ティオに逃がされる形で、聖教教会本部へと駆け込むことが出来た幸利とリリアーナ。だが、待っていたのは歓迎の言葉でも心配の声でもなかった。
「異端者の1人が来たぞ!」
「リリアーナ王女が居るぞ。あいつ、王女を人質にしてるのか!」
「この卑怯者め!」
立ちはだかるのは、鎧と剣とで武装した神殿騎士たち。流石に王女まで敵視されることは無かったが、代わりに幸利が卑怯者呼ばわりされる状況となった。
「お待ち下さい! 私は……!」
「いや、良い」
なぜ恩人の1人が罵倒されなければいけないのか。その憤りからリリアーナが声を上げようとするが、幸利はそれを手で制する。そして反対の手でモンスターボールを掴むと、相棒の名前を呼んだ。
「行くぜ、ガルーラ!」
「ガァルルルル!」
「ま、魔物だ!? こいつ魔物を連れているぞ!」
「人間族の裏切り者だって言うのは、本当だったのか!」
「総員、詠唱準備! 一撃で片付けるぞ!」
神殿騎士たちも、剣を持った前衛と杖を持った後衛に分かれているようだ。後衛側が魔方陣を広げて詠唱をする間、前衛騎士たちがガルーラに向かって突撃してくる。
「纏まって来てくれてありがとよ。……“影縫い”!」
幸利が地面に手を当てると、黒い影が蛇のように動きながら騎士たちの影に潜り込む。影に『何か』を送り込まれた騎士は、体をガクンと硬直させたまま驚きに染まる。
「か、体が動かない!」
「馬鹿な、これだけの数をどうやって……!」
「鍛えたんだよ。ハジメにおんぶに抱っこじゃ、カッコ悪いからな。ガルーラ、動きを止めるんだ! “ふみつけ”攻撃!」
「ルアァァ!」
踏みつけると言っても、人間相手にでは無い。地面を大きく踏みつけると、その轟音により騎士たちの動きが止まる。だが流石に後衛には届かず、詠唱が続いている。トータスにおける魔法は、威力が大きいほど詠唱も長くなる。つまり現在まで完了してないと言うことはそれ程強力な魔法を放とうとしてるのだろう。
「魔法なんて撃たせねえよ! “メガトンキック”!」
「ガァル!」
攻撃を当てる場所は、再び地面。だが先程とは違い今度は亀裂が入るほどの威力。人間には当たってないが、(影縫いにより)動けないため逃げられないと言う恐怖を与えるには十分だった。
「私も加勢いたします。……ダークライ!」
『…………』
リリアーナの影から飛び出た黒い存在が、騎士達の影の間を駆け抜ける。あっという間に最後列まで辿り着くと、その姿と同時に強者としての気配を現した。突然の登場に騎士たちは更にパニックになる。
「なっ!?」
「馬鹿な、『悪夢の精霊』だと!? 何故こんな場所に!」
「我らの戦いを邪魔立てする気か!」
この戦いは正義である。そう信じている神殿騎士たちだが、ダークライには関係ない。両手を掲げて放つは、彼の専用技“ダークホール”である。
『眠レ』
ダークライは多く語らない。悪夢の弾幕が放たれ、黒い球体に飲み込まれた者は、たちまち眠りに落ちていく。
ドサドサと倒れる音が続き、幸利とリリアーナの視界は一気に良くなった。リリアーナがダークライに微笑むと、彼はリリアーナの影の中へと姿を消した。
「かっけぇ……って、呆けてる場合じゃなかったな。とっとと中に入ろうぜ、王女さま!」
「はい!」
2人が教会本部へと駆け込んだ後には、悪夢に魘される騎士たちの呻き声だけが響いていた。
教会内部に突入しても抵抗が無く、それどころか騎士を1人も見かけないことに、幸利は拍子抜けした。
「突入した瞬間に魔法を撃たれると思ってたんだけどな」
「神殿騎士の仕事には、町の警護なども含まれています。清水さんの知ってる人だとデビッドさんとか」
「なるほど。流石に、各地の騎士を全部集めてはいなかった訳か」
すると、静かな大広間にコツコツと靴の音が響く。2人が音の方へ顔を向けると、そこには厳しい目付きのイシュタルがいた。
「リリアーナ様。これは、どういうつもりですかな?」
「どういう、とは?」
「エヒト様が異端であると断じた人間と共に行動し、あまつさえ『悪夢の精霊』を従えている……。とてもエヒト様の信徒とは思えませぬ」
「……世界は変わる時です。ここへ来る道中、私の知らないような事を見てきました。それこそ、世界の歪みとも言える光景をも」
リリアーナは、悔やむかのように目を瞑り、語り続ける。
「よく考えればおかしい事でした。別の神を信仰することが悪であり、それ故に魔人族が滅ぼすべき存在なのだとしたら、初めからエヒト自身の手で滅ぼせば良かったのです。だと言うのに、我々人間に戦争を続けさせて、今回に至っては異世界の人間まで巻き込んだ!」
そして目を見開き、イシュタルに問い掛ける。
「イシュタル教皇! あなたはエヒトを、完璧な存在だと言った。救いの手を差し伸べるとも! だと言うのに神自らが手を出さない! この矛盾は何なのですか!」
問われた本人はと言うと、信仰すべき存在を呼び捨てにする事を初めとした数多の不敬に、怒りが込み上げていた。
「黙れ小娘が! エヒト様は我らより遥か高みの存在! そしてこの教会は神の代弁者である! 王家であれど所詮は人間である貴様に、神は矛盾していると教会内部で叫ぶとは何たる不敬者か!」
「時代は変わる時です、イシュタル教皇。我々は神の傀儡では無い。神のお告げだからと思考を停止してはならないのです!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」
聞く耳を持たず激昂するイシュタル。リリアーナは幸利を見るが、彼は首を横に振った。そして彼女は決断する。
「ダークライ」
『…………良イノダナ?』
「王家も強く出なければ、変われませんから」
『……承知シタ』
ダークライは一瞬にしてイシュタルの懐に潜り込むと、“ダークホール”を作り出す。
「『悪夢の精霊』、貴様……!」
『眠レ』
その瞬間、イシュタルの目の前は真っ暗になった。
目が覚めると、自分は鎖に繋がれていた。声を出そうにも猿轡を噛まされている。
「(ここは……ライセン大峡谷!?)」
罪人の処刑場として使われてきた場所に立たされている。一歩足を踏み外せば自分はたちまち落ちていくだろう。騎士らしき男が何かを言っているが、よく聞き取れない。
「(何をしている! 教皇である私が、なぜ処刑されなければならない! な、なぜ近付く。止めろ、よせ、止めろぉぉぉぉぉ!?)」
騎士に突き飛ばされ、空へと放り出される体。たちまちイシュタルは闇に吸い込まれていく。
体を打ち付けた痛み。だが峡谷の岩だらけの景色とは違い、今度は森の中だ。
「っ! 喋れる……」
痛む老体に鞭打って立ち上がると、背中に何かが突き刺さった。
「うぐぁぁぁ!?」
振り返ると、弓矢を持った人影……否、よく見るとその耳や毛並みからして、亜人族が現れた。
「あ、亜人族が、人間にこのような事をして……!」
だが彼らの目は、まるで獣を見つめるような目付きであった。次の矢を取り出すと、イシュタルへと狙いを定める。
「ひ、ひいいいい!」
無様な声を上げながら、走って逃げ出した。
ギロチンで首を落とされた。
貧しい人間たちから、石を投げられた。
磔にされ火炙りにさせられた。
「これは夢だ! 『悪夢の精霊』が見せている悪夢だ! だから私は死なない!」
頭で理解はしてるのだ。してるのだが……
「夢の筈だ! なのに何故痛みを感じるのだ!? 私はあと何回痛めつけられる!?」
夢の筈なのに痛みを感じると言う矛盾。それが、イシュタルを混乱させていた。
「早く覚めてくれ! 早く、早く、覚めてくれぇぇぇ……!」
イシュタルはただ、悪夢が覚めるのを祈るしかなかった。
イシュタル教皇は、悪夢によるディアボロENDを迎えました。痛めつけられるのは悪夢の中だけなので、現段階では死んでいません。目覚めた頃には、職務が出来ないほど衰弱してるでしょう。