元の世界に帰ることが出来る。
クラスの中心的存在である光輝からもたらされたその一言は、他の生徒たちに喜びと困惑を与えた。喜びは勿論の事だが、困惑すらも全員の心の声は一致していた。
どうやって? その答えが、何とクラスの中では底辺に居たハジメだったのだから、尚更である。少しでも話を進められるようにと、光輝が話を続けた。
「皆も知っての通り、このトータスにおける神エヒトは偽りの神だった。本当の神は、アルセウスと呼ばれるポケモンだ。ハジメの話によると、アルセウスは時間と空間を司る存在すら生み出していて、アルセウス自身も時空に干渉できるそうだ」
「アルセウスから言われたよ。僕らには元の世界に戻る権利がある。その為に戦ってくれた光輝たちへの御褒美だって」
「何言ってるんだ。ポケモンの事を教えてくれたのはハジメの癖に」
「いや、そもそも君が行動を起こさなかったら、僕らは聖教教会とかエヒトに使い潰されてたでしょ?」
こいつぅ、アハハ。肘で小突き合う二人の様子に生徒達はポカンとしながらも、やがて話を呑み込んでいき、帰れるという事実を受け止め、そして涙を流しながら歓声をあげた。
帰還するのは三日後。その間に準備をしておいて欲しいと語り、広場に残ったのはハジメ達ポケモン所有者であった。
「……やっぱり、辛い」
「雫ちゃん……」
悲しそうに目を伏せる雫と、彼女に寄り添う香織。幸利は苦々しい顔をしながらもハジメを擁護した。
「仕方ねえだろ。アイツ等は、地球の生態系から大きく外れちまってるんだ」
「だからって……! だからって、
ポケモンに関してリーダー的存在となったハジメ。彼の下した決断は、この世界で仲間となったポケモン達を、地球に連れて行かない事。即ちトータスに置いていくという事だった。
そもそもの話、今回のトータスへの転移はハジメ達にとって突然の出来事である。それ故に様々なものを地球に置き去りにしている状態だ。高校も卒業しておらず、地球でやる事はまだ残っている。ハジメ自身も、地球に於いて「ポケモン」というジャンルを起こしたいという願いは、中途半端なままだ。
そして、これは幸利も語った事であるが、本物のポケモンの力は地球の生物からかけ離れている。いくら人に慣れたポケモン達とはいえ、人間の欲望は恐ろしいものだ。圧倒的パワー、生物としての価値、そういった物を抱いて相棒が狙われる可能性が大いにあるのだ。
「そんな世界に、ドサイドン達を……僕は置けない」
「ボクも賛成かな。本当に、本当に悔しいけれど。ミミッキュ達に酷い事する地球人が居たら、ボクは本当に何をするか分からない。そんな姿を見せたくないもん」
「エリリン……」
重苦しい空気が流れる。そして、無言のまま解散となった。相棒たちに別れを告げる時間を、多く取りたいが故に。
その日の夜。優花はシェイミと触れ合っていた。キョダイマックスの混乱の中、シェイミは奮闘した。宿に飾られていた花……グラシデアの花に触れ、スカイフォルムへとチェンジ。特性「てんのめぐみ」とエアスラッシュの組み合わせで、虫ポケモン達を次々とノックアウトさせたのである。ハジメ達のように長い時間を戦った間柄という訳では無いが、それでも優花にとってはシェイミと共に過ごした時間は濃厚なものであった。
「シェイミ。私は……」
ランドフォルムとなっているシェイミに、地球へ帰ることを告げようとする優花。その瞬間、彼女の頭の中に声が響いた。
『ユウカ』
やや幼さの残る中性的な声。優花は目を見開く。
「この声……まさか!」
『ボクも、お別れ』
「シェイミ……!」
シェイミはテレパシーで、拙いながらも伝えた。自分たちはグラシデアの花が咲く季節になると、空を飛んで世界を渡るのだと。そのため、いつか優花とは別れなければならなかったと。
『ユウカ。抱っこ、してくれて、ありがとう。ありがとうの気持ち、いっぱい、いっぱい伝える。ユウカとの思い出、いっぱい伝える!』
「シェイミ……! 私こそ、ありがとう……!」
涙を流しながら、優花はシェイミを抱きしめた。
幸利と恵里も、その日の夜はポケモン達と触れ合っていた。
「お前には散々助けられたよなぁ、ガルーラ」
「ガルル」
「ボクは、ミミッキュのお陰でこうして居られるんだ。君が居なかったら……ボクは取り返しのつかない事をしていたかもしれない。本当にありがとうね」
「ミッキュ」
光輝に対して過剰な独占欲を抱いていた恵里。しかしミミッキュと触れ合い、一人では無くなった。否、孤独ではないのだと、周りに自分を見てくれる人が居るのだと気付かせてくれた。
ハルツィナ大迷宮から仲間になった、カゲボウズと元モクローのジュナイパー。彼らは新参ではあるものの、主人との別れを感じ取っていた。
「……悪い。やっぱつれぇわ……!」
ガルーラを抱きしめながら泣き崩れる幸利。ハジメの描いていたポケモンのイラストに心奪われ、そして本物と出会えた感激。旅を続けていく内に、ガルーラ達はかけがえの無い相棒となっていた。地球に連れていけない理由に、納得はしている。しかし感情がそれを上回っていた。
そんな時、幸利の背中を優しく撫でる者がいた。
「カルル!」
「子ガルーラ……」
ニコッと笑顔を見せる子ガルーラ。よく見ると目尻に涙が浮かんでいる。だが、その振る舞いはまるで「僕たちは大丈夫だよ! 泣かないで!」と言っているようであった。
「……まさか子供に慰められるなんてな。……あぁ。地球でやる事終えたら、真っ先に会いに行くからな!」
「勿論、ボクもだよ!」
互いのポケモンを抱きしめながら、二人は再会を誓った。
光輝たち勇者チームも、自分達のポケモンと触れ合っていた。
「パチリス〜! やっぱり別れたくないよぉ〜!」
「パッチィ〜!」
滝のように涙を流す鈴とパチリス。その光景に苦笑いしているのは光輝と雫。この二人が冷静なのは意外と思われるが、最初に別れたくないと語ろうとした時、それを制したのがそれぞれの相棒であった。方や、波導によって感情の起伏を感じ取る光輝のルカリオ。方や、相手の考えを敏感にキャッチする雫のエルレイド。別れの辛さを感じ取った両者は、相棒の肩に手を乗せる事で伝えたのだ。いつか再会できることを。
『ボクも別れたくない。だけど、立派な聖剣士になるって決めたから!』
ケルディオもそうであった。彼は元々、若き聖剣士。光輝との旅はかけがえの無い物であるが、自分にもやるべき事がある。
「なら俺も、地球でやる事を終えたら、必ず此処に来るよ。だから……待っててくれ!」
「ルオン!」
『うん!』
「私も必ず来るわ。ツタージャ、あなたともっと触れ合いたいもの」
「……ジャ」
「エルッ」
雫のツタージャは顔を背けるが、握手として差し出した彼女の手を尻尾で掴んでいた。エルレイドも騎士の如く頭を下げて頷く。
「テッカニン、ゲッコウガ。俺たちがまた来るまでの間、お前たちも頼む。素早い忍者コンビのお前たちなら、もっと強くなれるから!」
「テカッ!」
「コウッ!」
浩介も自分のポケモン達に声をかける。必ず再会できると信じての約束であった。
「ワンリキー! ……細かいことは無しだ! また会おうぜ!」
「リッキィ!」
互いにマッスルポーズを取り、筋肉コミュニケーションを取る龍太郎とワンリキー。ぐだぐだと別れ文句を言うよりも、ストレートにぶつけ合う。これが彼らの在り方だった。
また会える。その根拠はない。しかしハッキリと言うことが出来る予感であった。
そして、ハジメと香織。2人も己のポケモン達と向かい合っていた。
「……とても濃密な旅だったね」
「ドッサイ」
ドサイドンの頷きに、バサギリとルガルガンも続いた。アルセウスを解放する為の旅。そしてエヒトの打倒。それらを終えた彼らは静かにハジメと語り合っていた。
「……本当に、ごめんね。この世界に置いていく選択をして」
「クゥーン……」
ルガルガンが弱々しく鳴いた。ハジメを批難しているのではない。寂しい故に鳴いたのだ。すり寄る彼をハジメは優しく撫でる。
香織もピンプクを撫でる。前に出て戦うことが少なく、まだ進化していない。だが彼女が香織に懐いているのは自然なことであった。
「ピンプク。……絶対に、戻ってくるよ」
「僕もだよ、みんな。地球の事を終えたら……必ず来るから」
ハジメが拳を突き出す。この中で付き合いの長いドサイドンが、指を突き出した。軽く触れ合う。
ドサイドン達は、泣かなかった。泣いたら相棒の決意を鈍らせるから。それでも、この気持ちを堪えるのは……どのバトルよりもキツイものであった。
帰還の日がやって来た。見送りには、リリアーナとユエ、シア、そしてフリードを始めとした数名の魔人族もいる。
「ありがとう、ユエ。シア。君たちとの旅はとても楽しかった」
「私たちもです! ……次会ったら、ポケモンと私たちがもっと仲良くなっている景色を作ります!」
「その為にも、私は叔父様と一緒に魔人族の国に行く。メルジーネ大迷宮で見たように、一度は和平を結べたのだから。今度は実現してみせる」
「その為にも、私も全力を尽くします。……ハジメさん。ポケモン達の事は、任せて下さい」
トータスに残る、ユエとシア。彼女らも人とポケモンとが共存する世界を作るために残るという。リリアーナは、ハジメ達が置いていくポケモン達を預かってくれるとの事だった。
『では、時空を開くとしよう』
厳かに響く声。アルセウスが光を放つと、ハジメ達の立っている場所が金色に輝き始めた。
「みんな!」
ハジメがドサイドン達に声をかける。
「絶対、絶対に帰ってくるから!!」
その瞬間、バシュンッ!と音を立て、ハジメ達の姿は消えた。
「……寂しくなります」
「けど、みんながまた来た時の為にも、私達でやるべき事をやろう」
ユエの言葉に、全員が頷いた。
その日、大人達は不思議な夢を見た。突然行方不明となった子供達。捜索の手がかりも無く、半ば諦めの境地に居た時に、その声は聞こえた。愛する我が子が自分を呼ぶ声を。
その声に導かれるように、大人達は件の校舎へと集まる。
「ハジメ! ハジメ!」
母親の菫が息子の名を叫ぶ。父親である愁も辺りを見回す。
「確かに声が聞こえた。此処にいる人達もそれで来たんだ。ならば居るはずだ……!」
その時だ。突然金色の光が辺りを照らす。大人達が一瞬目を瞑る。再び目を開くと、そこには……
「父さん! 母さん! ただいま!」
愛する息子が、声を上げていた。
今回が最終話。
次回、短めながらエピローグです。