ハジメ達は、オルクス大迷宮と呼ばれる場所に近い、宿場町ホルアドへと来ていた。いよいよ、実戦の時が来たのである。
「大迷宮となると、洞窟かな? だとしたら居そうなポケモンは、ズバットにイシツブテ、後はクリムガンもあり得そうだな。あいつは確か洞窟に住んでた筈だから」
宿の部屋の窓から月夜を眺めつつ、明日の事を考える。ふと目を向けると、もしものためとメルド団長から渡された、鞘に入ったナイフが置かれていた。流石にボロボロの剣と盾では、不安があったのだろう。
「このナイフと、僕の錬成で……明日はポケモンを傷つけるのか……」
ハジメの記憶にあるのは、人間とポケモンが笑い合い、時に喧嘩しながらも前へと進む物語。だが今この目の前の現実では、本当に人間に襲いかかり、傷つけてくる存在だ。その事をハジメは否定しない。図鑑でも獰猛と説明されるポケモンは居るし、前世では未プレイだった「LEGENDSアルセウス」と言う作品のPVでも、ポケモンの技で主人公がダメージを受けると言うシーンを見たことがある。
それでも、それでもだ。頭で納得していても、手に握るナイフに強い嫌悪感を抱いていた。
「そういう意味では、ポケモンを知らない皆が羨ましいよ……」
その時だった。部屋をノックする音がした。
『ハジメ君、香織です。今入っても良いかな?』
「香織? うん、良いけど……」
そうして入ってきた恋人の姿に、ハジメはぎょっとした。今の彼女は、ネグリジェ姿だったのだ。
「いや、ちょ、香織!? 何て格好をしてるのさ!」
「…………」
「……香織?」
俯く香織に近付くと、突然抱き締められた。薄着だからこそ感じる女子の柔らかさに混乱するなか、香織は告げる。
「お願い、ハジメ君。明日は大迷宮に行かないで欲しいの!」
「……それは、何で? まさかとは思うけど、僕が足手纏いだから?」
「そんなこと無い! けど……嫌な夢を見たから……」
「夢?」
彼女は夢の内容を話した。ハジメが闇の中を歩き、香織はそれを追い掛ける。だがどんどん彼との距離は遠くなっていき、ついに消えてしまうというものだった。
確かに、予知夢だとしてもこれは最悪な内容だ。だがハジメには、引き下がれない理由があった。
「愛子先生の天職は非戦闘系だけど、食料に関する能力だから戦わなくても良いんだ。でも僕の場合は鍛冶職。僕の錬成する物が国に認められないといけない」
「そんな! それっておかしいよ! だって、ハジメ君は錬成の訓練で、騎士団の剣とか鎧の性能を上げたんでしょ!? それでも駄目なの!?」
ハジメは最初、錬成の訓練も兼ねて騎士団の壊れた剣などを修復する作業をしていた。すると、憑依転生者としてなのか、それとも「本来の南雲ハジメ」に才能があったのか、彼の錬成技術は瞬く間に向上していったのだ。メルドを始めとした多くの団員が、彼に感謝している。
「でも、錬成師と言うのは、数少ない天職持ちの中ではありふれてる。しかも普通の人間でさえ、技術を極めたいわゆる職人がいる。酷く言うと『代えがきく』って奴なんだ。だから僕は、迷宮探索に参加しないといけない」
「……ポケモンって、色んな所に居るんでしょ? それこそ迷宮のような場所にも。ポケモンを傷つける事になるんだよ……?」
「……あぁ、本当は嫌だよ。大好きなポケモンをこのナイフで切りつけたくなんて無いし、僕自身戦って死にたくないよ! でもやらないと駄目なんだ! 右も左も分からないこのトータスで生きるためには、自分の価値を証明するしかないんだよ!」
ハジメの視界が滲み、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。彼の心は悲鳴を上げていた。何で好きなものが排斥される世界なんだ、何で命の危機を間近で感じなければいけないんだ。だが今の自分は非力だ。目の前の世界はとても残酷だ。少しでも考えるのを止めたら死ぬ、そんな世界だ。
涙を流す恋人の姿に、香織も静かに涙を流した。好きな事について語る、子供のような無邪気な笑顔は、トータスに来てから消えてしまった。そんな彼の好きなポケモンも、架空ではなく現実として存在し、野生の生き物として牙を向く。自衛のためにも傷つけなければならないという状況に、彼はどれだけ精神的な苦痛を味わっているのだろう。
だからこそ彼女に出来ることは、優しく抱き締めて、指で彼の涙を拭う事だけだった。
翌日。ハジメ達はオルクス大迷宮へ到着した。だが迷宮の入り口前は、まるで観光名所のように賑わっており、受付まである程だ。
何でも、魔物ことポケモンを倒すとアイテムをドロップするらしい。傷を癒す不思議な木の実や、滅多に採れない薬草、時には宝石とその種類は様々だ。道中にも鉱床があるらしく、それらで一攫千金を狙うために冒険者が多く集まるのだとか。
迷宮に入ると、ヒカリゴケかそれとも特殊な鉱石のお陰か、中は意外と明るかった。奥へと進む途中、メルドが声を上げた。
「実戦開始だ! お前たち構えろ! まずは光輝たちから行け!」
「「「「はい!」」」」
光輝、雫、香織、龍太郎が先頭に立った。昨夜の事もあって本当はハジメの側に居たかった香織だが、治癒師として他の生徒を治すためにも離れざるをえなかった。
光輝たちが構えた先に現れたのは、ネズミの集団だった。
「あいつはコラッタだ! 1匹1匹は大したこと無いが、数で攻めてくるぞ!」
「(ちょっと待って!? あれって、アローラの姿のコラッタじゃないか! 何で迷宮に居るんだ!?)」
30センチと言う中々大きなネズミの集団に、雫や香織は顔が青ざめる。いかにポケモンと言っても群れで、それも暗闇の中を赤い目が無数に光るというのは、けっこう恐怖である。
そして、なぜ都市部に生息してる筈のアローラコラッタが居るのか。それは、先程の観光名所のようになった入り口が関係している。
入り口前には、様々な屋台や店がある。そこで食料を買って迷宮に挑む冒険者も多い。ここのコラッタ達は、そんな冒険者の食料を奪って食べることを繰り返すうちに、グルメな性格へと変わったのだ。さらに、洞窟と言う暗い環境も相まって、夜行性でグルメなアローラコラッタへと変化したのである。
戦闘に話を戻すと、コラッタは“でんこうせっか”で如何にも弱そうな香織へと突撃する。だがそこへ、眼鏡っ子の中村恵里が魔法で迎撃する。
また、天職『拳士』である龍太郎は衝撃波を発生するアーティファクトで、次々とコラッタを数匹まとめて吹き飛ばしていた。
雫は、宝物庫の中で刀に近い剣を選んでいたのか、抜刀術の要領で切り伏せていった。“かみつく”攻撃をしようと接近するコラッタ達は、一気に倒される。
そして光輝は、聖剣と呼ばれるバスターソードのような武器を振るい、コラッタ達を纏めて切り付けていった。彼の剣は、敵を弱体化させて自分の能力は向上するという、嫌らしい性能をしている。だが、光輝の攻撃を受けたコラッタ達だけが、他の個体と比べて大きくダメージを受けてるように見えた。
この現象を、ハジメは冷静に分析していた。
「(光属性が付与されてるとか言われてた気がするけど、悪タイプを持ってるアローラコラッタ達が大ダメージを受けてる。……なるほど、あれはフェアリータイプによる光なのかもしれない)」
更に言うなら、龍太郎の攻撃の仕方は完全に格闘タイプである。タイプ相性が有利なチートキャラが2人もいたのが、アローラコラッタ達の不運だろう。
あっという間に倒されたコラッタ達だが、群れの威圧感は消え失せていた。
「魔物たちは、衰弱すると小さくなって逃げてしまう。それを無理に追撃する必要はない。体力の無駄な消耗になるからな」
「メルド団長、あれ程の群れだとリーダーが居ると思うんですが」
ハジメがそう言うと、メルドはよく気付いたと言うような笑みを浮かべた。
「坊主、なかなか鋭いな。この先に、今の群れのリーダーである、ラッタが居る可能性がある。全員警戒して進むんだ!」
そうして進んでいくと、先程よりも大きく、太ったネズミが見えた。
「あれがラッタだ! 奴の前歯は鋭いぞ!」
「ヂュウウウウ!!」
太った見た目とは裏腹に素早い動きで、先頭の光輝達へと迫るラッタ。見た目とは違った動きに一瞬止まった光輝たちだったが、護衛の騎士が盾を構えて割って入ったため、被害は無かった。しかし前歯が盾に命中したときに「ガァァァン!」と音が響いた事と、その盾が少し抉られた事に、生徒たちは驚きを隠せなかった。
後方でそれを見ていたハジメは、出来る限りの知識を総動員して技を分析していた。
「(今のは、たぶん“ひっさつまえば”だ)」
すると、ラッタが何やら力を溜める動作をし始めた。
「(何だ? 何か能力を上げる技? ここはまだ浅い階層だから、レベルは低い筈。だとしたら……“きあいだめ”か!)」
この時ハジメは知らなかったが、このようにポケモンの技に関する知識がスラスラと出ているのは、前世の記憶と、天職『魔物学』による影響である。
ハジメの前世は、いわゆるエンジョイ勢と呼ばれるプレイであった。よってその知識は、ポケモン図鑑や公式設定による、生態に関する内容がメインである。天職『魔物学』は、それに追加してポケモンの技への知識を与えているのだ。
「まずい! 谷口さん、結界を張って! 何か大きな攻撃をしてくる! 早く!」
「え!? わ、分かった!」
クラスのムードメーカーでもある谷口鈴に結界を張るように大声で頼むと、南雲だからという理由で拒否すること無く、詠唱をして結界を張る。
「ヂュウウウウ、ラァッ!」
すると、ラッタは大きく口を開け、その鋭い前歯を光らせて光輝に迫ろうとしていた。
「(“かみつく”攻撃だ! さっきので力を溜めているから、まともに食らうとマズイ!)」
「くっ、このぉ!」
「チュウッ!?」
しかし、ステータスが元々高く、更に訓練によってそれが上昇した光輝にとって、その動きは隙だらけだった。鈴の結界によってダメージを受けることはなく、そのまま剣でラッタを切り裂いた。
「チュ、ウッ……」
そのまま姿を消したと思わせるほどに小さくなった事で、戦いを終えた。
「………………」
その光景が、今のハジメを複雑な気持ちにさせた。
人間側のステータスにあるレベルと、ポケモンの強さのレベルは一致しません。そう設定しました。そうしないと人間側がポケモンに蹂躙される可能性大なので……。
次回はいよいよ、運命の分岐点です。