その日曜日の午前中、私・黒鉄秋雲はN駅に繋がる複合商業施設内にあるカフェで、一人の男子高校生と会っていた。
デートですか?お付き合いしてるんですか?
…そんな質問をする人には…
「ぶっ転がすぞコノヤロウ」
…と、言って差し上げますわ。
いやマジな話、私はこの男子高校生…
デートですか?とかお付き合いしてるんですか?とか、ご冗談でしょうって感じだ。
じゃあなんで私はそんなヤツと、このオサレなカフェで顔を合わせてたのかって言うと…。
私も波佐見も同じグループ活動…「物語倶楽部」の
「物語倶楽部」っていうのは…
基本的にネット上での活動だけど、時々
「物語的な何か」って言うのもいろいろあって…まあ小説やss、漫画と言ったあたりがメインになる。
「物語」を感じさせるようなものなら、短歌とか俳句とか、ポエムの類もOK。
何なら、ただのメモ書きとかその場の思い付きなんかも対象になったりする。
あと、この活動を通して知ったんだけど「
で、この時私と顔を合わせていた波佐見英雄ってヤツがどんなヤツなのか。
この辺じゃトップクラスの高校…M高校に通う男子高校生で、M高校きっての秀才だ。
「秀才なんて言っても、それって『自称』じゃねーの」と思う人もいるかもしれないけど、これに関してはマジだ。
コイツの博識さとか頭の良さについては、私もちょっと敵わない。
もう一回言うけど、私はコイツのことが嫌いだ。
半年くらい前の話だけど、こんなことがあった。
その日、私と波佐見を含む「物語倶楽部」の
何でそういう流れになったのかは覚えてないけど、私たちはダベってるうちに「このあと滅茶苦茶セックスした」をネタにして盛り上がった。
「そこから『滅茶苦茶セックスした』はねーだろギャハハハハーッ」…てな感じの盛り上がりだったんだけど、盛り上がっていたら波佐見のヤツ、急に席を蹴って店を出て行ってしまった。
その時の場のシラケっぷりは、思い出しただけでも嫌な気分になる。
…まあ、この例だとファミレスみたいな場所で、下ネタで盛り上がった私らにも非はあるんだけど…。
とにかくこの波佐見ってやつは、低俗なこと、くだらないこと、馬鹿馬鹿しいことを殊の外嫌っている。
いや、それだけじゃなくて、低俗なことの低俗さを好んだり、くだらないことのくだらなさを面白がったり、馬鹿馬鹿しいことの馬鹿馬鹿しさを楽しんだりすることも許せないようなのだ。
私らが馬鹿馬鹿しいことの馬鹿馬鹿しさを楽しんでいると、コイツはいつも不機嫌そうに押し黙る。
挙世皆濁、我独清。衆人皆酔、我独醒。
…って、屈原にでもなったつもりなのかっての。
馬鹿馬鹿しいことを嫌うのは勝手だけど、不機嫌そうに押し黙って、私らに無言の圧をかけて、自分の倫理観を暗に強要するのは止めてもらえませんかねぇ。
誰だったか「不機嫌な人間は不機嫌だというだけで周りに迷惑をかけている。」ってなことを言った人がいたそうだけど、波佐見というヤツを見ていると、この説は間違っていないとつくづく思う。
そんで、この日私はN駅地下街の書店で波佐見に出くわした。
「奇遇だな。せっかくだし、僕の作品を見てもらおうか。僕の方も君がネットに上げていたアイディアについて言いたいことがある。」
チクショウ!こんなことなら駅を出たところにある漫画・小説・同人誌専門店の方に行っておくんだった!
…こんなわけで私は波佐見に捕まり、カフェで波佐見が書いた小説を読んで、それについてコメントを求められる羽目になってしまった。
カフェで席に着くと波佐見は、私が「物語倶楽部」のWEBページに上げた物語のアイディアについて話を始めた。
私がネットに上げたアイディアは結構な長文になっていたけど、コイツは全文一字一句丸暗記できていた。
…で、この話って言うのは、私のアイディアについての感想と言うか意見だったわけだけど…。
波佐見が私のアイディアについてどんな話をしたのか、ここに書く気は起きない。
コイツからの批評は、そのくらいの酷評だったとだけ言っとこう。
忌々しいことに、コイツの酷評はそれなりに的を射ていたし、筋も通っていたことも認めとく。
いや全く、てめーはヴォルフガング・パウリかよ、と言いたくなった。
続いて、私が波佐見の作品について批評することになった。
波佐見は、プリントアウトされた小説を私に差し出した。
(…ってコイツ、いつも自分の作品をこうして持ち歩いてるのかしら?)
波佐見が見せた小説の内容は、こんな感じの内容だった。
腐敗し、停滞した田舎町。吐き気を催すような「不文律」に盲従する町の人々。
そんな町に暮らす主人公の少年には確信があった。
およそ人間は二つの層に分けられる。世界を変える資格を持った非凡人と、そんな資格を持たない凡人の二つの層に。
資格を持つ非凡人は、変えてしまうべき世界を変えるためならば、何をしても許される。
資格を持つ非凡人には、手段として「殺し」も許される。
そして主人公は、腐敗し停滞した田舎町を、世界を変えるために、吐き気を催すような「不文律」を体現する住人を殺す…。
それで私の感想だけど…。
…こんな選民思想をふりかざすような主人公には共感できないし、好感も持てない。
全体的に見て、主人公の「非凡人」ぶりが鼻について仕方がない。
じゃあ単に不愉快極まる駄作なのかと言うと、そうでもなくて…。
何て言うのかな?
読者アンケートを取ったら「嫌いな作品」でも「好きな作品」でも一位を取るだろうって言うのか…。
アンチもつくだろうけど、ファンもつくだろう…って言うのが、私の正直な感想だった。
(勿論私はアンチだけどね!)
私は波佐見にこの通りに言ったのだけれど、波佐見の反応は…。
「そうか。」
…この一言だけだった。
不機嫌そうに放たれたその一言からは「お前じゃその程度の感想しか出せないだろうな」という態度が滲み出ていた。
(というのは、さすがに決めつけが過ぎていたかもしれないけど。)
だったら盛大にディスってやろうじゃない!
…と、何とか作品の粗を探してやろうと、もう一度作品を読み返したんだけど…。
流石と言うのか、どう読み返してもこれと言った粗は見出せなかった。
強いて言えば、主人公の選民思想だけど…私がここを批難したところで、コイツには私が「お前の母ちゃんデベソ」と言ってるようにしか聞こえないだろう。
どうしたものか…と思っていたら…。
「秋雲さん。」
声をかけられた。
ん?誰かな?と思って振り返ると、そこにいたのは…同僚の扶桑、黒鉄扶桑さんだった。
市松模様のステンカラーコート(色はベージュと茶色)。ベージュのセーター。市松模様のマフラー(色は赤と黒)。薄茶色のロングスカート。茶色のスリッポン・ショートブーツ。灰色のトートバッグ。そして手にはマグカップ(トール)。
これが扶桑さんの装いだったんだけど、市松模様のステンカラーコートっていうのは、扶桑という艦娘にはちょっと派手なんじゃないかと思った。
「秋雲さんも、このお店にはよく来られるんですか?」
「え?ええ、まあ…。扶桑さんもここにはよく来るんですか?」
「ええ、月に最低一回は来るようにしているんです。」
「ああ…そうなんですか。」
何か意外な感じがした。扶桑と言ったら、どっちかと言うとコーヒーよりは日本茶という感じがするんだけど。
「そちらの方は?」
「ああ、コイツ…こちらは波佐見英雄…クンです。同じグループ活動の仲間です。」
「そうでしたか。あ、失礼しました、波佐見さん。私は秋雲さんの同僚で…黒鉄扶桑と申します。」
扶桑さんの挨拶に対して、波佐見は黙って一礼した。
私と波佐見は、店の中央にある丸テーブルの席についていたんだけど、扶桑さんは私の左隣に腰を下ろして、チビチビとコーヒーを
扶桑さんの方から何か言ってきたわけじゃないんだけど、隣で黙ってコーヒーを飲まれていると、私から何かおもてなししなくちゃいけないんじゃないかって気になった。
「あ、扶桑さん。今、コイツ…波佐見くんの書いた小説を読ませてもらってたんですけど、扶桑さんもどうですか?」
それで私は扶桑さんに波佐見の書いた小説を勧めてみた。
「波佐見くん、扶桑さんにもこの小説、見てもらってもいいかな。」
「…僕は別に構わないよ。」
波佐見の承諾を得て、私は波佐見の作品を扶桑さんに手渡した。
扶桑さんは黙って受け取り、そのまま作品に目を通し始めた。
最初の一、二ページは結構時間をかけて読んでいたんだけど、三ページ目あたりからページを捲るペースが加速度的に上がっていった。
波佐見の書いた話に引き込まれていたようにも見えたし…単に時間をかけて読むのがメンドくさくなった風にも見えた。
いずれにせよ、扶桑さんは私がちょっと驚いてしまうくらいの速さで波佐見の小説を読み終えた。
読み終えてから、扶桑さんは波佐見の作品についてコメントし始めた。
「…読ませていただきました。」
「複雑な事態の展開が簡明に記述されていて、それでいて単調さを感じさせない。作中で主人公が取った選択や行動からは、超人的な知性と意志を感じます。」
「ただ主人公の行動原理になっている、この…資格を持つ者には、手段として『殺し』も許されるという…信念には、どうも中身が無いように思われます。」
ええ!?
いや、私もそこは何とか論破できないかとは思ったけど、いきなりそこに直撃弾食らわしちゃうの?
てか、扶桑って言ったらあんまり人や物事を悪く言わないって言うか、言うにしてももっとオブラートに包んだ、遠回しな言い方をするって言うか…そんなイメージがあったんだけど。
うちの扶桑さんって、こんな
意外な
少なくとも見た目には冷静に、ただ一言。
「中身がない、ですって?」
で、扶桑さんの方も淡々と。
「はい。」
「…興味が湧きましたね。中身がないって、どういうことなんですか?」
波佐見は少し身を乗り出すようにして、扶桑さんに質問した。
質問を受けて、扶桑さんは答えた…。
「およそ人間は、世界を変えていく資格を持った非凡人と、そんな資格を持たない凡人という二つの層に分けられる…とのことでしたが。」
「人間は…私たちは皆、いつもどこかで、仕事をして、遊んで…何かをすることで世界を変えています。」
「秋雲さんは漫画やイラストを描くことで世界を変えています。この店にいる他のお客様方も、ここでコーヒーや軽食を、友人との歓談を楽しむことで世界を変えています。もちろんお店の人もそのお仕事を通して、世界を変えています。」
「私も今日このお店でコーヒーを頂くことで世界を変えました。」
「変えるというからには何か新しいことをしなければならないと言うのなら…そうですね…営業所…鎮守府に戻ってから、ウォースパイトさんにチェスの勝負を挑むことによっても、私は世界を変えられるでしょう。」
「『何もしない』なんてありえないと皆は言うけれど、ボクは毎日『何もしない』をしているんだ!…という言葉もあります。『何もしない』をすることによってさえも、世界は変わります。」
「人間は、私達は皆この世に在って、ただ生きているだけで現に世界を変え続けているのです。世界を変えていない人間など、変えられない人間などこの世に存在しません。」
「この事実がある以上、人間は世界を変えられる非凡人と世界を変えられない凡人に分けられるというお話は、全くの無意味です。まさに空言と言わざるを得ません。」
空言とまで言い切っちゃったよ、扶桑さん。
口調はゆったりとして穏やかだったけど、これって波佐見からしたらとんでもない侮辱なんじゃ…。
案の定、波佐見は顔色を―――僅かではあったけど―――赤くした。
「あなたは馬鹿なんですか?ここに書いた『世界を変える』ということは、そんなくだらないことじゃありません!全人類を救い、一つ上の段階へ導くような…そんな変化をもたらすことです!ニュートンや…ナポレオンのように!だからこそ、世界を変える資格を持った非凡人には、手段として『殺し』も許されるんです!」
「そうですか…。」
扶桑さんの態度は、波佐見とは対照的に全く平静なままだった。
…いや、薄く、本当に薄く笑みを浮かべたような気もする。
扶桑さんは続けて波佐見に質問した。
「ならば伺います、波佐見さん。あなたはご自身を非凡人だと思われますか?それとも凡人だと思われますか?」
「…扶桑さん…あなたは見かけによらず程度の低い
「これは揶揄や野次の類ではありません。本当に回答を要する、いわば正式な質問です。」
「!?」
「あなたは自分を天才だと思ってるんですか」という質問って、確かにどこか人を茶化しているような感じがする。
だから扶桑さんがこの質問をしたとき、扶桑さんも人をからかったりするんだ、と思ったんだけど…。
扶桑さんの質問は、大マジな質問だった。
「答えてください。」
「…答えてください、って…何で…。」
「あなたは人間は非凡人と凡人の二つの層に分かれると書かれました。二つの層の特徴ははっきりしているとも書かれました。」
「人間がそれほどはっきり二つの層に分かれるというのであれば、あなた自身も非凡人であるか凡人であるか、はっきり判別できるということになります。」
「………。」
「どうなんですか?答えてください…はっきりと。」
波佐見は答えなかった。
いや、答えられなかったと言った方が正確かも。
一体どうしたって言うのかな?
私も少し考えてみた。
「およそ人間は、世界を変えていく資格を持った非凡人と、そんな資格を持たない凡人という二つの層に分けられる。」
でも波佐見が、波佐見自身が言うような意味で世界を変えたという話は聞かない。
と、すると波佐見が非凡人だとして、世界を(波佐見が言うような意味で)変えるとすれば、それは未来の話だということになる。
と言っても、波佐見が本当に世界を変えられるのかどうか、現在の時点ではわからない。
ここでもし波佐見が「僕は非凡人です!」と答えたら…。
「それではあなたが非凡人であるという
…扶桑さんはこう質問するだろう。
ここでもし波佐見が「僕は凡人にすぎませんよ」と答えても…。
「それではあなたが凡人であるという
…扶桑さんはこう質問するだろう。
もともと波佐見は非凡人と凡人の違いについては、世界を変えられるかどうかで決まるということしか書いていなかった。
でも波佐見が世界を変えられるかどうかは、現在の時点ではわからない。
波佐見が本当に非凡人であるにせよ、凡人であるにせよ、その証を「今ここで」示すなんてことができるわけがない!
かといって「僕にはわかりません」と答えたりしたら…。
「あなたは人間は非凡人と凡人の二つの層にはっきり分かれると書いていたのに、どちらであるか判別できない人間の存在を認めるのですか。」
…という質問が飛んでくるだろう。
扶桑さんの質問に「非凡人です」と答えても「凡人です」と答えても「わかりません」と答えても、「人間は非凡人と凡人の二つの層に分けられる」という波佐見の説は破綻することになる!
「非凡人です!」あるいは「凡人です」と答えて、その証を求められたとしたら、波佐見としては屁理屈で返すしかないけど…波佐見はただただ苦悶していた。
言い合いとか口喧嘩で苦悶する人ってのを、私は初めて見た。
(白状すると、私はこの時、波佐見がどんな珍妙な屁理屈をこねるのか、ちょっと期待していた。)
すると苦悶の末、という風に、ようやく波佐見は言葉を搾り出した。
「それでも…非凡人は…未来を拓く英雄は…居るんです…。」
波佐見の苦悶の末から出た言葉に対して、扶桑さんの反応は非情だった。
「あいにく私は、
「それと…。」
扶桑さんはさらに質問を続けた。
「資格を持つ非凡人には、手段として『殺し』も許される、とありましたが…。」
「これは『誰から』許されるのですか?『何から』許されるのですか?」
波佐見は答えた。息も絶え絶えと言った感じだった。
「そ、それは…自分自身の良心に…。」
「そうですか。」
「ならば重ねて伺います。自身の良心に『殺し』を許したからと言って、それが一体何だと言うのですか。」
「それで被害者は抵抗もせず大人しく殺されてくれると言うのですか。官憲も追及はしないと言うのですか。」
「非凡人が自らの信念と確信の下に進むところ、勝利と成功以外の何ものが前途にありましょうか、とでも言うのですか。」
波佐見の回答を待つことなく、扶桑さんはトドメとばかりに続けた。
「およそ人間は、世界を変えていく資格を持った非凡人と、そんな資格を持たない凡人という二つの層に分けられるということでしたが。」
「でもあなたが、この店にいる人たちが、何でしたら私や秋雲さんが非凡人なのか凡人なのかを判別する術はありません。」
「それでは勘違いした凡人を引き留めることも、躊躇っている非凡人を後押しすることもできません。これでは世界を変えることはできません。」
「資格を持つ非凡人には、手段として『殺し』も許されるということでしたが。」
「非凡人がそれを自分に許したところで、官憲や社会の対応が変わることはありません。これでは世界が変わったとは言えません。」
「実際に人間が、世界を変えていく資格を持った非凡人と、そんな資格を持たない凡人に分かれていたとしても、この信念自体が世界を変えることはないでしょう。」
「この信念は、むしろ世界を変えることができない凡人の信念だと言わざるを得ません。」
…そして波佐見は完全に沈黙した。
「…今日は…勉強に…なりました…。」
波佐見はそれだけ言うと、力ない足取りでカフェを後にした。
「驚きました。扶桑さんって、結構性格悪かったんスね。」
「軽蔑しましたか?」
「いや別に。私もアイツがやり込められたのを見て、ザマァとか思いましたから。」
「まあ私も、自分の性格の悪さについては反論も弁解もしません。実のところ、今のやり取りでは四つほど卑劣な手を打ちましたから。」
「四つ、ですか?」
そんなにあったかな?答えようがない質問への回答を迫ったのはえげつない、とは思ったけど…。
「それにしても、少し気がかりなことがあります。」
「何すか?」
「今のやり取りで、波佐見さんには少なくとも一つ逃げ道があったのですが。」
「逃げ道、ですか?」
「人間が非凡人と凡人に分けられる、というのはあくまでも作中における主人公の信念であって波佐見さん自身の信念ではない、とする道です。私とのやり取りで波佐見さんは随分打ちのめされたようですが、こんな中身のない信念など、こうして早々に捨ててしまえば、あれほど打ちのめされることはなかったでしょう。」
「ですが波佐見さんがこの道を取ることはありませんでした。何故でしょうか。」
「そりゃあ…何を言われたとしても自分の信念を枉げたり棄てたりするのはダサいとか思ったからじゃないですか?それか、扶桑さんに何を言われようが、自分の信念は絶対間違ってないと思ってるか…。」
「そうですか…いずれにせよあまり良い傾向ではありませんね。」
「信念・思想などというものは生きるための方便です。生きる上で不都合になったなら、捨てなければなりません。」
「状況が変われば、意見も変わらざるを得ません。それが適応するということです。生きるということです。」
「自らの身を滅ぼしても信念を貫き通すことは、手放しで賞賛されるべきことなのでしょうか。生き延びるために信念を捨て去ることは、問答無用で非難されるべきことなのでしょうか。」
「それより、波佐見さんは自分の信念が本当に不都合になった時、それを捨てることができるでしょうか。」
波佐見は嫌な奴だけど、こう言われると心配にもなってくる。
「…でも結局それって、アイツが自分で決めるしかないんじゃないですか?私らがここでゴチャゴチャ言っても仕様がないですよ。」
「…それもそうですね。」
それから私と扶桑さんはカップに残ってたコーヒーを飲み干すと、店を出て、そこで別れた。
このあと、私が波佐見の姿を直接見かけることはなくなった。
その一方で、ペースこそ落ちたけれども、波佐見は「物語俱楽部」のWEBページに作品を上げ続けている。
そして波佐見の文章の特徴は、私から見ても明らかに変化を見せていた。
以前の文章にあった傲岸さは鳴りを潜めて、替わりに根本思想を打ち砕かれた苦しみとでも言うのか、そんな苦悶・苦悩が滲み出ていた。
相変わらず波佐見のことが嫌いな私は「苦しめ!もっと苦しめいっ!」とか思ってるんだけど。
…でも「物語倶楽部」の
波佐見は
とにかく波佐見は今も創作活動は続けている。
扶桑さんは気にしていたけれど、まあ…穏当なところに落ち着いたんじゃないかと、私は思っている。