Pixivで上げていた物を総集編としてあげました(続きはpixivの方にあります)

ヘルエスタ王国に住んでいるアンジュとリゼが、ヘルエスタ王国の吸血鬼である健屋花那に出会う物語です

(短編じゃなくてかなり長いです)

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ヘルエスタ王国の吸血鬼 第一章 総集編

 第一章:吸血鬼との邂逅

 

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 ヘルエスタ王国、私が国家錬金術師の資格を得た国家であり、私の幼馴染であり友人であるリゼが第三皇女を務めるこの王国には、広大な森林があり、その中に実はかなり大きい二階建ての屋敷があって私はその前に立っていた。

 

「……それで、言われた通り着いた来たけど、ヘルエスタ王国にもこんな場所あったんだな」

 

 突然、家に来たリゼにこの場に連れてこられた私は、連れてきた本人である真剣な顔で屋敷を見上げていた彼女の方を見る。

 

「そうね、ここはヘルエスタ王国でも結構秘密にされている場所だから私や国が信用している人しか来れないようになっているの」

 

 まぁ、確かにここに来るまでの道のりで何回も分岐している道があったり、中には封印を施している道もあった。でも、そこまでしてこの国は一体何を秘密にしているかはリゼにはまだ教えてもらっていない為、なんでこの場に連れて来られたのかは私自身分かってはいない。ま、リゼに信用されているから私もここに連れてこられたって考えるとそれ程信用されているかはなんだろうなぁ。

 

「ここに侵入者が来たら知らせてくれる、ことちゃん、チャイカ」

 

 私が思考を回らしている間にリゼは振り返り後ろに私以外に連れて来ていた二人の方を見る。

 

「うん、了解したよぉ〜」

 

「任せなさぁ〜い」

 

 片方はケロベロスの戌亥とこ、もう片方は元傭兵のオカマではあるものの腕は確かなある人物、いや、エルフであり、現在、バーのママをやっているチャイカがそう返してくる。ただ、リゼがこの二人を呼ぶときは総じて戦闘に発展する事が多い。

 

「じゃ、行こう、アンジュ」

 

「あ、あぁ……」

 

 二人の方を見て感じた一抹の不満を心に抱えながらもリゼに付き添うようにして私は少し大きめの扉を開き中に入る。

 

「失礼します」

 

「し、失礼しまーす」

 

 照明は何一つ光っていない屋敷の中は玄関から見て左右に通路があり、正面にエントランス階段があり二階へと続いている。それらを確認しつつもエントランスの中央まで来ると後方で玄関が閉まる音がする。

 

「誰かいますか?」

 

「……まず、誰か、名を名乗りなさい」

 

 暗い中で自然と眼が慣れていく中、リゼが問いかけると唐突にそんな声が聞こえてきて屋敷の奥でふらりと腕を組んた黒髪に赤目の大人びた女性が出てくる。その女性を視認するや否やリゼが姿勢を正す。

 

「私はヘルエスタ王国の第3王女リゼ・ヘルエスタです」

 

「えっと、私はその付き添いできたヘルエスタ王国の国家公認の錬金術師アンジュ・カテリーナだ」

 

 そう名乗りを上げたリゼに続いて頭の後ろを掻きながらも私がそう言うと、その女性は赤い目を細める。

 

「そう、ヘルエスタ王家の人達ですか、この館には何の用ですか?」

 

「ここの館の主に会いに来ました」

 

 私を他所に話し始めたリゼと首を傾げた女性を見つつ私はつま先を軽く地面に突き靴の先に仕込んでいたチョークを出す。

 

「……そうですか、主は今はご就寝になられておりますのでお引き取りを」

 

 お腹の前で手を添えて丁寧に腰を折り礼を返して来た黒上の女性にリゼが食い気味に両手を握りながらも一歩前に出る。

 

「いえ、それが急用があり来た次第です!」

 

「急用ですか……」

 

 リゼの返しに頭を上げたその女性は腕を組んで右眉をピクリと動かした後、目を瞑って首を横に振る。

 

「……それでも、時間外の来訪は先んじてお話を通して貰わないと対応ができませんのでどうか、お引き取りをおね──」

 

「そんな事を言ってる場合じゃないんです!」

 

 リゼが強引にその女性の言葉を遮りそう返すと会話が途切れ会話の谷が生まれる。強引に言葉を切られて何処となく不機嫌な雰囲気のその女性とそんな彼女を諸共せず真剣な目で見続けるリゼとの間に無言の時間が生じる。

 

『…………』

 

「お、おい、リゼ……」

 

「急用って言うのはどう言う事だ?」

 

 話に割って入るべきかと思い声を掛けた辺りでいきなり後方から声が聞こえ、振り向くとパジャマを着た白髪とピンク色の髪が少し混じっている少女が立っていた。

 

「うぉぉ!? いつの間に……っと言うか誰!?」

 

「この時間に失礼します、ミス、カナ・スコヤ」

 

 思わず身を引いた私の横を通り前に出たその少女はリゼの反応を見て顔を歪める。

 

「だから、その言い方はよして欲しいって何度言えば……って言ってもしょうがないし、率直に聞くけど何があったんだよ」

 

「我が王国にバンパイアハンター達が入国しました」

 

 リゼのその言葉を聞いて私は腕を組み目を細めて思わず眉間に力が寄るのを感じつつも首を傾げる。バンパイアハンターと言うと、吸血鬼を狩る人達の事を指してはいるが、でもなんで……わざわざそれを? 

 

「へぇ、バンパイアハンターが来たかっと言うか、なぜ、それを我々に伝えに来る、ハンター達と敵対しているのか?」

 

 首を傾げている私を他所にリゼの方を見たカナ・スコヤは険しい顔をし会話を続ける。

 

「いえ、敵対はしていません、ただ、完全に貴女を狙いに来ていたのでそれのご報告をしに来ました」

 

 顔を横に振ったリゼに対して彼女はまるであり得ないと言う顔で、はぁ? っと頰を引き攣らせる。

 

「王女とはその国の王族だろ、わざわざそれを伝えに来るより我々を見捨てる事もできるだろ?」

 

「いえ、それが出来るほどこの国は腐っていません、貴女はヘルエスタの始祖を救った吸血鬼、貴女が居なければヘルエスタ王国はなかった、だから、貴女を救う権利は私達ヘルエスタ家にあるということです」

 

 再び首を横に振ったリゼの言葉を聞いた私は目を見開く。今の話的に目の前にいる人物が、きゅ、吸血鬼……だと……待って、話についていけない……

 

「流石、あの人の子孫という事だけはある、ただな、自分の身は自分で守れる、無駄な事をすると返って迷惑をかける事もあるんだ、とっととお帰りを……」

 

 カナ・スコヤが両肩を上げて私達を返そうとした矢先、屋敷の外でボンッと何かが爆発する音が聞こえたかと思うと、後方の扉がバンッと開顔とが聞こえ、何かで吹き飛ばされたと思われるアフロ頭になったチャイカが屋敷の中に転がり込んでくる。それから、チャイカが私の斜め前で膝をつき、人差し指を立てながらこちらを見る。

 

「ヤバいわよ! ここを嗅ぎつけたバンパイアハンターが進軍して来たわよ!」

 

「チッ、言わんこっちゃない」

 

 チャイカの方を見て再び険しい顔を見せたカナ・スコヤとは対照的にリゼは余裕な笑みを見せて首を横に振る。

 

「いえ、元々彼等にはここに来てもらう予定でした」

 

「え、どういう事だ?」

 

 首を傾げたカナ・スコヤを他所にリゼは振り返り片手を上げる。それから、来て! ヘルエスタセイバー! っと声を上げると、上げているリゼの手の甲に魔法陣が浮かび、鞘に入っているヘルエスタセイバーを手の中に召喚する。

 

「ここでバンパイアハンター達を私達が返り討ちにするという事よ」

 

 リゼは鞘を開いている方の手で掴みヘルエスターセイバーを引き抜いてそう言うと、カナ・スコヤが目を見開く。

 

「おいおい、一国の王女がそんなことしていいのか」

 

「うん、お母様にもきちんと許可は取っているし、一戦構える為にもアンジュやとこちゃん、チャイカについて来てもらったのよ」

 

 首を縦に振って自信満々で放ったリゼの言葉に少し気になる事はあるものの私がどうしてここに連れてこられたか把握し、溜息を吐きつつも扉の方を見て肩掛け鞄を背直しつつ肩を落とす。

 

「この場所やカナ・スコヤの事は後で聞くとしてもなんとなく連れてきた人員的に戦闘するって感じだったとは言え言ってくれればもっといろんなものを用意してたんだけどなぁ……」

 

「そうじゃなくても十分強いでしょ、天才錬金術師さん」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべたリゼが私の横脇腹を肘で突いてくる。それを受けつつも私は頭の後ろを掻く。

 

「肩書きだけは凄いけど私は下準備しないと本領発揮しないんだって」

 

「え、でも、準備しなくてもできることは多いでしょ?」

 

 私の方を見て首を傾げたリゼに対して目を瞑り両肩を上げる。

 

「あれは、一応、即興で出来る事はあるけどあんまり手の内は見せたくないんだよなぁ」

 

「いいよいいよ、どうせ、見せても相手する人達は全員その手内を理解する前に訳もわからない内にやられるから」

 

 目を開けるとニヤリと悪い笑みを浮かべたリゼが視界に入り溜息をついてしまう。すると、バンッと再び扉が開き所々煤で汚れている戌亥がリゼの隣まで後退し、屋敷の中に大量の男達が雪崩れ込んでくる。

 

「ンジュ、イゼ、こいつらウチらの対策している、元からウチら狙いや!」

 

 そう戌亥は言い捨てるとケッと血を地面に吐き捨てる。

 

「そう、とこちゃんをここまで追い詰める程ってかなり私達の対策を練っているようね」

 

 目を細くしてリゼが男達の方を見ると、男達の先頭にいた少し衣服が豪華な貴族風のウザそうな男がまるでこちらに非があってそれにやれやれっと言った感じで首を横に振る。

 

「やっぱり、ヘルエスタ王国の人間は信用出来ないですねぇ、まさか、人間を裏切って吸血鬼側に付くなんてな、お前らには正義ってのはないのですかぁ?」

 

「裏切り者で結構、私達には私達の正義があるからそれを振るうだけ」

 

 ヘルエスタセイバーの剣先を男達に向ける。それに対して馬鹿にするようにして鼻で笑ってくる。

 

「吸血鬼に肩を入れている奴に正義を語る権利はないです、ただ、国の問題になるのはやばいですこらさっさと吸血鬼をこちらに引き渡せ、そうすればお前らはには手を出さないですよぉ」

 

「この人は私達ヘルエスタ王国の重要人物に該当するのでそれは無理なお願いです」

 

 剣を横に振ったリゼは剣を斜め下に構えて戦闘態勢一歩手前の体勢を作る。そんな彼女に対して貴族風の男はケッと悪態をつく。

 

「そんな御託並べるな、吸血鬼である時点で重要な人とか関係ない、吸血鬼は存在自体が悪なんですよぉ!」

 

「あーもーごちゃごちゃうるさいなー勝てば官軍って言葉あるだろ、何かうだうだ言うんだったら力を示せっての」

 

 貴族風の男の話を聞いていた私は思わずそう返してしまう。すると、その男は腰に手をやり自信満々に胸を張る。

 

「ふん、我々の力は強大なんだぞ! お前ら如きじゃ勝てないから譲歩しているんですよぉ、ありがたく思うのです!」

 

「あっそ、じゃ、おかえりお願いするわ」

 

 コンッと爪先で地面を叩くと、チョークで描いた術式が反応して光出し、突風を発生させ屋敷の窓を壊しながらも男達を玄関の壁側に吹き飛ばす。

 

「!? な、なんです、今のは」

 

 突然、吹き飛ばされて何が起こっているか理解できなくて呆然として目をまんまるくしている男達を見て私は心底おかしくなり、ククッと自然と笑みが込み上がってくる。

 

「いやー暇だったから癖で術式描いていたのが功を奏したわぁー」

 

「おい、待て待て屋敷を壊されても困るんだけど……」

 

 自然と口角が上がった私が放った言葉にカナ・スコヤが慌ててそう声を掛けて来る。それに私は彼女の方を見てククッと私は笑みを浮かべてしまう。

 

「大丈夫、大丈夫、前にもヘルエスタ王国の宮殿で同じような事やって錬金術でささっと直したことあるから」

 

「でも、それすっごい怒られていたよね」

 

 ジド目で私の事を見てきたリゼに私は再び両肩を上げる。

 

「あぁ、あの時の女王様は本当に怖かった」

 

 一度だけヘルエスタ王国の宮殿に訪れた際、私の力を恐れた錬金術師達が私を襲うと言う事があった。その時も今と同じく吹き飛ばしてその隙をついて返り討ちにしたことはあったけど、その代わりにめちゃんこ怒られて修復した事を思い出して自然と口の端が更に上がるのを感じる。

 

「……アンジュ、顔がいい感じに仕上がっているよ」

 

「さぁ、なんの事ことかな?」

 

 首を少し傾げて片方の目だけ見開くとリゼはおかしそうに笑い口角が上がる。

 

「全く、そんなこと言っちゃてさー」

 

「そう言うリゼちゃんも大概じゃない?」

 

 私の隣に来た相変わらずアフロ頭のチャイカにそう諭されたリゼもリゼで悪そうな笑みを浮かべつつももヘルエスタセイバーを体勢を戻しつつある男達の方に向ける。

 

「みんな、準備いい?」

 

「うん、行くよぉ〜」

 

「行くけるわよ!」

 

「あぁ、行こうか」

 

 リゼの声に反応して戌亥とチャイカがファイティングポーズを取り、私は肩掛けに背負っていた鞄から試験管と本を取り出してニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……っとは言ったものの、どう出るんだ、リゼ」

 

 目の前にいる貴族風の男とその後ろに軽甲冑を装備し。武器を構えている十数人いる男達を尻目に剣を構えているリゼの方を見る。

 

「そうね、アンジュが手に持ってるのって煙幕を振り撒く液体だったよね?」

 

 男達の方を見ながらもチラ見して来たリゼに頷き返すと彼女はフッと笑う。

 

「なら、それを投げた後、私ととこちゃんで横に出て挟撃する」

 

「わかった」

 

 頷き返すとリゼは私の隣に立っていたチャイカに視線だけ送る。

 

「チャイカはアンジュの護衛頼んでいい?」

 

「いいわよ」

 

 相変わらずアフロ頭のままのチャイカは頷くとリゼの奥に立っていた戌亥が少し険しい表情を浮かべる。

 

「イゼ、アイツらはウチらの対策しとるから気ぃつけないとウチらがやられる」

 

「大丈夫、そんな対策してようがその上から潰せば対策も何もなくなるでしょ」

 

 戊亥の方を見て自信満々な笑みを見せたリゼに私は思わず両肩を上げる。

 

「その自信は何処から来ているんだ」

 

「ん? ほら、アンジュが居れば錬金術でどうにかしてくれるからね」

 

「いや、結局私頼りか」

 

 本を持った方の手で思わずツッコミ返すとリゼは面白そうに笑い男達の方を見る。

 

「もう一度聞くけど、準備はいいね!」

 

『おう!』

 

 私達が頷き返すとニィッと笑みを浮かべていた貴族風の男が口を開く。

 

「お別れの言葉は済んだのですかね!」

 

「あぁ、言葉は交わしたけど、その言葉はそのままそちらに返すからな!」

 

 そう返答しつつも私は貴族風の男とその後ろに居る男達に向かって試験管を投げる。

 

「アンジュ様特製の煙幕だ! たーんとお食べ!」

 

 試験管が男達の前に着弾し破損すると共に中にあった液体が空気と反応し白い濃い煙が一気に立ち込め、リゼと戌亥が左右に分かれる。

 

「ほう、視界を奪う、初動としてはいいですね、ですが、お忘れなく、数の差は歴然としているのですよ! 行きなさい!」

 

『うぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

 白い霧の奥から貴族風の男の声が聞こえ、白い霧を突破して私の前に躍り出るが、私一人しかいない事に気が付き足を止める。

 

「なっ……」

 

「横見ろ、横」

 

 私の言葉に左右を見た一番先頭にいた男を私の後ろに控えていたアフロ頭のチャイカが低姿勢のまま前に出て昇竜拳みたいなアッパーを繰り出す。

 

「しょーちゅーけーん!」

 

「ちょっと待てぇ! ギリギリ攻めるなチャイカァ!」

 

 アフロ頭のチャイカの綺麗なポーズの昇竜拳に吹き飛ばされ空中に浮いた男に目線が集まっている中、壁を蹴って宙に舞ったリゼと戌亥が男達を襲う。

 

『はぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 動きが遅れた男達に向かってリゼはヘルエスタセイバー、戌亥は自分自身の拳で男達の内、二人をノックダウンさせる。

 

「三人やられた程度で狼狽えるな、固まって、ケロベロス用の術式を組むのです!」

 

 男達の奥にいた貴族風の男が声を上げ、それに応じて男の二人が光だし何かを術式を編み始める。それを見て着地した後、私の近くまで後退した戌亥が目を細める。

 

「イゼ、ンジュ、あれが厄介、術を完全に編まれたらウチは首輪をつけられて動きが制限されるんやけど、術式が編まれている時点でウチからは手出しができないんよ」

 

「わかった、そうか、なら、これでも喰らえ!」

 

 戌亥の言葉を聞きながらもバックの中から煙幕が出てくる液体とは別の液体が入った試験管を三本取り出した私は術式を編んでいる男達に向かって放り投げる。

 

「何か投げてきた、身構えろ!」

 

「身を構えるより逃げたほうがいいんだけどぉねぇ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた私の声を聞いてリゼは剣を交えていた男から離れ、代わりに男達と術式を編んでいた男達に着弾し、破損した試験管から出てきた液体が空気に触れるや否や発火し始める。

 

「な、う、嘘だろ!?」

 

「こんなの聞いてないぞ!」

 

 燃えた事により慌てふためき始めた男達は対戌亥用の術式を編むのを辞める。

 

「おい、待て待て待て待て待て、この屋敷燃やす気なのか!?」

 

 その様子を見てかカナ・スコヤが慌てたように声をかけてきたのに対して私はフッと笑みを浮かべて後方の影の中にいた彼女の方を見る。

 

「大丈夫、すぐに消える様になってるから」

 

「そ、そうか」

 

「……っと、今ので完全に術式が崩れたって考えると……」

 

 視線を戻して、鎮火した男達に対して既にリゼと戌亥が攻撃を仕掛けており、男達は苦戦を強いられていた。

 

「クソッ! ペースに流されるな!」

 

 リゼが剣で男達の持っていた剣を弾き飛ばし、戌亥は無防備になった男達に拳を入れつつ押し込めている所を見て私は、チャイカに護衛してもらう必要ないなぁ……っと思いつつ斜め前に立っていたアフロ頭のチャイカの方を見る。

 

「チャイカ、私の護衛はいいから戦闘に参加してきていいぞ」

 

「ピッピ○チュウ!」

 

「おい! ネタに走るな! あと、そのアフロどうにかしろ!」

 

 相変わらずアフロ頭に対してツッコミをすると突撃しようとしていたチャイカはおもむろに足を止め、アフロヘアーになっている頭にアフロを脱いで(?)屋敷の壁側に投げ捨てる。

 

「いや、それ着脱式かい!」

 

「嫌だねぇ、これは乙女のひみ──オンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

「唐突なオンドゥル語を出すな!」

 

 私のツッコミを無視して男達に突撃していったチャイカがアッパーカットをし男の一人を打ち上げ、戌亥がその男を追撃する為に足に力を入れて飛び上がる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 打ち上がった男のお腹を戌亥の拳が貫き、地上にいた他の男二人を巻き込んでノックアウトさせる。

 

「これでもくらえやぁ!」

 

「それはさせない」

 

 その間にアッパーカットを繰り出して無防備になっていたチャイカに攻撃を加えようとしていた男をリゼがヘルエスタセイバー倒す。剣を振った事により隙が生まれたリゼに攻撃を仕掛けようとしていた男を戌亥が上空から奇襲をしてノックアウトさせる。それに応じて戌亥に攻撃を加えようとした別の男の顔をチャイカがぶん殴り吹き飛ばしていた。

 

「……なんで、あんなに戦闘慣れしているんだ、あいつら」

 

 屋敷の中に入ってきている光によって出来た影ギリギリの所に立っていた私の横に立ってジド目になっていたカナ・スコヤの言葉を聞いて私は笑みを溢す。

 

「そりゃ、よくリゼは誘拐されるし、他の二人はヘルエスタ王国の中でもかなり腕が鳴る人物しないから相手にした時点で、負けは確定なんだよねぇ」

 

 そう彼女に返した後、一応、取り出していた本を鞄の中にしまい前を見て笑みを浮かべる。

 

「ほら、そう言っているうちにもう終わった」

 

「本当に、凄い」

 

 カナ・スコヤの隣に立った赤目に黒髪の女性の言葉を聞きつつ私は様々な場所に吹き飛ばされている男達とエントランスの中央に立っている三人の所に行く。

 

「お疲れ様、リゼ」

 

 ヘルエスタセイバーを鞘にしまったリゼにそう声を掛け拳を出すと、リゼは拳を突き合わせてくる。

 

「お疲れ、アンジュっと言ってもアンジュはほぼ何もやってなかったよね」

 

「おっと、そんな事は無いって、ほら、私だって援護しただろ?」

 

「してたけど、殆ど私達で倒しちゃったじゃん」

 

 そう言っておかしそうに笑うリゼに釣られてククッと笑うと、そのまま私は散乱している気絶している男達を見て腰を抜かして座っている貴族風の男の方を見る。

 

「なんなんですか! アンタらは!」

 

 私が見たのに反応して驚いた声を上げた貴族風の男の方に向かって歩きながらもフッと鼻で笑う。

 

「私達はここにいる皇女様が信頼している、なんだ、えっと……」

 

 歩きながらもそう言って私の隣を歩いているリゼの方を指差しながらも首を傾げるとリゼが私の方を見て笑みを浮かべる。

 

「皇女様と楽しい仲間達でどう?」

 

「いや、それは……」

 

 リゼにそう返され思わず、オンドゥル語を放つチャイカと一括りされるのは面白いけど癪だなぁっと思いながらも私は首を横に振り、貴族風の男の方を見る。

 

「……まぁ、いいや、ともかく残りはお前だけだ、ここで捕まるか逃げるかどうするかは皇女様が──」

 

「貴方が決めて頂戴」

 

 私の言葉を遮って足を止めたリゼがヘルエスタセイバー向けて言う。それに私は両肩を上げると貴族風の男は顔を歪めつつもこちらに背を向ける様にして立ち上がり屋敷から逃げ出す。その様子を見て私は、はぁっと溜息をつく。

 

「あーあ、逃げられちゃった、どうするんだよ、リゼ」

 

「いいのよ、これで」

 

 そう言ってリゼは意地の悪い笑みを浮かべてヘルエスタセイバーを消滅させるのだった。

 2

 バンパイアハンター達を倒した後、吹き飛ばしてしまったガラスを錬金術で直しながらも屋敷の奥、日差しが当たってなく影になっている場所に立っているカナ・スコヤと黒髪に赤目の女性の方を見る。

 

「でさ、何も分からずに倒し終わったけど、結局、そこにいるカナ・スコヤとその黒髪の女性ってヘルエスタ王国とどんな繋がりがあるんだ?」

 

「あ、そう言えばアンジュにはこの屋敷にいる人達の事話してなかったね」

 

 少し離れた場所で散らかっているバンパイアハンターを屋敷の中央に集めていたリゼが私の方を見てそう言葉にすると、いや、待てっとカナ・スコヤが声を上げる。

 

「私達の事について何も教えてなかったのかよ」

 

「すみません、ミス、カナ・スコヤ、アンジュには兎に角着いてきてとしか言ってませんでした」

 

 苦笑いを浮かべたリゼを尻目に私は再びカナ・スコヤと黒髪の女性の方を見る。

 

「そうかいって、その呼び方は辞めて欲しいんだよな……」

 

 頭に手を添えたカナ・スコヤは諦めた感じで首を横に振った後、手を下げて私の方を見てくる。

 

「……まぁ、いいや、取り敢えず、なんやかんや言う前に自己紹介するけど、私は健屋花那で、こっちが……」

 

 そう言ってカナ・スコヤは自分自身の胸に手をやった後、隣にいる黒髪に赤目の女性を親指でさすと彼女は腰を折る。

 

「白雪巴です、よろしくお願いね」

 

「あ、はぁ、アンジュ・カトリーナと言います、よろしくお願いします」

 

 反射的に自己紹介をすると、カナ・スコヤが再び自身の胸に手を添える。

 

「ついでに言うと、私は吸血鬼でここの家主だ」

 

 そう言ってカナ・スコヤは目を赤くし背中から黒い蝙蝠の羽を出現させる。

 

「それに加えてさっきも言ったけど、私達が住んでいるヘルエスタ王国の礎に貢献したヘルエスタの始祖リジュ・C・ヘルエスタを助けた吸血鬼でもあるよ」

 

 黒い蝙蝠の羽を見て、本当に吸血鬼っているんだっと思っていた私を他所に、リゼが放った言葉にカナ・スコヤは目を見開くき、リゼの方を見る。

 

「お、皇族は始祖のミドルネーム訳すのか」

 

「いえ、訳すと言うか、当時の文献が昔あった大きめの戦火でかなり消失してしまっているので、Cとでしか今に伝わっていないと言うのが正しいです」

 

 首を横に振ってそう返したリゼに対してカナ・スコヤは腕を組んで何かを思い出したかの様に目を瞑り首を縦に振る。

 

「あぁ、そうか、あの時の戦火でか……」

 

 懐かしそうにそう言ってカナ・スコヤは目を開けて楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「成る程、なら教えてやる、そのCはカトリーナだ、私が彼女を救った時、リジュ・カトリーナ・ヘルエスタって名乗ってたぞ」

 

 カナ・スコヤさんが口にした言葉に私は、待て、そのミドルネームは……っと思いつつ首を傾げる。

 

「ん? え、いや、待って、今、カトリーナって言わなかったか、私の聞い間違えか?」

 

 私の反応を見てカナ・スコヤは楽しそうな笑みを浮かべたまま首を横に振る。

 

「聞き間違えでも無ければ嘘でもない、君達は同じ始祖を持つ家系だ」

 

 腰に両手をやったカナ・スコヤは、そう言って溜息を吐いた後、視線を落とした首を横に振る。

 

「まぁっと言っても昔の情報が戦火で燃えて亡くなってしまった以上それを調べる手立てはないし、同じ家系を持つ人達だったとしたとしても、分からな方も仕方ないんだ」

 

 顔を上げたカナ・スコヤがジッと私と隣に来たリゼの事を見る。

 

「ただ、二人が同じ家系である事を証明する生き証人はここにいるからな」

 

「ま、マジか……」

 

 自信満々に自身の事を親指で指したカナ・スコヤを見ながらリゼと意外な接点があった事に私はそう言って呆然としてしまう。

 

「おほ〜ここに来て意外な共通点発見やなぁ〜」

 

 呆然とした私達を他所にリゼと同じく倒れていた男達を集めていた戌亥が反応して作業を止め、私達の所に来る。

 

「あぁ……そうだなって、いにゅい、チャイカどこ行った」

 

「んー、感謝の正拳突きもどきしてるらしぃよー」

 

 そう言って戌亥が指をさした方向を見ると玄関から外に向かって正拳突きをしているチャイカが視界に入る。

 

「おい、ネテ◯会長かよ……って、そう言う話をしている場合じゃなくて、今の感じからすると私とリゼの先祖は名前的に同じってことになるのか」

 

 正拳突きを敢行しているチャイカから視線を逸らし三度カナ・スコヤの方を見ると彼女は首を縦に振る。

 

「まぁ、そう言う事になるな」

 

「……嘘だろ、カナ・スコヤ」

 

 リゼと私が同じ先祖を持っていると言う事に少し驚きつつも頭に手を添えて放った私の言葉にカナ・スコヤは首輪に振り両肩を上げる。

 

「いや、嘘もなにも私は生き証人だし真実しか話してないって言うか、そろそろその呼び方やめてくれ、カナって呼んでくれないか、呼びにくかったらカナさんでもいいぞ」

 

「あ、あぁ、すまない、カナ」

 

 カナに向かって謝った後、隣に立っているリゼの方を見る。

 

「なぁ、リゼ、リゼは私達が同じ家系だった事を知っていたか?」

 

「ううん、私も知らなかった」

 

 同じく私の方を見たリゼは首を横に振る。そして、お互いに知らなかった事実に呆然としていると、ぐきゅぅぅっと言うお腹の音が聞こえ、聞こえて方を見るとカナが顔を少し赤くしていた。

 

「変な時間に起こされたから地味にお腹減ってきたんだよ」

 

「じゃ、健屋さーん、その犬歯で私の事噛んでー!」

 

 苦笑いを浮かべたカナの一言に、それまで沈着て冷静だったシラユキさんの顔が突如として目を輝かせてカナに寄り付く。

 

「いや、待て待て! 空気読め! 巴さん! 今、ここでそれ出すのは雰囲気壊れるからやめろぉ!」

 

「えーそんな事言わないで、ほら、カプカプして頂戴」

 

 そう言ってシラユキさんはカナに対して着崩し肩を露出させるが、カナは彼女の両肩を持って引き離す。

 

「いや、吸血鬼がする普通の食事の仕方とは言ってもさ、普通に恥ずかしいし人前で勝手に興奮するな!」

 

「えー健屋さんにカプカプされるの好きなんだけどなぁ」

 

「だ・か・ら、やーめーろーって言ってるだろ!」

 

 顔を真っ赤にしたカナが少し離したシラユキさんの頭を、バシンっと叩く。それを見て拍子抜けした私は自然と、あははっと乾いた笑い声をあげる。

 

「な、なんだろう、さっきの様子とギャップが凄い」

 

「た、確かに……」

 

 私と同じく頰を引き攣っているリゼと再び呆然としていると、シラユキさんの顔を手で押さえたカナが私達の方を見る。

 

「あぁ、すまない、こう見えて巴さんは犬歯フェチなん──」

 

「早く早くぅ!」

 

「ちょっと黙ってもらえますか、巴さん!」

 

 引き離したシラユキさんが再びカナの近くに来るのと同時に彼女は拳を握り、ガンッとかなり強めにシラユキさんの頭を殴る。それから、頭を押さえて蹲ったシラユキさんを他所に顔を真っ赤にしているカナが咳払いをして私達の方を見る。

 

「と、取り敢えず、私の仲間が失礼した」

 

「あ、え、別に気にしてないから大丈夫」

 

 そう言って私が首を横に振ると、カナは苦笑いを浮かべる。

 

「つ、つーか、さっき、一人逃していたけど、大丈夫なのか?」

 

「え、あー、アレはアレでいいんです、寧ろ逃げてもらった方が私的には美味しい展開です」

 

「美味しい展開……?」

 

 首を傾げたカナに呆然とした顔から首を横に振ったリゼはジッとカナの方を見て首を縦に振る。

 

「そうです、美味しい展開です……っとおいしい言えば、最近、私美味しいクッキーを入手したので近々宮殿でお茶会を開催する予定なのですが、ミス、カナ・スコヤ参加して貰えますか?」

 

 こじつけの様に放ったリゼの言葉を聞いた私はリゼがその様な事をすると聞いていない私は首を傾げてしまう。その一方で何かに気がついたのかカナさんはクフッと笑みを浮かべ、あははっとおかしそうに笑い声をあげ始める。

 

「成る程、そう言う事か、いいよ、そのお茶会とやらに参加させてもらおうかな」

 

「ありがとうございます、ミス、カナ・スコヤ」

 

「だから、カナで良いって言ってるだろ」

 

 お互いにニヤリと笑みを浮かべつつも親しげそうなやり取りをしている二人を見て心のどこかでもやっとした気分になる。それは、まるでこのままカナにリゼを取られてしまうのではないかそんな気分……

 

「……いやいや、何を考えているんだ、アンジュ・カトリーナ」

 

 そこまで考えた私は首を横に振り屋敷の修繕作業に戻るのだった。

 3

 

 カナの住んでいる屋敷を修復した後、私達はパンパイアハンター達を憲兵達に引き渡す為に私達は一度ヘルエスタ王国の王都中心部まで戻っていた。

 

「取り敢えず、ここまで戻ってきた訳だけど……」

 

 王都の中心を通っている石畳の大通りを歩きながらも私は隣を歩いていたリゼの方を見る。

 

「……こっから、憲兵隊のところに行った後、もう一回あそこに戻るって感じか?」

 

「そう言う事になるけど、絶対に戦闘には発展しないから護衛にはアンジュしか連れて行かないから」

 

 隣を通った馬車の風圧を受けながらも私は首を縦に振る。

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 チャイカと戌亥とはもう既に別れており二人だけになっている時点で、多分そうなんだろうなぁっと思いつつ私は、先程、屋敷で話していた事で数点気になる事があった為、私は首を傾げる。

 

「あのさ、リゼ、さっき、カナとの会話で出ていた始祖を救った話や戦火って結局、なんの話なんだ?」

 

「え、アンジュそれ知らないの、学校で習わなかったの?」

 

 私の事を見ながらもリゼは驚いた様に目を見開き、私は首を横に振る。

 

「いや、多分、習ったんだと思うけど忘れた」

 

「忘れたって、始祖と吸血鬼の事は置いておくとしても、せめて戦火に関しては知識として覚えてないとかヘルエスタ王国の民としては恥ずかしいと思うんだけど?」

 

「いや、そうは言ってもな、錬金術しか興味なかったからさ……」

 

 首を傾げてジド目で見てきたリゼから目線を逸らすと彼女が、はぁっと溜息をつく声が聞こえてくる。

 

「だからといって、あんな、国の歴史的一大事件を忘れるのは本当にどうなの?」

 

「いや、だから、私は錬金術で彼氏を作る事だけしか興味ないんだよ……」

 

 そう言いつつ頭に手を添えていたリゼの方を見る。すると、私の言葉に手を下ろしたリゼが溜息をついた後、私の方を見て眉間に皺を寄せ首を傾げてくる。

 

「ねぇ、アンジュ、いつも思うんだけどさ、それやって大丈夫なの?」

 

「ん、え、えっと、それってのはなんなんだ?」

 

 リゼの言ってきた事に腕を組んだ私はリゼと同じく首を傾げる。それにリゼは前を向いて目を瞑り腕を組むと首を傾げる。

 

「あー、えーっと、ほら、よくあるじゃん、人体錬成するのは神を冒涜するのは行為だから禁止されているってさ、某漫画でも言及されたじゃん」

 

 そう言われてリゼが何を言いたいか理解して私は首を縦に振る。

 

「あぁ、そうだな、それに関しては人体錬成と人体蘇生の違いって言えばわかるか?」

 

 私の言葉を聞いたリゼが目を開いて首を傾げてくる。

 

「同じ様なものじゃないの?」

 

「いいや、違うものだ、それに、あの作品で描かれている人体錬成は、正確に言うと人体錬成じゃなくて、人体蘇生なんだ」

 

 リゼの言葉に首を横に振った私は果物屋の前を通り足を止める。それから、品として出されていた果物を眺める。

 

「ヘイ、ねーちゃんなんか買うかい、アンタならまけるぜ!」

 

「あぁ、ちょっと待ってくれ」

 

 店の奥から出てきて店主にそう返した私の目にオレンジとグレープフルーツが目に入る。そして、良い物みっけっと思いながらオレンジとグレープフルーツを指さし店主の方を見る

 

「じゃ、オレンジとグレープフルーツ頂戴、おじちゃん」

 

「はいよ、じゃ、216円の所なんだが、200円にまけるよ」

 

 鞄の中から財布を取り出し200円を取り出すと店主にお金を渡し、私は財布を鞄の中に戻し店主からオレンジとグレープフルーツを受け取る。

 

「ありがとう、おじちゃん」

 

「おう、毎度あり!」

 

 そう返されつつ私は店主から背を向けて再び歩き始めると、隣に来たリゼがフフッと笑みを浮かべる。

 

「アンジュでも、物買えるんだ」

 

「おい、馬鹿にするな、私だって最低限生きて行くのに必要なコミュ力だけはあるんだよ」

 

 リゼの方を視界の端を使って思いっきり見ると、リゼが苦笑いを浮かべる。それを見て溜息を吐くと私は渡されたオレンジをお手玉の容量で上に投げる。

 

「でだ、話を戻すんだけどさ、人体錬成は正確に言うと人体創生の方に部類されるんだ」

 

 そのオレンジを視線で追いながらもそう言って私は足を止めて、オレンジを手の中に収めリゼの方に見せる。

 

「例えば、これが人体錬成の果実だったとする、この果物の味は甘いく、見た目は橙色だ」

 

 次に私はグレープフルーツを足を止めたリゼの方に見せる。

 

「で、これが人体蘇生の果実だったとしよう、じゃ、この二つの違いはなんなんだと思う?」

 

「えっと、色と酸っぱいか、甘いかって話?」

 

 リゼのその回答に私は目を瞑り首を縦に振り腕を組む。

 

「あぁ、その通りだ、見た目やぱっと見の感じ、肌触りは似ているけど、でも、その二点が違うだけで全くの別物だ、それと同じ様に人体錬成は魂から体まで全て作り出すものに対して、人体蘇生は元となる人間を蘇らせる為に人体を作って、そこにその蘇らせたい人間の魂を結びつけるのが、人体蘇生だけど、それが神の冒涜に触れてしまうだけって話だ」

 

 目を開けてリゼの方を見ると容量が少し掴めていない様子だった為私は笑みを浮かべる。

 

「まぁ、簡単に言うと、人体錬成と人体蘇生もこいつらの様に似てるけど似ていないものなんだ」

 

「え、えーっと、話が少し噛み砕けてないけど、でも、結局、それって違法じゃないの?」

 

「まぁ、根本的な所は確かに言い当てれるが、今のところ人体錬成はかなり違法に近いグレーゾーンなんだ」

 

 腕を解いて両肩を上げた後、歩くのを再開させるとリゼが私の前に出てきて首を傾げくる。

 

「ちょっと待って、どうしてそうはっきり言えるの?」

 

「そうだな、まだ人体錬成で人間が作れたって言う前例が出てないからだ」

 

 そのリゼに向かってグレープフルーツを投げ、リゼがそれを受け取るのと同時に横に到達し彼女の頭を撫でる。

 

「だから、その前例が出来る前に私が彼氏を作り出してしまえば違法じゃないんだ、法のなんだっけ、あれ、法の不遡及ってやつ」

 

「ねぇ、なんか、もう、言ってる事がマッドなんですけど」

 

 その言葉を聞きながらもジド目で見てきたリゼの頭から手を下ろして彼女の横を首を横に振りながらも通る。

 

「いや、錬金術ってそんなものだし、そもそもの話、それがほぉぉわぁぁぁぁ!?」

 

 リゼとの会話に集中していた為、突起していた石に気がつけずに足を引っ掛けてしまい顔から地面にダイブしオレンジを手から離してしまう。

 

「いったぁ……マジで痛たぁ……」

 

「大丈夫、アンジブフォ」

 

 激痛が走っている顔を上げた私の顔を見て斜め前に来たリゼが吹き出し顔を逸らす。

 

「おい、笑う事はないだろ!」

 

「ご、ごめん、アンジュ、その、めっちゃ、鼻血出てるから、その、ね」

 

 明らかに笑いを堪えているリゼにそう言われて膝達になった私は鼻を手の甲で擦り手の甲を離すとべったりと血が付着していた。

 

「うそだろ!?」

 

 驚きのあまりそう声を上げた私とは対照的に、大爆笑しているリゼの声がヘルエスタ王国の空に響くのだった。

 4

 バンパイアハンター達をお縄につけた後、私はリゼと別れ、数日経たない内に再び私はリゼに呼ばれてヘルエスタ王国の宮殿に呼ばれていた。

 

「取り敢えず、また、なーんも言われないまま宮殿の呼ばれたんだけど、リゼ、今度はなんだ?」

 

 ヘルエスタ王国の宮殿の廊下を歩きながらも隣を歩いていたリゼが腕を組み、片目だけで私の方を見てドヤ顔を浮かべる。

 

「前に逃した貴族の男が再びこの王国に攻め入るって言う情報がヘルエスタの情報部に来たからその対応の一部をアンジュに依頼したくてね」

 

「あぁ、そうか、どうりで宮殿が騒がしい訳だ……」

 

 宮殿に来てから行き交う人達の足が速い上に切羽詰まってるような顔で何かを話している人達が多かった。

 

「……っと言うか、なんか手があるのか、リゼ」

 

 すれ違った宮殿関係者を片目にリゼの方を見るとリゼは大きく首を縦に振る。

 

「うん、大丈夫、元々、そう言う算段で私は動いてたから手は沢山あるし、軍師にも話は通してあるよ」

 

「はぁー攻めてくる事まで読んでたのかよ、流石、リゼだな」

 

「そうでもないよ、それに一部とは言ってもアンジュにも頼まなきゃいけない事もあるし、それにもう一人の力も借りる必要があるからね」

 

 そう言って何かに気がつかいたリゼが足を止めて後ろを見る。それと同時に、唐突に周りの視線が私達の方を向き騒がしくなるのを感じていると誰かに棒で肩を叩かれる。

 

「よう、アンジュ、リゼ」

 

 聞き覚えのある声が聞こえて慌てて後ろを見る。すると、私服を着た白雪さんと黒色のハット帽を被って表側は黒色のマントを羽織っていたカナが先が髑髏型になっているステッキを私の肩に乗っけていた。

 

「うぉ!? カ、カナ!? なんでここにいるんだ!?」

 

「なんでってそりゃ──」

 

 慌てて後ろに後ずさった私にカナはニヤリと笑みを浮かべた後、髑髏のステッキをリゼの方に向ける。

 

「──そこの皇女様に呼ばれたからな」

 

「ご機嫌よう、ミス、カナ・スコヤ」

 

 行儀良く頭を下げたリゼにステッキを自分の肩に掛けたカナはハット帽の下に手を入れて頭を掻く。

 

「だから、その呼び名はやめろって言っているだろ」

 

「すみません、王家でそう言う教育を受けてましたので」

 

 顔を上げたリゼにそう言われたカナは何処と無く罰の悪い顔になり深々と溜息を吐く。それを見つつ私は腰に手をやりつつ首を傾げリゼの方を見る。

 

「呼ばれたって、リゼ、いつカナを呼んだんだ?」

 

 私がそう質問するとリゼはまるで少女漫画で出て来るキャラがあり得ないとでもいいたそうな時に見せる顔を私に向かって見せてくる。

 

「え、ちょ、ちょっと待って、アンジュ、お婆ちゃんみたいな事言わないでよ、それとも数日前の事も忘れたの?」

 

「え、数日前……?」

 

 リゼの顔に対してツッコミを抑えつつ私は思考を巡らせる。そして、数日前と言えば、私が何も知らされずにカナが住んでいる屋敷に行かされてヴァンパイアハンター達と戦わされたけど……あっそう言えばあの時リゼとカナがお茶会の約束をしてたけど、もしかしてっと合点が行く。

 

「お茶会に来てって言っていた、あれの事か?」

 

「うんっと言ってもお茶会は建前で、今回の事が起こると予測していたから事前にここに来れるように招待していたの」

 

「な、成る程……」

 

 そう呟いて私は周りを見る。そして、廊下にある窓と言う窓が全てカーテンで外からの光を遮っているのを確認してからカナの方に目線を戻す。

 

「道理で宮殿の窓が全てカーテンで覆われてる訳だ」

 

 宮殿に来てから少し気になっていた事が解消されスッキリした気分になるのとは別に、お茶会ってそう言う事だったんだ……っと何処と無く安堵している自分もいることに少し困惑していると、腕を組んだカナが首を縦に振る。

 

「でも、あれは本当に助かった」

 

「? 助かったってどう言う事だ?」

 

 私の質問に対してカナはやれやれと言った感じで目を閉じて両肩を上げる。

 

「そうだな、私みたいな吸血鬼っての面倒臭い体質って言った所なんだが……」

 

 片目を開けたカナは歩き出し、白雪さんと共に私とリゼの間を通り前に出る。

 

「無断で他人の家には侵入する事が体質的にできないんだ、加えて、家主であれば家に招待されるだけでいいんだけどさ、家主の家族の場合、家に招待するだけじゃ無くて何かのイベントをやるから家に来て欲しいって言わないと入れないんだよな」

 

 そう言って振り返り腰に手を回しカナは大きくため息を吐く。

 

「お、おぉ、結構面倒くさい制約なんなんだなっと言うか、ふと思ったんだけど、今、昼間だけど活動しても平気なのか?」

 

 そう言って私は天井を見上げ、壁の上部にあった窓を仕切っているカーテンの間からチラチラと見える外からの光を見た後、顔を上げたカナは首を縦に振る。

 

「某奇妙な冒険のように日に当たった瞬間、アウトって訳じゃないから普通に活動はできるけど、焼かれる痛みがあるから日中の活動は私個人的には少し苦手なんだ」

 

 そこまで言うとカナは口の前に手を添え、ふぁぁぁっと大きく欠伸をする。

 

「でも、今はそれ以上に眠い、けど、皇女様に呼ばれてしまった以上、来ざるを得なかったって所なんだ」

 

「すみません、ミス、カナ・スコヤ、女王様との謁見が終わりましたら暗い場所でお休みしていただけると幸いです」

 

 リゼがカナの方を見て放ったその言葉を聞いた私は思わず、はぁ? っと声が出てしまう。

 

「え、私達、これから、女王様と謁見する必要があるのか!?」

 

「うん、今回の作戦の主軸になる二人だから連れてきたんだけど、そう言えばアンジュにはその事教えてなかったね」

 

「またかよって、え、なに、何で数日前と同じやりとりやってんだ、私達」

 

 肩を落とし私に対しておかしそうに笑ったリゼが歩き始める。

 

「まぁ、兎にも角にも女王様との謁見は確定だから逃げないでね、アンジュ」

 

「それだったらもう少しちゃんとした服装着てくればよかった」

 

 そう言ってリゼの後を追うように歩き始めた私が溜息を吐くとリゼが私の方を見て戯ける。

 

「え、ちゃんとした服あるんだ」

 

「馬鹿にしてるのか、リゼ! っと言いたいところだけど、これと似たような物しかないのも事実なんだよなぁ」

 

「ほら言ったじゃん!」

 

 そう返され口籠っていると、ニヤニヤと笑みを浮かべたカナが私の横を歩き始める。

 

「本当、アンジュは抜けてるよな」

 

「抜けていると言うか、天然と言った方が正しいと思うのは私だけかしら?」

 

 カナの奥を歩いていた白雪さんにもそう言われリゼの方を見る。

 

「白雪さんまで馬鹿にしたてくるよー、助けてリゼえもーん」

 

「私は何でも屋じゃないからそんな事言われても何もできないよ、アンジュ」

 

 振り返ったリゼに満面な笑みでそう言われてしまい、なんだとー! っと私が返している内に女王様が居られる部屋の大きな扉の前に到着する。

 

「おっと、到着したか、久しぶりにここに来たなぁ」

 

 以前、来た時は錬金術の勲章を貰った時だったよなぁ……

 そう思いつつ私はリゼ達と共に大きな扉が開きリゼの母親が王座にいる間に入る。

 扉の先には大広間が存在しており、奥には王が座る王座、そこに通じる赤いカーペット。大きなカーテンが外からの光を遮りオレンジ色の光に部屋全体が覆われている。

 王座への道の途中に立っていた正装の女王陛下の前で私達は跪く。

 

「お母様、アンジュとミス、カナ・スコヤ、ミス、トモエ・シラユキを連れて来ました」

 

 リゼは女王陛下に一声掛ける。

 

「ありがとうね、リゼ、それとごぎげんよう、アンジュ・カトリーナ、以前お会いになられた時は錬金術の勲章をお渡しした時以来かしら」

 

「ごぎげんよう、女王陛下、私の名前を覚えて貰えるなんて至極ご光栄でございます」

 

 顔上げた私に女王陛下が、フフッと笑みをこぼす。

 

「覚えるも何もリゼから沢山話を聞いてとても仲良くして貰って──」

 

 えっと思った矢先と顔を真っ赤にしたリゼが立ち上がり女王陛下に詰め寄る。

 

「お、おおおおおお母様! それは言わないって約束しましたのお忘れになりましたか!?」

 

「あら、そうでした、失礼」

 

 話の続きが気になったものの顔を真っ赤にしたリゼに睨まれて聞く気にはなれなかった。そして、リゼが再び下がり跪くと共に女王陛下は私達と同じく跪いていたカナの方を見る。

 

「お久しぶりです、女王様」

 

「あら、カナ、貴女は本当にいつ見てもお変わりないですね」

 

 そう女王陛下が仰せられると、視界の端でカナは首を横に振る。

 

「いえ、私は吸血鬼ですので、見た目は変わりません」

 

「それは分かってますけど、カナ、話し難いから立ち上がって貰えないかしら?」

 

 カナは立ち上がり対等な視点で女王と談笑し始めたのを見て思わず顔を少し上げた私はリゼ少し寄る。

 

「ほ、本当にカナは王族と付き合いがあったんだ」

 

 リゼに耳打ちするように言うと、リゼがジド目でこちらを見る。

 

「え、アンジュ、その話、信じてなかったの?」

 

「い、いや、あの、女王陛下がここまで対等な扱いをすると思わなくて……」

 

「はぁ、だから言ったでしょ、ミス、カナ・スコヤとは本当にこの国にとっては重要な人だって、もう分かったよね?」

 

 リゼの言葉に私は頷き返す。

 しばらくの間続く女王陛下とカナの談笑を聞き続けるのだった。

 5

 特に滞る事なく謁見が終わり、リゼは国の重鎮達との会議をする為に別行動になり、カナの休む場所として宮殿にある私が本来使うべき木箱が大量に置かれている物置みたいな部屋へ私はカナと白雪さんを招き入れていた。

 

「へぇーここがアンジュが宮殿で使える部屋なんだぁ」

 

「あぁ、そう言ってもあまり使ってないから埃臭いって言う点に関しては、まぁ、目を瞑ってくれると嬉しいです」

 

 私は部屋の奥、入り口の反対側にあった机の上あたりにあった窓のカーテンを閉めて直射日光を遮ぎる。それから、振り返り薄暗い部屋の中に入って来たカナと白雪さんを見る。すると、カナが首を横に振ってくる。

 

「いやいや、別に休む場所があればそれでいいから気にしなくていい事なんだけど……」

 

「それでしたらこの椅子に座ります?」

 

 適当に地面に置いてあった本が入っている未開封の木箱を手で指さした後、机とセットで置いてあった椅子に手を掛ける。それにカナは首を横に振る。

 

「いや、その必要性はないんだけど……この木箱とかに座っていい?」

 

 そう言ってカナは部屋の至る所に置いてあった木箱に指をさしたのに対して、私は首を縦に振る。

 

「大丈夫です、ここにある木箱の中には書物や本は私の家にもありますので、二つもいらない物が入っていますのでどうぞ」

 

 未開封の木箱の上に座ったカナと、その一歩後ろで律儀にも立っている白雪さんの事を見ながらも私は椅子に座る。

 

「ふーん、何でその要らない本がここにあるんだよ」

 

「その、ここ、どうせ使わないから要りませんと女王陛下にも言ったのですが、それを無視してリゼに押し付けられたんですよ」

 

「あーアンジュも大変だよなぁ」

 

 苦笑いを浮かべたカナの言葉に両肩を上げた後、部屋の両壁に埋め込まれる様にして設置されていた本の入った棚を眺めていた白雪さんが私の方を見る。

 

「ふと思ったのだけれど、なぜ先程からアンジュは敬語なのかしら?」

 

 あまり突っ込まれたくない場所を突っ込まれた私は視線が無意識に自然と在らぬ方向に向かってしまう。

 

「え、えーっと、その、カナが女王様と同等の扱いをしていたので──」

 

 そう言葉を発していた私を遮るようにバンッと部屋の扉が扉が開く。

 

「アンジュ! カナ! 会議が終わったから来たよ!」

 

 そう言ってリゼが部屋に入ってくるのだった。

 6

 部屋に来たリゼによりカナさん達は宮殿にある吸血鬼専用の部屋に行きそのまま休む事となった為、私はリゼと二人、リゼの部屋に向かっていた。

 

「結局、何のために私はあの部屋にカナ達を招き入れたんだよ」

 

「ごめんね、本当だったら話し合いがもう少し長引く予定だったんだよね、でも、それがすぐに終わっちゃったからねー」

 

「繋ぎ目って感じかって流石に扱い雑じゃないか!?」

 

 カナさん達が専用の部屋にあったと言う事でカーテンが引かれ外の光が入ってきている廊下を歩きながらも私が食い気味に言うと、リゼは苦笑いを浮かべる。

 

「いやーだってさ、本当にあんな早く終わると思わなかったんだもん!」

 

「んー本当かぁ?」

 

「本当だって! 私が伝えた作戦があんな簡単に通るとは思っていなかったの!」

 

 頰を膨らませてこちらの言葉に食い下がって来たリゼの方を見ながらも私は目を細め首を傾げる。

 

「そこまで言うって、どう言う作戦だよ、それ」

 

「え、あーまぁ、戦闘が始まったらアンジュの錬金術で夜まで時間稼ぎして、ミス、カナ・スコヤの本領を発揮してもらうって奴なんだけど……」

 

 頰引きつらせ私から視線を逸らしたリゼに、思わず、はぁ? っと言葉を漏らしてしまう。

 

「なんじゃそりゃ、殆ど私とカナさんだけに頼る様な作戦だよな?」

 

「うん、だから、通るはずもない作戦って思っていたし、予想に反した結果になって少し困っているんだよね」

 

 頷いたリゼはこちらを見て、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「それにしてもアンジュ、ミス、カナ・スコヤの事をカナさんって呼ぶ様になったんだ」

 

「え、あー、それは、ほら、私はそこら辺にいる普通の錬金術師でしかないからさ、対等な立場である皇族のリゼとは違うから敬語使うべきかなぁって思ってさ」

 

 頰を掻きながらも私はそっぽを見る。すると、前に出て来たリゼがジト目でこちらを見て来る。

 

「いやいや、それを言うならいつもアンジュは私に対して敬語使ってないじゃん」

 

「それはまぁ、アレじゃん……」

 

 リゼの横を通りながらも喉で笑いながら両肩を上げる。

 

「リゼとは昔からの付き合いだからそんな事気にしなくてもいいかなぁって思ってさ」

 

「まぁ、私的にはそっちの方がアンジュらしくて好きだけどね」

 

 好きと言う単語をリゼから聞いて、そう言う意味ではないのは分かっていたものの内心少し動揺して顔に若干血が昇るのを感じる。

 

「お、おぉ、なんか、素直に、す、好きか、う、うん……」

 

「え、ちょ、ちょっと、どうしてここでヘタレ発動するの!?」

 

 そんな事を話している内に私達はリゼの部屋の前に到着し、扉の近くにいた使用人が扉を開く。

 

「……それにしても、ここはいつ来ても本当に豪華だよな」

 

 リゼの部屋の内装を見て私は目を細める。中は、豪華と言っても過言ではない内装となっており、部屋自体は私に与えられたあの木箱だけの部屋の倍以上あり、部屋の中央にはアンティーク調の机と椅子、天井には控えめなシャンデリア、左側の壁には壁に埋め込められている暖炉、右側には二人で寝ても大丈夫な程大きいベットが置いてあった。

 

「ここまで、豪華にしなくていいって言ったのにお母様がね……」

 

 隣に立って頰を引きつらせたリゼの言葉を聞いて私は思わず喉で笑ってしまう。

 

「いやー、流石、私がいらないって言った本を無理矢理押し付けてくる皇女様のお母様、蛙の子は蛙的な感じか」

 

「ちょっと、それ嫌味だよねっと言うか、そんなこと言うなら皇族侮辱罪に抵触するけど」

 

 再びジト目で見て来たリゼに両肩を上げて首を横に振る。

 

「いやいや、嫌味じゃない、私は単純に思った事を言っただけ、それに私ももしかしたら皇族の親戚かもしれないからこれぐらい言っても大丈夫なんじゃないか?」

 

「ねぇ、こう言う時だけそう言う事言うの都合良すぎない?」

 

「物は言いよう、言葉によって使い分ける事が重要なのだよ、リゼ君」

 

 こちらが得意げに言うと、リゼは、はぁっと大きく溜息を吐き頭に手を添える。

 

「それさ、ちゃんと言葉の意味理解してるのかなぁ……まぁ、いいや、それはそれで、アンジュ」

 

「ん、急になんだ、リゼ」

 

 前に出たリゼが腰に手をやり下からこちらを覗き込む様に見上げてくる。

 

「数日前に吸血鬼と始祖の話や戦火の話をしようかなって思うんだけど」

 

「あぁ、そう言えば、その話聞いてなかったな、この後の予定はないから全然いいぞ」

 

 数日前はリゼに錬金術について話をして結局、リゼが話そうとしていた事については聞けなかった事を思い出しそう言うとリゼが目を細めてくる。

 

「じゃ、その前に、もう一度聞くけど、ほんっっとうに何も知らな無いんだよね?」

 

「あぁ、錬金術しか興味なかったのは本当だからな」

 

「そっか」

 

 そう言ってリゼは笑みを浮かべ、こちらに背を向けて部屋の中央にあった机の所に行き椅子に座る。そして、私はリゼに続いて机の所に行き彼女と対面になる様に椅子に座るのだった。

 7

 今から数百年前、まだ、ヘルエスタ王国が建国されていない頃、現在のヘルエスタ王国には小さな村があった。そこに、リジュ・カトリーナ・ヘルエスタ事、リゼと、一応、私のご先祖様が住んでいて農業を営んでいた。しかし、その村の付近で戦争が起こって、その戦火がご先祖様達がいた村にまで降りかかってしまい危機に陥いる事があった。その際、現れ村を救ったのが、近くの森に住んでいた吸血鬼事、カナさん達だった。何故、助けたかは詳しいことは、リゼでもわからないとは言っていたものの、以前からその村とカナさん達は交流があり懇意があったらしいっと言うか、本人から聞けば良いじゃんと言うツッコミをしたけど、本人ももう大分昔の事で忘れてしまっている様だった。まぁ、それは置いておくとして、村を救って以来以来、ご先祖様達はカナさん達を敬う様にして国が建国された。しかし、ヘルエスタ王国が大きくなるにつれて他国との対立が激化し、その最中、一度だけヘルエスタ王国が危機に陥った時があった。当時のヘルエスタ王国はカナさんに頼る事はしたく無いと意地を張ったものの、無理が祟った様で最終的には自分を頼らなかった事に激怒したカナさんがヘルエスタ王国を救ったと言う。ただ、その戦火で吸血鬼やご先祖様についての資料が燃えてしまい、残った資料と当時の皇族の人達でも辛うじて資料を記憶していた人達が、当時、紙不足だった為、皇家の口承でしか伝わらず、いつしか人々は吸血鬼の存在を忘れていってしまったとの事だった。そして、リゼが話し終わる頃にはすでに夜になっており、現在、私はリゼと起きたカナさん達と共にヘルエスタ王国の付近にある平地に来ていた来ていた。

 

「…… あんな事があったんだなぁ」

 

 そう呟きながらも私は平地近くの森の中で、地面に膝をつけランタンの光を頼りに雨にも強いチョークで魔法陣を地面の上に描いていた。

 

「……だから、わざとヴァンパイアハンターをカナさん達のいる屋敷に誘き出したのか……」

 

 資料が無くなり尚且つ、皇族の間で、しかも口承でのみ伝わっていて存在を忘れ去られてしまっている吸血鬼を再び思い出して欲しいという考えからこそ、リゼはわざと、数日前、ヴァンパイアハンター達をカナさん達の屋敷に連れて来させ、戦争一歩手前の状態に持っていた。それも含めて全てリゼの予測範囲内だったという訳だ。

 

「本当に、何処まで先を見ているんだ、リゼは……」

 

「お? 何考えているんだ、アンジュ」

 

「ひゃ!? カ、カナさん!?」

 

 魔法陣を地面に描きながらも考え事にふけていた私に敵軍の偵察に行っていないはずのカナさんがいきなり声が聞こえ、驚きつつ魔法陣を描く手を止め顔を上げる。魔法陣の反対側に相手側の偵察を終えてここに来たカナさんと白雪さんが空から降りてきていた。

 

「な、なんでここに居るんですか?」

 

「なんでって、そりゃ、そこの皇女様に頼まれた偵察が終わったから報告をしに戻ってきたんだが……」

 

 そう私に返しつつカナさんは背中に生やしていた羽を仕舞い魔法陣の近くにある切り株に座って腕を組んで船を漕いでいるリゼの方を見る。

 

「……その皇女様は寝落ちといった感じか?」

 

「あ、えーっと、まぁ、そんなものです」

 

 そう私が答えると、少し起きたのかリゼは薄ら目を開けてリゼはカナさんの方を見る。

 

「ん……ミス、カナ……?」

 

「ほらほら、リゼ、カナさん達は偵察が終わったらしいから一緒に宮殿に連れて行ってもらいなよ」

 

 そう提案するとリゼはこちらを向いて首を横に振る。

 

「ううん、アンジュ、の、準備が、終わるまで……待つ、から……」

 

「たく、そんな事言って、ここで寝て風邪ひいたらどうするんだ……ってもう寝てるし」

 

 私の言葉をいい終わる前にリゼは再び寝落ちしてしまっていた。それを見てか微笑み浮かべていたカナさんが私の方を見る。

 

「アンジュは皇女様に凄い愛されているんだな」

 

「いやいや、愛されてなんていませんよ、アンジュ錬金術の下準備が終わるまで帰らないって、私が帰るとアンジュが一人になるから放置できないって駄々をこねて周りに迷惑を掛けているだけです」

 

「だから、それを、愛されているっていうんだが」

 

 少し呆れた様子でそう返して来たカナに目を瞑って喉で笑ってしまう。

 

「まさか、ズボラで錬金術の事しか頭にない私が、一国の皇女様に愛されるなんて、そんな事はないですって」

 

「そうか、そう思うならそれでいい」

 

 会話がそこで途切れその場が静かになる。その静寂の中、私は無意識に描き途中だった魔法陣の続きを描き始め、数刻経った後、魔法陣を描き終えた私に、なぁっとカナさんが声を掛けてくる。

 

「ふと思ったんだが、アンジュはどうして錬金術をやっているんだ?」

 

「え、それは勿論、彼氏を作る為にです」

 

 魔法陣に綻びがない事を確認し終えた私は腕を組んでこちらを見ていたカナさんの方を見る。

 

「そうか、彼氏か……っていやいや、待て待て、彼氏っと言うか人間と言うのは錬金術で作れるのか?」

 

「そうですね、理論上は可能です、が、正直にいうと実現は不可能と言われています」

 

「不可能?」

 

 眉間に皺を寄せたカナさんに私は首を縦に振り両肩を上げる。

 

「だって、人を作る上で一番重要な材料と言われている魂が錬金術の世界ですと存在しない物扱いになっているんです」

 

 そう言って私は膝立ち状態から立ち上がり腕を大きく上げて軽く背伸びをする。

 

「なにせ、魂は概念上の産物、私達が目で見る事のできない存在を錬成する事なんて出来ない、錬金術ってのは既にわかっている結果を導き出す方程式でしかない、存在しないものは存在しないだけの話です」

 

 腰に手をやりカナさんと白雪さんの方を見る。

 

「それに魔法的なサムシングみたいな感じで何もない所から何かを生む事が出来れば話は変わってくるけど、そんな便利な物は存在はします」

 

「いや、存在するのかよ!」

 

 真剣にこちらの話を聞いていたカナさんにツッコミを返されて私は苦笑いを浮かべつつ目を細める。

 

「いや、少し考えてみてください、私の目の前に魔法の塊みたいな人物がいるって事をさ」

 

「あー確かにな」

 

 こちらの言葉に納得が行ったような声を出しつつカナが私から目を背ける。それを見てククッと私は喉で笑った後、頭を掻く。

 

「だから、一応魔法も私は習得していますし、こうやって錬金術を補強するための魔法陣を描いています」

 

「なら、作れるのか?」

 

 顎に手を添えて首を傾げたカナに対して首を横に振る。

 

「いや、それでも無理でした、魔法であっても錬金術と同じように無から何かを生み出すのはほぼ不可能に近かったんです」

 

「そうか……」

 

 私の言葉にそう返した後、腕を組んで頷いたカナさんはこちらをジッと見てくる。

 

「錬金術をする理由はわかった、けど、何のために彼氏を作りたいんだ?」

 

 カナさんにそう言われて私は、えっとなり自然と眉間に力が寄るのを感じるのだった。

 8

 

 彼氏が欲しい

 

 私が錬金術を始めた理由は純粋にこれでしかなかった。それこそ、コミュ障で、人との付き合いが悪く、男の人と付き合う事なんて無縁だった。だからこそ、人が作れるかもしれない、理想の人物を作れるかもしれない、だから、錬金術を学んだ。それが一番最初の理由だった。ただ、人を生成するのはとてつもなく長い工程と様々な事を覚え、思考実験をし、彼氏が欲しい、その願い一つに錬金術を極めて行った結果、私は国家に認められ、宮殿にあの日に呼ばれていた。

 

『アンジュ・カトリーナ、貴殿をこの度国家の公式的な錬金術師として認める』

 

『あーはい、ありがとうございます』

 

 渡された勲章も自分の生きる上で必要になるから国家の錬金術師になったのでありそれ以外に貰う理由はなかった。その為、授賞式で適当に受け取っていた最中に隣に立っていた見も知らぬ男性の錬金術師が私に突っ掛かって来た事があった。

 

『おい、お前、その言い方はないだろ! 女王様の前なんだぞ!』

 

『五月蝿いなぁ、私は別に国家の公式的な錬金術師になりたくてなった訳じゃないんだよ』

 

 睨みつけてきた男の方を見てそう返すと、その男は顔を歪める。

 

『別にその考えを持つのは構わない、けど、最低限の礼儀をだな』

 

『あ? 私にそれ求めるのか?』

 

 ポケットの中に手を入れてそう答えた私の白衣の胸元を男が掴み上げ睨みつけてくる。

 

『そんないい加減な態度を取るならこの場でお前を氷漬けにだって出来るんだ、舐めた口聞くんじゃねぇ!』

 

『そうと言ってもそんな力をそちらさんが持っているとは到底思えない、それに……』

 

 コンッと爪先で地面を叩く。それに反応して靴の中に常に仕込んであった錬金術を発動させる。靴の中に仕込んでいた錬金術は男が今、言葉に発した術式と似た相手を氷の牢獄に閉じ込めるという術式を忍ばせておいた。その為、いい感じのカウンターになると心の中でほくそ笑みながらも靴先から氷を生成させ瞬時に男を氷の檻の中に閉じ込める。

 

『……錬金術ってのはな、見栄を張って自慢するような物じゃない、いいな』

 

『くそ、出せ! この野郎!』

 

『あんまり、抵抗するな手が凍結するぞ』

 

 氷の牢獄に囚われている彼にそう言い放つと、突然、周囲に本を片手に持ったローブを身につけ胸には錬金術師会のバッチを付けた人達が数十名取り囲む。

 

『アンジュ・カトリーナ、やはり目をつけていたがお前は危険分子だと今ここでわかった、だからここで始末する』

 

 そのローブの中にいたリーダーらしき人物にそう言われて私はフッと鼻で笑う。

 

『おっと、こうなるなら下手に術を打つもんじゃなかったな』

 

 こちらに集中砲火される敵意の視線に居心地が悪くなっている最中、ローブを着た人達の中に本を広げる者や懐からフラスコを取り出した者がで始めた為、宮殿の謁見の間ではあったものの応じるしかなかった。

 

『あーもう、私に喧嘩売った事後悔するなよ』

 

 突撃してきたローブに舌を見せた私は舌に隠していた術式を発動させ突風を集団に向かって放ち戦いが始まったものの私とローブ集団の力の差は歴然だった。ある者は突風に吹き飛ばされ、ある者は私が懐に隠しておいたフラスコの中にあった液体の効果で発した炎に焼かれ、ある者は私が白衣の下に隠していた錬金術の術式を使って突出してきた地面に吹き飛ばされ、ある者はフラスコを割って視界を遮った所でこちらが発動した植物の蔦に絡め取られ無力化された結果、ローブを着た全員を無力化するのに数分も掛からなかった。

 

『なーんだ、こんなものかな』

 

 そうとは言ったものの周囲で起こった阿鼻叫喚な事態に、我ながらやってしまったなぁと思っている最中、いきなり横腹辺りを誰かに抱きつかれる。

 

『お、おぉ?』

 

 突然の事に驚きつつも横腹を見ると、綺麗な白い髪を持った少女が抱きついておりこちらを見上げた少女の青い目と合う。それから、首を傾げていた所、一番最初に氷の檻に閉じ込めた男が、嘘だろっと言葉を漏らす。

 

『お前、あの、人見知りとして有名なあの第三皇女のリゼ様自ら……』

 

『あぁ? 第三皇女?』

 

 男の方を見た後、白髪の少女──リゼの方を見る。

 

『えへへ、初めまして、アンジュさん』

 

『え、あー、まぁ、初めまして、だな、リゼ皇女様』

 

 あの日以来、私の世界は変わった。ひん曲がった性格をしていた私に目をつけた皇女様はお節介焼きで、女王様から与えられた宮殿の自室に行こうとしない私を一々家に来て、起こしに来ていた。勿論、最初の内は煩わしい存在だったものの、それがいつの日か、リゼ経由で知り合った戌井、チャイカ辺りとつるんでいく内に私は、自分がしている錬金術の目的が徐々に分からなくなっていき、リゼと過ごしている内に、リゼが成長して行く内に、本来の目的とは別にとある気持ちが私の中で芽生えてしまった。でも、この気持ちに気付いてしまったら、きっと私は私ではいなくなれなくなる。私はリゼと今の関係を保てなくなってしまう。それだけは、心のどこかで理解していた。理解していたはずだったんだ……

 

 ────           ────

 

「……何の為って、急に何を言うんですか、カナさん」

 

 少し過去のことを思い出した私はカナさんの前で溜息を吐くようにそう言った後、吐息を立てて寝ているリゼを見て直ぐにカナさんの方に視線を戻す。

 

「私はただのコミュ障で、人付き合いが上手くないから彼氏が作れない、いや、作れる自信ががないから自分の手で理想の彼氏を作りたかった為に錬金術を始めたのです」

 

「そうか……」

 

 こちらを見ながらも腕を組んで思考する様な顔になったカナさんは少し悩む素振りを見せた後首を横に振る。

 

「それは嘘だな、いや、すまん、嘘ってのは嘘だ、けど、それはただの建前だな」

 

「どうして、そう断言できるんですか?」

 

 こちらをジッと見たカナさんの右眉が上がる。

 

「どうしてかって、今のアンジュ、自分で気付いているかどうかわからないけど、言ってて結構、辛そうな顔してるからな」

 

 そう愚直に言われ私はその言葉を完全に否定する事が出来ず視線をカナさんから逸らす。

 

「ま、まさか、そんな事はないですよ」

 

「そうか、でもな、実を言うと数日前も同じ様な顔をしていたぞ」

 

「数日前……?」

 

 視線を戻したこちらにカナさんは首を縦に振る。

 

「あぁ、そうだ、あの屋敷で私がリゼに偽のお茶会に招待された時なんて凄いこちらを睨みつけていたの自覚ないのか?」

 

「それは……」

 

 確かに、あの時は私は嫉妬心を覚えた、でもあれは、リゼがカナさんと会話していたからそれに嫉妬して、いや、違う、私はカナにリゼを取られそうになったから嫉妬して、いや、違う、なんで、違うそう、じゃない、私は、私はっ……そんな訳はないんだ、アンジュ・カトリーナッ! 

 

「どうなんだ、自覚は本当になかったのか?」

 

「……今は、その事、関係ない筈、です」

 

 自分の中で答えが纏まらず視線を落として、そう答えるとカナさんは大きくはぁーっと溜息をする。

 

「そうか、そう言うなら率直に言わせてもらうけど、あんた、リゼに何か特別な気持ちを持ってるだろ」

 

「!? そ、そんな訳……」

 

 視線を上げた私の目に何も言わせないという気迫で私の事を見ていたカナさんが映る。

 

「じゃないと、そんな辛い顔は見せないだろ?」

 

「そんな事はありません、私は、私は……っ」

 

 自分が何を考えているのか、自分が何を今思っているのか、分からなくなりランタンを片手に取りカナさん達から背を向ける。

 

「おい、逃げるのか! アンジュ!」

 

「逃げていません、私はこれから別のポイントで魔法陣を描いてきます」

 

 完全に乱れてしまった心を落ち着ける為にも私は走り始める。

 

「おい! 待て! アンジュ! ……って、肩掴まないでください、巴さん!」

 

「……健屋さん、今はそっとしてあげた方がいいわ、彼女の為にも、そして、その子の為にも」

 

 後方から聞こえたやり取りを他所に私は次の魔法陣を描くポイントに向かうのだった。

 9

 リゼ達がいた場所から走った、走って、無我夢中で走り続け、気づいた時には森も幾分か深くなっていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 山道の途中で足を止めて膝に手を付けて切れた息を整えながらも奥歯をギリッと噛む。

 

「私は……」

 

 頰の横を流れていった汗を拭う。さっきの言葉は否定できない、カナさんが口にした言葉を何一つ私は否定できなかった……

 

「……クソッ」

 

 山道の端に雑に座り星空を見上げる。

 

「私の、きも、ち……」

 

 視線を落としギリッと再び奥歯を噛む。本当は、この気持ちを、否定したいけど、否定できない、否定する事ができない、なにせ、私はリゼの事がっ……リゼの事が……

 

「あーあ、こんな気持ちに悩まされるんだったら……」

 

 嘲笑気味に口から言葉が漏れる。こんな苦しい気持ちに悩まされるんだったら、いっその事……このまま死にたいなぁ……

 

「あははは、何考えているんだろう、私」

 

「光が見えるぞ、そこにいるのは誰だ!」

 

 そんな声が聞こえて顔を上げる。茂みをかけ分けて山道に出てきたのは相手の国の紋章を付けた兵士だった。あぁ、嘘……だろ……なんで、こう言う時に限って……

 

「お、お前はヘルエスタ王国のアンジュ・カトリーナッ!?」

 

 力なく立ち上がったこちらを見た相手の国の兵士が槍を構えて目を見開く。

 

「アンジュ・カトリーナって、あの、稀代の錬金術師か!」

 

 その兵士に続いてもう一人茂みから山道に出てくる。もう一人いるんだ……

 

「あぁ、奴に味方は居ない一人の内にやるんだ!」

 

「こう言う時に限って……か……」

 

 いつもは持っている鞄は今日持っていない、あるのは先程使っていた雨に濡れても大丈夫なチョークとランタンのみ言ってしまえば今の私は無防備だった。それに加えて、昔だったら身体中に仕込んでいた術式も、リゼに、それは辞めなさいと言われて仕込んで無い。まさにザ・絶体絶命という状態に陥ってしまっていた。けど、全くもって恐怖という感情は湧いてこなかった。代わりに自分の中には虚無しかなかった。

 

「……あーあ、こんなことになるんだったら」

 

 辛うじてこちらが何かを体に仕込んでいると勘違いして突撃してこない兵士を見ながらもつい、そう呟いてしまう。いっその事リゼに、一言、この気持ちを言うべきだった……いや、でもそっか、ここで死ねるじゃん、そうすればもう私は……この、気持ちに、苦しみに囚われなくていいんだから……

 

「あっ……いや、いいんだ、これで」

 

 その思考に至った私は目の前にいる兵士達に向かって両手を広げ無防備である事を示す。

 

「何、やってんだ、お前」

 

「殺してくれ、私は何も体に仕込んでない、その槍で、私を、貫いてくれ」

 

 ジッとこちらを見た兵士の内、槍を構えている方の兵士が目を伏せる。

 

「……わかった、その首貰う」

 

 目を細め、こちらに槍先を向けて走ってきた兵士に対して来るであろう痛みに目を瞑った──

 

「──何で今、ここで死のうとしているんだ、お前は、自分の願いと気持ちを成就させる気ないのか、バカ!」

 

 ──その直後、そんな絶叫が聞こえ目を開けると、空から急降下してきた黒い物体が私に槍先を向けていた相手兵士を踏み抜く。

 

「え……カ、カナさん!? どうしてここに!?」

 

 その黒い物体──黒い羽を生やしているカナさんは山道に残っていたもう一人を蹴りで吹き飛ばしこちらを見る。

 

「さっき、偵察ついでに、こっちの方向には相手国の伏兵とか、斥候とかそう言う奴らが来ているのを見てたんだよ! あの場から逃げると言ってもこっちの話をきちんと聞いてから動け!」

 

「どうして、さっきの場所で、教えてくれなかったんですか」

 

「魔法陣を描き終わったら伝えようとしてたんだよ、あぁ、もう、畜生」

 

 異変を嗅ぎつけたのか大量に兵士が茂みから山道に出てくる。

 

「取り敢えず、時間が掛かる錬金術で何か出来る訳は無い、だから、前に来るな! いいな!」

 

「あ、あぁ……」

 

 こちらが頷き返すと、カナさんは前を向き一人敵国の兵士の集団に突っ込む。

 カナさんとその敵国の戦闘が起こったものの、カナさんが来る敵来る敵全てを赤子の如く倒して行き、ほぼ、一方的戦闘が巻き起こり数分としない内、その敵の集団を壊滅させてしまっていた。

 

「これで、終わりと……」

 

「む、無念……」

 

 こちらに背を向けて、山道に出ていた相手国の兵士の最後の一人を捌き倒したカナさんの方を見て私は少し頭を下げる。

 

「そ、その、助けてくれてありがとうございます」

 

「たく、本当さ、ヒヤヒヤしたよ」

 

 腕を組んだカナさんはこちらをジト目で見て来る。

 

「でも、自分から殺されように行こうとするなんて、どうしてそんな奇行に走ったんだ?」

 

「それは……」

 

 カナさんの指摘に私はカナさんから視線を逸らしてしまう。多分、伝えたら怒られるし、それに、これを口に出したら、戻れなくなる、言ったらこの気持ちを抑え込む事は二度と出来なくなる……

 

「そっか、じゃ、質問を変える、なんであの場から逃げた」

 

 こちらの気持ちを察したのかそう言ったカナさんに視線を戻し首を横に振る。

 

「いえ、あの場から逃げたわけじゃ無いです」

 

「いいや、逃げてた、まるで私に突かれたくない事を突かれて逃げたようにしか見えないんだが……」

 

 こちらをジッと見ているカナさんに図星の事を言われて自然と手に力が篭り視線を落とす。あぁ、その通りだ、カナさん、私は……

 

「アンジュさ、いい加減自分の気持ち認めたらどうだよ」

 

 そんなカナさんの言葉を聞きながら奥歯をギリッと噛む。自分の気持ち、自分の本当の気持ち……

 

「なぁ、いい加減、自分に素直になれって!」

 

 ガシッと両肩を持たれ反射的に顔を上げるとカナさんのピンク色の目と視線が合う。カナさんの眼差しは真剣そのもので嘘偽りは許さないという目をしていた。

 

「自分の気持ちに嘘つくなよ! アンジュ・カトリーナ!」

 

 私は……私は……私は……私は、リゼの事が……

 

「アンジュ!!」

 

「あら、どうやら間に合ったようね」

 

 そんな声が聞こえてカナさんの背後にある山道の先から白雪さんとリゼがこちらに来るのが視界に入るのだった。

 

 リゼと白雪さんと合流したと言う事もあり、カナさんが倒した敵国の兵士はヘルエスタ兵に預け、その後は特にカナさんから何か言及される事は無く、次のポイントに来ていた。

 

「ねぇ、アンジュ」

 

「なんだ、リゼ」

 

 地面に膝を付いて魔法陣を書いていたこちらに対して、隣に座っていたリゼが声をかけて来て描く手を一旦止めリゼの方を見る。

 

「さっき、ミス、カナ・スコヤと何話してたの?」

 

「何をって言うのはどう言う事だ?」

 

 こちらを見ていたリゼは私の返答に少し悩む様な素振りを見せる。

 

「その、さっき、アンジュと合流した時にミス、カナ・スコヤと何か話していたじゃん、それが少し気になって……」

 

「え、あ、あぁ、それは……そうだな」

 

『──じゃ、質問を変える、なんであの場から逃げた』

 

 頭の中にカナさんの言葉が過りこちらに向けられていた赤い瞳から目線を逸らす。それから、私達がいる場所と対象に位置する場所に立っていたカナさんと白雪さんの事を見る。あの時、何を話していたか……

 

『いいや、逃げてた、まるで私に突かれたくない事を突かれて逃げたようにしか見えないんだが……』

 

 続けて頭を過ぎった言葉に溜息を吐き視線を落とし下唇を噛む。

 

「まぁ、ちょっとした事があってな、でも、リゼには関係の無い事……なんだ……」

 

「そっか……」

 

 そこで会話が途切れ、私は作業に戻る。そして、少しの間、無言の時間が過ぎた後魔法陣が完成し私は立ち上がりカナさん達の方を見る。

 

「カナさん」

 

「できたか?」

 

 カナさんの言葉に首を縦に振ると、カナさんは頷き返してくる。

 

「わかった、じゃ次のポイントに向かおうか」

 

 立ち上がったリゼと共に次のポイントに向かうだった。

 ────            ────

 全てのポイントで魔法陣を描き終えた私はリゼ達と別れて一人自宅に帰宅していた。ただ、とある事が頭の中を占めており帰宅して一直線に家の窓際にあったベットに向かいダイブしていた。

 

「リゼ……」

 

 横を向いて枕に抱き付きながらも彼女の名前を口にしていた。

 

「私は、そう、私は、カナさんの言葉に、反論ができなかった」

 

 敵国の兵士に襲われ、窮地に立たされ、一度は死ぬ事も考えたけど、カナさんに助けられた。助けてくれたことに関しては一応、感謝はしているけど……

 

『アンジュさ、いい加減自分の気持ち認めたらどうだよ』

 

 頭の中にはつい数時間前にカナさんに言われた言葉が脳裏に過ぎる。あぁ、あの時のあの言葉を私は否定できなかった……ずっと、私は自分の気持ちを封じ込めていた……でも……

 

『なぁ、いい加減、自分に素直になれって!』

 

 素直になれ、か、素直になった所で、素直になった所でさ、この気持ちは、この感情は封じ込めなきゃいけない……

 

『自分の気持ちに嘘つくなよ! アンジュ・カトリーナ!』

 

 気持ちがヤキモキし枕を抱く力を強める。

 

「クソッ……いつから、私は、リゼの事を……」

 

 心の底から浮かび上がろうとしているその言葉を言いたい、肯定したい、自分の気持ちを口にして感情を、リゼに伝えたいけど……けどっ……けどっ! 

 

「駄目なんだ、駄目、なんだ……リゼは、この国の第二皇女様、なん、だから……」

 

 言いながらも目の端から熱い液体が流れ始めるのを感じる。この気持ちは、決して……決して……リゼに伝えてはいけない、この気持ちは形にしてはいけない、禁忌の感情、錬金術の人体錬成と同じ、この気持ちは、この感情は錬金して作り出していい気持ちじゃない……

 

「どうして、どうして、なんだ、なんで、私は、リゼをっ!」

 

 ぐちゃぐちゃに掻き乱してくる心と気持ちと感情に奥歯を強く噛み自然と意識が落ちていく感覚に陥るのだった。

 第二章:二人の気持ち

 

 1

 

 ──コンコンコン、コンコンコン

 

 扉が叩かれる音に目が覚めた。鮮明になっていく視界には、寝返りを打って仰向けになっていたお陰で天井が一杯に写っており、カーテンの隙間から差し込んでいた少し白味掛かった日差しがその天井を照らしていた。

 

「……この日差しは……」

 

 多分、昼頃に近い時間帯かなぁっと思いながらも体を起こして背伸びした後、ベットから降りる。

 

 ーコンコンコン、コンコンコン

 

「あーはいはい、でますから」

 

 鳴り止まないノック音を聞きながらも玄関まで行き扉を開けると、白髪のオールバックの髪型をした初老の男性──リゼの所のゼバスチャンが立っていた。

 

「あ? どうしたんだ、セバス」

 

「リゼ様が攫われました、それも私達の仲間である筈のカナ様に」

 

 寝耳に水と言う状態で、一瞬、セバスの言っている事が頭が追いつかなかった。リゼが、攫われた? それも、カナさんに……? 

 

「……え、ど、どう言う事だ?」

 

「詳細は知りません、ただ、名指しで、貴女を例の屋敷に来るようにとのことでした」

 

 詳細は不明、で、いきなりカナさんがリゼを誘拐って何か胸騒ぎがする……

 

「そうか……」

 

 セバスの一言に、何かあるっと踏み玄関横に置いてあった洋服掛けから錬金術で作った液体が入っているフラスコが大量に入ったバックを手に取る。

 

「あぁ、わかった、ありがとう、行ってくるよ、セバス」

 

「はい、どうか、リゼお嬢様をお救い下さい」

 

 そのバックを肩に背負いセバスの横を走って通り抜け家を後にするのだった。

 2

 自宅から出た私はリゼが誘拐された事が伝わってないのか騒ぎが一切起きていない中心街を抜け、数日前の記憶を辿りヘルエスタ王国の外れにある森にあるカナさん達の住んでいる屋敷に向かって走った。ただ、以前来た時は封印されているはずの道や開閉式の柵が全て解放されており特に足止めされる事なく屋敷の前まで来る事ができた。

 

「……本当に、結界が……解除され、てるとはな……」

 

 屋敷前の門を通り抜けた所で一度足を止めて早くなっている鼓動を抑えつつも膝に手を吐きながらも息を整え頬に垂れてきた汗を手の甲で拭う。普段、運動してない事がここまで露骨に出るとはな……

 

「……でも、ここに、リゼが、いるんだな……」

 

 セバスチャンの話的にカナさん達がいるであろう屋敷を見上げる。

 

「よしっ!」

 

 息が整い両手で頰を叩く。それから、屋敷の前にある庭を横切り、屋敷の扉の前まで移動し屋敷の扉をバンッと腕で押して扉を開けて中に入る。

 

「リゼ!」

 

 開け放った先にあった暗い一階の広間に、少し豪華な椅子を置き、肘掛けに肘をつき頬杖をしながらもまるでこちらを待っていたかのように、座っていたカナさんがニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「よう、来たか、アンジュ」

 

「アンジュ!」

 

 肘をついていない方の手を上げた彼女の後ろに、私の名前を呼んだリゼの首元に銀色のナイフを突きつけているシラユキさんが立っているのが目に入り視界が細くなる。

 

「リゼ!」

 

 こちらを不安そうに見るリゼを見た後カナさんの方を見る。

 

「来たか、じゃないですよ、カナさん! 何故、リゼを誘拐したんですか!」

 

「あぁ、そうだな、それについては……」

 

 思案顔になったカナさんは上げていた手でパチンッと指を鳴らすと、バタンッと後方にあった扉が閉まり屋敷の壁にかかっていた蝋燭の火が全て灯火を上げ館内をオレンジ色に染め上げる。その光景に気を取られて周りを一瞬見た後、視線を戻した時には既にリゼとシラユキさんは既にカナさんの後ろには立っていなかった。

 

「!? カナさん! リゼを何処にやった!」

 

「さぁ、何処にやったかは教えないさ、あーでも、安心しろ殺す事はしないし、つーか、私も本当は誘拐なんて事をしたくないんだよな」

 

 やれやれと言った感じで両肩を上げ蝋燭の光の陰陽によって猟奇的な笑み見える笑みを浮かべたカナさんを見て眉間に力が寄るのを感じる。

 

「したくないだって……そんな事を言うならリゼを解放しろ!」

 

「それは無理だ、今も言ったけど、これは私の意思じゃないからな」

 

 首を横に振りながらも椅子から立ち上がったカナさんの姿が消え、それこそ、距離なんて関係ないかのように、肉薄する形で目の前に出現する。

 

「!?」

 

「まぁ、正直な話、私も見ててちょっともどかしかったから手を貸したとでも言った方がいいかな」

 

「それは……どういう、事だ?」

 

 挑発的な笑みを見せたカナさんの視線が合う。しかし、オレンジ色の光が相まって全体的に影が掛かり目の奥で何を考えているかは読み取れなかった。

 

「どう言うことか、真実を知りたければ私を跪かせろ」

 

「跪かせろって……」

 

 こちらと視線を外して数歩後ろに下がったカナさんは黒い羽を生やし両手を広げる。

 

「あぁ、掛かってこい、アンジュ、それで私を跪けれたらリゼを解放して今回の誘拐に関して教えてやる」

 

 そう言ってカナさんは片方の眉を上げる。

 

「まぁ、ただ、ハンデとして私からは攻撃は一切加えない」

 

 口の端を最大まで上げて笑ったカナさんの言葉を聞いて眉間に力が寄るのを感じる。

 

「ハンデですか?」

 

「あぁ、いくらアンジュが天才と呼ばれる部類の人物だったとしても私は人外の吸血鬼、そのぐらいのハンデがなければ話にならないだろ」

 

 広げた羽を揺らしながらもククッと肩を使ってカナさんは笑う。確かにカナさんは吸血鬼で、いくら私が錬金術やら魔術にそれなりに長けていだとしてもまともにやり合っては私が勝てる見込みは悔しいけどない……

 

「本当にその言葉に二言はないんですね」

 

 首を縦に振ったカナさんを片目に、持ってきていたバックの中から煙幕の出る液体が入っているフラスコを彼女の前の地面に向かって投げつける。パリンッと着弾した割れたフラスコの中身の液体が空気と接触し煙幕を生じさせる。

 

「これは……」

 

「アンジュ特製の煙幕だ」

 

「ほう、なるほど、目潰しか」

 

 煙の中にいるカナさんの声を聞きつつバックの中から今度は炎を起こす液体が入ったフラスコを取り出す。確かに煙を使う事によりカナさんが言ったように確かに目を潰す事が出来る。ただ、それ以外にも用途はあり相手が動こうとすればそれに釣られて煙が動く。だから、今見せた瞬間移動もそれで視認できれば、その先を狙えばいいと言う話になるんだが……

 

「……まぁ、そうだろうな」

 

 こちらの思惑に反して煙が動く様子はなく、そのまま煙が晴れた時には既にカナさんはいなかった。

 

「残念、私は真後ろにいるよ」

 

 背中に誰かの気配を感じ軽く圧を感じ、視界が自然と細くなる。さっきの煙から出てきた様子は無かったし……じゃ、どうやって私の後ろに……

 

「……なぁ、アンジュ、どうして、あの時逃げたんだ?」

 

 唐突にカナさんが振ってきた言葉を無視しつつも振り返り手に持っていたフラスコを投げる。しかし、カナさんは既に消失しており地面に着弾したフラスコの中身の液体が少し燃え上がる。

 

「……逃げたってのはどう言う事だ?」

 

「そのままの意味さ、昨日、私の質問からどうして逃げた、どうして答えようとしなかった」

 

 天井から聞こえてきた声に反応して顔を上げる。広間の天井に吊り下げられていたシャンデリアから逆さまに掴まってぶら下がっていたカナさんが目に入る。

 

「その話は今関係あるんですか……」

 

「あぁ、関係大ありだよ、そのせいでこんな事やらされてるんだからな」

 

 溜息を吐きながらもカナさんは体を横に揺らす。さっきから含みのある言い方が少し気になるなぁ……

 

「何を隠してるんですか、カナさん」

 

「だから、それは私を跪かせたら教えてやるって今言っただろ?」

 

 シャンデリアから手を離したカナさんは空中で体を捻りこちらに背を向ける形で着地する。それから、立ち上がったカナさんは肩越しに挑発的な視線をこちらを向けてくる。

 

「それに、アンジュの本気はそんなもんじゃないだろ」

 

「……後悔しないでくださいね、カナさん」

 

 バックの中にあったフラスコ一本とバックの奥の方に仕舞ってい奥の手の紙を私は取り出す。

 こちらに体ごと向け腕を組んだカナさんが挑発的に右眉を上げる。

 

「後悔ねぇ、私にさせる事は出来るのか?」

 

「させる様に、本気で行きます」

 

 今、軽く相対して見てカナさんは手段は不明なものの瞬間移動ができる。それも、割と自由に……なら、不意をついて足を止めさせれば攻撃は与えられる筈、その上、私への直接的な攻撃はしないといってるならならやはり魔術の方が得策……

 

「……それだったら……」

 

 手に持っていた紙を自身の周囲にばら撒き、その中の一枚を足で踏み、バックの中から少し大きめの魔法陣が描かれている紙を取りだし地面に広げる。魔術と言うのは錬金術とは別の存在の術式を用いて炎や氷などの物を生成することができる術でる。ただ、錬金術とは違って既に世の中に存在している神様が決めた自然界の原則である摂理を無視した術で強力であり、それ加えて、錬金術と魔術は対極的な存在、摂理の中でしか術が使えなく真実しか出せないそれが錬金術、しかし、魔術はそれを無視した異常な存在で、悪魔を召喚できたりと、その力は錬金術では比べ物にはない程に強大である。

 

「…………汝、我の声に応呼し現界せよ! 来い! デーモン!」

 

 そう声を上げて紙に力を送る。すると、魔法陣が光り、風が生じ周囲にばら撒いて置いておいた紙が舞い上がり魔法陣の中から羽の生えた筋肉竜骨が逞しい黒い人型の生物から魔法陣から出現する。

 

「ほぉー悪魔召喚出来るのか」

 

「私自身は無力ですからその補強です」

 

 立ち上がりデーモン越しにカナさんを見るとカナさんはニヤリ笑みを浮かべていた。

 

「でも、召喚したの中級悪魔じゃねーか、人間相手ならまだしも吸血鬼相手にはそこまで強くないぞ?」

 

「勿論、それは知っていますよ──」

 

 言葉にならない雄叫びを上げながらも飛びかかる。そんなデーモンはカナさんは何処からともなく取り出した黒い刀身の剣の一撃で真っ二つにし消滅させる。

 

「──でも、一瞬でさ、そっちに意識を持っていって貰えればこちら的には十分役目を全うしているんですよね」

 

「ほぅ?」

 

 足をずらし、踏んでいた紙に絵かがれていた魔法陣を爪先で突きスイッチになる魔法陣に力を送る。先程、デーモンの召喚をした時に屋敷中に吹き飛んで落ちていた紙に描かれた魔法陣から植物の蔦が一斉に出現する。

 

「お、おぉ!?」

 

 出現した蔦はカナさん目掛けて殺到し天井にまで伸びた蔦が一気にカナさんを絡め取る。

 

「成る程、デーモンは囮で、本命はこっちか……」

 

 不意をつかれた形で蔦に絡め取られているカナさんは面白そうに笑う。本来だったら蔦に絡め取られた時点で絶望してもいいシュチュエーションな筈なのに笑みを浮かべる辺り相手が相手と言うのが

 

「で、次は何をするんだ?」

 

 笑みを浮かべているカナさんを片目に手に持っていたフラスコを投げつけ、割れたフラスコの中にあった液体が掛かった蔓が太くなる。

 

「ほぉ……強化剤か……」

 

 バックの中から隠し持っていた八角形の魔導具ー自身の力を補強して強大な魔術を放つ道具──を取り出し太くなった蔓に絡め取られているカナさんの方に向ける。そして、その八角形の魔導具に力を加えると、炎球が魔導具の表側部分に出現する。

 

「──"イグニス"」

 

 ある程度大きくなった火球が魔道具から放たれ、放たれた反動できた風圧を感じながらも火球が確実にカナさんのいる位置を抉ったのを視認する。

 

「やったか……」

 

 火球が通りぽっかりと空いている空間を見ていると、空間の端にカナさんが着てた服の一部が見え視界が細くなる。まぁ、こんな物でやられる程、カナさんはやわでもないし、簡単でも無い……

 

「……っといいたいですが、こんな物でやられる程、貴女が弱い訳ないですよね?」

 

「……まぁな、でも、流石にここまで多彩だとは思わなかった」

 

 蔦の奥からカナさんの声が聞こえ、魔導具を持っている手を下ろし、足先を力を送っていた紙から離す。それと同時に力の供給が途絶えた蔦が一気に老朽化しボロボロになり崩壊する。そして、その崩壊した蔦の裏から楽しそうに笑みを浮かべているカナさんが現れる。

 

「つーか、そんな力持ってるならもっと他の事に使ったらどうだ?」

 

「魔術は彼氏を作る為に習得したのであって無闇矢鱈と使いたく無い上に実験に影響が出るからもう命を狙われるのも女王様に怒られるのももう懲り懲りなんですよ」

 

「そうか」

 

 そう一言だけ呟くとカナさんの姿が消えて、また、距離を無視して目の前に出現し肉薄してくる。

 

「因みにそれで今のが魔術の全部か?」

 

「まさか、これが全部だったらカナさんを跪けるなんてワンチャンすらないですよ」

 

 屋敷内の蝋燭のオレンジ色の光で照らされているカナさんの顔を見ながらそう返し手に持っていた魔導具をバックの中にしまう。

 

「今のはある種のデモンストレーションですから……」

 

「そうか、そうこなくっちゃな」

 

 フッと笑いお互いがお互いにバックステップを踏む。

 

「殺す気で跪かせに行きます」

 

「まぁ、そのぐらいの気迫が無いと面白く無いよな」

 

 狂気的に笑みを浮かべたカナさんを片目に私はバックから魔法陣が描かれている紙を再び数枚取り出す。

 魔法陣が描かれた紙を取り出した私は狂気的な笑みで楽しそうに笑っているカナさんの事を見ながらも視界が細くなるのを感じていた。

 

「死ぬ気とは言ったものの……」

 

 手に持っていた魔法陣をチラッと見て眉間に力が寄るのを感じる。実の所、魔術は体の中にある魔力と言う力を使って魔法陣を媒介に炎等を召喚する術でもあり、それこそ、魔力は体力と同じ扱いでもある。その為、魔術は強力な力であるものの長く使えるものでも無い。これも魔術を奥の手にしている理由の一つでもあった。でも、死ぬ気で跪かせに行くって言った以上、本気で行く以外に取れる方法はなかった。

 

「……短期戦、で行くしか無いですね……」

 

 魔法陣が描かれている紙をカナさんの方に向かってばら撒きながらも私は攻撃を再開した──

 

 ────            ────

 

 ──しかし、不意をついて絡め取った蔦以外の攻撃が一切カナさんに届かず、ただ、ただ、私が一方的に力の差を思い知らされて魔力もだいぶ擦り減り苦戦を強いられていた。

 

「ほら、ほら、もっと、攻撃しなくていいのか?」

 

「クッ!」

 

 魔術で召喚した蔦や炎を使って宙を黒い羽を飛んでいるカナさんを絡め取るように攻撃するもやはり、それらを潜るように全て避けられてしまう。

 

「死ぬ気って、こんなものなのか、アンジュ?」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……こんな物じゃありません」

 

 宙を飛び回りながらもこちらを見て挑発的な言葉を放って来たカナさんの事を、魔力の使い過ぎで息を整えながらもそう言い返す。

 

「……っと、言うよりかは……」

 

 バックの中から魔法陣が描かれている紙を取り出しつつ頰を流れた汗を拭う。カナさんは丁度、こちらが魔術で生み出せるギリギリを狙っているように、それこそまるで私の手の内を知っているかのような動きをしていてギリギリこちらの攻撃が届いていない。

 

「……こうなったらッ!」

 

 魔法陣が描かれた紙を地面にばら撒いた後、再びバックの中から八角形の魔導具を取り出しカナさんが飛んでいる少し先に向ける。

 

「──"イグニス"!」

 

 魔力を少し貯めて少し大きめの火球を放ち、カナさんは空中で足を止めてその火球を避ける。

 

「お、おぉ、どこ狙ったんだ、それ」

 

 別に、それはカナさんを狙ったわけじゃ無いんです。ただ、足を止めたその瞬間が命取りですよ! カナさん! 

 

「そこっ!」

 

 少し驚いているカナさんを他所に足元に落ちていた紙の一枚を爪先で突く。カナさんの下に撒かれていた紙から氷が勢いよく上に向かって召喚されら慌ててカナさんは身を捩らせるが、間に合わずカナさんを閉じ込める形で氷の牢獄が宙に出来上がる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ようやく、また、捕まえる事ができた」

 

「……本当、多才だな、アンジュは」

 

 見上げると、カナさんは何処からともなく出現させた黒い剣によって斬り刻まれ難なく脱出されてしまう。

 

「クソッ、これでも、駄目、ですか……」

 

 足元にあった紙から足をどかし氷の牢獄を崩したものの、そこで魔力の限界が来てしまい召喚していた蔦や炎等も全て消え跪いてしまう。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……流石に無茶し過ぎたか……」

 

 ポツッポツッと蝋燭のオレンジ色の光に照らされているカーペットに汗が垂れ落ちていく。

 

「もう終わりか?」

 

「いえ、まだ、です……」

 

 カナさんにそう聞かれて顔を上げる。魔力的にはほぼ尽きて魔術は使えないが、まだ、錬金術が残っていると思いながらも、魔力の使い過ぎで少しフラついたものの立ち上がり黒い羽をしまい地面に降りたカナさんの方を見る。すると、カナさんの姿がブレ目の前から消失する。

 

「どこいっ……」

 

「……なぁ、アンジュ、結局の所、リゼの事をどう思っているんだよ」

 

 唐突に耳元で聞こえたカナさんの声に背中を逆撫でされるような気分と共に、少し頭に上っていた血が下がるのを感じ少し冷静になる。

 

「……その話は、今、関係、ありませんよね」

 

「いや、大ありだ、むしろ、それが原因ってさっき言ったよな?」

 

 バックの中から硫酸が入ったフラスコを取り出し振り向きつつ投げる。だが、やはり背後にはもう、カナさんの姿はなく、ただ地面に打ち付けられて割れたフラスコの中の液体がシュ──っと言う音共にカーペットが焼く。

 

「つーか、アンジュ、どうして頑なに答えるのを拒否するんだ?」

 

 後方から声が聞こえ振り返ると、屋敷の大広間、入り口から真正面にある二階へと続く階段の上に腕を組んだカナさんが立っているのが視界に入る。

 

「拒否って……何のことですか」

 

「だから、今言った通りリゼへの気持ちに関してへの、だ、リゼに特別な感情を抱いてるんだろ、アンジュは」

 

 ジッとオレンジ色に照らされたカナさんの目がこちらを捉える。リゼへの特別な感情……確かに持っているけど、それは、今、関係ない話……

 

「……さっきからずっと、なんなんですか、私とリゼの関係なんて貴女には関係ないですよね!」

 

 ガンッと足で地面を蹴りつつ私はそう言い放つ。

 

「関係ないって、それが、私がこんな事しなくちゃいけなくなったの根本的な原因だって何度も言っているだろ!」

 

 そんな私の言葉にそう言い返したカナさんの顔は何処か怒りに満ちており鋭く伸びた犬歯を見せながらも、なぁっと続けて声を上げる。

 

「アンジュ、いつまで隠し続けるんだよ、その気持ち」

 

「隠してなんか、いない!」

 

 反射的にそう言い返すと、カナさんは目を瞑り首を横に振る。

 

「いや、隠してる、いつも、私が聞く度に答えるのから逃げて逃げて逃げて逃げ逃げて逃げて逃げて、自分の気持ちから逃げてばかりだろ!」

 

「そ、それは……」

 

 カナさんの言葉に反論ができず言い淀んでいると、カナさんの姿が消え肉薄した状態で目の前に現れ胸ぐらを掴んでくる。

 

「いい加減、認めろ! 馬鹿ンジュ! お前は、リゼの事が好きかのかそうじゃ無いのか! どっちかはっきりさせろ! なぁ、なぁ!」

 

 胸ぐらを掴んだまま私の事を何度も縦に揺らしカナさんが問いかけてくる。

 

「……私は……」

 

 私は……私は……私は……私は……リゼの事が……そう、リゼの事が……リゼ、の、事がっ……

 

「……リゼの事が、好きだ、それも、友人として、ではなく、愛と言う感情を抱いてしまったんだ」

 

「……それは、本心か?」

 

 揺らすのを止めたカナさんから目を逸らしながらも頷くとカナさんがフッと鼻で笑う声が聞こえ胸ぐらを離してくる。

 

「そうか、その言葉が聞きたかった、やっと言ってくれたな、私の負けだ、アンジュ・カトリーナ」

 

「えっ?」

 

 カナさんが放った突然の敗北宣言に驚きカナさんの方を見ると、彼女は私の前から横に移動し代わりに目の前にリゼが立っていた。

 

「!? リゼ!」

 

「……アンジュ」

 

 目の前に現れたリゼは何故か悲しげな表情を浮かべていたのだった。

 3

 私がアンジュを好きになったのはいつからだっただろう。

 

 ──初めて会った時? 

 

 確かに、あの時のアンジュは物凄く格好が良くて、あんな大人数相手にしても動じないで一人で全員無力化するなんて、凄いなとは思ったけど、あの時は、まだ、格好良い、大人びた、理想的な女性でしかなかった。

 

 ──じゃ、アンジュの家に通い始めた時? 

 

 わからない、でも、あの宮殿で見せた格好良いアンジュとは違ってズボラで、生活能力は皆無で、私が世話をしないと死んでしまうのでは? っと言う不安に駆られ、お節介な部分が出てしまった。だから、気づいた時にはアンジュは常に隣にいて、私にとってはかけがえのない存在になっていた。それもあってか、私はずっと、何かある度にアンジュを連れて行き、その度に格好良いアンジュやズボラなアンジュ、私の為に命をも賭してくれたアンジュに私はいつの日かア恋心を抱いていた。でも、私は皇族、アンジュは国家錬金術師と言っても一介の国民でしかない上に身分の差がある。それに加えてお互いに女性、だから、この恋は叶わないと思っていた。それでも良かった、叶わなくてもアンジュの隣に居られれば私はそれで満足だった。だから、今回も私自身、歴史の闇に葬られかけていたヘルエスタの吸血鬼についてもっと国民が認知してもらう為に思索して、アンジュをカナさんの所に連れていくと言う形になった。まぁ、その結果、ちょっとした戦争に発展してしまったものの、それは別に予測はできていたから致し方なかったけど、でも、そんな中、私の耳にアンジュとカナさんのとある会話が耳に入って来た。

 

『そうか、そう言うなら率直に言わせてもらうけど、あんた、リゼに何か特別な気持ちを持ってるだろ』

 

『!? そ、そんな訳……』

 

 元々、アンジュが魔法陣を仕掛けるのに無理やりついて行ったその先で、カナさんの口から出た言葉、一瞬、耳を疑ったけど、アンジュはそれを否定する事が無く、その時に私は初めてアンジュにも特別な気持ちがある事を知った。でも、あの場はアンジュがヘタレを発動させて、逃げてしまったが故にその特別な気持ちを聞く事はできなかったけど……

 

『なぁ、いい加減、自分に素直になれって! 自分の気持ちに嘘つくなよ! アンジュ・カトリーナ!』

 

 ……ただ、その逃げたその先で何かがあった様でカナさんが声を荒げていたのが耳に入った。だけど、何があったのかアンジュに聞いてもはぐらかされてしまった。だから、その後、アンジュと別れてから宮殿で何があったのかをカナさんに聞いて驚きを隠せなかった。

 

『……アンジュが殺されようとしてたのですか?』

 

『あぁ、殺されようとしていたんだ、それも自分の意思で』

 

 私の部屋に招待し目の前に座っていたカナさんはそう教えてくれた。それも目を伏せたカナさんは続け様に"相当、思い詰めた顔で殺してくれって、相手国の兵士に頼んでいたんだ"とも教えてくれた。けど、私はアンジュのその行動は理解ができなかった。

 

『どうして、アンジュが自分から殺されようとしていたの、何でそんな事を……』

 

『多分、リゼに関係する事とは思うけど、私でも明確な事は分からない、ただ一つ言える事としたら、リゼ、君に特別な感情を抱いているからだと思う』

 

 真剣な顔のままカナさんはそう答えてくれた。そう、特別な気持ち、あの場でアンジュを問い詰めていたカナさんの口から出た言葉と同じ言葉、それを聞いて私は反射的にその気持ちを知る為にはどうしたらいいか聞き返していた。

 

『んーそうだな、知りたいんだったらリゼが誘拐されるってのはどうだ?』

 

『……誘拐ですか、ミス、カナ・スコヤ』

 

『あぁ、そうだって言うか、そろそろその呼び方やめてくれないか、せめてカナさん辺りで頼む』

 

『あ、はい、わかりました、カナさん、それで誘拐されると言うのは?』

 

 首を傾げて聞き返すと、カナさんは両肩を上げ"本当にそのままの意味だ、私がリゼを屋敷に誘拐して、そこでアンジュの真意を問うって言う手なんだが"っと答えてくれた。言ってしまえば、私がカナさんに誘拐されて、それをアンジュに助けてくれる構図を作ってアンジュに逃げ場を無くさせて本心を聞くって言う手で、確かにそれならアンジュはヘタレを発動させてもその場から逃げることはできないし、その特別な気持ちが分かるのではっとその時の私は思っていた。

 

『まぁっと言っても流石に冗談……』

 

『なら、私を誘拐して下さい、カナさん』

 

『……だけぇぇえぇぇ! お、おい、本気で言ってるのか、リゼ』

 

 驚いた顔で机を叩きながらも立ち上がったカナさんに私は頷き返していた。だって、私はアンジュの真意が知りたかった……だから、私はそう決断を下した……

 

 ────            ────

 

「……けど、アンジュには本当に辛い思いさせちゃったかなぁ……」

 

 昨日の事を思い返してそう呟いた私は今現在、アンジュと戦闘を開始したカナさんの影の中にいた。一応、カナさんの特別な力の一つで何かを隠す時に使う力らしい。でも、影の中の不思議な空間で何処か優しく、何処か暖かかった。それはまるで、赤子に戻ったような気分に半分陥っていた。

 

『いや、隠してる、いつも、私が聞く度に答えるのから逃げて逃げて逃げて逃げ逃げて逃げて逃げて、自分の気持ちから逃げてばかりだろ!』

 

『そ、それは……』

 

 そんな平穏的な影の中とは違い外ではカナさんと疲弊している声のアンジュが言い合いをしていた。

 

「……でも、特別な気持ちを私に打ち明けないアンジュも悪いんだよ」

 

 確かに、今回のこの件は、私の我儘で誘拐して貰った上、何の脈絡もなしにカナさんに喧嘩を売られて、私の為に意味もなく体を張ってくれたアンジュに少し申し訳ないと思う反面、特別な気持ちを私に伝えずにずっと逃げていたアンジュに対するささやかな仕返しでもあった。

 

『いい加減、認めろ! 馬鹿ンジュ! お前は、リゼの事が好きかのかそうじゃ無いのか! どっちかはっきりさせろ! なぁ、なぁ!』

 

『……私は……』

 

 そんな事を呟いている内に話は佳境に入っており相当追い詰められているアンジュの声が聞こえてくる。

 

「……私は……」

 

『……リゼの事が、好きだ、それも、友人として、ではなく、愛と言う感情を抱いてしまったんだ』

 

 アンジュの心の内がカナさんの影越しに聞こえてくる。それを聞いて嬉しさを感じるのと同時に、それと等しいか、それ以上の悔しいとも悲しいとも言えない感情が心を支配していた。

 

「そう……だっ……たん、だ……」

 

 昨日の、あの、死のうとしていた理由って、ようは、私の事を愛しているからって事……でしょ……なんで、どうして……どうして、それで死のうとしたのよ、アンジュ……

 

『……それは、本心か?』

 

 そうカナさんが問いかけると、一拍の空白の後、そうかっとカナさんは言葉を口にする。

 

『その言葉が聞きたかった、やっと言ってくれたな、私の負けだ、アンジュ・カトリーナ』

 

『えっ?』

 

 アンジュの惚けたような声が聞こえた次の瞬間、いきなり手首を掴まれるような感覚が襲い、まるでぬるま湯から引き摺り出されるように影から出た私の目の前にカナさんの背中があった。そして、カナさんが横に退いて代わりにアンジュが目の前に現れる。

 

「!? リゼ!」

 

「……アンジュ」

 

 少し疲弊していたもののアンジュは私の事を見て困惑した表情を浮かべる。まぁ、そうだよね、アンジュにとっては私をカナさんから助けたはずなのに私が嬉しい顔をする所か、悲しい顔をするなんて思いもしないよね……

 

「リゼ、なんで、そんな、悲しい顔をしているんだよ」

 

 こちらに縋るような勢いでアンジュがそう聞いてくる。でも、そんな事はどうでも良いの、私は、本当にアンジュが私の事を好き、好きだからこそ、アンジュの今言っていた言葉が本心からの言葉のかそれが知りたいかった……

 

「……ねぇ、アンジュ、本当に私の事が好きなの?」

 

 そう問いかけるとアンジュは更に困惑した顔になったのだった。

 4

 

「──ねぇ、アンジュ、本当に私の事が好きなの?」

 

 そう返してリゼはそう返してくる。え、私の事って、いや、確かにリゼの事は好きだけど、ちょっと待て、話の意図が分からない、なんで、いきなり、私がリゼの事を好きかそうじゃないかって話になるんだ……? 

 

「え、ちょっと待て、リゼ、それは、一体どう言う……」

 

 悲しげな表情を引っ込めて、ジッと私の方を見ながらもリゼは目を細める。

 

「そのままの意味、今、カナさんに言った事は、本当に、心の底からの言葉……なの?」

 

「……それは、まぁ、そうだな、嘘偽りはない」

 

 こちらの返答を聞いたリゼは視線を落とし再び悲しそうな表情を浮かべる。それを見て私は困惑してしまう。どうして、そんな表情を浮かべるんだ、リゼ……

 

「……訳がわからん」

 

 普通、同性の人から好きを通り越して愛の感情を持っているなんて言われたら、もっとこう、汚物を見る様な嫌悪感に満ちた表情を見せる筈なのにそうでもなく、どうして悲しい顔をするのか、それが私には検討がつかなかった。そんな私を見かねてか、はぁーっと一連のやり取りを静観していたカナさんが大きく溜息を吐く。

 

「全く、青春を見せられてる気分になるっつーか、いろいろと察しが悪いな、アンジュ」

 

「察しが悪いってのはどう言う事ですか?」

 

 視線を腕を組んだカナさんの方に向けると、彼女はおかしそうに喉で笑う。

 

「そうだな、一つアンジュに言える事があるとしたら、実は、この誘拐を仕立てあげたのは、私じゃなくて皇女様なんだ」

 

 目を伏せたリゼの方を見て目が自然と見開くのを感じる。

 

「……リゼ、どう、言う、事、なん、だ?」

 

「……騙して、ごめんね、アンジュ」

 

 リゼが頭を下げて謝るのと同時に蝋燭の光に照らされている屋敷の中に一時の静寂が訪れる。リゼが、自分から誘拐を頼んだ……だと……どうして、どうして、そんな事を……

 

「……なぁ、どう、して、自分から誘拐されたんだ、リゼ」

 

「あのな、アンジュ……」

 

 首を垂れているリゼの代わりに私の前に出てきたカナさんが何かを言おうとしたその瞬間、リゼがカナさんの肩を持つ。

 

「……いいです、カナさん、私から話します」

 

「……そうか」

 

 カナさんが元いた場所に下がると代わりに顔を伏せたままリゼが一歩前に踏み出してくる。それから、顔を上げ、オレンジ色の光の中でもわかるくらい憂いた雰囲気を漂わせた赤い目が私の事を捉える。

 

「アンジュ、私、実はカナさんに、とある話を聞いたの」

 

「とある話?」

 

 オウム返しの様に聞き返すと、リゼは首を縦に振る。

 

「うん、昨日、アンジュが私に特別な感情を抱いているせいで、自分から死のうとしたって、聞いたの」

 

「!? そう、だった、のか……」

 

 そっか、それ、聞いていたのか……っと思う反面、ちょっとした後ろめたさを感じ自然と視線がリゼから逸れる。

 

「それを聞いて、私はアンジュがその特別な感情が何か知りたかったから、カナさんに頼んで私を誘拐してもらってアンジュが私の事をどう思っているのか、その真意を知りたくて陽動してもらったの、でも……」

 

 ガンッとリゼの方から音が聞こえリゼの方を見る。リゼは目を伏せながらも悔しそうに犬歯をこちらに見せていた。

 

「……どうして、私を愛してるから死のうとしたの! どうして、私の見えない所で、私の知らない所で、死のうとしたの、どうしてなの、アンジュ!」

 

 伏せていた目を開けたリゼはそう言って眉間に皺を寄せながらも私の事を見てくる。そうか、だから、悲しい顔をしてたのか、でも……

 

「……リゼ……」

 

 自然と手に力が入り握り拳になる。でもな、リゼ、考えてみろ、どうしてって、そりゃ、気持ち悪いだろ、普通……同性の人に愛情を、友人以上の感情を持つなんてさ! 

 

「……だって、気持ちが悪いだろ、私、女なのに、同性のリゼに恋をしてしまうなんておかしいだろ、普通に気持ちが悪いだろ!」

 

「おかしくないし、気持ち悪くない、それよりも、それで死のうとしているアンジュの方がおかしいって!」

 

 首を横に振ってリゼは一歩前に出てくる。それに応じて私も一歩前に出る。

 

「リゼ、何か勘違いしだろ! 私は本当にリゼの事が好きで、それこそ……」

 

「愛しているんでしょ、全部話を聞いていたからわかってるの!」

 

「わかってるなら、どうして、嫌悪感を抱かないんだ、リゼは、私の事なんてっ」

 

 こちらが口にしていた言葉の途中で、リゼが体を震わせ始めながらも顔を伏せて地団駄を踏むように、ガンッと地面を蹴る。

 

「リゼ……?」

 

「……なんで、なんで、そんな事言うの、私はっ好きを超えて、愛と言う感情を、抱いてるって、言われて凄い、嬉しかった……」

 

 胸の前に握り拳を添えて震えていたリゼの透明な涙が地面に引いてあった赤いカーペットを黒く濡らす。待て、今、リゼ、なんて言った……? 

 

「う、嬉しかった……?」

 

「そうよ、私も、私も、アンジュの事が好きなの、愛してるの!」

 

 涙を流しながらもリゼは顔を上げ私の胸に飛び込んで来て、首と頭に手を回してくる。

 

「……だから、そんな、自分を否定する様な事、言わない、でよ、アンジュっ!」

 

 肩が濡れるのを感じながらも耳の横から聞こえたリゼの声に私はただ呆然とする事しかできなかった。

 

「……リゼ、嘘だろ」

 

 抱きついてきたリゼの言葉を聞いて私はただ、呆然とし、服越しに聞こえる鼓動、暑くも冷たくも無い人肌の温もり、泣いているが故に震えている体、全てを感じながらも思考が停止直前にまで陥っていた。

 

「……私の事が好きなのか……?」

 

「そうだよっ、私は……私はっ、アンジュの事を好きなの!」

 

 嗚咽音が混ざった声と共にリゼが鼻を啜る音が聞こえてくる。

 

「だから! アンジュが私の事を愛している、愛しているから殺されようとしたのを知って悲しかった! 悔しかった! 私のせいでアンジュをそこまで追い詰めていたって事にっ!」

 

 ギュッとリゼが抱きついてくる力を強くし、私の肩に顔を預けたリゼから流れ出た暖かい涙が私の肩を濡らす。嘘……だろ……そんな、リゼに限って、そんな……

 

「……待ってくれ、何かの冗談だろ、リゼ」

 

 そう返すとビクンッと体を揺らしたリゼは顔を下げながらも私から数歩後ろに下がる。

 

「冗談……冗談じゃないの! 私は本気で言ってるの! それとも、これでも……これでもっ!」

 

 顔を上げたリゼのボロボロと目の量端から涙を流しているのが視界に入る。

 

「私が! アンジュに、対して! 冗談を、言ってるって、言えるの!」

 

 こちらに犬歯を見せながら、キッと眉間に皺を寄せて睨みつけるようにこちらを見たリゼはそう言ってまた鼻を啜る。

 

「……嘘だ……リゼが私の事なんて、そんな、事はあり得ない」

 

 そんな、私にとってそんな、都合の良い事なんてない、何かの間違いだ、それに、そもそもの話……

 

「つ、つーか、第一考えてみろ、リゼ……リゼは一国の皇女、私は国家錬金術師なんだ、身分ってもんがあるだろ! それに私達は女──」

 

「それは知ってる! 知ってるけどっ!」

 

 こちらの言葉を遮るようにそう言ったリゼは両手で握り拳を作りながらも地団駄を踏み、目を伏せて首を横に振る。

 

「……でも、私はアンジュと、一緒にいて、アンジュの、アンジュの、隣にいる事が今の私に、とっての幸せなの!」

 

 胸に手を添えたリゼの潤んでいる赤い目が私の事を捉え、一歩、一歩こちらに歩んでくる。

 

「だから、アンジュとの、時間は、私にとっての掛け替えの無い、時間……で、代わりの、いない、大切な……大切な……時間……」

 

 萎んでいく声と共に縋るようにリゼは私の両腕を掴んでくる。

 

「なの……よ……」

 

 その言葉共にポンッと再びリゼは震えている体を私に預けてくる。

 

「リゼ……」

 

「……だから、だから、私のっ、知らない、所で、死のうと、しないでよ、アンジュ……私を愛しても愛さなくても良い、私の目の前から勝手に居なくなろうとしないでよ……」

 

 その言葉にどう答えればいいのか分からず、私はただただ、リゼの背中に手を回して抱きしめる事しか出来なかった。

 

「……そう、だったんだな……」

 

 リゼは本当に私の事が好きで私の事を思ってくれてたんだ……な……それなのに、私と言うのは……なんて、愚かな……人なんだ……

 

「……ほら、自分の気持ちを口にしないからこんな事になるんだよ、アンジュ」

 

 リゼの気持ちを理解して少し落ち込んでいるこちらに、それまで静かに見守っていたカナさんが声をかけてくる。

 

「……知りませんよ」

 

 リゼの背中を摩りながらもそう言ってカナさんと彼女の斜め後ろに立っているシラユキさんの方を見る。

 

「私は、ただ、リゼを傷つけたく無いから黙っていただけで……」

 

「でも、それが裏目に思いっきり出ているじゃねぇか」

 

 こちらをジッと見たカナさんのその言葉は否定できなかった。

 

「それに、そんな事言ってるとまた、リゼが悲しむぞ」

 

 カナさんにそう指摘されてリゼの体がブルッと震える。そうだったな……

 

「……あぁ、すまん、リゼ」

 

 そう謝ると鼻を啜りながらもリゼは首を横に振る。そこには、いつもリゼが、見せる様な皇女様みたいな風貌や雰囲気はリゼにはなく、ただの少女がいた。

 

『でも、私はアンジュと、一緒にいて、アンジュの、アンジュの、隣にいる事が今の私に、とっての幸せなの!』

 

 ──リゼ……そんな気持ちだったんだな……

 

『だから、アンジュとの、時間は、私にとっての掛け替えの無い、時間……で、代わりの、いない、大切な……大切な……時間……なのよ……』

 

 ──私は……本当に、なんて、事を……

 

『──私のっ、知らない、所で、死のうと、しないでよ、アンジュ……私を愛しても愛さなくても良い、私の目の前から勝手に居なくなろうとしないでよ──』

 

 リゼの言葉が頭の中で反芻し自分の不甲斐なさを身に染みて感じながらも下唇を噛みながらも彼女の背中を撫でる。

 

「……もう大丈夫」

 

 しばらくの間、撫で続けていると、リゼがそう言って私の背中を軽く叩いて来る。それに応じて、背中から手を引くとリゼが数歩後ろに下がる。

 

「……ありがとう、アンジュ」

 

 こちらを見てリゼは笑みを浮かべる。ただ、それを見て後ろめたさを感じた私は思わず目線逸らしてしまう。

 

「……その、すまん、リゼ」

 

「ううん、謝んなくていいよ」

 

 鼻をすすりながらも首を横に振って目の端を親指の腹で拭ったリゼを見て、どう話を続ければいいのかわからなくなりお互いに黙ってしまいう。

 

「……なぁ、リゼ」

 

「……ねぇ、アンジュ」

 

 少し間を開けてお互いがお互いに名前を呼んでしまい妙な空気が流れてしまう。

 

「い、いいよ、そっちから」

 

「う、ううん、アンジュからでいいよ」

 

「……わかった」

 

 首を横に振ったリゼの言葉に頷き返し、再びリゼから視線を逸らす。

 

「……その、リゼ、こんな事をさせる様な行動を取ってごめん」

 

「だから、それについては……」

 

「違うんだ」

 

 首を横に振ってジッとリゼの事を見据える。

 

「私は、あの時、ただ、思い詰め過ぎていたんだ、リゼに対するあの気持ちがリゼにとって枷にならないか、ずっと不安で、それに私の正直な気持ちを言ってリゼとの関係が変わるのが怖くて、それから逃れる為に死のうとしたんだ、リゼがどう思っているか知ろうとせずにな」

 

 だから、私はあの時、敵兵士に殺してくれって懇願した、リゼとの関係が崩れるかもしれないと、言う不安に押しつぶされ、それを嫌がってな……っと思いながらも優しい笑みを浮かべたリゼは数歩こちらに近付いてくる。

 

「大丈夫だよ、私もアンジュの正直な気持ちを聞いて凄い悲しかったけど、でも、それぐらい、私の事を思ってくれていたって知って凄い嬉しかった」

 

 その言葉と共にリゼは背中に手を回して来る。

 

「だって、そのぐらい私の事を思ってくれたから私の為に死のうとしてくれたんでしょ?」

 

 耳元から聞こえたリゼの言葉に頷き返すと、リゼがフッと鼻で笑う。

 

「だから、それに関してはもう私は何も言わないわ、でも……」

 

 背中に回していた手をこちらの首に手を回し直し、こちらの首裏に少し自重を掛け一歩下がったリゼの赤い目が私の事を捉える。

 

「……私の見ていない場所で死のうとするのは絶対に駄目よ、死ぬ時は私の隣で死になさい、アンジュ・カトリーナ、これは命令よ」

 

「どう言う命令だよ、皇女様」

 

「皇女様は我儘なのよ、特に自分の物にしたい者にはね」

 

 そう言ってリゼはニッコリと笑う。

 

「後さ、アンジュ、もう一度あれを言ってよ」

 

「あれってのは?」

 

 そう聞き返すとリゼは前に出て耳元に顔を寄せて来る。

 

「"リゼの事が、好きだ、それも、友人として、ではなく、愛と言う感情を抱いてしまったんだ"って」

 

「え、そ、それは……」

 

 思わずリゼの方を見ると、彼女は横顔であったものの少しドヤ顔に似た笑みをこちらに向けていた。

 

「もしかして、言えないの?」

 

「い、いや、ほ、本人を目の前にはちょ、ちょっと……」

 

 恥ずかしさのあまりヘタレているとリゼはドヤ顔に似た笑みを浮かべながらも私から離れて後ろで手を組む。

 

「ヘタレアンジュ」

 

「ど、どうせ、ヘタレだよ! 私は!」

 

 そう開き直ると、面白そうに笑ったリゼが目を手で塞いできたかと思うと唇に急に何か柔らかいものが当たる。

 

「でも、今はこれで、許してあげる」

 

「!? リ、リゼ?」

 

 手を退かし少し頰を赤らめているリゼが視界に入り、何をされたか理解が追いつかず私は呆然としていた。

 

「あの、すげー胸焼けする展開なんだが?」

 

「あら、いいじゃない、お互い好きだって気持ちを知り合った、そうね、まるで、姫と女性騎士みたいなってそのままね、これ」

 

「まぁ、そうだな」

 

 蚊帳の外にいたカナさんと白雪さんの会話が聞きながらもリゼに何をされたの理解をして顔に血が上って来るのを感じる。

 怒号の展開に加えてリゼにされた事を理解し顔が熱くなるのを感じながらも頭の理解が追いついていない私は額に手の甲を添えながらもリゼから視線を逸らす。

 

「え、えーっと、それで、結局、私がここに呼ばれたのはリゼが私の気持ちを知りたかったからでいいんだよな?」

 

「う、うん、まぁ、そう言う事になるけど、一応、他にも話したい事はあるらしいよ、ね、カナさん?」

 

 そうリゼに返され、ん? っと思いながらもカナさんの方を見ると、シラユキさんと共に私達を見ていた彼女は首を縦に振る。

 

「え、あぁ、まぁ一応な、ちょっとこっち来てくれ」

 

 シラユキさんと共にこちらに背を向けて洋館の左手にある棟に続く扉の方に歩き始め、それをリゼとアイコンタクトを取って頷き返した後、追いかけるように私たちも歩き始める。

 

「あの、話したい事って言うのは?」

 

「明日明後日の段取りについてだ」

 

 扉をシラユキさんが開きながらもカナさんはそう答える。それから、指を鳴らすと開いた扉の先の廊下の蝋燭が灯され装飾がそこまで施されていない質素な廊下が目に入る。

 

「明日明後日の段取り?」

 

「あぁ、明日起こるであろう戦争についての段取りをな」

 

 こちらを見ないままカナさんはそう言葉を返し歩くのを再開する。それから、その廊下を一番手前の扉の一つ奥の部屋に入る。そこは応接間のような部屋で、ダブルベットが一つと、その横に机を挟むように置かれている大きめのソファー二つだけあった。そして、机の上には赤い駒と青い駒が置かれたヘルエスタ王国付近の平地の詳細な地図が置かれていた。

 

「あの、これは?」

 

「あぁ、ちょっとしたあの場所の地形の地図と相手軍とヘルエスタ軍の配置と言った所だ」

 

 蝋燭で照らされている部屋の中を歩いて机の前に立ち地図を一瞥してそう言葉にした私に対して、ソファーに先に座っていたカナさんがそう答える。

 

「でも、こんな物一体いつ……」

 

「まぁ、巴さんが裏で作ってくれたんだ」

 

 隣に立っていたリゼがカナさんの方を見てそう質問するのに対して、彼女はそう返しつつ右眉を上げてシラユキさんの方を見る。

 

「な、巴さん?」

 

「そう、ですね、あの、それで、健屋さん、吸血を……」

 

「夜してやるからそれまで待ってくれ、巴さん」

 

 少し不貞腐れた様子のシラユキさんを他所にリゼが、嘘っと驚いたような声を漏らす。

 

「いつこの情報を?」

 

「あー昨日の偵察で得た情報を基に魔法でな……っと言うか、ほら、二人も座れって」

 

 そうカナさんに促されるがまま彼女が座っているソファーの対面のソファーに横並びで座る。こちらが座るや嫌なカナさんはその地図の上に置いてあった赤い駒と青い駒一つずつを手に取る。

 

「で、だ、これがヘルエスタの軍」

 

 赤い駒をこちらに見せそう言った後、カナさんは青い駒をこちらに提示する。

 

「で、これが相手の軍だ、それを踏まえて話をするぞ」

 

 その二つの駒を元の場所に戻し、カナさんは地図の方を見ながらも平地の真ん中より少しヘルエスタの軍側の位置を指さす。

 

「それで、軍が衝突するのは多分、この辺りだ」

 

 その言葉と共にこちらを見たカナさんの目が細くなる。

 

「ただ、兵力差がかなりえげつない、相手は多分本来の軍にプラス吸血鬼狩りの奴等が居ると考えて二万から三万居てもおかしくないのに対して、私らは一万人居るか居ないか、だ、だから……」

 

 視線を地図の方に戻し、少し丘になっている部分──昨日、私が魔法陣描いた辺りを指さす。

 

「……アンジュがそれを補うように昨日仕込んだ魔法で援護してくれ」

 

 そう言ってこちらを見たカナさんに頷き返す。

 

「あぁ、元からその予定だけど……魔法を打つとヘイト買って居場所がバレるんだよなぁ」

 

「そこは、ほら、チャイカとかとこちゃん、私とかに護衛を頼めばいいと思うよ」

 

「まぁ、だなってリゼもかよ」

 

 そう言って思わずリゼの方を見ると、リゼは首を傾げてくる。

 

「あら、何か不安でも?」

 

「不安とかそう言う話じゃなくて一国の皇女が戦地に赴くのはどうなのかって話だって」

 

「それは確かに一理あるかもね」

 

 リゼの返しに笑みを漏らすと、こちらを見ていたカナさんは優しい笑みを浮かべる。それから、カナさんはどこから共なく取り出した黒い羽の生えたポーンのような駒を取り出し平地の中央辺りに置く。

 

「で、夜まで耐え切ってくれたらそこからは私らの出番だ」

 

「成る程、要は、私達が昼間の時間稼ぎをして、夜にカナさんが急襲して相手を壊滅させると言った感じですかね」

 

「まぁ一応、メインは私になるからな」

 

「そうですね、元々カナさんを知ってもらうのが目的ですからねっと言うか、こんな軍勢差で勝てるのか?」

 

 思わず口に出た言葉にカナさんはチラッとこちらを見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「平気だ、このぐらいの軍勢だったら私一人でもどうにかなる」

 

「流石、ヘルエスタ王国の吸血鬼と言った所だ」

 

 褒めるような言葉を口にすると、カナさんはフッと得意げな笑みを浮かべ立ち上がり背伸びをする。

 

「じゃ、確認はここまでって事で私はこれから寝る、おやすみ」

 

「あ、おやすみなさい」

 

 眠たそうに欠伸をしたカナさんと彼女の後を追うようにシラユキさんが部屋を後にするのだった。

 5

 就寝しに行ったカナさん達が出て行った後、私は視線を机の上の地図と駒を見ていた。

 

「それで、だ、大雑把な作戦は立ったけどさ」

 

「どうかしたの、アンジュ」

 

 地図の中央に置いてあったカナさんを司った駒を手に取ってその駒の底をリゼに向けつつ彼女の方を見る。

 

「軍を指揮する上で細かい指示とかは決まってんのか?」

 

「え、あーそれについては大丈夫、今、ヘルエスタ軍は迎撃陣形にしているからね」

 

「ん? 迎撃陣形?」

 

 あまり聞き慣れない単語が耳に入り首を傾げると私の方を見たリゼは首を縦に振る。

 

「そう、敵を迎撃する為の陣形」

 

 そう言ってリゼは腕を組み片方の手を顎に添えて地図上に並べて置かれているヘルエスタ軍の駒の方を見る。

 

「えっと、実はね、このヘルエスタ軍が今陣取ってる場所って地的に有利でね」

 

 机に片手をつき現在、机の上に置かれたヘルエスタ軍の駒を見ながらもリゼは顎に手を添える。

 

「実を言うと、今、一万の内、千から二千程度しが平地に居なくて他の部隊はここの丘を陣取っているんだけど……」

 

 顎に添えていた手を地図の上のヘルエスタ軍の後方辺りに置いたリゼは、そこで言葉を切り一度地図から目を離し部屋を見回す。

 

「……ミス、トモエ、いますか?」

 

「どうかなさいましたか、リゼ様」

 

 リゼの言葉に反応してかどこからともなく机の横にシラユキさんが現れ、リゼは彼女の方を見る。

 

「あ、この地図の上の駒って動かしても良いでしょうか?」

 

「どうぞご自由に」

 

「ありがとうございます」

 

 シラユキさんに対して一礼するとリゼはポーンの形をした兵士の駒二個だけを残し、残りの駒はヘルエスタ軍の駒が元々置かれていた場所から少し後ろにある森の丘の辺りまでリゼの手の甲で一気にずらされる。

 

「で、陣形には大きく分けて迎撃陣形、斜傾陣形、突撃系陣形、ファランクス陣形の四つがあって、それでこの地図を見る限り相手は突撃陣形を取っているの」

 

「突撃系陣形ってのは?」

 

 ずらした駒の内、魔術師の形をした駒とボウガンを持っている人の形、チェスのナイトの形をした駒を一度地図の端に退かしつつもリゼはチラッとこちらを見る。

 

「突撃系陣形と言うのは歩兵部隊を全面に押してこちらを物量的に押し退ける陣形、他の陣形の基礎の陣形で種類も多いとでも思えば良いわ」

 

 そう言ってリゼは森の丘に沿うようにして兵士を並べる。そして、その兵士の横にハの字になる様に地図の端に置いてあった魔術師の形をした駒とボウガンを持った駒を配置する。

 

「で、この陣形に対抗できるのは基本的に同じ突撃系陣形か迎撃陣形で、私達は数的には不利、そこで迎撃陣形を取っていると言う感じよ」

 

「ほーん、でも、なんでそんなハの字にしているんだ?」

 

「しているかって、じゃ、逆に聞くけどもしリゼが一般の兵士だったとして戦場で攻撃が来るとしたら何処からの攻撃か一番嫌だと思う?」

 

 駒を置き終えこちらをこちらを見たリゼの赤い目が私の事を捉える。え、どこからの攻撃って、まぁ、前からは盾があって守れるとして、後ろか横からの攻撃されたらちょっと困る……

 

「んー後ろか、横からか?」

 

「そう、その通り、この迎撃陣形は横からの攻撃に特化した陣形で、例えば……」

 

 再び地図の方を見たリゼは相手側の陣営の駒から兵士を司るポーンの駒を手に取るとヘルエスタ軍に向かって侵攻するようにリゼは移動させる。

 

「……このように突撃してきた相手をまず正面の、兵士で受け止める」

 

 外敵兵士の駒を森の丘の前にいたヘルエスタ軍の兵士の前で止め、代わりにヘルエスタ軍の魔術師や錬金術師の部隊を司る駒とボウガン部隊を司る駒を攻撃させるかように一歩前に出す。

 

「それから、その受け止めた兵士の横を魔術・錬金術師部隊、ボウガン部隊が突けるようにハの字に陣形を組んでいるの」

 

「あー成る程」

 

「ただ、これにも弱点はあって相手に攻撃されない限り陣は効果を発揮しないの」

 

 地図に向いていたリゼの目が三度私の方に向く。成る程、確かに、迎撃はできるけど、こらは攻撃されないと真価を発揮しないと言う事は……

 

「あーそうか、だから、わざと平地に兵を残しているのか」

 

「そう、その兵士は言わば囮、相手を誘き寄せる為の餌って所」

 

 平地に置いてあった残された兵士の駒を見て思わず呟いた私にリゼはそう答える。それを聞いて私はそこまで考えているのかとただただ感嘆するしかなかった。

 

「いや、でも、よくも、まぁそんな事理解できるよなぁ、リゼも」

 

 自然と口に出た言葉にリゼはフッと鼻で笑う声が耳に聞こえてくる。

 

「一応、セバスチャンから教えて貰ったからその受け売りみたいな物だけどね」

 

「マジか、リゼん所のゼバスチャン、有能すぎないか?」

 

 リゼの方を見て、そう言うと彼女は口に手を添えて面白そうに肩を使って笑った後、目を細める。

 

「有能って、だって、あの人元々軍師だもん」

 

「え、あ、そうだったんだ……」

 

 どこか懐かしそうに太腿の上で手を組んだリゼは天井を見る。

 

「えぇ、昔はその手腕でヘルエスタ軍を率いてたのだけど、お年になって現役を引退するときに私が引き留めてゼバスチャンにしたのよ」

 

 へぇーそうだったんだ、ゼバス、元軍師だったのか、知らなかった……っと少し驚いていると、少し悲しい表情になったリゼが、ぽふんっと私の肩に寄りかかってくる。

 

「でもね、私、少し後悔しているの、こんな戦争を起こしたことに……ね……」

 

「……リゼ?」

 

 唐突にリゼの口から漏れ落ちた言葉を聞いて、肩から上腕二頭筋に来る暖かい人肌の様な温度を感じながらも、リゼの事を見ていた私は眉間に力が寄るのを感じる。

 

「……後悔しているってのは、どう言う意味なんだ?」

 

 机の上にある地図と駒を眺めながらもリゼは目を細め少し視線を落とす。

 

「……その、私の我儘で戦争が起こったって事に少しだけね」

 

 太ももの上で両指を輪を組む様に絡ませながらも組ませたリゼは何処となく儚い雰囲気を醸し出しながらも軽く溜息を吐く。

 

「急にどうした、今回の戦争はリゼはカナさん達をヘルエスタの人達に知ってもらいたいから起こしたんだろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

 下唇を少し噛んだリゼは目を瞑る。そのリゼの様子は本当に後悔している様な雰囲気を醸し出し何処となく弱っている様子だった。

 

「本当に、どうしたんだよ、そんな弱気になってリゼらしくない」

 

「それは、そう、かもね……」

 

 こちらを見たリゼは自分を嘲笑する様に今にも消えそうな笑みを浮かべる。こんな弱気なリゼ、本当に見たことないなぁ……

 

「……つか、なんで今更それについて後悔なんてしているんだよ」

 

「そう、だね……」

 

 そう一言だけ置いたリゼは何かを考えるかのように下唇を噛んで目を瞑る。何を考えているかは私にはわからないけど……

 

「……リゼ?」

 

「……さっき、アンジュと気持ちが通じ合って私嬉しかったの」

 

 目を開けたリゼは顔をこちらに向けながらも視線だけを逸らす。

 

「でも、今、カナさんが戦争のことについて話している時や作戦について話している時に少し思ったの、もしアンジュが錬金術師として戦争に行ったとして、その先で死んでしまうかもしれないって不安になったの」

 

 地図の乗っかっている机の方を見て輪を作っていた手を離したリゼは、太ももの上に握り拳を作る。

 

「でも、それは、兵士として戦争に駆り出されているヘルエスタ国民の人達の家族も同じ事を思っているのかなって、そしたら、私は私の自分勝手な考えで国民を不安を与えているんじゃないかって思っちゃって……」

 

 目を瞑りリゼは首を垂れる。

 

「……そうか」

 

 要は、リゼは、私と気持ちが通じた事によって、誰かが死ぬ事に対する不安が芽生えたのか、まぁ、そうだよな、基本的に皇族は身内が死ぬなんて事はそうそう無いし、仲のいい人達は基本的に戦場に出ても高確率で帰ってくる。だから、こそ、高確率で戻ってこれないかもしれない一般人である私と心が通じたリゼは不安に思ったんだな、でもな、リゼ……

 

「……別にそこまで深く考える必要はないさ」

 

 視線を落としていたリゼの肩にカナさんを司る駒を持っていない方の手を回してこちらに引き寄せつつも机の上にある地図と駒の方を見る。

 

「アンジュ……?」

 

「それを承知の上で、国の為、強いては家族の為に集まったんだ、だから、リゼが深く考える必要もない、それに私も彼氏を作るまで、いや、リゼの命が散るまで死ぬ気はないからな」

 

 引き寄せたリゼの方を見ると彼女は驚いた様な顔でこちらを見ていた。それを見て自然と笑みが込み上げてくる。

 

「胸を張れ、皇女様、アンタがそんな弱気になってたら下にいる人達はもっと弱気になるだろ」

 

「それは……」

 

 再び視線を落としたリゼを見て肩に回していた手を戻し、彼女の額をピンッと人差し指で弾く。

 

「いった、急に何するの、アンジュ」

 

「そんなヨナヨナするなって、リゼらしくないし、つーか、病気は気から言うじゃんか、国の頭と言っても過言でない皇族の一人がそんな弱きになるな」

 

 額を摩っているリゼを見ながらも私は目を細くする。

 

「つーか、なんなら、ヘルエスタ王国の兵士は誰一人として死なせないとは断言はできたいけど、被害は最小限にできる様私の方でも既に手筈は済んでいるからな」

 

「え、どう言う事、何か秘策があるの?」

 

 摩るのを辞めて眉間に皺を寄せ首を傾げたリゼを見て頰が釣り上がるのを感じる。

 

「まぁ、そうだな、秘策と言えば秘策、奥の手と言えば奥の手……」

 

 机の方を見て前のめりになり、コトンッと地図の上の丁度、私が魔法陣を描いた森の上に手に持っていたカナさんを司る駒を置く。

 

「……本命は夜、だが、夜まで持たせるのにはやはり軍は少し心許ないし、今の話的にこの奥の手をここに引いておいて正解だったって訳さ」

 

 頰の端が更に釣り上がるのを感じるのだった。

 



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