暗闇の森の中を、熊人族が行進する。武装など必要ない。彼らの武器は己の全身なのだから。
「(おのれ人間……そしてその元凶のハウリア族め!)」
怒りを隠さずに進む男の名は、レギン・バントン。次期族長の候補とも言われており、現在の長老であるジン・バントンに心酔していた。
だからこそ、そんな敬愛する存在が戦えなくなったと聞いた時は、たちの悪い夢ではないかと疑った。
「(爪でも牙でも傷一つ付かない人間だと? デタラメだ! そんな人間、いる筈が無い!)」
居たとしたなら化け物だ。レギンは心の内で、ジンを戦闘不能にしたハジメを口汚く罵倒する。
アルフレリック達の忠告を無視した彼らは、長老の仇を討たんと、ハウリア族を初めとする人間達を殺そうとしていた。
「もうそろそろ、裏切り者共がいる場所に着くぞ。奴らは逃げ足が速いが、戦えはしない弱者だ。1人残らず殺せ!」
そのように指示を飛ばした、次の瞬間だった。
1人の熊人族が、片足を持ち上げられるような形で宙に吊るされた。そしてそのまま放り投げられる。
「う、うわぁぁ!?」
「罠だと!? 周囲を警戒しろ!」
慌てふためく熊人族を草陰から見ていたのは、『本来の歴史』ならば花を踏まないようにしていたハウリア族の少年である。
「最初の作戦は成功。お手柄だよ、フシギダネ」
「ダネ~♪」
彼が、いわゆる御三家の1匹を保護していた事にハジメは驚いた。少年は、シアとユエのバトルを見てから、より積極的にバトル講座に参加するようになった優等生でもある。
ハウリア族は、気配察知や気配を消して隠れることが得意である。それ故にレギン達が此方に向かってきていることをすぐに察知した。ハジメが対処しようとしたのだが、カム達が自ら率先して迎撃を引き受けたのである。
少年がやったのは、フシギダネの十八番である“つるのムチ”を使って草むらから熊人族の足を引っ掛け、そのまま放り投げたに過ぎない。だが少年が気配を消している事と、そもそも夜の森という視界が悪い中での出来事なので、熊人族たちは何が起きたのか分からずパニックになる。そこが狙いだった。
「イトマル!」
「ビードル!」
「「“いとをはく”攻撃!」」
ハウリア族の中ではまだ結婚したばかりの夫婦が、それぞれの相棒に同じ技を指示する。左右から挟み撃ちにするように放たれた強力な糸は、複数の熊人族を縛り上げた。
「な、何だこれ!? 糸か!?」
「待ってろ、今ほどくからな!」
「声がしたぞ! 何処かにハウリア族がいる筈だ!」
すると彼らが向かう先から、若いハウリア族の男が2人現れた。側にいるのは、ムックルとポッポ。
「ムックル、“かぜおこし”!」
「ポッポ、風に向かって“すなかけ”だ!」
ムックルが翼を強く羽ばたかせて強い風を引き起こし、ポッポが砂を巻き上げて風に乗せる。それをマトモにくらった熊人族たちは悲鳴を上げる。
「がぁっ! 目に砂が入った!」
「口の中にもだ、ペッペッ!」
動けなくなった所へ、ミミロルを連れたハウリア族の女性が追撃する。
「今よ、ミミロル! “はたく”攻撃!」
「ミミロ~!」
「「ぐぁぁぁ!?」」
ミミロルの耳による攻撃は、大人でさえ泣き叫ぶほどの威力だ。
ハウリア族とポケモン達になす術もなくやられていく様子に、レギンは目の前の光景を否定するように首を横に振った。
「ハウリア族は戦いを忌避するんじゃなかったのか……!?」
「我々は変わらなければならない。そう教わったのだよ」
「っ! カム・ハウリア……!」
忌々しそうに睨みながら振り向くレギン。だがカムの側にいるポケモン、トランセルを見て嘲笑する。
「ふっ、そんなサナギで戦うつもりか? 舐めるなぁ!」
熊人族の怪力を発揮して襲い掛かるレギン。だが2人の間にトランセルが割って入る。それと同時にカムは指示を出した。
「トランセル、
トランセルの体が光り、レギンの拳を防ぎきる。レギンが仲間達を呆然と見ている間に、防御力を限界まで上げていたのだ。
「なっ……、馬鹿な!?」
更に、トランセルは輝き始め、その姿が見えなくなる。
「おぉ、これは! キャタピーがトランセルになった時と同じ、進化の光!」
カムが感慨深くその光景を見つめる。ハジメとのバトル講座を受けている途中、カムのキャタピーがトランセルへと進化した。当然この現象について知らないカムは慌てふためいたのだが、ハジメが丁寧に説明をした。彼から教えられたそのポケモンの名前を、カムは叫ぶ。
「フリ~」
「おぉ、バタフリー!」
見たことの無い現象に、混乱していたレギンはますます混乱する。
「す、姿が変わるだと……!? 何なんだ、お前たちは何なんだ!」
「ハジメ殿の言葉を借りるなら、ポケモントレーナーだ! バタフリー、“しびれごな”!」
「フ~リリィ~!」
「ぐあぁっ! か、体が、痺れ……」
こうして、夜明けを向かえる前に熊人族たちは無力化されたのだった。
その後、虫タイプのポケモン達による糸で熊人族は全員が拘束された。彼らはアルフレリック達に引き渡される。
「我々が強く引き止めていれば、このような事にはならなかっただろう。カム、ハジメ。申し訳ない」
「アルフレリック殿。頭を下げることなどありません。ただまぁ、全てを許しては示しもつかないでしょう。この熊人族全員に、しっかりと罰を与えてください」
「あぁ。今回の件に相応な罰を与えるよ」
流石に死刑は無いだろうが、長期間の労働や、何かしらの不自由が与えられるだろう。悔しそうな顔をするレギン達を無視して、カムはハジメの元へ戻る。今日は、迷宮のある巨大樹の霧が晴れる日だ。その案内をするために。
「カムさん。本当に今日が霧の晴れる日ですよね?」
「勿論ですとも! まさか疑っておられるのですか!?」
「霧が晴れる周期を忘れていたのはお父様じゃないですか……」
「シアまで!?」
「自業自得」
シアとユエの容赦ない言葉に崩れ落ちるカム。というのも、最初こそ迷宮への道は霧が無かったのだが、再び濃霧が立ち込めたのだ。ハジメは顎に手を当て考える。
「(でも何だろう。この霧、初めて樹海に来た時とは違う感じがする……)」
妙な違和感を気にしながら進んでいくハジメたち。だが霧はどんどん濃くなっていき、遂にはお互いの姿が見えなくなってしまった。
「な、何にも見えなくなりましたよ!?」
「ハジメ殿、ユエ殿、シア! 無事ですか!」
「ハジメ、大丈夫!?」
ユエの問い掛けに、ハジメは答えることが出来なかった。
「なん、で……。いや、霧や森との繋がりならあり得るかもしれないけど、こんな所で会えるなんて……!」
喜びと困惑が混ざった声が、震える。
「ザシアン、ザマゼンタ……!」
剣と盾の英雄の名を、呟いた。
遂にザシアン&ザマゼンタ登場……! 次回をお待ちください。