激しい痛みが、香織を襲う。体の内側を変えられているような、すぐにでも地面を転げ回りたい程の激痛だった。
「う、ぐううううう!」
体が内側から破裂しそうな感覚で、もはや気合いで立っているような状態であった。
「(私の中が変えられていく……! 当たり前にあったものが無くなっていく! けど……!)」
ふと目を開ける。眩い雷の中に佇む、1つの影。
「アルセウス……!」
アルセウスは静かに佇み、香織を見つめる。まるで彼女を試すかのように。
「私は……約束したもん……! ハジメ君と一緒に行くって……! もう置いてけぼりなんて嫌なの!!」
――良かろう。
アルセウスが、頷いた。
雷が止んだ。先ほどまでの神々しい光は、ハジメ達はおろかイベルタルとゼルネアスすらも動きを止める程の眩さであった。
「香織……」
ハジメが声をかけると、香織は優しく微笑んだ。髪や目の色が変わるといった、大きな変化は見られ無い。
「今、癒すね」
両手の指を絡み合わせ、祈るように目を閉じる。その瞬間、彼女を中心に緑色の光の波が放たれた。
「っ! ゴルーグのモンスターボールが!」
「アブソルのボールもです! 緑色に光って……!」
ユエとシアが驚いたのも一瞬のこと。モンスターボールに吸い込まれるように緑色の光が収まると、コロンとボールが揺れた。まるで、元気になったよと言わんばかりに。
「まさか……回復させたのか? 瀕死状態のポケモン3体を、一瞬で!?」
ハジメですら大声を上げる程の驚き。だがゼルネアスは、命を司る者ゆえに香織の新たな力を察した。
『(真なる神よ……。あなたは認めたのですね。癒しの力を持つ彼女を)』
草タイプのプレートが与えたのは、癒しの力。元々香織にその素質はあり、さらにプレートを通じて彼女はアルセウスに認められた。
その結果、ポケモンの世界で通用する強力な癒しの力を手にしたのである。
彼女が先ほど発動した技能は、「復活の祈り」。
一部のポケモンが持つ“さいきのいのり”を独自にグレードアップさせた技で、瀕死のポケモンの体力を全回復させると言う効果である。
『真なる神の力だと……?』
脳内に響く声。僅かな戸惑いを含む声の正体は、イベルタルであった。ゼルネアスは最初こそ、対話に応じてくれると期待したが、それは一瞬のことだった。
『神の力を盗みし輩は貴様らか!!』
その怒りは、イベルタルから冷静な思考を奪ってしまっていた。彼の中では「
敵である筈の人間がアルセウスの力を使ったという事象は、「目の前にいる人間がアルセウスの力を盗んだ」という更なる誤解を招いてしまったのである。
『イベルタル、いい加減になさい! 彼らは奪ったのではありません! かの神に認められたのです!』
『黙れ! 偽神を崇める人間は、俺の敵だ! それを擁護するというのなら、貴様でも容赦はせんぞ!!』
もはや対話は不可能か。そう判断したゼルネアスが、更に伝説ポケモンとしてのオーラを強く放つ。それに対抗するようにイベルタルもオーラを放った。
「オーラがぶつかり合っている……!」
「2匹が本気でぶつかったら、離れてるとはいえ王国も危ない!」
「折角回復できたのに、どうすれば良いんですか……!」
ポケモンを出そうにも、オーラのぶつかり合いによって生じる強風で、ハジメ達は立つことがやっとだった。
『『はぁぁぁぁぁぁ!!』』
イベルタルは“デスウィング”を、ゼルネアスは全力での“ムーンフォース”を放った。
「危ない!」
香織が、強化された魔力によって頑強な結界を張る。それと同時に大爆発が起こった。
『双方控えよ』
煙が晴れると、2匹の間に入る「巨人」がいた。その正体を見て、ハジメは安堵する。
「ジガルデ……。間に合ったのか……!」
それぞれが放った技を、ジガルデ(パーフェクトフォルム)は片手ずつで抑えていた。そして握り潰すと、イベルタルへと向かいあう。
『イベルタル。偽神への怒りは尤もであるが、それ故の過剰な破壊は、余とて看過できぬ。ましてや真なる神に認められし者すらも敵視するならば、尚更である』
ジガルデが腕を空に向けて振るう。その瞬間、緑色に輝く光弾が上空からイベルタルに向かって降り注いだ。
『ぐぁぁぁぁぁぁ!?』
地面タイプの技である、“サウザンアロー”。本来、地面タイプの技は、飛行タイプを持つイベルタルには無効となる。しかしこの技は、飛行タイプにもダメージを与えるのだ。
『仕置きをせねばな。“コアパニッシャー”!』
さらに宙へと浮かび、手を翳すとそこから緑色の光線を地面に発射。その瞬間、Zの字を描くように地面が裂け、ドラゴンの力がイベルタルにダメージを与えた。
「す、凄い」
「イベルタルをあんな簡単に……!」
『ぐ、あ、がはっ……』
そうしてイベルタルは、とうとう戦闘不能になったのだった。
傷が癒えていく。目を開けたイベルタルが見たのは、1人の少女だった。
「良かった。元気になったみたい」
『……何故』
イベルタルは、強力な癒しの力を手にした少女……香織を睨む。破壊の化身であるイベルタルは、例え命が尽きるような状態になっても、再び繭へと戻り目覚めの時を待つのだ。ましてや傷を癒したならば、再び命を奪っていたかもしれない。それなのに心配そうに見つめていた彼女が理解できなかった。
「あなたに、人間を恨んだまま眠ってほしくなかったから」
『俺は命を破壊する者。やがては人間にも破壊をもたらすのだぞ』
「いつか人には死が訪れる。あなたと言う存在が居なければ生きる人たちで溢れかえって、星が壊れてしまう。……ゼルネアスさんやジガルデさんが教えてくれたよ」
『……………………』
「もう少しだけ、人間を見ていて欲しいの。人間全員がエヒトを信じてる訳じゃない。アンカジ公国の人たちも、シアが言うにはフェアベルゲンの亜人族のみんなも、今を生きようとしてるから」
真っ直ぐな目でイベルタルと向き合い、自身の願いを伝える香織。イベルタルは黙ったままゆっくりと起き上がり、ハジメ達を見る。
『……この人間が癒した事で、俺は暫くは繭に戻ることが無くなった。今はこの場を去ろう』
大きな翼を羽ばたかせ、空を飛ぶ。
『俺は、再びお前達の前に現れる。だがそれは、偽神を討つ時だ』
そうしてイベルタルは、大空へと飛び去っていった。
イベルタルが目覚めたままの状態で、ゼルネアスとジガルデはどうするのか。ハジメが訪ねるとそれぞれ別行動を取るとの事だった。
『私は、イベルタルを目覚めさせた者達の地へ向かい、“ジオコントロール”で破壊された箇所を直してきます。彼らもまた、偽神に利用されていたことを悟るでしょう』
『余は、偽神の遣いを探す』
10%フォルムへと姿を変えたジガルデがそう言うが、ハジメは頭にハテナマークを浮かべた。
「偽神の遣い?」
『銀の髪をした、人間に非常によく似たように作られた存在だ。あ奴らが人間や魔人族を扇動し、遊戯の争いを続けさせているのだ』
「銀の髪……。ハジメさん、もしかして海の神殿で見た、あの女の人!」
「シスターの格好をしていた! たぶん教会に潜んでいるのかも!」
「幸利、ティオ、リリアーナさん……!」
ハジメ達は、教会へと向かった3人が気がかりだった。
次回からは、教会襲撃チームの話です。