少年は魔法使いになった。   作:泥人形

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やあ、元気!? 
はやての誕生日にあわせて書いてたら、突然非公式ながらフェイトの誕生日を知ってしまった結果ほぼ予告通り、一か月ぶりの更新になりました。
次の更新は一か月後くらいだとは思いますが、sts編に入るのでもっと遅れるかもしれません。言い訳はそのうち活動報告でする予定です。


シャリオ・フィニーノはたった一人の後輩である。

 

 世界の命運を左右しかねない、激動の一年について長々と語る前に、もう一人だけ、紹介しておかなければならない女性がいる──といったような大仰な前振りをすると、如何にも彼女が中心に来る人物であり、彼女こそがこの運命の事件の核的人物であると思われかねないのだが、特にそういうことではない。

 無論、全く関係が無いという訳ではないし、彼女がいなければ、あるいは何もかも上手くいかなかった可能性すらあるくらいなのだけれども、そうだとしてもやはり、彼女を中心人物であるとは中々言い難かった。

 とは言え、それは別に、この事件の総体を見た場合という意味合いではなく、飽くまで俺が語るにあたって、という意味合いではあるのだが。

 しかし、であるのならば何故、そんな立ち位置の人間の話を冒頭から始めたのかと言われれば、それはもちろん、俺が彼女のことを好いているからである。

 好いているが故に、視界に良く入るし。

 好いているが故に、話をしたくなる。

 つまるところ、気に入っている物事があれば、我慢しきれず、誰彼構わず自慢して回りたくなるような──言わばそういう、シンプル過ぎるくらい単純な、自慢話であると思ってもらって構わない。

 どうにも俺の周りには、そう意識しなくとも自慢できてしまう人間ばかり揃っているので、こうして改めて口にするのは気恥ずかしいところがあるのだが、そこをグッと抑え込んででも話したくなるような彼女こそ──俺の、最初にして恐らく、最後になる直属の後輩、シャリオ・フィニーノである。

 そう、後輩。

 あるいは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の、二人目の執務官補佐と言えば分かりやすいだろうか。

 執務官補佐と同時に、メカニックデザイナーも兼任できる程度には、優秀な女性である。

 当然ながら、俺の後輩である以前に、フェイトさんの部下であるのだから、優秀でなければならないというのは最早、大前提ではあるのだけれども……。

 ちなみにではあるが、彼女──フィニーノを選んだ理由というのは、意外にも数えきれないほどあったりする。フェイトさんと俺が顔を突き合わせて、大量の履歴書を前にうんうんと唸った時間は無駄では無かったということだ。

 とはいえ、初めて対面した時には、そんなことを考える暇なんて全く無かったのだけれども──後にも先にも、管理局内で局員に通報されかけたのは、あの時だけである。

 出会い頭に不審者扱いされたという事実は、今でも若干のトラウマだ。

 まあ、俺と彼女の間に何があり、どういった経緯を以てそのような事態に陥ったのかについては、また次の機会にでも(そんな機会は訪れないことを願うばかりだけれども)語るとして、世界の命運を左右する大きな事件を思い返すにあたり、何故か一番最初に思い出すのは、やはりフィニーノの

 

「先輩は、どうして局員をやっているんですか?」

 

 という、質問である。

 いつであったか、なのはさんに投げかけられた問いを、彷彿とさせるような問いかけだった。

 あの時は、何て答えたんだったか。

 

「ん、少し違いますね。言い方を変えます……先輩はどうして、フェイトさんの補佐をやってるんですか?」

「え? やめろってこと?」

「誰もそんなこと言ってませんけど!?」

「いやその丁寧な詰め方は、暗にやめろって言ってる時しか許されないやつじゃん……」

 

 急に真面目な顔をして、そんなことを聞いて来ないで欲しかった。

 ただでさえ、未だにどういう距離感で接して良いのかも、分かっていない相手なのである──お恥ずかしい限りではあるのだが、こうして真っ当に、年下の後輩というものに恵まれたのが、俺は初めてであった。

 しかも女子。

 管理局に入って、やたらと女性と関わることが増えた俺ではあるが、だからと言って、緊張しない訳がなかった。

 むしろのその逆である。

 ちょっと不気味なくらいガチガチだ。

 

「というか、そこを"どうして"と聞かれても、正直返答に困るんだよな……」

「……?」

「いやほら、俺って別に、フィニーノと違って、自ら望んでフェイトさんの補佐になった訳じゃ無いからさ」

 

 研修が終わると同時に、お偉いさんの手によって配属されただけである。

 だから、特にこれと言って、フェイトさんの下で働きたい等ということを、考えていたわけではない。

 むしろ、お陰様で立派な社畜(こんなザマ)になってしまい、文句の一つくらいは言いたいところであった。

 だからと言って、じゃあ今はどう考えているのかを聞かれても、やはり答えには貧してしまうのだけれども……。

 そもそもにおいて、この俺に、働くことにこだわりがある訳がないのだから。

 

「まあ、それは知っていますけど……というより、だからこそ聞いているんです」

「というと?」

「いえ、先輩って結構、他の執務官の方からスカウトされていますよね?」

 

 この前だって、破格の条件で誘われていたじゃないですかー、と和やかに言うフィニーノであった。

 何で知ってるんだよ。

 それ、昨日断ったばかりのやつだろ……。

 何だろう、やっぱり俺、忍者とかに見張られているんだろうか……。

 ちょっと本気でそう考えてしまうくらいには、俺の情報が流出しすぎだった。

 一応内密に……と言われていたお話だったんだけどな。

 

「フェイトさんもソワソワしちゃって、昨日は大変だったんですよ?」

「フェイトさんも知ってんのかよ、どうなってんだ俺のプライバシーは」

 

 ていうか、昨日って……。

 ほとんどリアルタイムじゃないか。

 なに? もしかして俺が勧誘されてるところ、誰かに実況配信でもされてた?

 

「ていうか、それなら分かってるだろうけれど、少なくとも俺から、フェイトさんの下を去るってことは無いからね……」

「それって、やっぱりフェイトさんのことが好きだからですか?」

「大分ズバズバ言うねきみ」

 

 確かに、好きだけれども。

 天地がひっくり返っても、嫌いになることが無いくらいには好きだけれども……。

 何だか改まって肯定すると、どうにも想定外の捉え方をされそうで嫌だった。

 いや、いいや。

 あるいはそれも、想定外にはならないのかもしれないのだが。

 

「もちろん、理由はそれだけじゃないんだけどな」

「? そうなんですか?」

「当たり前だろ……今更俺が、同じ局員とは言え、見知らぬ上司と仲良く仕事出来るとか、本気で思ってるのか? 俺のコミュ力を嘗めるなよ」

「情けないことを堂々と言わないでください……! 尊敬できなくなっちゃうじゃないですか……!?」

「えっ!?」

 

 むしろ俺、尊敬されていたのか!?

 素直に嬉しくて、思わず満面の笑みになってしまう俺だった。

 参ったな。

 超嬉しい。

 俺のどこをどう見れば、尊敬できるポイントが見つかるのか、俺自身ですら分からない以外に問題が無かった。

 

「それにほら、実際のところ、俺ほど社会を嘗め切ってる社会人って早々いないから……許してくれるのが、フェイトさんくらいだと思うんだよ」

「凄い……口を開けば開くほど、情けない話が出てきます……」

「甘やかしてくれる環境じゃないと、まともに働けないんだよな」

「堂々と言わないでください、堂々と」

 

 ついには半目でフィニーノに見つめられる俺であった。

 こんな人が先輩で、私大丈夫なのかな……という不安をどこか感じさせる目線で、思わず俺まで不安になりそうだった。

 どう見ても、尊敬している人に向けて良い目ではない。

 しかし、そうか……。

 勧誘されていたこと、周知の事実だったんだなあ。

 一応ながら、隠し事であるつもりがあったので、何とも言えない気まずさがあった。

 いや、本当に後ろめたいことはないのだが……。

 断ってるし……ちょっとだけ、考えはしたけれど。

 とはいえ、ここまで来ると、流石の俺も一体どこから情報が漏れているのか、少し調べてみた方が良いのではないかと思わざるを得なかった。

 俺が風邪を引いただとか、誰誰に泣かされただとかいう、馬鹿みたいなエピソードとはちょっと訳が違う。

 シークレットレベルが段違いなのだ。

 冗談で言っていた、各務ヶ原忍者に見張られている説が急に濃厚になってしまい、思わず作業の手を止めてしまう。

 

「いえ、深刻そうな顔してますけれど、先輩が普通に自白したんですからね?」

「は?」

「だから、先輩が自ら、一から十まで教えてくれたんですってば」

 

 先輩って、そういうところありますよね。ビックリしちゃいました。とフィニーノが言う。

 さも当たり前のように言うので、驚きつつも普通に受け容れそうになってしまったのだが、客観的に見てそれはただの異常者だった。

 え? マジで?

 俺、仕事中にそんなことを話し出す癖があるのか?

 衝撃の真実すぎる……。

 というか、話した記憶が無いことも含めて、普通に気持ち悪すぎる人間だった。

 まさか第二の俺がペラペラと語っていたとは……。

 道理で気がつけない訳である。

 

「カッコよく言おうとしないでくださいよー、ちょっと怖いんですからね?」

「えぇ……何かごめん……」

「誠実さが足りませんね」

「土下座とかしとく? 得意だけど」

「行為に反してフットワークが軽すぎませんか!?」

 

 絶対にやめてくださいね、とフィニーノがズレた眼鏡をかけ直す。

 まあ、俺としても、見せびらかしたいものではないので、別に良いのだが……。

 ナカジマ先輩と言い、フィニーノと言い、ここまで強烈に拒否されると、それはそれで悲しくなるというものであった。

 

「でもなんか……うん、気を付けるよ……」

「そこまで露骨に反省されることでは無いんですけどね……頻繁にあるという訳でもありませんし」

「逆に頻繁にあるようだったら病院案件だからね、本当に」

 

 というより、普通に今からでも病院に行った方が良いのではないだろうか、と懸念するレベルだった。

 こういう時って、何科に行くべきなんだろう……。

 生憎、大怪我をした時と、気絶した時以外で病院にお世話になったことが無いので、イマイチその辺に詳しくなかった。

 やはり、精神科とかになるのだろうか?

 特に病んでいる自覚が無いので、正直気は進まないのだが……。

 

「えぇと……勘違いしてるようですけれど、別にそういうことではないですよ?」

「え、そうなのか?」

「ええ、もちろん──聞いても無いのに話し始めるようでしたら、幾らなんでも、もっと早くお伝えしてますよ~」

「た、確かに……」

 

 これ以上ないくらい常識的な意見だった。

 そりゃそうだ、という納得がある。

 

「ただ、徹夜明けの先輩は、聞いたら何でもすぐ答えてくれるというだけの話です」

「ん……?」

 

 おや?

 何か風向きが変わってきたな。

 

「本当に覚えてないんですね……?」

「ちょっと? 不安になっちゃう言い方はやめようね?」

 

 にわかに怯え始めた俺を見ながら、如何にも仕方が無さそうに、フィニーノは「あれは一昨日の深夜のことです……」と、簡潔に語り始めた──

 

『うぅん、ちょっと疲れてきちゃったね。息抜きでもしよっか……纏、何か面白い話とかできない?』

『それ、俺を軽く二、三回は殺せる振りなので二度としないでくださいね……それでは俺が昨日、他の執務官の方に勧誘されたという話でもしましょうか』

『何それ!? 私知らないよ!?』

『毎日定時で帰すからさ……と熱烈なスカウトを二時間かけてされてしまいました』

『昨日、随分長い休憩取ってるなって思ってたけど、そういうことだったの!?』

『お給料も倍額出してくれるとのことでした』

『ど、どうするの……?』

『いや、どうするも何も、俺がフェイトさんから離れるわけないでしょ……』

『纏……!』

 

 ──と、要するに、こういうことらしかった。

 最早、隠し事をする才能が云々だとか、忍者が云々だとかいう話どころでは無い。

 何かもう、これはこれで、何かしらの病気に該当するんじゃないかと不安になってしまうくらい、俺が馬鹿という話であった。

 嘘だろ……。

 俺、これまで自分で喋っておいて、後から「一体どこから情報が……!?」と、真面目な顔で考察していたのか?

 あのスクライアさんが、曖昧な顔で笑う訳である。

 いや、まあ、随分前からそうだったのならば、もっと早く教えろよとは思うのだが……。

 もしかしたら、俺が本気で忘れているという可能性が考慮されていなかったのかもしれない。

 

「だとしても、なんかアレだな……普通に知りたくなかった感じの話だったな……」

「先輩が聞いてきたんですけどね」

 

 それはそう。

 というか、一から十まで誰の責任でもなく、敢えて言うのであれば、完璧に自己責任だった。

 我ながら、自分の管理が出来てなさすぎである。

 さっきから作業が手につかず、今日中の作業が終わってないくらいには出来ていなかった。

 

「……もう定時ですけど、大丈夫そうですか? 今日、約束があるって言ってませんでしたっけ?」

「ん? ああ、大丈夫。どうせあっちも残業塗れだろうし」

「それは大丈夫と言って良いんでしょうか……!?」

 

 全然手伝いますからね、と腕まくりをしてくれるフィニーノであったが、流石にその提案を受ける訳にはいかなかった。

 いや、だって……自分の作業手伝いで新人の後輩を残業させる先輩、嫌すぎるだろ……。

 それに、後で陰口が叩かれているのが発覚したら三日は寝込む自信があるし……。

 ああいうのって、慣れはしても耐性がつくものじゃないんだよな。

 

「マイナスの発想だけは豊かですよね、先輩って」

「もしかして褒め言葉のつもりで言ってる?」

 

 だとしたら恐ろしい後輩であった。

 俺の周りの年下女性はこんなんばっかりか。

 

「まあでも、そこまで重い作業じゃないから、大丈夫だよ。フィニーノの言う通り、約束だってある訳だしな」

「本当ですか……?」

「ビックリするくらい信用の無い目を向けて来るねきみ……」

 

 俺の語彙では表せないくらい険しい目線だった。

 やれやれ。

 面倒見の良すぎる後輩も困りものだな。

 

「いや俺、今朝シャマル先生にキレられたばっかりだからね……あんまり残り過ぎると鬼電してくるんだよな、あの人……」

「……? ?? お二人ってどんな関係なんですか……!?」

「普通に先生と患者だけど……」

「…………」

 

 かなり納得してない顔をされてしまったが、無言で見つめ返していたら、フィニーノはやがて諦めたように息を吐き。

 それから、「本当に、あまり遅くならないでくださいね」とだけ言い残すのだった。

 

 

 

 フィニーノが退勤したあと、取り敢えず一風呂浴びることにした。

 もちろん、作業は終わらせた上で、である──と言うと、まるで俺がフィニーノを騙したように見えてしまうのだが、決して、そういう意図があった訳ではない。

 あと一時間はかかると思っていた作業が、意外にもすぐ終わってしまい、逆に時間を持て余す形になってしまったが故である──基本的に平日は、残業ありきでスケジュールを立てるのが俺だった。

 因みに約束とは、はやてさんハウスでのパーティーである。

 今日の日付は十二月二十四日。少なくとも日本的価値観でいけば、クリスマスパーティーをするのにうってつけの日だった。

 

「纏くん、結構髪の毛伸びたねぇ」

 

 と、ドライヤーをゴウゴウと言わせながら俺の髪を梳くのは、なのはさんだった。

 

「あ、そうだ、私が切ってあげようか?」

 

 チョキチョキと、指でハサミを模すなのはさんは実に可愛らしかったが、それはそれとして遠慮願いたいところだった。

 いや、何だかんだなのはさんは、そういったところでも天性のセンスを発揮しそうなものではあるのだが……。

 ともかく、髪を乾かしてもらっている上に、そこまでしてもらう訳にはいかない。

 今だって、申し訳なさでいっぱいなのである。

 

「ふふ、でもこうしてると、まるで付き合ってるみたいだね」

 

 かなり触れづらい冗談だった。

 完全に油断していた俺が、パジャマ姿であるという、一見すると意味不明な事態も鑑みると、なおさらである。

 まあ、良いように揶揄われているだけなのが丸分かりなくらい、なのはさんの手は淀みなかったのだが。

 ……冷静に考えて、執務室で展開されていい状況では無いな、と改めて思い直す。

 そもそも、俺の風呂上りのタイミングでなのはさんがやってきたこと自体、ちょっとしたイレギュラーであるのだし。

 

「執務室と言えば、フェイトちゃんはどうしたの?」

「あれ、聞いてませんか? 今日はお休みです……休んでもらいました」

「はえ? それはまた、どうして?」

「あの人、昨日で四徹目だったんですよ」

「あー……あはは、なるほど」

 

 今朝、シャマル先生にキレられた内容も、そのことが三割ほどを占めていたりする。

 何だか最近は、俺がフェイトさんのスケジュールを管理することを期待されている節があった。

 普通逆だろ。

 いや、まあ、正確なことを言えば、無茶をし過ぎないように見張っておいてほしい、というアレなのだろうが。

 

「だから今頃、はやてさんの家で色々準備してくれてるかと思いますよ」

「そっかぁ、それじゃあ、私たちもそろそろ向かった方が良いかもね」

「えー……」

「そこで嫌そうな顔をする辺り、纏くんって感じがして、安心感すら覚えるよ……」

 

 言いつつ、呆れきった視線を突き刺してくるなのはさんだった。

 そんな目で見られると、思わず委縮してしまうのでやめてほしい──そも、俺は別に、フェイトさんや、はやてさんに会いたくないということを、言っている訳ではない。

 むしろ、いつだって会いたいと思っているほどである。

 ただ、そんなことを言ってしまえば、なのはさんにだって会いたいと、俺は常々思っている訳であり。

 こうして二人だけで会う機会に恵まれることは、早々無いのである。

 これは言わば、貴重なチャンスというやつだった。

 

「だから、まあ、なのはさんさえ良ければ、もう少し二人でまったりと話がしたいなぁ、とか思っていてですね……いや、本当に、ご迷惑でなければなんですけれども」

「迷惑だなんて思わないけど……纏くんは、一回反省した方が良いと思うな」

「何をですか!?」

「何をって言われると……何もかも?」

「えぇ……」

 

 何もかもって……。

 疑問形ながらも全否定だった。

 せめて、具体的な部分を指摘してほしいばかりである。

 まあ、されたらされたで、軽く落ち込む気がしないでもないのだが……。

 

「いやでも、纏くんのそういうところを無くしちゃったら、それこそ救いようがなくなっちゃうからなあ」

「あれ? もしかして俺、今物凄い罵倒をされていますか?」

「そう考えると纏くんって、怖いくらい絶妙なバランスの上に成り立ってる子だよね」

「何だろう、話は全然掴めていないのに、かなり際どい悪口を言われていることだけは分かります……」

 

 明らかに俺のことを、ヒモと呼んでいる時の顔をしているので、分からない訳がなかった。

 もうちょっと俺には優しくしてほしいと、あと何回、なのはさんには言えば良いのだろうか。

 

「ふふ、一生……かな」

「噓でしょ……死ぬまで辛辣でいるつもりですか……!?」

「これも優しさだよ? 纏くん」

「棘塗れの優しさはノーサンキューなんで……」

 

 痛い思いをしてまで、優しさを感じたくはなかった。

 もっとこう……真冬にくるまる毛布の如き優しさを与えて欲しいばかりだ。

 俺は一生、ぬくぬくとしたぬるま湯に浸かっているかのような人生を歩みたいだけなのである。

 

「掲げる目標にしては意識が低すぎるよ……」

「やかましいですね……良いんですよ。目標はほどほどが良いって、この前見たバラエティーでも言ってましたし」

「それはバラエティーで受けて良い影響じゃないと思うんだけど……!?」

 

 しかも全然ほどほどじゃないし! と、空いている席に座ったなのはさんに、ピシャリと言われてしまう。

 まあ、ほどほどとは言っても、その辺の塩梅は人それぞれな訳だしな。

 見解の相違があるのは仕方のないことだろう、と厳かに頷いておいた。

 

「大体の人は、私と同意見だと思うけど……本当、纏くんは変わらないね」

「そうですか? 変わったと思いますよ? 特に身長とか、身長とか。あるいは身長とか」

「背が伸びたアピールが強烈過ぎる……残酷なようだけど、私より小さい時点であんまり変わってないよ?」

「えーん! なのはさんがいじめる!」

「人聞き悪いことを大きな声で言うのはやめようね!?」

「ちょっ」

 

 もがーっ、と強引に口を抑えられる俺だった。

 魔法でも格闘でもなのはさんに敵う訳がない俺である。

 抵抗は意味をなさなかった──飽くまで、結果としてはだが。

 つまり、部分的には意味を成した。

 座っている俺をそのままに、口だけ抑えようとしたなのはさんの企みを、阻止することには成功したのである。

 まあ、なんだ。

 端的に言うと、頭同士がごっつんこしてから、椅子の上で抱きしめ合う形になってしまったということだ。

 ハチャメチャに誤解を招きかねない体勢である。

 

「うお、めちゃ痛い……大丈夫ですか? なのはさん」

「ん、うん、平気……にゃはは、失敗しちゃった。ごめんね?」

「いや、普通に俺が悪かったので、なのはさんが謝ることじゃないですけど……なのはさん?」

 

 言いつつ、なのはさんから距離取ろうとしたができなかった。

 俺に全身を預けるなのはさんが、微動だにしなかったからである。どころか、スルリと腕を回して来る始末だった。

 急激に近くなった距離感をそのままに、なのはさんが囁くように言った。

 

「ね、纏くん……この状況、もし人に見られたら、どう思われるかな?」

「どう思われるかな? じゃないですけど!? 早く退けてくださいね、お願いしますから」

「どーしよっかなー」

 

 にこにこ──とは少し違うが、それでも満面の笑みで、なのはさんが揶揄うように言う。

 俺の心臓を破壊する時のなのはさんは、大体いつもこうやって笑うのだ。

 頬を少し赤らめて、瞳に怪しげな色が混ざる、人を魅了する為だけのような笑み。

 

「ふふ……このまま、時間が止まっちゃえば良いのにね?」

「じぇんじぇ……んんっ、全然良くないでしゅが。……それに俺、そういう"この時間が一生続けば良い"みたいな言葉、あんまり好きじゃないんですよね」

「そうなの?」

「ええ──いや、まあ、別に大した理由ではないんですけど、やっぱり時間って、進むことに意義があるじゃないですか?」

 

 明日は今日より、きっと良い日になるはずなのだから──といったような、煌びやかな夢に装飾されたようなことを言いたい訳ではない。

 明日は今日より、悪い日な時だってあるものだ。

 どころか、良い日がずっと来ない時だってある。

 辛い思いをする日ばかりが重なる時期だってあるし、その反面、良いことばかり続く時期だってあるだろう。

 あの時は良かった、あの日は本当に楽しかった。

 あの頃に戻りたい──楽しい時間が過ぎ去らずに、止まってしまえば良いのに。

 そう思うことだって、当然あるだろう。

 

「でも、俺はなのはさんのことをもっと知りたいので。明日の俺の方が、今日の俺よりなのはさんのことを、たくさん知ってるのは間違いないですからね。そう考えるとやっぱり、時間なんて止まらない方が良い……って思いませんか?」

「…………」

「いやビックリしすぎでしょ、何て顔してんですか」

 

 声も出さず目をまん丸に、大きく見開くなのはさんだった。

 ちょっと良いこと言ったつもりだったのにこれである。

 ほら、急に恥ずかしくなってきちゃったじゃん……。

 先程から、頭に昇ってきている血流の勢いが増した気がした。

 もう何でも良いから全部忘れて帰らせてくれないかな。

 

「あっ、ごめんごめん。ただ、纏くんがポジティブなことを言うの、珍しいなーって思って」

「なのはさんは俺のことを、超ネガティブなやつだと思っていませんか?」

「え? うん。違うの?」

「……」

 

 特に大きく間違ってはいないので、少しも否定できなかった。

 ただ、せめてもうちょっとくらい、オブラートに包んで欲しかったと思うのは、我儘か。

 

「でも、うん……あはは、良いね。私、その考え方は好きかも……久し振りに、纏くんの言葉に感動しちゃったな」

「それじゃあ、その感動に免じて離れてくれたりしませんか?」

「それはダメ」

「ダメなんだ」

「むしろ離れたくなくなった、かな」

「なんてこった……」

 

 何だかそれっぽい、含蓄がありそうな語りをすることで白けてもらうはずだったのに、完全に裏目に出てしまったらしい。

 スーパーミスである。

 コミュニケーションにおいて、成功した例が少ない俺にとって、特に珍しいことでも無いのが悲しいところであった。

 

「そう? ある意味成功してるよ、いっつもね」

「それは俺が友達を作れないことに成功してる的な意味合いで言っていますか……?」

「纏くんは、ちょっと私のことを性格の悪い人だと思いすぎだよ……。ただ、纏くんは自分で思ってるよりずっと、素敵なことを言ってる時があるってだけ」

 

 そうじゃなきゃ、そもそもこんなことになってないんだから、となのはさんが耳元で言う。

 まあ、確かに嫌われている訳ではないというのは、幾ら俺でも分かるが……。

 だからと言って、これはこれで、どうにも判断に困る距離感なんだよな、とは思わざるを得なかった。

 以前、一緒に寝た経験がなければ、今頃気絶している密着度合いである──いや、我ながら言い方が最悪過ぎるな……。

 とんでもない誤解が生まれかねない。

 

「にゃはは、それじゃあ──誤解ついでに、今日は二人で過ごしちゃう?」

「……それ、本気で言って」

 

 るんですか、と聞き返そうとしたところで。

 俺のデバイス──クラウディから着信音は鳴り響いた。

 言うまでもないような気はするが、相手はフェイトさんである。

 俺たちはそれを確認してから、しばしの間見つめ合い。

 なのはさんが面白そうに

 

「時間切れだね、残念」

 

 と、静かに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




高町なのはのヒミツ
 このあと遠回りの道ばかり選んで八神邸へ向かった。
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