている。改めてケイタやマナから詳しい話を聞かせてもらった。夕霧君、今回はムサシが本当に申し訳ない事をしたと思っている。改めて────」

「いや、いいですそういうの。わざわざ子供相手に頭下げようとする貴方の性格の良さには好感が持てますが、それはそれとして貴方が頭を下げても仕方ないでしょう。……問題を起こしたのは貴方じゃない」

 

 ……いや、本当にいい人だと思う。

 

 よく覚えていないが、僕の母親という名前の何者かが教師共と一緒になって僕の悪口を言って盛り上がっているのとは対照的に、一人だけ彼らを制止するような言動をしていたような気もするし。というか、そもそも母親が逃げるように帰っていったのも、この人に言い負かされたからだ。

 

 でもまあ、仕方ない。

 

 どうせ停学も決まってしまった事だし、頭一つ下げてくれるだけじゃ何の解決にもならない。

 目の前の風鳴さんには悪いが、無駄に話していても虚しくなるだけで何の意味もない。溜息一つ、その場をさっさと立ち去るべし。そう思ったのだが、そうは行かないようで。

 

「……一つ聞かせてくれないか? 手を出したのはムサシからだったはずだ。君はどうして、自分から罪を認めるような事を?」

「学校側が話の落ち着く先を最初に決めていて、それ以外の結論が認められないからですよ。最初から僕の意見を聞く耳なんて誰も持ってないから、僕が何を言っても意味がない」

 

 振り返って肩をすくめると、僕の背中に向かって伸ばされた風鳴さんの手が力を失ったようにだらりと落ちた。

 僕には、こういう時に都合よく助けてくれるような権力者の御友達なんていないのだ。それこそ、爆豪やストラスバーグとは違って。

 

「…………君は、それでいいのか?」

「いいも何も、僕が納得しようがしまいが、何も変わらないでしょう。だったら、何もしない方が体力の無駄にならない分、まだマシですよ」

 

 泣いても騒いでも怒ってもどうにもならない。

 

 ただ周りが迷惑するだけ。

 誰も話を聞いてくれないのだから、仕方ない。

 せいぜい、視界に入るだけで不愉快な周囲の人間の幸福度を目減りさせるために役立つ程度か。

 つまり、多少のストレス解消になる程度。

 

 本当に下らない。

 

「じゃ、そういう事で。僕はもう帰りますよ。それじゃ」

「待ってくれ! もし君が自分には何の力もないと、そう思っているなら……君にだって君だけの強さはある! 忘れないでくれ! 苦しくても、いじめに耐えて今まで真っ当に生きてこれたのはその強さがあったからだ!」

 

 その言葉に、僕は思わず足を止めた。

 

 …………さすがに、それはない。

 

 それだけは、その一言だけは言われたくなかった。僕に投げ掛けるには、あまりにも酷い一言だ。

 

 反射的に振り返って背後を確認するが、風鳴さんの表情に後ろめたさのような陰は見られない。おそらく、その言葉が持つ負の意味には気づいてすらいないのだろう。

 

だから。

 

「風鳴さん、貴方は『お前にはサンドバッグになる才能がある。だから一生そうやってクズ共のサンドバッグにされたまま惨めに生きていけ』って言われて、僕が喜ぶと思いますか?」

「それは…………」

「そんな強さ、いりませんよ」

 

 どうしようもなく深々と溜息を吐き出した僕は、口ごもった風鳴さんの返事も聞かずにそのまま歩き去る。

 もう言葉も尽きたのだろう、僕を引き留める声はない。

 

 それを勝った……というのだろうか? 少なくとも、舌戦をしていたつもりはなく、ただひたすら鬱々とした胸の裡を垂れ流すような重苦しい会話だった。

 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 はぁ、と溜息を一つ。

 

 乗り継いできた電車を降りて駅から出ると、時刻はすっかり遅くなっていた。

 

 小さな駅前にはコンビニが一件と、そして何かの施設の建設予定地らしい無人の工事現場が広がっており、剥き出しの土の上にあちらこちらと配置された足場や資材の束が、空から降り注ぐ月の光によって複雑な陰影を描き出している。

 その工事現場さえも建設途中で作業を放棄されたものであり、そんな辺鄙な場所であるから、こんな時間には人影一つ見当たらない。

 

 とりあえずコンビニに入り、今夜の夕食として弁当を一パック買ってアパートに戻る。

 ここから十五分歩けば、いつも通りのアパートだ。

 

 そう思って……しかし、僕は足を止めた。振り返ると、駅前の小さなロータリーの周りを取り囲むように灯る街灯の一本、その下のベンチに誰かが腰掛けている。

 僕と同じ中学校の女子制服を着た、ショートヘアの少女。怜悧な美貌に静かな無感情を浮かべた少女の姿は、墓地のように静まり返った夜の世界に溶け込むようにして佇んでいる。

 

「綾波じゃあないか。何か用か?」

「あなたを待っていました」

 

 綾波レイ、あるいはダークファウスト。そう呼ぶべき少女は、ベンチから立ち上がると僕に向かって頭を下げた。

 そうして彼女は、アスファルトとコンクリートで覆われた廃墟のような空間を、僕の隣に並んで歩き出す。

 

「あれで良かったのですか?」

 

 先に口を開いたのは、驚いた事に綾波の方だった。元となった綾波レイの性質をそのままに無口で無感情な少女だが、それが先に質問を寄越すというのは、なかなか珍しい事だった。

 

「何が?」

「昼間の暴力事件です。あれは完全に向こうの責任でしょう。主様が話していた内容がストラスバーグ君の気に障るものだったかもしれませんが、その話題を振ったのは霧島さんの方で、殴り掛かったのはストラスバーグ君です」

 

 無尽の古代遺跡のように静まり返った灰色の工事現場の中を真っ直ぐに伸びるアスファルトの上を、ぽつぽつと灯る街灯の列を辿るように二人して歩いていく。

 それほど長い距離ではなく、細い水路の上に掛かった橋の上を通って少し歩けば、やがて僕や綾波が住んでいる団地が見えてくる。

 

「殺してしまっても良かったのではないですか? 別にダークキラーとしての姿を見せなくても、怪獣を召喚すればいいでしょう」

「……ま、否定はできないよね」

 

 人間としては危険過ぎるそういう発想が出てくる辺り、彼女の本性は闇の巨人、という事なのだろうが、それはそれとしても僕自身、迷っていた事は否定できない。

 自分自身でも答えが出てこないのだ。だから、こうして自分でも嫌になる程に、何度も何度も自問自答を繰り返している。それはダークファウストのような生粋の闇の巨人にとってはあまり愉快なものではないのかもしれないが、しかし。

 

 ただ、それでも一つだけはっきり言えることがあって。

 

「何もかも、思い通りにはならないさ」

 

 チート能力とかあっても、だ。

 

 圧倒的な戦闘能力があるからといって、だから例えば裁判で勝てるかどうか、とは別問題なのだし。

 前世でも現世でも色々な小説を読んだりしたが、それで何もかも成功しているチート主人公と今の自分を比較して、一体全体ああいう風に幸せになるためには何をどうすればいいのやら。

 

 あるいはあの場でブチ切れて怪獣を召喚でもしていれば、何か変わったのか。

 まあ気に入らないヤツらは死んだだろうが、だからといってそれで幸せになれるのか。

 その一方で、だからといって自分だけただひたすら我慢してやられるままになっていればそれで幸せになれるのか。

 

 どちらにしても、幸せにはならない。八方塞がりだ。

 

「どうすればいいのかね、本当に……」

 

 そんな中身のない溜息の余韻は、芯のない煙のように夜の大気の中に拡散して消えていった。

 

 

 

 




 『気に入らないクラスメイトをウルトラマン(モドキ)の力で踏み潰す』と並んで、一番書きたかったシーンの一つ。
 チートがあってもどうにもならない思い通りにならなさ加減とか、そういうもの。

 ネルフやストレイジと違って、どこまでいっても『チートを持っている個人』でしかないので、戦闘では勝ててもこういう場面では割とどうにもならない。
 つまりは、身の回りに頼りになる大人がいるかどうか。


~割とどうでもいい設定集~

・風鳴ゲンジュウロウ
 元ネタは『シンフォギア』シリーズ。
 特務機関ストレイジの司令。地球防衛隊の隊長ポジション。
 地味なチート持ちの転生者だったりする裏設定があったりなかったりするが、割とそんな事は関係なくて普通にOTONA。元ネタ通りにこの世界でも頼りになるOTONAだが、残念ながら主人公の仲間ではない。

・ムサシ・リー・ストラスバーグ
・浅利ケイタ
・霧島マナ
 三人ともエヴァキャラ。元はマイナーなゲーム版とかで出てきたキャラらしいが、それよりも一昔前のエヴァ二次でネルフ以外に組織がある作品だと必ずと言っていいほどに味方として登場してきたキャラ。
 浅利ケイタのみチート持ち転生者だが、あまり関係ない。

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